それはデマだ!エスパー疑惑リコちゃんは No.949 [メール] [HomePage]
作者:まつのめ
投稿日:2005-12-08 13:43:58
(萌:1
笑:13
感:2)
クラブ棟の一角、新聞部の部室はリリアンかわら版発行にむけて大詰めを迎えていた。 そんな、部員達が校正やら編集作業やらに集中している中、お姉さまが言った。 「なんてことなの」 こういうときのお姉さまをかまうとロクなことにならないので無視を決めこんでいると、音も無く背後に忍び寄ってきて抱きつくように首に手を回してきた。 「もう、真美ったら、ここは『どうしたのですか?』って聞いてくるところでしょう?」 「……仕事の邪魔をしないでください」 真美は振り返らず、キーボードを叩く手も休めずに言った。 「ううっ……」 肩に掛かっていた重みがなくなるのを感じた。 今日はやけにあっさり引き下がったなあ、と思いつつ、真美は再び記事の編集に集中した。 「真美が冷たいよう・……」 後ろの方からなにやら聞こえてくるが気にせず画面に集中する。 「一年の頃はあんなに可愛かったのに、しくしくしく……」 かわら版の発行を遅らせるわけにはいかないのだから芝居がかった言葉が聞こえてきても無視無視。 「おねーさま、おねーさまって私の後に付いて来てたあの可愛い真美は何処へ行ってしまったの?」 いの間にかキーボードを叩く手が止まっている。 というか、手が震えていたりする。 「……あの時の真美は可愛かったわ。そう、部室で二人きりにになったとき、真美は私に言ったの。『おねーさまだいす「お姉さま! いいかげんにしてください!」 部室の隅でとうとう一人芝居まで始めるもんだから、編集作業をしていた部員達まで興味津々と聞く体制になっていた。 「人を巻き込んで過去を捏造しないでください」 「だって、真美が話を聞いてくれないんですもの」 「今はどういう時かお姉さまならお分かりでしょう? 遊ぶんなら後にしてください」 「遊ぶなんて、私は記事になる話題を提供してあげようと思っているのに」 「はいはい、後で聞きますから、今は大人しくしててください」 聞かない、とは言わないのは、こんなのでも一応真美のお姉さまだから、というより三奈子さまの妹になった以上避けられない試練だ、という諦めに近い理由からだった。 「真美、話題というのは生ものなのよ?」 「はあ?」 いいたいことはわかるんだけど、どうせ今の思い付きを聞いてほしいが為の方便に決まってる。 「後でなんて言ってると、腐っちゃうわよ」 「生モノでもクダモノでも結構ですからとにかく今は邪魔をしないでください!」 「あの、真美さん?」 強い態度でお姉さまを黙らせようとしていたら、同級生の部員が声をかけてきた。 「なに? なにか問題でもあったかしら?」 「いえ、あとは校正だけですし、私たちでなんとかなりますから……」 彼女の訴えるような目は言外に『妹なんだからコレ何とかしろよ』と語っていた。 「はぁ……」 真美はため息を一つ。 「お姉さま」 「なあに?」 期待に目を輝かせてるよ。この人。 「話を聞きますから、場所を変えましょう。ここじゃ作業をしている部員の気が散りますから」 「そう、そうよね、じゃあミルクホールに行きましょう。もちろん奢るわよ。たまにはお姉さまらしいことしないとね」 奢らなくてもいいですから、お姉さまらしい威厳を身につけてください、と思ってもいまさらだ。 真美は残りの作業を他の部員に託して、部室を後にした。 無駄に陽気なお姉さまを伴って。
放課後のミルクホールは人がいない。 そこについた時、人影は真美とお姉さまの二人だけだった。 好きなのを選んでいいわよといわれて真美は紙パックのカフェオレを選び、お姉さまはイチゴ牛乳を自分の物として購入した。 「じゃあ、さっそくだけど」 イチゴ牛乳を一口飲んで喉を潤してから、お姉さまはメモ帳をテーブルに開いて見せた。
『二条乃梨子=エスパー』
