がちゃS・ぷち

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No.2394
作者:杏鴉
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2007-10-19 14:19:13
萌えた:1
笑った:6
感動だ:0

『緋色の十字架すれ違い』

『藤堂さんに古手さんのセリフを言わせてみる』シリーズその2

これは『ひぐらしのなく頃に 綿流し編』とのクロスオーバーとなっております。
本家ひぐらしのような惨劇は起こりません。しかし無駄にネタバレしております。
そしてある人物の設定が、かなりおかしなことになっています。
諸々ご注意くださいませ。

【No:2386】→これ。






次の日、私が待ち合わせの場所に行くと、そこには志摩子さんと乃梨子ちゃん、そして瞳子ちゃんまでがいた。

「あれ?三人でお出かけ?」

私が思ったままを口にすると、志摩子さんはおっとりと微笑み、乃梨子ちゃんは微妙な表情で志摩子さんに視線を送った。
その様子をぼんやり眺めていたら、心底呆れた顔をした瞳子ちゃんが視界にずいっと入ってきた。

「祐巳さま。本気でおっしゃっているのですか?」
「へ?」

あ。そういえば瞳子ちゃんってお休みの日も縦ロールなんだ。
今日もクルクルだぁ。

「……今の会話の流れで、どうして私の縦ロールに思考が傾くんですの?」
「え!?瞳子ちゃん何で私の考えてること分かったの?」
「失礼ながら、思いきり顔に出ていましたよ。祐巳さま」
「祐巳さんは可愛いわね」
「そんなぁ。私なんかより志摩子さんの方がずっと可愛いよ。――ところで三人はどこかに出かける途中なの?」

私が質問すると志摩子さんはニコニコ笑って、乃梨子ちゃんは生温かい視線で瞳子ちゃんを見た。
瞳子ちゃんは乃梨子ちゃんのそんな視線を無視すると、疲れたような表情を私に向けた。

「昨夜、祥子お姉さまから頼まれたんです。今日イベントがあるので手伝ってくれないかと」
「私のところにも祥子さまから電話があったの」
「そう……なの?じゃあ、乃梨子ちゃんのところにも?」
「いえ。私は志摩子さ――お姉さまから連絡を受けまして」

なんだ。私だけを頼ってくれたわけじゃなかったんだな。
べつにみんなと一緒なのが嫌だってわけじゃないけれど……。
昨日からめいっぱい空気を入れた風船のようだった私の胸は、ほんの少しだけしぼんだ。

「――なんでも祐巳さまを誘ったことを伯父さまに伝えたら、助っ人は多ければ多いほどありがたいと催促されたそうですよ」
「あ、そうなんだ」

そっか。真っ先に頼ってくれたのは私で間違いなかったのか。
なんか嬉しいなぁ……えへへ。
自分でも現金だな、とは思ったけど嬉しいものは嬉しいんだから仕方がない。

「祐巳さまって本当に……」
「ね?祐巳さんって可愛いでしょう?」
「……やれやれですわ」

「よぅし!じゃあ今日は張り切ってイベントのお手伝いをするぞーっ!オーっ!」
「祐巳さま。『オーっ!』の部分は全員で声を揃えるべきではないですか?」
「祐巳さんは可愛いわね」
「……早く祥子お姉さまいらっしゃらないかしら」

すでにテンションが上がりまくっていた私は、待ち合わせの時間5分前にやってきた祥子さまに「少し落ち着きなさい」と窘められてしまった。




祥子さまの伯父さまが経営されていると聞いていたから、かなり大きな店舗を想像していたんだけど……。
案内されてたどり着いたお店は意外にもこぢんまりとしていて、町のオモチャ屋さんという感じの佇まいだった。

祥子さまと挨拶を交わす伯父さまは穏やかな笑みがよく似合う方で、どことなく清子小母さまに雰囲気が似ている気がした。
男嫌いの祥子さまだけど、この伯父さまのことはとても慕っているのが見ていて分かる。
もっともそうでなければ私たちに声をかけてまで手伝おうなんて、祥子さまは絶対にしないだろうけどね。

和やかに話しているお二人の姿を見て、私はなんとなくほっとした。
祥子さまを取り巻くあまり一般的ではない環境が、祥子さまを傷つけ、時に縛っている……。
でも、こんなふうに自然な笑顔で話せる大人の人がいるのなら大丈夫。お姉さまはきっと大丈夫だ。

