がちゃS・ぷち
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No.3593
作者:海風
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2011-11-19 11:58:29
萌えた:4
笑った:6
感動だ:32
『雨、』
【No:3157】【No:3158】【No:3160】【No:3162】【No:3170】
【No:3171】【No:3174】【No:3177】【No:3183】【No:3187】
【No:3196】【No:3205】【No:3233】【No:3249】【No:3288】
【No:3327】【No:3380】【No:3397】【No:3443】【No:3464】【No:3498】【No:3501】 解説書【No:3505】
【No:3509】【No:3515】 【No:3538】【No:3541】【No:3589】から続いています。
☆
「オフレコですよ?」
人差し指を立てて、山口真美は言った。
「私の異能は"司るモノ(ビスケット)"、力を追跡する能力です」
まず何から話すべきか……あ、私のことは知っていますか? 新聞部一年生の山口真美です。個人的に情報屋みたいなこともやっているので、今後ともよろしくお願いします。
で、問題の久保栞さまに関してですが。
まず聞き込みの報告からさせていただきます。
目撃情報はありません。
あ、この場合の目撃情報は「どこから現れたのか」と「思念体と思われるのに使用者の姿がなかった」という意味です。見た目に関しては去年高等部に一年間しかいなかった久保栞さまそのものだったそうで、あえて言うことはありません。
見た目のことで強いて触れるのであれば、久保栞さまが着ていたという白い制服ですね。
形状、色、シルエット等を統合すると、あれは「色反転」したリリアンの制服ですね。白地に黒一滴を落とした灰色の生地に深い藍色のセーラーカラー。あまりにも印象が違いすぎて違うものにしか見えないみたいですが。何かの暗示のようにも思えますが今のところ意味はわかりません。
「――以上です」
「「短っ」」
"冥界の歌姫"蟹名静と"鴉"は、もたらされた情報の内容に簡潔な感想を洩らした。
図書室の片隅で、四人に増えた捜索隊は、ようやくまともに機能し始めた。
「ここから先は取引してから。第一わかっていることは少ないでしょう? 必然的に話せることも限られます」
真美の言う通りだ。
調べたところで話せるようなこともないから、今必死で探そうとしている。これ以上の情報が簡単に手に入るなら、それこそ静達は動いていない。新情報が出ただけでも話を聞いた価値がある。
「制服の色反転……在校中の久保栞さんの言動から考えて、皮肉としか思えないわね」
"鴉"は無駄に真美をビビらせつつ呟いた。――別に怖がらせるつもりはないが。
「『自分はあなた達と違う』、って」
理不尽と暴力がはびこるリリアンに、久保栞が帰ってきた。
なぜ久保栞の姿なのか。
なぜ制服の色を裏返したのか。
そんな風に考えれば、自然と、久保栞がどんな存在なのかが見えてくるような気がする。
おぼろげながら、久保栞がどんな存在なのかまで考え、誰もそれを口にしなかった。
それを口にしたら、足が止まってしまいそうだったから。
「取引するわ」
静は決断を下した。まあ、そもそも真美から提案があった時点から飲むつもりだったが。
会った時から、真美が接触した理由がわかっていたからだ。
「"鴉"さん、最後まで付き合ってね」
「了解」
――新聞部は武力を持たない。それが真美が取引を持ちかけた理由だ。
新聞部は公正、公平な情報機関で、だからこそ反感を買うような言動さえ慎めば、誰にも矛先を向けられない。三薔薇が後ろ盾になっているのも大きいが、新聞部という組織として筋を通しているからこそ中立として活動を続けられるという側面もある。
ただし、それはリリアンの子羊に限定して、だ。
リリアンで活動するのに、リリアンの子羊じゃない者を相手にするケースなど、まず前提として矛盾している。
だが、今となっては、その可能性もある。"マリアさん"占いにもその可能性が示されている。
よくわからない情報にある種の確信さえ得て、真美は漠然とした危機感を抱えて静達に接触した。
だから静は取引に応じる気になったのだ。
真美は、先程の「久保栞は能力者関係にない」という情報から、自分の危機感が正しいことを理解した。
