「ごきげんよ…って、あら?」
放課後、薔薇の館を訪れた紅薔薇のつぼみこと福沢祐巳。
誰か居ると思っていたのだが、誰も居なくて拍子抜けした顔をしていた。
窓を開けて空気を入れ替えつつ、床やテーブルを軽く掃除する。
ポットで湯を沸かしながら、いつもの席に座ってぬべらぼ〜っとすることしばし。
軽い足音と共に、扉を開けて現れたのは、黄薔薇のつぼみこと島津由乃だった。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう由乃さん」
「祐巳さんだけ?」
「うん、他には誰も来てないよ」
「ふ〜ん」
それっきり、しばらく会話が中断していたが、
「…ねぇ由乃さん」
「何?」
意を決したような表情で、由乃に話し掛ける祐巳。
「お願いがあるんだけど…、と言っても、そんなに深刻でも難しいものでもないから、軽い気持ちで、ね?」
「別に構わないけど…、どんな?」
「あのね、思いっきり蔑んだような目付きをしながら、思いっきり蔑んだ口調で、私に『バカ』って言ってくれないかな?」
「…はい?」
「だからぁ…」
同じセリフを繰り返す祐巳。
由乃は、何言ってんだこのバカ、とも取れるような目付きで、祐巳をマジマジと見詰めた。
「本当に良いの?」
「うん、是非」
「しょうがないわね」
一つ深呼吸をした由乃、思いっきり人を見下したような目付きで、
「『バカ』」
思いっきり蔑んだ口調で、祐巳に言った。
「ぁぅ」
一瞬、背筋がゾクっとした祐巳、これはなかなかの破壊力だ。
「ちょっと祐巳さん、大丈夫?」
「あー、うん。大丈夫よ」
心配そうな由乃に、笑顔で答える。
「ありがとう。ゴメンね無理言って」
「それは構わないんだけど…、なんだったの?」
「うん、ちょっとした実験かな?」
何だか分からないように、器用に片眉を上げる由乃だった。
しばらくの後、規則正しい足音と共に、扉を開けて現れたのは、白薔薇さまこと藤堂志摩子だった。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう志摩子さん」
「志摩子さんごきげんよう」
「二人だけ?」
「うん、他には誰も来てないよ」
「そう」
それっきり、しばらく会話が中断していたが、
「…ねぇ志摩子さん」
「何?」
意を決したような表情で、志摩子に話し掛ける祐巳。
「お願いがあるんだけど…、と言っても、そんなに深刻でも難しいものでもないから、軽い気持ちで、ね?」
「別に構わないけれど…、なぁに?」
「あのね、思いっきり蔑んだような目付きをしながら、思いっきり蔑んだ口調で、私に『バカ』って言ってくれないかな?」
「…ええと?」
「だからぁ…」
同じセリフを繰り返す祐巳。
志摩子は、何を言ってるのこのスットコドッコイ、とも取れるような目付きで、祐巳をマジマジと見詰めた。
「本当に良いのかしら?」
「うん、是非」
「仕方がないわね」
一つ深呼吸をした志摩子、思いっきり人を見下したような目付きで、
「『バカ』」
思いっきり蔑んだ口調で、祐巳に言った。
「ぅぁぅ」
一瞬、背筋がゾクゾクっとした祐巳、これはかなりの破壊力だ。
「ちょっと祐巳さん、大丈夫?」
「あー、うん。大丈夫よ」
心配そうな志摩子に、笑顔で答える。
「ありがとう。ゴメンね無理言って」
「それは構わないんだけど…、どういうことだったの?」
「うん、ちょっとした実験かな?」
何だか分からないように、両眉を下げる志摩子だった。
更にしばらくの後、ウルサイ足音と共に、扉を開けて現れたのは、黄薔薇さまこと支倉令だった。
「ごきげんよう」
「令ちゃん」
『ごきげんよう黄薔薇さま』
「あれ。二年生だけ?」
「はい、私たちだけです」
「そう」
それっきり、しばらく会話が中断していたが、
「…あの、黄薔薇さま」
「何?」
意を決したような表情で、令に話し掛ける祐巳。
「お願いがあるんですけど…、と言っても、そんなに深刻でも難しいものでもありませんので、軽いお気持ちでひとつ…」
「別に構わないけど…、なに?」
「あのですね、思いっきり蔑んだような目付きをしながら、思いっきり蔑んだ口調で、私に『バカ』って言ってくれませんでしょうか?」
「…はぁ?」
「ですからぁ…」
同じセリフを繰り返す祐巳。
令は、何を言ってるのこのトンチキ、とも取れるような目付きで、祐巳をマジマジと見詰めた。
「本当に良いの?」
「ええ、是非」
「仕方がないなぁ」
一つ深呼吸をした令、思いっきり人を見下したような目付きで、
「『バカ』」
思いっきり蔑んだ口調で、祐巳に言った。
「ぐぁぅ」
一瞬、背筋がゾクゾクゾクっとした祐巳、これはスゴイ破壊力だ。
「ちょっと祐巳ちゃん、大丈夫?」
「あー、ええ。大丈夫です」
心配そうな令に、笑顔で答える。
「ありがとうございました。ゴメンなさい無理を言いまして」
「それは構わないけど…、なんだったの?」
「ええと、ちょっとした実験みたいなものです」
何だか分からないように、口元を歪める令だった。
更にちょっとしばらくの後、大人しい足音と共に、扉を開けて現れたのは、白薔薇のつぼみこと二条乃梨子だった。
「ごきげんよう」
「乃梨子」
『ごきげんよう乃梨子ちゃん』
「乃梨子ちゃんごきげんよう」
「すいません、遅くなりました」
「いいのよ、まだ何もしていないから」
