【1】 祥子のメイドデビュー  (柊雅史 2005-06-04 17:21:30)


「どうして私がそんなことをしなくてはなりませんの?」
聖さまの提案を聞いて、祥子はその端正な眉を歪ませた。
「罰ゲームだから」
「ですから、どうして私が……」
「祥子、あんたのミスで昨日一日の仕事がパー。お陰で私は明日、日曜出勤しなきゃなんないんだよ。悪いと思っているなら、ちょっとくらい誠意を見せてくれなくちゃ」
「だからって、どうしてそんなことを……」
聖さまの言うとおり、祥子はちょっとしたミスで、昨日聖さまが一日がかりで仕上げた書類をダメにしてしまった。
それは悪いと思っている。思っているのだけど……だからと言って、どうして聖さまの言うことを一つ、何でも聞かなくてはいけないのか。
これがお姉さまならともかく、聖さまが相手では何を言われるか分かったものじゃない。
「いいじゃない。無茶なことは言わないわよ」
「……お姉さま。お姉さまからも何か言ってください」
わきわきと聖さまが怪しい手の動きを見せるのに、祥子は一歩引きながら、唯一にして最大の味方に助けを求めた。
「聖」
祥子の視線を受けて、お姉さまが鋭い視線を向ける。
「な、なに……?」
「どうせなら、祥子には明日、一日メイドになってもらいましょう」
「「はぁ!?」」
にやり、と笑ったお姉さまに、祥子と聖さまの声が重なる。
「聖は祥子に、雑用をやらせるつもりだったのよね? そうよ、ね?」
「も、もちろん。そんな、エッチないたずらなんてしようとしてないよ!」
「そうよね。だから、メイド。分かるわよね?」
「……う、うん」
びくびくしながら聖さまが頷く。
「じゃあ、決まりね。――祥子、そういうことだから。明日は休日出勤する私たちのために、メイドとして働きなさい」
軽くウインクするお姉さまに、祥子はその意味を理解した。
要は聖さまに変なことをされないよう、あくまでメイドのするような雑用――お茶汲みやお掃除をやりなさい、ということだろう。
そのくらいなら望むところだ。祥子だって、聖さまには悪いことをしたと思っているのだし。
「分かりましたわ、お姉さま」
「ちぇ」
祥子が頷くと、聖さまが軽く舌打ちした。

     ☆   ★   ☆

やられた、と祥子は手渡された包みを開けて呟いていた。
「祥子、はいコレ」
とお姉さまに手渡されたその包み。
その中にあるのは、メイド服だった。クラシックな。
「お姉さま……何を考えてるのですか」
頭を押さえながら祥子は呟く。
聞いたところで返って来るのは「祥子のメイド服姿が見たかっただけ」とか、そんな軽い返事が返ってくるのだ。絶対。
そういえば、無関係な江利子さままで登校していたのは、こういうことか、とある意味祥子は納得する。
これもまた、お姉さまの愛なのだろう。多分。きっと。
頭の固い祥子を柔らかくしようとする、お姉さまからの愛。そう思うことにした。

用意されたメイド服に着替え、カチューシャと伊達眼鏡まで装着し――これってお姉さまの趣味なだけなんじゃ、と愛を疑ったのはヒミツだ――祥子は執務室に戻る。
「お待たせしました」
扉を開けた途端。
「「「うおおおおおおおおおおおおっ!!」」」
リリアン女学園ではめったに聞けない雄叫びと共に、パシャパシャとフラッシュの焚かれる音が響く。
「祥子、似合う!」
「でしょう? 祥子みたいな黒髪には、メイド服が似合うと思ってたのよね」
「あはははははははははははっ!」
大騒ぎをする3人の薔薇さまに、祥子の両肩がふるふると震える。
この、祥子をおちょくることにかけては鉄のような結束と、全校生徒の憧れの存在らしからぬ悪ノリを見せる3人のリリアン女学園最高権力者に対して、人生最大の一喝を加えるべく。
祥子は大きく、息を吸い込んだ。


「……強気なメイドって言うのもありよね、聖」
「きっとメイド頭だ」
「あひゃひゃひゃひゃ」
「まだ言いますかっ!」


【2】 謎のバストアップ考察  (柊雅史 2005-06-05 00:19:17)


最近、祐巳には気になることがある。

「ふひひゃま、ひゃひほひゅるほへふひゃ……」

祐巳がぎゅむ〜と頬を引っ張ると、瞳子ちゃんが物凄く剣呑な目で文句を言った。
張りのある頬の感触と、崩れた瞳子ちゃんの表情が面白かったので、しばらくぐにぐにと楽しんだ後、祐巳は両手を離してう〜むと唸った。

「……いきなり何をするんですか」

頬を押さえながら涙目で抗議してくる瞳子ちゃんに、祐巳はいぶかるような目を向ける。
そんなことはあり得ない――認められないはずなのに、瞳子ちゃんの頬の張りは、変わらずにぱっつんぱっつんだった。

「祐巳さま。どういうつもり……」

何か言ってくる瞳子ちゃんを身振りで押しとどめ、祐巳は瞳子ちゃんの背後に回る。
ちょっとぷんぷんしていた瞳子ちゃんも、祐巳の動作に口をつぐんだ。

「ひゃあ!」

祐巳がむんずと脇腹を掴むと、瞳子ちゃんが妙な声を上げた。

「な、何をするんですか!」

身をよじる瞳子ちゃんを無視し、祐巳はぎゅっと瞳子ちゃんの体に両手を回す。

「ゆゆゆ、祐巳さま!?」

焦っているような瞳子ちゃんの声。
けれどそれ以上に、祐巳は焦っていた。

「あり得ない……そんなこと、あり得ないっ!」
「な、何がです!?」

祐巳が体を起こしてビシリと指を突きつけると、瞳子ちゃんが目を白黒させる。
両肩を抱くようにしてサササと身を引く瞳子ちゃんの顔は真っ赤で、普段ならからかう場面であるのだけど、今日の祐巳はそれどころではなかった。

「どうして……どうして、瞳子ちゃん、太ってないの!?」
「はぁあ!?」

祐巳の悲痛な叫びに瞳子ちゃんがやっぱり目を白黒させる。

「だって、変だよ! 瞳子ちゃん、胸……胸大きくなってる! バストアップしてる!」
「んな!? そ、そーゆうことを大声で言わないで下さい!」
「他に誰もいないんだし、いいじゃない! それより、今は瞳子ちゃんが太ったわけでもないのに、明らかに大きくなってるのが問題だよ。ひどいよ、同じ貧乳トリオの仲間だったのに」
「人聞きの悪いことを言わないで下さい! 瞳子は背が低いから標準ですわ! 第一、トリオってなんですか!?」
「私と瞳子ちゃんと由乃さん」
「ああ、なるほど」
「それなのに! それなのにここに来てワンランク成長するなんてっ!」

くわー、と頭を抱える祐巳に瞳子ちゃんが溜息を吐く。
けれど祐巳だって多感な女子高生なのだ。後輩に追い抜かれるのはちょっと――否、かなりショックなのだ。

「全く……くだらないことを」
「くだらないって」
「いいですか、祐巳さま。今の世の中には、バストアップブラという、便利なものがあるのです」
「え……」
「この間発売された新製品を試してみたのです」

こほん、と真っ赤な顔をして咳払いする瞳子ちゃんに、祐巳は「な〜んだ」と呟いた。

「そうだったんだ……良かった」
「全く。――ところで祐巳さま。先ほどは随分と好き勝手してくださいましたわね?」
「う……」

剣呑な目で詰め寄ってくる瞳子ちゃんに、祐巳は一歩引いた。

「とりあえず、お返しします」
「うひゃあ!」




「……で。何してるの?」
「えーと。乙女の秘密の調査と検証?」

ビスケット扉を開けたまま、入り口で呆れたように聞いてくる由乃さんに、祐巳は困ったように答えた。
暴れる瞳子ちゃんを羽交い絞めして、襟元を引っ張って中を覗こうとしていた祐巳の姿が由乃さんにはどう映ったか。そして祐巳の答えでその場を上手く誤魔化すことが出来たのかどうか。
聞いてみる勇気は、祐巳にはなかったのだった。


【3】 紅薔薇のつぼみ騒動ベスト10  (柊雅史 2005-06-05 23:02:47)


今週のリリアン女学園かわら版は寝耳に水の内容だった。

「第10位・バレンタインで大ハッスル」

由乃さんがにやにや笑いながら記事を読み上げる。

「第9位・一年生二名を交えた妹騒動」

確かに真美さんから「今度のかわら版で祐巳さんのこと書いていい?」と確認はされたけれど。
でも、いくらなんでもこんな記事だとは思わなかった。

「第8位・学園祭でふりふり衣装の一年生を連れまわす。写真付きね、これは」

『紅薔薇のつぼみ騒動ベスト10』と題されたそれは、祐巳が紅薔薇のつぼみの妹になってからの一年ちょっとを、衝撃度の高い順に並べて振り返る、という記事だった。
祐巳は掲示板でそのタイトルを見つけた瞬間から、記事の内容を目に入れないようにしていたのだけど。

「第7位・あの小笠原祥子さまの妹が、平凡な一生徒。これが7位ってのも凄いわよね」

こんな面白い事件を、祐巳の一番の親友が見逃すはずなかったのだ。

「第6位・ミルクホールで一年生と激突! 第5位・雨の中、祥子さまと仲たがい? 結構いたのね、目撃者」

うんうん頷いている由乃さんは凄く楽しそうだ。
ちょっと友情って単語を、辞書で引きたくなってきた。

「第4位・ついに松平瞳子さんを妹に! おお、ついに来ましたって感じよね!」
「あああぁぁぁ……」

声が弾む由乃さんに対して、祐巳は頭を抱えてテーブルに突っ伏していた。

「そこまで苦悩するなら、なんでこんな記事OK出したかなぁ?」
「まさかこんな記事だとは思わなかったのよ〜」
「甘い甘い。常に記事の内容までチェックしなきゃ。私はやってるわよ、いくら真美さんでも、新聞部は信用してないもの、私」

ちっちっと指を振る由乃さんに、祐巳は恨めしげな目を向けた。
さすが、前部長の三奈子さまに散々迷惑をかけられた黄薔薇一家だけある。

「そんな目で見られてもね。書いたのは私じゃないし」
「うー……」

思わず唸る祐巳を無視して、由乃さんは楽しそうなテンションのまま「それではトップ3でーす!」と拍手をしながら宣言する。

「第3位・人前でイチャついて空気ピンク色騒動、写真付き。第2位・衝撃の中庭抱擁事件、やっぱりこれも写真付き! うわー、蔦子さんってばいい仕事してるわねー」
「あー……」

感心する由乃さんに対して、もはや祐巳は頭を抱えたまま顔を上げることも出来ない有様だった。

「うぅ……怒る。瞳子ちゃん、絶対怒る。なんでこんな記事にOK出したんですか、って」
「うん。私でも怒るね、これは」

由乃さんがあっさり頷いてくれちゃったところで。
祐巳の耳は「バタン!」と階下で勢い良く扉が開かれる音を聞いた。

「瞳子、落ち着いて!」
「これが落ち着いていられますかっ!」

ダダダ、と階段を上がる足音と共に、乃梨子ちゃんと瞳子ちゃんの声が迫ってくる。

「おーおー、来た来た」

由乃さんが楽しげに言って、再びリリアンかわら版を手に取る。
そして、残った最後のベスト1を読み上げた。

「第1位・きっとこれから起こるであろう、妹との一騒動」

手を合わせて「南無〜」と呟く由乃さん。せめてそこは、リリアンらしく十字を切ってアーメンじゃなかろうか。
そんなツッコミすら入れる暇もなく、ビスケット扉が荒々しく押し開かれて。

「お姉さまっ! この記事はどういうことですかっ!」

顔を真っ赤にして激怒している、瞳子ちゃんが飛び込んできた。



さすが真美さん、大正解。
今回の瞳子ちゃんを宥めるのは大変そうだな〜と思いつつ、祐巳は友人の洞察力にちょっと感心するのだった。


【4】 白薔薇のつぼみ志摩子に悶え死に  (柊雅史 2005-06-06 22:39:38)


白薔薇のつぼみこと二条乃梨子といえば、冷静沈着、クールで大人。学年では一つ後輩にも関わらず、他のつぼみ二人よりよっぽどしっかりもの、とまで言われるくらいである。

「乃梨子ちゃんは可愛くない」
いきなりぷんすかと怒りながら言い出したのは、由乃さんだった。
「ちょっとからかって遊ぼうと思ったのに、一言『楽しそうですね、由乃さまは』だって。甲斐がないのにも程がある」
「それは私も常々思っておりましたわ」
由乃さんの主張に同意したのは、今日も頭のドリルがぶるんと凛々しい瞳子ちゃんだった。
「乃梨子さんも時々優しいのですけど、基本的に瞳子に対して厳しくて冷たいのです。あの視線に瞳子のガラスのハートは毎日砕け散りそうですわ」
溜息を吐く瞳子ちゃんの演技は些かわざとらしかった。
「そうよね! さすが、瞳子ちゃんは話が分かるわ!」
由乃さんがわざとらしく瞳子ちゃんの手を取って、こちらに視線を向けてきた。
「祐巳さん。祐巳さんもそう思うでしょう? 思うわよね?」
由乃さんのセリフは質問のようで質問ではなかった。ここで祐巳が首を振ろうものならば、きっと由乃さんと瞳子ちゃんの矛先はこちらに向く。乃梨子ちゃんがどうのこうの言っているけれど、要は由乃さんは暇なのだ。今回、由乃さんの暇つぶしの矛先が乃梨子ちゃんに向いた。それは祐巳にとって歓迎すべきことであって、拒む理由はない。
「……それで。由乃さんに何かいい案があるの?」
問いかけた祐巳に、由乃さんはにやりと笑い、その場に同席した最後の一人に視線を向けた。
「もちろん。乃梨子ちゃんにとって唯一のウィークポイントは志摩子さんよ。志摩子さんにご協力いただくわ」
「え、私?」
平和にずずず〜とお茶を楽しんでいた志摩子さんが目を瞬く。
志摩子さんの目の前でこんな話をする由乃さんも由乃さんなら、そんな話を聞きながらぽけぽけと笑ってお茶を飲む志摩子さんも志摩子さんだ。
こんなんで来年の山百合会は大丈夫なのか、と思わなくもない。
「私に出来ることなら何でもやるけど……私に何が出来るのかしら?」
おいおい、それで良いのか志摩子さん。
祐巳が思わずつっこんだ志摩子さんの返答に、由乃さんは満足げに頷いた。
「もちろん。これは志摩子さんにしか出来ないことよ!」


乃梨子は足早に薔薇の館へ向かっていた。
なんとなく普段よりも足取りが軽いのは気のせいでもなんでもない。放課後、薔薇の館に向かうことは、イコール志摩子さんに会いに行くことであって、乃梨子にとっては一日の最大最高のイベントなのだ。
先日、由乃さまには乃梨子ちゃんはつまらない、なんて評価を頂いてしまったが、乃梨子は自分がそこまでクールで大人だとは思わない。むしろ祐巳さまの方がよっぽど大人だと思っている。志摩子さんのこととなると我を忘れる乃梨子としては、ああも上手に瞳子を扱っている祐巳さまは凄いと思うのだ。
まぁ、何はともあれ今は志摩子さんだ。薔薇の館の古びた階段をぎしぎしと登り、乃梨子はビスケット扉を開けた。
「ごきげんよう」
「あ、乃梨子!」
「志摩子さん、ごきげ……!?」
乃梨子の挨拶に返って来た声に、ぱっと顔を輝かせた乃梨子は、そこでギシッと動きをとめた。
ぽかん、と口を開けてその人を見る。
にこにこぽわぽわと笑っているのは、乃梨子にとって誰よりも大切な志摩子さんだ。今日も今日とて、見ているだけで幸せになれる優しい笑顔を湛えている。湛えているのだが――今日の志摩子さんは、乃梨子の知る志摩子さんではなかった。
だって普段の志摩子さんは、うさ耳なんて装着していないはずだ。
「え……と? 志摩子さん、それは、ナニ?」
「え、ナニが?」
ひょこ、と志摩子さんが首を傾げると、装着されたうさ耳がピコピコ揺れた。
乃梨子は思わず「うっ」とうめいて顔を抑える。
「? 乃梨子、どうしたの?」
「だ、大丈夫。大丈夫だから……」
やばい、鼻血出そうだと思いつつ、乃梨子は志摩子さんから顔を背けた。
これは、なんだ? いや、分かってる。乃梨子はもう分かってる。どうせこんなことを仕掛けてくるのは由乃さまか瞳子に違いない。乃梨子をからかっているのだろう。
「乃梨子、本当に大丈夫なの?」
「平気だから、ホント……」
心配そうにおろおろする志摩子さんに乃梨子の胸がちょっと痛む。痛むのだけど、今はちょっと志摩子さんを正視することが出来なかった。どうせどこかから、由乃さまと瞳子と、二人に押し切られた祐巳さまが観察しているはずなのだから。
「乃梨子……私が近づくのが、イヤなの……?」
「そ、そんなこと……!」
元気のない志摩子さんの発言に乃梨子は顔を上げ――そして、見てしまった。
しょんぼりする志摩子さんに合わせて、しゅんと項垂れるうさ耳を。
なぜ、うさ耳がそんな風に動くのだ、とか。
これは完璧、由乃さまと瞳子の悪戯に違いない、とか。
なんかもう、そんなことはどうでも良いって思えるような、そんな光景だった。


「おお、追い詰められてる追い詰められてる」
給湯室から執務室を窺って、由乃さんがくぷぷ、と笑っている。
一体どうして由乃さんはあんなうさ耳を持っていたのか、とか。
なんで志摩子さんはあんなにあっさり装着したんだろう、とか。
案外、瞳子ちゃんにも似合うかな〜、とか。
なんかもう、そんなことはどうでも良いや、と思えるような、そんな惨状である。
(――いや、最後の一つはどうでも良くないゾ)
由乃さんと並んで様子を窺っている瞳子ちゃんを見て思ったりする。
「そこですわ、志摩子さま! もう一押しですわ!」
ぐっと拳を握る瞳子ちゃん。後で由乃さんに借りようと思いつつ、祐巳は座り込んでいる瞳子ちゃんの上から、執務室の修羅場を観察した。
乃梨子ちゃんは顔の下半分を押さえつつ、硬直している。いや、よく見ると小刻みに震えてるっぽい。
物凄く葛藤しているんだろうな、と同情する。聡明な乃梨子ちゃんのこと、既にこれが由乃さんの仕掛けた罠だと見破っているに違いない。
由乃さんの手には、決定的瞬間を捉えるためのインスタントカメラが握られている。乃梨子ちゃんが思わず志摩子さんに抱きつくシーンを激写しようという腹積もりらしい。
乃梨子ちゃんの理性VS由乃さんの陰謀。
今のところ、乃梨子ちゃんはかなり頑張ってると思う。
「ふふふ……中々粘るわね、さすがは乃梨子ちゃん。でも、あのうさ耳は令ちゃん特製。とんでもない機能がついているのよ!」
由乃さんが何かスイッチを取り出す。
「その名も『たれ耳モード』!」
「そ、それは凶悪ですわね!」
盛り上がる由乃さんと瞳子ちゃんに、祐巳はちょっと溜息を吐いた。
「凶悪なまでのその破壊力、見せてあげるわ!」
由乃さんがブロックサインを送ると、志摩子さんが乃梨子ちゃんに近づいた。だからなんで志摩子さん、そんなに乗り気なんだろう?
志摩子さんが乃梨子ちゃんに近づいて声を掛けたところで、由乃さんは手にしたスイッチを押した。
その瞬間、へなっと志摩子さんに装着されたうさ耳が垂れる。
「うわー……」
祐巳は思わず目眩を覚える。なんだこの、無駄なくらいの高性能。
乃梨子ちゃんはしばし志摩子さんを凝視すると、なんか泣きそうな表情になり――
「「あ。死んだ」」
ぐったりと、その場に沈み込んだ。


白薔薇のつぼみこと二条乃梨子ちゃんといえば、冷静沈着、クールで大人。学年では一つ後輩にも関わらず、他のつぼみ二人よりよっぽどしっかりもの、とまで言われるくらいである。
だが今日から、その後にこう付け加えられるだろう。
『だが、うさ耳志摩子さんに悶え死にしたという側面も持つ』
祐巳としては一気に乃梨子ちゃんを身近に感じられるようになったわけだけど、どうやらそんな評価は乃梨子ちゃんにとって屈辱以外の何物でもなかったようだ。
薔薇の館のビスケット扉を開けたところで、祐巳は硬直しつつ、あの時由乃さんたちを止めなかったことをちょっと後悔した。
「ご、ごきげんよう……」
真っ赤になって挨拶をする瞳子ちゃんの頭には、なぜか猫耳が装着されていて――


明日には、祐巳も乃梨子ちゃんの仲間入りをするのは確実だと思われた。


【5】 江利子からの贈り物  (柊雅史 2005-06-06 23:02:15)


『前回の差し入れが好評だったので、また贈ります。 江利子』

そんな手紙が添えられたクッキーに、由乃さんは苦々しげな顔だった。
「どこが好評だか」
どっかと椅子に腰を下ろして、由乃さんはクッキーに手を伸ばす。
そんな由乃さんに苦笑しつつ、祐巳はクッキーの賞味期限を確認した。
今度の賞味期限は4月の10日。来年の入学式の翌日に当たる日付。
なんとも手の込んだことだと思いながら、由乃さんにも伝えてあげる。
「――やっぱりお見通しってわけか」
「そうかなぁ……」
憮然とする由乃さんに、祐巳は首を傾げる。
「これって、お祝いの意味じゃないの?」
「……祐巳さんは人が好すぎ」
ぷい、とそっぽを向きつつ、由乃さんは手に取ったクッキーを箱に戻す。
「食べないの?」
「食べるわよ」
そっぽを向きながら、由乃さんが言う。
「最終日に、6人で」
賞味期限は来年。その場にいるのは、祐巳と由乃さんと志摩子さん、そして乃梨子ちゃんと祐巳の妹と――
憮然とした表情の由乃さんの耳はちょっと赤くなっていて。
甘いものが大好きな祐巳も、このクッキーを食べるのはその日まで我慢しよう、と思うのだった。


【6】 (記事削除)  (削除済 2005-06-07 01:03:15)


※この記事は削除されました。


【7】 笙子眼鏡計画  (柊雅史 2005-06-07 02:28:04)


「眼鏡分が足りない」

いきなりそんなことを言い出したのは蔦子さまだった。
眼鏡分。聞いたことのない単語に笙子は首を傾げた。

「えぇと。眼鏡分ってなんなんですか?」
「眼鏡分は眼鏡分よ。眼鏡のフレームとレンズに含まれるのよ」

キラリと眼鏡を光らせる蔦子さまはちょっと挙動が怪しかった。多分、最近紅薔薇のつぼみに激写の隙がない、と嘆いていたことと関係があるのだろう。
蔦子さまは今ちょっと、ストレスが溜まってるのだ。きっと。

「えぇと、蔦子さまは眼鏡をかけてますけど、それじゃダメなんですか?」
「何を言うかと思えば。私がかけていても眼鏡分は発散されないに決まっているじゃない。そんなことも分からないの?」

分からない。分かるはずがない。笙子は眼鏡分なんてものがあるのさえ初耳なのだ。
いや、実際にそんなものがあるのかどうかさえ、怪しいと思う。思うのだが……きゅっきゅっとカメラのレンズを磨きつつ、うつむきっぱなしの蔦子さまにその辺りをつっこむ勇気を笙子は持ち合わせていなかったし、それをするにはちょっとばかり蔦子さまに惚れ過ぎていた。

「えぇと、それでは誰がかければ眼鏡分は発散されるのでしょう?」
「私以外の誰でもいいのよ。誰でもいいの。でも私の周りにはいない。眼鏡分がないのよ、分かる!?」

分からない。分かりっこない。
でも確かに、山百合会の方々や新聞部の中には、眼鏡をかけている子がいないのも事実だ。

「あぁ……どうしよう。眼鏡分が。眼鏡分が足りないのよ。このままじゃとんでもないことになるわ……」
「とんでもないこと」
「そう、とんでもないことよ。とても口に出しては言えないけれど」
「そうですか……」