真美はここから先の調査は、「武力が必要だ」と判断した。
静は、ここから先の調査は、「武力がないと続けられない」と判断した。
つまり、危険だから、だ。
「当てにしますからね。お姉さま方」
「がんばって、"鴉"さん」
話の早い"鴉"は、言っている理由もちゃんと理解した上で溜息を吐いた。まるで「退屈しのぎに誰かいじめてやろうかしら」とソフトなSっ気で軽い拷問を考える女王のように残虐性を露にしながら。――ただの「めんどくさいなぁ」という疲れた顔である。
「ただの貸し一つなのに、高くつきそうね」
真美と静は言いたかった。
「出番があれば、おつりを要求したくなるほど高くつくだろう」と。本人もわかっているようなので言わないが。だめ押ししないが。
「それじゃ調査に行きましょうか」
「え? ここで話せないの?」
「情報は今から一緒に拾いに行くんです」
――真美の異能を使えばこれ以上の調査ができる、ということだろう。新聞部に所属するだけあって情報系の異能使いである。
そして、この先の領域は、相手に――久保栞を駆使する者にいつ接触するかわからない、調査どころか相手にとっては攻めに出るような行為に等しい、ということだ。
真相に近づくにつれ、危険度は増していくだろう。
誰一人引く気はないが。
じゃあ行こうかと移動を始めようとするが、
「申し訳ありませんが、私はここまでです」
"雪の下"は同行を拒否した。
「元々私は行きずりですし、何より久保栞さんには関わらないことを決めていますから」
引いたわけではなく、静達と会う前に決めていた。まあ個人的なことはさておき、言われてみればその通りである。"雪の下"はたまたま会って時間もあったから手伝うことになっただけだ。
「私との約束は? もういいの?」
「争奪戦の協力要請ですか? ――この件ではここまでです。もう決めているので」
「これ以上の譲歩はないと言ったけれど」
「ならば仕方ありません。あなたの協力は諦めます」
「……ならいい」
一つ頷き、"鴉"は静に目を向けた。
「5分だけ別行動。いい?」
「5分……いいわ」
昼休みはまだ余裕がある。5分のロスがあっても調査は続行できる。
「――"雪"、5分待ってて」
「はい?」
「あなたの働きは、ちょっとおまけして"契約書"一枚分程度よ。今から持ってくるから図書室の前で待っていて」
「「「はあ!?」」」
その発言に三人とも驚いた。
"鴉"は争奪戦に興味がない。
今誰が持っているかも知らない。
三薔薇が持っている可能性もあるのに、しかしはっきり言った。
5分以内に持ってくると。
「言っておくけれど、その後は知らないから。追っ手も確実に付くでしょうね。そういうアフターサービスは付けない。だからもし図書室に争奪戦を持ち込んだら……ふふっ。知りたければ試してみて」
禁を破ればあなたの考えられる百万倍の苦痛付きで魂を抜いてやる――そんなことを目で語る悪魔の微笑みが、背を向けた。
「行ってくるわ」
"図書室の守護者"。
無所属最強。
三勢力総統と並ぶとも言われる二年生が、粛々と図書室から歩み出た。
静と真美も、後を追うように図書室を出た。
「好都合です。たぶん"鴉"さまにとっても都合が良かった。だから静さまも許可を出したんでしょう?」
ここからの調査は、真美の能力に関わる。――"鴉"は自分がそれを知る必要はないと判断し、外した。それがわかった静だから行かせた。
真美もあまり知られたくないので、三人にとってベストな選択だったと言える。
「相変わらず派手にやっているわね」
「ある意味いつも通りですけどね」
断続的に聴こえる爆発音に校舎が震える。図書室内だと聴こえても気にならなかったのに、不思議なものである。
「行きましょう」とどこぞへと歩みながら真美は言った。
「今のうちに、私の能力を説明しておきますね」
「説明が必要な能力なの?」
「できる限りの可能性を考えています。たぶん途中から一時的に別行動を取ることになると思うので。そんな時のためにも説明しておいた方がいいかと」
「……結構ややこしい能力?」
「事態が複雑じゃなければ単純ですよ。でも久保栞さまのケースはリリアン史上で見ても前例がない」
なるほど。
「一手どころか半分でも遅れないため、念のために話しておくと」
確かに、これから何が起こるかわからない。何が起こっても不思議じゃない。そう考えるべき調査対象である。それも「能力関係者じゃない」という特異どころか異常な情報まで浮上し、何を信じていいかわけがわからなくなってくる。