「伯父さま。みんなを紹介いたしますわ」
「あ、ちょっと待って」
「どうかされまして?」
「この可愛らしいお嬢さん方の中に、祥子ちゃんの妹さんがいるんだろう?」
「えぇ。おりますけれど……?」
「ぜひ当てさせてもらえないかな」
「まぁ。伯父さまに私の妹が分かるかしら?」

なんだかよく分からないうちに妹当てゲームが始まっている。まぁ、お姉さまが楽しそうだからいいけど。
……ん?ちょっと待てよ。もし選ばれなかったら私は相当ショックを受けるかもしれない。
そんなテンションだだ下がりの状態でお手伝いなんてできるんだろうか……。
いやいや、こんなのお遊びなんだから、そんなに深く考えなくてもいいじゃない。ねぇ、祐巳。
う〜、でもやっぱり……、

「初めまして、祐巳ちゃん」
「――へ!?あっ、は、初めまして……。え?あれ?どうして私だと分かったんですか?」

なんの迷いもなく話しかけてきた伯父さまに私が疑問を口にすると、どうしてかみんなに笑われた。
あ、瞳子ちゃんだけは呆れたような顔してるけど……。

「祥子ちゃんから聞いていたとおりの娘さんだったから、すぐに分かったよ」
「は、はぁ……。そうなんですか?」

伯父さまやみんなの笑顔がちょっと引っかかる。
祥子さまってば、私のことどんなふうに話してるんだろう……。

「祥子ちゃんに会うと、必ず祐巳ちゃんの話をしてくれるからね。初めて会う気がしないよ」
「お、伯父さまっ……!」

祥子さまが慌てたような声を出したのに、伯父さまは聞こえないフリをして続けた。

「いつもいつも、嬉しそうに祐巳ちゃんのことを――」
「伯父さま!さっさと準備をしてしまわないと間に合いませんわよっ!」

そう言って祥子さまはお店の奥へ行ってしまった。
えっと……、テレてる……のかな?
追いかけた方がいいのか、そっとしておいた方がいいのか私が判断に迷ってオタオタしている間に、伯父さまと志摩子さんたちは自己紹介を済ませていた。

あれ?瞳子ちゃんって(続柄はややこしくて忘れてしまったけど)お姉さまの親戚だから、この伯父さまとも親戚なんじゃないのかな?
気になった私がこっそり瞳子ちゃんに聞くと、遠縁すぎて面識がないらしい。
そういえば瞳子ちゃんとお姉さまだって遠縁だって言ってたもんね。
――あれ?これって誰が言ったんだっけ……?

「伯父さまっ。きちんと指示していただかないと、何をしたらよいか分からないじゃありませんか!」

私の思考は祥子さまの怒声でかき消された。
待っていても誰も来ないので祥子さまは引き返してきたようだ。
祥子さまの口調や態度はけっこうキツイものだったけど、それが照れからきているものだと分かっているのでみんな何も言わなかった。
というか……、お姉さま可愛いなぁ。

「祐巳。あなた何ニヤニヤしているの。気味が悪いからおやめなさい」
「は、はい。すいません……」
「素直じゃないなぁ。祥子ちゃんは」
「伯父さ――」
「さぁ。みんな今日のイベント頑張ろうね」
「おーぅ☆」

怒りの形相で何か言おうとした祥子さまをサラリとかわした伯父さまの掛け声に、志摩子さんが右手を上げて可愛く応えた。
乃梨子ちゃんは志摩子さんを眺めてデレデレしている。
瞳子ちゃんは、誰かが落としたアイスクリームが地面の上で液体になっていくのを見るような眼つきで乃梨子ちゃんを見つめていた。

う〜ん。確かにさっきの志摩子さんは重度の祥子さま病の私が見ても、ついお持ち帰りしたくなっちゃうくらい可愛かったけど……。
それにしたって乃梨子ちゃんのあの顔はないだろう。
……まさか、さっき私も乃梨子ちゃんみたいな顔してたのかな。いやいや、いくらなんでもあそこまでイタイ顔はしてない……はず。
今度からは気を付けよう……。




