がちゃS・ぷち

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No.2265
作者:海風
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2007-05-15 10:09:36
萌えた:4
笑った:21
感動だ:3

『やっぱり猫が好き』


ルルニャン女学園シリーズ 7話

 【No:2235】 → 【No:2240】 → 【No:2241】 → 【No:2243】 → 【No:2244】
 → 【No:2251】 → これ → 【No:2274】 → 終【No:2281】 → おまけ【No:2288】

一話ずつが長いので注意してください。







「祐巳」

 夕食が終わって、ちょっとだけのんびりテレビを観て。
 お風呂に入ってテカテカしたお肌で出てきた姉を、弟はすかさず捕まえた。

「なに? お風呂ならお父さんがもう入れ替わりで入っちゃったよ」

 祐巳は髪を拭きながら、ソファに座っている弟に目を向ける。
 ――祐麒はニヤリと「いかにもワルです」という顔。

「……そろそろ例のブツを渡してもらおうか?」

 何気に声も低くして雰囲気出したり。

「……フッ。おまえも好きだな」
 
 ノリの良い姉も同じような顔で応え、くいっと顎をしゃくって付いてこいと促した。

「――何かの劇の練習かしら?」

 そんな娘達を見ていた母は、興味なさそうにばりぼりと煎餅をかじっていた。



「はい、今日の」
「悪いな」

 祐巳から差し出された紙を、祐麒は今度は少年らしく笑いながら受け取る。
 夏に入ったとは言え、この時期の夜はまだ過ごしやすい方だ。もう少ししたら夜でもクーラーが必要になってくるだろう。

「……お、ついに本戦出場者が発表されたか」
「うん」

 姉の部屋で、すっかりくつろぐ体勢に入っている弟。
 机の椅子に座る姉は、元々よくあったしここのところは本当に多いこの状況は、特に拒むものでもなくなっていた。
 祐麒が興味を示しているのは、今度の土曜日にリリアン校内で開催されるカードゲーム大会。手にしているそれも、校内で配られている「リリアンかわら版プチサイズ・第二回ルルニャン女学園カードゲーム大会公式広報紙」というやたら長い名前の付けられた校内新聞の号外だ。
 もっとも、実は祐麒はリリアンかわら版自体のファンだったりもするのだが。姉が持ち帰った校内新聞はだいたい目を通しているし、なんだか「○○先生の趣味」という読者を選ぶ記事も結構楽しく読んでしまう。その○○先生を知らないのに。

「と言っても、祐麒が知らない人ばっかりでしょ」
「いや……一人を除いて全員知ってる」
「え? ほんと?」
「ああ」

 祐麒曰く、単純に「身近な人が題材、身近な人の書いた記事」が好きなのだそうだ。双方とも芸能慣れしていない、堅すぎず柔らか過ぎない絶妙な感じがいいのだとか。

「一位の有馬菜々さんって、由乃さんの妹だろ? 二位の田沼ちさとって子は、由乃さんと同じ剣道部で、去年、今年のバレンタインイベントで勝った人。三位は祐巳の妹。四位、五位は志摩子さんのファン。六位は志摩子さんの妹。七位は飛ばして、八位の細川可南子さんは学園祭で一緒に劇やった」

 なんと。弟はすらすらと応え、姉の決して大きくはない度肝を抜いた。

「なんで知ってるの?」
「おまえが読ませてくれたから」

 祐巳は納得した。そう言えば、本戦出場者はほとんどが山百合会となんらかの接点がある。ならば弟が好きなのを知っていて校内新聞を読ませている姉は、最初から情報の出所を知っていたことになる。

「この七位の『ラッキー7ケイさん』って誰? ハーフか? でもそれにしちゃ狙いすぎな名前だよな……」
「……桂さんだよ。カツラさん」
「かつら? ……あ! 知ってる知ってる!」

 なんと、二度目。祐麒は訝しげな顔から笑顔になって二度三度とうなずく。

「なんで知ってるの?」
「祐巳が一年の頃、たまにうちに電話掛けて来てただろ? えっと、名字はなんて言ったっけ……?」

 祐巳は納得した。そう言えば、二年前はちょくちょく電話で話をしていた。
 ――それにしても。

(他校の男子生徒が憶えてるのに、級友やクラスメイトの名前を憶えてないリリアンの生徒達っていったい……)