「そうですか」
それっきり、しばらく会話が中断していたが、
「…ねぇ、乃梨子ちゃん」
「何ですか祐巳さま?」
意を決したような表情で、乃梨子に話し掛ける祐巳。
「お願いがあるんだけど…、と言っても、そんなに深刻でも難しいものでもないから、軽い気持ちでひとつ…」
「別に構いませんが…、何です?」
「あのね、思いっきり蔑んだような目付きをしながら、思いっきり蔑んだ口調で、私に『バカ』って言ってくれないかな?」
「…は?」
「だからぁ…」
同じセリフを繰り返す祐巳。
乃梨子は、何を言ってるのこのスカポラチンキ、とも取れるような目付きで、祐巳をマジマジと見詰めた。
「本当に良いのですか?」
「ええ、是非」
「仕方がないですね」
一つ深呼吸をした乃梨子、思いっきり人を見下したような目付きで、
「『バカ』」
思いっきり蔑んだ口調で、祐巳に言った。
「ぐほぅ!」
一瞬、背筋がゾクゾクゾクゾクっとした祐巳、これは凄まじい破壊力だ。
「祐巳さま、大丈夫ですか?」
「あー、うん。大丈夫」
心配そうな乃梨子に、笑顔で答える。
「ありがとう。ゴメンね無理言っちゃって」
「それは構わないんですけれど…、なんだったのですか?」
「うん、ちょっとした実験みたいなものかな?」
何だか分からないように、志摩子に目で問い掛ける乃梨子だった。
更にちょっと数分しばらくの後、足音もなく扉を開けて現れたのは、祐巳の専属アシスタント松平瞳子だった。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう瞳子ちゃん」
『ごきげんよう瞳子ちゃん』
「瞳子、ごきげんよう」
「遅くなりまして、申し訳ありません」
「いいのよ、まだ祥子も来てないし」
「そうですか」
それっきり、しばらく会話が中断していたが、
「…ねぇ、瞳子ちゃん」
「何でしょうか祐巳さま?」
意を決したような表情で、瞳子に話し掛ける祐巳。
「お願いがあるんだけど…、と言っても、そんなに深刻でも難しいものでもないから、軽い気持ちで、ね?」
「別に構いませんけど…、一体何を?」
「あのね、思いっきり蔑んだような目付きをしながら、思いっきり蔑んだ口調で、私に『バカ』って言ってくれないかな?」
「…はあ?」
「だからぁ…」
同じセリフを繰り返す祐巳。
瞳子は、何を言ってるのこのオタンコナス、とも取れるような目付きで、祐巳をマジマジと見詰めた。
「本当によろしいのですか?」
「ええ、是非」
「し、仕方がないですわね」
ちょっと嬉しそうな顔で、一つ深呼吸をした瞳子、思いっきり人を見下したような目付きで、
「『バカ』」
思いっきり蔑んだ口調で、祐巳に言った。
「がはぁ!」
一瞬、背筋がゾクゾクゾクゾクゾクっゾクとした祐巳、これは想像を遥かに上回る破壊力だ。
流石は女優、なにせ、祐巳だけでなく令までゾクっとキているようだから。
「大丈夫ですか祐巳さま?」
「あー…、うん。大…丈夫」
心配そうな瞳子に、無理に笑顔で答える。
「ありがとう。ゴメンね無茶なお願いしちゃって」
「それは構わないのですけれど…、一体何なんですの?」
「うん、ちょっとした実験みたいなものかな?」
何だか分からないように、全員を見渡す瞳子だった。
その後ようやく、静かな足音と共に、扉を開けて現れたのは、紅薔薇さまこと小笠原祥子だった。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう祥子」
『ごきげんよう紅薔薇さま』
「ごきげんよう、お姉さま」
「遅くなってごめんなさいね」
「いいよ、みんなが集まってからでないと進まないからね」
「そう」
それっきり、しばらく会話が中断していたが、
「…あの、お姉さま」
「祐巳、なぁに?」
意を決したような表情で、祥子に話し掛ける祐巳。
「お願いがあるんですけど…、と言っても、そんなに深刻でも難しいものでもありませんから、軽い気持ちでひとつ…」
「別に構わないけど…、何?」
「あのですね、思いっきり蔑んだような目付きをしながら、思いっきり蔑んだ口調で、私に『バカ』って言っていただけませんでしょうか?」
「…え?」
「ですから…」
同じセリフを繰り返す祐巳。
祥子は、何を言ってるのこのゴンタクレ、とも取れるような目付きで、祐巳をマジマジと見詰めた。
「本当に良いの?」
「はい、是非」
「仕方のない子ね」
一つ深呼吸をした祥子、思いっきり人を見下したような目付きで、
「『バカ』」
思いっきり蔑んだ口調で、祐巳に言った。
「ぐぁっはぁ!」
背筋を駆け抜ける強力な電流に打ちのめされた祐巳、これは戦後最大の破壊力だ。
恍惚の表情で、身体を抱き締めながら震わせていた祐巳、力尽きたのか、その場で膝を着いてしまった。
「ちょっと祐巳、大丈夫?」
「あー…、え、ええ…。だ、大丈夫…です」
心配そうな祥子に、かなり無理した笑顔で答える。
「…ありがとうございました。ゴメンなさい無理なお願いしまして」
「それは構わないけれど…、結局何だったの?」
「…ちょっとした実験みたいなものです」
「実験?」
「はい。実は…」
全員、固唾を飲んで、祐巳の次の一言を待った。
「私って、誰に罵られたら一番感じるのかな?と思って…」
こうして、夏辺りから囁かれていた祐巳の真性M説は、真実であることが判明した。