今日お手伝いをするにあたって、伯父さまから出された指示は――

『一般参加者に混じってイベントに参加する』

――これだけだった。
私たちはもっと裏方のお手伝いをするんだと思っていたから、少し戸惑った。
だってそれじゃあ手伝っているというより、普通に遊びに来ているのと変わらないように思えたから。
「それでお手伝いになりますの?」と祥子さまが聞くと、伯父さまは首を傾げている私たちに笑顔で説明してくれた。

なんでも今まで何度かイベントをしているんだけど、店内にあるゲームを使ったゲーム大会という内容からか、参加者はほとんどが小中学生の男の子なんだそうだ。
だから可愛いor綺麗なお姉さんが参加するだけでも、会場内のテンションがアップして盛り上がる。ということらしいんだけど……。
一緒に参加するだけで本当に盛り上がるものなんだろうか?

祥子さまを筆頭にハテナを飛ばしている私たちの中で、乃梨子ちゃんだけが納得いったように「あぁ」とつぶやいた。
私が代表で教えてほしいな光線≠送ると、乃梨子ちゃんは「たぶんですけど……」と前置きして説明してくれた。

「男子って女子の前ではいい格好をしたがるんですよ。特に好みの異性の前だと、より張り切っちゃうみたいです」
「へぇ〜」

男の子ってそういうものなんだ?さすがは共学出身の乃梨子ちゃん。
でもそういう理由だと、ちょっとマズイんじゃないかなぁ……。

「どうして私がそんなホステスみたいなことを――」

――やっぱり。
うちのお姉さまは男嫌いだからなぁ。それにしてもホステスって……。
あ、でもホステスって主催者側の女性っていう意味もあるから間違いではないのか。いや、今はそんなのどうでもいいんだけどさ。
さて、どうしたもんか……。

ふと気付くと、祥子さま以外のみんなが私を見ていた。
えぇと、これはあれですね。妹なんだからお前が何とかしろよと、そういうわけですね。
みんなのしっとりとした視線を背負って、私はおずおずと祥子さまに話しかけた。

「あの、お姉さま?イベントに参加されるのは、ほとんどが小学生や中学生くらいの子たちだそうですし……」
「それがどうしたの?」

――ぐふっ。

「伯父さまの為にも頑張ってイベントを盛り上げませんか……?」
「……私が思っていたお手伝いの内容と全然違うんだもの。事前に説明をしなかったのは、伯父さまの不手際ではなくて?」

そっぽを向いた祥子さまは、ちょっとハラハラするようなことを言ったけど、伯父さまはニコニコしながら成り行きを見守ってくれていた。
それは良かったんだけど。このままじゃあ、お手伝いの話が無かったことになってしまう。
そんなことになれば伯父さまはもちろん、せっかくのお休みにわざわざ来てくれた志摩子さんや乃梨子ちゃん、瞳子ちゃんに申し訳がない。
かといって祥子さま一人をほったらかしにして手伝うわけにもいかないし……。
……それに。

「お姉さま」
「なに?」
「私、昨日お姉さまからお電話をいただいて、とっても嬉しかったんです」
「……」
「それで、今日のことすごく楽しみにしてて……」
「……祐巳」
「私、お姉さまと一緒に遊んでみたいです……」




その後、なぜかノリノリになってくれた祥子さまに引きずられるようにして、私たちはゲーム大会に参加した。

ゲーム大会の概要だけど――、
大会参加者はまずクジ引きで五つのグループに振り分けられる。そしてそれぞれのグループでトップになった5人が決勝戦に参加する、という勝ち抜き戦になっていた。
私たちもクジを引いたんだけど、みんなバラバラのグループになってしまった。
一人もかぶらないなんて、凄い偶然だなぁ。私たちが参加する目的を考えたら大成功の結果だよね。
クジの入った箱を持っている伯父さまをどういうわけか祥子さまが睨んでいるように見えたけど、きっと何かのアイコンタクトだろうと思ってそっとしておいた。

私が参加するグループのテーブルは小学校低学年くらいの子たちばかりだったので、ほのぼのとした空気が流れていた。
小さい子が一生懸命考えている姿って可愛いなぁ。
私はお手伝いという立場上、もともと勝ち残る気はないので場を盛り上げる事に徹していた。
そういえば他のみんなはどんな感じなのかな?
私はまっさきに祥子さまがいるテーブルを見た。すると――、

