生き返れ全快連盟 No.3557 [メール] [HomePage]
作者:しゆりか
投稿日:2011-10-01 00:18:00
(萌:0
笑:21
感:0)
【短編祭り参加にぎりぎり間に合わなかった作品】
島津由乃はいつだって青信号。 迷ったりしない。寄り道なんてありえない。 目標を捕らえるまで一直線。どこまでも常に全力疾走。 たとえ心臓が止まっても、前に前にひたすら前に。 そんな彼女の日常をちょっと覗いてみましょう。
case1「限りなく透明に近い赤」
夏、真っ青な空に眩しい太陽。 「ふう、あついわね〜」 家から出た途端、汗が体中から溢れてくるのを感じた。頬を滑り落ちる水滴を手の甲でぬぐって、私は自転車に乗る。 今日は令ちゃんとおでかけ。隣町でやっているお祭りに行くのだ。二人でどこかに行くのは久しぶりだから、すごくうれしい。 令ちゃんたら、大学に入ってから全然私のことを相手にしてくれないんだもの。やれ勉強だ、やれサークルだ、やれ飲み会だ。なによっ!そんなに大学が楽しいの?私より大学が好きなの!?まったく、許せないわ。これは許されざる問題だわ。 大学と私だったら、私の圧勝でしょう。たとえ私が左手だけしか使えなくても十分勝てるわ。 まったく。なにも分かって無いんだから令ちゃんは。 ちょっと腹が立って来て、自転車を漕ぐ力を強める。スピードアップ。 向かう先は駅前。そこで待ち合わせをしているのだ。 いつもだったら家の前で落ち合えばいいのだけれど、令ちゃんは今日、午前中に大学の用事があったらしくて、そこから直接来る。 また、大学!ほんとにもう令ちゃんたら、だらしない。
私は駐輪場に自転車を置く。駐輪場は駅から離れているため、少し歩かなければならない。 集合時間ぎりぎりだから、ちょっと早足で道を行く。 前方に駅が見えてきた。駅前にある変な形をしたモニュメント――そこで待ち合わせなのだ――のまわりに人混みがあり、そのなかに令ちゃんがちらっと見えた。 令ちゃんの事は、遠くからでもすぐわかる。でも、あっちは私に気づいていないみたい。いやいやいや、気づいてよ!私がここに居るんだから気づいてよ!なにやっているの、令ちゃん。意味がわからない。まったくもってナンセンスだわ。才能を疑うわ。悲しい事に、精神疾患を疑わざるを得ないわ。 令ちゃんを憐れみながらも、ぐんぐん足を進める。 さて、目の前に見える交差点を渡れば到着だ。交差点さえ渡れば私は令ちゃんのところに行ける。よしよしよし。いっぱい文句を言ってやるんだから。 道路まであと一歩のところまですすんで、
――そのとき、私の頭の中で何かがはじけた。
……ちょっと待て。何か、大事なことを忘れてはいないか?交差点を渡るとき、何かを見なさいって、小さい頃お母さんやお父さんに教わらなかったっけ? 確かに、教わったはずだ。 思い出せ!思い出せ由乃!これは大事な約束だった気がする。絶対に破ってはいけない、決まり。これを破ると大変な目に会うって言われた。 ふと、私の前でぽつんと立っている、赤い浴衣をきた少女を見る。小学校上級生くらいだろうか。 彼女の視線はどこか宙をさまよっている。なんとはなしに、私も彼女の視線を追う。 そこに、見えた。 見えてしまった。 あれを、見なくてはいけない。
そうだ。交差点を渡るときは、…………信号を、見るんだ。
すごい!私、思い出した、思い出したよ。お母さん、お父さん、私これで事故に遭わなくてすむ。ありがとう、大事なことを教えてくれて。 よかった。本当に危なかった。令ちゃんに会う前に死んでしまったら、ちょっとばかしもったいない。主に命が。 さて、分かった所で、信号を見よう。
……赤だ。 赤は止まれの合図。 そう、赤は“止まれ”。
……ん?ちょっと待て。赤、だと?止まれ、だと?あれ、少しおかしくないか? 私は島津由乃だぞ。絶対に最後まで止まらない由乃だぞ。 話が違わないか?聞いていた話と違わないか? この私に“止まれ”と命令するなんて。それも、よりによって令ちゃんの前で! 私は令ちゃんのもとに一刻も早く行かなくてはならないのに。ここで止まるなんて、ありえない。
常識を疑うわ!あの信号機の常識を疑うわ!!
