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その出会いはパラレルワールド  No.1912  [メール]  [HomePage]
   作者:まつのめ  投稿日:2006-10-10 00:17:03  (萌:4  笑:4  感:4
 前略、まつのめです。ARIAにハマりました。
 が、この分野ではすでに先駆者がいらっしゃいますので、その外伝的なパラレル世界を書くことにしましたごめんなさい。
 設定をお借りしていますので、先駆者であるクゥ〜さまの以下の作品を未読の方は是非読まれてみてください。
【No:1328】 【No:1342】 【No:1346】 【No:1373】 【No:1424】 【No:1473】 【No:1670】

(ご注意:↓これは天野こずえ著『ARIA』『AQUA』とのクロスです)





≪前振り≫


「「はぁ……」」
 思わずため息がダブった。
「……由乃さま。部活は良いのですか?」
「それどころじゃないわ」
「そうですよね……」
 二条乃梨子は、同じ学園の先輩であり、薔薇様のつぼみ仲間である由乃さまと一緒に銀杏並木を歩いていた。
 空気は穏やかで、コバルト色の空を背景に銀杏の木々が緑を湛えている。
 空には刷毛で掃いたような雲が幾筋も広がっていた。
 今は放課後。二人は帰宅の途についたところである。
 なんでこの組み合わせなのかというと、今日は祥子さまと令さまが放課後何処かへ行くそうで、薔薇の館に来ないって話だった。それプラス、志摩子さんもお家の用事で早く帰るとの事。
 あの事件以来、令さまは、沈みがちな祥子さまを何かと気にかけているようだった。
 乃梨子は、それでは仕事にならないから自分も簡単に掃除だけして帰ろうと思って薔薇の館へ行ったところで、令さまに置いていかれて膨れている由乃さまに捕まってしまったのだ。「付き合いなさいよ」だそうだ。
 思えばこれが、大きな運命の分かれ道だった。



≪キャー≫


「由乃さま?」
 マリア様のお庭で並んで手を合わせた直後、隣に居た筈の由乃さまが見えなくなっていた。
「なにやってるのよ。こっちよ」
 振り返ると、由乃さまは校門ではなく講堂の方に向かっていた。
「またあそこに行くんですか?」
「だって、あそこしか手がかりが無いじゃない」
 “あそこ”とは講堂の裏。
 そう、あの季節外れに咲いた桜の木の場所、それ以外、校内には何一つ手がかりは無かった。
 でも何回訪れても、祐巳さまの鞄はもう回収済みで、散ってしまった花びら以外のものは(それでもこの季節に桜の花びらは異常ではあるけれど)そこには無かった。
 いや、無い筈だった。
 乃梨子は由乃さまを追って講堂の角から裏に出たが、
「痛っ!」
 そのとたんに由乃さまの後ろ頭に鼻をぶつけてしまった。
「――どうしたんですか?」
 乃梨子は鼻をさすりながら抗議がちに声を上げたが、どうしたことか、由乃さまから返事は返ってこなかった。
 乃梨子は由乃さまの横に回りながらその表情を見た。
 由乃さまは目を見開いて口は半分開いたまま。ちょうどこういう擬音が良く当てはまる表情をしていた。
 “ぽかーん”
 その見開かれた視線を乃梨子は追った。
 講堂の裏手に、一本だけ、銀杏の木に混じって生えている桜の木、この季節なのに葉が一枚も無い桜の木の幹のところに寄り添うように“それ”は居た。
 柔らかそうな毛で覆われた三角の耳、くりっとしてて、てかてかと輝く大きな目玉。ピンと張った長い髭が左右に数本づつ。
 見ようによっては笑っているよう見える愛くるしい口元。そして、毛で覆われたグローブのような手。茶色と黒の毛並み。
 それは、どう見ても直立したトラ猫だった。
 乃梨子は“それ”を認識した瞬間声を上げた。
「きゃー!!」
「きっ……」
 それにつられて由乃も、硬直が解け、声を上げた。
「き、き、キャー!!」
 悲鳴を聞いて、その猫は耳をぴくんと動かし、木の幹から手(前足)を離して四つん這いになり、のそっ、と乃梨子達の方へ歩いてきた。
「きゃー! きゃー!」
「キャー! キャー!」
 二人してしがみ付きあってキャーキャー言っているうちに、“猫”は二人の目前まで迫り、また後ろ足だけで立って、“乃梨子の視界を覆った”。
「きゃ……?」
 “猫”はポン、と“二人の頭に前足を乗せた”。
「きゅぅっ」
 それきり、乃梨子の意識は途絶えた。