「ふっ。一昨日いらっしゃい」

もう終わってるっ!?というか高圧的にも程がありますお姉さま!
相手はまだ子供なうえにお客さんなのに……。いいのかなぁ。
敗者である子供たちを冷笑しながら見下すお姉さまは、それはそれはお綺麗で。
ついうっかり、私もあの子たちと一緒に見下されたい衝動に駆られてしまった。けれど他の人も私と同じだとは限らない。
大丈夫かな、あの子たち。トラウマにならなきゃいいけど……。
そっと相手の子たちの様子を窺ってみると、なんだかうっとりした表情で祥子さまを見上げていた。
――心配して損した。
くうぅっ!……羨ましいっ。

私はあまりの口惜しさに涙ぐみながら、視線を別のテーブルに向けた。
そこでは乃梨子ちゃんが、志摩子さんを眺めている時とはまったく違うクールフェイスで淡々とゲームを進めていた。
乃梨子ちゃんはおもむろに「謎はすべて解けました」と席を立った。
そして一緒にゲームをしていた男の子の一人を『ズビシっ!!』と擬音が出そうなくらいの勢いで指さし、高らかに宣言した。

「――犯人はあなた。凶器はナイフで、犯行現場はリビングです」
「どこの探偵だ……?」

私のツッコミは誰の耳にも届かなかったらしい。
乃梨子ちゃんに犯人呼ばわりされた男の子がテーブルに拳を打ちつけ「チクショウ!」なんて叫ぶドラマティックな場面が繰り広げられている。
どうやら推理系のゲームだったみたいだけど、今ので乃梨子ちゃんの勝ちが決まったようだ。

その隣のテーブルを見てみると、瞳子ちゃんが黒髭危機一○をしていた。
確かこれって、本当はタルに入ったオジサンを飛び出させた人が勝ちだったのに、世間的には飛び出させた人が負けっていうまったく逆の認識をされてるゲームだよね?
ナイフを刺して何も起こらなかった子がほっとしているということは、ここでも世間ルールでやっているわけだ。
このゲームって完全に運のゲームだから、実力発揮しようがないよねー。
……なんて思っていた私はとんだ甘ちゃんだった。瞳子ちゃんには、あの技があったことを私はすっかり忘れていたのだ。

瞳子ちゃんがナイフを突き入れ、海賊衣装のオジサンが勢いよく真上にジャンプした瞬間――
きらめく光が瞳子ちゃんの周囲を包んだ。ジッと見つめていた私はその眩しさに思わず目をつぶる。
目を開けると、さっき飛び出したかに見えたオジサンは行儀よくタルの中に収まっていた。瞳子ちゃんと同じテーブルにいる子たちは、目をしばしばさせながら首をひねっている。

やるね。瞳子ちゃん。
飛び出しかけたオジサンをドリルアタックで無理やり押し込めるだなんて……これは瞳子ちゃんにしかできない荒技だよ。――反則だけど。
あの技がある限り、瞳子ちゃんは負けない。
私はゆっくりと瞳子ちゃんのテーブルから視線を外した。

みんな大人気ないなぁ。

お手伝いに来た私たちが勝ち残ってどうするんだ。
もう勝敗が決まっていないテーブルは、私と志摩子さんがいる二卓のみ。
きっと志摩子さんは空気の読める大人なはず。私は期待を込めた目で志摩子さんのいるテーブルに視線を向けた。

――あれは、いったいなんだろう?

志摩子さんの目の前に、魚釣りゲームがある。
魚がゲーム盤の上を口をパクパクさせながら回っていて、それを釣竿で釣り上げるという懐かしいゲームだ。
それ自体はべつにおかしなことじゃない。きっと志摩子さんのテーブルでは、あのレトロなゲームで勝敗を決めることになっていたんだろう。
じゃあ何がおかしいかというと――

