がちゃS・ぷち

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No.2247
作者:杏鴉
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2007-05-01 06:54:56
萌えた:2
笑った:0
感動だ:2

『が今そこにいた』

『藤堂さんに古手さんのセリフを言わせてみる』シリーズ

これは『ひぐらしのなく頃に』とのクロスオーバーとなっております。本家ひぐらしのような惨劇は起こりませんが、気の毒なお話ではあります。
どうぞご注意を。

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――木曜日・朝――


「祐巳ちゃん大丈夫? やっぱり病院で診てもらった方がいいんじゃない?」
「寝てれば治ると思うから……」
「そお? いちおう保険証出しておくから、辛くなったら行くのよ」
「うん。分かった」
「あまりお姉さまに心配かけちゃダメよ?」
「……うん」
「それにしても、祐巳ちゃんは妹思いのお姉さまをもって幸せ者よねぇ。素敵なお嬢さんだし、なんといっても薔薇さまだし、それに――」
「――お母さん。そろそろ行かないと、お父さん待ってるんじゃない?」
「あら、いけない。じゃあ、いってくるわね」
「いってらっしゃい」

身体中が痛くて(これは筋肉痛のせいだと思うが……)熱も少しあったので、私は久しぶりに学校を休んだ。
昨日張り切りすぎたというのもあるが、原因はそれだけではないだろう……。精神的に参ってきているのが自分でもよく分かる。
ただでさえそんな状態なのに、さっきのお母さんとの会話でさらに気が滅入ってしまった。

「はぁぁ……」

見慣れた天井をぼんやり眺めながら、最近お馴染みのため息をつく。
しぃんとした部屋で、時計が時を刻む音と、私のため息の音だけが耳にうるさい。
お母さん達はもう出かけてしまったのだろう、私の部屋だけでなく福沢家全体が、しぃんとしている。
今日はお父さんの仕事の都合で、二人とも夜にならないと帰ってこない。祐麒は当然学校に行っているので、今この家には私一人だけだった。

まだ午前中だが、睡眠時間はもう十分過ぎるほどとっていたので、これ以上眠るのは難しい。
一人静かにベッドの中でごろごろしていると、良くない考えばかりが浮かんできて、私の気分はどうしようもなく沈んでいった。
このままではいけないと思った私は、痛みを訴える筋肉たちを無視して、のそのそとベッドから這い出した。
目指すは電話。
私は携帯電話の番号が書かれたメモを片手に、受話器を取る。
まだ見慣れぬ番号をつたなくプッシュした私は、コール音を数えながら相手が電話を取ってくれるのをじっと待った。
平日のこんな時間でも、もしかしたら連絡がついて、なおかつ今私が話をすべき人物――蓉子さまの声が聞こえてくるのを、じっと待った。





うぅ……やっぱり恥ずかしい。
今日は二度目の来店だけど慣れる、なんて事は無く、ウエイトレスさんの顔(姿も)なんてまともに見れない。
私の視線はメニューに釘付けだ。
やっぱりこのエンジェルモートというお店は、私には刺激が強すぎるよ……。

なんでまたこの怪しさ大爆発だがデザートは非常に美味しいお店に来ているかというと……。
電話に出た蓉子さまに「学校はどうしたの?」と聞かれ、体調不良で休んだ事を説明すると、蓉子さまは私を病院に連れて行ってくれて……。
せっかくだから食事でも、という事になり今に至るというわけなんだけど……。平日の真昼間に(こういう)お店に入っているというのは、どうにも落ち着かない。
私がそわそわしていると、向かい側で蓉子さまがクスリと笑った。

「大丈夫よ祐巳ちゃん。保護者が一緒なんだから補導されたりしないわよ」
「は、はぁ……」

保護者って……。いやまぁ、傍から見ればそう見えるんだろうけど……。

「病院に行ったついでに食事をするくらい、皆おおめに見てくれるわよ」
「そ、そうですよね」

確かにちゃんと診察を受けて領収書だってもらっているんだから、誰も怒ったりしないだろう。
ちなみに診断結果は、疲れと軽い風邪だそうだ。
大した事はないとお医者さんにお墨付きをもらったからか、朝よりも随分楽になっていた。

蓉子さまは私が電話した理由について、何も聞いてこない。
まさか私が蓉子さまを足代わりにしようとした、だなんて思ってやしないだろうから、調子の悪い私を気遣っているか、せめて食事を食べ終えるまでは陰鬱な気分になるのを避けたいと思っているのか……。
たぶん両方だろうな、と思う。
私達は互いに笑みをかたどった仮面を貼り付けておしゃべりしながら、ランチセットを皿から胃へと移動させた。
味は申し訳ないがよく覚えていない。ただデザートのケーキが美味しかった事だけはくっきりと覚えている。

