「もう!そんな訳無いじゃないですか乃梨子さん!」
「ごめんごめん」
私は笑いながら瞳子に謝った。我ながら馬鹿な事を言ったかな?
「何がそんな訳無いの?」
突然会話に割り込んできたのは…
「ゆ、祐巳さま!」
そう、祐巳さまだった。意外と神出鬼没なんだよな、この人。
「…で、何がそんな訳無いの?」
それに意外としつこいかも… ここは素直に言っとくか。
「抱き枕ってあるじゃないですか」
「の、乃梨子さん!!」
瞳子が騒ぐけど、祐巳さまがこのままじゃ納得しそうにないしなぁ…
まあ、ここはひとつ諦めてね(笑
「抱き枕がどうしたの?」
「今、何かのキャラクターをカバーに描いて、そのキャラクターと寝られる抱き枕ってモノがあるらしいんですよ」
「へー…」
おや、自分から聞いてきたのに食いつき悪いな。でも本題はここからですよ祐巳さま。
「ソレに瞳子の写真をプリントした抱き枕なんかあったら祐巳さま喜ぶんじゃないかなって話してたんですよ」
隣で聞いてた瞳子が真っ赤になってる(笑
でも実際祐巳さまが欲しいのかどうか気になるらしくて、視線はチラチラと祐巳さまを見てるし… ホント正直になりなさいよアンタは。
祐巳さまはといえば、何やら腕組みをして真剣に悩み始めてしまった。そんなに悩まなくとも答えは決まってるでしょうに。
「いらないなぁ」
そう、いらないに決まって…… ええっ?!
やばい、瞳子が固まってる。まさかこんな結末になるなんて…言わなきゃ良かったのかな?でもまさか祐巳さまがこんな反応するなんて…
「な、なんでですか?」
私はやっとの事で祐巳さまに質問してみた。
「だって…切れ味鋭そうじゃない。ドリル標準装備の抱き枕なんて」
そう言って祐巳さまは「しってやったり」な笑顔で微笑む。
なんだ冗談か… 良かったね瞳子。祐巳さま本気で嫌がったんじゃあ…
あれ?瞳子の眼がかつてない程座ってる?
「…あれ?うけなかったかな?瞳子ちゃん」
「………」
「…瞳子ちゃん?」
祐巳さま、これは覚悟したほうが良いですよ…
放課後、薔薇の館では、本気で怒った瞳子にドリルを六本も装備させられた祐巳さまが泣きながら書類仕事をしていた。
その姿に私はおろか祥子さままでもが突っ込めず、静かに時間だけが過ぎていったのだった。
「桂むきといえば、桂ちゃんよね」
「お姉さま、私、あまり料理は得意な方では……」
「そんなことはどうでもいいのよ、桂ちゃんはひたすら材料の皮をむいてね」
「だから、料理はそれほど得意じゃないんです、お姉さま。だからピーラー使ってもいいですか?」
「いいんじゃない? 手早くちゃっちゃとむいちゃってね」
「ただむくだけじゃないんですから、いくらピーラー使うといえ、そんなに早くはできませんよ」
「いいのよ、別に帯状に長くむかなくても。桂ちゃんがむくことに意義があるのだから」
「どういうことですか?」
「桂ちゃんがむけば、どんなむきかたしても、かつらむきでしょ?」
「おねえさま、本気で言ってます?」
「あはは、もちろん冗談よ。しょうがないから、私が実演するわ」
「お姉さま、料理得意なのですか?」
「料理はそうでもないけどかつらむきは得意よ」
「そうなんですか? 知らなかったです」
「何であなたが知らないのかな? いつもやってるのに。最初の頃に比べたら、ずいぶん早くできるようになったのよ」
「私の前でかつらむきなんてしましたっけ?」
「してるじゃない。いつも部活が終わった後の、更衣室とか、休日のあたしのベッドの中とかで」
「それは確かに桂むきかもしれませんけど……」
「ふあぁああ」
「由乃さん、わたしたちもう薔薇さまなんだから、みっともない真似しないでよ」
「眠いんだもの、しょうがないじゃない。んー、よし」
ごそごそ。
「あ、それは聖さまの」
「もういないんだもの、有効に使わせてもらうのよ。じゃ、あとよろしく」
「もう、聖さまがうつっても知らないから」
「ごきげんよう、紅薔薇さま」
「ごきげんよう、菜々ちゃん。見て、いくら春だってひどいよね。どうにかしてくれないかな」
「どうにか、ですか」
そういうと、寝ている由乃さんへ歩み寄って…。
え、そんな。人前でなんて、わたしとお姉さまだってしてないのに。
そうして、二人の距離があと数センチに達したとき、由乃さんの手が電光の速さで菜々ちゃんのお凸を抑えてしまった。
「残念。起きちゃいました」
「あ、菜々だったの。ふぁ、ああ、令ちゃんかと思ったわ…」
「……令さまとよくこういうことされてるんですか?」
「んー?まあ、そうね」
「そ、そうだったの、由乃さん」
「まったく、寝不足にもなるわよ」
かしゃん。
「気をつけなさい」
「あ、ごめんね、片付けさせちゃって」
「い、いえ」
「いいよねえ、家が近いと」
「そんなことないわよ。身がもたないって」
かしゃん。
「毎晩毎晩、何時だと思ってるのよ。まったく…」
「だ、だって、せめて寝顔を見ないと眠れないのよ」
「こっちはおかげで眠れないといってるの」
これは、【No:505】 → No.530 → 【No:548】 のシリーズのつづきとして書かれています。
志摩子さんがテレビに出演した。
そんな噂を祐巳が知ったのは朝の授業開始前のことだった。
なんでもお昼のバラエティ番組で一般の人が参加するコーナーでしかもかなりはっちゃけた格好をしてたとか。
「なに? はっちゃけた格好って」
祐巳は情報源の蔦子さんに聞き返した。
「都内の何処かの高校の制服でしかもギリスカだったらしいわ」
「義理?」
「ぎりぎりまで短くしたスカートのことよ。祐巳さん」
いつのまにか近づいた真美さんが解説してくれた。
つまり、リリアンの近隣高の女子高生が履いているのをよく見かける、パンツが見えそうなくらい短いスカートのことらしい。
あそこまで短いと足の長さの差がはっきり判ってしまうから平均的日本人体型の祐巳としてはあまりしたくない格好のひとつだ。
それに四六時中パンツが見えてしまわないか神経をすり減らしていなければならそうだし、単純に恥ずかしいというのもある。
「本当だったらぜひ撮りたいわね。ギリスカの志摩子さん」
祐巳が想像して頬を赤くしているのに蔦子さんはなんか目を輝かせていた。
この人もしかして学校外でも女子高生を隠し撮りとかしてるのだろうか。
ふと、そんな怖い考えが浮かんだのだけど慌てて打ち消した。もしそうだとしても関わっちゃいけない、いや関わりたくないから。
「どうせ人違いでしょ。その何処かの高校に似た人が居たってだけで」
最初から聞いていた由乃さんはなんかつまらなそうにそう言った。
確かに話題としては面白みに欠けるかもしれない。というか志摩子さんがそんな格好してテレビに出るはず無いし。
「そうね、世の中には似た人が三人はいるって話だし」
よく聞く話だけどその数字はどんな根拠によるのか祐巳は一度も聞いたことが無い。
結局、志摩子さんに聞いてみればすむ話ということでその場は終わった。実際、以前あった騒動に比べたらたいして実害のなさそうな噂であった。
ところが。
志摩子さんが生活指導室に呼び出されたのは昼休みに入ってすぐだった。
祐巳が由乃さんと生活指導室の前に着いた時、すでに扉の前に人だかりが出来ていた。
「あ、祐巳さん」
集団の中には乃梨子ちゃんや桂さんとか知った顔が数人いて祐巳の顔を見て声をかけてきた。お姉さまと令さまの姿は見えなかったが来ていないのかそれとも扉の中なのかは分からなかった。
「……やっぱり噂の件?」
「わからないわ。でも、あんな噂くらいで呼び出すかな?」
校則ではテレビに映ってはいけないという条項はなかったはず。まあ、高校生らしく節度を守ってみたいなことは書いてあるけど。
「ん? 乃梨子ちゃんなあに?」
乃梨子ちゃんがなにか言いたそうにこちらを見ているのに気づいた。
「もしかしたら、私、心当たりあります」
「そうなの?」
「それより、その番組、録画した人居ないの?」
由乃さんが会話を分断した。
「それならもう入手したけど」
「蔦子さんそれ本当?」
なるほど蔦子さん、校内にコネ多そう。
「今、持ってるの?」
「いや、録画してた人に話しつけただけだけど由乃さん知らないの」
「私?」
「黄薔薇さまよ」
「「ええっ!」」
志摩子さんの呼び出しはやはり噂の件だった。
呼び出しは十数分で終わりすぐに志摩子さんの話が聞けた。
たまたま生活指導の先生が問題の番組を見てたとかで真偽を問う為に呼び出されたとのこと。
志摩子さんの話ではその時間はお家の手伝いで家に居たという。
ただ生活指導の先生はしつこくて、疑うのなら家族に問い合わせてくださいとまで言ったのに最後まで納得しなかったそうだ。
「つまり、次があるってこと?」
「本当に身に覚えが無いんだけど、先生が証拠を持ってくるからって」
その先生は全然信じてくれなかったのだけど、一緒に居た担任の先生が仲介して後日仕切りなおしってことになったそうだ。
「信じられない。そんなの断固戦うべきだわ」
話を聞いた由乃さんはやたらやる気になっていた。
「戦うって、どうするの?」
「作成会議よ。放課後令ちゃんの家に集まって」
「令さまの?」
〜 〜 〜
結局山百合会の二年生トリオ+乃梨子ちゃんが由乃さんの家のリビングに集合していた。
令さまは部活で抜けられないからとビデオのありかだけ由乃さんに教えて部活に行った。祥子さまは話だけ聞いて「私が必要になったら関わることにするわ」と言って帰ってしまった。薔薇さまの立場で何かする必要が出てきたら、という意味だろう。
そして。
「志摩子さんだ」
「志摩子さんよね」
「あら……」
ビデオの問題のシーンを見た二年生トリオはそれぞれの反応をした。
遠目で髪型が似てるとかそういうんじゃなく、アップでばっちり映ってるその顔はどう見ても志摩子さんだったのだ。
「うーん」
由乃さんはさっきからビデオデッキに張り付いて問題の個所を何回も巻き戻しては再生を繰り返した。
「これ、志摩子さんのドッペルゲンガーとか」
「なによそれ」
「志摩子さんの潜在意識下の願望が本体の意思を無視して実体化したんだわ」
由乃さんはオカルト物も読むらしい。
なにやら怪しげな仮説をぶち上げてくれた。
「……そうなのかしら」
「志摩子さんも本気にしない」
「この制服どこのかな」
「見たことある気がする。志摩子さん分かる?」
「さあ」
「あのー」
乃梨子ちゃんが恐る恐る手を上げた。
「なあに乃梨子ちゃん」
「この人、朝姫さんです」
「知ってるの!? そういえば昼間心当たりがあるって言ってたよね」
「はい、実は……」
乃梨子ちゃんの話だと、朝姫さんというのは都立K女の二年生で、日曜日に偶然会って話までしたとか。
「そういう大事なことは早く言いなさい!」
「する隙がなかったんです!」
無理もない。みんな番組のほうに気が取られていて、乃梨子ちゃんの些細な発言に注意を払っていなかったのだから。
「でもそうか、敵は都立K女に居るのね」
「由乃さん敵とちがう」
#登場する学校の名前はフィクションです。該当しそうな実在する学校があったとしても何ら関わりありません。
(つぎは【No:557】)
がちゃSレイニーシリーズ。空白の3日間編。【No:541】の続き。
「ふう」
真美はおもわずため息をついた。その横から紙コップのコーヒーが差し出される。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう。日出実」
ほっとしたように一つ息をもらす。
「お疲れ様でした」
「ははは……」
かわいた笑い声をあげるのにはもちろん理由がある。
真美のお姉さまであるところの築山三奈子女史がさっきまで部室に来ていたのだ。
学園内がこれだけ大騒ぎになっているというのに、新聞部は何をしているのかと。
今回に限って言えば、お姉さまの言うことももっともだと真美も思わざるをえない。だからというわけでもないが、追い返すのは大変だった。それにしてもお姉さまは最近ちょっと祐巳さん寄りじゃないだろうか? と思ったりもする。
もともと祐巳さん寄りな蔦子さんは、今のところは静観しているようだ。しかし、新聞部としては動かないわけにもいかない。真美が抑えておけるのはせいぜい今週いっぱいだろう。
最初こそ、紅薔薇さまのお声掛かりで事後の独占取材等を条件に協力を要請されたのだが、今の状況は正直かなり不透明だった。もともと情報操作と情報規制が目的で取り込まれただろうことはわかっていたが、それはそれでかまわなかった。真美なりに、新聞部員を動員して調べさせてもいるが、薔薇の館の内部で起こったことに関しては目撃証言も何も取れないし、こういった時の薔薇の館のメンバーの結束は非常に固い。
人の良さそうなクラスメイトの笑顔を思い浮かべて、真美はまた一つため息をつく。別に去年のような、お姉さまと先代薔薇さま方のように確執めいた関係を望んでいるわけじゃない。できれば山百合会幹部と築いている今の良好な(と、真美は思っている)関係は維持していきたい。そしてなにより、祐巳さんが悲しむような結末にはなって欲しくない。たぶんそれすら紅薔薇さまの思惑の内なのだろう。
「動きが取れないなあ……」
呟くと、一方の壁に視線を向けた。あなたはどうするつもりよ、蔦子さん。
「ふむ」
三奈子さまを首尾良く追い返した真美さんに、心の中で健闘を称える拍手を送りつつ、蔦子はカメラを磨く手を再び動かし始めた。
「蔦子さま、何かいいことありました?」
「ん? 別に」
「でもなんだか嬉しそうですよ」
「そう? なんでもないわよ」
「………むぅ」
なにやら不満そうな顔をしている笙子ちゃんに蔦子は怪訝そうな表情を向けた。
「どうしたの?」
「……だって蔦子さま、肝心なことは何も教えてくださらないから」
「いや、別に肝心なことなんてないから」
蔦子が笑いだしたのを見て、笙子ちゃんは頬をふくらませた。
「日出実さんは真美さまからいろいろと秘密めいたお話をお聞きするそうです」
「それは部活の話でしょう。新聞部なんだからいろいろあるでしょうし、真美さんだって祐巳さんのプライベートなことまで日出実ちゃんに話したりはしないと思うわよ(……たぶん)」
「それは、そうでしょうけど………」
「秘密めいた話は無いけれど、写真の話ならいくらでもできるわよ。今日はどんな写真を撮ったの?」
「あ…」
手にしていた写真を取られて、笙子は軽く声を上げる。確かにもともとその写真を見てもらおうと思って来たのだけれど。聞くつもりがなかったことまで聞いてしまったのは、はぐらかされたような気がして少し面白くなかったからかもしれない。
「蔦子さまはどうするおつもりですか?」
「どう、とは?」
「ですから、その……『白薔薇革命』とか、『紅白抗争』とか……」
「どうすると言われても。どうしようもないでしょう。私にできることなんて、写真を撮ることくらいよ」
そんなことはない。と、笙子は思う。白薔薇さまも紅薔薇のつぼみも、蔦子さまには一目置いているように見える。それは蔦子さまのそばに居るから見えることだった。
「でも、蔦子さまが……」
「物事なるようにしかならないわよ」
「そんな……」
「でもほら、『物語』はハッピーエンドと相場が決まっているものじゃない?」
「そおゆうものですか……」
それは、ハッピーエンドになるから心配ないということなのか。時々、蔦子さまはこういう言い方で笙子を煙に巻く。
「それにしても………おもしろい取り合わせね」
写真を眺めていた蔦子さまがポツリと呟いた。
その写真には、背の高い1年生と紅薔薇さまが一緒に写っていた。
可南子は今回の件には基本的に無関係だった。だが全く関わっていなかったわけでもない。
最初は紅薔薇さまからの電話だった。祐巳さまが朝早く来て薔薇の館に向かうようなら足止めして欲しいと。但しその可能性は低く、あくまで保険の意味合いだと。理由の説明は無し。
祐巳さまの為だという一言で、可南子はそれを了承した。紅薔薇さまが祐巳さまの為というなら、それは間違いなくそうなのだろうと思ったから。
実際に祐巳さまは時間ぎりぎりまで姿を見せなかった。だからあえて声をかける必要は無かったのだけれど、その姿を目にした瞬間、可南子は声をかけていた。
「ごきげんよう、祐巳さま」
「あ、ごきげんよう、可南子ちゃん」
いつものように挨拶を返してくださる祐巳さまの笑顔は、一目でわかるほどに力が無かった。
「祐巳さま。元気が無いようですが、何かありましたか?」
「え? そんなことないよ。全然元気だよ」
全然駄目そうだったが、追求するのはやめておいた。この時はその意味がわからなかったが、その日の放課後にドリルと話して、おぼろげにわかってきた。
そして今また、紅薔薇さまを前にしている。
「それじゃあ、だいたいのことはわかっているのね」
「瞳子さんとお話して、だいたいのところは見えたと思いました」
「そう。だいぶ噂にもなっているようだし、他に気付いた人がいても不思議はないわね」
状況は、可南子の予想よりはるかに悪いようだった。ただ、何故紅薔薇さまが自分にそんな話を振ってくるのかがわからなかった。
「何故私にそんなお話を?」
「あなたは祐巳の味方なのでしょう?」
「はい」
それは間違いなく。
「ですが……」
別にドリルの味方というわけではない。
「それと、薔薇の館のメンバーではないから、かしらね」
「………よく、わかりません」
紅薔薇さまは笑ったようだった。
「何が正しいかなんて、私にもわからない。でも、そうね、中にいては見えなくなることもあるから、たぶん外からの視点が欲しいのね」
それはわからないではない。ドリルには状況が見えていなかったこともある。
「では、私は何をすればよいのでしょう」
「別に今なにかを頼もうというわけではないのよ。あなたはあなたの思うとおりにすればいいと思うし」
「はあ」
それはそれで、心に波立つものがある。それから少しだけ、紅薔薇さまと世間話、のようなものをした。それは可南子にとっては、かつては考えられないことだったかもしれない。
ふと空を見上げて可南子は思う。自分は祐巳さまの為に、そして祥子さまの為に何ができるのだろうか。
紅薔薇のつぼみの不在の日々。それはいくつかのうねりと状況の停滞を生み出し、そして新たな流れを作ろうとしていた。
細川可南子は苦悩していた。
バスケ部では順調に仲間とうち解けていた。
最初は先輩達にも良く思われていないのがひしひしと伝わってきていたのだが、
最近では先輩達も進んで可南子と組んで練習してくれる。
同じ一年生とも何となく和解し、今では一緒に帰る友人も増えた。
あの時、心を閉ざし、手放したものが帰ってきたような気がした。
父を恨み、全てを拒絶したあの頃。
そこから救い出してくれたのは紅薔薇の蕾、福沢祐巳様だった。
「そうだ、可南子。 お父さんな、今度リリアンのバスケ部にコーチをしに行くことになってな」
始まりは、一本の父からの電話だった。
なぜだか、娘の知らないところで変な話が動いているようだ。
「どうして……」
父は色々とそれまでの経緯を私に話したのだが、その半分も私は聞いていなかったのだと思う。
父が学校に来る。
それは、ものすごく嫌な予感でしかなかった。
そして、父がコーチとしてやってきてから半年後、
二人の生徒がリリアンを去った。
『くぉのぉ、変態ロリコン親父!!!!!!』
私の男嫌いは一生治らなそうです……祐巳さま。
―――――――
こんなタイトルが出てしまったもので………つい。
これは、【No:505】 → No530 → No548 → 【No:554】 のシリーズの続きとして書かれています。
志摩子さんの呼び出しがあった日の翌日。
放課後になっていきなり乃梨子を高等部事務局前に呼び出す放送があった。
事務局は校舎とは別の管理棟と呼ばれる職員室などかある建物の一階にあり、職員用と外来用も兼ねた小奇麗な玄関の一画にその窓口が設けられている。
乃梨子はその玄関の反対側にある渡り廊下から管理棟に入り事務局の窓口に向かった。
「あ、のーりこさーん」
外来用の玄関を入ったところに見覚えのある短いプリーツスカートの集団。というか三人がいた。
「あ、朝姫さん!」
ぱたぱたと手を振りつつ、志摩子さんと同じお顔で微笑む朝姫さん。
「どうしたんですか?」
「来ちゃった♪」
あ、可愛い。
朝姫さんはえへっとしなを作った。
「この子がニジョウさん?」
薄い色のちょっと癖のある髪。ちょうど祐巳さまがツインテールを解いたような感じの髪型の子が乃梨子を見て言った。
「あ、二条乃梨子です」
「乃梨子さん、こちらはうちの生徒会長、桜明美さん」
朝姫さんが紹介した。
「せ、生徒会長!?」
「桜です。はじめまして」
生徒会同士の交流って本気?
