がちゃS・ぷち

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No.2244
作者:海風
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2007-04-29 01:55:40
萌えた:7
笑った:18
感動だ:4

『リコたんの触れて伝える』


ルルニャン女学園シリーズ 5話

 【No:2235】 → 【No:2240】 → 【No:2241】 → 【No:2243】 → これ
 → 【No:2251】 → 【No:2265】 → 【No:2274】 → 終【No:2281】 → おまけ【No:2288】

一話ずつが長いので注意してください。







 私は「ルルニャン女学園」の産声を聞いていた。
 今思い起こすと、きっとアレだったんだ。
 あたまがうだるような、あついあついあのひ。
 誰もが「あっちーなぁもう!」と叫び出したいのを我慢していた、あの日。
 誰もが机に這いつくばり冷たい部分に頬を寄せていた、あの日。
 誰もが日光を集める制服の色とかスカートが長いことを恨んだ、あの日。



「あー……なんか気が紛れることしたい……」
「はー?」
「……そうだよアレだよ……憧れの薔薇さま達と一緒に遊んだりできたら暑さなんて忘れるよ……」
「はー……たとえばどんなー? プールー……?」」
「なまめかしいおはだ」
「けんこうてきなさこつ」
「きれいなおへそ」
「からだのらいんまるみえのせなか」
「たべちゃいたいふともも」
「……じりじりとはだをこがすまっかなたいよう」
「あんたもう友達じゃない」
「えー……ひどーい…………あっついなぁ……」
「…………」
「…………」
「したじきもってる?」
「もってたらじぶんでつかってる」
「そりゃそうか」
「そりゃそうだ」
「…………」
「…………」
「……そうだ、カードがいいなぁ」
「はー?」
「薔薇さま達のカードゲーム。うちわにもできる魔法のカード。いつも手元で笑ってくれるの。風も送ってくれるの」
「そりゃーいいねーあははー…………うっ」
「ど、どうした? あまりのあつさにあたまがアレした?」
「アレってなによ。それより電波来たよ、電波」
「でんぱ?」
「なんか知らないけど、猫耳つけた薔薇さま方が見えた」
「……どんなマニアよ」
「すべてはなつのたいようのせいさ……」
「まだほんかくてきななつじゃないけどね……」



 きっとアレだったんだ。
 私も机に這いつくばりながら、誰かと誰かがそう話しているのをぼんやりと聞いていたのだ。「沸いてるなぁ」とか思いながら。
 それから一週間くらいして、文科系クラブが目まぐるしく動き出していた。
 気が付いたら、薔薇の館は「ルルニャン女学園カードゲーム開発本部」となっていた。
 あれよあれよと言う間にカードゲームが発売された。

 私は猫耳志摩子さんのカードが欲しかっただけだった。



「あ、乃梨子」

 朝も早く中庭にやってきた私、二条乃梨子の元へ、ご自慢の盾ロール……縦ロールをぶんぶん振り回しながら瞳子が駆け寄ってきた。
 手には一枚のプリントと、三枚の白いカード。いや、カードと言うよりチケットのような長方形の紙だ。

「遅かったですわね」

 いや、まだ七時なんですけど。遅いも何も早すぎるぐらいだ。

「もう受付済ませたの?」
「ええっ。勝負はもう始まっていますからっ」

 おお、気合い十分か。

「先は長いし、少しは肩の力を抜いた方がいいんじゃない?」
「それより乃梨子」

 聞いちゃいない。興奮ぎみの瞳子の顔は少し赤くなっている。

「かわら版はもう読んだ?」
「今日の?」

 バレンタイン企画の時のように、大会の日取りが決まってから毎日号外として出されているかわら版(正式にプチサイズが付く)は、早々に会議から抜けたつぼみ達にとっても大切な情報源だった。
 日に日に明らかになる大会内容。
 しかも今回は「あの仮面の二人も参戦!」「優勝者には薔薇さま方のキスが!?」ということなので、盛り上がり方も尋常じゃない。

「まだだけど、瞳子はもう読んだの?」

 校舎に入らず中庭に直行してきたので、まだ貰っていない。というかこの辺にいる人達はみんなそうだろう。瞳子やすでにここにいる数十名の生徒達はいったい何時に登校したんだか。

「じゃあこれ」

 瞳子はスカートのポケットから、折りたたまれたかわら版号外を差し出した。

「もう読んだんだ? ありがと……あ?」

 やはり気合い十分なのか、瞳子はそれを渡すと同時に、すでに姿を消していた。振り返ると全力疾走でびょんびょん跳ね回るドリルっていうか、バネっていうか、やっぱりドリルが面白おかしく遠ざかって行った。
 受付先の薔薇の館入り口付近は、今は少々混んでいる。私は列の最後尾に並びながら、かわら版に目を通してみることにした。

 ――リリアンかわら版プチサイズ・第二回ルルニャン女学園カードゲーム大会公式広報紙

 いつ見ても長い名前だ。



 〜決戦、来る。
 長らくお待たせした山百合会企画、第二回カードゲーム大会の予選当日がついにやってきた。
 参加は自由。受付は早朝から放課後まで随時、薔薇の館前で行っている。だが時間が経過するにつれ不利になるのは、前号に書いた通りである。
 本日は予選となり、本戦は一週間後の土曜日。
 果たして薔薇さまやつぼみ達のキスは誰の手に!?
 それとも、夏の太陽に負けないくらいアツアツの姉妹仲を見せ付けられるのか!?
 もしかして、大舞台を借りた告白劇も!?
 筋書きのないドラマはどんな結末を見せてくれるのか。それはあなたの目で確かめてほしい。



 夏の太陽に負けないくらいアツアツの姉妹仲、ね……
 私は空を仰いだ。
 ――やっぱり夏の太陽は、あたまがうだるほどあつい。



 かわら版プチサイズには予選ルールが書かれていたので、ざっと目を通しておく。
 やっぱり勝者の証はカード(画用紙を切っただけの紙。ウィナーカードと言うらしい)が各自三枚ずつ、大会用に作った証明印を押されて配布される。あとはそれをカードゲームで一枚ずつ勝ち取り、より多く枚数を集めた者から本戦出場が決まる。
 そして二つ目のルールは、早い内から会議に参加しなかった私も知らないものだった。さっき瞳子が持っていたプリントがそれだ。
 ――ん?

「…あ」

 私が読んでいるのは表だが、列の前に並ぶ友達連れらしい生徒二人が、手にしているかわら版の裏側に書かれている記事を覗き込んでいた。目が合っちゃったじゃないか。

「ごきげんよう。読んだら返してくださいね」

 と、私はかわら版を二人に渡した。列はまだ少し長いので、二人が読んだ後でも目を通す時間はあるだろう。
 二人は「ありがとう」と屈託なく笑って受け取り、きゃあきゃあ言いながら二人仲良く記事を読んで、それからまた「ありがとう」と返してくれた。そして「白薔薇のつぼみって親切ね」とひそひそ話していた。そういうのは、できれば本人に聞こえないように言って欲しい。
 とにかく、裏には彼女達を騒がせる記事が載っているらしい。あとで私も読んでおこう。
 それより今はルールの方だ。どこまで読んだっけ? ……ああ、ここだここ。
 ――バレンタインイベントの時と同じで、規約と誓約書と身分証明が一つになったプリントで、片方は記入して切り取って提出だが。
 あのイベントでは地図になっていたもう片方のプリントには升目が入っており、そこに対戦相手の学年・名前と勝敗の結果を書き込むようになっている。恐らくは不正防止策で、例の平均勝負数に照らし合わせてそれを大きく逸脱している生徒の不正調査を具体的に行うためのものだろう。
 こういうのは、「それもできる」と思わせるだけで効果的だ。バレる心配までして強行する生徒は、リリアンにはかなり少ないだろう。

「次の方――あ、乃梨子ちゃん」

 気が付けば列が進んでいて、目の前にはテーブルに着いた由乃さまがいた。

「ごきげんよう、由乃さま」
「ごきげんよう。受付だよね?」
「はい」
「じゃあこれ」

 プリントを渡された。かわら版の情報通り、片方はバレンタインのような規約条項がずらっと並びその下に氏名記入欄、もう片方は氏名欄と升目のほぼ白紙だ。

「それにしても、薔薇さま自ら受付ですか。しかも一人で。人手不足なんですか?」
「それもあるんだけど、私達は本戦出場が決まってるから今日は暇なのよ。もう少ししたら志摩子さんや真美さんも降りてくるけど……そういや遅いな。紅茶でも飲んでるのかな。私のことなんて忘れて。夏の太陽の下でポツンと受付してる私を忘れて。もしそうだったら許さないんだから」