 なんだか考えると切なくなってきたので、祐巳はこれ以上考えるのをやめた。

「なんでラッキー7なんだ?」
「さ、さあ……私にもわかんない」

 言えない。
 「自分も名字を忘れていて、誰も知らなくて、しょうがないから暫定でこれになった」なんて、絶対言えない。

「…………」

 ――などと言わんばかりの姉の表情を読み取った優しい弟は、下手な追求はせずに「ふーん」と校内新聞号外に目を落とすのだった。



 記事に目を通す弟の沈黙が自分を責めているような気がして、居たたまれなくなった姉は、別の話題を引っ張り出してみた。

「そ、そう言えば、花寺でもちょっと流行り出してるんだって?」
「ん? カード? んー、ちょっとだけね」

 真剣な眼差しで目を走らせる祐麒は、なかなか生徒会長としての貫禄がついてきた……ような気がする。
 ここ数日のこんなやり取りの中で、リリアン女学園の隣にある男子校、祐麒が生徒会長を務める花寺学院でも、「ルルニャン女学園」が密かなブームを呼んでいることを知らされた。
 あまり知られてはいないだけで、「ルルニャン女学園」というカードゲームはちゃんと市販されているのだ。だから入手しようと思えば誰でも買うことができる。

「へえ、じわじわ来てるの? うちは一気にドカーンと来たんだけど」
「柏木も出資してるから」

 ――柏木と言えば、かつての花寺学院生徒会長・柏木優。色々と事情があって福沢姉弟とも拒否したいができない縁があった。
 それから更に色々なことがあって、もう祐巳の中に彼を敵視する心はなくなっていた。同様に、祐麒の方にも色々なことがあったのかも知れない。

「柏木と、小笠原と、松平が出資だろ? 無遠慮にカード見せまくって暴れてたら、あいつに迷惑かかっちゃうから」

 柏木優は、花寺を卒業して丸一年以上が経つというのに未だに発言力がある。なにせ「光の君」だから。

「それだけならまだしも、共同出資である小笠原にも松平にも迷惑をかけるかも知れない。そうなったら不名誉どころじゃないぜ。代々続いてきた花寺・リリアンの友好関係を壊しかねない」

 「それがわかってるからうちの野郎どもも気を遣ってるわけ」と、弟はドライな口調で言う。

「ただ」

 かわら版を読み終えた祐麒は、それをたたんでテーブルに置いた。

「時間の問題だと思うんだよな」
「何が?」
「ブーム。このまま行けば確実にドカーンと来ると思う」

 祐麒が知り得ないだけで、水面下では把握している以上に、蜘蛛の巣が細かく張り巡らされているかも知れない。
 どちらにせよ個人個人がただのカードゲームで遊んでいるだけなのだ。いかに生徒会長でもそれを止める権限などあるはずもない。