「祐巳ちゃん。今日は私に何か話があったのでしょう?」

蓉子さまは私が蓉子さまの分のケーキをたいらげるのを見とどけてから、口調を改め聞いてきた。
私はこれまでの事を全部話そうと思って蓉子さまに連絡をとったのに、なかなか口を開く事ができず、うつむいて手の中のフォークをもてあそんだ。
そんな私のじれったい様子にも、蓉子さまは急かしたりしない。ただ黙って私を見つめているだけ。
先っぽに少し生クリームのついたフォークが、私の体温でどんどん温くなっていく。
それを不快に思った私は、空っぽになったお皿の上に置く事にした。
静かに置いたつもりだったが、温いフォークはカチャリと音をたてて冷たいお皿の上に乗った。
その音がハジマリの合図だったかのように、私は月曜日からの出来事をポツリポツリと蓉子さまに話した。
蓉子さまは私のつたない話を、時々うながすように頷くだけで一切口をはさまず聞いてくれた。
話し終わってもうつむいたままだった私の頭に、優しい感触がおとずれた。
志摩子さんよりもほんの少し遠慮がちなその手にもう少しだけ溺れていたくて、私は目を閉じる。

「泣かないで、祐巳ちゃん」

私、泣いてなんかいませんよ≠サう言おうと口を開いたのに、そこから出たのは嗚咽だけで……。

おかしいな……どうして私は泣いているんだろう……?
あぁ……そうか。自分の口から出てくる事実≠ェ、この耳に入る事でまぎれもない真実≠ノなってしまったのが哀しいんだ……どうしようもなく、哀しいんだ。きっと。

ふと、頭を撫でてくれていた優しい手が無くなっている事に気付き、私は声を上げて泣きたくなった。
慟哭する為に息を大きく吸い込んだ私を、何かがふわりと包み込んだ。それはいつの間にか私の隣に移動していた蓉子さまだった。
叫び声のかわりに震える吐息を吐いた私は身体の力を抜き、蓉子さまに身をゆだねる。
効きすぎた冷房で冷えた身体が、蓉子さまの体温でじんわりと温まっていく。
その温もりが身体の中に染み込んで芯までとどいた頃、私の嗚咽は治まっていた。

「祐巳ちゃん。少し質問してもいいかしら?」

私が落ち着いたのを見計らって蓉子さまがそっと囁いた。
……えっと、質問はべつにいいんですが……私は今も蓉子さまに抱きしめられたままだったりするわけで……うぅ、今頃恥ずかしくなってきた。
それに、あの隅っこにいるできれば一生お近づきにはなりたくない≠ィ客さん達から、なにやら熱い視線を感じるし……。

「どうしたの祐巳ちゃん?」

返事もせずにモジモジしている私に蓉子さまが不思議そうに尋ねてくる。

「いえ……あの、えぇっと……」

ハッキリしない私の視線の先をたどった蓉子さまは、納得したように笑った。

「あぁ、大丈夫よ祐巳ちゃん。後でネガは没収しておくから」
「ネガっ!?」

撮影されてたの!? そんな、蔦子さんじゃあるまいし。

「このお店のウエイトレスさんを撮りにきて、ついでに私達の事も撮ってるみたいねぇ。後で締め上げ……ゲフンゲフンっ!……お願いしてネガを渡してもらうわ」
「…………」

一部のセリフは聞かなかった事にしよう……。

「祐巳ちゃん。少し質問してもいいかしら?」

何事もなかったようにやり直す蓉子さまは素敵だなぁ……。とてもじゃないけど私にはマネできないや。

感心すると同時に畏怖の念を抱いた私が「なんでしょう?」と返事をすると、少し身体を離した蓉子さまはひどく真面目な顔になった。
緩みきっていた私の心と身体が瞬間的に強張った。

「さっき祐巳ちゃんの話に出た祥子と親しくしている一年生って、ひょっとして松平瞳子さんじゃない?」
「え? なんで、それを……」

私は瞳子ちゃんの名前は一度も出していないのに……?

「祐巳ちゃん。その子には祥子と同じくらい……いいえ、祥子以上に気を付けたほうがいいわ」
「……どういう事ですか?」
「松平瞳子という子はね、中等部の頃に問題を起こしているの」
「問題……ですか?」
「えぇ。同じ中等部の生徒数人に、故意にケガを負わせたの」

故意にケガを負わせたって……それって暴力事件……ってことだよね?
あの瞳子ちゃんが……?