そこにはそんな文字が書かれていた。 「で、この根拠も現実性のかけらもなさそうな落書きがどんな『記事になる話題』に繋がるのですか?」 『うんざり』という顔をして真美はそう言った。 たしかに、既成の枠に捕らわれない自由な発想は誰にも真似の出来ないお姉さまの長所の一つであろう。 が、毎回それに振り回される真美にとってそれはは頭痛の種でもあった。 長所というのは往々にして同時に欠点でもあるのだから。 「まあ、真美ったら。私の話を聞いたらそんな顔してられなくなるわよ?」 鼻息も荒く、得意満面といった風でそう話すお姉さまだが。 「はあ、話を聞きますから先を続けてください」 真美はそのためにここに来たのだから、と先を促した。 いわば、新聞部の業務を滞りなく遂行するための生贄として捧げられてようなものなのだから。 生贄は生贄らしくその責務を全うしなければならないのだ。 なんて考えつつ、ちょっとネガティブ思考に陥ってるなあ、などと反省してみたり。 まあ、その原因は目の前でごきゅごきゅと喉を鳴らしてイチゴ牛乳を飲んでいたりするのだが。
「じゃあ、話すけど」 「どうぞ。話してください」 真美は投げやりに相槌をうった。 そんな真美の態度を気にしない風でお姉さまは言った。 「まず、真美は根拠がないなんていったけど、これはちゃんと裏付けになる証言があったのよ」 「証言?」 「ええ。情報ソースは約束だから明かせないけど校内で複数の目撃者がいたのよ」 怪しい。 情報ソースが明かせないところがものすごく怪しいんだけど。 「それで?」 「『白薔薇さまは彼女がいるだけでリラックスする』」 「・……それは白薔薇姉妹のお惚気じゃないんですか?」 「あら、他にも肩こり、神経痛、身体の冷えにも効果があるとか」 「乃梨子ちゃんは通販の健康グッズか何かですか!」 「まあ、これは序の口ね」 というか序にもなっていない気がするんですけど。 「つぎは聞いて驚くわよ?」 「はあ、どうぞ続けてください」 これは試練。 真美は思った。 これは安穏な来年を迎えるための試練なんだわ。耐えるのよ、真美。 「なんと、彼女が素性の知れない謎の大学生の身分を言い当てたという情報が!」 「……えー」 「なによその気の抜けた反応」 すみません。これが精一杯なんです。 と、お姉さまのために驚いて見せようと努力した真美は心の中で謝った。 「まあ、いいわ。それもここまでよ。次はなんと彼女が同時に教室と薔薇の館の両方に居たと言う――」 「お姉さま、それってどちらかと言うと学校の怪談では?」 「……なんだ。知ってたのね?」 「座敷わらしの噂なら結構前からありましたよ? 出所は知りませんけど」 なんの前提も無く座敷わらし=乃梨子ちゃんという公式が成り立ってるのは彼女に対していささか失礼ではあるが、このとき真美はお姉さまの相手に精一杯でそこまで気が回らなかったのだ。 それはともかく、噂話と言うものは時々本当に荒唐無稽な話がまことしやかに語られるものだ。 校舎に棲みつく座敷わらしの話や、夜な夜な動き回る理科室の標本、夜中に悲しげな曲を奏でる音楽室のピアノ等。 何処の学校でも定番の怪談話はこのリリアンにもあった。 「そうなのよ。でもね、その怪談の発端が乃梨子ちゃんの超能力だったと考えたらどうかしら?」 「どうかしらって……」 自由な発想も程々にしてください。 二の句がつげない真美は心の中で嘆いた。 「ほら、骨格標本が一晩経つと移動してるとか、音楽室の肖像画の目が動くとかって乃梨子ちゃんのPK能力で説明がつくじゃない」 「いや、そんなこといったら誰だって良いじゃないですか。乃梨子ちゃんに限る理由がわかりません」 「あら、そうかしら?」 「それに、13階段の話とかはどうするんですか?」 階段の段数が変わるってあれだ。 「それは催眠術で数える人を」 「それは超能力じゃないじゃないですか! もうわけわかりませんよ!」 ダンっとカフェオレの紙パックが飛び上がるほどテーブルを叩いて真美は思わず立ち上がっていた。 そのとき、真美は視線を感じ、ミルクホールの入り口のほうに振り返った。 「えっと、真美さま……」 「と、三奈子さま?」 そこで目を丸くしてこちらを見ていたのは、まさに話題の人、二条乃梨子ちゃんと彼女のクラスメイトで乃梨子ちゃんに負けず劣らず話題の多い、松平瞳子ちゃんであった。