どうする?私。無視するか? 信号は赤。赤は、渡っちゃだめ。そういう決まりはある。私だって、事故には遭いたくない。でもきちんと右見て左見て。そうすれば赤信号だって安全に渡れる。そう。事故に遭わなければいいじゃない。うん、渡っちゃおう。右を見て、左を見……あ。 浴衣の少女の後ろ姿が目に入った。 彼女はきちんと青信号になるまで待っている。 ――良心が私の中で暴れだした。良心は、悪心に暴行を加える。それだけにとどまらず、耳を塞ぎたくなるような辛らつな言葉を吐き、悪心に対して精神攻撃を仕掛け、最後に唾を吐いた。 私は大人。子供が約束を守って、大人が守らないなんて、それはだめだ。彼女の前で、ずるいことなんてできやしない。 やっぱり、やめておこう。 子供の前で平気でルール違反をする大人ほど嫌な物はない。いや、そもそも子供の前以外だってしちゃいけないのだ。 冷静になって考えてみると、ほんの30秒ほど待てば信号は青になる。 それぐらいは待てる。 待てるはずだ。 私の力なら待てる。 待てるよ、私。 きっと。
今にも駆けだしてしまいそうな我身をどうにか落ち着かせて、ちらりと交差点の向こうの令ちゃんを見る。 令ちゃんは、笑顔で私に向かって手を振っていた。 やっと私に気づいてくれた! そのとき、再び私のなかに電撃が流れる。 いけない!私は必死で体を止めようとする。 でも。 だめだ。私もうだめだ。勝手に足が前に出ちゃう。 この衝動は止められない。止まらない。――カッパえびせんのように。 なら、もういい。行こう。令ちゃんの所へ。 そうよ、私は何を迷っていたの。目の前に令ちゃんがいて、そして私はそこに行きたい。なら、行けばいいじゃない! こんな所でウジウジとしていたって何も始まらないのだ。言い訳して、人のせいにして、そんなのばっかり。ずーっと同じことの繰り返し。逃げているだけじゃない。 自分が嫌になる。 私らしくなかった。ぜんっぜん、私らしくなかった! 前に進まなきゃ。 迷ってはだめ、立ち止ってはだめ。どこまでも一直線に。最後まで全力で。 そう決めたじゃないか。心臓を治した、あの日に。 逃げるな。立ち向かえ。 私は島津由乃。私の前はいつだって青信号。
つまり、――赤信号は、青信号なのよ!!
「れ〜〜いちゃ〜〜ん!」 走れ。 行きたい所へ。 私はもう自分の力で走れる。 さあ。
一歩目を踏み出した。
轢かれた。トラックに。 あー、って思った。 やっちゃった、とも思った。 いや、実際まいったね。赤信号はやっぱ赤信号だよね。人って轢かれると、こんなに高く飛ぶんだ。人が米粒のように小さく見えるよ。頭の中が真っ白だ。 何やっているんだろ私。こんなところで。死ぬのか。 視界が白くぼやけていく。 私は目をつむる。まぶたの裏に何かが見えた気がした。
――最初は、ただみんなと遊びたかった。 みんなが走って行く。笑いながら、仲良しにちょっかいを出しながら。 私も一緒に行きたいと思った。みんなみんなすごく楽しそうだから。私も、って。 だけど、私は何かにつまずいて転んでしまった。 私の足を引っ掛けたのは何?私の邪魔をするのは何? 見ると、そこには心臓があった。どこか歪な形。本当の心臓なんて見たことないけれど、何かが足りないことはわかった。 ドクン、って震えて千切れた血管から血が噴き出す。 こんな気持ち悪いものが私の中にあるんだ。 怖くなって顔をあげると、目の前に交差点があった。さっきまで無かったはずなのに。 その向こう側に、みんなの背中が見える。 待って、行かないで。私を置いていかないで。 私は立ち上がり、走ろうとする。みんなに早く追いつかないと。 が、車が私の前を横切った。 ――信号は赤。 車の流れは止まらない、止まりそうにない。前に、進めない。 ――信号は赤。 みんなの背中はもう見えない。 ――信号は、赤。 笑い声だけを残して、消えてしまった。 ひとりぼっち。私はひとりぼっちだ。 悲しくて、悲しくて。でも、どうしようもなくて。 うずくまり、かたく目を閉じる。 信号が青になるまで、私は待たなければならない。待たないと私は車に轢かれて死んじゃうから。 走ってはだめ。みんなと遊んではだめ。赤信号を渡ってはだめ。ぜんぶだめ。ぜんぶぜんぶぜんぶ、だめ。 なら、私はどうすればいい。 一体、何をすればいい。 何もしてはいけないのに。 何もできっこないのに。 何をしろって言うの。 ねえ。 答えてよ。
「由乃」 声が聞こえた。令ちゃんだ。 「「由乃さん」」 「「由乃さま」」 親友と、その妹たちの声。 「お姉さま」 菜々の声。