どんなことか分からないけれど、蔦子さまが言うとシャレにならない気がするのは笙子だけだろうか。

「眼鏡分は写真を撮ると減るのよ。分かる?」
「は、はぁ……」
「エネルギー源なの。ガソリンと言い換えてもいいわ」
「は、はぁ……」

今日の蔦子さまは変だと思いつつ、笙子はちょっと不安になる。
眼鏡分とやらが写真を撮ると減るのであれば、もしかして眼鏡分が不足すると写真が撮れなくなるのだろうか。
それは困る。笙子は蔦子さまの写真が好きだったし、いつか撮ってもらいたいと思っているのだ。最高の自分の笑顔を。
今日の蔦子さまは怖いけれど、そんな蔦子さまをフォローするのも自分の役目に違いない、と思う。蔦子さまには妹もいないことだし。

「えぇと、蔦子さま」

こほん、と一つ咳払いして、笙子は提案した。

「私でよろしければ、眼鏡、かけますけど」
「ホント!?」
「は、はい……」

ぐいっと迫ってくる蔦子さまの勢いに頬を染めつつ、笙子は頷いた。
こんなに喜んでくれるなら、眼鏡くらいいくらでもかけたっていい、と思う。

「じゃあ、これ。伊達眼鏡だから」
「なぜこんなものを? 蔦子さまの眼鏡って……」
「私のはれっきとした度入りよ。それはこんなこともあろうかと持ち歩いてる分」
「……」

どんなこともあろうかと持ち歩いてるのか、物凄く問い詰めたい。
でも蔦子さまが「さぁ!」と促すので、笙子は黙って眼鏡を受け取った。

「……でも蔦子さま。写真は撮らないで下さいね」
「私は撮らないわよ」

ただでさえ写真嫌いなのに、なんとなく生まれて初めての眼鏡姿を撮られるというのは気恥ずかしい。
笙子は蔦子さまの返事を聞いて、恐る恐る眼鏡をかけてみた。

「……ふむ。思ったとおり、笙子ちゃんには眼鏡が似合うわ」
「そ、そうですか?」

じーと見られた上に褒められて、笙子の頬が熱くなる。
蔦子さまに褒めてもらえるなら、普段から眼鏡をかけてもいいかな、なんて思ってしまう笙子だった。



笙子が帰ったのを待ち構えていたように、ばたんと部室に備えられていたロッカーが開いた。
「あっつ〜! たまんないわね、ロッカーの中ってのも」
「それより、首尾は!?」
汗だくで床にへたり込む真美に、蔦子は駆け寄って尋ねる。
ぐったりしていた真美だが、蔦子の問いには満面の笑顔で、OKマークを返した。
「よし。さっそく現像に取り掛かりましょう」
蔦子は真美からカメラを受け取ると、そそくさと暗室に向かう。
その後を追いながら、真美は笑いをかみ殺しながら声を掛けた。
「それにしても、毎回思うんだけど、眼鏡分ってなによ、蔦子さん」
「いいじゃない、成功したのだから。これで祐巳さんに志摩子さんに由乃さん、そして笙子ちゃん。100%の成功率だわ」
「まぁ、文句は言わないけど。――それにしてもあの子、凄い乗り気ね。あれならいつでも貴重な眼鏡っ子ぶりを見せてくれるわ、きっと」
「そうね。――イイコだわ、ほんとに」
しみじみと蔦子と真美は頷きあう。コンタクトの値が下がった昨今、眼鏡っ子は激減している。そんな社会の風潮を二人は憂いていた。主に自分の趣味を理由に。
「今度、あの子に眼鏡を贈ってあげなさいよ」
「そうね……考えてみるわ。でも今は、現像よ!」
「分かってるわ! 嗚呼、初めての眼鏡! 初々しくて堪らないわね!」


写真部部室――別名、眼鏡っ子愛好会集会室。
そこで恐るべき計画が進んでいることを、笙子はまだ知らなかった……。


【8】 蓉子の暗躍大好き  (柊雅史 2005-06-07 12:32:20)


「紅薔薇さまは凄いですよね。あの白薔薇さまと黄薔薇さまをまとめているんですから」
「白薔薇さまも黄薔薇さまも、もう少しきちんとしてくだされば。お姉さまももう少し楽ができますのに」
可愛い妹と孫に力説されて、蓉子は目を細めた。
「ありがとう。でもね、私たちには私たちだけの役割分担っていうのがあるのよ」
「そうかもしれませんけど……」
まだ不満そうな祥子に手を伸ばし、蓉子はそっと頭を撫でてやった。
子供扱いを嫌がる彼女だけど、蓉子にこうされるのだけは別らしく、ちょっと目を細めて嬉しそうな顔を見せる。
「こんなに思ってくれる妹と孫がいるんですもの。これ以上を望むなんて罰が当たってしまうわ」
「お姉さま……」
祥子を安心させるように、蓉子はにっこり微笑んだ。


「何が役割分担だよ、よく言う」
「全くだわ。確かに役割分担はあるけど、それは決して祥子が考えているような、蓉子が貧乏くじを引いている分担の仕方じゃないっていうのに」
「貧乏くじ! 蓉子が! ありえねー!」
くわーと頭を抱える聖と、ぶちぶち文句を言い続ける江利子に、蓉子はちょっと苦笑した。
「失礼ね。私だって色々と苦労しているのよ」
「苦労はしているだろうさ。でもねぇ……」
「ええ。まるで蓉子がクリーンなイメージってのは気に食わないわね」
「全くだ。私たちの中の蓉子のポジションを教えてやりたいよ、祥子に」
「どうぞご自由に。教えても信じないでしょうから、あの子も祐巳ちゃんも」
涼しげに応じる蓉子に、聖と江利子が「これだよ」とため息を吐く。
強烈な個性の集団である3人の薔薇さまを中心とした山百合会。
悪ふざけ大好きの聖と、思い込んだらまっしぐらの江利子。物事をぐいぐい引っ張っていく二人に対して、蓉子の役割はといえば、表面上はその二人のフォロー、ということになっているけれど。
強烈な個性の二人が、結局いつも正しい方向に突き進んでいるのは、そうなるように二人を上手くコントロールしている存在があるわけであって。
「――いいじゃない。あなたたちだってそれが楽しいんでしょう?」
「いうなよ」
「それを自覚して徹底する辺り、蓉子の黒さよね」
「陰謀好きの黒蓉子。紅薔薇じゃなくて黒薔薇の方がよっぽど似合ってる」
けたけたと笑う聖に釣られるように、蓉子も江利子も笑みを浮かべる。
3人だけが知っている、それぞれの役割分担。
本当によくもまぁ、自分が紅薔薇さまである時に、両脇にこの二人がいてくれたものだと蓉子は感謝する。
他の誰でもなくこの二人だからこそ、蓉子はなんだって出来るし、なんだってやっていて楽しいのだ。
自分たちの後を継ぐ祥子たちは、どんな関係を築いて行くのだろう。
そんなことに少し思いを馳せながら、蓉子はぶーぶー文句をたれ続けている二人の薔薇さまに、何気なく「ところで」と声をかけた。
「もうすぐ、バレンタインなわけだけど――」
蓉子の台詞に二人が文句を一旦止めて、視線をこちらに向けてくる。
さて今度はどんなことをしてやりますか、と聖が視線で問いかけてくる。
「築山三奈子さんを使って、ちょっと面白いことしてみない?」


ここはリリアン女学園。
事件の陰で一人の薔薇さまが嬉々として暗躍していることなど、平和に暮らす生徒たちは誰一人として気付くことはなく。
バレンタイン企画を手に山百合会へ乗り込む後輩を確認すると、蓉子は二人の親友と一緒に、笑いながらその場を後にするのであった。


【9】 暴走凸ちんファンクラブ  (柊雅史 2005-06-08 19:44:15)


「ジーク・お凸!」
「ジーク・お凸!」
 さわやかな朝の挨拶が、澄みきったお凸に反射する。
 きらり煌くお凸に集う乙女たちが、今日も天使のような悪魔のような笑顔で、背の高い江利子に飛びついていく。
 汚れを知らない額を叩くのは、深い踏み込みの攻撃。
 スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように、無拍子で叩くのがここでのたしなみ。もちろん、誤爆して頭を叩き去るなどといった、はしたない生徒など存在していようはずもない。
 私立リリアン女学園凸ちんファンクラブ。
 明治三十四年創立のこのファンクラブは、もとは凸愛好家の令嬢のためにつくられたという、伝統ある卵型お凸ラブ系お嬢さま倶楽部である。
 東京都下。大草原の幻影を思い起こさせるお凸の多いこの学園で、神に見守られ、幼稚舎から大学までのお凸愛好教育が受けられるお凸の園。
 時代は移り変わり、江利子がつぼみからランクアップして改まった黄薔薇さまの今日でさえ、十八年凸美人で知られれば温室育ちの純粋培養お嬢さまが遠慮なく突撃してくる、という仕組みが未だ残っている特殊なファンクラブである。


「……って、なにが凸ちんファンクラブよ、聖!」
「あはは! ほ〜ら江利子、ぺちぺち〜」
「きーーーーー!」
「あなたたち、仲良いわねー……」


【10】 世界中の誰よりも嬉しい蓉子  (冬馬美好 2005-06-08 22:42:34)


バレンタインデー。体調不良ながら、『プゥトンの宝探し』イベントを一目見ようと、リリアンを訪れた蓉子であったが、貧血をおこしてしまった為に、現在はトイレの個室を一つ占領して休んでいた。

「何だったのかしら」
祐巳ちゃんがトイレの窓から侵入してくるという、江利子が聞いたら大喜びしそうな愉快なイベントの後、祐巳ちゃんの友達は独り言をいいながら退場したのだが、入れ替わりに誰かがトイレに入ってきてしまった。・・・うーん、ちょっと個室から出るタイミングを失っちゃったわね。でもまぁ、まだちょっとふらふらするし、もう少し休んでいく事にするとしよう。ふぅ。
「しゅーびどぅびどぅび、ぱぱーやー」
 再び、一つ置いた個室に入る気配がした。ゲームの最中にトイレ休憩とは余裕がある。他に誰もいないと思ったのか、鼻歌なんかうたっている。かなりご機嫌なようだ・・・って、また鼻歌? 最近リリアンでは、鼻歌が流行しているのかしら?
「どぅびどぅ・・・び」
 おや? 何やら鼻歌の調子がおかしくなってきたわね。今、半端じゃないスタッカートが入ったわ。一体、どうしたのかしら?
「ぱっ、ぱっ、ぱぱ・・・あやぁぁぁ」
 はっ! あの気張り方は、あの、その、もしかして・・・大きい方? しかもかなりの難産? ずっと便秘だったんだけど、今日宝捜しで走り回ったから腸が刺激されて、何かいけそうって感じなの? がんばって! 誰かは分からないけれど、がんばって!!
「しゅーび、しゅぅ、ひぃん、えぐっ」
 泣かないの、あと少しよ! ほら、がんばりなさい! 楽になりたいんでしょう?!
「どぅび、どぅび、どぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
 うわ、すごいウーハー。壁がビリビリ。もう少しなのね? がんばって! とにかくがんばるのよ! その苦しみは、もうすぐ喜びに変わるのよ! お願い、がんばって!
「ひっ、ひっ、ふー。ひっ、ひっ、ふー」
 ラマーズ法?! 産まれそうなの? 産まれそうなのね?! お湯を沸かして! ありったけのタオルを用意して!・・・って、水洗だし、トイレットペーパーがあるから大丈夫か。もうすぐよ! もうすぐ楽になれるわ! がんばって! 私は応援する事しか出来ないけど、とにかくがんばって!
「しゅーび、どぅ・・・だめだわ・・・うぇぇぇぇん」
 おねがい! 自分に負けないで! 涙が乾いた後には、夢の扉が開くわ! がんばって! ああ、マリア様! どうか彼女をお救いください! おねがいです、マリア様!!
「しゅーびどぅびどぅび、ぱぱー・・・・・・やぁ!!!」

「・・・バレンタインデーに試験なんて最悪だったね」
 聖が笑う。だが蓉子は首を横に振った。
「最良よ」
「え?」
「今日は、今までの人生で最良の日だったわ」
 蓉子は活気の溢れる薔薇の館と、生徒が集まってくる中庭を歓喜の表情で眺めやった後、校舎の入口に一番近い、一階のトイレの方に視線を向ける。

「・・・マリアさまの奇跡も見られたし」
「なんじゃ、そりゃ?」


【11】 笙子の激萌え電波  (柊雅史 2005-06-09 03:07:22)


それは不意に笙子を襲ってきた。

『眼鏡を忘れた蔦子さまが、おろおろしてドアにごっつんこ』

「ぶっふぅー!」
唐突に頭に浮かんだセンテンスとその情景に、思わず笙子は口元を押さえて吹き出していた。
「しょ、笙子さん!?」
一緒に昼食をとっていたクラスメートが、驚いたような目を向けてくる。
「な、なんでもないわ。ごめんなさい」
ふるふると震える口元を隠しながら、笙子は小さく首を振る。人の好いクラスメートは少し首を傾げたものの、再びお弁当に視線を戻した。
危なかった……と、笙子はこっそり汗を拭う。不意に浮かんだ言葉とイメージは、正直言って蔦子さまに隠れラブであるところの――少なくとも本人は隠れているつもりだった――笙子にとっては、かなり強烈なモノだったのだ。
いつだって凛々しくて、聡明で、同学年の誰よりも大人びている、写真部のエースにしてリリアン女学園で知らぬ者はいない有名人――武嶋蔦子さま。
その眼鏡の奥で輝く瞳の強さを思い浮かべると、笙子はそれだけで胸がドキドキしてしまうくらいなのだが。
(それが、よりによってドアにごっつんこ……)
不意に浮かんだイメージに、笙子は緩みそうになる頬を必死になって引き締める。お昼を食べながらにやにやなんて、ただの変態さんだ。
(あぁ……でも、そんな情けない蔦子さまも、ちょっぴり可愛いカモ……)
普段大人びている蔦子さまだからこそのこのギャップ。それがとても笙子の心をくすぐるのだ。
(――って、何を考えているのよ笙子)
憧れの人のそんな姿を思い浮かべるなんて不遜すぎる。
笙子は頭の中から魅惑のフレーズを追い出して、クラスメートの話に耳を傾けた。

『ぐしょ濡れの蔦子さま、半泣き』

「げっふぅ!」
「しょ、笙子さん!?」
話の途中で吹き出した笙子に、その場にいた全員が視線を向ける。
驚きと困惑と、それ以上の心配。
そんな視線に晒された笙子は、慌ててなんでもないの、と手を振った。
(な、ナニ……? 今の、頭に浮かんだイメージはナニ!?)
内心ではパニックだったが、笙子はどうにか平静を装うことに成功したらしい。クラスメートは再び、笙子を気遣う言葉をかけてからお喋りを再開する。
その様子に安堵して、笙子はもぐもぐとご飯を咀嚼しながら、先ほどの魅惑のフレーズを吟味してみた。
ぐしょ濡れの蔦子さまが、半泣き。
何があったのか頭から水を被ってしまった蔦子さまが、ぺたんと床に腰を落として、うるる〜と半泣きなのだ。
(く、くあー!)
笙子は悶えた。ぱくぱくご飯を口に運びながら、心の中で悶えた。悶えずにいられるものか。
長い睫毛の下で、常に知性的な光を宿している蔦子さまが、うるると半泣きなのだ。そんな姿、普通は見られるはずがない。
しかも蔦子さまのあの美しい黒髪は水を被り、毛先からひたひたと水滴が垂れているのだ。
そんな蔦子さまが床に座り込んで、こちらにうるうるのお目目を向けてくるのである。
(あり得ない! あり得ないけど、アリ!)
ここにガッテンボタンがあれば満点を押しているところだ。
(あぁ……たまにでいいの。たまにで良いから、笙子だけにそんなお姿も見せて欲しい……)
うっとりと頭をピンク色に染めてから、笙子はダメダメ、と首を振った。
なんて酷いことを考えたのだろう、自分は。蔦子さまがぐしょ濡れで半泣きなんて、可愛いけど願ってはいけない。
笙子は自分を戒めて、どうにかこうにかクラスメートの会話に復帰した。

『切った指を、蔦子さまが咥えて消毒』

「おっふぅ!!」
「笙子さん!?」
ビクン、と体を震わせた笙子に、ついにクラスメートたちも一大事とばかりに立ち上がる。
「わ、わたくし、保健の先生を呼んで参りますわっ!」
「どなたか、冷たいお水をっ!」
大慌ての友人たちに気付かず、笙子は三度頭に浮かんだフレーズを繰り返す。
蔦子さまが、私の指を咥えて消毒。
蔦子さまが、私の指を咥えて消毒。
蔦子さまが、私の指を咥えて消毒。
蔦子さまが、私の指を咥えて消毒。
蔦子さまが、私の指を咥えて消毒。
蔦子さまが、私の指を咥えて消毒。
蔦子さまが、私の指を咥えて消毒。
あぁ……そんなことになったら、私……。
いつだってシニカルな笑みを湛えた、蔦子さまの唇が。
きっと紙か何かで切ってしまった笙子の指先を、消毒のために咥えてくれるのだ!
(あぁ……なんなの。今日は一体、どうしたっていうの? どうしてこんな、素敵で魅惑で蠱惑的なイメージが、鮮明に浮かぶの? 私……ナニを受信してるの!?)
恐ろしい。自分が恐ろしい。こんなシーンを想像してしまう自分が。
けれど、笙子は幸せだった。特に最後のは笙子自身が体感するイメージだけに、生々しくて破壊的だった。
「笙子さん、とにかく一度、保健室に参りましょう?」
クラスメートに促されて、笙子はおとなしく、ふらふらと立ち上がるのだった。


保健室のベッドに横になった笙子は、それはもう真っ赤に顔を染めていた。
(あぁ……私、なんてことを考えてしまったのだろう……)
蔦子さまのことは大好きだ。大好きだけど、あんなことを想像してしまうなんて、自分は本当に変態じゃなかろうか、と反省する。
第一、あのクールな蔦子さまが、笙子にそんな姿を見せたり、指を咥えて消毒してくれる、なんて行動を取るはずがない。
(あぁ……笙子の馬鹿……)
笙子が溜息を吐いていると、不意にこんこんとノックが聞こえ、がらりと扉が開いた。
「――あ、起きてた?」
「つ、蔦子さま……!」
ひょい、と顔を覗かせたその人の顔をみて、笙子の頬が一気に燃え上がる。
「笙子ちゃんに用があったんだけど、保健室に行ったって聞いて」
「そ、そうですか……」
笙子は真っ赤になって視線を少し逸らす。さすがに今日は蔦子さまを直視できない。
「とりあえず、思ったより元気そうじゃない」
蔦子さまがベッド脇のパイプ椅子に腰をかける。笙子の心臓はもうどきどきだ。
(あぁ……ここでまた、変なフレーズを受信したら、私、きっと本当に倒れる……)
お願いだから変なフレーズを思い浮かべませんように、と笙子はお祈りする。
その祈りがマリア様に通じたのか、笙子の頭に変なフレーズは思い浮かばなかった。
思い浮かばなかった――のだけど。
「顔赤いけど、熱でもあるの?」
言って蔦子さまが笙子の前髪を掻きあげ。
ピタリ、と額に額をくっつける。
(……………………………………………………………………(きゅう))


実物は電波よりも強し。
笙子は午後の授業を目を回したまま、ベッドの上でお休みすることになったのだった。


【12】 瞳子ちゃんプライドデビュー  (冬馬美好 2005-06-09 22:36:56)


「・・・さあ、第1回リリアンPRIDEグランプリもいよいよメインイベント! “紅の庶民派” 福沢祐巳さんと、“ドリルアクトレス” 松平瞳子さんの決勝戦! 司会は新聞部部長・山口真美、解説は黄薔薇のつぼみこと、島津由乃さんでお送りします。お願いします、由乃さん」
「こちらこそ」
「さあ、リング上で睨み合う二人! 今、がっちりと握手を交しました!」
「二人とも気合い入ってますね」

『ジャッジ? ジャッジ? ジャッジ? ・・・れでぃぃぃぃぃ、ふぁいっ!!』
 カーン!

「さあ、戦いが始まりました! お〜っと! 瞳子選手が先制攻撃!」
「あれは演劇部の先輩、乃梨子ちゃんと立て続けに撃破した技、『今まで見た事が無いぐらい怖い顔』です! いきなり勝負に出てきましたね」
「これは苦しいか、祐巳選手! じりじりと後退していきます!」
「祐巳さんの必殺技『祥子さまの真似』は、遠い親戚の瞳子ちゃんには効かないですからねえ」
「万事休すか、祐巳選手! さあ、これまでか?!」
「いや、ちょっと待ってください! 祐巳さんが懐から何かを取り出しましたよ」
「おっと、凶器ですか? 凶器の使用は禁止されているはずですが・・・。いえ、違います! 祐巳選手が懐から取り出したのは・・・・・・ロ、ロザリオだぁぁぁっっ!!」

(おおっ、とざわめく場内の生徒たち)

「祐巳選手のこの攻撃に、優勢だった瞳子選手の動きが止まりました!! どうしたことでしょう?! ・・・あ、反則だと瞳子選手がアピールしています! 解説の由乃さん、ロザリオは凶器に含まれるんでしょうか?」
「身に付けてるものだしね。吉田秀彦も胴着の帯使った攻撃とかしてるし、いいんじゃない?」
「さあ、今度は瞳子選手が圧されています! ロザリオの鎖部分を輪っかにして持ち、祐巳選手がじりじりと前進!」
「あ、コーナーに追い詰められましたよ」

「・・・これ、瞳子ちゃんの首にかけてもいい?」
「え? あのその・・・そんな・・・」
「賭けとか同情とか必殺技とか、そんなものはなしよ。これは神聖な儀式なんだから」
「で、でも・・・こ、こんな場所では・・・・・・」
「瞳子ちゃん?」

(しん・・・と静まり返る場内。全員が瞳子の返答に注目している)

「あの・・・その・・・お、お、お受・・・・・・おうっ!」

 ぱたり。
 カンカンカンカン!