≪はじまり≫


 穏やかな風が、火照った顔に心地よい。
 薄く目を開けてまず見えたのは青い空。
 刷毛で伸ばしたような雲が一筋流れていた。
「……なんか、いい天気」
 なんだか、さっきまで暖かいものに包まれていたような感覚が残っていた。
 包まれていると、とても安心できるような何かに。
 でも今は包まれている感じではなく、暖かい感触は身体の前面左よりにあるだけだった。
 まどろみながら、乃梨子はその何かを求めるように、暖かい感触を抱き寄せた。
「んっ……」
 息を漏らすような声が耳のすぐそばから聞こえた。
(なんだろう。なんか懐かしい感じ……)
 幼い頃、母の真似をして妹を抱きしめて一緒に昼寝をしたことがあった。
 妹はそれが気に入ったらしく、二人で留守番の時などは良くせがまれたものだ。
 頭を撫でる時の髪の感触や、肩に近い背中を抱いた時の父や母よりずっと小さい肩甲骨の感触を思い出した。
 それはほんの幼いころの記憶。妹という存在が一個の自我をもった存在であり、生意気だったり、憎らしく思ったりとか、そんなことに気がつく以前の出来事だ――。
 しばらくそんな感触を楽しんでいるうちに、“妹”が身じろぎをするのを感じた。
(あ、起きたかな?)
 乃梨子はもう少しこうしていたくて頭を撫でるのを止めなかった。
「……りこ……」
「んっ」
「乃梨子……ん」
「まだ、寝てていいわよ……お姉ちゃんまだ眠い」
 そう言ってぎゅっと背中を抱く手に力を入れた。
 その直後、腕の中で“妹”が暴れた。
「だれが、お姉ちゃんか!」
「……え?」
 乃梨子は目を開けて腕の中の“妹”を見た。
「いい加減、起きなさいよ!」
「由乃……さま?」
 乃梨子が抱きしめていたのは少し顔を赤くした由乃さまだった。


「まったく、何寝ぼけてるんだか」
「すみません……」
「っていうか、ここ何処?」
 先に身体を起こした由乃さまは不思議そうに辺りを見回した。
「えっと、講堂の裏、……ではありませんね」
 上に桜の木の枝が見えたけど、起き上がってみたら回りの景色が全然違っていた。
 なだらかな起伏のある緑に覆われた丘。
 丘の向こうに色濃い緑の木々が見えていた。
「うわっ」
 由乃さまは後ろを振り返ってそんな声をあげた。
「なんですか? あっ!」
 一瞬、細長い小屋のように見えたそれは、桜の木の寄り添うように置かれた古い列車の車両だった。
 桜の木に茂る緑の葉が、古ぼけた車両の壁にまだら模様の影を落としていた。
「えーと……」
「……」
 唖然と二人でその古い車両を眺めていた。
 穏やかな風に草原の草がさやさやと音を立てる。
 時折、ひゅんと風を切る音が聞こえるのは視界の外れに見える切れ切れになった電線であろう。
 静かだった。
「あっ!」
 突然、由乃さまが声を上げた。
「な、なんですか?」
「キャーは?」
「はい?」
「だから、“キャー”。さっきの大きな猫よ」
「あっ!」
 唐突に思い出した。
 講堂の裏の桜の木のところに立っていた巨大な影。
 それは“人の背丈ほどもある直立した巨大猫”だったのだ。
 『大きい』といってもトラやライオンのような猫科の肉食獣のようではなく、小さな猫のプロポーションをそのまま巨大化したような感じだ。だから、間近で見た、その顔の大きさといったら、もう「キャー」と思わず悲鳴をあげずには居られない程だった。
「なんか、会う人毎に“キャー!”って声をあげられるから名前は“キャー”なんですって」
「は?」
 なにやら、由乃さまはあの不可思議生物にいつのまにか名前を付けている。いや話からするとあの生き物と話をしたのか?
「そうだわ、きっとあいつが私達をここに連れてきたんだわ」
 妙に確信を持って話すので乃梨子は聞いてみた。
「というか、ここは何処なんです?」
 由乃さまは妙に偉そうにキッパリ答えた。
「私が知るわけ無いじゃない」
「その“キャー”さんに聞いたんじゃないんですか?」
「聞いてないわよ。夢の中で名前教えてもらっただけだし」
 夢かよ。
 思わず突っ込んでしまったが、だとするとここは結局何処なんだ。
「ま、座って論議してても始まらないわ」
 由乃さまはそう言って立ち上がった。
 お下げにしている長い三つ編みがふわりと揺れた。
「それもそうですね」
 乃梨子もそれに従って腰を上げた。
「それにしても」
「ええ」