割と貫禄ある笑みをみせる桜さん。会長ってことは三年生かと思ったら、三年生は早々に引退するそうで、桜さんは朝姫さんのクラスメイトだった。
「なんだっけロサギガ……」
「白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)?」
「そうそれ。受付の人が私の顔見ていきなり呪文みたいな言葉言うからびっくりしちゃった」
「いったいなんなの?」
そりゃ驚くわな。外から受験で高等部に入った乃梨子だって始めはリリアンの異世界っぷりに相当のダメージを食らったのだ。普通の都立高校(女子高だが)に通っている朝姫さんからすれば乃梨子以上にショックはあるはずだ。しかも彼女はリリアンの特異点である山百合会の中心人物に顔がそっくりというステータスを持っている。それは否応なくその特異点へと彼女を導くのだ。
「えっと、とりあえず生徒会室にご案内しますからその道すがら説明しますね」
さて、彼女たちにどうやって世間一般の生徒会と違うリリアンの特殊事情を説明しようかと思案する乃梨子であったが、その前に。アポイントなしにいきなり来たことについて問うと、桜さんが事情を聞いてすぐ見たいと言いだして、説得するのも聞かずに放課後いきなり自転車を奪って(いや借りたとか意見が分かれてたが)来てしまったとか。
桜さんってすました顔してるけど実は相当イケイケな性格のようだ。
二回目の志摩子さんの生活指導室への呼び出しがかかったのは乃梨子が早口言葉のような生徒会役員の称号を朝姫さんたちに教えている時だった。
「今のってそのロサギガンチアじゃない?」
「桜、それちがう」
「志摩子さん……そうだ! 朝姫さん、一緒に来て!」
そうなのだ。まさに渦中の人がここにいるのに行かなくてどうする。
乃梨子は朝姫さんを引き連れて、いや、結果的に都立K女御一行さまを引き連れて生活指導室に向かった。
こういうとき生活指導室前は必ず人だかりが出来るのだが、放送を聞いたとき比較的近くに居た為、人だかりはまだなく、乃梨子たちは一番乗りでドアを叩くことができた。
K女の三人は中から現れた先生がシスターの姿をしているのに面食らっていたが、シスターの方は乃梨子に続く他校の制服を着た三人を見て「あら」と声をあげた後、朝姫さんの方を向き、なんか納得したように頷くと「お入りなさい」と4人を指導室に招きいれた。ちなみにこのシスター、学年主任だ。
生活指導室の中はこの学年主任ともう一人、生活指導の先生だけでまだ志摩子さんは来ていなかった。
「ようこそリリアンへ。お嬢さん方」
学年主任は簡単に自己紹介し、朝姫さんたちの自己紹介の番となった。
「私は都立K女子高等学校二年F組、桜明美と申します。現在生徒会長をやっております」
事情もしらない筈なのにこの落ち着きっぷりは流石は生徒会長。
でもこの人、こんないかにもな自己紹介してるけど、実は守衛さんに呼び止められなければこっそり進入する気だったとか。なかなか食えない奴だ。
「同じく二年D組宮野春子。生徒会書記です」
春子さんは淡々と。
「えっと、私は二年F組、藤沢朝姫です」
最後に朝姫さんが挨拶した。
「乃梨子さんがこの方々をお呼びしたのかしら?」
「えっと、は、はい」
たまたま偶然が重なっただけなんだけど、ここはそういうことにしておいたほうが良いと判断した。
「じゃあ、志摩子さんがまだだけど見てもらいましょうか? 良いですよね」
学年主任はもう一人の先生に言った。
「はぁ、では」
その先生は朝姫さんがこの部屋に入ってきた時からずっと呆けた顔して朝姫さんの方を見ていたんだけど、学年主任に言われて我に返ったようにテーブルの隅に置かれたビデオデッキを操作しはじめた。
このビデオデッキ。いかにも持って来ましたよって感じでこの部屋の落ち着いた色調から浮きまくりなんだけど、志摩子さんが疑われた例の放送を録画したビデオを見るためにわざわざ用意したらしかった。
やがて画面にはバラエティ番組の司会がなにやらしゃべってる場面が映し出されて少しすると問題の司会がギャラリーにインタビューする場面になった。
「これって……」
「日曜日のあれじゃない?」
画面に映っているは朝姫さんと春子さんとあともう一人は桜さんじゃなかった。
その時だった。
「遅れて申し訳ありません……乃梨子?」
息を切らした志摩子さんが部屋に入ってきた。
乃梨子たちはビデオに集中していて気づかなかったが、学年主任はいつのまにかドアのところにいた。
「うわっ、朝姫が二人いる!」
声をあげたのは春子さん。桜さんも目を見開いて驚いていたがすぐに学年主任の方を向いて言った。
「この放送が問題になったのですね?」
生徒会長をやっているだけあって頭の回転が早い。桜さんはリリアンの制服を着た朝姫さんのそっくりさんを見ただけで、もう何が起こっているのか理解したようだ。
「そうなんです。こちらは藤堂志摩子さん。本当に朝姫さん、そっくりなのね」
志摩子さんは朝姫さんを見て驚くというより不思議そうな顔をしていた。
「このビデオに映っているのは間違いなくうちの生徒です。この宮野さんが証人になります」
「そのようね。わざわざ来てもらって申し訳ないわ。本当は志摩子さんのご両親から確認さえ取れればもう終わりにするつもりでしたのよ」
学年主任の言葉に桜さんが不思議そうな顔をしたので乃梨子は志摩子さんがその時間はお家の手伝いをしていた事を告げた。
「どうも、うちの生徒がご迷惑をおかけしまして」
桜さんは学年主任に向かって頭を下げた。
そっくりなのは本人のせいじゃないんだから迷惑をおかけしてもないもんだと思ったけど、どうもそうではなく、バラエティ番組のギャラリーなんかに出ていたことを言っているらしかった。
学年主任が生活指導の先生に「もういいですね」と問題の終結を告げて、今回の件は一件落着となった。
(つづき【No:574】)
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>皆さんピッタシの題名が出るまでリロードするの?それとも題名見ながら云々考えるの?
私の場合、出た題名が手持ちのネタに上手いこと一致して出す場合と、題名にインスパイアされて書き下ろす場合と半々くらいです。
交流掲示板向きの話題ですので以降はあちらで。
No314 真説逆行でGO → No318 → No326 → No333 『姉妹交錯』の蓉子が「言う通りにしてあげて」といって江利子が祐巳を連れ出した後。
祐巳ちゃんが江利子と出て行ってから、聖は私が祐巳ちゃんをここに呼んだことを「勝手なこと」と非難した。
私は栞さんの事があってから、傷ついた聖を元気付けようと頑張ってきたつもりだった。
なのに、何一つ変わっていない、変えることが出来なかった。
あえて栞さんの名前を出してまで私が祐巳ちゃんをここに呼んだ理由を説明したのはこれはチャンスだと思ったからだ。
聖は最初、感情的になっていた。
でも、私の話を聞いているうちに次第に冷静さを取り戻し、今は話を聞こうという姿勢をみせていた。
「……正直、驚いたから」
「何に驚いたって?」
「あなたが福沢祐巳と口走った時。久保栞という名を初めて口にした時と、同じ顔をしていた。身代わりにと考えたわけじゃないの。ただ、あなたにもっと人と関わり合って欲しかっただけよ」
「関わり、ね」
正直、私は聖が栞さん以外の人に興味を持ったことに驚いていた。
これまで聖は私や江利子とその妹達との関わり以外決して持とうとしなかったのだ。
「実際、福沢祐巳ちゃんを見てびっくりしたわ」
「栞になんて似ていないわよ」
私の言葉を先取りするつもりなのか聖は言った。
「もちろん。私があなたが祐巳ちゃんの中に、栞さんの影を見ているなんて思っていない」
「じゃ、何」
「あまりに普通の女の子だったから」
「普通の?」
聖は心外だという顔をした。
聖の目にはそう見えなかったのかもしれないが、私の見た祐巳ちゃんは当人には失礼だが本当に何処にでもいそうな平凡な女の子だった。
この認識はあとで覆されることになるのだが、少なくとも聖の周りにいたどんな人とも違うタイプであることは確かだった。
「普通の女子高生なんて言葉から一番遠いあなたが、平凡を絵に描いたような祐巳ちゃんに興味を持ったってこと」
聖は祐巳ちゃんとなら上手くやっていけるかもしれない。そう思ったのだ。
私のエゴだっていい。聖が救われるのなら。
「これ以上は言わないでおくわ。余計なお節介ってこんどこそ叩かれそうだから」
そう言いながら、私は淡々とカップを片付けテーブルを拭いた。
言いたいことはもう言った。あとは聖が一人で考える番だ。
この後の薔薇の館は聖のために譲ろうと考え、片づけが終わってから私は自分の鞄と江利子の鞄をもって茶色い扉へ向かった。
「蓉子は私が祐巳ちゃんと上手くいけばいいって思っているのね」
背中越しに聖が尋ねてきた。
「ええ」
私は立ち止まって答えた。
「蓉子のそういうところ私は嫌いだわ」
「そうね」
自虐的に笑いながら扉を開けた。
「自分でも好きじゃないんだから」
押し付けがましくお節介なところ。
〜 〜 〜
薔薇の館を出てすぐに江利子に出くわした。
「どうしたの? なんか珍しいわね」
江利子にしては珍しい表情をしていたからついそう尋ねた。
さっき祐巳ちゃんと話していた江利子はちょっとだけ「面白いものを見つけた」表情をしていたんだけど、それとも違う表情だった。
「珍しい?」
「江利子がそんな顔してるなんて」
「どんな顔よ?」
「なんか真剣に考え込んでるように見えたわ」
「そうかも」
「なにか面白いことでも見つけたの?」
江利子が真剣になることって言ったら『面白い』ことに決まっている。
「んー、まあね。ところで祐巳ちゃんてどう?」
微妙にはぐらかしてきた。
こういうとき江利子に訊いても絶対に教えてくれない。
でも、祐巳ちゃんの名前を出しても江利子の目の輝きが失われないのでおそらく彼女がらみのことだを想像できた。
「そうね、あの聖が興味を持った子ってどんな子だろうって思ってたけどなかなか」
「なかなかなによ?」
「今までにないタイプって言ったらいいのかしら」
言ってしまえば何処にでもいそうな平凡なタイプなんだけど、私たちの周りにそういう子はいままでいなかった。
「なるほど。確かにそうね」
「それから、そう、私たち相手にあまり緊張してなかったわね。自然体っていうのかしら」
思い起こしてみて、ちょっとその点は稀有かなと思った。
「ふむ」
「なによ、『納得いった』って顔して」
「そうね、興味深いわよ、あの祐巳って子」
「気に入ったのね?」
「ええ、それはもう。蓉子は?」
「まあ、気に入ったというか、今までにないタイプだから興味はあるわね」
あの子のどのへんが江利子の興味をそそるのか。
聖があの子と上手くいけば、と思っているのであって、自分が彼女に対してどうというのは特になかった。
夏が来るたびに。
私が思い出すのは。
人の世の喧騒の中に、一夜限り舞い降りた。
白き衣の天使さま。
そのお姿。
あの歌声。
でも、もう。
いらっしゃらないのですわね。
「うりゃっ! えへへ、菜々ちゃん捕まえたっ♪ ん〜、ぷにぷにだね〜♪」
「や、やめて下さい紅薔薇さまっ。 た、助けてっ、お姉さまっ」
もう、いらっしゃらないのですわね……。
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由乃さんが異常だ。
「それちょっと待って祐巳さん。 それは慎重に事を運んだ方が良いわよ」
「そ、そう?」
どうしたんだろう。
瞳子ちゃんが故障してる。
「はい♪ 瞳子もお姉さまが大好きなのですわっ」
「あ、うん……」
修理しないと。
後で志摩子さんに相談してみようかな。
「祐巳さん、それで良いのよ? 何も問題ないの」
志摩子さんは「何を言っているの?」って感じの不思議そうな顔。
「え? でも志摩子さん。 なんか私、気味が悪いよ……」
「イケイケの由乃さん」
「へ?」
「ツンデレの瞳子ちゃん」
「な、なに?」
「その二人の人格が矯正されたのだわ。 素敵なことね」
志摩子さんは、まさにマリア様のような慈悲深い微笑みで見つめてきたけど。 これは……。
「そ、そうなんだ……」
ああ、志摩子さんの目が、「逃がさないわ♪」って言ってる……。
「これは『イケイケ・ツンデレ革命』。 それを略した言葉――」
「……」
「それが『IT革命』なのよ?」
志摩子さんは、それはそれは嬉しそうで。 収穫の時の様に。
「薬を盛ったんだね……」
「安心して、祐巳さん。 天然につける薬は無いのだから」
「カツミさん!」
『はい?』
誰かの呼ぶ声に、振り向いた克美。しかし、呼んだであろう人物は、笑顔で手を振りながら、そのまま廊下の影に消えていった。
『なんだ、人違いか…』
気のせいか、すぐ近くで、違う声音の同じセリフが聞こえる。
はてな?と思いつつ声の方を見やると、顔は知っているけど、名前は知らない恐らくは同級生が、同じようにこちらを見ていた。
『えーと…』
再び声が揃い、見詰め合う二人。
『………』
無言のまま、しばしの時間が過ぎる。
「失礼ですけど…、あなたも克美さん?」
「ええ。そうおっしゃるあなたも克美さんね」
「知ってらっしゃるの?」
「学年トップファイブ常連、内藤克美さんを知らない方がおかしいと思いません?」
「有名だと思ったことは、一度もないんですけれど」
「それでも、何かに秀でている人は、自然と名を知られるものよ」
そんなものなのだろうか。
でも確かに、ライバルに当たる成績優秀者の名前は知っているものだし、クラブ等で活躍している生徒は、学園内ではよく知られているのも事実。
特に山百合会関係者は注目度が高いせいか、その本質はほとんど知られていなくても、薔薇さま、あるいはその姉妹というだけで、知らないものはいないぐらいだ。
「なるほど。おっしゃる通りね、えーと…」
「佐々木です。佐々木克美」
「と言う事は、佐々木克美さんと内藤克美、そして先程誰かさんが呼んでいたカツミさんとで、高等部には最低3人はカツミがいると言う事ね」
「そうね、何年生なのか分からないのが残念だけど、出来れば三年生であって欲しいわ」
謎のカツミがいたらしい廊下の角を見ながら、何故か楽しそうな佐々木克美だった。
「ではごきげんよう克美さん」
「ええ、ごきげんよう克美さん」
再び見詰め合った二人は、どちらともなくクスクスと笑い出した。
「それでは」
「ええ」
そのまま二人は、微笑を浮かべて、渡り廊下の向こうとこちら、それぞれの方向へ歩き出した。
ほんの数分の珍しい経験。
でもそれは、高校生活勉強一本だった内藤克美の心に、遅まきながら学園での楽しさに対する自覚を芽生えさせていた。
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「うーん、すごいツルツル」
「そんなにすごいかしら、乃梨子?」
「うん、とっても綺麗」
「乃梨子、そんなに見つめたら・・・」
「でも、綺麗なんだもの」
「ねぇ、志摩子さん。触っちゃ駄目?」
「え?!それは・・・」
「いいでしょ?ねぇ、志摩子さぁん」
「そ、そうね」
「お父さま、よろしいですか?」
「はっはっは、かまわないよ」
「すみません、おじさま。わぁ、ツルツルで気持ち良い。
色んなお寺で御坊さまにお会いしてますけど、おじさまの頭の形が良いので、格別ですね」
「若い子に褒めてもらえると気持ちが良いな、はっはっはっは」
おわれ
『がちゃSレイニー』
† † †
朝、祐巳は自分のいつもより早くに家を出る。
『まずは作戦の第一段階よね』
駅のバス停前で、昨日のうちに連絡しておいた三人を見つけ、笑顔で手を振る。
「藍子ちゃん、のぞみちゃん、千草ちゃん。ごきげんよう」
「「「祐巳さま! ごきげんよう」」」
「ごめんね、こんなに朝早くから」
「いえっ。妹にはなれませんが、祐巳さまのためならがんばります!!」
藍子ちゃんは相変わらず元気。他の二人も頷いてくれている。
「お休みされていると聞いて、心配していました」
「事情もそれとはなく噂になっていましたし」
ありがたい限りだ、私なんかのために心配してくれる下級生が居る。嬉しい。
「心配してくれてありがとう。ちょっと熱が出てて休んでいたのだけれど、私はもう大丈夫だよ。それよりも……詳しい話はバスの中で話しましょう」
「そうですね」
そう言ってから、丁度やって来たバスに四人で乗り込んだ。
「まず学園内の現状を把握しておきたいの。山百合会関連で流れている噂を教えてほしいわ」
「はい、では有名どころから……」
三人は、真偽はともかく現在流れている噂を教えてくれた。
一番知っていそうな、蔦子さんや真美さんに聞いても良いのだけれど、
瞳子ちゃんのこともあるので、一年生の間で流れている噂を収集したいのだ。そしてその噂を利用する。
リリアンかわら版では文書として残るので、現段階では避けたい。
〜 〜 〜
第一の噂、紅薔薇のつぼみの妹候補。
瞳子ちゃんに反感を持っている人たちが本当に居るのだ。そして祐巳にも。
原因は梅雨の時期。雨の校門で祐巳が濡れ鼠になっていたのと、瞳子ちゃんの言動らしい。
祐巳は青い傘が戻って薔薇の館に復帰した頃には、もう気にしていなかったけれど。
まぁあれだけ目立つ所で言い合いしたんだから当たり前か、腹式呼吸バッチリだよ瞳子ちゃん。
第二の噂、白薔薇革命。
志摩子さんは、乃梨子ちゃんからロザリオを返されたと言う噂。
だけどそれは今、瞳子ちゃんのもとにある。志摩子さんが瞳子ちゃんに渡した、と言っていた。
その時に祐巳は気を失ったのだ。保健室で由乃さんから聞いた多姉多妹制も衝撃だった。
第三の噂、紅白抗争。
新たな白薔薇のつぼみは紅薔薇のつぼみの妹候補、松平瞳子嬢と言う噂。
瞳子ちゃんは自分の意志でロザリオを受け取ったのだ。それは瞳子ちゃんが見つけた答えなのかもしれない。
ロザリオの授受は姉から妹へ代々と繋がる連鎖。導く相手として妹とする証として下級生に渡すのだ。
姉からのロザリオを手放したくない時は、新たに入手して妹に渡す。受け継いでほしい時には、姉からのロザリオを渡す。
だからロザリオ自体には何の意味もない、授受をする気持ちを込めたその行為、そのものに意味があるのだと思うんだ。
私は白薔薇姉妹の姉妹の関係、そのロザリオに対する考えを理解できないし、
理解できたとしても、それを自分に押し付ける事はできない。自分が一番良いと思える答えを見つけるだけだ。
皆は勘違いをしているみたいだけど、あの現場には、祐巳と瞳子ちゃんと乃梨子ちゃんの三人しか居なかったのだ。
あの時、瞳子ちゃんは祐巳に『妹にしてもいいくらいに好き、ですか』と聞いたが、祐巳のことを好きだとは言ってくれてない。
祐巳は瞳子ちゃんを『大好きだ』と答えた。でも姉として祥子さまの代わりにはなれないと、勘違いした。だから、はっきりと返事をしていない。
私は他の誰も関与しない、瞳子ちゃんだけに対する気持ちを全部伝えたい。
瞳子ちゃんから、他の誰も関与しない祐巳だけに対する気持ちを聞きたい。
逃がさない。最後まで話すんだ。それが例えどのような結果であっても、しっかりと受け止める。
今度は間違いなく瞳子ちゃんの言葉を信じたい。私の中の、幻の瞳子ちゃんを吹き飛ばすくらいの、衝撃がほしいのだ。だから私はその舞台を用意する。大事になりそうだ。
(生活指導室に呼び出されるのは、ちょっと嫌かな)
〜 〜 〜
「なるほど。大体掴めたわ」
「いえ」
「教えてくれてありがとう。じゃあ本題に入るわね。あと藍子ちゃんには言ったけれど、この話はトップシークレット。状況が整理できるまで……そうね、リリアンかわら版に事の顛末が載るまでかな。他の誰にも話してはダメよ。守れる?」
そう。藍子ちゃんに電話をして、姉の居ない仲の良い一年を集めてもらったのだ。
あの茶話会がきっかけで、三人は友達になったのだろうか? よくわからないけれど。
「「はい」」
「自信はありませんが、私も頑張ります」
のぞみちゃんがそう言って苦笑い。大丈夫かな?