 笑顔で愚痴る由乃さまは、遠巻きに見詰めている生徒達に手を振る。きゃー黄薔薇さまがー、なんて声が上がる。さすがに薔薇さまの人気はすごい。笑顔とセリフのギャップもすごい。
 「ここ一応日陰ですけど」なんてツッコミは入れないことにした。絡まれたくないから。

「瞳子ちゃんもさっき来たわよ」
「あ、はい。私も会いました。なんか気合い入ってました」
「これで速攻で三回負けたら面白いでしょうね」

 面白そうだとは思うけど、私は悲惨すぎて笑えないかも。……いや、笑うかな。悔しがる瞳子のドリルが面白いくらいに暴れ回るから。

「志摩子さんももうすぐ来ると思うけど、会いたいなら会ってくれば? 上にいるよ?」
「いえ、放課後には瞳子と一緒に来るつもりですから。早速今日から集計もするんでしょう?」
「できた子だねぇ、乃梨子ちゃんは。それに比べてうちの妹は……」
「菜々ちゃんまだ来てないんですか?」
「朝練でしょ」

 ……そうか。由乃さまはここで菜々ちゃんを待っているってわけか。
 後続もいるので立ち話もそこそこに、私は受付場所を空けてざっと規約に目を通してサインし、用意されたハサミで半分に切り、誓約書とウィナーカード三枚を交換してもらった。

「がんばって集めてね」
「はい、がんばります」

 志摩子さんのキスのためにも、私は絶対に負けられないのだから。
 ――ちなみに、キスの練習は何度もしたっ。でもあのとてつもなく幸せな感触は、私だけが知ってればそれでいいっ。
 渡すものか……絶対に渡すものか!
 なんだか急にさっきの瞳子よりも燃え出した私は、ウィナーカードを握り締めてクシャクシャにして鞄をぶんぶん振り回しながら全速力で走り出した。
 全ては夏の太陽のせいだ。



「よーし一勝目!」

 教室に入ると、もう半数以上のクラスメイトがウィナーカードを持って決戦に赴いていた。あの瞳子もすでに誰かと対戦中だ。
 ……みんな早いな、まだ七時半前なのに。なぜこんなに燃えているんだ。……志摩子さんのキス狙いか!? こりゃうかうかしてられない!

「あ、乃梨子さん。ごきげんよう。相手してくれない?」
「ごきげんよう。いいよ」

 幸先よく一人あぶれていたクラスメイトが声を掛けてきたので、私も早速予選に参加することにした。



 そして、瞬く間に放課後になった。というのも今日は土曜日で午前中授業だから。

「……制限時間は二時まで」

 かわら版で改めてルールを確認しておく。
 本日二時までが勝負時間で、それから三十分が提出する時間。二時半までに提出しないとどんなに勝っていても無効になるから注意しないと。
 しかし……うーん……

「調子はどう?」

 悩む私の元へ、充実した笑みを浮かべた瞳子がやってきた。
 勝負に挑む者、早々に三回負けてリタイアになって観戦モードに入っている者、さっさと帰っちゃう者、相手を探して校内を徘徊する者、こうして戦友を訪ねてくる者。
 放課後に入っても、今日のリリアンは熱い。夏の太陽のように。

「元手を入れてなんとか六枚。瞳子は?」
「七枚」

 うわ、負けてるじゃないか。これが朝の差か。

「同数だと先に提出した方が優先されるわ。急がないと本戦に出られないわよ?」
「それはわかってるんだけど……」
「なら、何をぼーっとしているの?」
「ブックで悩んでた」

 予選出場を決めた時からずっと試行錯誤を重ねて来たものの、まだ納得できる組み合わせができていない。
 瞳子はいい感じのものが出来上がっているのだが、私はまだ……いや、その辺の生徒には負けない最低限のラインは超えていると思うけど、何か決定的なものが足りていない気がするのだ。

「例の三色混合ブック?」
「うん……対戦すればするほど自信がなくなってきちゃって……」

 私は机に置いていた30枚のカードを取り上げ、扇状に開いてみる。
 現状、私が考える最高の手札達だ。
 でも、これを使っていると、どうしても何かが足りない感覚がある。隙間風を感じるような。志摩子さんの劣化コピーブックの方が強かったんじゃないかと思えるくらいに。

「――見て差し上げましょうか?」
「えっ!?」

 耳元で聞こえた声にぎょっとして振り返ると、菜々ちゃんが後ろから私のカードを覗き込んでいた。

「あ、菜々ちゃん。調子はいかが?」
「四勝無敗で七枚です。瞳子さまは?」
「同じく七枚」

 どうやら瞳子と一緒で、菜々ちゃんも戦友の調子を見に来たらしい。しかし物怖じしない子だ。勝手に堂々と二年生の教室に入ってくるなんて。

「乃梨子さまはどうですか?」
「六枚」
「そうですか。調子が悪いように見えますけど、戦果は上々ですね」
「上々なの? 負けてはいないけど……あ」

 そうだ。三色混合ブックと言えば菜々ちゃんがいたか。この子は数回に一度は祐巳さまに勝つほど強いから、きっと私よりカードもゲームも知っているはずだ。

「悪いけど、ちょっと見てくれる? なんか抜けてるような感じがして気になってるんだ」
「いいですよ。パッと見た限り三色ですよね? ならお力になれると思います」

 頼もしい限りだ。厚意に甘えて差し出された菜々ちゃんの手にカードを渡す。

「……何?」
「別に? 菜々ちゃんに比べて瞳子は……なんて思ってないよ?」
「言いたいことがあるなら仰ったら?」
「言ってもいいの?」
「言ったら泣きますからねっ」

 私にどうしろっていうんだ、この盾ロールは。

「……あー、いい組み合わせですね。私のより合理的です」

 カードを眺めながら菜々ちゃんは言う。なんだか感心しているようだ。

「でも決定打が弱いですね」

 ズバリ来た。

「このブックじゃ、前の瞳子さまには絶対に勝てないと思います」

 そう、そうなのだ。消耗戦を狙う防御型のブックを組んでいた瞳子のあの時のカードには、今の私のブックでは絶対に勝てやしない。
 でも菜々ちゃんは、三色混合で時々は瞳子に勝てていた。これが決定打の弱い証拠だ。
 何か明確な差があるはずなのに、私にはそれがわからない。

「ほとんどのカードが繋がりますよね?」
「うん。そう考えて組んだから」
「じゃあ、不足してるのは遊びの部分ですね」
「遊び?」
「そうです。余裕とも言います。穴でもあります」

 穴? ちょっとちょっと。

「それダメでしょ、って思いました?」
「そりゃ思うよ」
「その思考が原因なんです。つまりですね、乃梨子さまのブックは合理的すぎて想定外のカードに弱いってことです」

 ……あ。

「これ、基本を全てカバーする組み合わせですよね? このゲームの基本は、通常生徒で相手を攻撃する、というものです。それだけに限れば、この組み合わせは最強の部類に入ると思います」

 なるほど、そういうことか!

「そう都合よく状況に合ったカードが引けるわけじゃないから、問題はどう自分のブックの得意分野に状況を動かすか」
「そうです。余裕のないブックには状況を一変させる力はありません。これは基本に乗っ取って型にハメる組み合わせです。でも型にハメられなかったら対処ができなくなるんです」

 そうかそうか、それが足りなかったのか……

「そういう意味でなら、聖さ――白薔薇仮面のブックは、遊びだけで構成している、という感じでした。ふざけているようで怖いほど合理的でしたよ」

 カードを返しながら、菜々ちゃんは負けた屈辱を思い出したのか、憎らしげに眉を寄せた。ちなみにようやく正体を教えてもらったらしい。
 だが、悔しげな顔も一瞬だった。

「――さて。ちょっと長居してしまったみたいなので、もう行きますね。あと一時間、お互い健闘を尽くしましょう」
「うん。ありがとね、菜々ちゃん」
「いえ」

 ごきげんよう、と挨拶もそこそこに菜々ちゃんは風のように去って行った。若い子は元気だねぇ、なんて考える私と一歳違いなはずなのに、羨ましいくらい元気だ。

「菜々ちゃんも只者じゃないわね」
「うん。一年生とは思えない」

 あの胆力といい、冷静で的確な判断といい、由乃さまはとんでもない妹を持ってしまったようだ。……いや、あの子を落とした由乃さまがすごいのか?