「祐巳選手、見事な大逆転KO勝利! 瞳子選手を血の海に沈めました!」
「鼻血だけどね」
「さあ、レフェリーに手を取られて祐巳選手、勝利の・・・おや? 祐巳選手が、幸せそうな顔で気絶している瞳子選手に近づいていきます。これは・・・?」
「まぁ、ある意味、とどめの攻撃かなあ」
「お〜っと! 祐巳選手、瞳子選手の首にロザリオを掛けたぁぁぁっっ! こ、これは何という感動的な光景なんでしょう?! 会場に詰め掛けた生徒の目に感動の涙がぁぁぁっっ!!」
「感動かなあ・・・」
「・・・どうしました、由乃さん? 感動的ではありませんか?」
「いや、だってねぇ・・・」


「寝てる時にロザリオを渡してもらっても、全然ドキドキしないんだよ?」


【13】 ユミトーどすこい伝説  (柊雅史 2005-06-10 00:58:42)


「あ……」
ふと手を伸ばした拍子に、偶然瞳子の指先が祐巳さまの手に触れてしまった。
予想もしていなかった、不意打ちの接触。
誰もいない薔薇の館で、祐巳さまは黙々とお仕事を続けていて。
瞳子は乃梨子さんも祥子さまもいないなんてつまらないですわ、なんて。悪態をつきながら憮然と椅子に腰掛けていたのだ。
そのままどのくらい、気まずい沈黙が続いただろう。
瞳子が中々書類から顔を上げてくれない祐巳さまにイライラしつつ。テーブルに置かれた花瓶からひらりと舞い落ちた薔薇の花びらに気付いて手を伸ばした時だった。
不意に祐巳さまがこつん、と肘で消しゴムを転がして、慌てて手を伸ばしたのだ。
ちょうど、瞳子と同じ方向に。
いきなり触れ合った手に、互いに驚いたように顔をあげて、ばっちりと二人の視線がぶつかってしまった。
慌てて手を引っ込めていれば、まだ良かった。でもその機会は既に逸してしまっている。
瞳子の手は祐巳さまの手を押さえるように軽く触れていて。瞳子にはその手を離すことが出来なかった。
指先に感じる祐巳さまの手の温もり。
祐巳さまも祐巳さまで、手を引っ込めるつもりはないようで、瞳子のことをじっと見詰めている。
あまり見ないで欲しい、と思う。
でも、ここで視線を逸らさないで欲しい、とも思う。
「……瞳子、ちゃん……」
「祐巳、さま……」
なんとなく掠れた声でお互いの名前を呼び合う。
しん、と静まり返った薔薇の館に、小さな声が染み入るように消えて行く。
どちらからともなく、瞳子と祐巳さまが上体を、ぐっと前に乗り出して――
「……祐巳さま……」
「瞳子……」
二人の前髪が、さらりと触れ合った。


「ごっきげんようーーーーー!」


ばたん、と扉を開けて元気良く室内に飛び込んだ由乃の目に映ったのは、みょ〜に顔を寄せ合ったままこっちに目を向けている、祐巳さんと瞳子ちゃんの不自然な姿だった。
互いにテーブルの上に体を乗り出して、なんだか物凄い緊張感に満ちた空気をかもし出している。
なんだろう、と由乃は目を瞬いた。
「えっと……?」
「!!! ど、どすこーいっ!!」
「きゃあ!!」
何してるの、と聞こうとした由乃のセリフを遮るようにして、突如として瞳子ちゃんが机に置いていなかった方の手で、祐巳さんを突き飛ばした。
いきなりの展開に、由乃も「ひゃぁ!?」と小さい悲鳴を上げる。
「と、瞳子ちゃん、祐巳さんに何を!?」
「お、おほほほ! 油断しましたわね、祐巳さま! このどすこい勝負、瞳子の勝ちですわ、どすこーい!」
尋ねる由乃を無視して、瞳子ちゃんがなんか分からん勝利宣言をぶち立てた。
「う、うわー、瞳子ちゃん、強いよ! 私の負けだよ、どすこい勝負! どすこーい!」
ハテナマークを浮かべる由乃だが、どうやら瞳子ちゃんの意味不明な勝利宣言は、祐巳さんには通じている、らしい。
「ふふふ、これで私の13勝12敗ですわ!」
しかも既に25回もやってるらしい。
あははー、とどこか不自然に聞こえなくもない笑いを響かせる祐巳さんと瞳子ちゃんに、由乃は眉を寄せて思うのだった。
――この二人、なんて仲良しなんだろう、って。


『祐巳さまと瞳子ちゃんは放課後、どすこい勝負を繰り返すくらいにラブラブ』
そんなよく分からない噂が、由乃さまの口から広まったわけだけど、瞳子はきっとこれでよかったのだ、と思うことにした。無理矢理。
だってあと少し由乃さまが来るのが遅れていたら――二人の仲はどすこい勝負どころではなくラブラブ、なんて噂が流れていたかもしれないのだ。
放課後二人でキスしてるくらいにラブラブ、なんて噂が立つよりも、まだどすこい勝負の方が良い。
瞳子はそう、前向きに思うことにした。

「――って、思えますかっ!!」
どすこい勝負のルール――瞳子がでっち上げた――を紹介するリリアンかわら版を破り捨てながら、瞳子は澄んだ青空に吼えるのだった。


【14】 素晴らしい闇の事件簿  (うみ 2005-06-10 21:39:32)


白薔薇のつぼみこと二条乃梨子に伸びる、黄薔薇のつぼみの魔(?)の手。
志摩子という存在をうまく利用した、『タレうさ耳』の途方も無ないまでの破壊力を目の当たりにしたことで、抵抗むなしく力尽きたかに見えた乃梨子。
『白薔薇のつぼみ志摩子に萌え死に事件』と銘打たれたそれだったが、しかし闘いはいまだ終わってはいなかった。
それは、瞳子がネコ耳を装着したことを発端として……。

「に……にゃん♪」
「――――」

(あの様子だと――完膚なきまでに堕ちたね、祐巳さん)
(そうですね。瞳子のアレは、普段とのギャップもあいまって相当破壊力が高いですから)
(それも、『祐巳さんにとっては』って但し書きがつきそうなほどに)
暗躍する二人と、見つめ合う二人。好対照な二組は、更なる混迷をも垣間見せる。

そう、それはさらに次の日に。

戦火は未だ収まる気配を見せぬまま、いつかの予感通りその魔の手は祐巳にまで伸びようとしていた。
奮闘(?)むなしく、その術中に落ちた祐巳の取った行動とは。


「えっと……(首を傾げつつ)……ぽ、ぽこ……?」
「―――――はうっ!」

(これは……あまりにも危険だわ。まさか首を傾げるだけでなく、ほんの少しの上目遣いという高等技術まで織り込んでくるとは――さすがは祐巳さんね)
(というか、見るからに瞳子が壊れちゃってますが……)
(いいのよ、あっちはいつものことでしょ)
(……それもそうですね)


こうして、薔薇の館の夕闇は今宵もその色合いを深めていくのだった。


【15】 お姉さま志摩子が暗躍  (くま一号 2005-06-11 23:59:02)


【No:14】のつづきです。

朝早く、古い温室で。
「ごきげんよう、令さま」
「ああ、志摩子、ごきげんよう。志摩子の呼び出しなんてめずらしいね」
「いえ、この間のウサ耳のお礼が言いたくて」
「あははは、乃梨子ちゃんめろめろになったんだって?発明部まで秘密で手を回してメカを作らせた甲斐があったわ。(ロザリオちらつかせながら『作って(にこっ)』って由乃が、由乃ぉ・・)」
「令さま、どうかなさいましたか?額に汗が」

「い、いやなんでもない。ところでその後の猫耳と狸耳はどうだったの」
「そうそう、写真をお持ちしたんですよ、これが猫耳瞳子ちゃんに迫られる祐巳さん」
「おー、祐巳ちゃんかわいっ」
「こっちが瞳子ちゃん」
「うわっ、おろおろ度いつもの3倍(当社比)」
「それで志摩子はこれを見せるためにわたしを呼び出したのかな?」
「いいえ、令さま、」
「そうじゃなくて、こーーーんなめろめろ顔の由乃さん、見たくはありませんか」
「・・・・・・・・・」
「令さまが『由乃?』って上目遣いに見上げると由乃さんは・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」

「令さま、令さま、あああ異世界に飛ばないでください令さまっ」
「わかったっ」
がしっと志摩子の肩に両手を掛ける。
「全霊をかけて作るっ。発明部も手芸部も美術部も動員する。放課後までにはできあがるわ」
「でも、黄薔薇定番の猫ネタはだめです。瞳子ちゃんで使ってしまいましたから」
「うーん、そうすると、話題のあれかな?」
「そうです。あれです」
「よーし、すぐ型紙を。ありがとう志摩子」
「協力いたしますわ」
後ろ手にVサインをする志摩子。その背後の植え込みの陰には乃梨子、瞳子、祐巳となぜか笙子の姿が・・・・・。

 放課後、由乃はいつもの通り薔薇の館に向かった。
「ふふふっ、昨日の瞳子ちゃんったら。いつもの通りの反応じゃつまんないと思ってたら、祐巳さんのポコにノックアウト。ドリルの揺れ方もいつもの3倍(当社比)だったじゃない。くすくすくすあれならロザリオ素直にもらう日も近いわ。友情よ。友情」
などと自己正当化しつつ薔薇の館の二階、ビスケット扉を開けて・・・

「ごきげんよう」
「ごきげんよう由乃」
「れ・れい・・・・
「冷凍」
「トンボ」
「ボンゴレ」
「レッサーパンダっ」

ってええっ、れっさーぱんだあああ!! なんで令ちゃんまでレッサーパンダ耳にしっぽなんかつけてるのよっ。・・・・やられた。
 まるでアライグマだと思って捕まえてみたら直立してしまった絶滅危惧種のように、令ちゃんが立っている。給湯室の方に目をやると当然のように人の気配が・・・。

 令ちゃんってスタイルがいい。美少年と見まごう(暴走してないときには)由乃でもつい見とれてしまう美形の令ちゃんに、れっさーぱんだ耳としっぽなんて反則だよ。

「由乃?」
ぴこっ 耳が動く

「令ちゃん?あ、あの黄薔薇さまの威厳というものが・・・」
「だめ・・・?」
身をかがめて下から上目遣いで
「れれれれれ、れいちゃん」

だめ、そんな顔してみたら、由乃は・・・
「だって、志摩子や祐巳ちゃんが幸せそうなのに、由乃だけかまってくれないなんて」
寂しそうな顔をする令。耳がぴこっと下がる。
「それはその・・・」
顔に血が昇る。
「由乃が始めたことなのに」しょげた顔
令ちゃん…
「世界で一番由乃が好きだよ」しっぽフリフリフリ
「(ぐらっ)」

令ちゃんの顔が迫ってくる。きっと給湯室からみんながみてる、なんてことはもう意識から飛んで、令ちゃんの顔しか見えない。唇が迫る。膝がくだける。
「令ちゃんっ」

パシャッ ストロボが光る。

「黄薔薇様、ご協力ありがとうございました。あとでお写真をお渡ししますわ」
「笙子ちゃんっっっ」
「公開を許可して頂けますか?今度の写真部展示会でパネル展示致しますの」
「私に焼き増しをくれる条件だよ」
「わかっておりますわ。それもパネルにしますから黄薔薇様だけに特別価格でお渡しいたします」

「やっぱりねえ、いいだしっぺがなにもしないってねえ」祐巳さん
「由乃さま、これでおあいこですよ」乃梨子ちゃん
「乃梨子さんだけじゃなくて瞳子まで巻き込むからいけないのですわ」
「ふふふふふ、とってもうまくいったわね」ずずずとお茶をすする志摩子さん
って、令ちゃんが耳を作ったのを知ってるのは志摩子さんだけだった筈じゃあ・・・

「志摩子さん?」
「なあに由乃さん」
「令ちゃんをそそのかしたのはあなたね」
「令さまが寂しそうだったからよ」
「笙子ちゃんを呼んだのも」
「ええ、しあわせは全校に分けてあげなくちゃ」
がっくりと肩を落とす由乃

「志摩子さん、由乃さまにひっかかった私のために?」と乃梨子。
「いいえ、退屈だったのよ」と志摩子。
「志摩子さんのばかーーーー」由乃の絶叫が薔薇の館にとどろいた。


翌朝早く、古い温室に令を呼び出す祥子の姿が見られた。
目撃者の話では、なぜか新しいカメラに買い換えた笙子ちゃんの姿もみられたという。


【16】 まじめな日出実にいたずら  (柊雅史 2005-06-12 00:24:57)


「――というわけで、山百合会の方からは、次回のかわら版で是非告知して欲しいとのことです」
「んー……」
日出実の報告を聞きながら、真美はくるくるとお気に入りのシャーペンを回していた。
「こちらの件は私の方から、好美さんへ依頼しておきましたが、よろしかったでしょうか?」
「ん、良いんじゃない」
「それでは、前回行ったアンケート結果ですけど……」
日出実に促されて真美は手元の資料に視線を落とす。
「まず、最初の質問に対する回答は――」
「んー……」
日出実が読み上げるのを聞き流しながら、真美は心ここにあらずで苦悩していた。
日出実を妹にして数週間。姉妹になったからといって、急に何かが変わるものではないとも思うのだけど、それにしたってこの、日出実の愛想のなさはどうにかならないものか。
日出実も良い記事を書く、中々見所のある妹なのだけど。どうもちょっと融通が利かないというか、アドリブに弱いというか、堅苦しいというか――お姉さまほどハチャメチャなのは困りものだが、がちがち過ぎるのも困りものだった。そもそも真美が巻き込んだ茶話会の時だって、最後まで日出実は戸惑いを見せ続け、その場の空気に馴染むことが出来ずにいた。
それでいて中々の記事を書いたのだから、才能はあると思うのだ。もっと柔らかい頭を持てば、真美やお姉さまにも負けない記者になれるだろう。
日出実を高く評価しているだけに、真美はその弱点が気になってしまう。なんとかしてやりたい、と思うのだが……。
「――お姉さま、聞いていますか?」
「ん、聞いてるわよ?」
上の空の真美に気付いてすかさず声を掛けてくる日出実に応じながら、真美はどうしたものかと首を傾げるのだった。


「そんな時はドッキリ企画よ!」
日出実のことを祐巳さんに相談していた真美は、いきなり背後から響いてきた声に、あちゃあと額を押さえた。
「ちょっと、ナニよその反応」
「由乃さん、早かったわね。志摩子さんの用事はもういいの?」
「用事? ああ、もう終わったわよ。それで、どうしてそういう楽しそう――じゃない、真面目な相談を、祐巳さんにして私にしないのよ」
がたがたと勝手に椅子を並べて陣取る由乃さんに、真美はそっと溜息を吐いた。
別に由乃さんが嫌いなわけではないのだが、由乃さんの言動はどうにも突拍子もない一面があり、こういった相談には不向きと判断して祐巳さんが一人の時に相談を持ちかけたのだけど。
由乃さんは既にノリノリで、祐巳さんに登場シーンのセリフを説明していた。
「ドッキリ企画で驚かせるのよ。そうすれば、澄ました顔の裏にある素顔を引き出せるわ!」
「いや、日出実の場合、素で真面目一筋だと思うんだけど……」
「大丈夫、私にいい考えがあるから!」
真美の意見はさっくり由乃さんに無視された。


「――というわけで、山百合会の方は前回の原稿通りで問題ない、とのことです」
「んー……」
日出実の報告を聞きながら、真美はくるくるとお気に入りのシャーペンを回していた。
「こちらの件は私の方から、雪野さまへ本稿の依頼をしておきましたが、よろしかったでしょうか?」
「ん、良いんじゃない」
「それでは、アンケート結果の記事ですけど……」
日出実に促されて真美は手元の資料に視線を落とす。
「まず、最初の質問に対する回答ですが――」
「んー……」
今日も今日とて、日出実の仕事は完璧だった。日出実が書いたアンケート記事も中々良い出来である。
これならこのままGOサインを出しても問題はないだろう。
問題があるとすれば、やっぱり今日も真面目一徹な日出実の方である。
(そんな時はドッキリ企画よ!)
思わず由乃さんのセリフを思い出してしまう。結局、これといった対策は何も出なかったので、由乃さんの言うドッキリ企画が唯一の案だったりする。
(ドッキリ企画……か)
正直、そういうことは真美も苦手だ。
苦手なのだが――
(そういえば、初めはお姉さまも色々と仕掛けてくれたっけ……)
真美は真面目すぎる、というのが、姉妹になったばかりの頃の、お姉さまの口癖だった。ちょうど今の真美と日出実の関係のようである。真美が日出実の融通のなさに気付けたのも、ひょっとしたらお姉さまのお陰なのかもしれない。
(よし……!)
これもお姉さまの務めである、と真美は気合いを入れた。


「うう……持病の癪がっ!」
「………………………それで、猪俣先生へのインタビューは明日の放課後でよろしいですか?」
「………………………うん」



ドッキリ企画なんて二度とやるもんか、と。
真美は顔を真っ赤にしながら決意するのだった。


【17】 ショッピング?  (冬馬美好 2005-06-13 00:25:18)


 その奇跡は、とあるデパートでの蔦子と瞳子の邂逅から始まる。

「あれ? 瞳子ちゃんじゃない」
「あ、蔦子さま。ごきげんよう」
「何? お買い物?」
「ええ、冬用のコートを新調しようかと思いまして」
「寒くなってきたもんね。うん、私は炬燵を買いに来たんだ」
「炬燵? ヒーターとかではないのですか?」
「うん、ヒーターだと喉やられるからね。私は炬燵派なの」

 ── そして、二人が三奈子と出遭うことで、その奇跡は完成されたのであった。

「あら、ごきげんよう。めずらしい組み合わせね」
「ごきげんよう、三奈子さま。いえ、さっき偶然出会いまして」
「ごきげんよう。三奈子さまもお買い物ですか?」
「ええ、粉ミルクと烏賊を買いに来たのよ」
『粉ミルクと烏賊?』
「そう! 実は昨日、部活でUNOをやったのよ。敗者は勝者の言う事を一つだけ聞くってルールでね!」
「・・・どこかで聞いたことがあるような設定ですね」
「それで私は見事に勝利を収めたってわけなの!」
「敗者はどなたでしたの?」
「真美よ。だから明日、真美には一つ言う事聞いてもらうの。だから粉ミルク&イカなのよ」
「・・・だから、の意味が良く分からないんですけど」
「だからぁ、明日、真美ちゃんには赤ちゃんになってもらうのよ♪」
『・・・・・・は?』
「ふふふ。つなぎのパジャマを着てもらって、私の膝枕でミルクを飲ませるの♪ そしてイカは固いから、一度私が咀嚼してから口移しで食べさせるの♪」
「! 写真、撮らせてもらって良いですか?!」
「ええ、もちろん」
「・・・・・・」

 そう、三人は気付いてはいなかったのだが、今此処にとある奇跡が生まれていたのであった。
 三人は知らず知らず、『なかきよ』を完成させていたのである。


 『コートとコタツとコナミルクにイカを買いに来る三奈子と蔦子と瞳子』


【18】 瞳子×祐巳ブーム  (柊雅史 2005-06-13 01:31:58)


今、一年椿組−1では、密かなブームが起こっている。
ここでマイナス1というのは他でもない、ブームの当事者である1名が除外されているからだ。
「――乃梨子さん、最近なんだか妙な視線を感じますの」
「え、そう?」
唯一の蚊帳の外の存在である当事者Aこと、瞳子が不安いっぱいな表情で聞いてくるが、もちろん乃梨子はその視線の正体を教えるつもりはない。
乃梨子とて一年椿組の構成員。つまりはブームに乗っている一人である。
「なんだか不安ですわ……私、なにかしてしまったでしょうか」
おどおどとしたそぶりを見せる瞳子は、普段が我が侭いっぱいなだけに、妙に可愛らしく乃梨子の目には映る。普段の乃梨子なら、きゅん☆と胸を躍らせて、保護欲をそそられたところだろうが、今日の乃梨子は一味違った。
「瞳子! 不安な顔するな!」
「はいぃ?」
びしり、と叱り付けた乃梨子に、瞳子が目を丸くする。
瞳子もきっと、乃梨子に元気付けて欲しいところだったのだろうが、空前のブームに沸き返る椿組で、そんな甘い考えは却下である。
「そんな……そんな様であの祐巳さまに対してタチでいられ」
「きょえーーーーーーーーーーーーーーーーですわっ!!」
ぐっと拳を握って何かを力説しようとした乃梨子の背後から、奇声を上げつつクラスメートその1がタックルを仕掛けてきた。
どんがらがっしゃん、と派手な音を立てた乃梨子は、クラスメートAにマウントポジションを取られていた。
「しー! 乃梨子さん、しーっ! 妙なことを言わないで下さいませ! 生暖かく待ったりと見守る、それが我ら瞳子×祐巳さま推進委員会ですわ!」
「お、おっけー。ごめん、油断してた」
乃梨子がこくこく頷くと、クラスメートAはさわやかな笑みで「失礼いたしましたわ」と去っていった。
瞳子の目はまん丸である。
「――さて」
がたん、と椅子を直して腰を下ろし、乃梨子は何もなかったかのように瞳子を見据えた。
「私からの忠告は一つしかないわ」
「は、はぁ……」
真面目な乃梨子の様子にも、瞳子はちょっと釈然としない様子だった。
「偶には……瞳子の方から祐巳さまを押し倒してみt」
「なんの脈絡もないんじゃーーーーーーーーーーーーーーですわっ!」
「ぐっふぅ!」
乃梨子のセリフを遮るように、クラスメートBのタックルが鮮やかに決まった。
「な、なんなのです!?」
慌てて乃梨子を助け起こす瞳子は、キッとクラスメートを睨む。
「あなたたち! 私の大事な乃梨子さんをいじめたら、許しませんわよっ!」
ビシッと叱責する瞳子に。

強気瞳子さん萌え〜。

クラス中が微妙な空気に満ち満ちた。


今、一年椿組−1では、密かなブームが起こっている。
それは普段、祐巳さまに押されっぱなしの瞳子が逆襲して優位に立つという、祐巳さま×瞳子ではなく、瞳子×祐巳さまブーム。
「あれですわ、あの気迫。あの勢いで祐巳さまを……」
「嗚呼、創作意欲が沸いてきますわ!」
今日も今日とて生暖かい視線が瞳子を包み、瞳子は物凄く不安そうな様子で一日を過ごすのであった。


【19】 (記事削除)  (削除済 2005-06-13 19:12:23)


※この記事は削除されました。


【20】 小説談義斬るお嬢様  (joker 2005-06-13 19:33:44)


「ごきげ……」
「こんなんじゃ駄目だわ!」
放課後、薔薇の館で祐巳の挨拶が突如として沸き上がった由乃の声にかきけされた。
「こんな見えすいた推理じゃミステリとして成り立たないわ!こんなのじゃあ誰でもトリックが分かるわよ。」
……なんなんだろう、この光景。由乃さんがいつにも増してハイテンションで、名も知らぬ1年生に怒鳴りつけている。その横で令さまはヘタレ…もとい、うなだれている。志摩子さんはいつもどおりに、にこやかにその光景を眺めながら紅茶を飲んでいる。お姉様や乃梨子ちゃんはまだ来てないらしい。
…っていうか志摩子さん、暴走由乃さんを止めようよ。
「祐巳さん、それは無理というものよ。『あの』由乃さんよ?」 「…また私、百面相してた?」
「祐巳さん、察しが良くなったわね。」
さすが赤薔薇の蕾ね。って、志摩子さん、こんな事でさすがって言われても……。
しかし、この状況どうしたものだろうか。由乃さんの講義(?)は佳境に入りつつある。
「第一、この人の殺され方は何なの?確かに人が死ななきゃミステリは成り立たないわ。だけど、これじゃあやり過ぎよ。此れじゃあ、ただの殺人鬼万歳小説じゃない。犯人の動機もこれに輪をかけてるわね。」
由乃さんの口調はますますきつくなっていく。名も知らぬ1年生はもう泣きそうになっている。そこに由乃さんのトドメの一撃。
「こんなでミステリ作家だなんて、ちゃんちゃらおかしいわ!出直してきなさい!」
「すみませんでした!」
名も知らぬ1年生は泣きながら薔薇の館を去っていった。可哀想に。
「よ、由乃さん、一体何があったの?」
「あら、ごきげんよう、祐巳さん。来てたのね。」
由乃さんはさっきの事なんか気にもせず、余裕な態度で紅茶を飲んでいる。
「来てたのね、じゃあないわよ。さっきの1年生どうしたの?」
「ああ、あれね。あの娘はミス研の一年生で、あの娘が書いたミステリ小説の感想を言ってたの。」
……あれが感想ですか。もはや、批評なのでは?
「あれでミス研だなんて信じられないわ。もっとマシな作家はいないのかしら。」
等とぶつぶつ言いはじめた。…まずい、この状態は、なにか良くない事を考えてる時だ。大抵被害を受けるのは私。
「祐巳さん、確か花寺にもミス研あったわよね?」
「うん、あるけど…?」
「今度、花寺に行くって祐麒君に話通しといて。」
祐麒ごめん。もう止めれません。


【21】 日曜日星空の下で突撃せよ  (うみ 2005-06-13 21:23:42)


「やるしかありませんわね……乃梨子さんもそう思うでしょう?」
既に日もとっぷりと暮れて、空には満天の星空が。
「私はそんなことを言った覚えは一切無いんだけど――」
必要ないほどに使命感に燃えるのは、勝手知ったる我が親友。
フルネームだと松平瞳子というのだけれど――どちらかというと、その左右の縦ロールの方が圧倒的に印象的なのではないかと思ったり。名前は知らなくとも、その髪形は知っているとか。