「今日中に終わらせるから大丈夫だと思う。これから話す事は私の今の状況と計画なの。今だけそれに協力してもらいたいの」
「わかりました」
祐巳は少しずつ話す。瞳子ちゃんが好きだと言う事。妹にしたいと伝えたい事。それには舞台が必要だという事。そのためのきっかけを、三人に手伝ってもらう事を話していった。
三人はかなり驚いていたが「祐巳さまにその覚悟がおありなら、私たちは手伝います」と笑顔で言ってくれた。
〜 〜 〜
「ごきげんよう、祐巳さん。遅かったわね?」
「ごきげんよう。うん、ちょっとね。桂さんは?」
「朝練の途中で呼び出したから、もうすぐ来ると思うわよ。で、準備はどう? 抜かりは無いわね」
由乃さんには今朝早くに協力を取り付けていた。そして桂さんにも。
他には、可南子ちゃんにも今日は瞳子ちゃんを逃がさないように、とだけ話を通してある。
祥子さまや令さまには内緒だ。もちろん白薔薇姉妹にも。
三年のお姉さま方には関係ない。これは私たちの問題なんだ。
瞳子ちゃんが好きで、それで妹にしたいのだと言うと、電話の向こうでなぜか妙にハイテンションだった。
暴走中なのがちょっと怖いけれど、今はあのイケイケ青信号が頼もしく見えるよ。
「うん、計画はバッチリだよ。後は前進、正攻法あるのみ」
「それまでポカしないでよ? それに、祐巳さんは大事な所で顔に出るから」
「多分大丈夫だと思う、後は何も考えてないから。あはは」
「ふぅ、まったく……まぁいいか、こちらの方が私向きで楽しいし」
「何? 由乃さん??」
「ん、なんでもない、こっちの話」
「変な由乃さん」
「ふふふ」
祐巳はその時が来るまで新聞部から逃げ回る。頑張るだけだ。
そうして祐巳は朝早く登校したにもかかわらず、なぜか朝拝ギリギリの時間に教室に入ってきた。
祐巳が熱にうなされながらこねくり回した大作戦が発動されたのである。
† † †
同朝、勝負に出るために乃梨子と打ち合わせをして意気揚揚と登校した時、すでに白薔薇姉妹の予想を遥かに越える事態になっていた。
『白薔薇さまが多姉多妹制を提案し、祐巳の妹候補であった松平瞳子嬢を二人目の妹にしたのだ』という、事実だけを述べた、かわら版号外が出回っていた。
その話題の中心人物である二人に視線と質問が集まる。
「ああ、なんてことを」
「しっ志摩子さん!」
片手で頭を抱え崩れ落ちる志摩子さんを、慌てて支える乃梨子。あぁ美しい姉妹愛と普段なら苦笑いなのだが、これはあんまりだ。
それよりも乃梨子が受けた一番の衝撃は、『紅薔薇のつぼみも“何人かの妹”を持った』と言う噂がそこかしこで囁かれている現実だった。
「由乃。」
「なあに?」
「キスしていい?」
「えっ…?」
「(ちゅっ)キスしちゃった。」
「ばか…〃」
「もう一回していい?」
「何度でもどうぞ?」
「それじゃあ遠慮なく…(ディープキス)」
「…〃(顔真っ赤にして俯く)」
「顔真っ赤にしてる由乃も可愛い。」
「あなたったら…」
「それに由乃の唇はいつも柔らかいね。」
以下お好きなようにどうぞ。ちなみに相手は勿論祐麒です。
「瞳子ちゃーんっ♪」
「きゃぁ?!ちょっ、祐巳さま止めてください!セクハラですわ!」
「ぷにぷに〜。ふにふに〜。瞳子ちゃんはやっぱ気持ちいいなぁ♪」
「人の話を……やっ、やめて……やめてください……そんなところをぉ……」
「ふふ、ここか?ここがええんか?げへげへげへ♪」
「あふんっ……くぅぅっ!止めてくださいって言ってるじゃないですかぁ!この、このっ……バカぁ!ド変態!!セクハラ大王!!!」
「……と、瞳子、ちゃん…………」
「はっ……い、言いすぎだなんて思いませんから……ゆ、祐巳さまがいけないのですわ!と、瞳子が嫌がることばっかりなさるからぁ……!!」
「それ、いい……」「へ?」
「もっと言って、瞳子ちゃん……もっと私を叱って」
「祐巳さま……?」
「もっと……罵ってぇ」
「い、いや……」
「はぁはぁ、もっと〜!瞳子ちゃん、お願いだよ〜〜〜!!もっともっと口汚く〜〜!!!」
「いやあああああああああ!?!?」
祐巳、覚醒……
No.545 『乃梨子、逆行すれば』
> 書かれないんですか・・・・それは残念。
> 続けてみませんか?
続けるとこうなりますが……。
「いかがかしら?」
「え? あ、ごめんなさい、今日はちょっと用事があって」
一緒に聖書を学びましょうという敦子さんのお誘いを断わったんだけど、今回は前回と違い本当に用事があった。
「せっかく誘ってくださったのに、ごめんなさい。ごきげんよう」
私は鞄を抱えて、教室を飛び出した。ぐずぐずしていていられない。
そうなのだ、今日のために、すぐにでにも会いたいのを我慢して前と同じ行動をしてきたのだ。
志摩子さんと出会える今日という日のために!
(さてと)
学園の敷地を歩きながら前回のこの日のことを思い出していた。
神々しい、神社のご神木のように気高く美しい桜。
入学式の日に五分咲きのそれを見て心引かれてまた今日という日に見に行った。
確かあの時は……
講堂に向かって小走りに駆け出した。
桜の木々が、次第に銀杏の木に取って代わる。
講堂の壁まで来て薄紅色の小さな花びらが落ちているのを見る。
(もうすこし……)
建物の角を曲がる。足下の花びらはどんどん増えていく。
次の角を曲がったところでその光景が見えるはずだ。
前回も見た角からはみ出した一枝が目に入った。
(……そこだ!)
あのときのマリア様のような志摩子さんの姿がそこに……
「あ! 乃梨子ちゃんだ。ごきげんよう」
……なかった。
「ゆ、祐巳さま……」
そこでは何故か祐巳さまがニコニコと微笑んでいた。
(な、なんで……)
全身の力が抜けた。
志摩子さんは祐巳さまの後から不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「祐巳さん、お知りあい?」
志摩子さんは祐巳さまにそう言った。
(……あ、あれ? なにか違和感が)
「え……、あ!」
祐巳さまは口に手を当てて「しまった」って顔をした。
「あ!」
同時に私も。
だって、祐巳さまに会うのは初めてのはずなのに。
私が思わず祐巳さまの名前を言ってしまったのだけど、その前にどうして「乃梨子ちゃん」って私を呼ぶの?
これじゃまるで戻る前の……ってまさか?
「祐巳さん?」
祐巳さまの様子に志摩子さんが首をかしげてる。
「そ、そうなのよ、ちょっと前に知り合っちゃって」
取り繕うように祐巳さまは志摩子さんにそう言った。
「あの時は、お世話になりました」
と、話をあわせつつ、私は疑いの視線で牽制するのを忘れない。
「ど、どういたしまして」
「あ、はじめまして。祐巳さまのお友達の方ですよね」
思い切りびびってる祐巳さまはおいといて、志摩子さんに挨拶した。
もしかしたら志摩子さんもかと思ったけどさっきの台詞からしてそれはない。
だとしたらちゃんと挨拶しないと。初対面の印象は大事だし。
「あら、はじめまして。藤堂志摩子です」
包み込むような優しいマリアさまのような微笑みで志摩子さんはそう言った。
その光景に心を奪われた。
背景に舞い散る桜。
輝くような志摩子さんの笑顔。
そのとき、私の視界にはその二つしかなかった。
なんか志摩子さん前のときよりパワーアップしてるよ?
「……忘れてしまったかしら?」
「乃梨子ちゃん?」
「え?」
気が付くと祐巳さまが横から私の顔を覗き込んでいた。
なにを? と思っていたら祐巳さまが言った。
「『言葉』を忘れちゃったのかなって」
「あ、いえ、私、二条乃梨子です」
「よろしくね」
「あ、はい」
祐巳さまに邪魔されてしまったわけだけど、そこには微笑む志摩子さんの顔を見ながら「こんな出会いも良いかな」なんて思っている私がいた。
「祐巳さま」
「な、なに?」
じとっ、と睨んでたと思う。だって怒ってたから。
「あとでお話が」
「う、うん、わかったよ」
〜 〜 〜
「『この桜も見頃は今日まで。一人で鑑賞するにはもったいなかったから、お客様が増えてよかったわ』」
「あの?」
ここは古い温室。
前回と違って祐巳さまも一緒だったけど、会議があるといって志摩子さんが行ってしまうまで心ゆくまで桜を堪能して、そのあとだ。
「『あの、毎日いらっしゃるんですか』『ええ。桜が咲いてからはだいたい。この木に誘われて』『誘われる?』『そう、誘われるの。あなたも誘われてきたのではないかしら?』」
「乃梨子ちゃん?」
「『どの桜もきれいだわ……でも、この木のように特別に引き付けられることはないの』」
「おーい」
「『どうしてなのかしらね』『独りきりなのに、こんなにきれいに咲けるから……?』『そうね。……本当に。あなたの言うとおりだわ』」
「帰ってきてー」
「祐巳さま」
「え!?」
祐巳さまのせいで失われた志摩子さんとの会話の再現をひとしきり堪能した後、私は祐巳さまに向き直った。
「いえ、あえて言います福沢祐巳」
びしっと祐巳さまに人差し指を向ける。
「いきなりフルネーム? しかも呼び捨て!?」
「あなたも未来から戻った。そうですね」
「う、うん」
「私はやり直しなんて必要なかった。なのに気が付いたら受験前。そう、約一年弱巻き戻っていた」
「そうだったんだ。私は二年生のクリスマスから高等部の入学式だったよ」
「え? じゃあ始点は同じなんですね」
「そうだよ。なんか奇遇だねっていうのも変だけど」
「その時間に何かあるのかな……って違います! 私が言いたいのは」
危ない危ない、祐巳さまのペースに巻き込まれるところだった。
「なにかな?」
「どうしてあそこに祐巳さまが居たんですか!」
「えっと……」
「この出会いのためにこの数ヶ月、会おうと思えば幽快の弥勒像を観にいくとかなんとか、いくらでも理由付けられたのにそれを我慢して……」
「行けばよかったのに」
のんきな祐巳さま、あなたには悩みってものがないみたいですね。
「いいえ! 私は未来を変えようなんて思いません。だから退屈なのを我慢して前とまったく同じ行動をしてきたっていうのに」
「そうだったんだー」
なんですか、その「無駄なことしてたねー」みたいな表情は。
祐巳さまは私が志摩子さんとの時間をどれほど大切に思っているか全然判っていませんね。
「いいですか、もうこれ以上未来を変えるような行動は慎んでください」
そうだ、まだ遅くない。
ちょっと違っちゃったけどさっき志摩子さんとだって似たような会話ができたし。
そのとき、祐巳さまは手を合わせて申し訳なさそうにこう言った。
「ごめん、乃梨子ちゃん。それ手おくれ」
「は?」
手おくれって?
「志摩子さん、いま別に落ち込んでないし、寂しそうにしてもいないんだ」
「そ、それって、どういうことですか?」
この時期は前の白薔薇さまが卒業されて志摩子さんは不安定になっていた時期のはず。
だから私がその心を埋める存在として登場して……、あのマリア祭は悔しかったけど未来のために甘んじてだまされようとまで思っていたのに、それが手おくれっていったい?
「なんか入学してすぐ志摩子さんに声をかけたらそのあとが全然変わっちゃって……」
「なっ……」
あはははと頭をカキカキ愛想笑いする祐巳さまに私は……
「なんて事をしてくれたんですかーーーーー!!」
夕暮れの古い温室に私の悲痛な叫びが響き渡ったのだった。
※この記事は削除されました。
乃梨子です。
私は皆さんに警告したいと思います。
皆さんは志摩子さんが一人いたらあと三十人とか、一人が二人、二人が四人、四人が八人、そして一ヶ月で80億とか無責任に仰っているようですが、ちなみに正確には三十一日で二十一億四千七百四十八万三千六百四十八人ですが。
細かい数字のことはどうでもいいのです。
でも、そんな事が実際起こったら大変な悲劇が待っています。
まさかそんな、なんて笑っているそこのあなた。私の恐ろしい話を聞いてごらんなさい。
きっと笑っていられなくなるに違いないから。
〜 〜 〜
ここは薔薇の館。
今日は乃梨子が一番のりでサロンに来て、テーブルを拭いたり流しを片付けたりしていた。
あらかた片付けが終わり、そろそろ誰か来ないかなと思っていたら、早速、階段を上る複数の足音が聞こえてきた。
志摩子さんと、あと誰かなと思った。
このところ、階段を上る足音の区別ができるようになってきた乃梨子だが、まだ百発百中というわけにはいかなかった。
やがて茶色い扉が開いて、予想通り志摩子さんが姿をあらわした。
「ごきげんよう」
と、挨拶をする乃梨子に笑顔で答える志摩子さんだったが、その後ろから姿をあらわした人を見て乃梨子は固まった。
「ごきげんよう」とお二人そろって挨拶を返してきたのは両方とも志摩子さんだったのだ。
二人でそろって、マリア様のように微笑まれた時は、もう乃梨子は意思を手放すしかなかった。
乃梨子が志摩子さんの膝の上で意識を取り戻した時、祐巳さまと由乃さまが既に来ていて志摩子さんの片割れと一緒に対策会議をしているところだった。
結局、原因なんてわかるはずも無く、今日のところは一方が薔薇の館で過ごしてもらうってことになったのだ。
そして翌日。
また一番のりでサロンに来た乃梨子は四人の志摩子さんを見た。
乃梨子は倒れそうになったのだけど、気絶する前に抱きとめられて「お願いだから気絶しないで」といわれた。
志摩子さんに囲まれて幸せだったのは乃梨子だけの秘密だ。
対策会議を開くも何も三人の志摩子さんにはここにいてもらうしかないのだけど、そのときちょっとしたことが発覚した。
「え? じゃあ、どの志摩子さんが増えたって判るの?」
「ええ、外見は同じなのだけど記憶に残ってるのよ。私は1番目に増えたって」
なんと、最初からいた志摩子さん以外は自分がオリジナルじゃないって自覚しているんだそうだ。
そういえば昨日もどちらが残るかって何も問題なく決定してたっけ。
「でも、と言うことは明日は八人に増えるのかしら?」
「ええっ!?」
「ちょっと考えたくないわね。それだと三十日で十億を超えるわよ」
令さま、一瞬で計算しらしい。由乃さまがちょっと驚いてる。
「志摩子で人類滅亡?」
「そんな生易しいものじゃないわよ。3〜4ヶ月で地球は重力崩壊を起してブラックホールになるわ」
「太陽系滅亡!?」
そんな非常識な。
祥子さまのありえない話を志摩子さんたちは神妙に聞いていた。
その日の放課後。
薔薇の館に残っていた三人の志摩子さんのうち二人が居なくなっていた。
残っていた一人に聞くと居なくなったのは今日増えた二人だった。
ちょっと出かけてくると言って部屋を出たきりまだ帰ってないのだそうだ。
「お腹が空けば帰ってくると思うよ」
「祐巳さま犬や猫じゃないんですよ?」
「でも家を知らないわけではないから」
結局、出て行った二人も志摩子さんなのだから遅くなったのなら家に帰るだろうってことで、解散となった。
ところが。
深夜、祥子さまから連絡が入った。
何故、祥子さまが? って思ったけど、何でも小笠原でひそかに志摩子さん達の行方を探っていたとか。
「貴方には伝えておかないといけないと思って電話したのよ」
「なんですか?」
「落ち着いてよく聞いて。志摩子の遺体が見つかったわ」
「ええ!?」
急転直下の展開に乃梨子は驚愕した。
今朝の話を聞いて自殺したのだろうか。
祥子さまは責任を感じているらしく、ひどく落ち込んでおられるようだった。
こんな事態の中とはいえ、人が死んだことはとてもショックだった。
と同時に、こんな事態になったことに非常な怒りを覚える乃梨子だった。
三日目。
志摩子さんはまた四人だった。
祥子さまによると遺体は増えなかったそうだ。
というか朝には消えてしまっていたとか。
本当は志摩子さんの遺体はそれを確認した後、秘密裏に埋葬することになっていたと言っていた。
その話を聞いて、なにか思いつめたような顔をした志摩子さんに乃梨子は抱きついた。
「志摩子さん!」
「どうしたの?」
「変なこと考えないで! 私、志摩子さんがいなくなるなんて絶対いや!」
「あの……」
見ると、残りの3人はそれぞれ祥子さま、令さま、祐巳さんが抱きつくようにして取り押さえていた。
「離して下さい、別に逃げたりしませんから」
そういったのは2番目のつまり最初に増えた志摩子さん。
乃梨子はあまり嬉しく無いんだけど見て区別が出来るようになっていた。
「でも放っておけばまた増えるわ」
「だからって死ぬなんて選択は駄目!」
「でもそれ以外道は見つかってないわ」
「絶対駄目! 志摩子さんが自殺するんなら私も死ぬ!」
「乃梨子……」
「そうね。私は志摩子が死ぬくらいなら一緒に生きてみんなで滅亡する方を選ぶわ」
祥子さまがそう言った。
「私もだよ!」
「そうね。私も。同じ意見だわ」
結局そこにいた全員が同意した。
それに本当にそうなるかなんて誰にもわからないのだ。
四日目。
志摩子さんは六人だった。
「え?」
「二人足りなくない?」
「いいえ、誰か出て行った形跡はありません」
「ちょっとまって。昨日志摩子たち一緒の部屋で寝たの? 狭くなかった?」
「はい。数日前から家の工事の関係でお部屋が使えなくなっていて、使っていなかった大部屋に移っているので」
五日目。
志摩子さんは九人。
「変ね。2倍2倍じゃないとすると……」
「明日は何人になるのかしら?」
「あの……」
覚悟を決めたら別な方向に興味が行ったようだ。
そして六日目。週末である。
志摩子さんは一人で学校に来た。
「志摩子さん!?」
「みんなは?」
「いなくなったわ」
「どうして?」
そんな、今日は何人になるか予想を立ててみんなで賭けをしてたのに。
いや、そういう問題じゃないのだけど。
「昨日、家の改修が終わって元の部屋に戻ったのよ。でも、もとの部屋は狭いから私以外は客間で寝てもらったの。そうしたら」
「まさか……集団自殺?」
「いいえ、昨日の晩から朝にかけて志摩子が家から出たって報告は貰ってないわよ」
祥子さまが言った。
あれから小笠原のSPが志摩子さんたちをひそかに監視していたのだ。
「じゃあ、消えちゃったってこと?」
「私が思うに、あのお部屋になにかあるのかも知れないと思うの」
「お部屋って、昨日言ってた大部屋?」
「ええ、私が増えている間はずっと、増えた私も含めて全員あの部屋で寝ていたし」
「というか、そういうことには早く気づこうよ」
結局その大部屋は封印されることになったのだが。
志摩子さんはこんなことを言っていた。
「でも次は何人になったのか気になるわ」
〜 〜 〜
乃梨子です。
どうです。笑っていられなくなったでしょう?
あのまま増えていたら六日目、七日目には志摩子さんがいったい何人になっていたのか。
私は気になって夜も眠れません。
ただでさえ能面とか仏頂面とか言われてるのにこのままだとますます表情がなくなって友達がいなくなってしまうに違いありません。
なんて恐ろしいのでしょう。
「私は『レズ』って言葉嫌いだわ」
「由乃さん、いきなりなあに?」
ここは薔薇の館。
仕事に飽きたのか由乃さんが手を休めて祐巳に向かってそんな話題を振ってきた。
「だって『レズる』とか、なんか汚らわしい行為そのものを指してるでしょ?」
「そ、そうなのかな」
というか祐巳にはそのへんの知識があまりないから良くわからなかった。
「なんていうのかしら心がないっていうか、そう『愛』よ! 『愛』が感じられないのよ!」
こぶしを握り締めて力説する由乃さん。
「でもね、『レズ』って言葉自体は『レズビアン』の略で女性の同性愛者をあらわしてるのだから『愛がない』っていう定義は成り立たないと思うのだけど」
向うで書類を読んでいたはずの令さまが口をはさんだ。
聞いていたようだ。
「なによ、じゃあ令ちゃんは『支倉令が由乃とレズる』とか言われて汚らわしい場面を想像しないのね?」
「えっ、いやそんな……」
令さま顔が真っ赤になった。
なんか判りやすいというか、令さまでもそういう想像するんだ。
「するんだ。私とそんなこと……」
あ、由乃さんも自滅した。
「あ、べ、別に『するんだ』って想像のことよ? そんなこと令ちゃんと『する』なんて」
「もう良いよ、由乃さん。墓穴掘らないで」
あーあ、黄薔薇姉妹これじゃしばらく使えないな。
でもそうか。レズってそういう意味なのか。
たしかに由乃さんのいうとおり、『レズる』って言い方はあまりいい語感がしないなと思った。
「そうね、確かに『レズる』っていう言い方は感心しないわね」
こういうことには敏感な祥子さまが話題に乗ってきた。
祐巳と同じ意見なのでうれしくなる。
「そうですね。それだと当事者ではなく見る側のエゴが感じられて由乃さまが最初に言ったような意味に取れる気がします」
乃梨子ちゃんまで。
こうなると仕事は止まってしまうんだよね。
志摩子さんだけなんか黙々と手を動かしているけど。
「祥子さま」
あ、さすが志摩子さん。こういうときのストッパー役として頼りになる。
「それは使う人の意図次第ではないですか?」
おっと。
志摩子さんも乗ってきちゃった。
「あら、どういうことかしら?」
ちょっと語調きつく祥子さま。
嫌いなものは嫌い。そんな祥子さまは志摩子さんに対してだって容赦はない。
「たとえば私が乃梨子に『あなたとレズりたいわ』って言ったとします」
「ししししし、志摩子しゃんっ!?」
お、今度は白薔薇姉妹だ。
乃梨子ちゃん真っ赤になって。
この話題は爆弾だなぁ。
「確かにそれなら……」
あれ、祥子さま。何を考えてらっしゃるのか、眉を下げて思いをめぐらせているご様子。
「祐巳」
「はい?」
「あなた、私とレズりたいかしら?」
「どどどどどど」
「祐巳?」
「どーしてそのようなことをお聞きになられられるのですか?」
「敬語がおかしくてよ祐巳」
いきなりっ。
どーして、平然とした顔で、そういうこと言われますかっ。
祥子さまのちょっとした一言で舞い上がったり落ち込んだりする祐巳だけど、今回のは爆弾っ!