「それはそうと乃梨子、ブックの編成はしなくていいの?」
「あ、そうだ」

 私はスカートのポケットから予備のカードを出し、広げる。

「――祐巳さまが」
「ん?」

 今、なんかクラスメイト達の会話の中に、祐巳さまの名前が出たような……?

「――派手にやっているようね」
「え?」
「乃梨子、早くしないと勝負回数が減るわよ。私もカード集めに行ってきます。お先に」

 ……? なんか意味不明なことを言ってたような……まあいいか。
 瞳子が教室を出て行ってから三分ほどして、私も新しく組み直したカードを持って教室を飛び出した。
 あと一時間。
 志摩子さんのキスは渡さないっ。



「乃梨子ちゃん」

 対戦相手を求めてさまよっていると、祐巳さまに会ってしまった。というか祐巳さまが自分の教室から出てきた。
 人の多い方へと歩いてきたので、知らない間に三年生の教室の前をうろうろしていたらしい。

「乃梨子ちゃんも勝負に来たの?」
「え? ええ、そうです」

 微妙に違和感のある問いに、とりあえず事実なので肯定しておく。対戦相手を求めてさまよっていたので間違いではない。
 でも、なんか聞き方が変だったような……

「ふうん……チャレンジャーだね、乃梨子ちゃん。負け越してるの?」
「…? いえ、六枚ありますけど?」
「……あれ?」

 どうやら祐巳さまも、話が噛み合っていないことに気付いたらしい。

「もしかして、今日のかわら版見てない?」
「全部は読んでないですけど……」

 私はポケットから、瞳子にもらったかわら版を出して見せた。

「あ、裏。裏」
「裏?」

 何度も確認した長ったらしいタイトルとルールが書かれている小さな紙をひっくり返してみた。

「……え?」

 そこに驚くべき記事があった。



 〜紅薔薇さま、緊急参戦!
 本戦出場が決まっている紅薔薇さま・福沢祐巳嬢(三年生)が、急遽予選に参加することになった。と言っても彼女の場合は本戦出場が決まっているので、ある種のデモンストレーションに近い。
 しかし。
 参戦する以上、紅薔薇さまはウィナーカードを持っている。彼女に勝つことができれば三枚ものカードを獲得できるのだ。
 だがリスクは大きく、紅薔薇さまに挑戦する場合、挑戦権を得るためにいったんウィナーカードを全て返上することになる。
 勝てば三枚プラス、負ければ即アウト。
 追い詰められた貴女、腕に自信がある貴方は、挑んでみるのも良いかもしれない。



 な、なにこれ? なんだこれ?

「…………」
「…………」

 祐巳さまは、「あーあ、かわいそうに……」という憐れみを多分に含んだ顔で私を見ていた。

「……さっき言っちゃったよね、乃梨子ちゃん。『挑戦しに来たの?』って聞いたら『そうです』って……」

 え、えーーーーーっ!!

「さっきのナシになりませんか!? だって私知らなくて……!」
「それは本当にごめん。てっきり知ってて来たんだと思って――でもね」

 祐巳さまは後ろを振り返る。自分の教室を。

「……私だけが聞いたのならナシにしたんだけど」

 そこから、興味津々という表情でこちらを見守る(たぶん祐巳さまに負けた)天使達。およそ十数人。

「みんな聞いちゃったから……」

 ……な、なんてことだ……そうか、朝かわら版の裏を見てきゃあきゃあ騒いでいた生徒二人は、祐巳さまのファンだったってわけか。さっきのクラスメイト達もこのことを話していて、瞳子も当然知っていた、と。そういうことか。

「あの、ちなみに、祐巳さま」
「う、うん。なに?」
「何人勝ち抜いてますか?」
「……ごめん。負けなしの十人抜き中」

 祐巳さまは今日も、最強の名を轟かせまくっているらしい。



 なんでこんな落とし穴を用意したんだ、新聞部っていうか山百合会!
 なんで私は負けたら即アウトなんてとんでもないリスクを背負って、ギャラリー多数の中で祐巳さまの前に座ってるんだ!

「あの……ホントごめんね……」
「……いえ、もういいですから」

 本当はいいわけがない。だが祐巳さまだけが悪いわけでもない。かわら版を裏まで読まなかった私にも責任がある。だって裏一面、祐巳さまのことが書かれていたのだから。
 でもまさか、ひょんなことから学園最強の祐巳さまと対戦することになるなんて……
 こっちが三人とか四人とかしか勝負を終えてない間に、十人も勝ち抜いているような相手とやることになるなんてっ!

「……祐巳さま、どうして急に参加することに……?」
「あ、うん……特別枠で本戦出場が決まっている、ってかわら版で公開された後にね、結構な数の意見が来たんだ」
「意見?」
「薔薇さま方と戦いたかった、って。予選でもいいから一緒に遊んでみたかった、って」

 ……それは、わかるけどさ。気持ちはわかるけどさ。

「それで、なんとか要望に応えたくなって。だから真美さんや由乃さん達にワガママ言って、薔薇さま代表としてここにいるの」
「そうですか……」

 やたら沈んだ顔で、私達は切り終わったカードを机に置いた。

「それで祐巳さま、まさか本気ですか?」
「あ、……うん、ごめんね。やるからには勝って来いって言われちゃって……簡単に三枚もあげちゃうとめちゃくちゃになるし……」

 祐巳さまの本気ブックが相手、か……まったくと言っていいほど勝てる気がしない。
 でも、落ち込んでいても仕方ない。
 なんとか引き分けに持ち込めれば(互いの30枚のカードの山が全部手札になったら引き分け)、私が返上したウィナーカード六枚は返ってくる。
 勝てなくてもいい。引き分けを狙おう。相手が悪すぎる。特に、編集して試してもいない私のブックじゃ、自分でもどこまでやれるかわからないのだから。

「それじゃ、いい?」
「はい。よろしくお願いします」

 本当はよくないけど。
 そんなことを頭の中で呟きながら、私と祐巳さまは五枚のカードを引いた。



 祐巳さまの本気のブックは、実は二回ほどしか見ていない。
 その二回も、前大会の時だけだ。
 あれから時間も経っているし、きっともっとすごい組み合わせになっているに違いない。
 陣を整え、準備が完了した。
 私が出したのは、通常bO37「遅れてきたホープ」とbO66「盗撮ガール」っていうか笙子さん、そして伏せカードだ。


 ――066 通常  1年生 盗撮ガール  HP300 攻撃250 防御200
 二代目「盗撮ちゃん」になりそうな将来有望株。モデル経験ありの美少女。彼女に撮られたいファン急増中。特殊能力「写されるのは苦手です」は、相手の伏せカードの一枚を無理やり表にする。発動させると表にした罠カードがなくなるまで攻撃できない。


「あれ? 混合ブック?」
「はい。大会用に組み直しました」

 ちなみに笙子さんの特殊能力は、私のターンが来るまで使えない。

「そっか。その……ごめんね」
「まだ負けてないんですから謝らないでくださいよっ」
「う、うん。ごめん」

 悪気がないのがわかっていても、ちょっとムカツいた。こんなところで負けるわけにはいかないんだ。志摩子さんのキスが……志摩子さんのキスがっ……!
 なんて燃えるのは後回しにして、冷静に行こう。
 祐巳さまが出したのは、祐巳さまが中心に組んでいるbO11「ドリルっこ」っていうか瞳子一枚と伏せカード一枚。

「じゃ、私からね」

 総攻撃力が低い方が先攻だ。祐巳さまはカードを一枚引いて、それをそのまま出した。

「『猫マリア様の微笑み』で二枚引くね」

 それを脇にどけて、祐巳さまは更に二枚のカードを引いた。

「これで終了」

 え?