半分、半歩の遅れが、どこまで響くかわからない。
解消できる不安は解消したいと、真美は考えているようだ。
なるほど、凄腕の新聞部部長・築山三奈子の妹である。慎重で思慮深いだけならまだしも、自分の能力を誰かに話すという判断力と決断力さえ持ち合わせている。
「私は闘えませんから。くれぐれもよろしくお願いします」
「"鴉"さんに言っておく。今、私は万全じゃないから、あまり当てにしないで」
「静さま、よろしくお願いします」
「……今年の一年生は押し強いの多いわね」
苦笑する静に、真美は説明を始めた。
「私の異能は"司るモノ(ビスケット)"、力を追跡する能力です」
「ビスケット?」
「ポケットを叩いたらビスケットは二つ。そんな由来から来てます」
真美はポケットからビスケット――ではなく、ただの紙を取り出した。
「紙じゃなくてもいいんですけどね。物質に特定の"力"を登録することで、物質がその"力"に引き寄せられる。簡単に言えば"痕跡"からの"自動追跡"というやつです」
「"力"を登録……」
「掲示板は見ましたか? あの"地図"の劣化版だと思ってくれれば早いです」
真美の能力は「不特定多数が利用できる」のではなく、「使用者、あるいは使用者に近い者、もしくは使用者が許可した者」しか利用できない。
あの"地図"――"戯言を囁く地図(バベル・クラフト)"には真美も驚いた。あれほどの情報処理能力があることと、その使い手がいることに。真美だけではなく、情報に関わる者は軒並み驚いている。
しかし、こっそり使い手の調べはついているが。
真美の"司るモノ(ビスケット)"は、そういう能力だ。
単純に言えばアプローチが違う。"戯言を囁く地図(バベル・クラフト)"は「居場所を知る能力」で、"司るモノ(ビスケット)"は「居場所を追う能力」。
最大の相違点は「相手を知らなくても追えること」だ。
「この紙の"半分"は静さまに」
雑に破き、真美は紙の"半分"を静に渡した。
「この"半分"の更に"半分"を私が」
と、ポケットに納めた。
真美の手には"半分の半分"――四分の一の紙片が残った。
「この"半分の半分"が、私達を久保栞さま……に、通じる"何か"に導いてくれます」
「ふうん」
「よくわかりませんか?」
「見た方が早そう。でも一時的に別行動になりそうって意味はわかった」
あと「通じる"何か"」という表現も、非常によくわかった。
「そうよね……わからないのよね……」
「何がですか? やはり説明不足ですか?」
「そっちじゃなくて。誰に会うのか……というか、何に遭うのか、って感じになるのかしら」
「ああ……そうですね」
「憂鬱よね」
「いやちょっと。護衛が不安そうな顔しないでくださいよ。遠い目をしないでください」
久保栞の正体。能力者関係にないという情報。皮肉のような格好。
そこから割り出される正体と、目的。
――どう考えても危険な臭いしかしない。
唯一の救いは「目的を考えると平和主義っぽい」だが、久保栞はすでに誰かに手を上げている。つまり実力行使も辞さないということを証明している。こうなると何が逆鱗に触れるかわかったものではない。
「ほんっと憂鬱……朝から真剣勝負に負けるわ添い寝されるわトラウマになりそうな人類に会うわこれから未知との遭遇を果たしそうだわ……思い返せばなんて日だ……」
「だから不安そうな顔をしなっ……え? ちゃんと守ってくれますよね? ちゃんと守ってくれますよね!? 守ってくださいよ!? ねえ!? ほんとにちゃんと守ってくださいよ!? 一人で逃げたりなんかしませんよね!? なんで返事しないんですか!? なんで目を逸らすんですか!? こっち見てくださいよ!」
昼休みはまだまだ終わらない。
その人物の接近にいち早く気付いたのは"夜叉"、次いで"送信蜂(ワーク・ビー)"だった。
「お、レアキャラだ」
「ああ本当だ。レアですね」
がらがらになった掲示板前に、入れ替わりのようにやってきたのは"鴉"だ。相変わらず顔が怖い。
「ごきげんよう、お二方」
"夜叉"も"送信蜂(ワーク・ビー)"も、スカウト目的で"鴉"に接触したことがある。話さえ聞いてもらえなかったが。――ちなみに"送信蜂(ワーク・ビー)"は一年生の時に同じクラスで、今でも多少交流があった。
「何? "契約書"目的? それとも通りすがり?」
「"契約書"目的、と言ったら?」
微笑みながら"夜叉"は答えた。
「潰す。この場で。今すぐに」
「……」
「――って言ったら諦める?」