 何処までも続くかのような緑の丘。
 遠くには針葉樹の森。
 鮮やかな青い空。
 流れる雲に明るい陽射し。
 穏やかな風が髪を撫でる。

「気持ち良い場所ね」
「そうですね」



≪線路沿いに海岸線へ≫


「これを辿っていけば何かあるんじゃない?」
「……何かはあるでしょうけど」
 乃梨子たちが寝ていたのと反対側、古ぼけた車両の下から、丘の向うへと錆びた線路が走っていた。
 枕木は草に埋もれ、線路は酷く風化して、もう何年も何十年も使われていないようだった。
「なによ? 不満なの?」
「いいえ、最近人の手が入った形跡も無いような廃駅しか見つからないような気がしますから」
「そんなの行って見なきゃ判らないでしょ?」
「まあ、そうですね」
 確かに、ここまで自然ばかりで何も無い所では、それ以外選択肢が無かった。
「じゃあ、しゅっぱーつ!!」
「元気ですね」
「いちいち突っかからないの」
 突然、こんなところに放り出されたのに、妙に落ち着いて、むしろ状況を楽しんでいるのには訳があった。
 互いに口には出していないが、二人にはある予感があったからだ。
 しかし――。


 線路沿いに所々可愛らしい黄色い花が群生していて砂色の地面と緑の草が続く道にアクセントを添えていた。
「なんかいい感じじゃない?」
「まあ、天気も良いし、これでお弁当を持っていたらピクニックですね」
「そう! それよ!」
「……そうですよね」
 そう、それは二人の死活問題だった。
「……」
「……」
 しばし無言になり、地面を踏む足取りが心持ち速くなる。
「あの」
「言わないで」
「でも」
「考えないようにしてるんだから」
「現実逃避しても」
「何とかなるわよ」
「野草でも食べますか?」
「生で?」
「ここがゆ「判ってるわよ!」
 乃梨子の言葉を遮って由乃さまは声を荒げた。
 二人は立ち止まっていた。
「ここが祐巳さんが来た世界とは限らないって言いたいんでしょ?」
「ええ。祐巳さまはあの時、誰かと一緒にいました。でもここには人っ子一人居ないし」
「判らないわ。まだ」
「そうですね。結論を出すには早いですよね」
 不安と期待のせめぎ合い。
 それは由乃さまも同じのようだった。