とにかく、そんな瞳子が一体何に燃えているのかというと。

「そんな! 二年生の三人が、祐巳さまのお宅でお泊り会ですよ! そのうえ、今頃はパジャマパーティの真っ最中という!」
「いや、だから――」
それにしても、ホントこれっぽっちも聞く耳を持ってくれないんだから。
というのも、今日の放課後に突然呼び止められたかと思ったら、『乃梨子さん、作戦会議ですわ!』とかって。
曰く、『私達だけ除け者だなんて、酷いと思いませんか?』とかなんとか――いやさ『祥子さまと令さまは良いんかい』とは当然の如く突っ込んでみたんだけど、案の定梨のつぶて。
まあ、既に祐巳さまの家から数十メートルの位置にスタンバイしている辺りからして、既に手遅れという気もひしひしとしてきているものの。
このあとどうなるかなと考えると、ただただ頭が痛いばかりで……
「大丈夫ですわ、私の独断と偏見で有馬菜々さんにも声を掛けておきましたから!」
「……へ? ちょ、ちょっと瞳子!?」
あああああ、本当にもう!
そこまでしちゃっているんじゃ、いまさら却下も出来ないじゃない!
「そもそも! 乃梨子さんだって祐巳さまのお宅に伺いたいんでしょう? 志摩子さまにお会いしたいのでしょう」
「うっ、それは……」
くるりと振り返っての正論。にっこりと微笑んだその表情が、余計憎らしく感じられて……ええ、そうですとも。どうせならパジャマパーティに参加したかったですとも!
でも、それを認めてしまってはズルズルとなし崩しに―――って、どっちにしても既に時間切れだったみたい。だって、そんな私達の所に今だけに限っては来て欲しくなかった人物が……そう、瞳子の援軍という形で。
「あの――ごきげんよう。乃梨子さま、瞳子さま」
「ええ、ごきげんよう。菜々さん」
「ごきげんよう」
そう、有馬菜々さんの到着。しかも肩から提げたあの大荷物は、どう見てもお泊りセット完備だし。
「えっと……それで、本当に由乃さまにお会いできるんですよね?」
「ええ、もちろんですわ――ねぇ? 乃梨子さん」
そこで私に振らないで欲しいんだけど――まあ、いまさらどうこうなる次元じゃないってことは、それこそ重々承知してはいるんだけどさ。
ホント、それを認めてしまったとしたら、もう後戻りは出来ないというのに……
「ははは、もう諦めたよ……」
「はい、今日はよろしくお願いいたします」
ぺこりと頭を下げる菜々さん。瞳子に続いて、最後に私も荷物を肩に掛けると、やる気に満ちた声が瞳子から一言。
「では、福沢邸へ向けて、突撃ですわ!」
「おー!」
「ぉー……」
そんな殊更に怪しい集団は、約一名やる気のない様子を見せつつも、その歩みを進めていって……。

この後、つぼみ一名とつぼみ候補二名の襲撃にあった福沢邸での一連の騒動と、六名に増えたパジャマパーティのその顛末。

「言ってくれれば瞳子ちゃんも誘ったのに」
「菜々も来たかったんだ。ふふふ、ちょっと嬉しいかも」
「止めようとって……乃梨子は来たくはなかった(私に会いたくはなかった)の?」
とかなんとか、ともかくそんな感じで。

まあ、詳細に関してはまた別のお話ということで……


【22】 蓉子女王様幼稚舎で悪即斬  (柊雅史 2005-06-13 23:59:44)


リリアン女学園では心優しい生徒を育てるために、色々と変わった授業が用意されている。
幼稚舎からの一貫教育を実施しているリリアン女学園だからこそ出来る授業の一つ、幼稚舎の一日保母さん体験というのも、その一つだろう。
子供と接して生徒の母性を育てるというこの授業は、生徒たちにも中々好評だった。この授業をきっかけにして、大学で教師や保母の道を選択する生徒も少なくないという。
この特別授業は3年生の時に行われ、お姉さま方の話を聞いて楽しみにしている生徒も少なくない。
紅薔薇さまこと水野蓉子もまた、その中の一人であった――のだけど。


「はーい、ガキども! 今日は聖ねーさんがめいいっぱい遊んでやるからねー!」
担当となった一グループの中から、自分好みの女の子だけをピックアップしている白薔薇さま。
「せんせぇ〜、一緒に遊びましょう〜」
「んー、パス。気が乗らない。私は今、どこまで高く山を作れるか挑戦してるの。邪魔しないで」
ボールを手にまとわりついてくる子供たちを、しっしっと追い払って、砂場を占拠している黄薔薇さま。
「蓉子おね〜さん、聖おねーさんが遊んでくれない〜」
「蓉子おね〜さん、江利子おねーさん、こわーい」
追い払われた子供たちが、わんわん泣きながら蓉子の足元にまとわりついてくる。そんないたいけな子供たちの頭をよしよしと撫でながら、蓉子はくらりと立ちくらみを覚えていた。
「なんで……私の班が、聖と江利子の二人なのよ……」
自分好みの女の子を贔屓しまくる聖。
もはや自分の築いた砂山しか見ていない江利子。
最悪だ。楽しみにしていた特別授業なのに、最悪の展開だ。
どうせ「黄薔薇さまと白薔薇さまの手綱を取れるのは紅薔薇さまだけ」なんてノリで、決められたに違いないのだ、この班分けは。
気持ちは分かる。聖と江利子のアクの強さに対抗できる生徒は、そうそういるものではない。でも気持ちが分かるからといって、納得できるものでもない。
「わーい、蓉子おねーさんのパンツは水玉模様〜♪」
「ひぃ!」
いきなりぺろーんとスカートをめくられて、蓉子は悲鳴を上げる。
蓉子のスカートをめくった子は、とてとてと聖の下へと駆けていく。
「聖たいさ! 蓉子おねーさんのパンツは水玉であります!」
「うむ、よくやった! うひゃひゃ、蓉子のパンツは水玉か〜」
「聖、ナニしてるのよっ!」
悪の司令官よろしく、ブランコに腰掛けて子供たちをはべらせている聖に、蓉子は怒鳴り声を上げた。普段なら速攻ぶっ叩くところだが、今日は子供たちが足にすがり付いているのでそれも適わない。
「いいか、よーく覚えておくように! 可愛い女の子を見たらまずスカートめくりだ! 上級者はそこから抱きつき攻撃へのコンボを狙うんだぞ!」
「は〜い!」
「アホなこと教えるなっ!」
聖の言うことはむちゃくちゃだ。むちゃくちゃなのに、妙に子供たちから支持を得て大人気なのも、聖らしいところである。
リリアン女学園にも悪戯好きの活発な子というのはいるもので、そんな子はラフレシアの香りに誘われるようにして、聖の下へとふらふらと集まっている。
無邪気で可愛らしいくらいの悪戯っ子。それが聖の下で結集し、史上最悪の幼稚園児へと変貌しつつある。
「よし、これから私たちは芸術に挑戦する!」
聖と睨みあいを演じていた蓉子の耳に、いきなりそんな宣言が聞こえてきた。
見ればさっきまで子供を追い払っていた江利子が、急に気を変えて子供たちを率先して集めている。
もしや江利子もついに子供と遊ぶ楽しさに目覚めたのか――?
人格破綻者の江利子だが、これが味方につくとなると案外頼りになる。気が向いた方向への集中力は、蓉子の比ではないのだ。
蓉子が期待に満ちた目で見守っていると、江利子はどばどばと砂場に水を撒き始めた。
何をするつもりなのか。一抹の不安を覚えた蓉子の見守る中、江利子が叫ぶ。
「突撃!」
「らじゃー!」
江利子の合図で子供たちが砂場に飛び込んだ。
「あ、アホかーーーーーーーーっ!」
どぼんどぼんと飛び込む子供たちを、けらけらと笑って見守る江利子に蓉子は叫ぶ。
人格破綻者だとは思っていたが、江利子の行動は蓉子の想像をいつも斜め上に飛び越えてくれる。最悪な方向へ。
「よし、そこのキミ! ポーズよ! ポーズをとるの! こうよ!」
「こうですか、江利子おねーさん!」
「そうよ! 素敵、素敵だわ、あなたたち!!」
人外魔境がそこにあった。泥まみれになって騒ぐ子供たち。遠くでどこかの班が歌っている、みんなの歌の調べに涙しそうになる。
「蓉子おねーさん……」
「怖いよぉ……」
聖の率いる(女の子なのに)スカートめくり軍団。
江利子の指揮する泥人形軍団。
そんな異様な光景に怯える、蓉子の下に集ったいたいけな子供たち……。
あぁ、これが私の使命なのかしら、と泣きじゃくる子供たちのあたまを撫でながら、蓉子は呟く。
世に、率先して悪を働く悪戯っ子がいるのなら。
その悪を率先して叩く正義の軍団が、子供世界にも必要なのだ。
「――今日は、蓉子おねーさんが大事なことを教えてあげますね〜」
蓉子はしゃがみこんで子供の視線にあわせ、にっこりと微笑んだ。
「それは、エッチなことばかりする悪い子と、悪乗りばかりする性格破綻者を、どうにかこうにかまっとうな道に引き戻すための、正義の行いです〜」
「せ、せいぎ……?」
涙を拭った子供たちが、蓉子を見る。
数は少ないが、希望を宿したその瞳。
それこそが、未来の水野蓉子候補たちだった。

「正義の合言葉一つ!」
「しぇ、しぇいぎのあいことば、ひとつ〜!」
「言って分からないやつには実力行使!」
「いってわからないやつはじつりょくこうち!」
「悪即斬っ!」
「あっくそっくざーん!」
今ここに、リリアン幼稚舎の未来を決する大決戦の火蓋が切って落とされた。


尚、蓉子たちの班の評価は、教師陣には不評だったものの、子供たちには「凄く楽しかった!」と大好評だったという。


【23】 白薔薇二人きりで幸せ  (くま一号 2005-06-14 03:12:50)


(放課後、講堂裏の桜の木の下で)
「乃梨子」「志摩子さん」
(・・・そのまま2時間沈黙。日没コールドゲーム)


【24】 祐巳と瞳子のステキなマジック  (OZ 2005-06-14 05:47:15)


期末試験が終わって今年もあと少しの日数を残すばかり、町には楽しげな鈴に音があふれていた。
たくさんのクリスマスプレゼントが並ぶショーウインドウ、煌びやかなそれら商品を覗き込んでいるツインテールがかわいい女の子、しかし、突然くわっと!体を伸ばすと両腕をがっしり胸の前で組み、力強くつぶやいた「やっぱりこれしかない!!」と…そして綺麗な赤薔薇がプリントされた便箋を買って行った。

「こんなにがんばったのは久しぶりですわ」きれいな赤薔薇の包装紙で自分の努力の結晶を丁寧に丁寧に梱包しつつ、縦ロールが印象的な少女は少し、いやかなりドキドキしつつ、つぶやいた。
「喜んでいただけたらいいな・・・」

日はめぐり、今日は薔薇の館のクリスマスパーティー、もともと学園祭などの労をねぎらうため瞳子・可南子はもとより、オーディション関係で、真美・日出美・蔦子・笙子も招待を受けていた、参加人数も例年より多いためそれなりに盛り上がっていたのだが…ある一部分だけは少しおかしかった。
「ねえ、真美さん、裕己さんの態度なんかおかしくありません?いつもよりよそよそしいというか、おどおどというか」
「ええ確かに、蔦子さん。それと瞳子ちゃんもかなりおかしいですわ、なんか緊張しまくってません?」
「1年生たちも何かしら事情を把握しているようですし」
「「なにかあるわね((ニヤリ))」」

新聞部・写真部の両エースが動くとなれば事は早々に進む、この状況でここまで館の正式住人に気づかれず動けるのはさすがとしか言いようがない。

可南子の場合――「夕子さんと次子ちゃんの仲むつまじい生写真and祐巳さん生着 ピー 写真欲しくない?」陥落
乃利子の場合――「とある、お寺の娘さんの書いた、妹との愛の日記があるんだけど、瓦版に載せてもいいかしら?」陥落
笙子の場合―― 「ごめんなさい!未だにあなたに心を開いて貰えないだめな先輩で」(瞳うるうる体ふらふら)笙:鼻血どばどば 陥落 
日出美の場合――「ごめんなさい!未だにあなたに心を開いて貰えないだめなお姉さまで」(以下同上)陥落 

ほどなくして、「なるほど、あのツンデレコンビにも困ったものね、ここいらで私たちが一肌脱ぎますか?」
「ふふふ、脱いじゃいますか?」

「笙子さん、笙子さん、」「ん、何、日出美さん?」「ねえ、祐巳様と瞳子さんがおかしいのはしかたないとして、なんか今日のお姉さまたち少し変じゃありませんでしたか?」
確かに何時もの蔦子様はあくまで裏方志向だ、(瞳うるうる体ふらふら)なんてことは普通しない、でも真美様はあの美奈子様の妹、その素質は十分…だが今は言うまい。っと心に秘めつつ2人でそんな話をしていた。
そんな真・蔦がいたソファーの下には<チュウハイ>と、きれいにプリントされたカンが数本転がっていた事は気ずか無いままに。

『うう・・瞳子ちゃん、なんか何時もにまして私を避けているような… その態度もすごくかわいいんだけどw いやいやしかし何故か時折睨まれているような気がする。で、でも、いや今日こそはこれを瞳子ちゃんに渡すって決めたんだから!! 祐巳!!ファイト!!お―』

『何なんですの!今日の、今日の祐巳様の態度は!! 時折私を見てはおどおどした態度を見せたり、にこにこした表情を見せたり、まったく百面相にもほどがあります!いつもみたいに後ろからぎゅって、ぎゅってしていただけたら…あわわわわ(鼻から赤い水が止まりません)
で、でも、いや今日はこれを祐巳様に渡すって決めたんだから!! 瞳子!!ファイト!!お―』

※そのころ(めがねand七三 ウフフフ・・・(笑))がさごそ・がさごそ・・

べべん(この節は琵琶の音を想像してください)
ほほを赤らめ2人の少女 薔薇の館の片隅で 二つの品物取り替える
  一つは薔薇の包装紙 一つは薔薇のラブレター
    思いのたけは 強けども 互いに通わぬこの思い
      ツンツンデレレ ツンデレレ
         成就させるは我が使命 報道せしめる我が使命
            ツンツンデレレ ツンデレレ 
ツンツンデレレ ツンデレレ・・・・・

パーティーも終盤になり、すでに夜も遅くなったためそろそろお開きとなりかけた頃「「うええ〜〜!!」」と重なった声がきこえた。
「祐、祐巳どうしたの、びっくりするじゃない!!瞳子ちゃんもどうしたの!!」
「い、いえ何でもないです、ちょっと明日の宿題のプリントを忘れたみたいで(こ・この梱包品はなに?私の手紙は?)」
「すみません、祥子お姉さま、何か虫みたいなものが見えた気がして取り乱してしまいました(こ・この手紙は何ですの?私の包みはどこですの?)」

「すみませんお姉さま、ちょっと教室に行ってまいります。」
「もう、遅いのだから早く帰ってらっしゃいね」と、ため息混じりに仰った。

(どうしたのでしょう私、今日は色々取り乱して何かと取り違えたのでしょうか?)「す、すみません私もちょっと教室に行って参りますわ!!」
「まったく、瞳子ちゃんまで、気を付けていってらしゃいな」
ビスケットの扉を出たところで不意に乃利子さんに声をかけられた、「瞳子、薔薇の館を出たらその手紙絶対読みなよ。それは、瞳子が読むべきものなんだと私は思うから」

なんのことやらわからないが、とりあえず瞳子は鞄の中に入っていた手紙を恐る恐るひらいた。
そこには  [愛しの、愛しの瞳子ちゃんへ マリア様の前で待ってます。 絶対来てねウフ あなたの祐巳]と、かわいらしい字で簡単に書かれていた。
フラフラしながら、
手紙どおりにマリア様の下に近づくと、とても見慣れたツインテールの先輩が一人たたずんでいた、しかも首には瞳子が一人で誰の手も借りず何ヶ月もかかってようやく編んだ赤薔薇をイメージした手編みのマフラー。
「ああ、やっぱり瞳子ちゃんだった、薔薇の館を出るときに可南子ちゃんに言われたんだ、『祐巳さまの鞄に入っているプレゼントの差出人は絶対マリア様の前に来ます』ってね」
乃利子さんも可南子さんも全員グルですわね
「これ、貰っていいんだよね?この端っこにある(Y)の文字は私のイニシャルと思っていいんだよね?ね?」
 と、もう全身から蕩けそうな笑顔で言うもんだから「そ、そうです、で、でもそれは祥子お姉さまに送る為の練習の産物ですわ!!」
(ああ〜〜わたくしはなにを言っているの、祐巳さまのためだけのものなのに!!)
「うん。でもうれしい、どんな形であれ瞳子ちゃんの手作りだから・・・」

祐巳さまの笑顔に鼻血を噴出しそうになりながら何とか自我を保ちつつ、「そ、それはともかく、あの手紙は何なんでしょうか」
「あのって、『マリア様の前で待ってます』ってちょっとあじけなかったかな?」少しテレ気味に祐巳に対し
「そ、その前後です…い、い愛しのとか、あ、あなたのとか、冗談が過ぎますわ!!」
「ええっと、ちょっとその手紙見せて貰っていいかな?」「い、いいですとも」
「…ごめん、これ、私の字じゃない・・・」「ええ、そうでしょうとも祐巳様にここまでストレートな愛情表現ができるとはって・・・えええ!!」そのまま瞳子ちゃんは倒れてしまった。

その後、祐巳の膝枕で目覚めた瞳子は再び卒倒しそうになったが何とかこらえた

「ね、瞳子ちゃん、このマフラーのお返ししないとね。」
「べ、別にそんなお気遣いは結構ですわ!!」
「いいから、いいから、ぜひとも、貰って欲しいものがあるんだ。最近覚えたてのマジックをつかって。ええっとね、まずこの瞳子ちゃんから貰ったちょっと長めのマフラーを瞳子ちゃんの首にかける、」
「あ、あの祐巳さま?何を」「いいからいいから」そして祐巳は瞳子を優しくだきしめた。
祐巳のマジックというか、魔法に当てられたように瞳子は身動きできない。
「瞳子ちゃんを優しく抱きしめた後に、マフラーを取ると、あら不思議、なんともかわいいプティスールの出来上がり。」
「え。」マフラーが取られた瞳子の首にはシンプルだけれども、とても暖かみのあるロザリオがかけられていた。
そう、数分前まで祐巳の首に掛けられていた赤薔薇の象徴ともいえるロザリオ。
「これが今の私の精一杯の気持ち、瞳子ちゃんへのクリスマスプレゼントはこれしかないと思ったの・・・迷惑じゃなかったら・・・このまま受け取って欲しい。」
「め、迷惑、迷惑なんて、そんなことこれっぽっちも思いません!! ほ、本当に本当に私なんかでよろしいのですか?」
「 あたりまえじゃない 」とやさしく微笑む  堰を切り、まるで赤子のように祐巳の胸元になきついた瞳子の耳元に一言「ありがとう」と祐巳はつぶやいた。


すったもんだの数日後 「ところで、蔦子さんに真美さん、クリスマスの時、私の手紙がいつの間にか摩り替っていたんだけど、なんか知らない?」

そう振られた2人はちょっとしどろもどろにこう言い放った「あ、ああ、あれよ、あれ、たぶんド○ルドマジック!!」
もうすこし気の利いた言い訳は思いつかなかったのかよ、と思いながら祐巳はずっこけた。


【25】 祥子、侵入する魔手実況  (くま一号 2005-06-14 09:18:08)


☆マリみてパラドックス 第1話☆

 志摩子です。
 マリア祭本番ではとうとう弾きませんでしたけど、お聖堂のオルガンでグノーのアヴェマリアを練習していて、わたくし、気づいてしまったんです。

 祥子と祐巳がロザリオとシンデレラ役を賭けた勝負の最中の、胸騒ぎの連弾シーン。
ピアノを弾ける方は、あれれ、なんかおかしいなって思いませんでしたか?

 グノーのアヴェマリア、それはもともとJ.S.バッハの「平均率クラヴィーア曲集」の第一巻第一曲を伴奏に借用して、後世グノーがメロディーを載っけてしまったもの。

 もともと歌またはソロ楽器と鍵盤の伴奏でできていて,歌と伴奏の音域が重なっているのです。一度連弾で弾いてみればわかりますが、原曲通りなら『二人の手が重なったり交差したり同じ音を弾いたりしてむふふふふ』になってしまい、連弾はできない筈なんです。

 2段鍵盤のお聖堂のオルガンならば原曲の通りに弾けます。けれどピアノでは両手がぶつかって原曲通りには弾けない筈なんです。でも・・・祥子さま、祐巳さんを連れて行った別荘でもピアノですんなり弾いていらっしゃいます。不思議だと思いませんか。

 ですから、あの連弾の時、絶対に原作に書いてある以上のあんなことやこんなことや、まあそんなことまでしていたに違いないんです。祥子さまは。

それでは志摩子がお送りする「今明かされる胸騒ぎの連弾の真実」実況中継。

 †  †

「☆×■◎※△−−−−−−!?」

「なんて声だしているの?まるで私が襲っているみたいじゃない」
「音もなく背後から現れれば誰だって悲鳴上げますよお、祥子さまっ」


 †   †

「一、二、三、はい」

"ave....."(連弾だあ、それも二人同じキーを弾いてるよお)
"maria....."(うそ、祥子さまの左手がわたしの右手を包むように)
"glatia plena...."(祥子さま、右足で右のペダルを踏んでいるから密着してきて)
"Dominus tecum...."(あ・あ・あの、私の足の間に祥子さまのあし・あし・・・)
(だんだん私に体を預けてきて・・・髪がかかる、いい匂い・・・)
(あの、右手で抱きすくめられてるんですけど、って顔が熱い・・・・)
(二人の音が重なってる。すごくきれい。気持ちいい)
(わ、左手のアルペジオがこんな方まで、これって完全に抱かれてる?)
(さささささちこさま、むむむねが背中にむぎゅっと・・・)
(あの、これ、これ、まずいです、あの、まずいんですけど、でも終わりたくない)
(もうだめ、限界っっ)

祐巳がわざと音を外して、美しいハーモニーが壊れた。
「やっぱりだめですね、祥子さまにはついていけません(はーふー)」
「そう、とっても気持ちよ〜〜〜〜〜〜〜〜く弾けていてよ」
「そ、その強調は……あの祥子さま」
「うふふふふふ。ロザリオ受け取ったらきもちいい連弾なんていつでもできるわよ」
「もう、祥子さまぁ。あの……立てないん……です……」
「どうしたの?肩を貸してあげましょうか?」
「い、いいいいですっ。だ、だいじょうぶです。深呼吸してはーふーはーふー」

(ふふふふふ。もう一押しね)


これが真実なんですっ。

 †   †

そして、さらに言ってはいけないお約束もあるんです。

(言わないお約束その1
 アニみて連弾シーンでは祥子さまが1オクターブ下げてます。
 伴奏が不自然なほど低音になる部分に突入する前に、さっさと祐巳ちゃんがわざと間違えておしまい。間違え方が大げさでいきなりですけど。

(言わないお約束その2
 原典第一巻 p.104「ドミソドドミソド」 (祥子さまの伴奏の描写)

 なんじゃこりゃあああああ。
 ごめんなさい,白薔薇さまともあろう者がついとりみだしました。

 でもこれはあんまりではないでしょうか。原曲通りなら「ドミソドミソドミドミソドミソドミ」でなければなりません。
 それがなんなんじゃこりゃああああ。ふざけとんのか。
あ、私ったらまたとりみだして。

 つまりこれは、
『大人のための白鍵だけで弾けるやさしいピアノ中年からの超初級編だれでも3日でアヴェマリアが弾ける嘘だったら楽譜代は返しますしかもCDつき』
に違いありません。

 だから連弾で弾けるのです。そうだったのか。


 しかし。しかしっっっ。
 そのようなものを祥子さまが弾くなんて許せませんっっっっ。

 わたくしでさえ弾けるのですから、バッハの平均率一番をスーパーお嬢様の祥子さまが原曲通り弾けないなんて、そんなことぜっっったいにありえません。アニみての音楽担当者もそう思ったに違いありません。
 もちろん、本来両手で弾くべき伴奏をペダルの力を借りて左手一本で弾くのですからちょっと難易度高いですが、小さい頃から高校に入るまでピアノを習った人なら難しくはないはずです。ああああわたくし、このようなことに気がつかない方がよかったのでしょうか。

 マリア様をたたえる歌を歌いながらこのようなことを考える私は横縞なのでしょうか?

 神様?