「それに顔がトマトみたいよ?」
知識がないとはいえゼロではないわけで、そのなけなしの知識に自分と祥子さまを当てはめたりしたらその破壊力といったらもう。
「ちょっと祐巳!?」
祐巳の意識はそこで途切れた。
後日、『レズる』という言葉は薔薇の館で禁止用語となったとか。
「しゃーせんよう」
「しゃーせんよう」
まろやかな潮の挨拶が、詰み切った時空にこだマッスル。
マリオ様のお鹿に集う乙女たちが、今日も大使のような無難な寝顔で、値の高い関をぐぐり抜けていく。
疲れを知らない刺身を包むのは、熱い色の制服。
ヌカートのプリッツは札さないように、白いソーラーカーは翻らせないように、じっくりと歩くのがここでのたくらみ。もちろん、即刻ギタギタで走り去るなどといった、しかたない生徒など生存していようはずもない。
私立ウリィィィ!アン女学園。
明日三十四円倒立のこの学園は、もとは家族の冷蔵のためにちくられたという、伝統あるパトリック系和尚さま学校である。
小京都か。武蔵丸の面立を未だに残している綱の多いこの地下で、坤に見守られ、幻誰合から太字までの金冠日食が憑けられる乙葉の国。
お代は移り変わり、称号が稔侍から三口も攻まった平城の今田でさえ、十八番通い続ければ密室育ちの所得倍増和尚さまが肝入りで出納される、という仕込みが未だ残っている身重な学園である。
彼女――、副澤裕己もそんな平凡な和尚さまのーへだった。
腹さわぎの月曜目
「知ってはならないことってあるわよね?」
お姉さまが、歪んだ笑みを浮かべて私に言った。
「あなたが選んだ妹…」
「桂がいったいどうしたとおっしゃるのですか?」
詰め寄る私。
私自身になら、何を言われようと、何をされようと構わない。
だけど、可愛い妹に対しては、例えお姉さまであっても、一切余計な手出しはさせない。
それは、姉としての最低限の義務だから。
「あなたの妹…、桂ちゃんは良い娘よ。ええ、とっても…」
「ですから、桂がいったい…」
「お忘れなさい」
その一言で、私の身体が凍りつく。
「く…、お、お姉、さま…」
「もちろん、桂ちゃんを忘れろと言っているのではないわ」
「で、では…な、何を…」
桂のため、私は必死に抗った。
でも…。
「お忘れなさい」
お姉さまに瞳を覗き込まれた私は、斑に色づいた意識の中で、静かに途絶えてしまった。
「お姉さま!」
恐らく私を呼ぶ、聞きなれた声。
「う…ん」
「お姉さま!」
「んー、あ…桂?」
「大丈夫ですか?」
「あー、うん、大丈夫」
ハの字に下げた眉の桂は、心配そうな表情をしていた。
そんな顔も可愛いわよ。
「ごめんなさい。心配かけたわね」
私の言葉に、両手の握り拳を胸元において、ふるふると首を振る桂。
「さぁ、それじゃあ練習に付き合ってくれるかしら」
「ハイ!」
いつものように元気な返事の桂の肩を抱いて、コートに出る私。
良い妹を持てて良かったわ。
一年桃組テニス部所属、私の妹、えーと、桂。
えーと…。
あれ?
【No:505】 → No530 → No548 → No554 → 【No:557】→ これ
志摩子さんの呼び出しの件が終わった生活指導室で。
「乃梨子さん、困ってませんか?」
学年主任が出て行ったあと、ドアの外を覗き見ていた乃梨子に桜さんが言った。
ちなみに生活指導の先生はまだビデオデッキを片付けている。
「え?」と乃梨子が振り向くと桜さんは続けた。
「志摩子さんと朝姫って似すぎてるから。このまま出て行くと妙な噂が広がっちゃてお互いに迷惑とか考えてない?」
なんで判るかな。本当に桜さんって侮れない。
当の志摩子さんと朝姫さんは並んで立ってちらちらとお互いを見てるんだけど、こうして並んでいるのを見ると本当によく似ている。
まあ、流石に並べてみれば違いがわかるけど。
体格も身長も同じくらい。でも朝姫さんの方がちょっと小さくみえるのは痩せてるからだ。痩せてるっていっても志摩子さんが太ってるっていうわけじゃなくて、朝姫さんが痩せすぎって感じ。もしかしてダイエットしてるのかな。
「というか新聞部が待ち構えてるの」
「あらら」
「ノーコメントで通り抜けても顔は見れば判るから」
あのビデオ。他校のそっくりさん。生活指導室。三つのお題じゃないけど容易に記事が想像できてしまう。こんなことくらいで問題にされること自体腹立たしいのに、わざわざ協力してくれた朝姫さんをさらし者にするなんて絶対してはいけないことなのだ。
ドアの外は先生が出てきたときに散ったのかドアに張り付いてる生徒は居なかったもののまだ遠巻きに相当数のギャラリーが確認できた。
「朝姫、変装しな」
椅子に座たままそっくりコンビを観察していた春子さんが言った。
「えー」
「髪、縛って渋い顔してれば多分大丈夫だ」
「渋い顔ってなによ」
「ほら、かつあげするときの悪人の目つき」
なに?
不穏な単語を聞いたぞ。
「乃梨子さんがびっくりしてるじゃない。べつに本当にしてるんじゃないのよ」
「朝姫の一発芸なの」
なんだ。一瞬、外の高校だから裏でそういうことしてても不思議じゃない、なんて思ってしまった。K女はそんな廃れていないらしい。
結局その案を採用した。
朝姫さんは髪を後ろで縛ってオールバックにし、マスクをして(桜さんが持ってた)そして目は『悪人の目つき』をしてもらって、全員で速やかに薔薇の館に移動とあいなった。
新聞部には「今はお客さまが来てるから」と言って引き下がってもらった。これなら記事もかけまい。
「素敵な生徒会室ですね」
「流石、お嬢様学校」
「建物ひとつとは恐れ入ったわ」
順に朝姫さん、春子さん、桜さんの薔薇の館を見たコメントである。
薔薇の館には誰も居なかった。
志摩子さんに聞くと由乃さまと令さまは部活、祐巳さまと祥子さまは委員会の会合に出席してそのまま帰宅するとか。
三人を二階の会議室に招いて紅茶を振舞った。
「姉妹制度と薔薇さまとつぼみについてもう一度お話したほうが良いですか?」
「そうね、いろいろあって忘れてると思うからお願いするわ」
そのへんのリリアン特有の制度の話は生活指導室へ行く前に概略を話していたのだけど、乃梨子は改めて説明をした。
薔薇さまとつぼみについて説明が終わったところで桜さんが言った。
「あれ、でも乃梨子さん一年生よね? えっと、『白薔薇さまのつぼみの妹』じゃないの?」
「あ、それは実はですね……」
お三方はなれない雰囲気なのかちょっと畏まっていたけど、乃梨子が志摩子の妹で『白薔薇のつぼみ』であることを話すと、興味を持っていろいろと質問してきた。
乃梨子は先代の白薔薇さまが当時一年生だった志摩子さんを妹にしたことや、そのため今の薔薇様が一人だけ二年生で、自分が一年生なのにつぼみになってしまったことなどを話した。
「……なるほど、ドラマがあるのね。興味深いわ」
概ね、K女の方々との交流はよくできたと思う。まあ、リリアン側が志摩子さんと乃梨子だけなので、個人的な集まりの感が否めないけど、非公式だしファーストコンタクトとしてはこんなものだと思う。
乃梨子としてはもう少し、志摩子さんと朝姫さんでお話して欲しいと思ったんだけど、結局、生徒会長の桜さんと乃梨子の会話ばかりで志摩子さんは相槌だけ、朝姫さんもちょっと乃梨子に質問しただけで直接の会話は全然しなかった。
桜さんはリリアンが気に入ったらしく、あとで正式に申し入れをすると言っていた。
そして、ほかの薔薇さまによろしくということで今日のところはお開きとなった。
(つづき【No:583】)
がちゃSレイニーシリーズ。空白の3日間編もういっちょ。【No:555】の続き。
祥子は頭を抱えたい気分だった。
本来この件は、祐巳と瞳子ちゃんをなんとかするという主旨だった。薔薇の館のメンバー全体の合意の上で(もちろん祐巳は除くが)白薔薇ファミリーに一任していたわけだが、ことここに至っては放置しておくわけにもいかないだろう。
正直、祥子はもう少し軽く考えていた。ほおっておいてもいずれくっつくだろう2人のことだ。基本的に既に山百合会の仕事は2年を中心に回るようにしていたし、祥子自身が積極的に介入するつもりはなかった。
今、状況は悪い意味で膠着している。報道関係者を巻き込んだのは情報操作と情報規制が目的だった。ことが収まったら独占取材でもなんでもさせるかわり、それまでは騒ぎ立てないように抑えておくつもりだったが、それもあまり長引いては無理におさえつけてはいられなくなる。
志摩子があそこまで暴走するとは思いもよらなかった。いわゆる優等生の志摩子だが、人間関係にはひどく不器用なところがある。特に志摩子本人が絡む人間関係の中では、こういう役回りはもっとも苦手とするところなのかもしれない。
まあ、それについては祥子も人のことを言えたものではなかったが、それはさておき。人間関係というのはいくつになっても難しいものだ。
そう考えると、先代薔薇さま、特にお姉さまの水野蓉子さまは本当に凄い方だったと改めて思う。ひるがえって、今の自分はと考えると、当時のお姉さまの足元にも及んでいないのではないかと思い知らされる。お姉さまなら事態がこれほどこじれるまで傍観などしていなかったろう。というか、むしろ嬉々として最初から先頭に立って動いていた可能性もあるが。
そして去年の自分はと考えると、思い出すのも恥ずかしいくらいボロボロだったような気がする。3年生がまだ主力だったのは当然かもしれない。
祥子は大きく息を付いた。
「やはり、このままというわけにはいかないわね」
「やっと重い腰を上げる気になった?」
「令、あなたね……」
軽く睨む。自分だって動いていなかったでしょう。
「最初に言ったよ。この件は祥子の判断に任せるって。ああ、剣道部の方はしばらく出なくても大丈夫だから、何かあるなら私も自由に動けるわよ」
「………用意周到ね」
こうなることを想定していた。というわけではなく、どうなってもいいように自由に動ける状態にしておいたということなのだろう。
実際のところ、令は頼りになるのだ。由乃ちゃんさえ絡まなければ。
「でも今回は、令の出番は無いわよ」
「ま、無いにこしたことはないけどね」
令は軽く肩をすくめて見せる。本当はいざという時の為の予備兵力のつもりだった。
「それと、志摩子は少しおさえた方がいいかしらね」
「それはどうかしら。もう充分こりてそうだけど?」
「だといいのだけれど。とにかく、祐巳に会ってみるわ」
「そうね。それが良いと思う」
たぶん、何かのきっかけくらいにはなるだろう。志摩子のことはその後で考えればいい。
「でも、良かったわ」
少しほっとしたように令は言った。令は令で、やはり心配してくれていたのだろう。
「そろそろ由乃も我慢の限界だったし、私じゃ由乃を抑えておけないから」
やっぱりへた令だ。ただでさえ志摩子がありえないほど暴走しているというのに、このうえ由乃ちゃんまで暴走を始めたらどういうことになるか。一瞬だが、いっそのこと暴走者二人をぶつけて共倒れにさせればなどと不穏なことを考えたりもする。
確かに、今回の由乃ちゃんはかなり我慢している方だとは思うけれど。あの由乃ちゃんにしては。
「令ちゃんのバカ」
由乃はここのところかなり機嫌が悪かった。だからとりあえずいつもの口癖を言ってみただけで別に令ちゃんが悪いわけではない。いや、こんな状態の由乃をほっておいて祥子さまと会っている令ちゃんはやっぱり言われても仕方ないか。
そもそも計画立案者の由乃がどうしてじっとしていなければいけないのか。不満を上げ始めたらキリがない。
確かに白薔薇に一任とはなったけれども、志摩子さんはその原計画から遥かに逸脱、というか暴走している。それは最初に走り出そうとしたのは由乃の方だったけれども、志摩子さんの暴走で由乃の出番が大幅に減ったのは間違いない。……じゃなくて、志摩子さんはやり過ぎだ。祐巳さんをあそこまで追いつめる必要がどこにあるのか。
いや、本当にどこまで本気なのかわからないのだけれども。実のところ、今回の件に限らず由乃には志摩子さんの考えていることがさっぱりわからなかった。
それにしても、と由乃は思う。白といい、紅といい、好きならロザリオを渡す、嫌ならつき返す。そんな簡単なことにどうしてここまでぐだぐだするのか。
薔薇の館で最初に祐巳さんの告白を聞いた時、実は怒鳴りつけてやろうかと思った。
梅雨のころ、祐巳さんが祥子さまとギクシャクしてたことがあった。その時、無理矢理薔薇の館に引っ張っていこうとして拒絶された時のことが頭をよぎったのだ。
別に今更友情を疑っているわけじゃない。ただ、今無理強いしても余計頑なになるだけかもしれないと思っただけだ。
でもこうなると、やはりあの時動いていればよかったかもしれないとも思う。らしくもなく躊躇したことが悔やまれた。もちろんそうしたからといってうまくいったとは限らないが。
その後、何も言ってくれない祐巳さんが少し恨めしかった。もちろんエゴだとわかってる。祐巳さんもいっぱいいっぱいなのだろう。ただ、親友を自認する由乃としては、少しさびしかったのだ。
「祐巳さんのバカ」
由乃はパンッと両手で自分の頬を打った。なにより、何もしていない自分に腹が立つ。
いくら白薔薇に一任の方針だったとしても、いくら自分が走り出す前に志摩子さんが暴走したからといって、いくら祐巳さんからのアプローチが無かったからとはいえ、島津由乃が何もできずにぐだぐだしているなんて。
そろそろ我慢の限界だ。祐巳さんに会おう。会って話そう。必要なら志摩子さんにも。
決めたら、少し気が楽になった。
「私、『レズる』って言葉は嫌いですわ」
そんな思い出したくない話題を瞳子が口に出したのはとある日の昼休み。
「瞳子、その話題は振らないで」
「あら、どうしてですの?」
「どうしてって……」
先日の薔薇の館での惨状がまだ記憶に新しい。
由乃さまの自爆はいいとして、祥子さまと志摩子さん。あの二人天然だから真顔で「レズりたい」とか口に出すんだもん。
ああ、今思い出しても顔が熱くなる。
「ふぅん」
「な、なに?」
なんか、瞳子がしたり顔で微笑んでる。
「まあ、乃梨子さんが白薔薇さまとそういう行為をしていても別に咎めたりしませんわ」
「してないっ!」
「それより聞いてくださる? 『レズ』という言葉はもともと……」
「話をきけよ」
「……『レズビアン』を略した言葉で、女性を称えた詩で名高い古代ギリシャの女流詩人サッポーの生地レスボス島から来ているのですわ」
「トリビアかい!」
「かしらかしら」
「『へー』かしら」
敦子と美幸がふわふわと現れた。この二人も微妙に神出鬼没だ。
瞳子の披露したトリビアに反応したようだ。3へーくらいか。
「で、嫌いだって話は何処へ行っちゃったのよ?」
「それですわ。乃梨子さん」
「『レズる』という言い方は見る側のエゴが感じられるから汚らわしい行為を指してるみたいで嫌い、なんでしょ?」
「……」
あ、当たりだったみたい。
「乃梨子さん、意地悪ですわ」
「はいはい、嘘泣き上目遣いで拗ねた顔しない」
「まあ、それはともかく」
「立ち直り早っ」
「レズといえば女性同性愛、女の園に何年も学んでいるリリアン生としては避けて通れない話題なのですわ」
「その言い方は微妙だけどまあ同意するわ」
「そうですわ、身近にそういう方が居るんですもの」
「話題にしないわけにはいきませんわ」
敦子と美幸がそう言う。
「身近って?」
そんな人居たかな? 聖書朗読クラブには居そうもないんだけど。
まあ、過去にそういうことがあったって噂というか伝説はあるけどそれを『身近』とは言わないし。
「というわけで当事者の乃梨子さんには是非その体験をお聞きしたいですわ」
「まてい」
「私たちはキリストの教えを学んでいる身ですけど乃梨子さんの愛は見守っていきますわ」
「美しい友愛ですわ」
「……あんたら私のことどう思ってるのよ?」
「白薔薇さまにべた惚れの乃利子さん」
「自分はノーマルと言いつつ白薔薇さまとガチな乃利子さん」
「普段は突っ込みだけど白薔薇さまが絡むとボケに転じる乃梨子さん」
「……」
否定しきれない自分が憎い……。
「欲望に汚れた行為はキリストさまも当然否定なさってますわ。でもお互いを慈しみ合うような愛ならばきっと許してくださるに違いないのですわ」
「なんか綺麗にまとめようとしてない?」
「そう考えれば『レズる』という言葉も崇高な響きが感じられるようになるんですわ」
「いや、それはならないだろ」
「乃梨子さん、私たちは乃利子さんを応援しているんですわ」
「大きなお世話よ」
「というわけで新しい会を考えたのですわ」
「話を聞けってば」
「会の名前は『乃梨子さんとレズりた「却下ーーーーっ!!」
「たたかう君のうたをー」
掃除の時間、瞳子が腹式呼吸のいい声で歌ってる。
機嫌が良いのかなにかは知らないけど、なんでその歌なの、って思ってしまう。
というか私は瞳子に頑張って欲しいんだけどな。
「たたかわないやつらが……」
聞きながら思ってしまう。
今でも瞳子に対して批判的な噂をしている人はいる。
そんなこと気にした風も見せない瞳子だけど。
「……ふぁいとぉ、冷たい……」
逆風にめげずに頑張る瞳子。
そうあってほしいと思う乃梨子の気持ちはあんまり伝わってないだろうな、なんて。
だから瞳子の歌にあわせて心からのエールを贈った。
(ファイト!)
「というわけで乃梨子さん私達の歌を聞いてください」
「ちょっとまて。何でそうなる」
ああ、なんか敦子美幸が楽器もってスタンバイしてるよ。
「乃梨子さんに贈る応援歌ですわ」
「いや、私べつに応援されるようなことないから」
相変わらず人の話を聞かない人たち。
ギターとシンセで前奏が始まった。
「♪わたし中途入学だからあんまりー」
「友達にとけこめないのって書いたー」
「乃梨子さんの手紙のー」
「文字は尖りながら震えていたー」
「……まてや」
「あの日雪の中、京都でー」
「雪で止まった新幹線ー」
「結局、間に合わなくてー」
「破り捨てた受験票ー」
「人を勝手に歌にすなっ!」
「「「ふぁいとぉ!」」」
「大きなお世話だーーー!!」
◇菜々の山百合会舞台脚本シリーズ◇
【ご注意!】クロスオーバー【ご注意!】
ケテル・ウィスパーさま作『No.549 驚天・動・地反則技【No:549】』の続きです
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ゴウンゴウンゴウン……。
土煙渦巻く荒れ野に木霊する巨大な機械音。 その源にはその音の大きさに相応しき威容を誇る、人型の影。
それは『恐怖』の名を冠する機械仕掛けの電気騎士。 身の丈は人の十倍はあろうか。その『巨人』の足元には、同じ様な巨躯の残骸が臥して煙を上げていた。
「これまたあっけなく眠っちゃったわね。 菜々、これで何機目だったかしら?」
その『巨人』の操縦席に一人座する騎士、『薔薇さま』の由乃は、その狭い空間には居ない誰かにつまらなそうに語りかける。
『九機目です、お姉さま。 お疲れになりましたか』
問いに答えたのは、由乃の一番大事なパートナー。 スールの菜々。
『巨人』の操縦の為だけに存在する『ブゥトン』と呼ばれる生体コンピュータである彼女は、『巨人』の頭部にある専用のブゥトンルームから『薔薇さま』由乃をサポートする。
「そんな訳無いじゃない、雑魚ばっかりで。 次はもっと歯ごたえのあるヤツが良いわね」
『次、来ました、高ロザリオエンジン反応! 右後方六十度、距離およそ二km! このエンジン音はデータにありません、お姉さまのご期待に副う相手かと』
「へえ……」
『巨人』の目の望遠に映し出された姿は、確かに見たこと無い……。 いや、あの機体の紋章は。 由乃の記憶によれば。
「これはこれは…… こんな所で出会うとはね。 かのメイデン法国の最高機密、『破魔の人形』エクサ・ドール!!」
『あれがそうなんですか……』
「乗っている『薔薇さま』は確か次期法王さまとの呼び声高い、白騎士の志摩子枢機卿だったはずよ。 これは超一級の首級だわね」
白を基調としたスマートなフォルムの『巨人』の機体に描かれているのは、確かに『舞う人形』。 法国の『ドールマスター』の紋章だ。
「記念すべき本日の十機目に相応しい獲物よね。 菜々、行くわよ!」
『はいっ、お姉さまっ!』
ヴォンヴォンヴォン……。
「ようやく捕捉出来たわね、乃梨子。 あれが最近この辺りを荒らし回っている辻斬りなのね、許せないわ」
『破魔の人形』の操縦席。 『白薔薇さま』志摩子は、ディスプレイに映し出された敵機に厳しい眼差しを向ける。
『お姉さま、お気をつけ下さい。 かなり厄介な相手のようです』
ブゥトンルームから乃梨子が注意を呼びかけてきた。
志摩子のスール、『ブゥトン』の乃梨子はとても頼りになるかわいい良い子だ。 その彼女が言うのだから、確かな何かがあるのだろう。
「何か分かったのね、乃梨子」
『はい、お姉さま。 あれは黄騎士です。 黄一色の機体に緑青の巴紋。 間違いありません、強敵です』
あの名機と名高い、黄騎士『ダッシュ・ザ・イエローナイト』。 志摩子も知っている。
先代の所有者は高潔な騎士として有名な方だったが。 今の有様は……。
「では、乗っているのは『黄薔薇さま』という事なのね。 乃梨子、『ダッシュ』の足元、あの機体はまだ大丈夫なのかしら……」
『アベレッジ共和国の主力機、He‐ボーンのようですね。 機体のマークは『並薔薇さま』が通り名の……何と言いましたか……。 あの様子では、もう……』
「そう、間に合わなかったのね……。 あの方の分も頑張りましょう、乃梨子」
ビィビィビィビィ――! 警報!!