「なぜ? できもしない脅しを気にする理由がどこに?」
「言ってくれるね」
"鴉"の視線はすでに移り、掲示板を捉えている。最初から眼中にない。――スカウトで会った頃からだ。
「今、三薔薇が持ってます?」
「いや。一枚も行ってない」
「そりゃよかった。だったら取れそうだ」
急ぎますので、と頭を下げて、"鴉"は早々に立ち去った。
「"鴉"が飛ぶ、か……荒れそうですね」
「誰から奪うかに寄るでしょ」
"夜叉"と"送信蜂(ワーク・ビー)"は確信している。
"鴉"は必ず"契約書"を奪うだろう、と。
「"姫"さまは"鴉"に勝てますか?」
「良くて相打ち。勝率は3割くらいかな……いや、2割と見るべきか」
"鴉"だって"夜叉"を軽んじているわけではない。やるとなれば負ける可能性も見える。――先の「できもしない脅し」とは「"夜叉"には必ず勝てる」という意味ではなく、仕掛けてくるはずがないと知っているからだ。
争奪戦のことはあまりよくわかっていないはずだが、勝負どころは理解できるのだろう。動くのであれば終盤だ、と。
「あいつは本当に強いから。うちの総統でさえ二度はいい、ってさ」
「あ、"銃乙女(ガン・ヴァルキリー)"さまは勝ったことがあるんですよね」
「あれは引き分けってくらい微妙な決着だったけどね」
それも、高等部に上がったばかりの無名だった"鴉"と、当時黄薔薇勢力で幹部になりたての"銃乙女(ガン・ヴァルキリー)"が、だ。
経験もプライドも背負っているものも違う。
具体的に言えば全てに一年分の差がある。
にも関わらず、相打ち同然の決着だった。あの一戦のせいで"鴉"の名が売れ、今では無所属としては最強などと噂されるに至る。
まあ、実際それくらい強いのだが。
「行った方がいいんじゃないの?」
「そうですね……祥子さんとうちの総統、"鴉"がどっちかに出会う可能性は三分の二。どっちかが倒れれば紅薔薇勢力は傾きますね」
「で?」
「…………」
「行かないの? それがわかっているのに」
「やられればそれまで。そういう趣旨で私達は解散した。結束はいいけれど必要以上は馴れ合いです。馴れ合うと個人は弱くなるから」
「だから行かない?」
「――私は彼女を一種の壁だと思っています。今後こういうこともないとは限らない。もしかしたら"鴉"がどこかの勢力に付くかもしれない。特に」
"送信蜂(ワーク・ビー)"は廊下の先――"鴉"の消えた廊下の先を見た。
「祥子さんが"鴉"に倒されるようなら、来年の紅薔薇勢力の先が見える。祥子さんにはそろそろ実績が欲しいところです」
「実績。なるほど。でも"鴉"をキャリアアップに使おうなんて、君もえぐいこと考えるね」
あれは三勢力総統に並ぶ存在。自他共に認められている強者で、顔も怖いが腕はもっと怖い。
「正直なところ」
「ん?」
「正直なところ、祥子さんの実力って、よくわからないんですよね」
「ああ……確かにね」
「来年のために、そろそろ確かめたいんです。きっと皆も知りたがっているから」
紅薔薇の蕾・小笠原祥子。
細々した実績はあるが、最も有名なのは、常勝無敗の紅薔薇――"紅に染まりし邪華"水野蓉子との一戦。当時蕾だった蓉子と祥子の勝負は、蓉子が格下と引き分けたという事実とともに、一年経った今も「紅薔薇伝説崩壊の日」として語られている。
そんな祥子のパーソナルデータは、決して高くはなかった。
築山三奈子の"嘱託調査書(アンケート)"を始め、リリアンには他にもデータを測る・身体能力を割り出すことができる異能使いがいる。
率直に言えば、データ上は祥子レベルの異能使いはザラにいる。そこらの勢力の幹部並、三薔薇勢力ならば役職のない兵隊だって祥子より上の者はいる。
にも関わらず、実績として「水野蓉子と引き分けた」と記録に残っている。
だから今でも語られる。
やれ「あの一戦は蓉子が祥子を妹にしたいがために手加減した」だの。
やれ「祥子は真の実力を隠している」だの。
中には「知恵で力の差を埋めている」という、ちょっと無理のある説を唱える者もいる。
今のところ負けなしで、祥子の経歴に傷はついていない。紅薔薇勢力の幹部という位置付けから狙う者が減り、先代から自身の姉の方針で、紅薔薇勢力が結構な平和主義を貫いたからでもあるが。
戦歴自体が少ない。よって接戦もほとんどない。つまり祥子の実力、とりわけ底力という土壇場の強さを知る者は限られる。
だが、強い。
多くの者が祥子の実力に疑問を持っている。
しかし対峙する者は必ず思う。
(なぜこんなに強い?)