「攻撃、しないんですか?」
「うん。ほら、乃梨子ちゃんの番だよ」

 あまりにも呆気なく、私の番が回ってきた。……不気味な静けさを感じて寒気がした。ギャラリーも十人以上居て、鬱陶しいくらい固唾を飲んで見守っているのに。

「てっきり無理してでも笙子さんを退学にしに来ると思ったんですけど」
「それがセオリーだよね」

 うう……これが最強の格か。攻撃されてもいないのに、場に出ているカードでは私の方が優勢のはずなのに、もう負けている気が……いや、気持ちで負けるな。引き分けでいいんだ、引き分けで。私こそ無理をする必要はない。
 とりあえず一枚引いて……うん、なかなか運は良いかも知れない。

「笙子さんの特殊能力発動です」
「うん」

 祐巳さまは伏せカードを開けて見せた。

「……あっ!」

 やられた! 見せようが見せまいがあまり関係ない罠カードか!
 祐巳さまが伏せていたのはbP18「びっくりチョコレート」。自陣の紅薔薇系譜の総攻撃力2分の1のダメージを、紅薔薇系譜を除く通常・幹部生徒に与えるものだ。
 このカードの最大の利点は、相手ターンで攻撃ができるという点だ。序盤じゃなくて中盤から終盤にかけて猛威を振るうカードだが、まさか最初に伏せられていたなんて。
 祐巳さまのことだから、てっきりこっちの特殊能力発動とともに捲られるカードだと思っていたんだけど。具体的には「シチサン新聞」みたいな。

「……これでターン終了です」
「攻撃しないの?」
「やめておきます」
「ふうん……慎重だね」

 手札の補助カードを使えば、「ドリルっこ」っていうか瞳子を退学にできるだろう。
 でも、今回は勝つことじゃなくて引き分け狙いだ。
 一枚だけ出された防御型生徒に、なんだかとんでもない罠が潜んでいるような気がしてならない。

「正解だよ、乃梨子ちゃん。瞳子ちゃんは罠だから」
「やっぱり……って、言っちゃダメでしょ」
「ん? いや、今日はこういうスタイルでやってるんだ。まああんまり気にしないで。とにかく嘘だけはつかないから、ヒント程度に思っててよ」

 ……ヒントを漏らしながらでも勝っちゃうのか、この人は。しかもスピード勝負で。

「昔の祐巳さまはそんなんじゃなかったのに……」
「えっ!? なにそれっ、精神攻撃!?」

 いえ、思わず呟いちゃっただけです。そしてその呟きに祐巳さまが勝手にダメージを受けただけです。
 でも悔しいから、弁解はしないでおこう。

「ふん、いいもん。意地悪な乃梨子ちゃんはちょっといじめちゃうから」

 なに!? なんかやる気か!?
 祐巳さまは手馴れた感じで素早く一枚引くと、手札から通常カードを出した。


 ――015 通常  2年生 悲劇のヒロイン  HP250 攻撃100 防御300
 自分でお姉さまにロザリオを返したのに泣いちゃった女の子。でも一番泣きたいのはロザリオを返された姉かもしれない。特殊能力「思い込んだら」は、攻撃を加えたダメージの半分をそのカードに、もう半分を相手プレイヤーに与える。


「補助『竹刀』で『悲劇のヒロイン』の攻撃力を上げて、田沼ちさとさんを攻撃」

 「遅れてきたホープ」の防御力は550。攻撃力100に「竹刀」で+300されたところで、HPまでは届かない。
 だが、まずい。あのカードは非常にまずい。

「特殊能力発動で、乃梨子ちゃんには攻撃力400の半分、200のダメージが与えられる」

 ……うぅ。たった二ターンでプレイヤーHPが削られるとは。
 しかもこれは罠カードによるものではなく、通常カードがやっていること。次のターンも次の次のターンも同じことが続く。
 引き分け狙いなので攻撃せず済ませたかったが……そうも言ってられないらしい。

「これでよし。一枚伏せてターン終了ね」

 引き分けを狙うということは、相手にやりたい放題させるという意味だ。
 やはりある程度は攻撃しないと、身が持たない。
 私は一枚引いて、次の一手を打った。

「通常bO36『テニス女王』を呼び出します」


 ――036 通常  3年生 テニス女王  HP700 攻撃700 防御600
 テニス部部長。HP、能力ともにかなり優れている。後輩達に憧れられることもしばしばで、テニスをやっているとモテるという噂を体現している人物。


「そう来ると思ったよ。罠『運動会で羽目を外さない』発動」

 え……ええっ!?


 ――116 罠  運動会で羽目を外さない
 過去、運動会で怪我をして修学旅行に行けなくなった生徒がいた。それ以来、運動会当日の朝、先生から必ず注意を呼びかけられるようになったのだ。特に2年生は必ず言われる。発動させると運動部所属の生徒を一枚、永続的に攻撃力を0にする。幹部・姉妹には効かない。


「混合ブックは結構わかりやすいんだよね。攻撃は黄薔薇系譜、特殊能力は白薔薇系譜って感じで役割分担がきっちりできてるから。『悲劇のヒロイン』で削られるのが嫌だったから一気に攻撃に転じようと思った、でしょ?」

 読まれてる!? 読んでたから伏せてたカードなの!?

「それにしても、まずいことになってきたね」
「……え?」
「わからないの? じゃあ、次のターンで教えてあげるね」

 祐巳さまは笑顔で不吉な予言をしてくれた。……昔はそんなんじゃなかったじゃないですか。

「お、『遅れてきたホープ』で『悲劇のヒロイン』を攻撃して、ターン終了です」

 これで「悲劇のヒロイン」の残りHPは50。できれば1ターンで片付けたかったけど、倒せないものはしょうがない。

「じゃ、私ね。bO07『手芸部の皆さん』を呼び出し」


 ――007 通常  手芸部の皆さん  HP500 攻撃300 防御400
 手芸部の皆さん。劇の衣装作りくらいはお手の物。特殊能力「衣装合わせ」は、攻撃力分のダメージで相手の攻撃力を減らし、減らされた攻撃力分だけ防御力に転換する。このカードは姉妹にすることができない。


「……あっ!」

 bO07は、あまりに特異すぎる特殊能力を持つせいで、あまり使用されないカードだ。だってこのカードの特殊能力は、相手の一枚の攻撃力を下げると同時に防御力を上げるから。
 だが、それが出されてから私は、祐巳さまが言った「まずいことになった」意味がわかった。

「わかった? それじゃ、手芸部の特殊能力でちさとさんを攻撃。これでちさとさんの攻撃力は200で、防御力850ね。そして『悲劇のヒロイン』も同じく攻撃。ターン終了」

 な、なんだこれ……こんな状況初めてだ……

「いじめ、ですか……?」
「ちょっとだけ」

 断じてちょっとどころの話じゃない。
 今私の場に出ている通常カードは、もう攻撃できるものがない。
 笙子さんは特殊能力発動中だから攻撃に参加できない。「テニス部部長」は永続的に攻撃力が0。そして「遅れてきたホープ」は攻撃力200で、もう防御力300の「悲劇のヒロイン」を倒すことができなくなってしまった。
 だが、本当にまずいのはそれらじゃない。
 私の場にはもう最大上限三枚が出ていて、これ以上通常カードを出すことができないのだ。先の通り攻撃はできない。攻撃力0でも一応攻撃はできるが意味がない。新しくカードを出すことはできないし、祐巳さまだって退学にしない。
 祐巳さまは、このまま「悲劇のヒロイン」で私のHPをじわじわと全部削るつもりだ。手出しができない私をボコボコにする気だ。
 一方的に攻撃される状況ができてしまった。これは一種のハメ技だ。さすがは最強の紅薔薇ブック使い、カードの組み合わせ方がすごい。
 ――菜々ちゃんにアドバイスを貰っておいてよかった。余裕がなければこのまま手詰まりだった。

「正直、あまり使い道を感じてなかったんですけどね」
「ん?」

 私は一枚引いて、このカードを出した。

「補助『ロザリオ』発動。笙子ちゃんと『遅れてきたホープ』を姉妹にします」
「あ」

 ハメ状態を切り抜けた私に、祐巳さまが驚いている。

「……意外。乃梨子ちゃんがロザリオ入れてるなんて」
「ちょっと前まで入れてませんでしたけどね」

 だって劣化コピーながら特殊能力中心の白薔薇ブックじゃ、ロザリオを使用して特殊能力を潰してしまうのはもったいないから。
 それに、30枚しか入れられないカードの山に、ロザリオを入れるだけの利点を思いつかなかったから。それよりは罠か補助でも入れておいた方がいいと判断していたから。
 菜々ちゃんに言われてなんとなく適当に選んで入れたロザリオが、窮地を救うことになるとは思わなかった。自分でも驚きだ。

「これで笙子さんの特殊能力が潰れますが、攻撃力250と『遅れてきたホープ』の攻撃力200、そしてロザリオの特殊効果で更にプラス100。攻撃力550の姉妹で『悲劇のヒロイン』を攻撃します」
「あー、やられちゃった」

 祐巳さまは少し寂しげに、忌々しい「悲劇のヒロイン」を退学の山に積んだ。

「これでターン終了です」
「うん。私の番だね。一枚引いて――ん? あ、ここで来たか」

 来るか!? またなんか来るか!?