「あ、じゃあ――」
「時期はズレるだろうけど、こっちでもこの手のイベントはやるかも」

 なるほど、と祐巳は腕を組む。

「つまり祐麒は、ブームが来る前にイベントについて勉強してるわけね」

 妙に興味を示しているから不思議に思っていたが、リリアン同様に花寺でもこの大会が開かれる可能性を視野に入れていた、と。

「思い付きと浅慮でゲーム大会が企画されて実行されたら、絶対にどこかの馬鹿が暴れ出すから」

 暴れ出す。さすが男子校、女子校とは違う形の青春がみなぎっている。

「小林とかめちゃくちゃハマッてるからなぁ」
「小林くん? ……ああ、好きそうだね」

 数学好きの小林正念は、特に数字が絡むような知的ゲームを好むのだ。

「アリスもカードのイラストが可愛いからって集めてるし、高田も運動部関係で組むのが好きみたいだし。やっぱり実在するモデルがいるから、妙に熱が入っちゃうんだよな」

 まるで他人事のように言うが、この祐麒だって同じ穴のアレである。

「……あのさ、祐巳」
「ん?」
「何度も聞いて来たけど、もう一度聞く。――なんでカードにアリスが入ってるんだ?」

 猫耳付イラストがお約束のルルニャン女学園にある121枚のカードの中、1枚だけ猫耳ではないカードが存在する。
 それが、有栖川金太郎ことアリスのカードだった。


 ――022 特殊  2年生 不思議アリス  HP400 攻撃400 防御300
 実はルルニャンの隣の男子校の生徒。そういう趣味の男の子。紅薔薇幹部に強い憧れを抱いている。特殊能力「紅薔薇の妹になりたかった」は、性別を誤って生まれてきた彼の決して叶わない儚い願い。発動させると特殊能力を持たない幹部・姉妹を除く通常生徒の攻撃・防御を入れ替える。ただし発動させるごとにHPが100ずつ消費される。このカードは姉妹にすることができない。


 微笑む少女は確かに可愛い。男だけど。
 そしてアリスのカードだけ、なぜかウサ耳だった。恐らく「不思議の国のアリス」から取ったのだろう。

「何度も言うけど、知らないよ」

 とは言うものの、実は祐巳は知っている。
 というか、祐巳こそが原因だった。



 薔薇の館が「ルルニャン女学園カードゲーム開発本部」になっていたある日のこと。

「来ちゃった」

 いつかのように学生服姿では台無しな可愛い仕草を見せつけるアリスが、校門の前で祐巳達を待っていたことがあった。なんでも美味しいパフェの店を見つけたとかで一緒に行かないか、というお誘いだった。
 もちろんリリアンの生徒として、寄り道や買い食いなどできやしない。それも山百合会という、普通の学校なら生徒会長に当たる面々である。
 というわけで「今度の日曜日にでも」という約束を取り付けてその場は解散となった。電話でもすればいいものを、わざわざ山百合会の仕事が終わるまで待っていた彼女(彼?)を、誰もが無碍にはできなかった。美味しいパフェも食べたかった。
 そして約束の日曜日に、久しぶりに山百合会の面々+1は仕事外のプライベートで集まり、美味しいパフェを食べた。
 その時に話題に出たのが、開発中のカードゲームのことだった。

「何それ何それ!?」

 アリスは瞳をキラキラ輝かせながら、口の端に生クリームを付けたまま身を乗り出す。
 私服でスカートまで履いている彼(彼女?)は、どこからどう見ても女の子しか見えなかった。しかもちょっとおっちょこちょいの無邪気で可愛い女の子にしか。どこぞのファン層にとても人気がありそうな女の子にしか。一昔前の「少女漫画の主人公はこのタイプ」という典型的な女の子にしか。
 カード用のモデルを選出する役を担っていた山百合会の面々は、これ以上話すことを躊躇った。彼(彼女?)に話したら、その先の果てに言うことなど、もはや一つしかないことを悟っていたから。
 だが一人だけ、悟れなかった者がいた。
 それが祐巳だった。
 ストロベリーパフェにやられていたせいか、祐巳は皆が必死で送ってくる「ちょっと待て」という視線に気付かず、ぺらりぺらりとカードのことを話してしまった。

「わ、私も出たい!!」

 ――アリスから期待と羨望とちょっぴりの不安が入り混じったその言葉が出てきた瞬間、祐巳もようやく自分の失態に気付いてしまった。



 ……というわけだった。
 断り切れなかった祐巳は「検討はしてみるから」という無責任な言葉でその場を逃れたものの、良心の呵責から本当に検討するように、方々の開発責任者達に「無理だよね。しょうがないよね」と聞いて回ったのだが――
 結果は、カードナンバー22番を見ての通りだ。
 この際、山百合会の面々はノータッチだった。まあまず無理だろうな、祐巳さん一人でアリスに断ってきてね、と思っていたのだが、まさかの結果に祐巳と一緒に驚いていた。