わかっているのは真紅の剣の具現化。それのみ。
"紅夜細剣(レイピア)"の切っ先は地に近く下がっている。
祥子は口を紡ぎ、いつもの表情に闘気をみなぎらせ、しかし自然体で立っていた。
周囲には30を超える猛者、足元には10人以上が倒れ伏していた。
同勢力にある突撃隊副隊長"鵺子"がミルクホールを出た直後に襲撃を受けるとほぼ同時に、同じように祥子も戦闘を強いられていた。
――実は祥子には状況がわかっていなかった。ただ襲われたから対処しているだけである。
この予兆のない、統率性も統一性もない者達の目的は、恐らく"契約書"絡みだろうとは思うが。黄薔薇勢力も元白薔薇勢力の顔ぶれもあるので、本当に襲撃者達はごちゃまぜだ。
しかし今急に襲ってくる理由が、まだわかっていない。
思わぬ、または予想以上に強い祥子の反撃に遭い、周囲が警戒に足が止まり遠巻きに見ている。この隙に祥子は考えを廻らせる。
こんなにも雑で、だがスピードと目的意識だけははっきりしている強襲。動きを見ても祥子を倒すのが目的ではないと察しはついている。
(目的は私じゃなさそう。この動きと視線の向け方は"契約書"狙いね。……今どうしても"契約書"を手に入れる必要がある、だからこそこの状況?)
先程、"複製する狐(コピーフォックス)"が"契約書"を捨てていった。その直後にこれである。無関係であるはずがない。
意味の見えない"複製する狐(コピーフォックス)"の行為が、ようやく少し見えてきた。
(『捨てた』んじゃない。私達に『渡したかった』、だったらどうかしら)
私達に。
祥子と"鵺子"と……まああと一人は除くとして、あの時"複製する狐(コピーフォックス)"は誰に渡したかったのか。
――誰に、ではなく、誰でも良かったとしたら?
たとえば、祥子にも"鵺子"にも共通しているのは、紅薔薇勢力にあること、とか。
祥子が結論を出した瞬間、槍のような力強い声が飛んできた。
「祥子さん!!」
敵の向こう側にいる姿の見えない声は、紅薔薇勢力の三年生のものだ。彼女の他にも強い気配が三つ。四人ほど助っ人に駆けつけたようだ。
「今私達が"契約書"を三枚持っているわ!」
やはりか、と祥子は思った。――"複製する狐(コピーフォックス)"は、紅薔薇勢力を全勢力の的にするために"契約書"を置いて行ったのだ。
この襲撃は、紅薔薇勢力が護りに入る前に、なんとしても"契約書"の持ち主を移しておきたいと。そう考えての行動だ。
護りに入られると奪うのが難しくなる。味方が多ければ"契約書"の持ち主を匿うことができる。護衛を付けることもできる。そうなるとただ強い人が所持する以上に厄介になる――誰も勢力解散を信じていない辺り、やはり抜け目がない。
祥子は思った。
一枚は自分、もう一枚は"鵺子"。
三枚目は、ついさっき薔薇の館で白薔薇・佐藤聖の首に掛かっているのを見た。そこからどんな経緯で紅薔薇勢力の誰かが握ったかなんて、もはや想像もつかない。
この際、誰が持っているかはもうどうでもいい。
「こちらは一人で大丈夫です! ミルクホールの方に加勢を!」
「なぜ!?」
「"鵺子"さんが一枚持っています! 彼女は一人にしてはいけません!」
「――わかった! 私以外にもすぐ応援がくるから!」
強い気配が遠巻きに遠ざかっていく。
「余裕ね、祥子さん」
人垣の一人、白薔薇……元白薔薇勢力の二年生が、祥子を見据えている。
「この数とこの状況、一人でどうにかできるわけ?」
状況は限りなく悪い。これだけ数がいれば一筋縄ではいかないだろう。
「違うわね」
祥子は一段階、集中力を高めた。状況がわかった以上、遠慮はいらないことがわかった。
「薔薇と三勢力幹部がいないのであれば、なんとかしなければいけないの。そうじゃないとお姉さまの顔に泥を塗ってしまうもの」
虚栄と見るか、本音と見るか、意気込みと見るか。
気負いのない表情から感情は読み取れない。発する闘気だけは強力で、しかし身体は剣をぶら下げていようと自然体そのものである。
祥子は空いた左手で前髪を掻き揚げた。
指の間からさらさらと髪がこぼれ落ちた。
「――のんびりしていていいの? 私の味方が駆けつけるわよ?」
その言葉を合図に、二度目の狂騒が始まった。
津波のように押し寄せる人の群れが、四方八方から祥子に向かってくる。