お姉さまは二人に休憩ならご一緒しましょうと手招きをし、彼女たちはしぶしぶながら、という感じで真美たちと同じテーブルについた。 真美の代になってからはそうでもないが、お姉さまが編集長の頃、山百合会とは色々あった。だから彼女たちが警戒するのは無理もない。 「なんの話をされていたのですか? ずいぶんとエキサイトされていたようですけど?」 瞳子ちゃんがそう聞いてきた。 なるほど報道関係者に色々聞かれるのは警戒するが逆に聞くのなら大丈夫って訳だ。 「いえね、ちょうど白薔薇のつぼみのことを話していたのよ」 「はぁ? 私ですか?」 お姉さまの言葉が意外だったのか、乃梨子ちゃんは声のキーが八度くらい上がっている。 「そうだわ。この際だから聞いちゃおうかな」 「お姉さま、こんな与太話に白薔薇のつぼみを巻き込まないでください」 思わず真美はそう突っ込みを入れた。 「あなた、仮にも私の妹なんだから、お姉さまのまじめな話を与太話だなんて言うものではないわ」 「判りました、でもお姉さまの『まじめな与太話』はまだ本人に確認するほどの物ではありませんからもっと確かな情報を掴んでからにしてください」 「……まだ言うのね」 不満そうなお姉さま。 真美としては、あんな人格まで疑われそうな話は内輪だけにしてもらいたいのだ。 「でもわかったわ。真美の言うことも一理あるから、もう少し地道に調査をするわ」 「そうです、そうしてください」 引きさがったお姉さまにほっとする真美だが。 「あの……」 「結局、何の話だったんですか?」 疑心暗鬼な乃梨子ちゃんに困惑気味の瞳子ちゃん。 そりゃ、自分の名前が上がったとなれば気になるだろう。 ここは適当に誤魔化して……。 「実はね、乃梨子ちゃんがエスパーじゃないかって話をしていたのよ」 ごん。 真美は突っ伏した。 「あら、真美。何で寝ているの?」 「お、」 「お?」 「おねーさまっ!!」 がばっ、と起き上がり、真美はそう叫びながらまた立ち上がった。 「おおっ!?」 「どーしてお姉さまはそうして身内の恥を外部にさらしますかっ!!」 「あら、恥だなんて心外だわ。私の何処が恥なのよ?」 あなたはそんな私の妹になったのよ? とお姉さま。 「それは、お姉さまの周りのことを省みない行動力とか、部員の何人たりともついていけない奇抜は発想とかは時々は尊敬してますけど!」 「なんか誉められてる気がしないんだけど……」
まあまあと、何故か瞳子ちゃんと乃梨子ちゃんが真美をなだめる役回りをした。 たしかに突っ込み役の真美がテンパってたら彼女らが動くしかないのかもしれないけど。 結果的に真美が身内の恥を晒した格好になってしまって、真美はずーんと落ち込んでいた。
「でも、流石は三奈子さまですわ」 瞳子ちゃんが言った。 「ちょっと瞳子何の話?」 乃梨子ちゃんの表情は訝しげだ。 「あら、どういうことかしら?」 って、お姉さまの目がまたとんでもないことを言い出す時みたいに輝きだしてる? 「さっきの話のことですわ」 「さっきのというと?」 ヤバイ。 この二人、何気にノリが合ってるよ。 「乃梨子さんの事を見抜いたのは私に続いて三奈子さまが二人目ということですわ」 キラーンと瞳子ちゃんの目が光ったように見えたのは錯覚だろうか。 「ちょっと瞳子?」 「まあ、ここは私にお任せください」 どうやら瞳子ちゃん、さっきのお姉さまの話の件でお姉さまと交渉するつもりらしい。 乃梨子ちゃんはそんな瞳子ちゃんに黙ってうなずいた。 ちょっと信頼しきれないって感じだけど話を見守ることにしたようだ。 真美もまあ『お手並み拝見』といったところ。演劇部の彼女はなかなか食えない性格だから、お姉さまとどう交渉するのか興味があった。
「三奈子さま、これはここだけの話に留めて欲しいのですけど」 瞳子ちゃんはそう切り出した。 「あら、それは私の所属する部活を知ってていってるのかしら?」 「だからこそです」 「……つまり情報提供と引き換えに条件を出そうと?」 「さすが三奈子さま、話が早いですわ」 そして瞳子ちゃんはそのトレードマークとも言えるたてロールをぽよんと揺らしてお姉さまに近づき、顔を寄せて言った。 「・……大きい声ではいえませんが」 ごくっ、とお姉さまの喉が鳴った。 思わず乃梨子ちゃんといっしょに真美も身を乗り出して聞き入る中、瞳子ちゃんは言った。
「乃梨子さんは本当にエスパーなのですわ」
「・…やっぱり」 「ちょ、瞳子!?」 それを聞いて乃梨子ちゃんは慌てていたけど、真美は額に手をやりため息をついた。 そして心の中でつぶやいた。
『おまえもか』
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