会話 No.1845 [メール] [HomePage]
作者:まつのめ
投稿日:2006-09-10 19:32:57
(萌:1
笑:0
感:2)
『憂鬱人造人間』(オリキャラメインのリリアン話です) act.1 は【No:1844】です。
act 1.5 通りすがりの怪獣
翌日の放課後のことだ。 私は氷原あゆみと昨日の校内散策の続きを実行すべく、校舎を出た。 昨日、彼女とは積極的に友達になろうという最初の熱意が冷めてしまったのだけど、一回誘った手前、『今日は一人で』というわけにもいかず、また彼女を誘った。 “普通の人”を自認する私的に、そういう我侭は許されないのだ。 彼女も“数ある友人の一人”としてなら十分許容範囲なのだし。 ちなみに許容範囲外というと不良さんとか、ものすごい良家のお嬢様とか、付き合うだけで“普通”から遠ざかるような人種のことだ。 というわけで、“許容範囲”に収まった彼女を私は「あゆみ」と呼び捨てにすることにした。いや中学のときは友達は呼び捨てが普通だったのだ。 誰でもそうなる訳ではないと思うのだけど、昨日放課後から帰るまで行動を共にした彼女に対してはもう「呼び捨てでいいや」と思った。「さん」付けは堅苦しくて疲れるのだ。
さて昨日は体育館の方へ行ったので、今日はマリア像のある所経由で講堂の方を回ってみようと思い、通学で通る銀杏並木の方へ向かった。 放課後すぐだったせいか、並木道には下校する生徒の姿が結構見受けられた。 部活をしてないお嬢様方は家に帰って一体何をしているのだろう? そんな事を考えていると、隣を歩いていた筈のあゆみが立ち止まっている事に気付いた。 「どうしたの?」 私が振り返ってそう聞くと、あゆみは背後を歩いている一人の生徒に注目していた。 その生徒は、カバンの他に大きな手提げ袋を肩にかけて、黙々と歩いて来た。 その生徒を一目見て私は、これは『私から遠い人種』だなって思った。 腰まで届くかと思う長い黒髪は非常識なほどしなやかで、顔はきりりと締まった口元に切れ長の目、それに通った鼻すじ。同じ人間でありながら神さまはどうしてこうも不公平に人を造られたのだろうと呪いたくなる程の美人だった。 あゆみは私が隣に来ると視線を彼女に向けたまま言った。 「小笠原祥子さん」 「へえ、知り合い?」 そう聞くとあゆみは首を横に振った。 ちなみに、あゆみも髪に無頓着に見える以外は、実は、造形は美人の部類に属している。 でも、その祥子さんは次元が違っていた。 歩き方もしゃきっとしてて、ものすごくお嬢様オーラを振りまいているのだ。 どこか怒っているような雰囲気は、人を寄せ付けない気品の現れだろうか? 「同じ学年よ」 そう言って、あゆみは祥子さんが近づくのを待って、話が出来る距離に来るタイミングで話し掛けた。 「ごきげんよう、小笠原祥子さん」 祥子さんは、声をかけられる前からあゆみの視線に気付いていたようで、あゆみの前に緩やかに立ち止まった。 でも、すぐには返事をせずに、声をかけられる覚えがない、とばかりに軽く首を傾げた。 というか何を考えているんだ、氷原あゆみ。 祥子さんは少し考えてから言った。 「……ごきげんよう、なにかご用ですか?」 少し、祥子さんの“人を寄せ付けない”オーラが弱まった気がした。 「ええ、少しお話をさせていただいてよろしいですか?」 「少し、どのくらい?」 「どのくらいなら大丈夫ですか?」 「十分くらいなら」 あゆみはこの“ものすごくお嬢様オーラ”な祥子さんと話がしたいらしかった。 このとき、この祥子さんは、私はあまりお近づきになりたくない、付き合うと“普通”から遠ざかりそうな人種に見えたのだけど、後で聞いたところ大当たりで、大企業の社長令嬢、学園内でも有名人なんだそうだ。 そんな人がよくあゆみの誘いに乗ったなあと思うのだけど、祥子さんは嫌な顔一つしないで、あゆみに従った。後から思うと、それだけの肩書きの人間と知ってて、平然と誘うあゆみもあゆみだった。
私たち三人は並木道の並木を超えて大学側の敷地に入り、大学部の広い校門から入ったところにある噴水のある広場の一角のベンチに腰掛けた。 最初にあゆみが言った。 「習い事、沢山しているんですか?」 「ええ、しているわ」 いきなり予備知識の無い私はちょっと話に乗り遅れ気味だったのだけど、この祥子さんは稽古事を沢山やっているらしかった。まあ、お嬢様なのだから、そういうのを“嗜み”として習わされていることは想像に難くない。 そういえば、祥子さんの手提げ袋からはみ出している巻き簀のようなものは書道の道具っぽかった。 「将来の為に?」 「将来? そういうことは考えた事が無かったわ」 「考えた事が無い? ではどうして部活もせずに毎日習い事に通っているんですか?」 「・……」 祥子さんは考え込んでしまった。 意外だった。祥子さんのような人はもっと明白な意思を持って行動しているのだと思っていたから。それとも祥子さんくらいのお嬢様になると、既に輝ける将来への道が用意されているから何も考える必要がないのであろうか? あゆみは言った。 「私には祥子さんが何かと戦っているように見えるんです」 「戦っている?」 「はい、感情を押し殺して何かに耐えているように見えます。私はそれがなんなのか知りたかったんです」 あゆみの観察の成果なのだろう。 彼女の人間分析は一風変わっているのだけど、時々ドキリとするくらい核心を突いてくる。まだ二日弱の付き合いだが、あゆみは相手の感情を考えずそれをぽろっと口に出すので、彼女が私の前で他人と話す時はいつも冷や冷やさせられるのだ。 でも祥子さんは、気を悪くする事も無く、こう答えた。 「それは、判らないわ。戦っているのかもしれない。でも、それがなんなのか今の私には見えていないわ」 最初、お近づきになりたくない“お嬢様”だと思ったが、その答えを聞いて、祥子さんは意外と人間っぽいなって思った。いや、だからそれは私の“お嬢様”に対する偏見だったのだけど、むしろ正直に「判らない」と言ってしまえる正直さに私は好感を持った。
あゆみは「十分経ちました」といってベンチを立ち上がり、言った。 「お引止めして、ごめんなさい」 「いいえ、お気になさらないで」 その瞬間、祥子さんが微笑んで見えたのは錯覚だろうか? 祥子さんは立ち上がり、大きな手提げを肩にかけてから鞄を持って、「ごきげんよう」と高等部側の校門に向かって去って行った。
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