廊下の真ん中という狭いポジションだが、祥子はここから動くつもりはなかった。大人数を相手にするなら、場所は狭い方が有利である。一度に向かってくる数を少しだけ減らすことができるからだ。
――祥子の身体が"揺れた"。
正面から来た刀使いの上段斬りを主軸に、動く。相手の踏み込みより早く二歩距離を詰め、右肩からぶつかるように間合いに割り込む。驚愕の表情を浮かべる刀使いの、絶妙のタイミングで逸らし崩された一撃は、背後から迫っていた誰かを斬りつけた。そして刀使いは祥子の右手側から突っ込んでくる二人の攻撃をまともに受けた――祥子が強制的に盾にしたのだ。
割り込んだ動きを殺さず、刀使いのやや左後方に控えていた呪符使いの脇腹を貫き、蹴り飛ばし、左に一閃。これはただの威嚇で空振りし、背後から仕掛けてくる者の一人、トンファー使いの一撃を受け止めた。拳を始点にトンファーが回転し、祥子のこめかみを打つ――寸前にしゃがんでかわす。盾にしていた刀使いが逆方向からもやってきた不意打ちをまともに食らって、周囲の者を巻き込み吹き飛んだ。トンファー使いはフレンドリーファイアにも動じず、更に逆回転からトンファーの尾が追撃を放ってくる。が、これはすでに止めている。力が乗り切り遠心力が掛かる前に左手で受け、"紅夜細剣(レイピア)"が右足の甲を縫い付けた。パキリと刀身を"折り"、固定したトンファー使いの身体を駆け上がり宙を舞う。
周囲の反応が一手遅れた。
密集しているせいで、最前列以外は祥子の動きを正確に追えないのだ。しかし最前列は祥子が止めている。
だから追撃が間に合わない。
舞う祥子の"紅夜細剣(レイピア)"が、いびつな弧を描いた。
ガツ
切っ先が天井に突き刺さる。あまりにも無様な姿と言うしかない。
もしも偶然、あるいは失敗ならば。
祥子は強引に振り抜いた。
「"降り注げ"!」
刀身が"折れる"。
"粉々"に。
きらきら輝く美しいルビーの雨が、後方にいる襲撃者達に"降り注いだ"。
慌てて顔を、取り分け眼を庇い顔を逸らす襲撃者に、今度はルビーの剣を持つ少女が降りてきた。一人を踏み台にしつつ一度に三人を斬り捨て、更に飛ぶ。後方から鉄球やナイフが追撃に飛んでくるもすでにそこにはいない。天井を蹴って万有引力を超えて素早く地面に降り――立とうとしたが、さすがに甘い。着地地点を予想しそこへ向かうハンマー使いと、後方にいたはずのナイフ使いの反応は早かった。
だが、予想済みである。
祥子は降り立たなかった。
いや、正確には、
「早とちり」
ハンマー使いとナイフ使いの先読みの攻撃は、空を切った。そこにあるのは祥子と祥子の足ではなく、紅の刀身である。
祥子は右手の"紅夜細剣(レイピア)"を着地点に投げて、その上に降り立った。左足を曲げ右足のみで器用にバランスを取り、柄尻を足場に静止する。紅の刃は先端5センチほど床に刺さり、安定していた。
近距離の空振り。
即ち、必死である。
新たに右手に具現化した"紅夜細剣(レイピア)"が、二人の急所を的確に捉え斬り倒した。
――時が止まった。
片足で、真紅の剣の上に立つ祥子。
だらりと下げられた右手の剣。
さっきと同じく、自然体だ。
だが印象はまるで違う。
その姿は、物理的な意味ではなく。
全ての意味でこの場の誰よりも上にいる、そう無言で語っているように見えた。
今の小競り合いは、時間にして1分も経っていない。
なのにもう何人も倒れている。倒されている。
(――強い)
それが、全員が動きを止めた理由である。
今度は二度目だが、二度目だからこそ強く思い知った。
何がどうこう、とは言い難い。動きにしろ判断力にしろ攻撃にしろ、決して追えないほど高レベルではない。想像を越えたことは何一つしていない。孤軍奮闘の集団戦においては基本中の基本、王道中の王道の動きをやってのけただけにすぎない。
しかし、強い。
強いのだ。
予想を越えたわけでもなく、身体能力が異様に高いわけでもなく、能力だって剣のみだ。全ての要素においてこの数で倒せないわけがないレベルなのに。
なのに、掠り傷一つ負わせていない。
届かない。
何が理由なのかわからない。どうして届かないのかもわからない。
データ上なら祥子を上回る者はここに何人もいるのに。
ほんのわずか、全員の意識と動きと想定の、ほんのわずかだけ先を行っている――という判断が最も近いかもしれない。