『『ダッシュ』、来ます! 音速突撃、あと四秒っ!』
『回避出来ます! 直線的なチャージですっ!』
「ええ!!」
ガシィィッッ!! ドグォォァァーーン!!
「『きゃあああぁぁっっ!?』」
ズズ〜〜ン!!
「よし! 一応当たったわねっ! 菜々、良くやったわ!」
『ヤマを張ってた方に進路をずらしただけです! それより『破魔の人形』、立ってきますっ、お姉さま!』
「あっ! 菜々、とどめ――」
『ここは仕切り直しですね、一旦さがります!』
ヴォァンヴォァンヴォァン……。
「うぅ、の、乃梨子状況はっ!」
『な、何とかベイルで受けられましたが、左腕アクチュエータに四十パーセントのダメージです』
「そう。 それ位ならまだやれるわね」
『すみませんお姉さま。 私が読み違えて――』
「それは後。 生き残ってからでいいの。 次はこちらから打ち込みましょう!」
『は、はい! エナジーソード全開しますっ!』
ゴォウンゴォウンゴォウン……。
「さあて! 菜々、次を喰らわせるわよっ! 行くわっ――!」
『待ってくださいお姉さま、相手の動き始めに合わせましょう。 それならかわされにくいですから』
「――ふむ、良い考えだわ! じゃあタイミング読んでくれる?」
ピピッピピッピピッ――!!
『高エネルギー反応、左真横!』
「えっ!?」
『ソニックブレード攻撃ですっ! 敵機自機ともに範囲内、回避不能!!』
「ぼっ、防御ぉぉぉっっ――!!」
ピカッ――! ゴオワアアア――!!
「『ちぇすとぉぉぉ……っ!!』」
「『くうぅぅぅっ……!?』」
ゴワアァァァーー…………。
「ぜぇ、ぜぇ、い、今のは……?」
「はぁ、はぁ……。 あ、新手? あの、黄金の電気騎士……何者なの?」
『あ、あれは……スイーツ騎士団の……まさか、その頂点……』
突然現れた第三の『巨人』。 それは誰もが目を疑うような姿。
機体の全てが黄金で構成され、その両肩には真紅の薔薇の紋章。 頭部その他に螺旋状の兵器が装備されている。
東方の強国が誇る、スイーツ騎士団の絶対者『紅薔薇さま』祐巳が駆る、紅薔薇の騎士『ナイト・オブ・ドリル』だった。
キュゥィィィィィィ――――。
「さあ、瞳子ちゃん、二人を止めるよっ」
『お姉さま。 しつこいようですが、私はお姉さまのスールなのですから、瞳子、と呼び捨てにしてくださいまし』
「うんっ、分かったよ瞳子ちゃん! じゃあ、バスタードリルランチャーを用意してっ!!」
『お、お姉さまっ!? 止めるのでは無いのですかっ!?』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「これならどうでしょう。 配役にも気を使いました」
「志摩子さ――」
「白薔薇さまご姉妹は正義の側に回って頂きましたし」
「予算が、ぜんぜん――」
「お金の心配は要らないですから。 紅薔薇さまをメインにする代わりに、先代の紅薔薇さまと瞳子さまにご協力頂ける手筈です」
「と、瞳子ちゃん……?」
「あ、あぅ……。と、瞳子は……お姉さまと、ご一緒が………………」
「そういえば、姉妹毎に分けてあるのね。 乃梨子と一緒なのはうれしいわ」
「そそ、そうですね、私も同感ですっ……」
「うんっ。 私も瞳子ちゃんがパートナーでうれしいなっ」
「お姉さまっ、これで決まりですね! 勿論私たち黄薔薇にもカッコ良い見せ場がありますから、絶対おもしろいですよ!」
「…………」
「お姉さま……? どうしたんですか?」
「……菜々? 祐麒君は……?」
「あ、エアバレル隊の隊長で――」
「却下」
「え? じゃあ、預かり屋の――」
「却下ぁーーっ!!」
「……うぅ」
黄薔薇さまの強権発動により、採決、不可能……。
「つぎ、スゴいですから」
_____________________
元ネタ:○ァイブ○ター物語、所謂F.S.Sです。
__________________________
ケテル・ウィスパーさま作『ご冗談も程々に全員サービス見てらんない【No:628】』に続く
「というわけで」
「私たち」
「名もない中等部生」
「逆青田買い同好会!」
「「「乃梨子さまに狩られ隊!!」」」
放課後、乃梨子が薔薇の館へ向かおうと校舎を出たところ、「乃梨子さま!」と呼ぶ声が。
はて、さま付けで呼ばれる覚えはないのだがとあたりを見回す乃梨子の前にばらばらと中等部の制服が二、三、四、五人ほど現れ取り囲まれた。
「あなたたち……」
突っ込みどころ満載なんだけど、下手に突っ込むと瞳子達の二の舞と考え、喉元まで出てきていた突っ込みを慌てて飲み込んだ。
乃梨子がなんて声をかけたものかと思案していると、リーダー格と思しき子が一歩出て言った。
「乃梨子さま」
「は、はい?」
「乃梨子さまが日ごろ、私たち中等部生と交流を持つべく尽力されていることの感謝のしるしとして」
「って、してないわよそんなこと」
「私たち『逆青田買い同好会』が代表しましてこんどは乃梨子さまに会いに高等部を訪問させていただきました」
「あんたらも人の話聞かないわね……」
「私たちも乃梨子さまや高等部の先輩方の、」
「立派な妹と成るべく日々努力しますゆえ、」
「妹をお決めになるそのときは、」
「ぜひとも私たちの中から!」
「はぁ……」
まあ、いいんだけど、何で私なの?
瞳子とかほかにも主力メンバーは居たはずでしょ?
「乃梨子さまを称える歌! 斉唱!」
「ええ!?」
「♪のーりーこーさーまー」
なんか校舎の前で合唱し始めたよ、この子たち。
「ちょっと、ちょっと」
「♪ろーさぎがーんてぃあーあんーぶーとぅんー」
「こんなところで歌わないでよ」
というか三部合唱でいやなくらいよくハモっているんですけど。
「♪ろーさぎがーんてぃあーにぞっこーんでー」
「♪のーりーこーさーまーはガチレズ「やかましい!」
思わず乱入して全員をドついていた。
「痛いです……」
「やりましたね」
「すばらしいですわ」
「乃梨子お姉さまぁ」
「もっと……」
「っていうかなんでハリセンが?」
気が付くと手にハリセンをもっていた。
「これが乃梨子さまの突っ込み……」
「噂に違わない切れ味ですわ」
というか中等部で私はどんな噂されてるの?
「ふむ、もう少し弾力があってもいいかな?」
「ちょっと」
「あ、乃梨子さま、この突込みブレイド七号の使い心地はいかがでしたか?」
なんかいつのまにか隣に現れた菜々ちゃんがハリセンを点検してるし。
「あんたの仕業かー!」
すぱーん
「見事です」
なんか涙目になりつつ親指掲げて「グッジョブ」なんてポーズしてるし。
「……今、菜々を叩いたわね」
「え?」
しまった。ここは高等部の真っ只中。
恐る恐る振り返ると……
「叩いたわね?」
やっぱりーっ!
「あ、あの、由乃さま、これは不可抗力……」
「問答無用っ!」
「ちょっ、木刀はしゃれにならないかr…」
遠ざかる意識のなか、「乃梨子さまの突っ込み師匠!」なんていう言葉が聞こえてきた。
木刀の鈍い音じゃ突っ込みの効果薄いでしょ! なんて気を失う間際まで突っ込みをしてしまう自分はやっぱり突っ込み体質なのかなーと思った乃梨子であった。
※この記事は削除されました。
「顔洗ってきましょうか・・・」
・・・夢かと思うほど、その日の薔薇の館の光景は、異様だった。
「あ、瞳子ちゃん。一緒に食べようよ」
「・・・とりあえず、何故ここにこんなものがあるんですか?」
「いいからいいから。軽くスルーして」
「瞳子ちゃんも食べましょう。おいしいわ」
そこにあるべきものではないもの・・・つまり鍋を、みんなでつっついていた。
「はぁ・・・」
お言葉に甘えて、座って鍋をつっつく。
「・・・!?」
・・・肉や野菜が、全部渦巻きだった。
「これはっ!?」
「ああ、これね。おもしろいでしょ?令ちゃんが作ったのよ」
・・・黄薔薇さま、ご愁傷様です。
じょきん
耳元の異様な音に気がつき、顔を上げると。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
「本日のメインディッシュ登場〜!」
「やっぱり本物は違うねぇ」
だいぶ短くなった髪に思う。
この学園、大丈夫?
裏祐巳志摩子さん頭が痛い 【No:565】 風さん に続こうと思うんだけどなんか決着するんだろうかこれ
それより少し前。
「ごきげんよう、日出実さん。」
「ごきげんよう、可南子さん。めずらしいわね、朝練は?」
「んー、ちょっとね、事情があって。」
最近、周りが見えてきた、というより周りの人たちと言葉を交わすのが楽になってきた。祐巳さまの妹問題を中心になんだかんだと取材、といいつつ話しかけてくる日出実とはいろいろ話をするようになっていた。
「事情って、これ?」 手に持った瓦版の束を持ち上げる日出実。
「たぶん、そうね。」
「だれに頼まれたの?」
「いろんな人。」
「あーー、やっぱりそうかあ。」天を仰ぐ日出実。
「混乱してるわね、薔薇の館。」
「そう、こんなこと珍しいのよ。いつもなら新聞部相手には一枚岩の山百合会がね、大混乱。」
「私は最初紅薔薇さまに今日はここにいて、祐巳の背中を押してあげてって頼まれた。そのあと、白薔薇さまにもうすこし詳しいことを聞いたわ。祐巳さまが瞳子ちゃんの中にいると勝手に思っている、紅薔薇さまの幻を金星でも冥王星でもすっとばしてって。はーん、それで私が、と、思ったんだけど」
「けど? 祐巳さまね。」
「そう。瞳子を足止めしてくれって。」
ふぅ。と、息をつく日出実。
「こちらも似たようなものよ。夕べ、白薔薇さまから真美さまに電話があって、もう取材がすんでいた、今回の事件を記事にしてもいいって許可だったの。ところが」
「祐巳さまでしょ。」
「そうなの。その結果がこれ。」
これ、を、さっきから読んでいた可南子。
「大暴露ね。ふふふ。ようやくふっきれたのね、あの二人。」
「そうらしいわ。白薔薇さまがなんでここまで祐巳さまを追いつめるのか、すごく不思議だったんだけど、こうなってみるとわかった気がするわ。」
「素直じゃないんだから、二人とも。」
「そういう可南子さん、あなたは? あなたにインタビューしたのはずいぶん前のことだけれど。」
「『祐巳さまの妹になるなんてそんな低俗な野望は持っていませんわ。』『あなた、新聞部なの? ○○○な瓦版に記事にされる覚えはないわ。記事にするんじゃないわよ。×××××な□□□□で○○○って後悔させてやるから。』ってね。あはは。」
「くふふふふ。ちょっと可南子さん、朝っぱらから伏せ字じゃなきゃ報道できない発言はやめてよね。」
「でも、私は祐巳さまに他の人を重ねていた。もうだいたい知ってるんでしょ?」
「うん、正直言えば知ってる。でも、いつか本人にゆっくりインタビューしたいな。いいかしら。」
「そうね。今なら話せるかも。」
「さて、そろそろみんな登校してくるわ。もう、この時間までに号外作り直すの大変なんだから。」
「結局、あの二人にはうまくいってほしいから、違う?」
「うん、可南子さんは?」
「そうでなきゃ、こんなに振り回されてまで朝練さぼって来ないわよ。」
「変わったわね、可南子さん。」
「あなたもね、日出実さん。あのころの三奈子さま追っかけのあなただったらこんなに話はしなかったわ。」
「あ、来た来た。 号外ですー。号外ですよー。なんと、白薔薇さまがー。」
ふむ、最初に来たのは白薔薇姉妹。あーあ、白薔薇さま頭抱えちゃって。
「乃梨子、これ、祐巳さんよね。」
「真美さまが勝手に書くとは思えません。祐巳さまでしょう。」
「いいわ。それならここで、祐巳さんを捕まえる。」
「そう言うだろうと思ってました。ふっきれてますよ、祐巳さま。」
「出番、なくなったかもしれないわね。空回りだったかしら。」
「志摩子さんが祐巳さまと話してみればわかることです。」
「そうね。」
【No:505】 → No530 → No548 → No554 → No557 → 【No:574】 → 飽きられつつもまだ続きます。
「志摩子! 志摩子ってば」
ん?
「もしかして、私のこと(志摩子って)呼びました?」
「もう、どうしたの志摩子? 」
なんか彫りが深くてきれいな人。
藤堂志摩子さんの知りあいか。
「すみません、私は藤堂志摩子さんではないんです」
もしかして今後こういうことって多くなる? この髪型、気に入ってるんだけどな。
などと考えつつ、その人に頭を下げた。
「やっぱり志摩子じゃない」
「いえ、よく似てますけど違うんです」
「何をふざけてるの? あ、判った。久しぶりだから私を楽しませてくれてるのね?」
うーん、困ったなぁ。
信じてくれないよ、この人。
「あのですね、私は……」
「志摩子」
なんか真剣な目でじっと見つめられてしまった。
「……ちょっと痩せたかな」
「え?」
「白薔薇さまは大変?」
ロサギガンティアって藤堂さんの役職名だっけ。
「あの……」
どうしよう。
「時間ある? ちょっとお話しない?」
「あ、はい」
思わず同意しちゃった。
だって、この人の『志摩子』を見る目があまりに優しかったから。
名前も知らない藤堂さんの知り合いに連れられて、私は近くの喫茶店に入った。
「私ね、ひとつだけ後悔してることがあるのよ」
困ったな。
その藤堂さんの知り合いの人は語りに入っていた。
あまりプライベートな話きいたら藤堂さんに悪いし。
でもその人はそんな私に関わらず話を続けた。
「だって負担にならないように、なんていいながら結局、私が卒業しちゃったらあなたはまだ二年生なのに白薔薇さまに成るしかなかったじゃない?」
つまり、この人は藤堂さんの先輩で卒業生なんだ。
「聞いていいですか?」
「なあに?」
「藤堂志摩子はあなたにとってどんな存在ですか?」
ちょっと目を見開いて驚いたような顔をした。
でも、すぐにまたさっきの優しい目になった。
「そうね、大切な妹。どうしたの? そんなこと聞いてくるなんて」
やっぱり。
この人、この前の乃梨子さんの話に出てきた藤堂さんのお姉さま、先代の白薔薇さまだ。
彼女は手を伸ばしてきて私の頭をなでた。
私は言った。
「いい制度ですね、リリアンの姉妹制度って。私ちょっと羨ましくなりました」
最初変な制度だなって思ったけど、友達とも違う、単なる先輩後輩とも違う、卒業後も続くこんな関係を築けるなんて。
「……え?」
「申し遅れました。私、都立K女子高校に通ってる藤沢朝姫といいます。藤堂さんのお姉さまのことは乃梨子さんから伺ってました」
改めてそう挨拶した。
「……本当に志摩子じゃなかったの?」
「そういいましたよ?」
「……」
じっと私の顔を観察してる。
「……志摩子の生き別れの姉妹とか?」
「そんな話聞いたことないですけど」
「私もだわ」
〜 〜 〜
「ごめんなさいね、ひと違いなのに引き止めちゃって」
ようやく私が藤堂さんじゃないと判ってくれた佐藤さん。
じゃあなんで他人なのに藤堂さんを知ってるのかとか、それは私が藤堂さんを知っているのは最近、リリアン学園とうちの学校で交流があったからだとか、そんなの嘘っぽいとか、ちょっとした口論があったんだけど、話をしているうちに、理屈はともかく「志摩子はそんな顔しないわね」と、ようやく違いに気付いてくれたのだ。
「いいえ、藤堂さんのお姉さまと知り合いになれてよかったです」
藤堂さんによろしくって言ったら、よく会うわけじゃないんだって。
「ふふ、なんか志摩子に会いに行きたくなったわ」
「それなら、会ったらよろしく伝えてください」
「そうね。会って聞いてみればはっきりするし」
って?
「あの、まだ疑ってるんですか?」
「うーん、志摩子って溜め込んじゃうタイプだからもしかしたら今は裏の人格で……」
「そう、私は裏志摩子。彼女の抑圧された感情から形作られたもう一つの……って違いますってば!」
「ぷっ……、だって証明するもの持っていないでしょ?」
むっ、噴出したな。
「それは、今日は学生証もってこなかったけど」
「やっぱり」
「佐藤さんも藤堂さんを良く知ってるんなら判るでしょ?」
「世界の敵が現れたとき志摩子の中から浮かび上がってくる?」
「そう、ボクは自動的なんだよ。……ってわたしゃ泡かい! 黒帽子さんかい!」
「あはははっ!」
なんか爆笑してるし。
「……遊んでるでしょう?」
「朝姫ちゃん最高!」
性格悪いよ、この人。
佐藤さんがひとしきり笑った後。
「久しぶりに楽しかったわ。ありがとう」
「私は笑われ損ですよ」
そりゃ、ついノリ突っ込みしちゃったけど。
「また会えるといいわね」
そんなこと言いながら佐藤さんはまた私の頭をなでた。
「リリアンへはまた訪問するかもしれませんけど」
「そのときは呼んでよ。私リリアンの大学部だから」
そうだったんだ。
「いつになるか判りませんよ?」
連絡先を教えてくれるのかと思ったら事務で呼び出しかけてくれ、だって。
変な人だけど、悪い人じゃないと思った。
だって藤堂さんに対してあんな顔ができる人だから。
(続く【No:593】)
※この記事は削除されました。
特に意味もなく、なんとなく成り行きで、旅行に行くことになった椿組の面々。
参加者は、敦子美幸のふわふわコンビ、ドリルとノッポの犬猿コンビ、そして私、二条乃梨子の五人だった。
お嬢様の集まりとはいえ、所詮我々は高校生。
大して小遣いがあるわけでもないので、電車で行ける範囲の一泊5千円コースを選択した。
なぜこんなに安いところがあるかと言うと、なんのことはない、松平の名前が効いただけだ。
あんまり権威に頼りたくはないけど、まぁクラスメイトとの交流のためだ、仕方がないかと割り切ることにしよう。
駅に降り立てば、すでに送迎バスが到着しており、待ち時間もなく宿まで一直線。
約30分ほどで辿り着いたのは、それほど山奥ではないが、静謐な雰囲気の温泉宿。
「素敵ですわね」
「素敵ですわね」
「索敵ですわね」
「素敵ですわね」
「あんたらね…」
何が面白いのか、可南子さんまで笑いながら同じことを言っている。
ところで瞳子、索敵ってなんだ、索敵って。
「瞳子、一応あんたの名前で予約してるんだから、チェックインの手配は任せたわよ」
「了解ですわ」
先頭を意気揚揚と歩み、宿の入り口をくぐる瞳子に続く。
『ようこそいらっしゃいました』
女将さんや番頭さん、仲居さん一同が打ち揃って、私達に頭を下げるその様は、結構壮観だった。
案内された部屋は、当たり前だが和風な6人部屋。大きな窓から、霞む山なみが見える。
「さぁて、早速露天風呂に行こうか?」
「そうですわね」
「そうですわね」
「そうですわね」
「そうですわね」
「ああそうですか…」
…みんなして楽しそうでちょっと悔しい。
全ての服を脱ぎ捨てて、タオル一枚身に巻いて、一番乗りで露天風呂。
「いや〜ん素敵♪」
私らしからぬアレな口調だが、その辺は勘弁してもらいたい。
さっそく湯を被り、そっと身を沈める。
あー、極楽極楽。
リリアン生に似つかわしくない単語ではあるが、気にしてはいけない。
「ふぅ〜、気持ち良いなぁ。来て良かった…」
青い空を見上げながら、心地よい温度の湯を堪能する。
「それにしても、遅いなぁ…」
ふと疑問に思い、入り口に目をやるとそこには…。
水着を着た、4人が現れた。
水着…?
「お待たせしましたわ乃梨子さん」
「ちょっと着替えるのに時間がかかりましたの」
「水着が小さくなっているのには少々辟易しましたが」
「胴回りがキツイんですって♪」
妙に楽しそうに、イヤミを込める可南子さん。
それは太ったと言うんじゃないか?