ああ、そうか。思い出した。 何故、忘れていたのだろう。 交差点のむこうで、みんなが待ってくれている。 私には、大切な人たちがいるのだ。置いてけぼりなんかじゃない。 何もできないなら。何かをできる時まで待てばいい。彼女たちは、私を置いて行くことなんてない。 空を見ると、青空が広がっていた。 焦らなくていい。 大丈夫だから。 友人たちを信じるのだ。 私は、私のペースで行けばいい。 ゆっくりと、自らの過ちを考えてみる。 何を間違えていたのか。 そうだ。 それは簡単な事だったんだ。
――“青信号の由乃”というのは、ただ私の性格を表しているだけで、“現実の信号がいつも青”ということではない。
まぶたの向こう側がにわかに明るくなった。 目を開ける。眼前に真っ赤な光が、立っている人の形を縁取っている。 これは、信号機? たぶん、私はトラックにはねられて、信号機の所まで吹っ飛ばされたのだ。 どうしよう。 ここで私は、どうすればいい。何をすればいい。 令ちゃんの叫び声が聞こえる。 ああ、もう! 悩むな、考えるな、私のしたいようにすればいいんだ。 今こそ、何もできなかった私が、何かをできる時だろう。
私のしたい事。 最後にしたい事。 ――勝ちたい。 この赤信号に勝ちたい!! 今の私が赤信号にできる唯一の事。それは殴る事。そうだ、この赤信号を、殴れ。思いっきり、力の限り、拳を叩きつけろ。 しかも、左手で。 そう、こんな信号機は左手だけで十分よ。令ちゃんの大学と同じにね! 精一杯腕を振り上げ、前に押し出した。 拳が信号機にめり込む。激痛。けどそんなの関係ない。痛みは全力の証。私にとっては最高の勲章。 そして、赤はひび割れる。 光は点滅し、青へと色を変えた。
――私は、勝った。赤信号に勝ったのだ。 あとはもう地面に落ちるだけ。でも、もういい。私は精一杯やった。 ひとつだけ、ただひとつだけ、やり残したことがある。……令ちゃんとお祭り、行きたかったなあ。 力を抜くと、意識まで薄れてきた。 最後の瞬間、見えたのは令ちゃんの泣き顔。 何、泣いているのよ。 「令ちゃんのばか」 自然と漏れ出た言葉。 ごめんね。 令ちゃんは悪くないよね。 心の中で謝った。
ばいばい。
奇跡的に無傷だった。 いろんな人に怒られた。 「ごめんなさい。もうしません」 本気で謝った。心の中で謝るぐらいじゃ全然すまなかった。 心底うんざりしたから、私は決めた。
信号は守ろう、と。
case2「たったひとつの冴えた避け方」に続く。
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薔薇の館に響いていたカリカリという音が、久しく途絶えた。 「よし!……お姉さま、これでいかがですか?」 由乃さまに原稿を渡す。 今の今まで菜々が書いていた小説だ。 新学期が始まってから、事故に遭う生徒が多かったため――幸い、皆かすり傷程度ですんだのだが――、山百合会と新聞部主体で交通事故防止をテーマに新聞を作ることになったのだ。 そこに注意喚起を促す小説を連載する事になり、菜々は執筆者に立候補した。だって面白そうなんだもの、ちょっと不謹慎かもしれないけど。
由乃さまは、淡々と読んでいる。すごい形相で。なんと形容すればいいのか。 言うなれば、……ゴキブリを見る時の表情、かな。 しばらくして、原稿を机の上にそっと置いた。どうやら読み終わったようだ。 由乃さまはこちらを振り向き、私を鋭い目つきでじっと見る。 ドキドキする。どんな評価をうけるのだろうか。
長い間を置いたあと、由乃さまはこう言った。
「執筆者、交代」 「え〜!」 「赤信号に勝つとか言っている時点で、あなたはもうだめ」
菜々は帰りに信号無視をした。
しゆりか > 間に合わなかった……初投稿なのに (No.20227 2011-10-01 00:22:43)
bqex > 閉幕宣言のSSの前に来ちゃったので企画参加作品遅刻組として紹介させていただきました。あと、『奈々』ではなく『菜々』ですね。 (No.20229 2011-10-01 01:38:16)
くま一号 > たとえ中の人が「もうちょっと大人になって欲しい」と嘆こうとも、よしのんはガキのままでいいと思いますっ! 走れよしのん (No.20239 2011-10-01 08:43:41)
ピンクマン > オチでいろいろ台無し(褒め言葉)ですが菜々は小説でも平気でお姉さまを粗末に扱うのねw (No.20243 2011-10-01 20:23:17)
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