「んー……一枚伏せて、これでターン終了」
「…………」

 もう驚かないぞ。やはり最強の名は伊達じゃない、祐巳さまの信じられない判断は全て罠だ。

「一枚引いて、通常『未来の黄薔薇幹部』っていうか菜々ちゃんを呼び出します」
「罠『猫マリア様のいたずら』発動」

 あ……や、やったな祐巳さま!


 ――093 罠  猫マリア様のいたずら
 猫マリア様だって女の子、たまにはいたずらだってするのです。相手のターン第一手目で通常カードを出した時のみ発動可能。場にある通常生徒を一枚、手札二枚を退学にすることで、相手のターンを強制的に終了させる。


「場にある手芸部と、手札を二枚切ってこっちターンね」
「くっ……」

 30枚しかないカードを3枚も消費する「猫マリア様のいたずら」は、強力だが使いづらい。それを迷いもなく伏せて使用するのか。

「まずロザリオを通常で出して、更にこれ」

 周囲が「おおっ」とどよめいた。
 それもそのはず、祐巳さまが出した幹部カード――それも、自身のお姉さまだった。


 ――001 幹部  3年生 紅薔薇潔癖お嬢  HP400 攻撃500 防御600
 容姿端麗、頭脳明晰、山よりも高いプライドこそ正真正銘のお嬢様の証。彼女の特殊能力「筋金入りの負けず嫌い」は、HPが尽きたら一度だけその場で復活することができ、毎ターン一度だけ発動する。
 そしてもう一つの特殊能力「弱点狙い」は、このカードが攻撃する度に、相手プレイヤーの手札を一枚ずつ破壊していく(使用プレイヤーがランダムに選び、退学にする)。「弱点狙い」の能力は、002「満面タヌキ」と姉妹になった場合のみ使用不可能にならない(「筋金入りの負けず嫌い」はなくなる)。
 呼び出し条件は、002「満面タヌキ」が場に出ている時か、091「ロザリオ」と紅薔薇系譜の1年生カードが場に出ている時。


 さすがだ。さすがすぎる。いたずらのカード消費を利用して、場に二枚分の空きを作るなんて、普通は考え付かない。

「行くよ乃梨子ちゃん」

 ……フッ。

「こういう状況が早い内に必ず来ると思いました。一番最初に伏せておいた罠カードを発動させます」
「……え」

 祐巳さまのお顔に、初めて焦りの色を見た。そして幹部カードが出た時以上に周囲がざわめいた。


 ――095 罠  六月の雨
 三薔薇をとことん落ち込ませた、切なく悲しい想い出のあるとある雨の日。これを乗り越えて薔薇さま方は成長した。相手が幹部カードを呼び出すと同時に発動させることができ、発動すると出された相手の幹部カードを一枚と、もし自陣に幹部がいたらそれも一枚巻き込んで退学になる。


「……驚いた。そんなピンポイントの罠を最初に伏せておいたなんて」
「強い人が幹部なんて使ったら、勝負が決まっちゃいますから」

 ……とは言うものの、これは紅薔薇ブック対策用に皆が必ず入れるようなお約束のカードだ。祐巳さまが驚いているのも一番最初に伏せたカードだったから、だ。

「面白いブック組んでるね。何を中心に組んでるのかわからないよ」
「ベースは黄薔薇系譜ですよ。基本に乗っ取ってますから」
「ふうん。それにしては菜々ちゃんのよりスマートな感じだね」

 確かにそうかも知れない。菜々ちゃんは令さまのカードを中心に組むかなりの攻撃型だから。

「『六月の雨』を入れるのは常識になってきてるね」
「そうですね」

 幹部カードは使用条件が厳しいから、手札にあっても使えない場合の方が多い。
 ただ、例外が全幹部半数の三枚もある。
 私と志摩子さん、由乃さま以外の幹部カードは比較的出しやすい。紅薔薇幹部は場が空いていて手札さえ揃えばどちらも出せるし、令さまは使用条件すらない。
 令さまは能力は高いが特殊能力はないので、ごり押しでもなんとか勝つことができる。けど他の幹部は結構厄介なのだ。
 特に紅薔薇系譜の二枚は、出しやすいし特殊能力も結構使える。
 攻撃力不足なら祥子さまは倒せないカードになるし、攻撃ごとに手札が一枚ずつ破壊される。祐巳さまが出てきたら、通常カードが盾として機能せず、あっと言う間にプレイヤーHPが0だ。
 警戒するのも当然なのだ。本当に。

「でも自分の幹部もなくなる可能性があるから、結構バクチ性が高くない?」
「言われてみるとそうかも……」
「――それか、ブック自体に幹部を入れていないか」
「…………」
「……私みたいに顔に出るタイプだと、反応でわかるんだけどね」
「残念でしたね」

 祐巳さまの言葉にドキッとしたけど、顔には出てないはずだ。――ちなみに私のブックには幹部カードは一枚しか入っていない。

「うーん……じゃあ、カードを一枚伏せて止めておこう。ターン終了」

 なんとかハメ状態と、祥子さまを封じることができた。
 だが勘違いしてはいけない。私の劣勢はまだ何も変わっていない。特に攻撃力が0になっているテニス部部長は、場所を取っているだけの邪魔カードになっている。
 いや、盾としたら有効……ん?

「そう言えば、祐巳さま」
「ん?」
「私のテニス部部長、永続的に攻撃力0ですよね?」
「うん、そうだね」
「これ、手札に戻ったらどうなるんですか?」
「HPと一緒。回復するよ。……戻せるの?」
「今後の参考に聞いてみただけです。残念ながら手札に戻すカードは入れてませんから」
「入ってたら、というか今手札にそれがあったら、ちょっとまずかった」

 うん。姉妹になったカードで攻撃力550、ターンを入れ替えられたけど場には出ている菜々ちゃんの攻撃力が750。
 これにあと一枚黄薔薇系譜の強いカードが出ていたら、今の祐巳さまなら簡単にプレイヤー攻撃まで繋げられる。
 攻撃力0になってしまったテニス部部長が場所を取っているのが、やはり痛い。新しく出すこともできないし。

「一枚引いて……カードを一枚伏せて、補助『竹刀』で菜々ちゃんの攻撃力を上げて、菜々ちゃんと姉妹で攻撃して瞳子とロザリオを退学にしておきます。これでターン終了」
「じゃあ私ね」

 通常カードが一枚もなくなり無防備になっているにも関わらず、祐巳さまはまだまだ余裕の顔で手早くカードを引いた。

「『ロボ子』を出して、『盗撮ちゃん』っていうか蔦子さんを呼び出し、ロボ子を消費して特殊能力発動」

 来るか、祐巳さまお得意の瞬殺コンボ!?

「無条件で一枚呼び出しね。これで志摩子さんを出す」
「……えっ!?」

 志摩子さん!?

「な、なんで!? 紅薔薇ブックじゃ……!?」
「比率は圧倒的に紅薔薇系譜が多いけど、紅薔薇系譜だけで組んだのは前大会だけだよ」

 「そんなに印象強かった? それだけを使うってこだわりは特にないんだけど」と、祐巳さまはちょっと困った顔をした。私のように誤解している人が沢山いたのだろう。
 ……まあ、確かにそうだ。どの系譜が多いかで紅・黄・白と言ってはいるが、その色だけってブックを組む人は少ない。
 だいたいこれに文句を言うなら、祐巳さまに(意図せず)内緒でこっそり三色混合ブックを組んだ私の立場はなんだ、という話だ。裏切られたと思うのは筋違いだ。
 祐巳さまは「本気でやっている」と言ったんだから、変なこだわりより勝ちを優先するのも当たり前と言える。
 しかし、志摩子さんをここで出す、か……
 一番使用条件が厳しい幹部カードとして有名な志摩子さんこと「西洋人形風の白薔薇」。幹部カードが一枚出ていないと呼び出せないのだから、かなりキツイ。
 だが苦労して呼び出す甲斐もあり、それだけの特殊能力を持っている。「猫マリア様の微笑み」が使い放題なのだから、それは条件も厳しくなるはずだ。
 でも1ターンで退学になってしまう蔦子さまで呼び出すには、あまり有効ではないような気がする。

「……ごめんね? いい?」
「……どうぞ」

 すまなそうな顔で攻撃してくるのがちょっと嫌だけど。謝るくらいならするなっ、って思うけど。

「志摩子さんがいることで呼び出し可能になるこれを呼び出す」
「…………」

 血の気が引いた。
 そのカード、私じゃないか。
 「市松人形風のおかっぱ」って、名前が気に入らないけど私じゃないか!
 そうか、たとえ1ターンでなくなるカードでも、それが1ターンでも場に出ることで他のカードの使用条件を満たすことができる。
 連鎖好きな祐巳さまならでは、という感じだ。

「正直、お姉さまの時に『六月の雨』使ってくれて助かったよ。志摩子さんに使われてたら乃梨子ちゃん出せなかったから」

 うぅ……ここで防御力無視攻撃ができるカードが……あ、ま、待って!