「アリスね、意外と人気あったのよ」

 去年の学園祭で、山百合会と花寺生徒会で演じた劇でリリアンにお披露目してしまったアリスは、それ以来普通のファンとなんだか微妙なファンがついていた。
 特に微妙なファンが多かった漫画研究会では「だから意外と有栖川さんが攻めで祐麒さんを――」という熱い熱い討論が数日に渡って繰り広げられたそうだが、詳しいことはわかっていないし、今後も陽の目を見ることはないだろう。
 それと、聞いて回った順番が悪かった。
 イラスト担当の漫研が一番、資料提供の写真部、情報提供の新聞部、カード内容担当の科学部、討論部と回ったのだが、討論部に到達する前にはもう、すでにアリス用のラフイラストが上がってきてしまったのだ。
 漫研が「絶対入れるべき!」と満場一致で拳を振り上げた頃、駆け込んできた(恐らく同じ類のファンだったのだろう)写真部から迅速な資料提供がなされ、即座にラフ画が上げられ、まだ祐巳が部活棟に残っていたところで捕まって「これを見ろ」とイラストを見せられ、結果的に外堀を埋められてしまった。
 「せっかく描いたんだから」と新聞部がうなずき、それを皮切りに科学部も「一枚くらいなら意外性があっていいかも」とイラストがなくても遊び方向の提案に同意し、討論部も新聞部同様の意見を出した。
 こうして、アリスのカードは作り上げられたのだった。

「なんか納得できるようなできないような……」

 祐麒はいつものように、そんな言葉でこの話題を締め括った。弟が真実を知ることはないだろう。姉が己の失態を率先して話すことなどないのだから。



「それにしても面白いな。あの蓉子さんと聖さんが出てくるとは思わなかった」

 かわら版の裏には、本戦出場が最初から決定していた六人の写真が小さく載っている。仮面の二人の特集や出場などは何度か書かれていたが、こうして「出場決定」と銘打って載せられると、また違う感動がある。

「面白いって、ねぇ……」

 弟の気楽な言葉に、姉は苦笑するしかない。紅薔薇仮面の水野蓉子はともかく、もう片方の白薔薇仮面・佐藤聖の方は問題があった。

(キスして回るんだもんなぁ……)

 大会の企画が出てからはあまり出没しなくなったが、聖の「勝負に勝ったらチューして」は、密かなブームを生んでいた。
 特に、先日かわら版に出された「ルルニャン現象」というカードゲームが縁で姉妹になった生徒がいる、という記事と相まって、ちょっとだけ大変なことになっていた。

 「勝ったら妹にしてください」 → 「約束はできないけど」 → 「じゃあ、勝ったらキスしてください」 → 「えーっ」

 という流れである。
 祐巳は、かの「黄薔薇革命」などで山百合会メンバーが起こすアクションに、周りがものすごく影響を受けることを知っていた。白薔薇仮面としての聖と会い、菜々にキスをせがんでいる姿を見て「あ、これダメだ」と思ったものだ。
 仮面に隠れている素顔に否応なしに期待させられ、妙に女の子のツボを突いた甘い声に、ガラス細工に触れるようなさり気なく優しいスキンシップ。仮面以外はどれもがホスト張りの動きだった。菜々も顔を真っ赤にしていた。決して怒りと屈辱だけの感情ではなかっただろう。
 この行為の影響は、必ず出ると踏んだ。だからこれ以上被害者を増やさないよう優勝賞品の副賞に「キス」を提案したのだ。
 そして予想通り、提案したすぐ後に山百合会面々は困ったことになった。誰もが「勝ったらキスしろ」と言われて勝負を挑まれた、と。
 こうして、大会開催の公式発表は早すぎるほど急ピッチを余儀なくされたのだ。「キスは賞品です」と言ってしまうだけで、断固として断る理由になるから。
 だが表面上では落ち着いたかに思えたが、水面下では色々とあるらしい。「キスから始まった姉妹関係」なんていうネタを新聞部部長・山口真美や、写真部のエース武嶋蔦子から聞いている。
 様々な事象が重なった結果、今はカードゲームと平行して空前の姉妹ブームに入っている。かつてこれほど甘くて熱くて、こう……「恋人を勝ち取る!」という情熱と意気込みが感じられるイベントがあっただろうか。いやない。少なくとも記憶には。そもそもリリアンの生徒に「勝ち取る」という激しい発想も、個人間でならともかく、はやし立てられる集団心理はなかった。
 一度や二度の敗退では諦めない下級生に、それに応える上級生が悪い気がするわけもなく。
 気になる下級生を狙う何者かの影を見て、勇気不足という錨を巻き上げて追い風を味方に出航する上級生。
 ――勝負に勝ったら、何かが起こる。
 そんな期待を胸に、多くのリリアン生がカードを握り締めているのが現状だ。