 それから延々と、広い草原を走る線路を歩き、また森林を分けて走る線路を歩きつづけた。
 最初に線路の二股にぶつかった時、こんな会話があった。
「これ、どっちに行ったら良いと思う?」
 二股は行き先が分かれているのではなく、向うから見て二股で、乃梨子たちはその一方から出てきた格好だった。
「道なりがいいと思います」
「どうして?」
「んーと、なんとなく、ですけど」
「なんとなくなんて、乃梨子ちゃんらしくないわね」
「そうでしょうか?」
「うん、乃梨子ちゃんって、なんかいつも冷静で論理的ってイメージがあるから」
「見た目はそうかもしれませんね。でもあんまり論理的でも冷静でもないんですよ」
 そういう傾向があったことは認めるが、むしろ、乃梨子は周りがそう見るからそのように演技してきたといえないこともない。
「知ってるわ。乃梨子ちゃんって実は結構熱血なのよね」
「そうですか?」
「負けず嫌いだし」
「まあ、負けず嫌いなのは認めますが、よく見てますね」
 別に隠すことでは無い。熱血かどうかはともかく、そう言う風に自分をちゃんと見てくれる由乃さまには好感を感じた。
「見てるわよ。だって、一緒にやってる“仲間”だし」
「そうですね“仲間”ですもんね」
 “仲間”と言う言葉が乃梨子に耳に心地よく響いた。

 このあとも何回か二股の合流点に出たが、その度に道なりに進んだ。
 そして、ついに、本当に行き先が二つに分かれているところに出た。
 が、それは少し先で合流して元に戻っていて、その片方に最初、乃梨子が予言した通り、廃駅があった。
 その廃駅は背の高い針葉樹の森の中にひっそりと佇んでいた。
「なんか、屋根もないのね」
 列車のホームのなれの果てに並んで腰掛けて、足をぷらぷらさせながら、二人で休んだ。
「まあ、相当に古そうですから」
 時々森を抜けて吹いてくる風が土の匂いとむせぶような濃厚な木々の匂いを運んでくる。
「でさ、駅があるって事はこの周辺に何かあるってことよね?」
「ええ、それが見つけて有意義なものかは判りませんが」
 乃梨子が何気なくそう言うと、由乃さまがじろっと乃梨子を睨んで言った。
「乃梨子ちゃん」
「なんですか?」
「そういう現実的な突っ込み禁止!」
「まあ、いいですけど……」
 少し休んだ後、由乃さまの提案で駅周辺の散策をする事になった。
 駅の周りの森は森といっても十分に木々の間隔があり、歩きにくいということは無かった。
 森に入ると湿った土の匂いと木々の香りがより一層強まった。
 それと同時にそれらの匂いに、覚えのある別な匂いが僅かに混じっているのを感じた。
 木漏れ日が差し込む薄暗い森の中を歩きながら由乃さまは言った。
「あのさ、お腹すかない?」
「由乃さま。今まで意図的に避けていたその話題をあっさり口にしてしまいましたね?」
「だって空いたものは仕方が無いじゃない」
「人間一日くらいなら何も食べなくたって死にはしませんよ」
「でも乃梨子ちゃんもお腹すいてるでしょ?」
「あーもう、思い出しちゃったじゃないですか! せっかく我慢できていたのに」
「ふふふ、一人だけ楽な思いはさせないわよ?」
 そう。たしかここに来る前は放課後だった。
 でもこっちに来てからもう何時間経ったであろうか、日がようやく傾いてきたところを見ると、時間的にたいぶ巻き戻っているような感じだった。つまり、もう十分お腹がすく程時間が経過しているのだ。
「はぁ、由乃さまは……、あれ?」
 乃梨子は、立ち並ぶ木の幹の向うに明るく開けた空間が見えていることに気付いた。
「なんかあるかしら?」
「というかこの匂いと音は……」
 木の根に足をとられながらも小走りに前に進んだ。
 薄暗い森に慣れた目に眩しい風景が飛び込んできた。