【26】 間違った方向へ復活可南子  (冬馬美好 2005-06-14 18:37:54)


「もう察していらっしゃると思いますが、私、花寺の学園祭の頃まで、祐巳さまに夕子先輩を重ねてたんです」
「うん。・・・・・・でも、幻滅させちゃった」

 可南子ちゃんが求めたものはあまりにも高く、現実の祐巳はそれにまったく追いつかなかったのだ。
 可南子ちゃんは静かにうつむいた後、突然思い出し笑いをした。

「何?」
「祐巳さまは、不思議な例えをなさったことがあったでしょう? 双子の片っぽが火星に行った、みたいなこと。覚えていらっしゃいます?」
「うーん」

 言ったような言わないような。体育祭の前だっただろうか。

「私、それで気が抜けたんです。気が抜けたと同時に、肩の力が抜けたんでしょうね。無理して一人で戦わなくてもいいんだ、って」
「可南子ちゃん・・・・・・」
「ですので、仲間を増やしてみました♪」
「へ?」

 間の抜けた祐巳の声に応じるように、突如茂みの中から数人の生徒が姿を現すと、にまり、と微笑む可南子の許に集合する。

「な、何なの?!」
「紹介します。『祐巳さまは気高き天使じゃなきゃ困るの会』の皆さんです」
「え? え? え?」
「略してYKK」
「いや、略称なんかどうでも良いんだけど・・・ど、どういうつもりなの、可南子ちゃん?!」
「ですからあ・・・」

 大蛇を前にした子ダヌキのようにふるふる怯える祐巳の肩を、がしっ、と掴んだ可南子は、それこそ蛇のようにちろっと舌を出しながら、YKKの皆さんと共に妖しい笑みを浮かべる。

「無理して祐巳さまを独り占めすること無かったんですよ。イエスさまにも十二人の使徒がいたように、祐巳さまもみんなで愛でれば良かったんです。気付くのが遅れました。てへっ♪」
「いや、あの、その、・・・てへっ、とか言われても」
「可南子会長、クラブハウスの空き部屋を確保しました。そこに祐巳さまをお連れ致しましょう」
「そうね。そこでゆっくりと」
「会長て・・・。いや、って言うか、その、空き部屋でゆっくりと、な、な、何をするのかな?」

 肩に置かれた手を振り払い、横目で逃路を確認しながら、じりじりと後退する祐巳であったが、それに合わせ、YKKの包囲網もじわりと狭まっていく。

「もちろん、祐巳さまとお茶会です」
「・・・あ、そ、そう。う、うん、それぐらいなら何時でも付き合・・・」
「お茶会の後は、皆で祐巳さまを撫でたり触ったり揉んだり擦ったり」
「逃げる!」

 可南子の言葉と共に伸びてきたYKKの腕から、だっ、と身を翻した祐巳であったが、逃げる視線の先に見慣れた後輩の姿を認め、「助けて、瞳子ちゃん!」と腰にすがるようにしてその身を隠す。

「・・・何をしていらっしゃるのですか?」
「助けて、瞳子ちゃん! 可南子ちゃんたちが何か変なの!!」
「はあ・・・。まぁ変なのは今に始まった事では」
「そうじゃなくて! とにかく助けて瞳子ちゃん!」

 怪訝な表情を浮かべながらも、祐巳の手を握りながら、追ってきたYKKを、きっ、と睨みつける瞳子の姿に、祐巳は感謝の念と共に安堵の息を吐き、そして・・・僅か数秒の後に絶望する。

『あ、瞳子副会長!!』
「いやあああぁぁっっ!」

 その日から、祐巳は撫でられたり触られたり揉まれたり擦られたりする毎日を過ごすことになってしまったのだが、その所為か皮膚が丈夫になり、風邪とかひかなくなったという。


【27】 セクシールーキー対決  (篠原 2005-06-14 20:36:34)


「新聞部期待の新人日出実ちゃんと」
「写真部大型ルーキー笙子ちゃんの」
「セクシールーキー対決!」
 どうやら次の新聞部の企画らしい。ちなみに上から蔦子さん、真美さん、由乃さんのセリフでだ。正直祐巳はちょっとひいていたが、一応ツッコミを入れてみる。
「…でも二人ともセクシーって感じじゃないと思うけど?」
「美人とかセクシーってのは単なる枕言葉なのよ。決まりごとなんだから気にしてはいけない」
「期待してもいけない」
 何故か妙なフォローを入れる蔦子さん。
 それにしてもリリアンらしからぬというか、志摩子さんと乃梨子ちゃんも首をかしげている。
「せめて美少女とかなんとか…」
「ランダムなんだからしょうがないでしょっ!」
 うわ、由乃さんがキレた。実は気にしてたのか。……っていうかランダムって?
「それとも『宅配便』とか『にんにくパワー』とかの方が良いとでも?」
「に、にんにく……」
「銀杏だったらよかったのにね」
「「「却下!!!」」」
「……」
 志摩子さんは少し悲しそうな顔をした。
「わ、私は結構いいと思うな。『銀杏ルーキー対決』って」
 乃梨子ちゃん必死のフォロー。でも自分で言ってて辛そうだぞ。志摩子さんはちょっと嬉しそうだけど。

 薔薇の館に引っ張り出された主役の二人は少々困惑気味だった。……無理もない。
「えーと、何を対決するんでしょうか?」
 笙子ちゃんがおずおずと聞く。
「さあ?」
 日出実ちゃんも首をかしげた。
「お姉さまも時々勢いでわけのわからないことしますから……」
「悪かったわね。わけのわからない姉で」
「まあまあ、真美さん。日出実ちゃんもわけわからなくて不安なのよ」
 蔦子さんがなだめに入る傍らで、状況把握を諦めたらしい二人の会話が続く。
「上の人がバイタリティに溢れているとついていくのも大変ですよね」
「それが楽しくもあるんですが」
「ええ。わかります」
 なにやら意気投合し始めた二人である。

「談笑してるわね」
 志摩子さんがポツリと呟く。
「……ダメじゃん」
「何やってるのよ二人とも。人が二人いたら勝負するのが世の習いってものでしょう」
 由乃さんは自分基準で考え過ぎだと思います。

「日出実さんはどうして真美さまの妹になったの?」
「うわ、大胆」
 ボソリと言ったのは由乃さん。
「…えーと、もともとお姉さまの書く記事に憧れていたし、当然だけど部活動にも理解があるし」
「へえ……」
「日出実ったら何言い出すのよ」
 とにやにや笑う蔦子さんと由乃さんに、真美さんが難しい顔をする。

「笙子さんは蔦子さまの妹にはならないの?」
「うわ、直裁過ぎ」
 今度は真美さん、もうちょっと遠まわしに聞きなさいとか呟いてる。
「蔦子さまはスールをつくるおつもりが無いみたいなんです」
「ああ」
 と頷いたのは蔦子さん以外の全員だった。

「蔦子さまの写真って、本当に素晴らしいんですもの。少しでも近づけたらって……」
「私もお姉さまのような記事を書けるようになりたいですよ。それにあの取材力、調査能力…」
「あ、なんか姉自慢を始めた」
「いや、私は姉じゃないから」

「…記事も取材対象に許可を取ったうえで掲載して、なおかつ一読者として読んでいて面白いですし……」
「…もちろん被写体あってこその写真なんだけど、どうしてあんなに綺麗な一瞬を切り出せるんだろうって…」
「ふむふむ」
「………」
「………」
 ガタンッ、と音を立てて真美さんが椅子から立ちあがる。
「こ、この企画は失敗ということで」
「そ、そうね。このくらいにしておきましょうか」
 蔦子さんもそれに賛同したのだけれど。
「まあ待ちなさい」
 そこへ割って入るのは由乃さん。
「これはあれよ。姉自慢対決! 対決のカタチになってきたじゃない」
 凄く楽しそうだ。こういうところは江利子さまに似てる。言ったら怒るだろうから言わないけど。
「だから私は姉じゃないってば」
「あんな仲良さそうじゃ対決にならないし」
「だって、ねえ」
 祐巳は由乃さんに視線を向けた。
「照れる真美さんと蔦子さんって、滅多に見れるものじゃないし」
「貴重だわ」
 志摩子さんもしみじみ言った。乃梨子ちゃんが志摩子さんに反対するわけもなく。
「それではこの企画は『ルーキーから見たエース達』というタイトルに変更ということで」
「「やめてよ!」」
 実は二人とも以外とテレやさんなのかもしれないと思う祐巳だった。


【28】 ターミネーター由乃が  (うみ 2005-06-15 00:25:07)


「ちょっと、ターミネーターって――何よ! このタイトル!」
「何って。まさしく読んで字の如く、手術後の由乃さんをたt……」
「そもそも、これって完膚なきまでに人間やめてるし!」
「やめてるって言うより、純粋にロボットだけど……まあ言い得て妙?」
「――ふふふ、祐巳さん? 何か言ったかしら?」
「ほほほ、何か聞こえたとしたら、きっと気のせいじゃないかな?」

「「ふふふふふふふふふ」」


【29】 黒薔薇静超ハイテク  (くま一号 2005-06-15 01:20:09)


「静さま、ほんとうにお姉さまの小笠原家の情報網に対抗できるのですか?」
「ふふふ、図書委員をなめちゃいけないわよ、祐巳ちゃん」
そう言うと静さまは図書検索端末へ祐巳を連れて行った。

「この端末から、リリアン女学園内の幼稚舎から大学院まですべての図書、文献が検索できるのは知ってるわね」
「はい、中等部の時に教わりました」
「それじゃあ、大学図書館から全国の図書館の蔵書検索ネットにつなげるのもわかるわね」
「ええ、お姉さまが花寺大学の図書館から本を取り寄せていたのを知ってます」
「それなら話は早いわ。見ていてね」

 静は手慣れた操作で国会図書館にログイン。そこで公文書の検索に入り、ほとんど見えないような小さなアイコンをクリックするとなにかパスワード入力画面が出てきて・・・え?首相官邸?
 静がパスワードを二つとなんだか乱数表を見ながら数字を打ち込むと、首相の今日の予定が・・・
「し、静さま、なぜこんなパスワードを・・・」
「ふふふふ、祐巳ちゃん、そんなことを聞いてはいけないわ」
「あ・あの・・・」
たしかに聞いてはいけないような気がする。

「ここからが大変なのよ」
「って首相官邸は大変じゃないんですかああ」
「そうよ、これから防衛庁経由でペンタゴンに侵入するの」
「あ・あ・あの・・・・」
「いいからみててちょうだい。今時の図書委員はね、これくらいできて当たり前なの」
「うそだああああ」

「ほら防衛庁」
「・・・・・・」
「ペンタゴンはちょっとやっかいね。最近テロに対する警戒が厳しいのよ」
「どうやって侵入するんですか?」
「聞きたい?」
「・・・・聞きたくない」
「じゃあ聞かせてあげるけど」
「あのおおおおお」

「こっちのもう一つの端末から陽動作戦を使うわ」
「どこへつなぐんです?」
「イラクのテロ組織」
「ああああのののののののおおおおお」
「で、あっちから侵入するふりをして、もういっぺんこっちからちょいちょいと、ほらはいれた」
「って世界の平和はどうなっているのよおおえぐえぐえぐ」
「泣かなくてもいいじゃない。で、目標は東京と、今上空の軍事衛星はというと・・・あ、いたいた。画像を出すわよ」

「お姉さま!」
「ふむ、祥子さん、水色ニットのサマーセーターにビンテージのジーパンか。祐巳ちゃん、そのオーガンジーひらひらはちょっとはずしてるわよ」
「はいっ、急いで着替えてきますっ。っって、ただデートに着ていくものを決めるのになんでここまでするんですかあああ」
「おもしろいから」
「やっぱり」

「がんばってねー。ごきげんよう」
「ごきげんよう。静さま、ばれないようにしてくださいね、命危ないですよ」

「そうそう祐巳ちゃん」
「へ?」
「回線使用料は祥子さんにつけとくから」
「あああああああああ」


【30】 乃梨子、斜め上へ  (くにぃ 2005-06-15 02:02:02)


「あっ、珍しい写真があるじゃない。」
朝拝の前のひととき、蔦子さんが机の上で整理している写真の中から、由乃さんが目ざとく見つけだしたのは、いたずらな風にスカートを翻せている志摩子さんだった。舞い上がったスカートの裾からはわずかながら白い太股が覗いている。

「よくこんな瞬間撮れたもんね。」
賛辞ともあきれているとも取れる由乃さんの言葉に、蔦子さんはいつものセリフで応えた。
「こう見えても写真部のエースですから。」
蔦子さん、そこは胸を張る所かどうか微妙だと思うけど。

「それにしても志摩子さんってただきれいなだけじゃなくって、これ見ると何かお色気まであるよね。」
そう言って祐巳は、志摩子さんに対する小さな劣等感をまた一つ増やしてしまったが、隣で由乃さんは全く別のことを考えていたようだ。

「ねえ、この写真もらえないかしら。」
「だめよ。私の流儀知ってるでしょ。公開するのは被写体の許可を取ってから。」
「違うわよ。リリアンでこれを一番欲しがる人にプレゼントしようかなって思って。」
「それってもしかして・・・。」
「何言ってるの、祐巳さん。もしかしなくても乃梨子ちゃんに決まってるじゃない。」
「由乃さん、だから私の流儀は・・・。」
「大丈夫だって。不特定多数に見せるわけじゃないし、志摩子さんだって乃梨子ちゃんが欲しがったって言えば、絶対OKするから。」
「それって事後承諾ってこと?」
そう尋ねる祐巳に、由乃さんは自信満々で応えた。
「まあそういうことになるわね。」

う〜ん、それってなんだか違うような気がするけど、と祐巳が漠然と思っていると、由乃さんはとどめを刺すように言う。
「私はね、祐巳さん。日頃山百合会で唯一の一年生としてがんばっている乃梨子ちゃんに、何か感謝の気持ちを表したいの。それって間違ってるかしら。」
「それはそうだけど・・・。」
祐巳は釈然としないまま、こうしていつものように言い負かされた。だが蔦子さんは祐巳ほど甘くない。
「祐巳さんは説得できても、私はうんと言わないわよ。」
「じゃあこれはもらうんじゃなくて、貸してもらうということで。それで乃梨子ちゃんに見せてあげれば、乃梨子ちゃんが自分で志摩子さんを説得するって。第一乃梨子ちゃんが、こんな志摩子さんを誰かに見せるわけないじゃない。」
「う〜ん、まあ確かにそうかもね。」
「じゃあ決まりね。」
とうとう蔦子さんまで説得してしまって、由乃特急はいよいよ加速してきたようだ。

「でも、ただあげるだけじゃつまらないから、この写真をゲットした私たちも、少しは楽しませてもらいましょ。」
「楽しませてもらうって?」
由乃さんが具体的に何を考えているかは分からないが、きっと何か良からぬことを企んでいるであろうことだけは祐巳にも分かった。
「それはね、・・・。」
由乃さんはニシシッて笑って蔦子さんと祐巳に説明した。


その日の放課後、いつものように乃梨子が薔薇の館にやってくると、まだ誰も来ていなかった。
二階に上がりビスケット扉を開けて中に入ると、何かがテーブルの上に置いてある。
近づいてみるとそれは写真屋さんでくれるような紙製のアルバムで、何となく中を見てみると、自分も含めた山百合会幹部達の、学園祭の時の写真が入っている。誰が写っていようと乃梨子の興味はただ一人だけ。志摩子さんの写っていない写真は当然スルー。

誰かが置き忘れたのかな、それにしてもやっぱり志摩子さんはきれいだな、なんて思いながらページをめくっていくと、最後のページで思考も動作も突然フリーズ。いうまでもなくそこには件の写真が・・・。乃梨子が見るのは初めてなのは言うまでもない。

目が釘付けになってしばらく動けなかった乃梨子は、ふと我に返ると誰もいないはずの部屋の中をきょろきょろと見回し、見なかったことにするかのようにアルバムを元の位置に置いた。

(し、志摩子さんの、志摩子さんの太股・・・。なんで、なんでこんな所に志摩子さんの太股が・・・。)
もはや乃梨子の頭の中は、アルバムではなく太股だけがいっぱいになってしまい、このアルバムは誰の物かとか、そもそも何でこんな所においてあるのかとか、普段であれば当然考えるようなことを全く思いもつかない。

(み、見たい。もう一度見たい。でも、でも、ああ、どうすれば、どうすれば!ああああ、志摩子しゃん!)
アルバムから一番遠く離れた椅子に座り、アルバムをじっと見つめたり、そうかと思うとあさっての方向を見て、気を紛らすように口笛を吹いてみたり。まるで誰かのような百面相をしていることを本人は全く気づいていない。

(はっ!そういえば・・・。)
誰かが来たら当然これを見るだろう。そうすると志摩子さんの太股も当然見られてしまう。不味い。それだけは絶対に阻止しなければ!
何がどう不味いのか、乃梨子以外には不明な論理から導き出された答は、件の写真をアルバムから抜き出してどこかに隠す、ということだった。

(でも隠すっていっても、いったいどこに・・・。)
そうだ。自分が持っていれば絶対人には見られない。ここに今自分しかいないのは正に天佑。天の配剤としか言いようがない。マリア様ありがとう。

少し考えれば、このアルバムの所有者には例の写真だけが無いのがすぐにばれることや、そうなると当然乃梨子が一番怪しまれることがすぐに分かりそうなものだが、頭に血が上った今の乃梨子には疑う余地のない名案だった。

そうと決まれば急いであれを抜き出さなければ。乃梨子は立ち上がるとアルバムに駆け寄り、最後のページから志摩子さんの太股を抜き出して、しばし見とれてからあわてて鞄にしまい込む。

息つく暇もないちょうどその時、ビスケット扉が開いて由乃さまと祐巳さまが入ってきたので、乃梨子は危うく飛び上がりそうなほど驚いた。

「ごきげんよう、乃梨子ちゃん。」
「ご、ごき、ごきげんよう、由乃さま、祐巳さま。」
「あれ。乃梨子ちゃん、なんか顔が赤くない?もしかして風邪でもひいてる?」
「い、いえ。何でもありません。そそ、それよりお茶でも入れましょう。おおお二人は何がよろしかったですか。」
「そうね、今日はダージリンな気分かな。祐巳さんは?」
「私も一緒でいいよ。」
後で思い返せば、祐巳さまは何か複雑な顔をしていたが、その時の乃梨子にはそんなことに気づくような余裕など全くなかった。

「ところで乃梨子ちゃん、そのアルバムだけど。」
「は、はいーーー!?」
「・・・乃梨子ちゃん、声が裏返ってるよ。」
「ももも申し訳ありません。」
いきなり由乃さまにアルバムの話を振られて、乃梨子は危うく口から心臓が飛び出すところだった。

アルバムを手に取り、パラパラとめくりながら由乃さまは言う。
「学園祭の時の写真なんだけど、これ乃梨子ちゃんの分だから。」
「へ?」
普段からはあり得ないような、間の抜けた返事をする乃梨子に由乃さまは続ける。
「お昼に渡そうと思ったんだけど、乃梨子ちゃん来なかったじゃない。だからここに置いておいたの。」
由乃さまはそう言ってアルバムを乃梨子に手渡した。
「あああありがとうございます。」

「すてきな写真でしょ。後で蔦子さんにお礼言っておいてね。でも乃梨子ちゃんって遠慮深いのね。」
「へ?」
またまたあり得ないような返事をしてしまったが、もはや混乱の極みにあった乃梨子は何がなんだか分からない。

「だって、たった1枚だけで満足みたいなんだもん。」
「・・・な、なぜそれを・・・。」
乃梨子は掠れた小さな声でそう言うのがやっとだった。そしてその時気づいたのだった。はめられた、と。

「もう分かってると思うけど、乃梨子ちゃんがここに入ったすぐ後から、一部始終をドアのすき間から見守っていましたから。だって乃梨子ちゃんが鼻血出して倒れたりしないかって、心配だったし。」
胸を張り、勝ち誇ったように言う由乃さまの横で、祐巳さまが申し訳なさそうに手を合わせている。

膝から力が抜け、がっくりと床にへたり込んだちょうどその時、志摩子さんが部屋に入ってきた。そして床に座り込む乃梨子に気がつくと、駆け寄ってくる。
「どうしたの?乃梨子。何かあったの?」
「志摩子しゃん・・・。」
涙目でそう言うのがやっとだった乃梨子の代わりに、由乃さまが志摩子さんに言った。
「乃梨子ちゃん、あの写真気に入ったみたいよ。」
「そう、よかった。」
志摩子さんはにっこり微笑んでいる。

「し、志摩子さんは私があの写真を見ることを知っていたの?」
「ええ。ちょっと恥ずかしかったけど、乃梨子になら見られてもいいかなって。」
ほんのり頬を染めて志摩子さんが言う。

首謀者とおぼしき由乃さまがそれに続ける。
「祐巳さんが、どうしても志摩子さんのお許しを得てからでないとって言うから、お伺いを立ててみたんだけど、乃梨子ちゃんならいいってね。よかったね、乃梨子ちゃん。それにしても面白いもの見せてもらっちゃったな。」
「じゃあ、志摩子さんも一枚噛んでたってこと?」
「うふふ。」

うふふって、うふふって・・・。志摩子さん・・・。

分からない。この2年生の三人は本当に分からない。
ただ一つ、確実に分かったのは、この三人には余人には伺い知れない、妙な結束がある、ということだ。

真っ白に燃え尽きて、朦朧とした意識の中で、自分にも早く同学年の仲間が欲しいと、そう願った乃梨子だった。


【31】 (記事削除)  (削除済 2005-06-15 08:21:06)


※この記事は削除されました。


【32】 誰にも言えないメイドさんの仏像  (琴吹 邑 2005-06-15 14:04:26)


 私の趣味は仏像鑑賞。
 これは、キリスト教系のリリアン女学院に通うものとしては、非常に珍しい趣味といえるだろう。
 でも、私には、みんなには言えないもう一つの趣味がある。
 それは仏像作りだ。

 これまで、数々の仏像を作ってきた。
 最近また新しい仏像を作った。
 それはマリア観音。

 モチーフは当然のことながら。私のお姉さまの志摩子さん。
 今のリリアンにマリア様のようなという形容詞がふさわしいのは志摩子さんしかいないだろう。
 時々、祐巳さまが祥子さまに対して、使っているようだけれど、あの祥子さまの性格を考えたら、どちらがよりマリア様にふさわしいかは、誰に聞いても明らかだろう。瞳子以外。

 まあ、それはともかくとして、今私の手元には、志摩子さんそっくりの仏像がある。
 そう、それは、仏像と言うよりは志摩子さん1/1フィギュアと言っても過言ではないくらい精巧に出来ている。
 それにその服を着せたのはほんの出来心だった。
 精神状態が、まともじゃないくらい疲れていたのだ。



 話は、一週間前に遡る。
 菫子さんが、絵馬とか言うメイドさんものに惚れこんで、何をトチ狂ったのか、メイド服をHANDSで手に入れてきた。
 菫子さんはわたしが帰ってくるなりそのメイド服を渡して、今週一週間、家にいるときはメイド服着用とのお達しをだしやがったのだ。
 私は、かなり強固に抵抗したのだが、最終的に生命線であるお小遣いを人質に取られて、THE ENDである。


 それから一週間、私は家でメイド服を着続けた。
 その報酬が、3ヶ月のお小遣いUPとこのメイド服だった。

 正直、この一週間は苦痛の連続だった。ひらひらなメイド服は私に死ぬほどにあわなかった。
 日曜日に、この服を着て買い物に行かなければならなかった時には何度、車道に身を躍らせようとしたか・・・聞くも涙。語るも涙である。


 もともと、私は、日本人形のようなと形容されているのだ。
 このひらひらメイド服は、私よりも、西洋人形のようなと形容される、志摩子さんの絶対に似合う。
 一度、志摩子さんのメイド服を見せてもらいたい。
 そして、私にご奉仕してほしい。
 そこで、ふと思い出したのだ、あのマリア観音を。


 私の趣味は仏像鑑賞。
 これは、キリスト教系のリリアン女学院に通うものとしては、非常に珍しい趣味といえるだろう。
 いま、私の中でのブームはマリア観音。
 そのマリア観音は決して一般公開される事がない仏像である。


 その仏像は、とても優しいお顔をした、メイド服を着たマリア観音である。



関連作品【No:629】


【33】 疾風三賢者  (joker 2005-06-15 19:56:55)