「……混沌と言えばいいのか、笑いながら見守ればいいのか……」

 藤堂志摩子は激化するカード熱と劇的に変化する対人関係に戸惑い、島津由乃は笑いながらそれを見守る。祐巳はどちらとも付けず、少々混乱していた。
 人と人との摩擦が起こす情熱の嵐は、一言「夏真っ盛り!」とでも言ってしまえばいいのか。
 まあ、とにかく。
 今のリリアンは非常に情熱的だ。

「熱いよね……」
「……は?」

 姉が遠い目をしている。だが弟はその事情を知らない。



「しっかし祐巳が優勝候補か。わかんないもんだよな」

 弟がやや失敬なことを言っているような気がするものの、実は姉も同意だった。

「だよね。なんとなく勝ってるだけなのにね」

 祐巳の場合、勝敗にはあまりこだわりがない。前大会だって紅薔薇一色という珍しいブックを使っていたくらいだ。

「やっぱり俺の教え方が良かったんだな」

 ――試作品のカードが完成して関係者に配られた頃、祐巳はどうにもカードゲーム自体がよくわかっていなかった。触れるのも初めてなので、マニュアルを読んでも首を傾げるばかりだった。仲間達が楽しく遊んでいるのを羨ましく見ていた時もある。
 なにせ121枚もあるカードから、30枚を選出しなければいけない。それだけでも難しいのに、更に特殊能力だのなんだのが絡んできて、カード同士の相互関係がごちゃごちゃになってさっぱり理解できなかった。
 そこで相談したのが、弟の祐麒だ。
 頼れる弟はすぐに概要を理解し、頼りない姉に根気強く手ほどきした。
 「やっぱり男の子はこういうの強いなぁ」と思ったものだ。
 それからすぐに祐巳は勝負に勝てるようになり、今に至る。

「……祐巳が最強ねぇ」
「ねぇ」

 これが漏れたらリリアン女学園に震撼が走るかも知れない事実が、ここにあった。

「祐麒の方が強いのにね」

 一つ屋根の下に、明らかに自分より強い者がいる。だから「最強」と呼ばれて持ち上げられたところで浮かれられる理由もないのだ。
 伊達に「最強」を育てたわけではない。祐麒と祐巳の勝負は、七割が弟の勝利で軍配が上がっている。

「――ところで祐巳、あの話はやっぱり無理そう?」
「ごめん、無理そう。こっちでも更に動きがあってね」
「動き?」
「うん」

 祐麒は二回目大会が決まった時から、祐巳に交渉していた。「花寺生徒会を招待して大会を観戦させてくれないか」と。
 色々お世話になってしまった弟の頼みだし、リリアンと友好関係にある花寺生徒会長からの頼みでもあるし、一応は紅薔薇さまの称号を持つ者として検討はしていた。
 だが。

「貴賓席ができちゃったのよ」

 頭痛を堪えるような姉の態度に、弟は首を傾げることしかできない。

「きひん……せき?」
「うん。前回同様で、出資者としてお姉さまが見学に来ることになってたんだけど」
「けど?」
「……もう一人いるでしょ? 外部の出資者が」
「…………柏木か!」

 祐巳は「ご名答」と言う代わりに溜息を漏らした。

「つい最近、観戦の申請が来てね。お姉さまを招待しておいて柏木さんを断るのもね……どっちも出資者だから断れなかったのよ。断る理由もなかったから」
「女子校に男子が入るのは好ましくない、とかは?」
「柏木さんは二年前の学園祭ですでに入ってるじゃない。それにそんなことを言えば、祐麒達にも同じことが言えるよ?」
「そ、そうか……そりゃそうだな」

 「じゃあ一緒に」――と言う前に、姉は言葉を発していた。

「柏木さんはずっと前からお姉さまと知り合いだけど、花寺生徒会を招待したら、お姉さまがあまり知らない男の子達に囲まれることになるでしょ?」

 祐巳のお姉さま、小笠原祥子は男嫌い。言われるまでもなく祐麒も知っていることだ。

「最初は柏木さんと祐麒達を別々に席を用意すればいいと思ってたけど、柏木さんは花寺のOBで過去の生徒会長でしょ? 花寺関係者として自然と同じ席を用意することになりそうだしね……」