「違いますわ乃梨子さん、成長したのです」
「いや何も言ってないんだけど」
「いいえ、心の中で良からぬことを考えたはずです」
余計なところで、カンがいい瞳子。
そういうことは、祐巳さまの前でやりなさい。
それに、成長するなら、もっと他の部分があるでしょうに。
「あら?乃梨子さんは、肌色の水着を着てらっしゃるの?」
「まぁ、珍しい色ですわね」
「んな水着ねーよ」
だいたいアンタらなんだ、温泉に水着って邪道じゃないかい?
「じゃぁ…」
そうだよ、素っ裸のすっぽんぽんだよ。
「ああ、良い湯ですわ」
「ですわですわ、良い湯ですわ」
「ってアンタらいつの間に!?」
いつの間にか、敦子さんと美幸さんが、私を挟んで湯につかっていた。
「ちょっと敦子さんに美幸さん。乃梨子さんの隣は私ですわ!」
「そうね、確かにそのポジションは私の場所です」
「おい瞳子。それに可南子さんまで」
「なんですって?敦子さん美幸さんにはともかく、可南子さんにだけは譲れませんわ」
「あら、乃梨子さんは、どちらを選ぶかしら」
余裕の可南子さんは、湯につかったままで、水着を脱ぎ出した。
そして、敦子さんと美幸さんの手を掴むと、強引に引っこ抜いた。
「うふふ、裸の乃梨子さんの隣は、もちろん裸の私の場所。もう片方が空いてますよ。さぁ、誰がその場所に納まるのかしら?」
背が高く、グラマーな可南子さんが、私の右腕に抱きついて、頬を赤く染めて三人を煽る煽る。
長い髪をアップにした可南子さんは、高校生らしからぬ強烈な色気を漂わせていた。
私と同い年とは思えないなぁ。
「乃梨子さんの左側は、私の場所です!」
「いいえ、私の場所ですわ!」
「二入には譲れません!乃梨子さんの隣は私です!」
水着を脱ぎながら、牽制しあう三人。
「いやそれよりも可南子さん、なにやら柔らかいものが当たってるんですけど!?」
「いやだわ乃梨子さん、当ててるんですよ」
「だからって、私の肩にもたれないでもらいたいんだけど!」
「あら、私は気にしませんわ」
「私は気にするってば!」
可南子さんに抱きつかれて右往左往する私を尻目に、未だ争いつづける敦子さんと美幸さんと瞳子。
あのさぁ、そろそろ離してくれないかな可南子さん。
それに、三人も争わないでくれないかなぁ。
私の隣なんか、争っても仕方がないんだけど。
結局、のぼせそうになった私が露天風呂を去るまで、三人の争いは続いていた。
その後も、夕食時の私の隣、就寝時の私の隣と、始終争いが絶えなかった。
どうして、そんな的外れな部分で争うんだろうなぁ。
私の隣なんかに、どんな価値があるんだか。
ずっと宥めっぱなしで、声が嗄れてきた。
可南子さんは、分かってやっているらしく、ひたすら三人を煽り立て、しかも楽しんでいるようだ。
アンタのせいでさ、私が苦労してるんだけど。
まぁ、言っても無駄なんだろうな…。
みんなが寝静まった11時頃、私は再び露天風呂に姿を現した。
ぜんぜんゆったり出来なかったもんなぁ。
月が見える、静かな夜の露天風呂は、風情があってよろしい。
こうやって、ゆったり入るのが一番。
なんだけど…。
『乃梨子さん!』
ああ、やっぱりこうなったか…。
出来るなら、静かにしようね、静かに。
長い溜息を吐いた私は、青い月を見上げながら、たぶん届かないであろう願いを祈った。
『ですから、乃梨子さんの隣は…』
届かなかった。
祐巳がリリアン高等部を卒業してから丸5年。大学を卒業し、ようやく仕事もなれ始めた今日この頃。
祐巳はふと足を止め、ある感慨に浸っていた。
(そっか、今日はこの通りなんだ)
今、祐巳は仕事の外回りの真っ最中、月に一回しか通らないある通りを通っているところだった。
そして今ではこの月に一回しか通らないこの通りが、祐巳にとっては特別な通りになっていた。
だって、この通りのあるところを通るたびに、祐巳は懐かしさを憶えるのだから。
そう、リリアンで少しの間一緒だった、あの人のことを思い出すから。
(そういえばあの人の前で泣いちゃった事もあったっけ。あれは確か、そうだ、あの時。・・・あの時は自分もまだ子供だったから、っと今もそんなに変わらないか)
少し思い出に浸った後、祐巳はふうと溜め息をひとつついた。
(もう、会わなくなって5年以上も経つんだ。・・・元気にしているのかな?)
元気かどうか確かめる術が無いわけじゃないけど、祐巳はそうしようとは思わなかった。
だって、あの人は卒業式の日に泣き笑いの表情を浮べながら祐巳にこういってきたから。
「またいつか会いましょう」と。
そして、祐巳も泣き笑いの浮べながら返した。
「ええ、またいつか」と。
でも、その「またいつか」はこれまでまだやって来てはいない。
(それでも、いつかは会えるよね。きっと)
そうこう考えているうちに、あの人を思い出させてくれる何かが見えてくる。
(・・・よかった、まだ直してないや)
祐巳はその何かが前と同じ、一部が不完全であったことにむしろホッとする。
だって、その何かは不完全であるからこそ祐巳の思い出を刺激しくれるから。いや、正しくは祐巳たちと同じ時間を過ごした人たちの思い出を刺激してくれるのだから。
祐巳はふうと顔を見上げ、その人をいつも連想させるその「何か」である光り輝くものを見つめた。
そのネオンにはこう光輝いていた。
「男性用カツラさん 有」と。
正式名称「男性用カツラ三和有限会社」の看板。祐巳はこの「男性用カツラさんわ有」の「わ」が消えた看板が遠目に輝いているのを初めてみたときの衝撃を今でも鮮明に憶えている。だって、あれはあまりにも鮮烈だったから。
(あれっ、あれってなんて書いているんだろ?・・・だっ、「男性用カツラさん」ってなに?? し、しかもあるの!!)
あれは本当にびっくりした。な、なにやってんのよ、かつらさん。いくらなんでもやりすぎでしょ! と思わず突っ込みを入れたぐらいだ。
祐巳はその時からこの看板を見るたびにいつも思い出す。
それほど付き合いが合ったわけじゃないけど、やたらと「名前」の方だけ印象的だったカツラさんのことを。
そして、同時にいつも同じ疑問に祐巳は襲われる。
(・・・そういえばカツラさんって、苗字はなんていうんだっけ?)
カツラさんの苗字。
それは誰も知らない、永遠の謎。 Fin
琴吹が書いた【No:534】「肋骨に食い込む拳」の続きになります。
物語を最初から確認したい場合は
http://hpcgi1.nifty.com/toybox/treebbs/treebbs01.cgi?mode=allread&no=81&page=0&list=&opt=
を参照してください。
私たちは映画館の前に立っていた。
「やっぱり。どれも時間過ぎちゃってるよ」
「そうですね」
「どうしようか……前が少し欠けちゃうけど見る?」
「テレビじゃないのに、それもどうかと……」
「だよねえ」
私たちが映画館の前に戻ってきた時にはどの映画も開始時間が10分から50分過ぎてしまっていた。
つまり、ゲームセンターで遊びすぎたのだ。
最後にやった、クイズゲームが致命的だった。
二人でやったクイズゲームは、お互いの得意ジャンルが綺麗にかみ合い、またそのゲームの進行も面白いこともあって、最後まで終わらせてしまったのだ。
「じゃあ、買いたい物があるんですけど、つきあってもらって良いですか?」
私は、しばらく考えてからそう言った。
駅ビルに向かう途中で私たちはばったりと志摩子さんに出会った。
志摩子さんは私たち二人を見ると、志摩子さんにしては珍しく有無を言わさず、近くのファーストフードのお店へ私たちを連れて行ったのだ。
「どういうことなのか聞かせてもらって良いかしら?」
そう言って、志摩子さんがにっこり笑う。でも、その瞳は何故か全然笑っていなかった。
正直言って、志摩子さんと思えないくらい怖かった。
「えっと、仏像を見に行ったの」
「そうなの。乃梨子は、私の誘いを断って、祐麒さんとデートしてたのね」
「いや、そう言うわけではなくって」
私が志摩子さんに押されてしどろもどろになっていると、祐麒さんが助け船を出してくれた。
「今日は、花音寺の秘仏を見に行ったんですよ。藤堂さんが一緒だと、きっと新聞部のネタにされてしまうから、ってことみたいですよ」
「そうなの。花音寺の秘仏はなかなか見せてもらえなくて、祐麒さんのコネでやっと見せてたの。本当は志摩子さんと一緒に見たかったんだけど、花寺まで行くわけで、しかも祐麒さんと一緒だと目立ちすぎるでしょ?」
私は、祐麒さんの言葉を補足する。
「そう」
そう言って志摩子さんは、アイスティを口に含んだ。
その時の志摩子さんの言葉は妙に冷たかった。しかし、今日の志摩子さんはいつもの志摩子さんとは思えないぐらい、感情的になっている気がする。
いつもこんな事ほとんど無いのに。いつもは見られない志摩子さんを見られて新鮮な気持ちはするけど、でも何でだろうと首をかしげる。
私は少し考えて、導びきだした答えに、少し憂鬱になった。
【No:626】へ続く
『がちゃSレイニー』
† † †
◆ 早朝、福沢家、朝食前
『トゥルルルル、トゥルルルル……カチャ』
「あっ、もしもし。朝早くに申し訳ありません。細川様のお宅でしょうか?」
『はい』
「おはようございます。私、リリアン女学園高等部二年の福沢――」
『祐巳さま?』
「あ、可南子ちゃん?」
『はい祐巳さま、おはようございます。お体の方はもうよろしいのですか?』
「うん。熱も下がったしもう大丈夫だよ。ちょっとお風呂上がりに考え事して、風邪と知恵熱が重なっただけだから」
『祐巳さま。大変なのはわかりますが、お体を大切にしてください。心配してたのですよ?』
「あはは、ごめんごめん。ありがとう心配してくれて」
『……祐巳さま。ドリ、いえ瞳子が口喧しく注意する気持ちが、少しわかった気がします』
可南子ちゃんてばツッコミが厳しい。
「うっ。そ、それくらいで許して。それでね、瞳子ちゃんの事なんだけど。朝は準備もあるし色々忙しいし朝拝ギリギリになっちゃうから、えーと。お昼に私と瞳子ちゃんが話をし終わるまで、瞳子ちゃんが帰ったり逃げたりしないように。それから挫けないように支……一緒に居てあげてほしいんだけれど。お願い、できないかな?」
『……祐巳さま。決められたのですか?』
「……うん、瞳子ちゃんの気持ちは全部聞いていないから、まだよくわからないんだけど。自分の気持ちは決まったから、全部伝える」
『そうですか……善処します。ではダメですか?』
可南子ちゃんには自分の考えもあるのだろう。詳しくは聞かない。
ただ瞳子ちゃんの側に居てあげてほしいだけだから。
「それで良いよ。私の考える事が全て正しいとは限らないから、可南子ちゃんを信じる。その時はよろしくね。あと由乃さんが一枚かむから」
『はい、わかりました』
「じゃあお昼に」
『失礼致します』
ふぅ、これで可南子ちゃんは瞳子ちゃんを支えててくれるだろうと思う。
〜 〜 〜
◆ 早朝、福沢家、出発前
『トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルルル……カチャ』
「あっ、もしもし。朝早くに申し訳ありません。島津様のお宅でしょうか?」
『はい』
「おはようございます。私、リリアン女学園高等部二年の福沢――」
『おはようございます。少々お待ちくださいね』
はぁ、なにか喋っている途中によく割り込まれる気がする。最後まで喋らせてほしいと思うのは、やっぱり我侭なのだろうか。
『祐巳さんおはよう。体の調子は?』
「おはよう由乃さん。大丈夫、元気になったよ。ごめんね心配かけて」
『本当、縛り首ものよ。だから今日は首に抱きついてあげる』
「えーーっ、遠慮しておきますっ」
『冗談よ』
「はぁ」
『で? わざわざ電話をかけてきたという事は何かあるんでしょ』
由乃さんは鋭い。こういうところかなわない。
「ご明察。福沢祐巳、瞳子ちゃんをゲットするため玉砕覚悟で勝負に出ます。だからお願い、由乃さんに手伝ってほしいの」
『よく言った! それでこそ私の親友であり真友よ。骨は拾ってあげるから何でも言ってちょうだい。ふふふ、腕が鳴るわ』
妙にハイテンションだ。少し不安になる。
「えーとね、まず三年生のお姉さま方と白薔薇姉妹には内緒にしたいの。これは私と瞳子ちゃんの問題で皆には関係な――」
『ええ、その方が良いわね』
「は?」
(と、この場合深く追求しないのが得策か。嫌な予感が)
「でね。知り合いの一年生達に協力してもらって、ちょっとしたスパイス入りの噂を流してもらうんだけど、
由乃さんはお昼に瞳子ちゃんを薔薇の館に連れて行ってほしいの。それに可南子ちゃんもついてくると思う」
『そこが決戦の舞台ね』
「う〜ん。まぁそうとも言うけれど。あ、噂になっていると思うので避難とか何とか理由つけて穏便にね?」
『うっ、先を読まれた気分だわ』
「はぁ。お願いだから穏便にね?」
『わかったわよ』
「今から家を出るから」
『今から? 早いわね。なら温室の裏で合流しましょ』
「準備もあるから。って裏? 中じゃなくて?」
『そう、それくらい用心しないと。野次馬と新聞部から逃げ回るんでしょ? 待ってるわ』
「よくわかるね。それじゃあ桂さんが朝練してると思うから誘っておいて」
『ふふふ、祐巳さんの考える事なんてお見通しよ。桂さんね、了解』
「もうっ。『じゃあ後で』」
それだけ確認して電話を切る。では行ってきます。
〜 〜 〜
◆ 早朝、リリアン女学園正門、バス停前
「じゃあお願いね、お昼に三人とも迎えに行くから」
「はい。“藍子”“のぞみ”“千草”以上三名、共同で事にあたりますっ!」
藍子ちゃんの合図で、なぜか敬礼する三人。
(……つっこんだほうがいいのかな? いや)
「力まなくてもいいの、いつも通りでね。色んな場所で三つの噂話を広めてくれるだけで良いのよ。リラックス、リラックス」
噂の内容は次の三つだけ。
『白薔薇さまが多姉多妹制を提案したらしい』
『白薔薇さまが二人目の妹を松平瞳子嬢にしたらしい』
『紅薔薇のつぼみも何人かの妹を持ったらしい』
(志摩子さんのことを少しばかり借用しちゃうけれど、ごめんね。後で謝らないと)
でも志摩子さんは本気だったから。私も本気にならないと。
三人を先に行かせて、後からゆっくりと歩いていく。賽は投げられたのだ。
(昼には終わらせなきゃね)
どれも凄い内容だけど、これなら“あっ”という間に広まっちゃうけど、でも噂なのだ。
噂は噂、真実とは限らない。でもそういうものは少しの真実が加わる事によってより現実味を増すのだ。と誰かが言っていた気がする。
事を裏で運ぶのは先代の薔薇様方。こうやって外堀を埋めていくのは祥子さま(……と、青田先生?)