 私の名前は蓉子。三賢者のうちの一人、赤の賢者(マギ・キネンシス)と言われている。私は今、他の二人と一緒にキリストの生誕祭に向かっている。つい三ヶ月前、三賢者のうちの一人、黄の賢者(マギ・フェティダ)こと江利子が「神の器たる赤子が、羊飼いが毛を刈る季節に生まれるであろう。って、占いで出たんだけど、そこに行ってみない?」と言ったので、こうして私達はその神の子の元に馳せ参じて……

「ねえ、そこの可愛い天使ちゃん♪今からお姉さんとお茶したり、お話したりしない?」

「なるほど、今から二千年後、ここの土地はこんな事になっているのね……、面白いわ。」

……いるはずなんだけど、聖は手当りしだいナンパしてるし、江利子は何やら企んでいる様子だ。
「この店の紅茶って美味しいんだって。私が奢ってあげるから、つきあって、ねっ?」
「で、でもそんなの悪いですし……。」
「いいって、気にしなくて。それより、私とお茶でもした後、この町を案内してくれない?夕食も奢ってあげるし、そのまま私と一晩、アバンチュールな夜でも過ごさな……」
「聖っ!いい加減にしなさい!仮にも白の賢者(マギ・ギガンティア)とあろう者がそんなことばかりやって、恥を知りなさい!」
聖の耳をひっつかんで叫んでやったのに、三賢者だけあって、平気な顔をしている。
「あっれ〜?蓉子、もしかして、妬いてるの?」
「違う!」
「…ごめんね、蓉子。貴方がそんなに私の事を想っていてくれてたなんて……。分かった。今日の夜は蓉子と一緒に過ごしてあげる……」
「人の話を聞けー!!!」
腰に回してきた手を掴んで、そのまま投げてやった。

この時、山嵐という技が生まれたとか。

一方、江利子はというと、
「そことそこの地面を掘りおこして、砂を入れた後、表面だけまさで整えなさい。ここには後々、塔が建つから、その塔が斜めになるようそこの地盤を緩めておくのよ。これで未来人はスリリングな毎日を過ごせるわ。」
「「「「分かりました江利子様。」」」」
いつの間にか何人かの男共を手懐けて、喜気として何かの作業の指示をしている。

「…もう、いや……」
蓉子はそのまま頭を抱えて蹲った。

赤の賢者、蓉子の苦難の旅路はまだまだ続くのであった。


【34】 せめて後5分だけおやすみ  (柊雅史 2005-06-15 22:40:53)


「祐巳さん、いる〜?」
ビスケット扉を開けてひょいと顔を出した由乃さんに、祐巳は慌ててしー、と口に指を当てた。
「あ、いた。――何してるのよ、こんなところで。開票結果はとっくに」
祐巳の仕草に一応声を潜めながら中に入ってきた由乃さんは、そこで「あら?」と首を傾げた。
「瞳子ちゃん……?」
信じられないものを見た、という表情で確認してくる由乃さんに、祐巳は声を出さずに頷く。
「へぇ……驚いた。この子、こんな顔もするのね〜」
由乃さんが更にぐっと声のトーンを落とす。
祐巳の肩に頭を乗せて、すーすーと穏やかな寝息を立てている瞳子ちゃん。
由乃さんはそんな瞳子ちゃんの顔を覗きみて、くすくすと笑う。
「かわい〜。寝顔は誰でも天使っていうのは本当よね。ここのところ、ずーっと怖い顔しか見てなかったから、こりゃ新鮮だわ」
「瞳子ちゃん、頑張ってくれたからね」
瞳子ちゃんの頭に手を回して、軽く頭を撫でてあげる。
瞳子ちゃんは「ん……」と僅かに声を漏らしたけれど、相変わらず寝息を立てたままだ。
「実際、私なんかよりもよっぽど走り回ってたし」
祥子さまに訪れた家庭のトラブルと、祐巳の次期薔薇さま選挙。運悪く重なってしまった二つの事態に、瞳子ちゃんは随分と奔走してくれたのだ。
祐巳が祥子さまの役に立てたのも、瞳子ちゃんが祐巳の代わりに選挙の準備をしてくれたから。
祐巳が選挙を無事乗り切ったのは、瞳子ちゃんが祥子さまの事後処理のために動いてくれたから。
きっと、瞳子ちゃんがいなかったら、祐巳は祥子さまとのことも、選挙のことも、どっちも中途半端でダメになっていただろう。
今日、次期薔薇さま選挙の最終日を終えて、瞳子ちゃんが緊張の糸がぷっつり切れたように寝入ってしまったのも、仕方のないことだと祐巳は思う。
だからこのままずっと、肩を貸してあげたい気分なのだけど、現実はそうも行かないらしく。由乃さんはしばし瞳子ちゃんの寝顔を楽しんだ後、「って、こんなことしている暇はないのよ!」と顔を上げた。
「祐巳さん、選挙は投票終わってハッピーエンドじゃないのよ。当選しても今日中に手続きしないと、無効になっちゃうんだってば!」
「分かってる。ちゃんと行くから」
「絶対? 絶対よね? 私、祐巳さんと一緒じゃなきゃ、黄薔薇さまなんて辞退してやるんだから!」
「絶対。約束するから」
だから今はね、ともう一度祐巳は口に指を当てる。
由乃さんはしばし「うー」と苦悩した後、分かったわよ、と背中を向けた。
「後5分! 5分したら今度こそ迎えに来るからね。志摩子さんだって、祐巳さんを待ってるんだから」
「はいはい」
なんだかんだ言いつつも足音を殺して部屋を出て行く由乃さんに手を振って、祐巳はそっと目を閉じた。
本当はゆっくりと眠らせてあげたいけれど、それで瞳子ちゃんの頑張りを無駄にするわけには行かないから。
だから後5分だけ、ゆっくりと休ませてあげよう。
そして瞳子ちゃんを起こす時は、こう言って起こしてあげるんだ。

「おはよう、『瞳子』」って――


【35】 おやすみ考察  (うみ 2005-06-15 22:47:21)


おやすみの形はそれこそ十人十色、星の数ほどもあると思う。


例えば白薔薇姉妹ならば。
「おやすみ、志摩子」
「はい、おやすみなさい、お姉さま」
淡々としていて、でも何かとても深い繋がりを感じさせるような。

「おやすみなさい、乃梨子」
「ええ、おやすみなさい、志摩子さん」
見ているこちらまで心和むような、柔らかな空気に包まれて。


それが黄薔薇姉妹であれば。
「おやすみ、令。良い夢をね」
「はい、おやすみなさいませ、お姉さま」
安心と、信頼と、そしてほんの一握りの……

「ほら由乃、そろそろ寝ないと明日が辛いよ?」
「えー、だってまだ眠くないのに」
「そんなこと言って。朝起きるのが辛いのは、由乃自身なんだよ?」
「うー……」
「ほらほら。おやすみ、由乃」
「はぁい、おやすみ、令ちゃん」
――え? キスはって? いや、流石におやすみのキスはしないから……え、今夜は偶々じゃないかって?
えーと……ノーコメントってことで。
そ、それより次は、私と菜々の番なんだから!

「ってあの、私まだ由乃さまの妹でも何でもないですし、そもそも繋がりというほどの繋がりは無いと思うのですが……」
「そ、そんなこと気にしちゃダメよ。ほら、おやすみは?」
「ええと、おやすみなさい、由乃さま」
「ノンノン。由乃さまじゃなくて、お姉さま」
「……まあ、それはそのうちということで」
「えー、良いじゃない、減るもんじゃあるまいし」
「減るというか、後戻りが効かないというか……どちらにしても、さすがに無理だと思います。それよりも、由乃さまも早くお休みになってくださいね」
「うう――菜々ってば冷静沈着で冷たくてからかい甲斐がない」
「はいはい……それじゃあ、おやすみなさいませ」
「ううぅ……おやすみ、菜々」
ちょっとした微笑ましさと、それでも動じない菜々の強さと……でも、来年を楽しみにしている一面だって、また。


そして、紅薔薇の姉妹はと言えば。
「おやすみなさい、祥子」
「ええ、おやすみなさい、お姉さま」
妹の、娘の寝静まる様を見守るかのように。

「おやすみなさい、祐巳」
「おやすみなさい、お姉さま」
そっと頭をなでる感触に、自然とその瞼は閉じられていって……そして。

「おやすみ、瞳子ちゃん」
「おやすみなさい、祐巳さま」
普通に挨拶は返した筈なのに、でもその表情は、明らかな膨れッ面。
「―――うぅ〜」
なんて唸り声まで上げたりして。
「あの、祐巳さま?」
「瞳子ちゃん、祐巳さまじゃなくて『お姉さま』!」
「ちょ、なななな何を仰っているんですか!! そもそも私達はまだ姉妹とかそういう間柄ではありませんし、それどころか私と祐巳さまがおやすみの挨拶をする意図だって、正直理解しかねるところですのに!」
一息に捲くし立てたというのに、祐巳さまには一向に怯んだ様子は見られない。
「えー、いいじゃない。だって菜々ちゃんだって、由乃さんのことを『お姉さま』って呼んでいるんだし」
「少なくとも、そのようなことを聞いた覚えはありませんが。菜々さんは、まだ中等部に在籍していますから……だから、私も却下ですわ」
「……もしかして、瞳子ちゃんは私のことを『お姉さま』って呼ぶの、嫌だった?」
「へ!? そ、そういうことではなくて! えっと……」
「そっか、嫌って訳じゃないんだね?」
「あの、祐巳さま?」
「それじゃあ―――『おやすみ、瞳子』」
「っ!? あ、あの、その……おやすみなさいませ、お姉さま」

そう、おやすみの挨拶には星の数ほどあるのだから。

だから、良いとは思いませんか?


こんなふうに――初めてお姉さまと呼ぶそのときが、おやすみの挨拶だったとしたって。


【36】 苦悩蔦子のおやすみ  (冬馬美好 2005-06-16 00:14:05)


「えぇと・・・」

 蔦子は考えていた。パイプ椅子の上で蔦子は考えていた。

「これは一体・・・」

 蔦子は考えていた。パイプ椅子の上で蔦子は考えていた。毛布に包まりながらパイプ椅子の上で蔦子は考えていた。

「どういう事なのかしら?」

 蔦子は考えていた。パイプ椅子の上で蔦子は考えていた。毛布に包まりながらパイプ椅子の上で蔦子は考えていた。『二人で』 毛布に包まりながらパイプ椅子の上で蔦子は考えていた。

「・・・何で、笙子ちゃんがここに居るのかしら?」

 蔦子は思い出していた。写真部部室で二人で毛布に包まりながらパイプ椅子の上で蔦子は思い出していた。
 ・・・確か部室に入ってすぐ今日撮った写真の現像に取り掛かって、思い通り抜群の一枚だったその写真に狂喜して、んでアルバムにその写真を貼り付けて・・・って、そこまでは覚えている。そこまでは確かに私は一人だったはずだ。寝てもいなかったし、隣に笙子ちゃんも居なかった。それなのに、これは一体どういう事なのだろう?

「・・・・・・」

 蔦子は見入っていた。笙子に蔦子は見入っていた。自分の隣ですぅすぅと寝息を立てる笙子に蔦子は見入っていた。まるで天使のような穢れのない無垢な表情で自分の隣ですぅすぅと寝息を立てる笙子に蔦子は見入っていた。

「・・・・・・とりあえず、一枚撮っておこう」

 蔦子は決心した。とても無防備にまるで天使のような穢れのない無垢な表情で自分の隣ですぅすぅと寝息を立てる笙子の写真を撮ろうと蔦子は決心した。

 ぱしゃり

「・・・んぅん?」

 笙子は目を覚ました。とても嬉しそうに笙子は目を覚ました。

「しまった! ストロボ切り忘れてた!」
「・・・あ、蔦子さま、おはようございます」

 笙子は目を覚ました。とても嬉しそうに笙子は目を覚ました。大切そうにアルバムを胸に抱きながらとても嬉しそうに笙子は目を覚ました。

「お、おはよう・・・って、笙子ちゃん、それ!!」
「え? あ、はい。蔦子さまが整理なされていたアルバムです」

 蔦子は焦っていた。『あれ』を見られたんじゃないかと蔦子は焦っていた。

「こんなにたくさん、私の写真を撮ってくださっていたなんて嬉しいです!」
「え? あ、う、うん。ほら、その、約束だったし・・・」

 蔦子は焦っていた。『あれ』を見られたんじゃないかと蔦子は焦っていた。抜群の一枚だったあの写真についペンで描いてしまった『あれ』を見られたんじゃないかと蔦子は焦っていた。

「それに、この写真。・・・これって、つまり、そういうことですよね?」

 耳まで赤くなった蔦子は笙子から顔を背け目を閉じた。抜群の一枚だったあの写真についペンで描いてしまった『あれ』を見られたと悟り、耳まで赤くなった蔦子は笙子から顔を背け目を閉じた。

「おやすみなさい♪ ・・・お姉さま」
「・・・・・・おやすみ」

 耳まで赤くなった蔦子は笙子から顔を背け目を閉じた。抜群の一枚だったあの写真についペンで描いてしまった『あれ』を見られたと悟り、耳まで赤くなった蔦子は笙子から顔を背け目を閉じた。抜群の一枚だったあの写真についペンで描いてしまった ── ロザリオを見られたと悟り、耳まで赤くなった蔦子は笙子から顔を背け目を閉じた。


【37】 祐巳と瞳子は怪盗紅薔薇さま  (くま一号 2005-06-16 01:29:11)


「それで、祐巳さま」
「なあに瞳子ちゃん」
「わたくしたちは、なんでこんな格好をしているんですの?」
「それはね、これからここに忍び込まなければいけないからなのよ」
「それが、このレオタード姿なんですか?」
「姉妹で怪盗っていったら、この格好でジャンプに連載されて、アニメはTMネットワークが主題歌を歌うことに決まっているのよ」
「かえって、ものすごーく目立ってますわ」
「物事は衣装をととのえることから始まるの。瞳子ちゃん女優でしょ?」
「祐巳さまっ、瞳子は衣装の力なんか借りなくても役になりきれます。だいたいこれでどこに忍び込むんですか」
「図書館よ。端末を使って、ペンタゴンにハッキングしてお姉さまのファッションチェックを、

「ちがーーーーう」
「いったぁぁい。瞳子ちゃん、ぐーで殴ったあ」
「その話はさっき終わったでしょう。あの一発ギャグをまだ引っ張るつもりですか。だいたい瞳子と静さまはリリアンに同時には在学していないのですわ」

(ぐーで殴った・・・)
「そこで地面に『の』の字を書きながらいぢけないでくださいっっ。もう16行使ったのに小ネタだけでストーリーが進んでないじゃないですかっ」
「そうそう、この屋敷に忍び込むのよ」
「ここは?」
「楓の散歩道の館」
「なんですかそれ」
「屋敷の前に楓並木の散歩道でもあるんじゃないかしら」
「そのまんますぎる解釈ですね。怒られますよ」
「わずか4日でもう怒られるようなことはさんざんしてるからいいのよ」
「よくないっ」

「祐巳さま。祐巳さまったら。ちょっとまってくださいっっっ」
「なあに瞳子ちゃん」
「忍び込むんでしょ?」
「そうよ忍び込むのよ」
「忍び込むって言うのは正門から入って堂々と玄関へ向かうことを言うんですか」
「いいじゃない、だれも見てないみたいだもん」
「みたいって・・・・おめでたい。おめでたすぎますっっっ」
「だって、留守なのよ瞳子ちゃん」
「ずりっ」
「空き巣ですかっっっ。それならそうと先に言ってくださいっっ」

「この屋敷の人たちはね、サンクリとかゆーものに出かけていて留守なの」
「サンクリってなんですか?」
「知らない」
「知らないってそんな」
「わたしたちはSS書き始めて一週間も経たないのよ。知らない方がいいこともあるの」「どうして」
「ノーマルを守るのよ、アブノーマルにはまっちゃダメよ」
「え?え?え?」
「この作者の相方がね、元本職の編集者で4日前から『なーにやってるんだか』って冷たーーーーーいジト目で見てるのよ。それが怖くて今まで文章書きには手を出さなかったのに」
「だってマリみてにはめたのはその相方ですよ」
「だからってサンクリだのコミケだのという隠語を出したらジト目が瞬間冷凍光線に変わるわよ」
「はあ」
「だから知らない方がいいの」

「で、なにを盗むんですか。なんか選択肢型フォームが3つ並んだみたいながちゃがちゃがありますけど」
「その下よ」
「は?」
「お姉さまの命令は『萌え30、笑い45、感動は盗りにくいから10でいいわ』って」
「はあ」
「わたしたちの実力では一本合計10がせいぜいよ。だからこの館のあるじやおもだったサンクリ参加者が留守の間に数で稼ぐのよ」
「火事場泥棒そのものですね」

「瞳子ちゃんっっっ」
「いったーーーい。祐巳さま、ぐーでなぐったあ」


【38】 抱きまくらお姉さま  (琴吹 邑 2005-06-16 14:05:47)


 私は、がっくりと跪いた。
 ちょうど、こんな感じに。→ orz 


 今日は、私の誕生日だった。
 薔薇の館でただのお茶会ではなく、私の誕生会を開いてくれた。

 誕生会なんて初めての経験だったけど、仲間に祝ってもらう誕生会は悪くないなと思った。
 令さまの作ったケーキをおいしくいただき、お茶を楽しんだ。
 一段落した頃、祐巳さまが下の倉庫から手提げ袋を持ってきた。
「これは薔薇の館のみんなと蔦子さんからプレゼント。受け取って」
 祐巳さまはそういって、持ってきた手提げ袋を私にくれた。その袋にはやたら重く、そしてやたら大きな包みがはいっていた。
「自信作だから、大事に使ってね」
 そういって、黄薔薇様が私に向かってウインクする。
「ありがとうございます」
 私は胸が熱くなって、深々とお礼のお辞儀をした。


 家に帰り着替えがすむと、袋の中からプレゼントを取り出した。
 その場で、あけようとしたのだが、かさばるから家であけてほしいと言われたのだ。
 私は何が入っているんだろうと、帰宅している途中わくわくした気持ちでいっぱいだった。


 ありがとうございます。プレゼントをくれた人たちに、改めて感謝の気持ちを捧げ、どきどきしながら、プレゼントをあけた。

 出てきたのは、たくさんのそば殻。そして、やたら大きい長方形の生地?
 大きくて、重かったのは、そば殻が大量に入ってからのようだ。

 なんだこれ? 生地をすこしひっくり返すと、生地にプリントされた足が見えた。
 なんだこれ? 首をかしげながら。生地に何がプリントされているのか、確かめるために、改めて生地をひっくり返した。
 そして、私はがっくりと跪いたのだ。



 それは、抱き枕だった。それもただの抱き枕ではなく、等身大の志摩子さんがプリントされた抱き枕だった。しかも下着姿。


 翌日、私が薔薇の館に行くと、すでに、全員がそろっていた。
「ごきげんよう 乃梨子ちゃんプレゼントはどうだった?」
 いつものように、にこにこしながら祐巳さまが私に聞いてきた。
「気に入らないわけないわよね? 志摩子のアイデアなんですもの」
 いろいろ言いたいことがあったのだが、その祥子さまの一言で、全部が吹き飛んだ。
「え? 志摩子さんの?」
 びっくりして、志摩子さんを見ると志摩子さんはマリアさまみたいな穏やかなほほえみを浮かべながら言った。
「ええ。いつか、一緒に寝たときに、乃梨子、志摩子さんみたいな抱き枕ほしいっていったでしょ? 乃梨子の誕生日プレゼント何がいいかって聞かれたときに、そういったら、 じゃあ、みんなで抱き枕を送ろうという話になったの」
「で、使い心地はどうだった?」
 由乃さまが意地悪そうな口調でそう聞いてきた。

 私は、顔を真っ赤にしてうつむくことしかできなかった。


【39】 三賢者セブンス♪ヘブン♪  (joker 2005-06-16 18:32:22)


 私の名前は蓉子。三賢者(通称Magi)のうちの一人、赤の賢者(マギ・キネンシス)である。
 今私達は、黄の賢者(マギ・フェティダ)こと江利子の提案で、キリストの生誕祭に向かう旅路の真っ最中だ。

「セブンス♪ヘブン♪ただ・歓・び・なさい♪
キョロ・キョロしてる・暇は・ないよ・たぶん♪」

「江利子、あなた何を歌っているの?」
「何を言ってるの、蓉子?私はただ題名通りにしてるだけじゃない。一応題名にそった行動しなきゃ、やっぱマズイでしょ?」
「まぁ、確かにそうだけど…」
 さすがに通りのど真ん中では、どうかと思う。
「それにね、私、この歌のこのフレーズ気に入ってるの。何だか私に合ってるような気がして。」
 なるほど。言い得て妙だ。確かに江利子は一つの事に集中すると、周りで何が起こっても気が付かない。
「ほら、蓉子も歌いなさいよ。今回はこのネタでいくんだから。聖だって歌っているんだし。」
「えっ、聖も?」
 江利子ばかりに気をとられて全然気が付かなかった。振り返ると、本当に聖もノリノリで歌っていた。

「セブンス♪ヘブン♪ぱっと・すべて・見せなさい♪
解き・放って・やればいい・大事な・その部分♪(バサァ)」

 歌詞を歌い終わると同時に、蓉子のローブ等を神業的技術(というか触れるだけで)剥ぎ取った。

「キャー////、何するの!聖っ!!」
「あはっ、蓉子真っ赤になっちゃって、かーわいー。これが本当のマギ・キネンシスね。」
「ちょ、ちょっと聖!早く返しなさいよ!」
 服を取り返そうとする蓉子の手から〜ひらり〜とかわす。
「そうねぇ、私の事を『ご主人さまぁ(ハート)』って呼んだら、返してあげるわ。」

この一言がいけなかった

「……いいから、早く、かえせー!!!」
必殺の紅炎が聖に直撃し、いっそ、あっぱれなほどに吹っ飛んだ。

これは赤の賢者、蓉子の苦難の旅路の日々の物語である。

 ちなみに、蓉子の服は魔導防壁をほどこしていたので、多少ボロボロになったものの、無事だったそうな。

「…ううっ、何で私だけこんな目に……」

………。


【40】 天国と地獄温泉で  (OZ 2005-06-17 03:18:35)


肌寒くなってきた秋口、ここは薔薇の館。
現在仕事をしているのは、白薔薇姉妹の志摩子様と乃利子さん、そして赤薔薇の蕾であり女優の私の松平瞳子、そして愛しの(きゃっ///)私のお姉さまでありリリアンのアイドル赤薔薇様こと福沢祐己様。
そこへ、「ごっきげんよ〜♪」とウキウキしながら黄薔薇さまの由乃さまとそのウキウキ加減をうれしそうにみている1年生だが黄薔薇の蕾、有馬菜々ちゃんが入ってきた。

「はい皆、お仕事やめてこっちにちゅ〜も〜く!!」
「どうしたの、由乃さん、いたくご機嫌じゃない」
「ふっふっふっ 良くぞ聞いてくれました祐己さん」いや、こっちにちゅ〜も〜く!! とか行ってたし。
「これを見よ!!」ばーんと出されたものに皆で注目する、そこには『温泉宿一泊二日ご招待』と書かれていた。
「どうしたの、これ、」
「当たったに決まってるじゃない、ほら、私の家と令ちゃんの家で毎年箱根に行くじゃない、そこで帰り際に応募しておくと抽選で泊まった人数分のただ宿泊券が貰えるの」その券を由乃様が持ってきた理由は
何でも、その券で指定された日は由乃様、令様のご両親は都合が悪いということらしく、それならと、人数ぴったりの山百合会の面々で行ってきなよと令様が仰ってくれたらしい。  祐己様と温泉・祐己様と温泉・祐、祐己様と・・・