「そんな、まさか……」
「表沙汰にはなっていないけれど、確かよ」
「どうしてそんな事……」
「被害にあった子達に直接話を聞いてみたのだけれど……彼女達とても怯えていて、詳しい事は何も聞けなかったの」
「怯えてるって……瞳子ちゃんに、ですか?」
「――もしくは圧力をかけてきた何か≠ノ対して、でしょうね。彼女達の中には一生治らないような傷を負わされた子もいるのに、松平瞳子は退学どころか停学にすらなっていないんだから」

「おかしな話でしょう?」と続ける蓉子さまの声が、なんだか遠くに聞こえた。

瞳子ちゃんがそんな事をしただなんて信じられない……。
信じられない……? 本当に……?
一昨日、私を怒鳴りつけたあの%オ子ちゃんなら……? 十分ありえるんじゃないだろうか……。
あの映したモノすべてを奈落へと誘うような、暗い暗い瞳は……演技なんかでできるわけがない。
アレが本当の瞳子ちゃんなの……?





「祐麒まだかなぁ……」

そろそろ夕食の時間だというのに、祐麒はまだ学校から帰ってこない。寄り道でもしているんだろうか?
お父さん達も帰ってきてないので、私は昼過ぎに家に帰ってから今までずっと一人っきりだった。
お父さん達は帰りは何時ごろになるか分からないと言っていたが、お母さんが夕飯の支度をしていっているので、かなり遅くなるのかもしれない。
だから今日は祐麒と二人でディナーを食べる予定なのに……なかなか帰ってこない。どこをほっつき歩いているんだ、弟狸よ。

こんなにも祐麒を待ちわびているのは、べつにブラコンでも一刻も早くゴハンが食べたいわけでもなく、一人っきりで居るのが辛いからだ。

『ぎょろぎょろぎょろ〜〜〜……きゅるぅ』

いや……お腹が減ってるのも事実なんだけどね……。
私はソファーでごろごろしながら、しなくてもいい言い訳を心の中で呟いた。

――プルルルル、プルルルル

「あ、はーい」

いけない。電化製品に返事をしてしまった。これじゃあ、お母さんと一緒だよ。

「はい。福沢です」
「こんばんは。向かいの山本ですけど……」
「あ、山本さん。こんばんは」
「こんばんは。その声は祐巳ちゃんね? ごめんなさいね、夕飯時に。ちょっとお母さんに代わってもらえる?」
「すいません。母はちょっと出かけてまして。父の仕事の関係で、遅くなるみたいなんですけど……」
「あら、そうなの? どうしようかしら……」
「あの、何か急ぎの用事ですか?」

だったら私が携帯に連絡を入れて、お母さんに折り返し電話してもらうという手もある。

「うぅん。大した用事じゃないの……この間、回覧板でフラワーアレンジメントの体験教室の参加者を募集したんだけど――」

あぁ、そういえば楽しそうだから参加するってお母さん言ってたっけ。

「お母さん、参加希望の所にサインはしてくれてるんだけど、ハンコ押し忘れてて……」
「……すいません」
「あぁ、いいのいいの。ただ一応、参加で間違いないか確認しておこうと思っただけだから」
「それは間違いないと思いますよ。行く気満々でしたから」
「じゃあ、後で参加希望の用紙持っていくから、祐巳ちゃんハンコ押してくれる?」
「そんな! わざわざ来ていただかなくても、私がハンコ押しに行きますよ」
「気にしないで。どうせ後でコンビニに行く用事があるから、その時ついでに持っていくわ」

しきりに謝る私を、山本さんの奥さんは朗らかに笑いながら「また後で」と電話を切った。
私のうっかりなところは、きっとお母さんからの遺伝に違いない……。





――……ポ〜ン。ピ〜ンポ〜ン


…………んっ……何か鳴ってる……?


――ピ〜ンポ〜ン。ピ〜ンポ〜ン


……呼び鈴だっ! しまったっ! ついうとうとしちゃってた! 早く出ないと!

「はーいっ! 今出まーすっ!」

この時私は、きっと山本さんの奥さんが来たのだと思い込んでいた。そして随分待たせてしまったのではないか、という焦りもあった。

だから扉を開けてしまった。

誰が呼び鈴を押したのか確認もせずに……。


――ガチャッ


「ごきげんよう。祐巳」


目の前には総毛立つほど美しい人が、微笑をうかべて立っていた――。




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