そして、そこに現れた。
「どいてくれる?」
かすかな声が祥子の耳にも聞こえた。
途端、戦慄と恐怖が広がった。
何があったのかわからない者も、異常を知らせる周囲の気配に一層警戒心を強くする。
人垣が割れる。
――彼女がやってきた。
この闘い、祥子の表情に始めて動揺が浮かんだ。
「……"鴉"さん」
見た者に恐怖を与え、見る者に絶望を与える者。
無所属最強。
三勢力総統と並ぶ者。
祥子にとっては、予想外すぎる人物の登場だった。
同時刻、ミルクホール前にて。
「―――――――――っっっっっ!!」
血まみれの"獣"が雄たけびを上げていた。
生命の本能を、それも弱肉強食の掟に添った恐怖を揺さぶるような、言語に表せないような身の毛のよだつ雄たけびを上げていた。
時間にして2分少々。
20を超えていた刺客は、すべて倒れていた。
紅薔薇勢力突撃隊副隊長"鵺子"。
憑依、それも"強憑依"と言われる肉体強化能力を駆使する者で、身体が文字通りの獣に変わる。柔軟にして強靭な肉体変化は、対人戦に慣れている者ほど戦いづらくなる。
「手遅れか」
「厄介なことになったわね」
遠巻きに見ているのは、先程、小笠原祥子の指示でこちらに回された紅薔薇勢力の三年生達である。
祥子は別に"鵺子"の腕を軽んじているわけではない。
むしろ、脅威を感じているからこそこちらへ向かわせたのだ。そして三年生達も同じ気持ちだ。
――"鵺子"は逆境に強い。
1対1より、1対多数の方が得意という稀有な存在で、圧倒的不利の状況に滅法強い。彼女一人いれば三勢力の半分以上は余裕で狩れる。
だが、代わりに、理性がなくなる。
身体は元より、心まで憑依した"獣"に寄っていくのだ。
状況が不利になればなるほど強くなる。
代わりに理性が侵食される。
敵味方の区別が付かなくなる。
言葉が理解できなくなる。
しゃべれなくなる。
――ただの"獣"になる。
理性がなくなった時点で、自らの解除がなくなる。結果として、倒すか、身動きが取れなくなるか――本能に敗北を感じさせないと、たぶんずっと"獣"のままである。
最終段階まで行ったら、たとえ薔薇でも無傷で仕留めるのは不可能になる。実際紅薔薇・水野蓉子は二回ほど、文字通りに骨を折っている。――ちなみに総統"紅蓮の魔犬(ケルベロス)"の炎を見ると逃走するので、不足のない止め役は今は蓉子しかいない。どれだけ野生だ。
「大丈夫かしら」
「やるしかないでしょう」
三年生達がこちらに回された理由は、"鵺子"を止めるためだ。
まだ四足歩行ではないのでギリギリ間に合いそうだが、戦力的に不安が残る。ただでさえ強い幹部"鵺子"が更に強くなっているのでは、たとえ三年生が四人いても厳しいものがある。
「"十架(クロス)"さんがいれば……」
「愚痴らない。行こう」
「そうね。まだ憶えている可能性があるわ」
このまま放っておいたら、覚醒していない一般生徒が危険だ。同勢力云々は別として、力を持つ者として責任を果たさねばならない。
――と。
動き出す前に、弾かれたように"鵺子"の首が回り、その瞳が四人を捕らえた。
遠目でも人間のものではないことがわかるが、それはいい。
「今の動き――」
「通していただけますか? お姉さま方」
不意に聞こえた近くの声に驚き振り返ると、
「黄薔薇の蕾……!?」
そう、"鵺子"を凝視する、"疾風流転の黄砂の蕾"支倉令がいた。
「なんでここに!?……って」
「そう驚くことでもないわね、そういえば」
"契約書"を追いかけてきたのであれば、ここにいても何ら不思議はない。何なら三薔薇が来てもおかしくない。
それはともかく。
この辺には、"鵺子"を警戒し遠巻きに様子を見ている者が多い。なのに"鵺子"は明確に、まるで選ぶように令を振り向いた。そんな冷静な判断ができるということは、まだ理性が残っているという証拠だ。理性がなくなれば無差別にして気まぐれだ。
憑依を解除しなかったのは、きっとまだ戦闘が終わっていないと判断していたから。
実際周りにはまだ"契約書"を狙っている者がいる。
「構いませんか?」
「構わないけど、強いわよ」
「――知っています」
令が歩む。
「……一応保険を掛けておくわ。本当にまずいと思ったら合図を」
「憶えておきます」
こうなると、勢力がどうこうではなく、一般生徒を巻き込まないことを優先せねばならない。だから三年生達は落ち着いた判断をし、令もそれをすんなり受け入れた。