「瞳子、瞳子ったら瞳子」ゆさゆさと肩をゆすられ、はっと前を見ると乃利子さんがなにやら呆れ顔で瞳子のことを見ていた。
「な、なんですの?」
「なんですの、じゃないわよ、とりあえ瞳子がトリップしてる間に温泉旅行決定したからね」へ?トリップ?決定?
「そうよ、『お背中を』とか、『いや〜ん手が滑ってしまいましたわ』とか、俯きながらなんかぶつぶつ言ってたよ」
えっえっえっ〜〜 確かになんか物凄くいい夢を見ていたような気もする、「決っ定〜」と昇竜拳ばりのガッツポーズをしている由乃様とたのしそうにそのまねをしている奈々ちゃんの姿を見たような気もする。
「と、いうわけで今日はもうお終い、早く帰り支度しなよ、祐己様待ってるよ」

二人で歩く帰り道、私は自分の失態と、それをお姉さまである祐己様に見られていた気恥ずかしさですごくブルーな気分だった、
そのとき、祐己様がくるっとこちらに振り向き(ああ、なんてかわいい、ってちがう、ちがう)少し眉をひそめて仰った。
「瞳子ちゃん!!」「は、はい」
「だめだよ、疲れているなら、ちゃんと言わないと」「へ?私が疲れている?」どういうことでしょうか?
「そうよ、さっきの温泉話のとき、下をむいて、全然話を聞いてなかったでしょう?結果だって乃利子ちゃんから聞いたようだし」
え、え、それはつまり
「つらいときはきちんと言うのよ、頼りないかもしれないけど、一様私はあなたのお姉さまなんですからね」少し照れながら仰ってくれた。
と、言うことは、祐己様は私の失態に気づいて無い、昔はイライラしたこのお方の鈍感さが今では奇跡に思えます、ああ・マリア様 合掌
「温泉、楽しみだね」「は、はい、お・お姉さま…」祐己様はにっこりと微笑むと私の手を取って歩き出した。気分はすでに天国。
『そうとなれば、この温泉旅行心ゆくまで楽しんでやる!!』

旅行の日になり6人は宿についた、フロントで渡された鍵3っつ、え、3っつ「由乃様これは」「ああ、いつも私たちは 令ちゃんと私、そして各夫婦ごとに部屋を取ってんの、だから、姉妹ずつね」さらりといいやがった、

とはいえ、部屋に荷物を置いた後はほとんどが団体行動だったので夜の食事まではいらぬ意識をせずに何とかすごせた、仲居さんが間違えて持ってきたお酒を飲んだ由乃様が『令ちゃんのばかー 奈々かわいいわー』まねして『令ちゃんのばかー お姉さまだいすきですー』と楽しげに連呼していた姿にみんなで笑った、とてもたのしかった、だが食事が終わった後私はとんでもないことに気づいた、そう。
温泉=裸=祐己様と一緒 あわわわわ・・・
こんな気持ちも知らず事は進む「じゃあ、私たちはこの温泉に入ってみようか?ね、瞳子ちゃん」と掲示板を指差す。
「志摩子さん、ここ、お酒入りだって、珍しいね」「じゃあ私たちはここにしましょうか」
「打たれ湯、なんか、修行みたいで良いわね、ここでいい?奈々」「はい!修行しましょう」
 ここの宿は何種類もの温泉があるみたいで各々違った味を楽しみ、後で感想を持ち寄ろうと、結論付けられていた。らしい

「祐、祐己様ちょっと瞳子忘れ物をしてしまいました、お先に入っていてくださいな」本当は忘れ物などなかった、でも瞳子には心を落ち着かせる猶予が必要だった「うん、じゃあ待ってるから早く来てね」落ち着け瞳子、がんばれ心臓
数分後、意を決して温泉の扉を開けて目を凝らす、祐己様はどこかな・・・ 
湯煙の中で1人の影を見つけ近づいた時私は思った。
『ああ、私はたぶん、入った瞬間つるっと滑って頭を打って死んじゃったんですわ、だって天使様が見えますもの』
とても、祐己様に似た・・・
でも、祐己様に似た天使は瞳子に言った「待ってたよ、瞳子ちゃん」現実に強制送還

そこからはまさに生き地獄だった(生殺しとも言う)
「背中流してあげる」「い、いいえそんな」「お姉さま命令です、と・う・こ・」「…判りました」
ごっし、ごっし、つるん、「あ、ごめん」もにゅん 背中に柔らかい感触、昇天

目覚めた私はなぜか祐己様の膝枕、すると祐己様が目をウルウルさせながら覆いかぶさるように抱きついてきた「よかった、瞳子ちゃん、大丈夫!も、もし瞳子ちゃんに何かあったら、私、私…」祐己様、か、顔に、胸が、胸が… 昇天

就寝時間 ずるずる 「なぜ、布団をくっ付けるのですか?」「良いじゃない、こんなことめったにないんだし、それに、少しでも近くで寝たいと思って・・それとも・いや?(上目遣いに見つめ)」「さ、さあもう寝ましょう!!」理性が壊れる前に

眠れない、なぜかと言うと、くっ付けたとはいえあくまで二人分の布団が並んでいた、でも今は祐己様は私の布団の中にいらして、しかも私の腕にガッシリと掴まっている、耳元で聞こえるかわいい寝息、腕に伝わる体温と そ、その、ええと柔らかい感触、寝返りをうとうとしているくせに私の腕を放さないため時折もぞもぞしている、まるで赤ちゃんのよう(仮にも先輩に失礼とは思いつつ)それに加え
時折、鬼の形相で私を睨む祥子お姉さまが頭に中に出てきたり  ああ・眠れない

瞳子ちゃあ〜ん・・・むにゃむにゃ ぎゅう〜   お姉さま、私を殺す気ですか?

翌朝、乃利子さんにこう聞かれた、「どう楽しかった?」
私は正直にいった「天国と地獄を一日で体験しました。」

その後ろでは、祐己様、志摩子様、由乃様、奈々ちゃんが楽しそうに談笑していた。
「ご愁傷様、瞳子」「ありがとうございますわ、乃利子さん」目の下にくっきりと熊を出しながら瞳子は眠りについた。

「瞳子、あなたがんばったよ、心から尊敬するよ。」


【41】 (記事削除)  (削除済 2005-06-17 07:40:55)


※この記事は削除されました。


【42】 甘い日々  (くにぃ 2005-06-17 07:48:01)


【1.紅薔薇姉妹の場合】

「菜々ちゃんごっきげんよーっ!」
放課後、いつものように志摩子さん、由乃さまといっしょに薔薇の館にやってきた祐巳さまは、ビスケット扉を開けると、目の前でテーブルを拭いていた菜々ちゃんの背中に、いきなり抱きついた。
「きゃぁっ!や、やめてください。紅薔薇様。」
じたばたと抗う菜々ちゃん。しかしそれでは祐巳さまをますます喜ばせるだけだ。抱きしめる腕にはさらに力が込もる。
「うふふ。良いではないか、良いではないか。」
今日も祐巳さまは絶好調みたいだ。

薔薇様方より先に来て、そうじや雑用をこなしていた乃梨子、瞳子、それに菜々ちゃんの三人のつぼみのうち、このところの紅薔薇様のお気に入りは、一年生の菜々ちゃんだった。

「お姉さまぁ、助けてください!」
たまらず菜々ちゃんは傍らのお姉さまに助けを求める。
しかし頼るべき黄薔薇様、由乃さまが苦笑しつつ言うには。
「祐巳さんも一年生の頃、先代白薔薇様にさんざん遊ばれていたのよ。しょうがないから少しだけサービスしてあげなさい。」
鬼のような形相で菜々ちゃんを奪い返すかと思いきや、意外なことに由乃さまは、祐巳さまのおもちゃになっている菜々ちゃんを見るのが、結構お好きなようだ。

「そういうこと。お姉さまのお許しも出たことだし、菜々ちゃんおとなしくなさい。」
「そんな〜・・・。」
黄薔薇様と紅薔薇様、二人の薔薇様のお言葉に、どうやら菜々ちゃんは、逃げ場を失ってしまったようである。

そこへ救いの手を差しのべるのは、わが友にして紅薔薇のつぼみ、松平瞳子。
乃梨子と二人でお茶の準備をしていた手を止めて、振り返って言った。
「祐巳さま、菜々ちゃんいやがってるじゃありませんか。」
「え〜、だって菜々ちゃん小っちゃくって抱き心地がいいんだもん。」
「いいんだもん、じゃありません。祐巳さま、ご自分が薔薇様だということを、もう少し自覚なさったらどうですか!」

瞳子が祐巳さまを叱る光景は、もはや薔薇の館の日常になっている。
そんな二人を、志摩子さんはにこにこと、由乃さまはやれやれといった様子でいつも傍観している。
初めの頃ははらはらしていた乃梨子も、今ではすっかり慣れて、
(ああ、また今日もやってるな。)
と、なま暖かく見守るようになっていた。

祐巳さまはしぶしぶ菜々ちゃんを離すと、急にキリッと真顔になり、いつものように目を泳がせることなく、瞳子をまっすぐ見つめた。そして自称舞台女優・瞳子のように、(祐巳さまにしては)お腹の底から出すような低めの声で言う。
「・・・瞳子。」

いつもは柔らかく、『瞳子ちゃん』と呼ぶ祐巳さまが、珍しく呼び捨てにしたことで、瞳子の表情には微かに警戒の色が浮かぶ。だがそれで気圧されて退くような瞳子ではない。祐巳さまに負けない迫力で応える。
「なんですか。」
「ちょっとこっちへいらっしゃい。」
「なぜです。」
「いいからいらっしゃい。」
「今お茶の準備で手が放せませんので、後にしてください。」
そう言うと瞳子はプイッと背を向けて、お茶の支度を再開する。

いつもは瞳子に叱られると、祐巳さまは苦笑いとともに、
『ゴメンね瞳子ちゃん。そんなに怒らないでよ。』
などと自分から折れていたが、今日はなんだか様子が違う。

周りのギャラリーもそれを察して、一体どうなるんだろうと、ことの成り行きを見守っているようだ。ただし不安そうな顔色を浮かべているのは、薔薇の館初心者の菜々ちゃんだけで、あとの面々は興味本位に見ているだけであるが。
なにしろ祐巳さまは親しみやすさが売り、という方だから、本人はがんばっているつもりでも、端から見れば今一つ迫力に欠ける。

「そう。じゃあしょうがないわね。」
静かにそう言うと、いいつけを聞かない瞳子にそっと忍びより、祐巳さまは背後からいきなり、今度は瞳子にムギュッ!と抱きついた。
「ぎゃうっ!?な、何なさるんですか!」
不意を突かれた瞳子は、女優らしからぬ声を上げ、耳まで真っ赤になって抗議する。
「もう〜、瞳子ちゃんのいけずぅ。そんなに怒ってばっかりで祐巳悲しいわぁ。」
「祐巳さまがろくなことをなさらないからです!それより離してください。」
「でも瞳子ちゃん。ほんとは菜々ちゃんにやきもち焼いてたんでしょ。」
「なっ、そんなわけないじゃないですか。恥ずかしいから早く離れてください!」
「あとそれと、『祐巳さま』じゃなくて『お姉さま』ね。」
「お姉さまと呼んで欲しければ、もっとお姉さまらしくなさってください。それに祐巳さまこそ、私のことをいつまでも瞳子ちゃんって呼んで、たまに瞳子って呼んでくださったかと思えば、こんな時ばっかりだし。」
普段は何があっても平静を装う瞳子が、めずらしく声を荒げて必死に抗議する。しかし祐巳さまにとってそんなもの、痛くもかゆくもないようだ。

「う〜ん。こういう話はみんなの前じゃやっぱりちょっと恥ずかしいね。場所を変えようか。」
「そういう問題じゃないです!って、どこへ行くつもりですか!」
「だから二人きりになれる所だよ。乃梨子ちゃん、悪いけどちょっと瞳子ちゃん借りるね。」
祐巳さまは瞳子の手を取ってビスケット扉の方に歩いて行きながら、振り返って乃梨子に言うので、乃梨子もにっこり微笑んで。
「どうぞごゆっくり。」
「ちょっ、乃梨子さん、ごゆっくりってどういう意味ですか。ああ祐巳さま、そんなに引っ張らないでください。」

(ほんとはうれしいくせに、相変わらず素直じゃないんだから。)
階段のきしむ音とともに、次第に遠ざかる瞳子の声を聞きながら、乃梨子はクックックッと小さく笑いながら心の中でツッコんだ。




【2.黄薔薇姉妹の場合】

「ふぅーっ。一時はどうなることかと、ハラハラしましたね。」
由乃さまの横で目を白黒させて事の顛末を見ていた菜々ちゃんがそう言うと、由乃さまは菜々ちゃんの肩をそっと抱いて。
「馬鹿ね。あんなの喧嘩の内に入らないわ。楽しくじゃれあってるだけじゃない。」
「楽しくじゃれあってる、ですか・・・。」
「そうよ。菜々も今にきっと分かるようになるわ。」
「そうすると、お姉さまと私が言い合いしたり、お姉さまが私に後ろから抱きついたりとか。」
「なぁに、菜々は私にそういうことして欲しいの?」
「いえ、べ、別にそういう意味で言ったわけじゃ!でもお姉さまにだったら、その、されてもいいかも・・・。」
菜々ちゃんは真っ赤になってうつむいて、何だかゴニョゴニョと、それでも何気に大胆なことを言っている。
その様子が可愛くて仕方ないといった表情の由乃さまは、菜々ちゃんを正面から見つめて。
「素直で可愛い菜々がして欲しいことなら、何でもしてあげるわ。」
「お姉さま・・・。」
「そのかわり、部活の練習はもう少しお手柔らかにお願いね。」
「お姉さまったら、それとこれとは別ですよ。」
「こいつぅ。」
「うふふっ。」
「ふふふっ。」

先代黄薔薇さまは孫を可愛がれなくて残念がっていたが、こんな二人を見ずに済んだのだから、結果的には正解だったよ、と思わずにはいられない乃梨子であった。




【3.白薔薇姉妹の場合】

「お姉さま、お茶が入りました。」
「ありがとう。乃梨子」
いつもの椅子に腰掛けた志摩子さんに、おいしくなるようにと心を込めて入れた紅茶を出すと、志摩子さんはにっこりと微笑みかけてくれた。それに応えて、乃梨子も最上の笑顔を志摩子さんに返して隣に座る。

他の二組の姉妹のように、特別言葉を交わさなくても、ただ隣にいるだけで、お互いのことを分かり合える。互いが互いを必要としていることを信じられる。
志摩子さんとはいつしか、そんな関係になっていた。
そう、気がつけば、現在の薔薇の館では、白薔薇一家のスール歴が最も長くなっていたのだ。

「梅雨入り前だっていうのにやけに暑くて、ここは地球温暖化が局地的に進んでいるみたいだよね。」
「ふふふ。本当ね。」
「初々しいのはいいんだけど、何だか目のやり場に困っちゃうよ。」
「そうね。」
さすがの志摩子さんもそう言って小さく微苦笑。

普段はほとんどよその姉妹のことに言及しない二人だが、今の薔薇の館では、どちらを向いても出来立てほやほや姉妹が目に入ってしまう。
確かに姉妹になったばかりでうれしい気持ちは分かるが、もうちょっと周りに気を使ってくれてもいいんじゃない?、なんてつい思ってしまう。
一年前の志摩子さんと乃梨子は、その辺をもう少しわきまえていた、と自分では信じている。少なくとも薔薇の館の中では・・・。

「それにしても、祥子さまと令さまがご卒業なさって、祐巳さまと由乃さまのお二人も、正直去年初めて会った頃の志摩子さんみたいになっちゃうのかな、なんて思ってたけど、結構大丈夫だったみたいだね。」
「それはね、」
優しさに満ちた目で乃梨子を見つめて、志摩子さんは言う。
「ふたりには妹がいたから。」
「うん。」

「いつか祐巳さんに言われたことがあるの。姉を支えるのが妹なんだって。私も乃梨子が妹になってくれてそれがよく分かったわ。だから乃梨子」
そこで一度区切って、志摩子さんは言った。
「あなたも出来るだけ早く妹を作りなさい。そこにはきっと素敵な世界が待っているわ。」
膝の上に置いた乃梨子の手に、志摩子さんの手がそっと重ねられた。

「うん。私が妹になって志摩子さん変わったって、私自惚れてるもん。でも本当はね。」
「うん?」
「もうしばらく志摩子さんと二人でいたいな、なんて思ってるんだ。」
「乃梨子。」
「志摩子さん。」

「ああもう、見ちゃいられないわね。もし地球温暖化でツバル諸島が水没したら、きっと貴女たちのせいね。」
いったいいつから聞いていたのか。ご自分のことは、どこか高い棚の上に上げて、言いたい放題の由乃さまに、志摩子さんはただにこにこ笑って「ごめんなさい。」なんて言うだけだから。
代わりに乃梨子が、由乃さま達も相当なものだと思いますけど、と反撃すると。

「いや、悪いけど。一年近くたっても未だにアツアツのあなたたちに言われたくないから。」
と、きっばり断言されてしまった乃梨子たちだった。
由乃さまの後ろでは、いつ戻ってきたのか、祐巳さまも笑顔の百面相で同意している。




三色の薔薇が三色とも超ラブラブという山百合会史上かつてない激甘な状態に、一般の生徒達が薔薇の館のことを密かに『ローズジャムの瓶詰め』と呼んでいることを、彼女たちは知らない。


【43】 ドリーム激萌え白ウサギ  (琴吹 邑 2005-06-17 17:19:04)


私には夢がある。

いつの日にか、私の志摩子さんが、無理矢理ではなく、自主的な意志によってうさみみをつけてくれるという夢が。

私には夢がある。

私は、わがままな紅薔薇さまや、余計な介在を続ける黄薔薇のつぼみがいるこの薔薇の館でも微動だにしない夢を持っている。

それは、いつの日か、まさにこの薔薇の館で、私の志摩子さんや、紅薔薇の姉妹が、うさみみ、ねこみみをつけ、愛護動物として、私になついてくるというものである。

私には夢がある!


【44】 メイドさんの波紋  (篠原 2005-06-17 19:17:46)



「聞いたわよ。乃梨子ちゃん」
「は?」
 薔薇の館のビスケット扉を開けた瞬間、由乃さまにガッシリと肩を掴まれ、乃梨子はいきなり逃げ場を失っていた。
 由乃さまの後ろでは、祐巳さまがすまなさそうな表情と気の毒そうな表情と、(ゴメンねー、こうなった由乃さんは誰にも止められないから)と言わんばかりの表情を足しっぱなしにしたような表情で傍観していた。………って止めろよ。
「気持ちはわかる。だから協力してあげましょう」
「なんのことでしょう?」
「だから、志摩子さんのメイド服姿が見たいんでしょう?」
「はいいっ!?」
 なんだそれは。いったいどういう話だ?
「だから、乃梨子ちゃんが志摩子さんの1/1サイズフィギュアを自作してそれにメイド服を着せて毎晩不気味な笑いを浮かべているっていうから、だったら本物の志摩子さんに……」
「ちょっと待ったあ!!」
「お、ちょっと待ったコール」
 祐巳さま、最初のセリフがそれですか。
 いや、確かにアレを菫子さんに見られて、実家に電話で『深刻な話』をされそうになったり必死でそれを止めたりという微笑ましい(?)情景があったりしたけれども。あくまでもそれは家の中の話だ。
「いったいなんの話ですか?」
 そんな乃梨子の動揺を知ってか知らずか、由乃さまは何事もなかったように自分のセリフを続けていた。
「なに、礼には及ばないわよ」
 話しを聞けぇっ!
「私達も見たいしね。志摩子さんのメイド服姿」
「うん」
「だから待ってください。いったいどこからそんな話がっ!?」
「どこからって…」
 祐巳さまと由乃さまが顔を見合わせる。
「たぶん菫子さまから志摩子さん経由じゃない?」
 菫子さん…帰ったらいっぺん話付けて………………って、
「ええーっ! し、志摩子さんって……」
 知られた? 志摩子さんに?
「大丈夫よ」
「志摩子さん、ちょっと照れてたよね?」
「は?」
「他ならぬ乃梨子ちゃんだもん。そこまで好かれてるってことなんだから志摩子さんだって悪い気はしないでしょう」
 そう……なの?
「他の人だったらその場で挽肉にされかねないけどねー」
 祐巳さま、今さらっととんでもないこと言いませんでしたか。
「話は付けてあるから乃梨子ちゃんは明日そのメイド服持ってきてね」
「は? 明日ですか、ってもう決定済み? どう話をつけたんですか?」
「そこはうまく話したわよ」
「乃梨子ちゃんが見たがってるからメイド服着てあげてってね」
「そのまんまだーっ!」


 翌日。
 薔薇の館にはそれはもう目が潰れそうなほど美しくも愛らしい、メイド服を着た志摩子さんの姿があった。観客は蕾の三人。それとどこで聞きつけたのかメガネが一匹。
「って、何やってるんですかっ!」
「見てのとおり、写真を撮ってるのよ」
「なんであなたがここに…」
 関係者以外に見られるのも写真を撮られるのも嫌だった。
「おや、あなたは反対なの?」
 眼鏡をクイッとずらして自称写真部エースはのたまった。
「だとしても、本人の許可を貰っているのだから、あなたに文句を言われる筋はないわね」
「くっ」
 志摩子さんは誰にでも寛容過ぎる。追い討ちをかけるように眼鏡をキラリと光らせて、蔦子さまはおっしゃった。
「それに、後でこの写真欲しくない?」
「うっ」
 …………………………えーと。
「すいません。お願いします」
「まかせなさい」
 いいんだ。蕾二人に笑われたって。
 しかしこの二人、巧妙に(?)乃梨子一人だけのせいにして自分達もいっしょに堪能するとはなんて狡猾な。
二人のお膳立てがあればこそ実現したのだから強くは言えないのが辛いところだ。そりゃ嬉しくないと言えば大嘘つきだが。
でも何だって志摩子さんは了承したのだろう。
 志摩子さんの答はこうだった。
「私で何かの役に立てるなら」
 ゴフッ
 それはご奉仕の精神ですか? 
 メイド服を着た志摩子さんが天使のような微笑でお茶を入れてくれる姿を見て何も感じないでいる人などいようか。いや、いまい。反語。
 決して乃梨子がどうとかいう話じゃない。その証拠に祐巳さまも由乃さまも悶絶してるし。
「はい、どうぞ」
 ティーカップを丁寧に乃梨子の前に置く志摩子さんのメイド服が、がっ、がふぅっ

 その日、薔薇の館は(鼻)血の海に沈んだという。


【45】 白薔薇白薔薇白薔薇  (くにぃ 2005-06-17 20:32:01)


「志摩子さん。なんかすごいキーワードが出ちゃったみたいなんだけど。」
「ええ、そうね。」
「こんなこともあるんだね。」
「ええ、そうね。」
「どうしたらいいんだろう。」
「ええ、そうね。」
「それにしてもランダムって難しいよね。」
「ええ、そうね。」
「書けそうなお題が出るまで、まるで根比べだよね。」
「ええ、そうね。」
「志摩子さん、さっきから私一人でしゃべってるみたいでなんだか寂しいよ。」
「ええ、そうね。」
「志摩子さんったら、せめてこっち向いてよ。って、誰だよ!私の『志摩子さん1/1フィギュア』に勝手にコミュニケーション機能つけたのは!しかも微妙にコミュニケーション取れてないし!」
「ええ、そうね。」


【46】 祐巳専用ウエディングドレス見せられた  (春霞 2005-06-18 04:33:12)


「あら、祥子さま。これは?」
純白の生地。其処此処にレースをふんだんにあしらい、綺羅きらと輝くビーズが散りばめてある。それでいて清楚さも失わない、あえてシンプルなシルエット。どちらかと言えば可憐という表現が似合うドレス。
久しぶりに訪ねた祥子さまの私室では、瞳子も見知った出入りのブティックのオーナと、数人のお針子さんが忙しくしていて随分と人口密度が上がっていた。
部屋の真ん中には一般的なものに比べると、随分と頭身も身長も低いマネキンが鎮座し、ドレスアップの真っ最中。
祥子さまなら、もう少し豪華な仕立ての方がよくお似合いになると思うのですが…。

「ふふ。素敵でしょう。夏にオーダーしておいたのだけれど。やっと上がってきたのよ。」
「祥子さまがオーダされたのですか? ですが、拝見したところ胸元も着丈も、祥子さまのサイズには大分足りないのでは。」
そう言いながら、作業の邪魔にならないよう気を付けつつ、ゆっくりと周囲を回り込む、と。こっこれは!!