こんな事初めてだ。今まで見て覚えた事を総動員している自分に我ながら恐ろしいなと祐巳は思った。
真実ではない噂は真実が載った新聞で覆す事ができる、けれど逆はできない。
もし白薔薇革命や一連の騒動が説明無しに新聞に載ってしまったら志摩子さんを助けられなくなっちゃう。
(だから真美さん。三奈子さまみたいに暴走しないでね、信じてる。いつもみたいに原稿チェックさせてね、逃げるけど。後でいくらでも取材を受けるから)
祐巳は背の高い門をくぐり抜け、心の中で先に謝っておく。
(でももし、真美さんが暴走したりしちゃったら……ごめんなさい)
〜 〜 〜
◆ 早朝、リリアン女学園、古い温室
「祐巳さん、ごきげんよう」
「桂さん、ごきげんよう」
桂さんは由乃さんに『祐巳さんのピーンチ』とか言って呼び出されたらしい。
由乃さんてば。まぁピンチと言うか一大決心というか、そうなんだけど。
誰もいないのを確認して温室に入り。誰かが温室に近づいても気付いて隠れられそうな場所を探し三人会議をはじめる。
「あのね、桂さんにお願いがあるの」
「何? 何? 私は良いわよ」
「桂さん、祐巳さん。まず説明をしてそれからよ。実はね」
『白薔薇さまが多姉多妹制を提案したらしい』
『白薔薇さまが二人目の妹を松平瞳子嬢にしたらしい』
(由乃さん、はしょった?簡潔すぎるけど)
「と、こう言うわけなのね。これを噂として広めてほしいの」
「良いけど。はぁ。私、乃梨子ちゃんに助言したんだけど、意味がなかったのかなぁ」
「ううん。桂さんの気持ちは乃梨子ちゃんになら伝わっていると思う。きっと心配してくれてすごくありがたいと思ってるよ」
祐巳が答えると桂さんは、ほっとしたようだ。
「でも多姉多妹制って……もしこれが正式に認められれば、一姉一妹制である現在の姉妹制度は必要ないと言っているのと同じかしら?」
「そ。人気のある上級生に集中する下級生。あるいは人気のある下級生に集中する上級生。あるいは多くの上級生と多くの下級生が大家族の様に、いわば姉妹制度の基本に戻る訳だけど。現代ではこれは難しいわね」
「いわば弱肉強食の世界よね」
「じゃっ、弱肉強食?」
「多姉多妹の強者はいつでも姉妹を取替えできるし、嫉妬や浮気などという概念もなくなる。面倒だからロザリオなんてのも必要無いの」
桂さんと由乃さんが凄く難しい話をしている。ついて行くのがやっとだ。
「志摩子さんの意図はわからない。けれど私はその志摩子さんの妹になった瞳子ちゃんを妹にしたいの。私で良いと言ってくれたらだけど。それに私は多姉多妹制には反対だから、瞳子ちゃんに誰を姉にするか選んでもらうの。だから桂さんには『紅薔薇のつぼみも何人かの妹を持ったらしい』と言う噂も一緒に広めてほしいの」
祐巳がそこまで言い終えると、桂さんと由乃さんが微笑んでくれた。
「祐巳さんが瞳子ちゃんを信じるため、よね?」
「うん……、瞳子ちゃんをいじめることになるのは辛いけれど。でも瞳子ちゃんの本心が知りたいの」
「なにウジウジ言ってるのよ祐巳さん。瞳子ちゃんも志摩子さんのロザリオを受け取ったんだから、これでおあいこ。略奪愛よ」
「「………」」
† † †
◆ おまけ、リリアン女学園、某所
「祐巳さんは逃げ回る覚悟と準備が出来てるけどね」
由乃は腕を組み一人ほくそえむ。
(ふふふ。多姉多妹制に賛成した人は大変よね)
一年生たちに追いかけられて囲まれて『私も妹にしてください』『私も』『私も』って言い寄られる。
あの提案は、真実だから嘘とは言い難い。もしかしたら三年生にも追いかけられたり。
(頑張ってね、乃梨子ちゃん。あなたもなのよ)
根回し次世代 【No:588】 風さん、に、続いているんだけど、このシリーズもはや多少のつじつまは気にしないように。
そろそろ、朝拝の50分前。
ちらほら、と、雪が舞い始めている。
今夜は積もるかもしれない。
「乃梨子。祐巳さんが見えたわ。先に、薔薇の館へ行っていてくれるかしら。暖かくしてお茶を入れていて。」
「わかった、志摩子さん。あのね……。」
「なに、乃梨子?」
「みんな、つながってるの。みんな,祐巳さまにも瞳子にも、志摩子さんにも泣いて欲しくない。忘れないで。」
「うん。」
長身と長い髪が、さっきからマリア様の脇に立っているのが見えた。
「そうそう、瞳子ちゃんを足止めする必要はなくなったわ。可南子ちゃんも一緒に連れて行ってくれるかしら。」
「可南子がいやだって言ったら?」
「その時は無理にとは言わない。けど、たぶん来てくれると思うわ。」
「わかった。それじゃ、薔薇の館で。」
「ごきげんよう、紅薔薇の蕾。」
「ごきげんよう、紅薔薇の蕾。もうお体はいいんですか?」
「うん、ちょっと風邪ひいちゃった。もう大丈夫よ。」
まわりをとりかこまれて、挨拶をしている祐巳さん。
近づいて声をかける。
「ごきげんよう、祐巳さん。」
「あ……ごきげんよう、志摩子さん。」
「もう、身体は大丈夫?」
「うん、熱も下がったし。でも私、ちょっと急ぐんだけど。」
瞳子ちゃんと直接話したいだろう。でも、それはちょっと待って欲しいの。
わかって、祐巳さん。
「瞳子ならまだ来てないわよ。」
あえて、呼び捨てにする。なかったことにはできないのよ。
ちらっと目が泳いだわね。必死で表情を押さえてるけれど。
それは今日は私も同じ。
「薔薇の館に来てくれないかしら。少し話したいの。」
目に見えて戸惑う祐巳さん。
「志摩子さん、あなた、何を考えてるか、わからないよ。」
「3日前までのあなたもね、祐巳さん。だから話したいの。瞳子と話す前に。」
「とうこ・・・・・・・か。わかった。行くわ。」
二人でマリア様に手を合わせる。私が間違った道を進みませんように。
ざざっ、と映画の十戒で海が左右に分かれるようにギャラリーが引いた。
その真ん中を分けて、祐巳さんと歩き出す。
「本気なの?」祐巳さんが聞く。
「姉妹を複数持ってもいいことにするって。」
「本当のことを言うとね、いいも悪いも山百合会が決めることじゃないのよ。」
「は?」
「校則でも山百合会の規則でも何でもいい、姉妹とは何かって書いたもの、見たことある?」
「……ない。」
「でしょ? もともと、上級生が下級生を指導するところから始まって一対一の強いつながりになったけど、それはただの慣習よ。だから多数決も何もないのよ。ほんとはね。」
「ねえ、志摩子さん、姉妹ってそんなに弱いつながりなの? ちがうよね。聖さまと志摩子さんはただ存在してればいいって姉妹だった。乃梨子ちゃんとはもう少し普通の姉妹みたいだけど、別に姉妹でなくてもいいみたい。だけど」
「だけど? 祥子さまと祐巳さんはロザリオがなくなったら切れてしまう関係?」
「そんなことないわ。」
「祐巳さん、考えたことないかな。学園祭の前みたいに、瞳子ちゃんと可南子ちゃんが突っ張りあいながら一緒に山百合会にいて、乃梨子が真ん中で困りながら引っ張ってる光景。」
「夢見たことはあるわ。この3人組が来年の山百合会を背負ったらって。」
「それを自分の妹と思って考えないところがおもしろいのよね、祐巳さんって。」
「はあ。言わないでよ。自分の鈍感さは身にしみました。はい。」
「もし、二人ともが紅薔薇の蕾になれたらっておもわなかった?姉妹は恋人じゃないのよ。違う?」
「………違う。志摩子さん、それ、違うよ。」
「はいここまで、話は二階にあがってからね。乃梨子がお茶を入れてくれているはずよ。」
「なんだか、志摩子さんの思い通りになってるわね。でも、それがなんだか気持ちいい。」
「そう、たまには人の思惑通りになるのもいいでしょ。」
「私、それ、いっつもなんだけど。」
「あー、そうねえ。」
「ふふふふふ。」「へへへ。」
「でも、ここからは本気よ。祐巳さん。」
「ななななんなんですか祐巳さま。このタイトルで行くんですか。」
「だって出ちゃったんだもん。」
「出ちゃったからって、私たちがセクシーダイナマイツパワー強力ですか? 正気ですか?」
「正気も正気。怪盗紅薔薇と言えばあれよ、瞳子ちゃん。杏里が主題歌を歌ってるあの」
「姉妹三人組ですわね。それとこのタイトルとどう関係があるんですかっ。」
「あのね、あちらもジャンプで最初にパイロット版の短編が一つ出て、それから連載になってるのよ。」
「はあ。よくやるパターンなんですね、宮廷社。」
「そう。それで連載10週で人気が出てこなかったら即打ち切り。当時から有名な話。」
「で、それがこのタイトルとどう関係があるんです?」
「その、北条司のパイロット版、それもまだ北条さん学生の時よ。そのサブタイトルがね、『セクシーダイナマイトギャルズ』だったの。」
「うっわー。すごっ。いつの時代の話ですかっ。昭和、なのは間違いないですわね。」
「1981年。昭和で言うとえーと、わかんない。」
「あああ。最近作者がよく自虐ネタにつかう『四半世紀前』ですわね。」
「ジュネ創刊の年。」
「うあああ。前世紀。」
「そりゃもちろん前世紀だってば。」
「それでね。マリみて原作はその性格から言ってもセクシーダイナマイトギャルズは出ないわよね。」
「うーん。だいたいは二次創作の妄想、もとい、創造ですわね。」
「だから、私たちがせいぜい意地を張るの。」
「ちがう……なんか違う……。」
「もともと卒業制作をしながら締め切りに迫られた北条さんが友達から『泥棒家族』ってどうだ、とか言われたのがきっかけだったとか。」
「はあ、今ではよくあるネタですけれど。」
「ただそれでうまいこと話をまとめられる人ってそうはいないでしょ? 泥棒の家族、でも中に警察官もいて。んで、家族がお互いに何をしているか知らない。当時で言えば『赤川次郎が書きそうな話だなあ』になるの。」
「はああ。たしかに。読んだ覚えがありますわよ。キャッツアイとどっちが先だったかは別として。」
「そういうこと。この一連の話、キャッツアイ文庫版のあとがきに北条さん自身が書いているのだけど、んじゃあ、マリみてのアイディアってなんだったんだろう。」
「いきなり話が飛びますね。学園もの、お姉さまものは、パイロット版の『マリア様がみてる』つまり現在の文庫シリーズの9冊目前半に収録されてる『銀杏の中の桜』が書かれたと思われる1997年頃にはすでにたくさんありましたわ。」
「そうなんだけど、そうじゃなくてね。シチュエーションコメディとしての山百合会。私が一年生の時の、三つの主なカップルがあるわね。」
「えーと、キレる超お嬢様と超平凡平均点のペアと、一見はかなげ実は青信号と凛々しいヘタレのペアと、」
「セクハラオヤジ実は内に影を抱えたガチの美形とマリア様のようなやっぱりなにか影を抱えた美少女のペア。」
「いいたい放題ですわね祐巳さま。」
「いいのよ。この空間ではだれも聞いてないから。」
「で、このシチュエーションをどこかで見た、そう言いたいのですわね。」
「そうなの。で、それがどこだったか思い出せないの。たぶん、赤川次郎だったような気がするんだけどなあ……。」
「泥棒家族の方は、タイトルは思い出せないけど、はっきり読んだ覚えがあるのですわね。けど、こちらはねえ。手がかりがあいまいすぎますわ。」
「たぶん、パクッたとしてもそれとわかるようなパクリかたはしてないでしょうからねー。」
「あのね、祐巳さま。それはパクッたとは言いませんよ。触発されたとか言うんです。」
「ま、そりゃそうだ。」
「で、どこがセクシーダイナマイツなんですか?」
「まあ、いいじゃないの。」
「またかい。」
一昨年は、蓉子さま、江利子さま、聖さまの三人で出場し、予選最終問題で、残念ながら敗退。
去年は、祥子さま、令さま、三奈子さまの三人で出場し、予選半ばで敗退。理由は、祥子さまが人ごみに耐えられなくなったから。
そして今年は、祐巳さま、由乃さま、志摩子さんの三人が出場すると言う事だ。
そうなれば、当然私もだまっちゃいられない。
瞳子、可南子さん、そして私、二条乃梨子の三人が、負けじと参加することに。
はっきり言って、私は結構雑学に強い。そしてそれは、可南子さんも同じ事。
瞳子の力は未知数だが、私達の知識が及ばないジャンルで、何かしら貢献してくれることを期待しよう。
そして私達は今、関東地区予選会場に立っていた。
『それでは第1問!』
来た来た。
やはり、若干の緊張は隠せない。
『セシウム133の原子の基底状態の二つの超微細準位の間の遷移に対応する放射の九一億九ニ六三万一七七〇周期の継続時間を“秒”と言う。○か×か!?』
んなもんわかるかーーーー!!!!
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お昼休みのこと。薔薇の館で由乃さんが燃えていた。
「私のいない隙に敵の進入を許したのね」
「由乃さん敵じゃないってば」
昨日、志摩子さんの二回目の呼び出しがあった訳だけど、その顛末を志摩子さんと乃梨子ちゃんに聞いていた。
話によるとK女の人たちがたまたま非公式に訪問してきてて、タイミングよく志摩子さんの呼び出しがあったため、乃梨子ちゃんが生活指導室まで案内して先生の誤解はめでたく解けたとのこと。
だけど、その話を聞いた由乃さんが蚊帳の外だったのが面白くないらしくゴネてるのだ。
「もう、部活なんか行くんじゃなかったわ」
「いいじゃない、無事解決したんだから」
「良くないわ。私まだ見てない」
放っておくとK女に乗り込むとか言い出しかねない勢いだ。
祐巳は志摩子さんに話を振った。
「志摩子さんは会ったんでしょ。どうだった?」
「どうだったって、容姿だけを言えばよく似てる人だなって」
「それだけ?」
「ええ」
「ものすごく驚いたとか、自分がもう一人居るみたいで気味悪いとか無かった?」
「どうして?」
乃梨子ちゃんはびっくりするほど似てたっていってたのにどうも志摩子さんの反応ははっきりしない。
「どうしてって、ねえ」と、由乃さんの方へ視線を送った。
「志摩子さん、もしかして鏡見たことない?」
由乃さんが言う。いや、いくら志摩子さんが変わっているからってそれはないでしょう。 志摩子さんは由乃さんの言葉にクスリと笑った。
「私だって朝姫さんがまわりの人が驚くくらい私に似ているってわかってるわ」
「そうは見えないんだけど」
「だって、顔が似ているくらいで驚いたり気味悪がったら朝姫さんに失礼じゃない?」
そういうことだった。
人を見る時、志摩子さんは顔とか容姿を大きなファクターにしないそうだ。
「私は朝姫さんより一緒に居た春子さんのほうが興味深かったわ」
志摩子さんの言葉になぜか乃梨子ちゃんが苦笑した。
「あの方、乃梨子にそっくりなの」
今までの話からするとおそらく顔ではなく性格であろう。
乃梨子ちゃんの報告と志摩子さんの話を総合した由乃さんは予想どおりの結論を出してくれた。
「やっぱり乗り込むしかなさそうね」
〜 〜 〜
放課後、山百合会の二年生のトリオだけがが薔薇の館に居た。
「由乃さん本気なの?」
「大丈夫よ、あの学校に令ちゃん家の道場に通ってた子がいるの」
「居るからどうなの?」
「祐巳さん分からないの」
「分からないよ」
「協力者を確保したってことよ」
協力者?
「あー、学校に侵入する手引きをしてもらうとか」
「それも良いけど、あれよ」
そう言ってドアの方を指差した。
「なに?」
由乃さんの指差した先、部屋の隅にはなにやら紙製の手提げ袋がおいてあった。
志摩子さんはその袋の方へ行き、中を覗いた。
「……スカートとブラウスね」
そして、袋の中から、おそらくクリーニング屋さんのであろうビニールに包まれた衣服を取り出した。
「もしかして?」
「そうよ。ちゃんとみんなの分あるから」
得意げに胸を張る由乃さん。
いつの間にそんなものを。でも、ということは、話を聞く前から乗り込む気だったってこと?
「令ちゃんに頼んだらすぐ集まったわよ」
令さま、苦労がしのばれます……
実はその道場に通ってた子が大の令さまファンで、そのお友達にも数人令さまのファンがいて、至急貸して欲しいという令さまの頼みにもうものすごい勢いで協力してくれたってことらしい。これは後になってから知ったのだけど。
「さっさと着替えて行くわよ! 祥子さまに見つかる前に」
ちなみに祥子さまは、今日はちょっと遅れてくることがわかっている。
「え、えーっと、わざわざ着替える必然性が判らないんだけど」
「リリアンの制服は目立ちすぎるからに決まってるじゃない」
「普通に訪問してもいいんじゃない? 一応知り合いが居るってことだし」
志摩子さんは会ったわけだから。
「お忍びなのよ、公式訪問じゃないの。それに普通に行ったら面白くないじゃない」
なにが『面白く』なのか。由乃さんって最近、江利子さまに似てきた気がする。
「志摩子さん、どうする?」
「私はかまわないけど」
乗り気なのかどうでもいいのか志摩子さんが反対しなかったって時点で変装しての訪問は確定してしまった。
「こうなってしまった由乃さんはもう止められないわ」
「そうね……」
いそいそと着替えはじめた志摩子さんにならって祐巳も急いで着替えた。
「う、なんか私のスカート短い……」
リリアンの制服と比べたら、膝上何センチというスカートは短いと感じてしまうのだけど、由乃さんが選んだのは特に短くて、気をつけて行動しないとぱんつが見えてしまうかと思うような長さだった。
「私のはそうでもないけど……、でもちょっと恥ずかしいかな」
リリアンの制服に慣れているので、なおさらそう思えてしまう。
「慣れればどうということは無いわ」
志摩子さんはなんか平然とそんなこと言ってるけど。
でも。と、自分の足元を見つめる祐巳。
由乃さんと志摩子さんに比べて、やっぱり体格の差が……。
「祐巳さん、どうしたの?」
「え、いや、似合ってるよ。その制服」
「あら、ありがとう」
「もう、いくわよ! ぐずぐずしてたら誰か来ちゃうわ」
そんなこんなで、あわただしく会議室を後にした。
外に出たところで乃梨子ちゃんと鉢合わせた。
「あ、朝姫さん!?」
「乃梨子、私よ」
「志摩子さんなの!?」
「お見合いしている場合じゃないの」
固まった乃梨子ちゃんと向き合っていた志摩子さんを引っ張っていく由乃さん。
「あ、ちょっと!」
「ごめん、乃梨子ちゃん、あとのフォローよろしく」
一応そう言い残して、先に駆けていく由乃さんを追った。
後ろで乃梨子ちゃんがなんか叫んでいたけど彼女なら上手く言いわけしてくれるはず。
(続き【No:656】)
スキャンダラスな貴女トラブルQ&A 【No:589】 くま一号に続く
がちゃS レイニーシリーズ
「きゃああああ」
「令さまー。」
「あの、私を妹に〜。」
どどどどどどとど。いきなり駆け寄る集団。
「なななな、なんなのこれは。」
「黄薔薇さまあ、逃げないと、あの、つ、つ、ぶされますよっ。」
「しょう、こちゃん? なんなの、これは。」
「ですから、これ、この、ごうがいっ。」
・・・・あーあ。全部書いちゃったのか。
こういうことをするのは誰かって、決まってるよねえ……。まあ、連帯責任だよね。
「それで、笙子ちゃんもおつきあいで追っかけられてるのね。」
「蔦子さまなんて、一年生と三年生に囲まれてたいへん。どうなっちゃうんですか。」
「どうなるかって、祐巳ちゃんが動けば学園大騒ぎって決まってるの。」
「そんなあ。」
「さーて、走るかっ。」
「黄薔薇さまあ、置いていかないでくださいぃぃ。」
どどどどどどど。
−−−−−−−−
まだ、外の騒ぎに気がつかない薔薇の館。
はいってきたのは、志摩子と祐巳。
「ごきげんよう。」
「ごきげんよう、白薔薇さま、紅薔薇のつぼみ。」
「ごきげんよう、お姉さま、祐巳さま。」
「ごきげんよう、乃梨子ちゃん。可南子ちゃん、来てくれたんだね。」
「はい。祐巳さまのお役に立つならば。」
乃梨子ちゃんが先に呼んできたんだろう。薔薇の館で見るのはずいぶん久しぶりだ。
いつもと違う席だけど志摩子さんと向かい合うように座った。紅茶を置いたあと、ごく自然に志摩子さんの隣に乃梨子ちゃん。祐巳の隣に可南子ちゃんが座った。
「ねえ、祐巳さん。あなた、瞳子をどれだけ傷つけたかわかっているかしら?」
「わかってる、と思う。本当に勇気を出してくれたんだから、真っ正面から答えていなきゃいけなかったの。」
「そんなことじゃないわ。あの時、瞳子がなにに打ちのめされていたか。レイニーブルーをまだ消せていないのは祐巳さんよりも瞳子よ。」
「どういうこと?」
「あの時、紅薔薇さまを追いつめたのは自分だと思っているのよ、瞳子は。」
「まさか、だって、瞳子ちゃんはずっと事情を知っていたんだし、あの時」
「あの時祐巳さんを遠ざけたのは自分だと思っている。その上、紅薔薇さまの助けになれなかったのも悔いているの。」
「瞳子ちゃん、志摩子さんにそれを話したの?」
「半分だけね。半分は想像だけど、外れていないと思うわよ。」
「そんな。私にはなにも言ってくれないのに。」
「言えるわけないじゃない! 祐巳さん、あなたずるいわ。瞳子の想いに気づかないふりをしていたんじゃないかって何度も思ったわ。」
「だって、お姉さまにあこがれていたんだよ、祥子お姉さま、祥子お姉さまって、なついて、お姉さまだって……。」
「最初はそうだった、でもそれが変わったのはいつ頃だと思う?」
「わからない。本当にわからないの。」
「随分前のことよ。まだ祥子さまが休んでいる原因が分からない時に、祐巳さんとミルクホールで喧嘩したでしょ。あの時、瞳子は『見損ないました』って言葉を使ったそうね。」
「うん……。」
「セリフには敏感よ、瞳子は。期待があったから『見損なった』なの。」
「そんなに、前から……。」
「瞳子は『祥子お姉さま』をそれほどに引きつける祐巳さんのことを調べ始めたそうよ。」
「瞳子ちゃんが私のことを?」
「学園祭の時、祥子さまがいきなり出したロザリオを祐巳さんは受けなかった。みんなはそれが凄いって言うんだけど、瞳子はそれは当たり前、顔も知らない相手にぶつかったからって出されたロザリオなんて受け取れないって、そこは当然っていうの。」
「ふーん。ずいぶんぎりぎりまで迷ったけどなあ。」
「問題はそのあと。祐巳さん、それなのに祥子さまの弁護を始めたわよね。それで賭になった。」
「だって。理不尽は理不尽だもの。」
「そこよ。それが祐巳さんの謎だって。そして、祥子さま。瞳子にしてみればなにがあったかわからないけれど、祐巳さんはロザリオをください、シンデレラをやりますって言ったのよね?」
「うん、そう。」
「ところが、祥子さまは180度態度が変わって、いったん祐巳さんの申し出を断ってシンデレラを演じ切ってからあらためて賭も同情もなく祐巳さんにロザリオを差し出した。わずか二週間の間に、そこまで祥子さまを変えた祐巳さんっていったいどんな人だろうって。瞳子は最初から一目置いていたのよ。」
「一目おいていて、『この方、おっかしいのですもの。』なの? 瞳子ちゃんらしいけど。」
「そう。まさに瞳子らしい。最初っからね。」
「祐巳さま、あの喧嘩のあとドリ、じゃなくて瞳子を薔薇の館に呼び寄せましたよね。」
「うん、でも可南子ちゃん、瞳子ちゃんはあの時私の妹になりたいなんて思ってはいなかったと思うけど。」
「私が体育祭の賭けを持ち出された時だって思ってはいませんでした。でも、祐巳さま、あなたはそうやって自分の苦手になった相手も懐に引き入れてしまう。瞳子だって、そこでなにか感じたと思うんです。」