 かと言って、祥子と柏木達を別々にすると、柏木が「同じ出資者なのに待遇が違う」とかなんとかゴネる可能性は大いにある。あの柏木優なら。「光の君」だし。

「……一つだけ可能性があるとすれば」
「すれば?」
「花寺生徒会長としての祐麒と、カードのモデルになったアリスのみ招待できると思う。お姉さま、祐麒なら平気だし。アリスも結構大丈夫みたいだし」

 祐麒は小笠原邸に泊まったこともあるし、短時間だが花寺学園祭の手伝いで二人きりで作業(花寺の陣)をしたこともある。
 アリスは、二度目の顔合わせの時にいきなり抱きつかれたことが免疫を作っているらしく、祥子はアリスのカードを見ながら「可愛く描けたわね」などとお褒めの言葉を漏らしていた。

「お姉さま一人なら、本戦会場の薔薇の館に席を用意したよ。でも柏木さんが駆け込んできたから、外に用意することになったんだ。本戦出場の十四名とスタッフ数名が入るから手狭になっちゃうし、女性の多い密室に柏木さんを入れるとみんなの心が乱れそうだし」

 前は中庭でやったので、本戦会場に入場制限などなかったのだが、新しく決まったことでやはり不都合が生じているのだ。

「というわけで新しく貴賓席を設けたから、正直に言えば花寺生徒会を招待することは物理的に可能なの。ただ――」
「物理的に可能でも、出資者の一人が精神的苦痛を伴う恐れがある、と」
「うん……ごめんね、力不足の姉で」
「いや、元々無理難題を吹っ掛けてたと思ってたから」

 これまで学園祭の時だけ出入りしていた男子が、その例に漏れて入ろうとしていた。祐麒だってダメで元々、という気持ちは多分にあったし、しょんぼりしている姉にも再三そう言って来た。

「で……俺とアリスだけならいいのか?」
「たぶんね。それでいいならお姉さまに聞いて、OKが出たら大丈夫だと思う」
「山百合会でモメないか?」
「祐麒とアリスならね。生徒会長とカードのモデルって具体的な理由もあるしね。説得できると思う」

 祐麒は「小林が納得するかなぁ」と言いながら虚空を睨む。提案者はやはり小林らしい。

「ああそうだ。本戦の模様はビデオに録画するから、それは渡せるよ」
「あ、ホント?」
「うん。今回はグレードアップして、テレビ中継とかしちゃうから」
「そりゃすごい。たかが校内イベントに金掛けてるな」
「カード利益の還元……みたいな感じになるのかな」
「結構売れてるのか?」
「そうなんじゃないの? 今では売れ筋の学校がもう一つ増えてるからね」

 今まで一枚もカードを買ったことのない福沢姉弟には、その辺の事情はあまりよく知らない。コレクターの執念とは恐ろしいものなのだ、と。
 ――ちなみに祐麒の持っているカードは、全て姉が勝負ごとに一枚ずつ獲得したものである。
 ただでさえ校内一勝負回数が多く、かなりの確率で勝ってきた祐巳なので、塵も積もれば山となっている。それを弟が頂戴しているというわけだ。余らせて引き出しに仕舞い込まれるよりは遊ばれた方がカードも嬉しかろう。

「じゃあ、俺とアリスだけでいいから交渉してみてくれよ」
「わかった。でも小林くんはいいの?」
「奴には涙を飲んでもらう」

 それは責任者の英断だった。さらば小林。



 「風呂空いたぞー」という父親の声に、祐麒はのっそりと立ち上がる。

「最後にもう一つ聞くけどさ」
「うん?」
「『優勝者と特別ゲストの勝負も?』って書いてあるけど、このゲストって柏木?」
「あー……ううん、違うよ」
「聞いてもいいか?」
「んー……ごめん。山百合会でもまだ秘密になってるから。瞳子ちゃんにも話してないよ」
「あ、そう」

 可愛い妹にも話さないことを、弟が聞けるはずもなく。

「じゃあ招待の件はよろしくな。期待はしてないからダメでもいいよ」

 そう言い残して、弟は姉の部屋を出て行った。



「……さてと」

 祐巳は気を引き締めて、机の上にカードを広げた。
 大会用のブックが二つ必要になる。
 これから数日で、勝つためのカードを気合いを入れて組まなければならない。
 勝つ自信はまったくないが、素直に負けるのも嫌な祐巳だった。