「また釣れましたですよ〜☆」
「すごいや!志摩子お姉さん!」
「志摩子お姉さんは上手だなぁ〜。とても僕らなんてかなわないや♪」
「頑張れ〜!志摩子お姉さぁ〜ん」

――勝負してない。

あれ?今日ってゲーム大会でしたよね?
藤堂志摩子ファンクラブ親睦会じゃないですよね?
そう問いたくて仕方がなかった。

「やるわね、志摩子。さすがは白薔薇さま、といったところかしら?」

いつの間にか私の傍に立っていた祥子さまが、決勝が楽しみねと言わんばかりの表情でニヤリと笑った。
いや、お姉さま。あれは志摩子さんの特殊技能であって、白薔薇さまの名は関係ないと思いますが……?あと、当初の目的を完全に忘れていますよね?
はぁ。お姉さまの負けず嫌いにも困ったもんだ。
……なんてことを考えながら、楽しそうなお姉さまのお姿を見て幸せ気分になっている自分自身にも困ったもんだ。

けっきょく、私以外のお手伝い(だったはず)のメンバー4人は決勝に勝ち残った。

「もう。祐巳ったら、何をしているのよ」
「面目ありません……」
「あなたが私と一緒に遊びたいと言うから、頑張ったのに……」
「えっ!?そうだったんですか!?」

ナンテコッタイ……。お姉さまの大人気なさ全開の行動が、すべて私と遊ぶ為だったなんて……。
そうとは知らず、空気読めねぇー人だなぁ、とか思ってごめんなさいお姉さま。
うなだれる私に祥子さまはちょっぴり拗ねた声で「もういいわ」と言った。

「すいませんでした……」
「もういいと言っているでしょう?それより祐巳」
「は、はい……」
「そこで私が優勝するのを見ていてちょうだい」
「え?」
「祐巳が見ていてくれるなら、私は頑張れるから」
「――はい!」

決勝戦に向かう祥子さまの背中は美しかった。
祥子さまはどこから眺めたってお綺麗だけど、姉妹になるずっと前から見つめていた凛とした背中が、私はとても好きだった。

『お姉さま、頑張って下さいっ!!』

伯父さまの手前、大っぴらに応援するのは気が引けたから心の中でいっぱいいっぱい叫んだ。
私の方をチラリと振り返った祥子さまは、小さくうなずいて笑ってくれた。
私の声、届いたのかな。そうだったらいいなぁ。




私たちは店先で、夕暮れにさしかかった空をぼんやりと眺めていた。
ちょっとはしゃぎすぎてしまったのかもしれない。みんな遊びに連れて行ってもらった帰り道の子供みたいな顔になっている。
誰も口を開かない中でセミたちだけが、まだ自分たちの時間は終わりではないと主張するかのように、声を張り上げていた。
それはとても心地良い沈黙であり、喧騒だったけど、私はどうしても伝えたいことがあって隣りに立つ大好きな人に声をかけた。

「お姉さま」
「なぁに?祐巳」

疲れているせいか、いつもと違ってぽやっとしている祥子さまに、私はえへへと笑った。

「今日はとても楽しかったですね」
「そうね。楽しかったわね。……優勝できなかったのは、少し残念だったけれど」

祥子さまは優勝できなかった。というか誰も優勝できなかった。
決勝戦が始まるや否や、志摩子さんファンになった子たちや、妖しい嗜好に目覚めてしまった祥子さまびいきの子たちの激しい応援合戦が勃発。
瞳子ちゃんは序盤からドリルアタックを連発するわ、乃梨子ちゃんはゲームそっちのけで志摩子さんファンを牽制しだすわで、まったく収拾がつかなくなってしまったのだ。
けっきょく今回の勝負はお流れとなってしまい、優勝者無しという異例の結末を迎えてしまった。
このイベントがこれまで何回行われているか知らないけれど、今回で最後にならなければいいなぁ、と心から思った。

「やぁ、みんな。今日はお疲れさま」

店内から、紙袋をさげた伯父さまが出てきた。

「みんなのおかげで今日は大盛り上がりだったよ。ありがとう」

ひょっとしたら怒られるかもしれないと内心ビクビクしていた私は、伯父さまの裏表のない笑顔を見てほっとすると同時に尊敬した。
将来はこういう大人の人になりたい。

「よかったらまた参加してね。これはささやかだけど、お礼を兼ねたお土産だよ」

伯父さまは持っていた紙袋を私たち一人一人に手渡した。
けれど、……あれ?