「祐巳さんが、瞳子が祥子さまを見つめていると思っている間ずっと苦しんできたのよ。梅雨の悪夢に。瞳子の方から言えるわけがなかったの。」
「だって、あれは私と祥子さまの問題で瞳子ちゃんは悪くない。」
「瞳子自身がそう言えるの? 祐巳さんが自分と祥子さまの問題って解決済にしてしまったことを瞳子がずっと悩み続けていなかったとでもいうの?」
……元気になっちゃって。祥子お姉さまがいないのに急に元気になっちゃって。
そういうこと、だったのか……。
「志摩子さん、そこまでわかっているならどうして。」
「今までなにもできなかったか? ロザリオ渡しでもしなければ瞳子の壁はやぶれなかったのよ。紅薔薇さまにも、乃梨子にもこれは相談できない問題でしょう。今、私が『姉』として聞かなければ、意地っ張りの瞳子が話したと思う? おんなじように意地っ張りで強情でなんにもわかってない祐巳さんには絶対に話さなかったわよ。」
「志摩子さん! 瞳子ちゃんを呼び捨てにするのはやめて。お願い。お願いだから。」
「……。」
「志摩子さん、あなたの妹は乃梨子ちゃんひとりなんでしょう? 瞳子ちゃんにロザリオを渡したからってそれは変わっていないんでしょう?」
「……。」
「お願い! そうだって言って。」
「そうよ。そうね、私もごまかしはやめるわ。私の妹は乃梨子だけ。」
ふう。息をついて椅子にもたれかかる祐巳。
「このことを話し合わずに、今日瞳子ちゃんと祐巳さんの二人で会ってロザリオを渡したとしたら、瞳子ちゃんはたぶん受け取って、私のロザリオは返すでしょうね。でもレイニーブルーがそのまま残ってしまう。いつかもう一度繰り返す。そう思ったのよ。」
「志摩子さん……。」
「むちゃだったかしら。ひっぱたいてもいいわよ。」
「そんなこと、できない。」
「乃梨子も、ごめんなさいね。」
「友情です。」茶化したように言う乃梨子ちゃんの目に光るものが。
「祐巳さま、あなたはご自分で思っているよりもずっと素敵な方なんですよ。」
「なな、なに、いきなり可南子ちゃん。」
「『今の』私がこう言ってもそれでも信じられませんか。」
「ほめられるのってなれてないよ。」
「瞳子も私も、一度祐巳さまといざこざがあって、そのあと祐巳さまからもう一度手をさしのべられた、そうですよね。」
「うん、手をさしのべたなんて大げさなものじゃないけれど。」
「いいえ。現に、この前の茶話会で落第しちゃった三人、なにか祐巳さまのために働いているようですけれど?」
「ののの、乃梨子ちゃん、なんでそれを。」
「かまをかけただけです。」
「乃梨子ちゃん!」
「でも、そうなんですね。祐巳さまってそういう人なんですよ。祐巳さまを本当に嫌いになれる人なんていないんです。信じましたか?」
「信じて欲しい相手にはわからないよ。志摩子さんのロザリオを受け取って、今はまだ掛けている。」
「私のこと? 冗談で、でなければ乗せられてお姉さまって呼んでくれたこともあるわよ。でもそれ以上は、祐巳さんが自分で聞くことね。」
「わかったわ。」
「瞳子ちゃんも苦しんだ。忘れてはダメよ。あとは信じること。」
「ねえ、志摩子さん。」
「なにかしら。」
「あの、ありがとう。」
「ううん。祐巳さんを追いつめただけで終わってしまうんじゃないかってずっと不安だった。私こそ、ありがとう。」
「それじゃ、行くわ。もう一つ約束があるの。」
「瞳子ちゃん?」
「ううん、それはまだ。もうひとつ準備、がね、てへへ。」
−−−−−−−−
「……可南子さん、外、騒がしいよ。」
「……なんなのかしら。」
「あーーあの、新聞っ。まさかみんな姉妹がいる人の二人目ねらいで?」
「そうよ号外。祐巳さんったらあそこまでやるかしら?」
「ちがうわよ。私は新聞部に指図するのはいやだから、何も話してはいないわ。そもそも今朝いきなり志摩子さんに連行されたんだもん、真美さんと話をする暇なんて無かったわよ。」
「三奈子さまでしょうか。」
「ちがうでしょうね。こういうことをするのは。」
「……暴走機関車。」
「……あの、青信号……。」
「噂を流すだけって言ったのに。」
「え?」
「あん?」
「あ、しまった。」
「ふふふ。これが来年の山百合会の結束よ、ねえ、祐巳さん。」
「あー。もう。しょうがないなあ。これから打合わせよ。もお。」
「ここで話したことは由乃さんには今日だけ伏せておいた方がいいわよ。瞳子ちゃんとひっかきあいになりかねないわよ。」
「はあ。そうね。いずれは全部話すけど。」
「それでフォローは全部、乃梨子の役なんですよねー。可南子さん、走るわよ。」
「ななな、なによ乃梨子さん。私はもともと姉はいないのよ。べつに号外が出たからって関係ないじゃない。」
「甘いわね。この雰囲気に踊らされてロザリオが乱れ飛んでるに違いないわよ。」
「私を妹にしようなんて物好きがいるかしら。」
「とんでもない。紅薔薇のつぼみを振ったクールビューティ。二年三年のお姉さま方がこのさい放っておくわけがないって。」
「この際ってなんなのそれー。乃梨子さんそういうあなたは。」
「私も走るわよ。今日は、祐巳さまと瞳子を守るために、学園中力の限りに走るのっ。」
「あははは、いいわそれ。あのドリ、もとい瞳子にふさわしいって。」
「お姉さまはどうするんですか? お聖堂にでも避難します?」
「だいじょうぶよ。私はこれ以上姉妹は作りません、ってにこっと笑えばわかってもらえるわ。」
「それは白薔薇さまだけですーーー。」
「それはお姉さまだけですー。」
「それは志摩子さんだけ〜。」
「しょーがねー、行くよ可南子さん! 私たちが出て少ししたらこっそり出てください、祐巳さま。」
「リリアンで私についてこられるのは陸上部の他は黄薔薇さまくらいよ。Go!」
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いちごのたると。 くるみのたると。 りんごのたると〜♪
ちぇりーのたると。しょこらのたると。 らずべりーのたると〜♪
「まあ、乃梨子。 一体どうしたの?」
空の上からよく知った声が降ってくる。 のりこは、そこら中に林立しているたくさんの大きな足のうち、一番色白な一組に当たりを付けてぐいと体を反らして仰ぎ見た。 深い緑のプリーツが邪魔で顔が見えない。 だけれど、この声とほんわりした雰囲気。 大好きな志摩子さんに間違いない。
「ごきげんよう。 お姉さま。」 のりこは精一杯大きな声で挨拶した。
するとその足の持ち主は、軽やかに裾を捌きながら乃梨子の眼前にしゃがみこむと、微笑んで言った。
「ごきげんよう。乃梨子。 今日は随分と小さいのね。 どうしたの?」
「よくわからないけれど、昨日の朝、目が覚めたらこうなってた。 」
「まあ、そうなの。 とても可愛らしくて素敵だけれど、話がしにくいのが難ね。 ほら。」
志摩子さんは両手をそろえて、水を掬うように そうっと私の前に広げた。
「あはっ 」 ぴんと来た。 以心伝心の姉妹って良いもんだなあ、と思いながらその手のひらの上にぴょいっと飛び乗り、ぺたんと座り込む。
志摩子さんは、揺らさないように そうっとそうっと私を持ち上げセーラカラーの上に載せてくれた。 それから、ゆっくりとした動きで立ち上がってくれる。
「志摩子さんは、なにか小さい生き物を飼ったことがあるの? 」
「まあ、なぜかしら。 」
丁度自分の身の丈ほどの、志摩子さんの横顔を見ながら話し掛ける。 今までよりも格段に会話がしやすいなあ。
「昨日、菫子さんに、この持ち上げてくれる時の加減とかを解って貰うのに、随分苦労したもの。 ほら、菫子さんって、あの通り、いちいち動作がキビキビしてるから、何度振り落とされた事か。 」
小さくなって体が軽くなったおかげで、大事には至らなかったけど。 もう、バンジージャンプ (命綱無し) を一生分味わったよ。
「だから、志摩子さんの動き方とか、すごく楽で助かるの。 今も、殆んど肩を上下させずに歩いてくれているでしょう? だから、何か経験があるのかなって。 」
「ああ、そういうことね。 動物は飼ったことが無いわね。 でも、乃梨子の事が大事だから、自然、気遣うとこんな風に動いてしまうのよ。 」
視界が広がって周りの様子が良く見えるようになると、随分たくさんの生徒がこっちを見ているのが解った。
うんうん。 私のお姉さまは素敵でしょう? 見とれるのも無理ないよ。
「それで、その制服はどうしたの? 菫子小母さまの手かしら? 」
「ううん、これは菫子さんのコレクションの人形の服だよ。 」
「まあ、でもリリアンの制服そっくりよ、それ。 」
「うん、なんでもリリアンのOGのみ購入できる 1/8 リリアン人形ってのが有るんだって。 各年度の山百合会の幹部がモデルだって話だよ。 私の服は2代くらい前のちょうど身長が同じ人のものを貰ったの。 」
「ふふふ、ちょうど合うものが有ってよかったわ。 でないと、すっぽんぽんだったのね。 でも、そういうのもちょっと見てみたかったかも。 」
「もー、お姉さまのエッチ。 」
「あら、女の子同士なのだから、エッチというのとは違うと思うわ。 」
「うー、口が巧いんだ。 」
◆◆◆
白薔薇さまと、そのつぼみの心温まるじゃれあい。 ……のはずなんだけれど。
片方が身長20cmにも満たない状態で、もう一方の肩に座っているのに何故微笑ましく会話が続くのだろう。
世界が斜めになったような、微意妙な感覚を味わいながら、祐巳は今にも飛び掛りたくて仕方が無さそうな猫由乃さんの首根っこをひっ掴み、傍らの瞳子ちゃんに聞いてみた。
「ねえ、瞳子ちゃんも、小さくなったら私の肩に乗ってくれる? 」
それまで、祥子様のようにハンカチを噛み締めながら嫉妬の混じった目で二人を凝視していた瞳子ちゃんは、こわれたレコードになってしまった。
「にゃにゃにゃにゃ、、、」
「ねこ? 」
「にゃにをいきなりおっしゃいましゅきやー。」
まっかになってプンスカ腕を振り回す辺りが可愛いな。 やっぱり、乃梨子ちゃんより私の方を見て欲しいもんね。 だから意地悪。
「そんな事より、問題は乃梨子さんでしょう。 紅薔薇さまらしくシッカリして下さい。 」
「んー。 でもほら。 そこは白薔薇姉妹だし。 ああいうのも有りじゃない? 」
「そんな、 黄薔薇さまはスイッチが入ってしまって使い物にならないのですから。 紅薔薇さまが何とかしないと。 乃梨子さんが…。 」
「ふーん。乃梨子ちゃんがそんなに大事なんだ。 それで、肩に乗ってくれるの? くれないの? 」
「の、ののの、乗りません。乗りませんったら乗りません!!! いい加減にして下さい紅薔薇さま!!! 」
「紅薔薇さま、か。 瞳子はいつまで経っても 『お姉さま』 って呼んでくれないよね。 そんなに乃梨子ちゃんのほうが好いんだ。」
「そ、そういう問題では有りません。 はぐらかさないで下さい。 今は非常事態なのですよ!! 」
「いやあ。 アレを見る限り、放って置いても大丈夫だよ。 それより今は2人のことを話そうよ。」
ちらりと見遣ると、やっぱり甘々。
◆◆◆
「それでね、こうなっちゃってから菫子さんが妙に優しいんですよ。 今日も帰ったら手製のタルトを焼いてくれるんだって。 だから今、たるとの歌 (ちびのりこ作) を歌ってたんです。 お姉さまはタルト好きですか? 」
「ご免なさい。 洋菓子はあまり食べないから、判らないの。 でも、『ちびのりこのたると』 なら食べてみたいわね。 」 (菫子さまは、小さい子が好きだったのね。 あの方には負けられないわ。)
リリアンは、今日も平和で甘々だった。 乃梨子がちび化した位では動じないらしい。
「何なのよ!このタイトルは!」
「よ、由乃さん、落ち着いて」
「確かに、レイニーシリーズでは出番が少ないうえに、大した事もしてないし、挙句の果ては余計な事もしちゃったりしてるわよ!」
「よ、由乃さ――」
「まさか瓦版であそこまでの事態になるとは思わないじゃない!」
「あの――」
「だけど、それもこれも、祐巳さんと瞳子ちゃんの事を思ってやったのよ!?」
「その――」
「それなのにっ!援護出来ないってどういう事よ!!足手まといってわけ!?」
「……足手まといって言うより、暴走系…?」
「何か言った、祐巳さん?(ギロリ)」
「イ、イエ。ナニモイッテマセン。」
【聖と志摩子の場合】
「あ・・・・・・」
その時、二人とも初めて認知したのだ。
髪といわず制服といわず、白い花びらをまとった少女がこちらを不思議そうに見つめているのを。
しかし、それにしても何ということだろう。白い少女は、まるで鏡に映った自分のようではないか。
風の収まった桜の木々の中で、チラチラと染井吉野の花びらが小雨のように降る中。
しばらく、二人は無言で向かい合っていた。
【志摩子と乃梨子の場合】
瞬間、乃梨子は息をのんだ。
「──」
黄緑色の新芽をつけはじめた銀杏が林立する木立の中でただ一本、大きく枝を広げた染井吉野が今を盛りと花を咲かせている。
その下に、マリア様が立っていた。
しかし、何て美しい光景なのだ。表現する言葉もない。
やがてマリア様は乃梨子の視線に気づき、優雅に振り返って言った。
「ごきげんよう」
「・・・ご、ごきげんよう」
【聖と乃梨子の場合】
「大丈夫だと思うよ」
後ろから声が聞こえたような気がするが、今はそんな事に構っていられない。
「志摩子さんっ! 志摩子さーん! かむばーっく!」
「いや、だから大丈夫だと思うよ・・・って、聞いてる?」
「ああ、どうしよう。やっぱりここは、誰か信頼できる大人に相談した方が良いのかな?!」
「はいはい。ここに大人が居るから、落ち着いて私の話を聞・・・」
「ああでもっ! ここにはそんな信頼できる大人の人なんて居ないし!」
「しくしくしく・・・」
何か聞こえる泣き声に振り返ると、端整な顔立ちの女の人がしゃがみ込んで泣いている。
「あの・・・こんな所で泣いてたら邪魔ですから、退いてくれません?」
「君は無感情か」
古い小さな教会にしては立派なパイプオルガンが、静かで荘厳なメロディーを聖堂内に響かせている。 祝典が始まるまでまだ時間がある、参列者は穏やかに談笑して今日の主役の登場を待っている。
リリアンの大学を卒業して6年、月日の経つのは早いもの、薔薇の館での忙しくもにぎやかで充実した日々はいまも忘れられない。
水野容子さまは、大学卒業後、法律事務所に事務として就職されて、今年3回目の司法試験にチャレンジされるのだそうだ。 『5回くらいは覚悟のうちよ。 それくらい困難じゃなければ目指す価値なんか無いわ』 相変わらず強い方だと思う。
佐藤聖さまは、現在リリアンの中等部で教鞭をとっていらっしゃる。 気さくだからかなかなか人気があるんだとか。 『ふふふふ、今度はキッスから教えてあげるからね〜』 淫行教師として捕まらない事を祈っています。
鳥居江利子さま、今は山辺江利子さまは、先日双子を出産された、女の子だそうだ。 『子供って思いもかけないことしてくれるから結構楽しいわよ』 どうやら育児ノイローゼの心配はしなくていいようです。
丁寧に掃除されている綺麗だが年代を感じさせる祭壇。 長い年月ここに集う人々に、やさしく慈悲深い微笑を投げかけ続けているマリア様。 正面のイエズス様はいったい何組の永遠の誓いをお聞きになったのか。 そしてまた、お二人に見守られて華燭の典が開かれようとしている。
小笠原祥子さまは、海外に留学後、経済学の博士号を取るため研究施設に入られている。 『なかなか思うとおりになってくれないわね、いろいろな人の思惑が絡んでくるから』 アドバイスを求められたのだけれど、私には難しくてよく分かりません。
支倉令さまは、先日7冊目の料理のレシピ本を出版されテレビ出演などもされている。 『もう8冊目の依頼が掛かっているのよ。 いま資料とか古文献とか読んでいる最中よ』 今度は、豆腐料理を中心にされる予定とか。
10月の柔らかな太陽の光に照らされて、細かな模様の美しいステンドグラスから、祝福の天使が床の模様としてきらきらと降り立っている。
松平瞳子ちゃんは、舞台と洋画の吹き替えなどを中心に活躍している。 ”摩訶不思議シリーズ”は、いまだに続いていてその同行取材や聞き取りにと忙しそうだ。 『たしかに忙しいですわ。 でも、好きなことをやっていられるのです。 疲れませんわね』 充実した毎日のようです。
細川可南子ちゃんは、雑誌の編集者として、なんと瞳子ちゃんの”摩訶不思議シリーズ”の担当をしている。 『締め切りの読みが甘い作家のお守りって大変です……』 そう言いつつも楽しそうに微笑んでくれた。
二条乃梨子ちゃんは、先日心霊相談の仕事を本格的に始めるため、マンションの一室を借りたんだとか。 『もう少し睡眠時間がほしいところですね』 一度相談を受けた人からは昼夜を問わず電話をしてくれてもかまは無いということにしているんだとかで……お肌大丈夫?
有馬菜々ちゃんは、なんとアメリカで剣道の道場を開いている。 『”剣道の発祥は韓国だ”なんてことを言っているなんて許せますか?』 攻勢に出た菜々ちゃんは強い、がんばれ〜〜。
曲が変わる、祝福の中にも緊張感が混じり今日の主役達の登場を待ちわびる。 やがて、聖堂の後ろの入り口が静々と開き、ゆっくりと、ゆっくりと時が動き出す。
福沢祐巳……私は、少しバージョンアップしたお父さんの設計事務所で事務と営業と言う兼業をしています。 まあ、私の事はいいでしょう……。
藤堂志摩子さんは、リリアンを卒業後イギリスに留学そちらで宗教学の助教授になって、なんと今朝ペルーからこの式のためだけに帰ってきた。 『なかなかスリルがあったわ、ライフルを突きつけられたり、遺跡の中で転がる石に追いかけられたり、ネオナチが襲って来たり……』 笑顔で言っているけれど、それって本当に宗教学?
島津由乃さんは、由乃さんは…………。
赤いヴァージンロードを、真っ白なウエディングドレスを身にまとった親友がゆっくりと神前へと進む。 お詫びデートなんて言っていたけれど、あの日祐麒に魔法を掛けられた由乃さん。 『もう終わりよ!!』と言うような喧嘩もあったけれど、その魔法は解けることはなかった。
『永遠の愛なんていらない。 せっかく好きになったんだから、もっともっと好きになりたい。 もっともっと愛していきたい』 そう言っていたと言う友。 でもここでの台詞は ”死が二人を別つまで、永遠に愛することを誓いますか?” さて、なんと切り替えしてくれるか、お義姉ちゃんは今から楽しみにしています。
ここは私のいう、いわゆる『森の中のホテル』
「由乃さん!! 僕、あなたには絶対負けませんからね!! ぼ、僕は、来週にする心臓の手術、これが終わったら、貴方から令さんを奪いに行くんです、だから!!
その、あの、そ、そして、ゴニョゴニョ、なんですよ。」
心臓・・・ なるほどね。
「ふっふっふ!!・・・ オコチャマの分際で私の令ちゃんに横恋慕しているんだ?
身の程知らずとはこのこと、あなたに 私から令ちゃんを奪えるかしら? 片腹痛いは!! 私同様、健康体になったら掛かってきなさい!!
おっ〜〜〜〜〜〜 ほっほっほ、おほほ、ほっほっほっ〜〜〜い !!」
「クッ 負けるか!! あ〜〜〜〜はっはっはっは・はっ・・ ゲホゲホ!!」
あら!? 心臓だけでなく、肺の障害も併発してるのかしら・・・ ふん!! がんばってるじゃない!! 最高よ!! 本当にがんばりなさい!!
「でも、無理ね、 だ・め・よ・ ボクちゃん にひひ!! 令ちゃんは私メロメロなの、それになんと言っても、私は手術が終わってる、いい、貴方にとっては私はスーパー由乃なのよ、通常の3倍(?)なのよ、勝ち目があるとお思い? それに、あなた、手術怖いんでしょう?」
「チクショウ!! バカにするな!! 僕は手術なんか怖くない!! それに、手術が終わればボクは10倍になるんだぞ(?)絶対勝ってやるんだから!! そして、お前にも勝つんだ!! て、いうか、楽勝なんだからな!!」
ほんと、昔の私にも言ってやりたい言葉ね・・・
「なるほど、えらい、よく言った!! でも、ボクちゃん、貴方が帰ってくる頃には令ちゃんの全ては私のものになってるかも? そしたらどうする?」
「奪い取ってやるさ!!」
「あら、穏やかじゃないはね。」
「出来るのかしら?」
「絶対、出来るさ。」
「ホント、楽しみ ♪ 期待して待ってるはね。」
「 いつか『ギャフン』 と言わせてやる。 」 ギャフンとは、なんとも古典的でいいじゃないの。
「ホントに、令ちゃんが好きなのね?」
「・・・・・」
「あら? お顔真っ赤よ、照れちゃってホント、可愛いはね♪」
「・・・・・」
チュッ!!
私は小さな紳士の頬に軽くキスをした。
「な・な・な!! 何をする、です、うを!?」
「べっつ に〜〜〜 およ? てれちゃった、発情しちゃった、 こんな美人なお姉さんにチッスされて。」
「むっき〜〜〜〜 !! 」
「うるさい、こ、この、変態バカ女〜〜 !!」
「な、なんじゃと〜、この、色ガキ〜〜 うが〜〜!!」
まあ、そんなこんなもあったりなんたり、今は昔。
その後、私たちはとても力強い握手を交わし分かれた。
帰りの電車の中。本能が危険を告げた。 (ピコーン・ピコーン。 危険信号音発令中)
今更ながら物凄いことに気づいた、 そう言えば今日は菜々が居たんだ・・・ やばい!!というか、ほとんどほっぽといてました。(て、ゆうか完全忘却)
すごい目で睨んでいる 菜々!! かなり・・・ こわひ・・・
「な、 菜々・・・ちゃん?」 私は静かに語りかけた。 な・な・・・
「ごめん、菜々、本当にごめん。」 菜々はこっち向いてくれない。 なんだか身体をプルプル震わせている。
「由乃さまは・由乃さまは・・・」
「菜々!? 本当にごめん、 ね!! 落ち着いてお願い ・・・って !?」 んあ?
「由乃さまは・・・ 私より、あんなオコチャマがいいんだ〜〜 うわ〜〜ん〜〜 由乃・・・ 由乃さまの・・・ おヴァ〜〜〜 か〜〜〜〜〜 !! 」
わんわん泣きながら、竹刀を振り回し、(て、何処に隠してたのよあんた!!)まるで小型台風のように暴れまわる菜々。
「菜々・・・ お、落ち、ご、ごめ、やめ、 ぶ!! 」
菜々の竹刀を受け、ぶっ倒れる由乃を見ていた(たまたま乗り合わせていた数人)リリアンの生徒は、声を合わせていった。
『やっぱり、これって、黄薔薇ファミリーの伝統・・・なのかしら?』
なんてゆうか、それは誰も知ってはいけないことだと思うよ。たぶん。 (れ○ちゃんからのお願い。)
数年後・・・
世界剣道選手権大会決定戦・決勝戦(男女無差別級)
「今度こそ、今度こそ!! ギャフンと、言わせにきましたよ。 由乃さん。」
「ふん!! まだまだ、甘チャンな坊やには負けないはよ。」
「まったく、いつまで経っても、なんでこんなにオコチャマなんでしょう、この2人は」 ふう〜 と、ため息をつく審判。
「うるさい!! 開始の合図はまだなの!! 菜々!! 」 ギリギリ
「 お姉さま、私は、今は主審なのですから、名指しはおやめくださいな。 」
「だったら、早く始めなさい・・・ 」 ギリギリ
「判りました・・・ 」 始め!!
スパ〜〜〜ン
少しの時間の後、とても軽快な音と、声が響いた、
『 面!! 一本!! 』