【No:2274】へ続く







(コメント)
海風 >自分でも微妙な「例外の一枚」の真相です。……期待してた人ごめんなさいorz(No.15123 2007-05-15 10:21:28)
春日かける@主宰 >まさかアリスだったなんて……! ちなみに自分は夕子さんか学園長とか先生方だと思っていました。(No.15127 2007-05-15 12:02:28)
菜々し >アリスかよ!(←三村並み)と突っ込んでおいて、そうなると特別参加はシスター上村と読んでみようw(No.15128 2007-05-15 22:09:55)
くま一号 >この展開でシリアスにも持って行けそうな剛腕が凄い……。 しかし。アリスよ。攻めじゃなくて責めか。そうか。そうすると祐麒ってマゾ? ……だめだ、相方となんだか微妙な仲間の会話を聞いているとつい……。(No.15129 2007-05-15 22:15:18)
tuka >ラッキー7、ヒドスw 本戦前に精神的ダメージ受けて本戦に出場できるのかとw(No.15131 2007-05-15 22:57:12)
菜々し >時々思うのは、桂さんの名字が「三枝」だったら歌丸並みにやだなあ、と。さんしと読むんじゃありません!(No.15134 2007-05-16 00:17:39)
砂森 月 >わ、意外なトコでアリスが☆ やっぱり花寺でも浸透しますよねぇ(No.15135 2007-05-16 01:27:25)
えろち >だとか、吃驚ドカーンのウサ耳アリスとか、十ニ分以上に納得のできうる設定が組めてるところに(No.15136 2007-05-16 01:54:51)
えろち >勝ったら→できないけど→キスして (↑前話(No.15137 2007-05-16 01:58:25)
えろち >海風氏の並々ならぬ凄さを感じます(陳腐な物言いですいませんが とにかく、物語としてしっかりした世界が構築されてますね。感動感激です。(No.15138 2007-05-16 02:03:02)
Mr.K >「海風氏の並々ならぬ凄さ」同感です。 この話には対戦なしですが、実際カードを使ったSS書くと「カード説明」「物語」「会話」「心理描写」のどっかが駄目になりやすいんですよ。 それができてるってだけでも読めば読む程名作ですコレは(No.15140 2007-05-16 02:30:02)
篠原 >ネコの中にウサギが一匹ですか。なかなか比喩的だなあ。とか思うのは邪推に過ぎるんでしょうね(笑)(No.15143 2007-05-16 23:02:36)
素晴 >アリスでしたか!私はまた、犬耳のロサ・カニーナかと思っていました。カードの設定時代にはもうイタリアですがそこはそれ、先代もいることだし、イヌバラだし。(No.15144 2007-05-17 12:53:52)
epII >花寺の遊戯王こと福沢祐麒(笑(No.15153 2007-05-18 20:53:17)
C.TOE >ゴロンタだと信じていたのに←元々猫耳だから(No.15170 2007-05-20 02:50:20)
海風 >皆さんコメントありがとうございます。 春日かける@主宰さん>夕子さん……! その発想はなかったorz 菜々しさん>……うふふふふ(ナニ くま一号さん>豪腕……え? 力技? それなら少し得意です!(違(No.15171 2007-05-20 04:14:48)
海風 >tukaさん>本戦中も結構扱いがアレです……桂さんファンすみませんorz  砂森 月さん>小林くんとかすごい好きで強そうなイメージがあります。 えろちさん>……実は何も考えずに書いてるので、いつもキャラが勝手に動いてますorz というか振り回されてますorz(No.15172 2007-05-20 04:18:17)
海風 >Mr.Kさん>ありがとうございます。名作かどうかはわかりませんが、楽しく読んでいただければ幸いです本当に。 篠原さん>あんまり深読みされると……(汗  素晴さん>反則っぽいけど出てますよー。(No.15173 2007-05-20 04:21:08)
海風 >epIIさん>その二つ名いいなぁ……  C.TOEさん>ゴロンタもありですよー。(No.15174 2007-05-20 04:22:35)

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