今の"鵺子"にどれだけ理性があるかはわからないが、令と闘えば間違いなく理性が飛ぶだろう。
憑依とは、いわゆる"進化"である。
目の前の敵に勝つために、あるいは置かれている状況に順応するための、驚異的な"進化"。
その過程で、理性は必要ないものとして、淘汰されていく。
少なくとも"鵺子"の中の"獣"はそう判断している。
"獣"になればなるほど"鵺子"は強くなる。
そして"獣"にならなければ勝てない相手と闘えば、
「―――――――――っっ!!!!」
"鵺子"が令目掛けて跳躍した。
"獣"にならなければ勝てない相手と闘えば、当然、"獣"化は進む。
支倉令と"鵺子"が激突する頃、こちらも異様な緊張感が満ち満ちていた。
戦場の中央に歩み出た"鴉"は、祥子の目の前に立ち、祥子を見上げる。
まるで「あなたにその場所は相応しくない。早く下りろ」と言わんばかりに。
「"図書室の守護者"が何の用かしら?」
だからこそ、祥子は"鴉"を見下ろす。
自分が上だ、と誇示するように。
――彼女は祥子の平常心を崩すほどの強者だと、認めているからだ。心で負けたら勝負にも負ける。
「それ」
"鴉"は、祥子の首に掛かっている"契約書"を指差した。
「いただける?」
要求はシンプルにして、答えがわかりきっているものだった。
「欲しければ力ずくで……と言いたいところだけれど、闘う前に確認させて」
「確認? 何のために?」
「あなたの返答で、私の今後の動きも変わるから」
「……あまり時間がないから、手短にお願いね」
どうやら"鴉"も、ちゃんと祥子を強き者として認識しているようだ。だから話をする気になった――そうじゃなければ有無を言わさず奪いに掛かったはずだ。
"鴉"も、できれば祥子と闘いたくないのだろう。
「目的は私? それとも"契約書"? まさか両方やるつもり?」
「目的は"契約書"。祥子さんにケンカを売る気はない。倒したいとも思わないし、そう簡単に倒せないことも知っている。倒せば面倒な事態になることも知っている」
「そう……まず安心したわ」
これで、祥子と"鴉"に因縁が発生する可能性が低くなった。
「引く気は?」
「あればここにいない」
「私に手を出せば紅薔薇が出てくるかもしれないわよ」
「答えは変わらない。引けない理由があるのよ。そうじゃなければ図書室に引きこもっているわ」
「わかった」
祥子は地に降り立った。
「立場上渡せない。どうしても欲しいのなら相応の覚悟をして」
「覚悟ならもうできている」
邪心丸出しの"鴉"の瞳に、邪悪極まりない殺意が生まれる――ただの臨戦態勢だ。
「あ、ちょっと待って」
"鴉"が後ろを振り向いた。
「私は"契約書"が欲しいだけであってあなた達の味方じゃないから。参戦するのは勝手だけれど、邪魔はしないでね」
静かな警告に何人かがたじろぎ、祥子達を中心とした輪が広がった。
当然、言うまでもない。下手に手を出せば一瞬で排除されるだろう。
周囲に釘を刺し、"鴉"は改めて祥子に向き直った。
「祥子さん、簡単に負けないでね」
凶悪な瞳に宿る殺意が強くなる。
「紅薔薇にもあなたにも恨まれたくないから」
「――それはこっちのセリフよ」
祥子の"紅夜細剣(レイピア)"が、"鴉"に向けられた。
「油断したら瞬殺するわよ」
――紅薔薇の蕾・小笠原祥子と、無所属最強"鴉"の一戦が始まる。
その数分前。
「あ、ごめんなさい」
「はい?」
「教室に戻った方がいいかも。祥子さんには私から言っておくから」
「え?」
「戦闘が始まりそうだから」
「じゃあ失礼します!」
一年桃組から連れ出されていた福沢祐巳は、素早く、迅速に、迷いもなく教室に舞い戻った。
「……見事な即決」
"bS"は小さく呟き、自身もまた教室に戻ることにした。
(コメント)
海風 >ちょっと短めですが、早めに更新できました。7ドラが楽しみすぎてテンションあがっているからです。発売日までにあと一本更新…………は、無理だろうなぁorz(No.20348 2011-11-19 12:01:12)
愛読者v >更新お疲れ様です!!(No.20349 2011-11-20 00:42:21)
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