「も、もしかして祐巳さま、やる気ですか!?」
「うん、やる気」

 今までその発想はなかった。けど、相手の場に揃い辛い二枚のカードが出されたことで、私も気付いてしまった。

「瞳子ちゃんは罠だ、って言ったでしょ? 一枚も場に出ていないことで連鎖が発動する予定だったのよ。――もっとも、瞳子ちゃんがいてもお姉さまは出せたけどね」
「……すぐに祥子さまを出さなかった理由は?」
「やっぱりカード伏せられてると気になるから。要になるカードを出す時は慎重にもなるよ」
「だから様子を見て、『悲劇のヒロイン』でハメ技を?」
「うん。あれぐらい突破してもらわないと、ウィナーカード三枚は渡せないからね」

 様子見でアレですか……普通ならじわじわと、そして何もできずに終了コースですよ……
 まあ、それはもういいとして。
 一つだけ聞いておきたい。

「私の伏せカード、読んでました?」
「なかなか捲らないからそうかも知れないな、とは思ってた。実際お姉さま退学にさせられたしね」

 となると、祥子さまを出したのは本命を出すための罠の内だった……ということか。いや、そのまま祥子さまでも良かったんだろう。読み通りの伏せカードなら本命のために消化させるのもいいし、と、どっちでも良かったのか。

「そしてこのカード」


 ――069 通常  3年生 お騒がせポニーテール  HP200 攻撃200 防御250
 新聞部部長。ゴシップや推測だらけの記事を校内新聞に張り出し、数々の騒動を引き起こす。先代黄薔薇さまを生活指導室に呼び出させた創作小説を書いたことは、あまりにも有名な逸話。噂を操る特殊能力「やる気だけが空回り」は、退学カードの山から一枚だけ補助・罠カードを手札に戻すことができる。ただし特殊能力を発動すると、このカードは退学になってしまう。


「三奈子さま……」

 白薔薇ブックを使っていた私にも馴染み深いカードである。個人的にあまり使いたくなかったけど、志摩子さんは結構使っていた。

「三奈子さまの特殊能力で、退学カードの中から『ロザリオ』を復活。発動と同時に三奈子さまが退学、そしてロザリオを使用。志摩子さんと乃梨子ちゃんを姉妹にする。すると――」

 …………

「姉妹になることで蔦子さんの特殊能力の文面『1ターンだけ呼び出し可能』の部分が修正され、1ターンで消えるはずだった志摩子さんが永続的に存在することになる」
「「おおーーー!!」」

 ギャラリーが沸いた。私も対戦相手がしたことじゃなければ一緒に沸いていただろう。なんだこの恐ろしい連鎖は。
 姉妹になると、二枚のカードでありながら一枚のカードになる、と定義付けされている。だから志摩子さんは存在してるけど、姉妹になったことでもう存在してないのと同じなのだ。

「志摩子さんの特殊能力でカードを二枚引いて、ターン終了」

 ……はあ。さすが最強の噂は伊達じゃない。こんなに短いターン数で三枚も幹部カードを見ることができるとは。

「一応言っておくけど、攻めた方がいいよ。ここで手を打っておかないと全てが手遅れになるからね」
「はい、わかってます。でも……」

 ――単純に攻めるだけが能じゃない。ちょっと、いや、かなり想定した状況とは違うけど、黄薔薇姉妹が揃えられた時のために入れておいたこのカードを使う。

「一枚引いて、補助『黄薔薇革命』発動。白薔薇姉妹を二枚のカードに戻します」
「うわっ」

 まさか幹部姉妹を速攻で落とされるとは思っていなかったのだろう祐巳さまは、それはもう快感に思えるほど驚いてくれた。

「攻撃力0のテニス部部長で攻撃をすることで、お姉さまの『一枚目の攻撃無効』を消化、続いて姉妹と菜々ちゃんで私を攻撃、退学にします」
「「おおーーー!!」」

 ギャラリーが沸く。祐巳さまもそれに参加していた。なぜあなたまで。

「そしてターン終了です。が――」

 私はビシッ、と志摩子さんのカードを指差した。

「一枚に戻ったことで蔦子さまの特殊能力の文面『1ターンだけ呼び出し可能』が復活し、祐巳さまのターンに移行すると同時にお姉さまも退学です」
「「おおおーーーーー!!」」

 更に沸く沸く。盛り上がってる。私もちょっと盛り上がってきた。

「……すごいね、乃梨子ちゃん。幹部カード三枚が瞬殺なんて初めてだよ……」

 呆然として呟く祐巳さま。でもはっきり言って、あなたの方がすごいですから。瞬殺することよりも、呼び出せることの方がすごいですから。

「あーまずいなぁ……要が全部退学になっちゃったよ……」
「本命はどのカードだったんですか?」
「志摩子さんと乃梨子ちゃん。特に乃梨子ちゃんは一枚の状態で使いたかったかな」

 私ってことは、防御力無視攻撃か。あと上級生への攻撃は1.5倍だから、白薔薇系譜でありながら結構な攻撃型である。……私ってそういうイメージがあるのだろうか。

「……うーん……じゃあ一枚引いて、これでターン終了」
「え?」

 いくら驚かないと決めたものの、さすがにこれは驚かざるを得ない。

「祐巳さま、カード出てないですけど……」
「そうだね。乃梨子ちゃんの番だよ」

 なんで!? なんでこんな無防備で……まさか今、手札に通常カードがないの!?
 それとも、やっぱり罠?
 こんな状況になってしまうと、伏せられたカードが気になる……一枚はまだ使っていない「びっくりチョコレート」だが、もう一枚は何だ? 攻めるべきなのか? 様子を見るべきなのか?
 ……いや、焦るな。こんな時こそ冷静になろう。
 まず、私の場に出しているカードの攻撃が通れば、このターンで祐巳さまのプレイヤーHPを全て削って勝利することができる。
 やるべきか? でも、もし罠だったら?
 …………
 私が祐巳さまの立場なら、この状況で伏せておきたいカードがある。
 私が祐巳さまなら、祐巳さまが伏せたカードは十中八九あのカードだ。だから無防備で居られるんだ。引っ掛かったら私を即死させられるから。
 ならば、あのカードを出されたと仮定して、安全圏で攻撃をすればいい。

「テニス部部長、姉妹で攻撃します」
「うん。これで私のHPは450だね」
「――これでターン終了です」
「「ええっ!?」」

 見ている人達から「もう勝負は決まったようなものなのに、なんで攻めないの!?」という非難めいた声が上がった。
 なぜ攻めないのか? 攻撃力の上がった菜々ちゃんだけでも祐巳さまを倒せるのに。
 それは、祐巳さまがあのカードを伏せている可能性があるからだ。

「……さすがだね、乃梨子ちゃん」

 笑いながら、祐巳さまはカードを一枚引いた。

「一気に攻めてたら乃梨子ちゃん負けてたよ」

 やっぱりあのカードか! 罠の二枚は「びっくりチョコレート」と真美さまか!