 森を抜けるとそこは――。

 青い空。
 霞む水平線。
 波立つ水面は穏やかに。
 そこには視界いっぱいに海が広がっていた。



≪海、そして街へ≫


「海だ――」
「うみ――」
 雄大な海を見ると叫びたくなるのは何故だろうか?
 二人で力なく、でも気もちだけは思い切り、叫んだあと、その場で互いに支えあうようにしてへたり込んだ。
 そこは砂浜ではなく、ちょっと切り立って1メートル程の低い崖のようになっていた。
「魚、いるかな?」
「いるでしょうね」
 互いの背中にもたれかかって足を投げ出して、二人で地べたに座りこんで話した。
「美味しい?」
「さあ?」
「乃梨子ちゃん、獲って来て」
「無理です。釣り竿も船もありませんよ」
「手づかみ」
「熊じゃないです」
「はぁ〜〜」
「ため息は幸せが逃げますよ?」
「そんなもの、とっくにどっかに飛んでっちゃったわよ〜」
「……そうですねぇ」
 乃梨子は背中をずらして寝そべった。
 その上に由乃さんが寝そべってきた。
「あー、疲れたわぁ……」
「私を枕にしないで下さい」
「良いじゃない。乃梨子ちゃんのお腹柔らかい」
「はぁ……」
 苦しいわけじゃないので、抵抗する気も湧かずそのままにしておいた。
 ウミネコだろうか? 遠くから鳥の鳴く声が小さく聞こえる。
 それから、穏やかな潮騒の音。
 それから、森の木々の間を風がぬけて葉が擦れる音。
 乃梨子は半分葉っぱの緑が覆った青空を眺めながら、制服のポケットに手を入れた。
 それは殆ど無意識だったのだけど、その手に触れたものを握って取り出し、目の前に掲げた。
 その瞬間、由乃さまの手がそれを奪った。
「あっ!」
 と思って身体を半分起こしたらもう由乃さまはその包みを開いて中身の口に放り込んだ後だった。
「……素早いですね」
 由乃さまは「ふふん」といった満悦な表情をしていた。
「これ、のど飴?」
「ええ、でもこれで最後ですよ」
 そう言いながら、乃梨子はまたポケットに手を突っ込んで最後の一個ののど飴を出した。
 今度は盗られないように注意をしつつ、封を破って中身を口に入れた。
 レモンの風味が口いっぱいに広がった。


「由乃さま」
 乃梨子が身体を起こしたので由乃さまは頭をずらして今は膝枕になっていた。
「んー?」
「あれ、何でしょう?」
 糖分を補給して落ち着いたところで、乃梨子は水平線の上になにか奇妙な形をした物体が浮かんでいるのを発見した。
 方向的には海に向かって左。今いるところから地つづきなのか判らないが手前の森の陰から、ちょっと離れてせり出して見えている陸の端っこの方に“それ”はあった。
「浮いてるわね」
「うん、浮いてる。しかも凄く人工物っぽい」
 それは飛行物体というより、まるで“岩”のようにその場所から動かずに浮いていた。
「あっ! 見て!」
「ほんとだ! なんか動いてる!」
 その浮いている物体の近くを飛んでいる物体があった。
 こちらは浮遊物より大分小さく見えたが、それは確かに空を移動していた。
「……」
「……」
 乃梨子は思わず由乃さまと向き合った。
 ごくっ、と由乃さまが唾を飲み込む音が聞こえた。
「たぶん、飛行機かなんか」
「……人が居るよね」
 どうやら、由乃さまは舐めている途中の飴を飲んでしまったみたいだけど、そんなこと気にしている場合じゃなかった。
 勢い立ち上がってその浮遊物体の方を眺めた。
 動いている飛行物体の方は、一つではなく、いくつも行き来しているのが見えた。
「あそこに行くのよ!」
「はい!」
 希望が見えれば元気百倍、プリーツが乱れるのも何のその。
 森と海に挟まれた狭い海岸線を乃梨子は由乃さまと一緒に走った。
 が、早速進めなくなって愕然とした。
 森の向こうに出てみれば、そこは砂浜。
「海の向こうじゃない」
「はあ、世の中、そう上手く行かないように出来ているんですね……」
 前方に遮るものがある為か打ち寄せる波は非常に穏やかで、水も透き通り砂浜はとても奇麗だった。
 でも浮遊物体の方にあった陸とは完全に海で隔てられていて、こっちとは地続きになっていなかった。
「船でもあれば……」
 由乃さまは呟いた。
「……」
 乃梨子は砂浜の後方、森と浜の境界の方を向いていた。
 そこに気になるものがあったのだ。
 灰色で、細長い物体。
 というかあれはグレーのシートに覆われた何か。
「由乃さま、あれ」
 こちらを向いたのを見てから、乃梨子は指さした。
「あ!」