「あら?祥子さまは……?」

私が言うより先に、志摩子さんが遠慮がちにつぶやいた。
伯父さまの持ってきた紙袋は四つしかなく、祥子さまの手には何も渡されなかったから。

「あぁ、祥子ちゃんは身内だからダーメ」
「まぁ。私、頑張りましたのに」

祥子さまはちょっと怒ったフリをしたけど、すぐに伯父さまと二人してクスクス笑いだした。
祥子さまがちっとも気にしていないので、その場は和やかな空気のままだった。
そんな空気だったからか、今日のイベントでちょっとハイになっていたからか、いつもクールな(志摩子さんがらみを除く)乃梨子ちゃんが「何が入っているんだろう?」とクリスマスプレゼントを見つけた小さい子みたいな顔で袋をごそごそしだした。

「ダメよ乃梨子。お家に帰ってからでないと」

そっと窘める志摩子さんは姉というよりお母さんみたいで、ちょっと笑ってしまった。

「全部違う物が入っているから、好きに交換するといいよ。それじゃあ、今日は本当にありがとうね」

伯父さまが店内に戻っていった後、私たちはそれぞれ自分の袋の中を覗いてみた。
志摩子さんの袋に入っていたのは万華鏡だった。
昔ながらの物ではなく、色つきのオイルだかジェルだかの中に模様となるのだろうキラキラした小片が入った棒状のものを先端部分に取り付ける、新しいタイプの万華鏡だったから最初は何だか分からなかった。
物知りの乃梨子ちゃんに使い方を教わった志摩子さんは、さっそく万華鏡を覗き込み「綺麗」とつぶやいた。
「志摩子さんの方が綺麗だよ」とか言いたそうな顔をしていた乃梨子ちゃんだったけど、瞳子ちゃんからの生温かい視線に気付いて諦めたようだった。
そんな乃梨子ちゃんの袋に入っていたのは指紋採取セット。なんだか理科の教材のような薫りのする品だ。

「これで私にどうしろと……?」
「あら。白薔薇さまの指紋をいただいて、乃梨子さんご自慢の『志摩子さんコレクション』に加えればよろしいじゃありませんの」
「と、瞳子ぉおぉっ!」

乃梨子ちゃん。そんなトコロまで逝ってたんだ……。

「そんな目で見ないでください祐巳さまっ!!」
「乃梨子?」
「うわぁあぁっ!!ち、違うっ!違うんだよ志摩子さんっ!私はけして邪な気持ちでコレクションしてるわけじゃ――」

よっぽど動揺してるんだね乃梨子ちゃん。コレクションしてるの認めちゃってるよ。
半泣きになりながら必死で志摩子さんに弁解している乃梨子ちゃんの姿は可愛かった。音声さえオフにすれば。
残念ながら言ってることは犯罪者の言い訳にしか聞こえない。
見ていて気の毒になってくる程うろたえている乃梨子ちゃんとは対照的に、ずっとキョトンとしていた志摩子さんは、やがてにっこり笑って乃梨子ちゃんの頭をなでなでした。

「みんなに恥ずかしい秘密を知られて、かわいそかわいそなのです」
「ぐふぉぅ!?」

志摩子さんに止めを刺された乃梨子ちゃんは、うつむいて動かなくなってしまった。
何かぶつぶつ言っているようだけど聞きとれない。べつに聞きとりたくもないけど。
今はただ、あどけなく微笑む志摩子さんが恐ろしい。
まぁ、これも一種の愛情表現なんだろうと私は自分自身に無理やり言い聞かせてそっとしておいた。

「ところで瞳子ちゃんは何をもらったの?」
「えぇと――、何でしょうかコレ?ずいぶんズッシリしてますわ」
「あぁ、それは知恵の輪だよ」

瞳子ちゃんの袋から出てきたのは、一時期コンビニなんかでも売っていたちょっと大ぶりな知恵の輪だった。
家で祐麒がやっているのを見たことがある。
祥子さまと瞳子ちゃんは物珍しげに知恵の輪の箱を眺めていた。二人にはあまり馴染みのない物らしい。

そういえば自分のもらった物を見てなかった。
私の袋には何が入っているのかな?