 ――070 特殊  2年生 隙なし73  HP100 攻撃50 防御150
 新聞部所属。部長とは違って良識的かつ正確な取材を行い記事にする、優秀な記者の卵。でも体力はない。特殊能力「ペンは剣より強し」は、罠カードとして伏せておくことで発動し、一枚だけプレイヤーへ対する特殊効果のない黄薔薇系譜の攻撃を、相手プレイヤーにそのまま返す。幹部、姉妹には発動しない。このカードは特殊で、通常としても罠としても使用できる。


 危なかった……菜々ちゃんで攻撃していたら、1050のダメージが直接私に来るところだった。
 現在の私のHPは600、減っていなくても返って来たら即死だ。
 さっきの竹刀で姉妹の方の攻撃力を上げていれば、ここで勝負がついた……わけ、ないか。祐巳さまは状況に応じてカードを出しているのだから、この状況の時はまた違う戦法を見せたはずだ。

「うーん……」

 祐巳さまは手札を睨み――そして、それを置いてしまった。
 にっこりと微笑む。

「参った。私の負け」

 …………

「「ええええええええーーーーー!!!」」

 一呼吸置いて発せられたこの声には、私も参加しておいた。



 ざわめきが納まらない中、たぶん一番納得していないのは私だった。

「なぜです!?」
「このまま続けても私が負けると判断したから」

 要を全部失った時点でジリジリ押されて結果的に負けると思った、と祐巳さまは語った。

「ちょっとカード運が良すぎたよ。遊べるカードなんて『悲劇のヒロイン』と手芸部とチョコレートくらいしかなかったから。最初の内にあれだけ猛攻が可能で、更に全部潰されちゃったら、後はもう衰退しかないよ」

 それは……まあ、同感だが。祐巳さまがどんなカードを入れているかは知らないが、幹部三枚以上に猛威を振るうカードなんてほとんどない。

「最後の罠にも引っ掛からなかったしね。要の幹部三枚を失って最大二枚の伏せカードを読まれたから、もう私のブックは攻めに回っても決定打がなかったのよ」
「…………」
「このまま続けてもいたずらに時間を費やすだけだと思ったから、負けを宣言したの。私がなんでここにいるのか、憶えてるよね?」

 ……そうか。

「負ける勝負を続けるより、一人でも多くの挑戦者と勝負したいからですか」
「そういうこと。乃梨子ちゃんだってその方がいいんじゃない? 残り時間であと三勝負くらいはできるだろうし」

 微笑む祐巳さま。ざわつく周囲。なんか納得しかねる私。
 でも。
 もう祐巳さまはカードを置いて負けを宣言してしまったのだ。私が納得しようがしまいが、これで勝負ありだ。

「……わかりました。じゃあ私の勝ちということで」
「うん、おめでとう」

 パチパチパチパチ。なぜか拍手が起こる。
 ……でもなぁ。

「どう考えても私が押されていたような気がするんですけどね」

 苦笑いを浮かべると、祐巳さまも似たような顔をした。

「それはこっちのセリフだよ。考えてた勝利パターンをことごとく潰されたんだから、むしろ心理的ダメージは私の方が大きいよ」

 そう……なん、だろうか……?
 あの最強の祐巳さまに勝った。
 でもまったく実感がない。
 というか、あのまま続けていたら私が負けていたのではないか? 元々祐巳さまは幹部を使って戦うタイプではなく、通常カードや補助、罠をまんべんなく使って連鎖を起こし、相手を追い詰めて行く。幹部がいなくなったって平気で戦える人だ。
 ……まあ、いい。今は考えるのもおっくうだ。
 どんなに接戦をこなしても、このカードゲームでここまで疲労を感じるのは初めてだ。
 とにかく、疲れた。

「――写真部です! 目線お願いします!」

 声に応えて反射的に横を向くと、パシャリと撮られた。すぐにカメラが下げられメガネの上級生が顔を覗かせる。

「乃梨子ちゃん、勝ったのに負けたような顔してるね。祐巳さんは負けたのに嬉しそうに笑ってるし」

 どういうことよ、と真顔で蔦子さまに文句じみたことを言われてしまった。単純に疲れてるんですよ。

「そりゃ思わぬ強敵出現だもん。私だって燃えるよ」
「へえ? 乃梨子ちゃんって、確か前大会で五位か六位だったよね? 強いんじゃないの?」
「強いよ。でも志摩子さんのコピーみたいなブックを使ってたあの時だったら、何回やっても負ける気はしなかったかな」

 そうだろうとも。私だって当時も今も本気の祐巳さまには勝てる気がしなかった。勝った今でも勝てる気がしないくらいだ。
 それに、一つだけ、何よりも恐ろしい事実がある。人によるだろうけど、幹部三枚よりも私はこっちの方が恐ろしい。
 皆は忘れているかもしれないが、私はしっかりと憶えている。
 ――真美さまを罠として伏せた時、祐巳さまはまだ志摩子さんを呼び出していなかった。
 それはどういうことかと言えば、祐巳さまは志摩子さんと私の姉妹カードを潰されることを予想していたかも知れない、ということだ。
 こんなに恐ろしい話はないと思う。いったいどこまで先を考えているのか。志摩子さんの本気ブックも相当すごいけど、祐巳さまも最強の噂に違わない強さだ。
 正直、二度とやりたくない。

「――とにかくおめでとう。はい、ウィナーカード」

 やはり笑顔で差し出された九枚のカードを力なく受け取ると、また拍手が沸き起こった。どさくさに紛れてパシャリとシャッターの音も聞こえた。



「で、行かないの?」
「疲れちゃいました……」

 時間的にあと二、三回はできそうだけど、動き回るだけの気力がない。溜息を吐く元気しかない。
 祐巳さまは元気に次の挑戦者を相手にしているが、私はギャラリーの脇にはずれて蔦子さまと話をしていた。

「蔦子さまこそ、暇なんですか?」
「失敬な。今まで飛び回ってここに来たんだから、休憩くらいさせてよ」

 とか言いながら、精力的に蔦子さまはファインダーを覗き込んでギャラリーを撮っている。

「私、カードはよくわからないけど。乃梨子ちゃんはいつも冷静だったよね」
「え?」
「真剣にカードゲームを楽しんでる顔になったのは、ここ最近かな。さっき祐巳さんと勝負してた時なんか活き活きしてたよ」
「……そうですか?」
「自分でわかってるでしょ?」

 本当によく見ているものだ。
 蔦子さまの言う通り、私は別にカードゲームに熱を上げていたわけではない。
 カードを買った理由だって猫耳志摩子さんのカードが欲しかっただけだし、志摩子さんと一緒に遊びたかったからカードを揃えただけだ。
 だから、根本的に熱くなる理由がなかった。ゲーム自体はそれなりに楽しいし、勝てばそれなりに嬉しいし、負ければそれなりに悔しい。
 でも、本気ではなかった。
 志摩子さんの劣化コピーの組み合わせで満足して、別に次のステップに進む必要性も感じなかった。
 けど、ここ最近は違っていた。
 自分だけのブックを組むために試行錯誤し、誰よりも強くなることだけを考えていた。
 たぶん、皆と同じように。
 夏の太陽に負けないくらい、情熱的にカードのことだけ見ていた。

「志摩子さんのキス、そんなに欲しいの?」
「欲しいですけど、それ以上に渡したくないだけです。誰にも」
「……ふうん」

 思わず握り拳を固める私に、蔦子さまはニヤニヤと……なんかからかう前触れを予期させる笑い方をする。

「ねえ乃梨子ちゃん、一つ頼みがあるんだけど」
「志摩子さんのキスはあげません」
「それは残念ね。じゃあ違う用件で」
「はあ、なんでしょう?」
「私の代打ってことで、ある人と勝負して勝ってほしいのよ」
「……ある人?」

 首を傾げる私の前に、衝撃のブツが突きつけられた。ドーン、と。
 一瞬、頭が真っ白になった。
 それからピンク色になった。
 鼻の奥に夏の太陽のような熱いモノを感じた。

「とりあえず勝負するだけでこれ一枚。勝ったら更に別アングルの数枚を進呈。乃梨子ちゃんにシテるのもあるわよ?」
「やります! ください!」
「OK、交渉成立ね」

 蔦子さまが言うや否や、私は衝撃のブツをひったくっていた。
 ……うわあ……志摩子さん、あの時こんな顔してたんだ……

「好奇心で聞くけど、何やってたの?」
「……キスの練習です……仕損じがないように……ふふふふふ……」
「お、イイ顔」

 至近距離で何枚もバシバシ撮られたが、そんなことはもうどうでもよかった。



 生命力に満ちた公孫樹並木の桜の下で。
 私が唇を寄せている我が姉は。
 夏の太陽のように、頬を真っ赤に染めていた。
 この写真は、一生手放すことはないだろう。



 後日、蔦子さまとの約束通り、代打として内藤笙子さんと勝負した。細かい事情は聞かなかった。事情を聞いてしまうと心に迷いが生まれそうだったから。
 この勝負だけは、相手が誰であっても、負けることは許されなかった。
 そして勝った。
 珍しく無邪気に喜ぶ蔦子さま。
 宙に舞う私の物になった鼻血確定お宝写真。
 般若もびっくりの怖い顔で私を睨む笙子さん。