 雨ざらしになっていたせいか、皺になった部分を残して白っぽく変色したシート。
 それに覆われていたのは、奇妙な形をした小船だった。
 流線型をした形状は確かに船だったが、前後が対称などっちが前だか判らない形をしていて両方の先端が垂直に伸びて飾りのようになっている。一方にロープが結んであるので陸に係留する時に使うのであろう。
 そして乃梨子の身長より長いオールが一本。
「この船、何処かで見たことがあるわ……」
 由乃さまはこの小船を見ながら腕を組んで考え込んだ。
「え? 何処かって、何処ですか?」
「うん、なんか最近、それもリリアンじゃなくて、……そう、日本じゃないわ」
「ええ!?」
「イタリアよ、修学旅行の時」
「ああ」
 そういわれてみれば、乃梨子も写真で見たことがあった。
「ゴンドラよ!」
「ヴェネツィアですね?」
「そうそれよ!」
 引っ掛かりが取れた喜びに、大いに盛り上がる二人。
 何でそんなものがここにあるか、なんてどうでも良かった。
 こんな事で手を取り合って喜ぶのはどうかしていると心の何処かで思っているのだけど、もう、なんか切羽詰った状況で既にノリがおかしくなっていたのだ。
 

 早速、二人でそのゴンドラを押して海に浮べてみた。
 船体は良好、水漏れなし。
「行けるわね」
「ばっちし」
 でも、船が浮かんだからってもう万事解決かというとそうでもなかった。
「……進みませんね」
「なんか疲れるわ」
 一応、砂浜から離れて対岸に向かって漕ぎ出したものの、思うようにゴンドラが進まないのだ。
 乃梨子は言った。
「漕ぎ方間違ってませんか?」
「そうかしら?」
 ゴンドラは両側に“屋根”というか蓋がついていて、真中の四角く空いたスペースに人が乗れるようになっていたが、由乃さまはその人が乗れるスペースに立ってオールを持って漕いでいたのだ。
「立って漕いでたのは覚えているんだけど……」
「その上に立つんじゃないですか?」
 そう言って乃梨子は船の一方の端を指差した。
「……危なくない?」
 確かに足場は悪そうだ。
「でも、ほら……」
 船の先端に近い一方のサイドにオールを引っ掛けるのによさそうな部品が取り付けられていた。
「じゃあさ、乃梨子ちゃん漕いでみて」
「……やってみます」
 最初有無を言わせずオールを取った由乃さまだが、上手くいかないからって押し付けるように「漕げ」と言い放つ由乃さまは何気に横暴だけど、乃梨子は別に逆らわなかった。
 いや、これは“言い出しっぺは最初に行動すべし”、なんて信条があるわけでもなく、ただ自分でも漕いでみたかっただけだ。
 乃梨子は“蓋”のところに立って、とりあえずオールの先を水中に沈め、ボートを漕ぐ要領で後ろ向きにぐっと引いた。
 乃梨子の引く力に呼応してゴンドラが加速し、水上を走った。
「おお!」
 由乃さまが感嘆の声を上げる。
 そのまま、リズム良くオールを上げて戻し、沈めて引く、を繰り返した。
 ゴンドラは軌跡を残して軽快に水上を進んで行った。
「上手いじゃない」
「まあ、ボートなら漕いだことあるし」
「どこで?」
「千葉の地元の公園」
「ふうん」