「あ。お人形だ」

あれ?でもこれって……。

「ずいぶん可愛らしいのが出てきましたわね」

瞳子ちゃんの声に顔を上げると、いつの間にかみんなが私を――というより私の持っているお人形を見ていた。
瞳子ちゃんと乃梨子ちゃんの目から欲しいなぁ光線≠ェ出ている。心なしか志摩子さんからも……?
四つの紙袋の中で、どうやらこれが当たりだったようだ。でも残念ながら私にとっては当たりではなかった。

「どうかしたの?祐巳」
「実は……、私これと同じお人形を持っているんです」

この間お父さんが仕事関係の人といったパーティーのビンゴで当てたといって私にくれたお人形とまったく同じ物だった。
流行っているのかな?このお人形。

「なら誰かと交換してもらえばいいじゃない」

祥子さまの言葉に他の三人がピクリと反応した。でも私は交換じゃなくて、祥子さまにもらってほしいと思った。
うん。やっぱりそうしよう。
お姉さまだけお土産をもらっていないし、それに私とお姉さまのお揃「まぁ、私みたいにお人形に興味のない人に交換してくれって言うのは、遠慮した方がいいと思うけれど」

――え?

「あの、お姉さまはお人形に興味がないのですか……?」
「もうそんな年ではないわよ」
「そ、そうですか……」

そっかぁ……。欲しくない物を押し付けられても、迷惑だよね。
私は祥子さまにプレゼントするのをあきらめた。

誰と交換しようかなぁ。
志摩子さんは万華鏡を気に入っているみたいだったからな。
乃梨子ちゃんは「あの人形ちょっと志摩子さんに似てる……。あれが私のモノになったら、あぁして……こうして……」――却下。あの子にだけは渡してはならない。
となると……。

「瞳子ちゃん。よかったら交換しない?」
「えっ?私とですか?で、でも……」
「うちの弟がそういうのけっこう好きなんだ」
「……」
「あ。瞳子ちゃんが知恵の輪やりたいなら、このお人形を受け取ってくれるだけでもいいよ?」
「いえ、そうではなくて……」
「瞳子ちゃんにはそのお人形、とても似合っていてよ」

横からお姉さまがそっと口を添えてくれた。
確かに瞳子ちゃんのクルクルとした縦ロールと、アンティーク調のお人形は雰囲気が合っている。
瞳子ちゃんは私と祥子さまを交互に見た後「ありがとうございます」とお人形を受け取ってくれた。
私はべつにいいよと言ったけれど、瞳子ちゃんは「交換ですから」と知恵の輪をくれた。

う〜ん……。祥子さまの妹である私から、一方的に物をもらうのが嫌だったのかな……?




お家から迎えが来る祥子さま、瞳子ちゃんの二人と別れた後、私たち三人は駅に向かってぶらぶらと歩いていた。

「今日は本当に楽しかったね」
「えぇ。そうね。令さまも来られれば良かったのに」
「え?……あっ」
「……祐巳さま。今になるまで黄薔薇さまがいらっしゃらないことに気付いていなかったんですね」

えぇ。言われて初めて気が付きました。何の言い訳もできません。……ごめんなさい令さま。
令さまもお誘いしたけど、お家の用事があったらしくて来れなかったんだそうだ。
残念だなぁ。……いや、本当にそう思ってますよ?えぇ。心から。
う〜ん、私は誰に言い訳してるんだろう?
というか本当にすいません令さま。

白薔薇姉妹に揃って生温かく見つめられた私は、ほんの少しだけ歩くスピードを上げた。
いつの間にかセミたちに代わってひぐらしたちが鳴いていた。
その声を聞きながら私は、今日がこんなに楽しかったんだからきっと明日はもっと楽しいに違いない、そう思った。



(コメント)
杏鴉 >乃梨子ちゃんが、なんだか残念な事に……(笑)(No.15832 2007-10-19 14:21:56)
素晴 >むう、電車の中で携帯見てニヤニヤしてる怪しい人になってしまいました。ところで由乃さんは。(No.15835 2007-10-20 20:51:45)
杏鴉 >素晴さま。コメントありがとうございます。由乃さんは……言えません……。ある意味前回より扱いが悪いだなんて言えません(苦笑) (No.15841 2007-10-22 00:57:21)
杏鴉 >ほんのり修正。(No.18594 2010-05-22 16:28:02)

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