 どれもこれも、やっぱり夏の太陽のせいだ。





本日の使用カード

001 幹部  3年生 紅薔薇潔癖お嬢  HP400 攻撃500 防御600
 容姿端麗、頭脳明晰、山よりも高いプライドこそ正真正銘のお嬢様の証。彼女の特殊能力「筋金入りの負けず嫌い」は、HPが尽きたら一度だけその場で復活することができ、毎ターン一度だけ発動する。
 そしてもう一つの特殊能力「弱点狙い」は、このカードが攻撃する度に、相手プレイヤーの手札を一枚ずつ破壊していく(使用プレイヤーがランダムに選び、退学にする)。「弱点狙い」の能力は、002「満面タヌキ」と姉妹になった場合のみ使用不可能にならない(「筋金入りの負けず嫌い」はなくなる)。
 呼び出し条件は、002「満面タヌキ」が場に出ている時か、091「ロザリオ」と紅薔薇系譜の1年生カードが場に出ている時。


007 通常  手芸部の皆さん  HP500 攻撃300 防御400
 手芸部の皆さん。劇の衣装作りくらいはお手の物。特殊能力「衣装合わせ」は、攻撃力分のダメージで相手の攻撃力を減らし、減らされた攻撃力分だけ防御力に転換する。このカードは姉妹にすることができない。


015 通常  2年生 悲劇のヒロイン  HP250 攻撃100 防御300
 自分でお姉さまにロザリオを返したのに泣いちゃった女の子。でも一番泣きたいのはロザリオを返された姉かもしれない。特殊能力「思い込んだら」は、攻撃を加えたダメージの半分をそのカードに、もう半分を相手プレイヤーに与える。


036 通常  3年生 テニス女王  HP700 攻撃700 防御600
 テニス部部長。HP、能力ともにかなり優れている。後輩達に憧れられることもしばしばで、テニスをやっているとモテるという噂を体現している人物。


066 通常  1年生 盗撮ガール  HP300 攻撃250 防御200
 二代目「盗撮ちゃん」になりそうな将来有望株。モデル経験ありの美少女。彼女に撮られたいファン急増中。特殊能力「写されるのは苦手です」は、相手の伏せカードの一枚を無理やり表にする。発動させると表にした罠カードがなくなるまで攻撃できない。


069 通常  3年生 お騒がせポニーテール  HP200 攻撃200 防御250
 新聞部部長。ゴシップや推測だらけの記事を校内新聞に張り出し、数々の騒動を引き起こす。先代黄薔薇さまを生活指導室に呼び出させた創作小説を書いたことは、あまりにも有名な逸話。噂を操る特殊能力「やる気だけが空回り」は、退学カードの山から一枚だけ補助・罠カードを手札に戻すことができる。ただし特殊能力を発動すると、このカードは退学になってしまう。


070 特殊  2年生 隙なし73  HP100 攻撃50 防御150
 新聞部所属。部長とは違って良識的かつ正確な取材を行い記事にする、優秀な記者の卵。でも体力はない。特殊能力「ペンは剣より強し」は、罠カードとして伏せておくことで発動し、一枚だけプレイヤーへ対する特殊効果のない黄薔薇系譜の攻撃を、相手プレイヤーにそのまま返す。幹部、姉妹には発動しない。このカードは特殊で、通常としても罠としても使用できる。


093 罠  猫マリア様のいたずら
 猫マリア様だって女の子、たまにはいたずらだってするのです。相手のターン第一手目で通常カードを出した時のみ発動可能。場にある通常生徒を一枚、手札二枚を退学にすることで、相手のターンを強制的に終了させる。


095 罠  六月の雨
 三薔薇をとことん落ち込ませた、切なく悲しい想い出のあるとある雨の日。これを乗り越えて薔薇さま方は成長した。相手が幹部カードを呼び出すと同時に発動させることができ、発動すると出された相手の幹部カードを一枚と、もし自陣に幹部がいたらそれも一枚巻き込んで退学になる。


116 罠  運動会で羽目を外さない
 過去、運動会で怪我をして修学旅行に行けなくなった生徒がいた。それ以来、運動会当日の朝、先生から必ず注意を呼びかけられるようになったのだ。特に2年生は必ず言われる。発動させると運動部所属の生徒を一枚、永続的に攻撃力を0にする。幹部・姉妹には効かない。





【No:2251】へ続く







(コメント)
海風 >すみません、GWの予定がアレだったので、もうさっさと投稿します。GW中はたぶん投稿できません。皆さん、良い休日を!!(No.15009 2007-04-29 01:56:58)
YHKH >祐巳すけ余裕の敗北宣言?だが乃梨子よ忘れるな!あやつは「集英社主人公補正」と言うレアスキル持ちだぞ!?(No.15013 2007-04-29 03:10:15)
YHKH >(注)「集英社主人公補正」:主に「飛翔」マンガ主人公が使うスキル。身を砕かれそうな苦難を乗り越えた時それ以前より遙かにパワーアップすると言う特殊能力。通常は男キャラしか持たないが彼女は特例らしい(No.15014 2007-04-29 03:12:18)
菜々し >ゆみすけパワーアップ!→アライグマのぬいぐるみから信楽焼の狸になりましたw(No.15015 2007-04-29 04:08:41)
通りすがり >『遅れてきたヒロイン』はハメ技コンボ名?(No.15016 2007-04-30 19:14:31)
C.TOE >そうか、わかったぞ。例外の一枚は(検閲時に削除)たしかに彼女は猫耳というのは不都合かもしれない。(No.15019 2007-04-30 21:48:22)
朝生行幸 >今更ですが、「退学」より「停学」の方が穏やかなのでは?(No.15020 2007-04-30 22:49:38)
ガチャSファン >楽しみにしてます。リクエストなのですが、「系統」の項目が欲しいです。「○薔薇系譜の××が…」という説明がたびたび出てくるので、この区分けが必須なのではと思うので。ご検討くださると幸いです。(No.15021 2007-05-01 02:26:06)
くま一号 >全ては夏の太陽のせいさ……古い映画のアランドロンのように、ぼそ、と呟いてみる。乃梨子。 しっかしカードの作り方が絶妙、そのまんまキャラクター設定集に使えるって。(No.15031 2007-05-01 23:51:57)
素晴 >うわ、大阪ー神戸間で読み切れなかった!でも熱い!展開的に乃梨子が負けるとは思っていませんでしたが、最強の名をほしいままにする祐巳さんとの早すぎる勝負をどう乗り切るのか、どきどきものでした。(No.15043 2007-05-03 17:24:57)
海風 >皆さんコメントありがとうございます。 YHKHさん>またの名を「サイヤ人のアレ」ですね……ええ、あの人たぶん持ってますw  菜々しさん>そういえば信楽焼の狸って、有名なのは○タマですけど、メスのって見たことないですね。あるのかなぁ、なんて思ったり。 (No.15044 2007-05-04 02:21:50)
海風 >通りすがりさん >単なるミスですすみません…orz  C.TOEさん>えっ、だ、誰のことでしょう? というかあんまり深読みされるとオチ出しづらいっす…  朝生行幸さん>実は使おうと思っていた特殊効果に、別に「停学」がありまして……でも穏やかな方が良かったかもしれませんね。(No.15046 2007-05-04 02:26:39)
海風 >ガチャSファンさん>説明不足ですみません。系統・系譜はbPから30枚ごとに区切られてます。例えば「bV8」だったら61〜90の間なので白薔薇系、となります。ちなみに紅は無所属・なんとなく紅っぽいクラブ、黄は運動部全般、白は文科系クラブという感じで分類しています。くれぐれも言っておきますが、私の勝手な一存で決定していますので、系統違うんじゃ?的なツッコミはやめてくださると幸いです……(No.15047 2007-05-04 02:31:59)
海風 >くま一号さん>実はカードの説明にも色々ミスが……orz  素晴さん>実は乃梨子の負けもちょっと考えてました。展開的に負けてた方が面白かったのかなぁ、と今更ながらに悩んでおります。(No.15048 2007-05-04 02:35:17)
Mr.K >個人的には乃梨子勝利に賛成ですね。 この手の展開は祐巳の更なる強さを(乃梨子と読者に)何倍にも与えさせる布石にもなりそうですし(No.15050 2007-05-04 05:17:42)

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