 とりあえず、進めることは出来たが、一本のオールで船を操るのは意外と難しく、前に進むだけなら何とかなるのだけど方向を変えるのが難儀だった。
「あー、もっと左! 陸から遠ざかってるわ」
「う、うん」
 結局、進んでは向きを直し、進んでは向きを直し、みたいに進めていくしかなかった。
 ゴンドラを漕ぐのは、なかなかの重労働であった。
 しかも、何時間も草原や森の中を歩いた後、ちょっと休憩して今度は延々と船を漕ぎつづけているのだ。
「乃梨子ちゃんもうすこし。確実に近づいてるよ」
 由乃さまは励ますように声をかけてくれる。
 「代わろうか」とも言ってくれたが断った。まだ大丈夫だし、なにより乃梨子が漕ぐ方が効率が良かったから。
 乃梨子は疲れを癒すよりも、早くどこかに辿り着きたかった。
 方向を直す為に振り返るたびに、あの浮遊物体に段々と近づいているのが判った。
 近づくにつれ、浮遊物体から地上に向かって何本も線が繋がっているのが見えてきた。
 浮遊物体は良く見ると上方に木が生えていたり家らしきものが見えたりして、近づくにつれて不思議さが増していた。
 また、飛行物体も沢山見えるようになってきた。
 優雅に空を移動するそれは見たことに無い形をしていて、どういう原理で飛んでいるのか判らないが、それらは明らかに人工物だった。その質感は見た感じジェット旅客機のような金属っぽい感じだった。


 オールが波を掻き分ける音とゴンドラが波を切る音が絶え間なく聞こえる。
 はぁ、はぁ、と自分の呼吸音がやけに耳につく。
 じっとりと汗もかいて、腕だけでなく全身に疲労を感じていた。
 太陽は何時しか傾き、オレンジ色に染まりかけている。
「乃梨子ちゃん! 街っ! 街よ!」
 由乃さまが興奮したように叫んだ。
「えー、街?」
 オールを漕ぐ手を休めて、乃梨子は振り返った。
 そこには、水面に生えるように立ち並ぶ沢山の建物があった。
「水に、浮かんでるみたい……」


 日の入り前の西日に照らされるその街。
 それは、マリンブルーとスカイブルーに挟まれて、まるで宝物のように輝いていた。





joker > ボートを漕ぐのは、でっかい苦労です。 (夏に海でボートを漕いで、結果動けなくなったヘタレ) (No.13232 2006-10-10 01:42:53)
通りすがり > ぉぉ、これはとっても続きが楽しみです(^_^) (No.13235 2006-10-10 05:29:05)
K2A > この物語の続きは、でっかい楽しみです。ところでキャーの命名は”ぼくたま”からですか? (No.13236 2006-10-10 05:35:51)
ななしA > なんか所々乃梨子ちゃんキャラ変わっちゃってますがまぁそれはさておき(笑 これであの「見守りさん」の謎が(違 何はともあれ名作誕生の予感。 (No.13237 2006-10-10 08:23:27)
あうん > おや? 由乃&乃梨子なんて珍しい。 で、祐巳が来たARIA世界に来てしまったんですね?これは楽しみです。 (No.13240 2006-10-10 18:38:23)
砂森 月 > おーっ、コレはコレで楽しみですね〜(ARIA好きですし)。ところで無人島にゴンドラが係留されていたって事は。。持ち主さん島に置いてけぼり?(爆) (No.13244 2006-10-11 03:25:47)
まつのめ > 思い切り遅レスですが取り急ぎ気になる単語に返信 / ボートなんてん十年漕いでません / 巨大猫というとそれをまず最初にそれが思いつきます>キャー / 私のマリみて分が足りなくなってるのかもしれません>キャラ変わってる / クゥ〜さまに無断で来てしまいました(笑)っていうか怒られないか心配です >祐巳が来たARIA世界 / ゴンドラの持ち主さんは別の舟で帰った事にしておいてください…… //  (No.13532 2006-10-26 17:11:34)

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