「オー、ソーデスネ。オ嬢サマ。 ヤハリ最後ノ仕上ゲハ、ゴ本人二着テ頂カナイト。ユルイ、キツイトイッタ カンショクマデハ ナカナカ。」
「あら、問題無くってよ。そのマネキンは本人のあらゆる寸法からmm単位のずれも無くってよ。」
オーナと祥子さまの会話がどこか遠くに響いているが、瞳子にとって問題はそこには無かった。(いやちょっぴり聞き捨てなら無い部分もあったが。)

「祥子さま、腰の大きなリボンはともかく、このふさふさした物は?」
「似合うでしょう。そのしっぽ。」にっこり微笑んで言われても。
「祥子さま、ベールに付いている動物の耳らしきものは?」
「似合うでしょう。もちろん狸耳よ。」よだれを垂らしながら言われても。
「祥子さま。マネキンの後頭部の『彫・乃梨子』の銘は?」
「さすがに善い仕事をするわね。造形師の真髄を見せられたわ。」取り敢えず、乃梨子さんの始末はまた別の機会ですわね。
「祥子さま。先程mm単位のずれも無いとか…。」
「もちろんよ。姉として当然でしょう。」当然なんかいっ、と突っ込むべきか?

瞳子はマネキンの正面に回りこむと、じっくりとその頭部を凝視した。
今わベールが被せられているが、それを上げてみると、その顔はまさしく。

「素敵でしょう。祐巳専用たぬたぬオプションウェディングドレスよ。きっと私の隣で、とてもよく映えるわね。」
「ええ、きっと。」
とろけそうな表情の祥子さまなどどうでも良かった。女優技能をフルに動員して当り障りの無い表情、当り障りの無い受け答えをしつつ、頭の中は猛烈な勢いで回転していた。瞳子の人生の最凶・最大の敵が此処に居る。

こ・の・女・を・排・除・せ・ね・ば。

「できた。」
やがて小さくつぶやくと、瞳子は嫣然と微笑んだ。人生最高のシナリオを、最愛の人のために演じて見せよう。私とあの方の幸福な未来のために。勘違いお邪魔虫は排除されなくてはならない。

…そして。後に黒薔薇の、と異名を得る松平瞳子の陰謀劇の幕が、今、ここに、上がった。

                  未完


【47】 紅いメイドさん!  (くま一号 2005-06-18 06:41:36)


事の起こりは,蔦子さんの一言だった。
「こうなったらオークションでも何でもするしかないと思うのよね、部長」
「お?オークション?」
「だって,部費が足りないのよ。そろそろフィルムも買えなくなってくるわ」
「それは蔦子が大量に使うからじゃない」
「部長,写真を撮らない写真部なんて写真部じゃありません」
「だからって,機材を売るの?それじゃ活動ができなくなるわよ、蔦子」
「そんなことしませんって。まあ見ててください」

そして茶話会準備中
「祐巳さん」
「あれ?蔦子さん戻ってきたの?茶話会の写真は撮らないって言ってたのに」
「うん,始まる前には部室に戻るけどね,そのまえにエプロン姿を撮りたいなって。それでこれをつけてほしいの」
「何これ、カチューシャじゃない」
「そう,カチューシャ。そのエプロンにはカチューシャが似合うのよ,絶対。表紙カバーの写真にカチューシャつけたら萌え間違いなし」
「なに?表紙カバーって。それに萌えって・・・蔦子さんなんかたくらんでない?」
「いえいえ,こっちの話。はいはいカチューシャつけてつけて」
「わ,かわいい。祐巳さん。似合ってるわよ。ちょっと、由乃さんとなりでポット持ってくださらない?はい,チーズ」パシャ。もう一枚パシャ。
えーと、ちょっとこちら側からパシャ。
・・・・・・・・・・・・・・・
「じゃあねー,部室で待機してるから」
「・・・由乃さん,なんだったんだろう,あれ」
「なんかたくらんでるわよ,蔦子さん」


数日後
「写真部主催、『紅薔薇のつぼみ1/1フィギュア秘密オークション』!」
「おおおお」
「ぱちぱちぱち」
「やんややんや」

 放課後の教室に集まる怪しい面々。説明しているのは蔦子。
「これは、私が撮影した写真を元にして3次元プロファイリングした紅薔薇のつぼみ祐巳さんの精巧なフィギュアです。今時、ただのメイド服じゃもの足りません。リリアンの古風な制服にフリフリエプロンとカチューシャ。これです」
さっ、と掛けてある布を引くと、祐巳そのもののフィギュアが。
「うおおお」
「きゃー」
「材料は特殊開発したウレタンフォームを使い、抱き心地も満点です。代表で聖さまに試して頂きます」

「ふふふふ」
手をわきわきしながら登場する聖。そこへ祥子が割ってはいる。
「どうして高等部にいらっしゃるんですか」
「カメラちゃんが呼んでくれたんだよー」

「祐巳は私の妹です。メイドさんが恋しかったらご自分の妹の1/1フィギュアをお抱きになったら」
「志摩子のフィギュアを?考えたこともない。だいたいあれは乃梨子ちゃんのだよ」
「私の妹のフィギュアには手出し無用に願います」
「そっちを考えておくよ」
聖はふふふふとか笑いながら引き下がる。

「それではえーと、聖さまにかわって紅薔薇さまが抱き心地をお試しに」
「そうです。姉として当然でしょう。」
「紅薔薇さま、顔真っ赤ですよ、大丈夫ですか」
「ええ、これしきのことでめげていては、家に持って帰ってあんなことやこんなことやまあそんなことまでできませんわ」
「・・・・ってあの・・・」
「祐巳、いいわねいくわよ」だきっ

『ぎゃう』
「このようにコミュニケーション機能標準装備です」

「祥子、鼻血」
「お姉さま、なぜこんなところに」
「いいじゃない」
「まさかお姉さままで祐巳のメイドさん萌えに」
「かわいいじゃない」
「そうするともしや、えり・・・・」
「はーーーい」
「やっぱりorz」
「こんなおもしろいこと見逃すわけないじゃない」

「はいはい、それではスタートは大学部麺食券1週間分です」
「いちご牛乳2週間分」
「はい蓉子さまいちご牛乳2週間分」

「花寺推理小説同好会の会誌10年分」
「優さんっどうしてあなたが」
「いや、後輩に頼まれるとねえ」
「会誌10年分は無価値と認め無効です」
「あああああ」

「メープルパーラーのバラエティギフト大、5個、賞味期限来年のマリア祭まで」
「その期限はなに?江利子」
「由乃ちゃんが菜々ちゃんを落とすまでひとつきぐらいはあげないとね、蓉子」
「そこまでするか」

そこで、聖が蔦子になにか耳打ちを・・・・
「カメラちゃん、これ、欲しくない?」
取り出したのはカギ。
「な・なんですかそれは、聖さま」
「薔薇の館の合い鍵。いつでもだれでも撮り放題」
「欲しいですーーーーーー」

「聖さまから非常に高額のご提案がありましたのでこれでらくさ・・・」
「待ちなさい」
「祥子さま」
「これを見てから決めてもいいでしょう。ニキャンF8オートフォーカス一眼レフ特注仕様オールチタン。望遠レンズと、米軍仕様赤外線暗視・透視レンズ、小笠原研究所で開発したエックス線撮影フィルムとレンズもつけるわ。どう?」

「落札祥子さまっ」

「それじゃあこれ、カメラとレンズね」
「はい確かに・・・

「またんかいっ」
「わ、由乃ちゃん、祐巳ちゃん」
「フィギュアとはいえ、たとえ紅薔薇さまといえども、祐巳さんをあーしたりこーしたりまあそんなことまでさせるわけにはいかないわ。だいたい蔦子さん。祐巳さん本人にフィギュアにする許可取ったの?」
「いえ、あのまあ、売れたら取ろうかな、と」
「写真部の意地も地に落ちたわね」
「いえ、あの」
「そういうわけで、このフィギュアは没収っ。持って帰るわよ祐巳さん」

「ちょっとまって」
「蓉子さま」
「さっきから祐巳ちゃんがひとこともしゃべらないわ。それに祐巳ちゃん、あなたずいぶん身長が伸びたわね」
「ま、まさか・・・・・」
「祐麒くん!」
「ユキチっやっぱり女装癖が」
「このシスコンっ」
「ばれた!」
「逃げるわよっ祐麒君っ」
「おうっ」

「逃げたぞ、追えっ」
「こら待て由乃」

「ストーップ、そこまでよ」
「乃梨子ちゃん!」
「祐巳さまにあんなことやこんなことやまあそんなことをするのは、たとえフィギュアでも」
「可南子ちゃん!」
「この一年生トリオが許しませんのですわ」
「瞳子ちゃん!」

「乃梨子ちゃん、あなた自分は志摩子さんフィギュアをすりすりなめなめしておきながら」
「なめてませんっ。あれは志摩子さん本人のお許しがあるからいいんですっ」
「行くわよっ」
「きゃああ」

「蔦子さん、そのニキャンF8オートフォーカス一眼レフ持ってひとりでどこへ行くのかなあ?」
「蓉子さま、あの、今日もご機嫌麗しく美しきご尊顔を拝し奉り欣快至極・・・」
「この騒ぎの責任、どうするわけ?あ、こら、逃げるなっ」

『がしゃーん』『どかっぐしゃ』『ばきばきばき』『ぼき』

「あーあ」
「こわれた」
「こなごな」
「ニキャンF8が・・・」
「祐巳、祐巳、なんてことを」

「こーゆーの高いんだぞお、祐巳の1/4フィギュア実在なんて×万もするんだから」
「どーするの?」
「蔦子さん」
「カメラちゃん」
「蔦子っ」

「あ・の・・・」



「それで?蔦子」
「あの、フィギュア制作費がこんだけかかりまして」
「で、この部室、ずいぶん風通しが良くなったみたいなんだけど、その棚にあったカメラとか三脚とかレンズとかはどうしたのかな」
「小笠原家にニキャンF8の弁償がありましてその・・・」
「で、隣の暗室にあった、高校の写真部では唯一と言われるカラー自動現像機も」
「はい、さきほど小笠原梱包運輸の方が引き取りに・・・」
「蔦子?」
「こうなったらオークションでも何でもするしかないと・・・
「やめなさいっっ」


【48】 激萌えお泊り会衝撃告白  (うみ 2005-06-18 12:14:11)


「先日福沢邸にて行われたパジャマパーティの顛末を、紅薔薇さまこと私、小笠原祥子と」
「黄薔薇さまこと私、支倉令が『激萌え! お泊り会衝撃告白』の名の下にお送りしたいと思います」
周りから巻き起こる拍手。ちょっとだけ作為的な雰囲気を漂わせつつ。
「それにしても、祐巳――あのパジャマは反則よ」
「うんうん、淡いピンクにデフォルメタヌキなんて……瞳子ちゃんとか今にも失神しそうな表情だったしね」
「ええ、『そのパジャマとっても似合っていてよ、祐巳』って、頭を撫でて抱きしめてあげたい……」
「おーい、祥子戻っておいでー」
目の前で手を左右に振るものの、それに気付く気配は一切見られない。
「………」
「ははは、ダメみたいだね。それじゃあ次は――瞳子ちゃんかな?」
「はっ!? わ、私ってば一体!?」
「お帰り祥子、それで次は瞳子ちゃんなんだけど」
「瞳子ちゃん、淡いグリーンのパジャマで、祐巳にも似合っているって褒められていたのよね」
「その言葉に頬を染めて、ホント瞳子ちゃんも青春しているよねぇ」
「でも、瞳子ちゃんならもっとフリルとかのたくさん付いたものを予想していたのだけれど、随分とシンプルだったわね」
意外そうな表情の祥子がそこまで言ったところで、ポンッと手を叩いて何かをひらめいた様子の令。
「――あ、思い出した」
「どうかして? 令」
「あれって確か、祐巳ちゃんと一緒に買いに行ったんじゃなかったっけ?」
「……なっ!?」
そのときの表情を一言で言うならば、愕然。でも、ほんのちょっとの納得も含んでいて。
「確か祐巳ちゃんが瞳子ちゃんのを、瞳子ちゃんが祐巳ちゃんのを選んだとか」
「そういえば……以前そんな話を聞かされたような気がするわ。きっと記憶の奥底に封印していたのね」
ポンッと、黄昏る祥子の肩に手を置いて。
「祥子――」
「いいのよ、令。確かに瞳子ちゃんの見立ては文句無かったのだから」
「そ、そうね……」
お願いだから、そんな痛々しいものを見る目で見ないで――と、そんな声が聞こえてきそうなその一言の前には、何も言い返すことなど出来ないのだった。

「えっと、それじゃあ気を取り直して、次は私の由乃に行ってみようか」
「そうね――由乃ちゃんのパジャマは、白を基調としたとっても落ち着いたものだったけれど」
今度こそ心底意外そうな表情の祥子に、何故か嬉しそうな令が。
「うん、あれって私が作ってあげたんだけど、そしたら思った通りよ〜く似合っちゃって」
「なるほど、あれは手作りだった訳ね……どうりで」
深く納得した様子の祥子。令は何に納得をしているのかも分かっていないようで。
「どうりでって、何が?」
「いえ、由乃ちゃんっぽくないかなって。由乃ちゃんなら、『先手必勝!』とか『悪・即・斬』とか、そういうのが不可欠と思っていたから」
「……本人はそうしようとしていたんだけど、全力で阻止したから」
「――な、なるほど。苦労しているのね、令」
「ははははは」
乾いた笑いが響き渡る。ああ、痛々しいことこの上ない。
「あとはそうね、菜々ちゃんとも上手くいっているようだったし」
「だね。姉としては複雑な気持ちだけど」
「その気持ち……よく分かるわ。祐巳も瞳子ちゃんと楽しそうに話をしていたし……」

「 「……………」 」

舞い降りる沈黙。ああ、せっかくの話題転換も効果薄し……というより『二人揃って落ち込んでしまったのだから、どちらかというと失敗例?』とも思いつつ。
「と、とりあえず次に行こうか!」
「そ、そうね!」
全ては棚上げ、無かった事に忘却の彼方に記憶の奥底に。あっさりと脳裏から追い出して。
「――で、次は菜々ちゃんかな?」
「あの子の参加は、正直意外だったわね」
「まあ瞳子ちゃんの口車に乗せられた感はあるけれど、本人が参加を希望していたのは確かみたいだったしね」
「それに、由乃ちゃんに会ったときの嬉しそうな表情といったら……同時に緊張も最高潮だったみたいだけど」
「そして由乃の嬉しそうな顔も……ううぅ」
思わず泣き崩れる令。憐憫に満ちた視線で見守っていた祥子だったが。
「令、泣いちゃダメ。強く生きないと」
「うん、分かってるよ、祥子」
「私だって、祐巳が――」
ああ、さっきからこればかり……。

「と、とりあえず菜々ちゃんのパジャマは淡い黄色がベースみたいだけど……でも、全面にデフォルメひよこがプリントされていて、黄色一色よね」
「ちょっと意外だったけれど、何故かイメージ通りでもあったのよね」
「うん、とっても似合ってた」
「ちなみに、令ならあの子にどんなパジャマを着せてみたい?」
「そうねぇ……怪獣のきぐるみとか?」
思い浮かんだのは、デフォルメされた某怪獣のきぐるみを着て、『がお〜』とか平仮名の声の聞こえてきそうなほわほわしたイメージ。
「――それは、きっと私とか祐巳よ」
「そ、そう?」
「なんていうか、紅薔薇ファミリーの……伝統?」
「そ、そんな伝統があったなんて――」
ふと思う、きっと過去には同じようにきぐるみを着た蓉子さまや、現在進行形で着せられて真っ赤になっている瞳子ちゃんなんてのもありかもとか何とか。

「ま、まあ菜々ちゃんにはあのパジャマが一番似合っているということかしら」
「そうだね」
「由乃ちゃん、菜々ちゃんのことをずっと抱え込んでいたしね……後ろからギュッて」
「ううぅ……由乃、よしのぉ(泣」
「……薮蛇だったわね」
思わず嘆息、ああ無常ナリ。

数分後
「令も落ち着いたようだし、次に行きましょうか」
「えっと、次は志摩子だけど……まさかああ来るとは思わなかった」
「私もよ。まさかネグリジェとは――やるわね、志摩子」
「しかも見るからに似合っていたし。乃梨子ちゃんとか間違いなくノックアウトされていたよね」
明らかに褒めている、感心している発言であり表情でもあるのに、そこにはわずかながらに敵意も感じられて。
「ええ、祐巳も多少照れた表情を見せていて――ふふふふふ」
「さ、祥子!? ハンカチが……」
ビリビリと、音を立てて崩れ去るレースのハンカチ。あの体の何処にそれほどの力が秘められているものなのか。
――きっと、永遠不滅の謎であろうかと。
「――はっ!? 私ってば何を」
「気持ちは分かるけど、落ち着いて……由乃もそうだったんだから」
遠い目を、遥かなる彼方に向けつつ――二人共に、見事なまでの妹馬鹿。こんなことで、本当に妹離れを実現できるのかどうか。
「令……そうね、そうなのよね。瞳子ちゃんと菜々ちゃんはそんなことは無いようだったけれど、ただ単に別の相手に夢中だっただけのことなのよね」
「初々しいよね……でも、志摩子って普段からネグリジェなのかな?」
「普段から――そうね、お寺でネグリジェって違和感を禁じ得ないでしょうから」
その情景のあまりの不思議空間ぶりに、思わず頭痛を覚える二人。
「だから家出なんて考えたのかも……」

「志摩子なら、本気でそう考えかねないところが怖いわね」
「ええ――」
あまりにも真実味を帯びたそんな考えに、二人揃って言葉も出ないようで。
そのまま二人、そんなことなど無かったかのように頷き合うのだった。

「さて、最後は乃梨子ちゃんだね」
「何気に仏像柄とか、本気でやりかねないと思って楽しみにしていたのだけど……」
「それは――さすがに無いでしょ」
言いつつも、どこか――いや、ものすごく残念そうな声音と表情。まあ乃梨子ちゃんならやりかねないかなとは思えるけれど……。
「そうね、正直残念。実際普通のパジャマだったのだし。薄い青というか水色というか、淡い色調の落ち着いた物だったわね」
「みんなに褒められて、照れた表情をしていたのが印象的だったかな」
「あの子のああいう表情って、滅多に見られないものね」
「きっと志摩子にとっては、そんな表情を見られただけでも十分嬉しかったんだろうね」
「乃梨子ちゃんにとっても、志摩子に褒められればそれで満足だったでしょうし」
「ホント、もう半年近く経つっていうのに、いつまで経っても初々しくて微笑ましいんだから」


そこでふと我に返る。そういえば――って。
「でもさ、これで一通り終わったわけだけど、『激萌え』とか『衝撃告白』とか――そんな要素ってあったっけ?」
心底不思議そうな表情。まあ事実上パジャマ解説だったのだから、当然と言えば当然かもしれないけれど。
でも、祥子はその質問にも動じない。
「あら、そんなの決まっているじゃない。私が後日、祐巳を家に招いて二人だけのパジャマパーティをしたからよ」
「は?」
その答えは予想もしていなかったのか、さすがに思考が停止しているようで。そんな様子に満足した祥子は。
「祐巳と向かい合って、手を繋いだまま色々な話をして……由乃ちゃんや志摩子とのパジャマパーティの思い出の話もあったのが、ちょっとだけ癪だったけれど」
「あのー……祥子さん?」
「手を繋いだまま、祐巳の顔を見て『おやすみ』を言うあの一瞬は……ふふふ♪」
「ああ、トリップしちゃってる……っと、負けてなんていられないわ、私も由乃とパジャマパーティを開かないと!」


以降両者続行不能により、ゲームセット(ぇ


【49】 好敵手と書いてアイスクリーム  (素晴 2005-06-18 16:22:22)


自他ともに認めるとおり、祐巳は甘いものが大好きである。
ところてんは酢醤油より黒蜜だし、スコーンにはたっぷり蜂蜜をつけて食べるのがよいと思う。
だから、由乃とお買い物---といっても、ほとんどの時間はウィンドウショッピングに費やすのだが---に出かけたとき、そんな広告看板を見たら気にならないはずはなかった。

【★ S A L E ★ 今ならWの料金でトリプルになります!】

「……ねえ由乃さん、少し休まない?」
「ええそうね祐巳、それじゃもう少し行ったところの喫茶店で、」
とそこで由乃は言葉を切って、ニヤリと笑った。
「……わかっているわよ、祐巳、あなたが今だに私のことをさん付けで呼ぶときといえば。いいでしょう付き合いましょう付き合いましょう、ただし私はシングルしか頼まないわよ」
「いえいえ、付き合っていただけるだけで感謝感激恐悦至極」
そうして、二人はアイスクリーム店へと吸い込まれていった。


あいにくと、冷房の効いた店内は満席で、仕方なく二人は、道路に面したガーデンテラスの席に陣取った。
三段重ねにもなると落とさないようにバランスをとるのが難しいが、どうにかこうにか悲劇は避けられた。
「はい、祐巳、お水」
「ああ、ありがとう、由乃」
「いいわよ、祐巳に持たせてたら絶対アイスクリーム落として泣いてるから」
う、否定できない。
「そ、それよりその『ポッピング シャワー』っていうのは、おいしいの?はじけるキャンディーが入っているとか」
「わからない。でも、めずらしいし、面白そうじゃない、はじけるキャンディーって」
さすがチャレンジャー由乃。でも由乃は食べたことないのだろうか、はじけるキャンディー。
祐巳は子供のころ、少しだけ食べたことがある。確か、祐麒がお母さんにねだって買ってもらったものだけれど、祐巳にしてみれば口の中が痛いだけだった。肝心の祐麒はなんだか複雑な顔をしていたが、感想は祐巳と大差なかったのではないだろうか。ただ自分がねだって買ってもらったものだから、喜んで見せないと申し訳ないとでも思っていたのだろう。あの子は昔からそんな感じだったから。
「それで祐巳のは?」
「ええとね、上からバナナアンドストロベリー、レモンシャーベットにキャラメルリボンよ」
「甘いもの好き大王さんなら、真中もラムレーズンやチョコレートミントにするかと思ったわ」
「実はね、ナッツトゥユーと迷ったんだけれど、まあ箸休めというか中休みというか、ちょっとあっさりしたのもはさまないとね」
「ふうん」
おもむろにアイスクリームを口にした由乃は---なかなかの見ものだった。
口を開くことはないものの、くるくるとよく動くその瞳が、百面相とよく形容される祐巳をして驚嘆せしめるほどによく物語っていた。
「……っはーびっくりした。口の中で踊るのよ」
「うん、そう書いてあったじゃない」
「あまり驚かないのね。前に食べたことあるの?」
「そのアイスクリームはないけど、キャンディーだけは昔に」
「へえ。でもこれ、面白いだけでなくてなかなかおいしいわよ。あげるからちょっと食べてみない?」
「遠慮しておきます」
「そう?つまんないの」
由乃は何を期待しているのだろう?

「ねえ祐巳、あの看板なんだけど。」
由乃が先の看板を指差して言う。由乃のポッピングシャワーは早くも彼女の胃袋に納まってしまった。対して祐巳はレモンシャーベットと戯れている最中。シングルとトリプルだからこうなるのは目に見えている。
「ん?」
「前から思ってたんだけど、『ダブル』なら『W』ではなくて『D』って書くべきじゃないかしら」
「まあ、確かに『Double』だものね」
「『W』だと『Double U』になってしまうから、あなたが二人〜♪になってしまうわ」
「それ、何の曲?」
「知らない。今私が作った」
「何それ」
ひとしきり笑った後で、由乃が突然言った。
「あー祐巳、たれてるたれてる!」
「ん?パンダ?」
「ボケてる場合じゃないわよ、アイスアイス!」
ふと手元を見れば、コーンの下から、ポタリポタリとアイスクリームがたれていた。
「あーキャラメルリボンが!楽しみに一番下に置いたのにー!」
「油断大敵よ、祐巳」
「うー。」
確かに、この暑い中、いつもと同じペースで食べていては溶けてしまうのはあたりまえだ。
「イタリアでの失敗を、また……。侮りがたし、アイスクリーム。次はこうはいかないわよ」


【50】 (記事削除)  (削除済 2005-06-18 19:28:44)


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