【1022】 生かしては帰さない漆黒の心を吹く風  (ケテル・ウィスパー 2006-01-09 01:34:19)


【No:753】→【No:778】→【No:825】→【No:836】→【No:868】→ 【No:890】→【No:913】の続きです。 期間がずいぶん開いてしまいました。


 走りながら右手に大きい剣(つるぎ)、左手に小さい剣(つるぎ)を握り直し、乃梨子を組み伏している志摩子を横薙ぎに斬りつけるが、一瞬にして3m程も右に飛び退る、その動きは人ならざる者、獣のそれに近かった。

「乃梨子ちゃん! 乃梨子ちゃんしっかりして!!」
「ごほっ! げほっっ!!」

 乃梨子は激しく咳き込み酸素を求めるように大きく体全体で喘ぐ。

「しっかりして、立てる?」

 祐巳は乃梨子の傍らに立って、志摩子の方を睨み警戒しつつ大剣を向けて牽制する。 左手に小剣を握ったままだったが背中で庇っている乃梨子の方に手を差し出す。 呼吸は荒く時々咳き込むが、首を絞められていた時間は短かったようだ、うなずきながらなんとか祐巳の左腕につかまって上半身を起こす乃梨子、目には涙が浮かんでいる。

「ようこそ…祐巳さん……晩餐に…参加してくれるなんて……うれしいわ………メインは…そこにいる乃梨子よ…大事にして…いたから…美味しいはずよ…」

 微笑んでいるのだろう、たぶん。 しかし志摩子の表情は乏しく目は生気を宿していない。 口角だけが不自然につりあがっていた。 乃梨子は祐巳の左腕を伝って立ちあがる、呼吸もだいぶ落ち着いてきたようだ。 開放された左手も志摩子の方に向けた祐巳はどう対処しようかと考える。

「その後で…祐巳さん……あなたも…食べてあげるわ……」

 ざらついた声でそう言うと、志摩子は二人に向かって突進するように走りだす。 予想以上に早い志摩子の動きをなんとか左側によけ顔に向かってきた右手に突きも首を捻ってかろうじてよける。 髪を引っ張られる感触があり、右側のリボンがはらりと宙を舞う。 乃梨子も蹈鞴を踏んだがかろうじて避ける事が出来た。 
 祐巳たちの横を通り過ぎた勢いを一気に殺して間髪をいれずに後ろから乃梨子に襲い掛かる志摩子。 祐巳は体を捻って、乃梨子の肩越しになんとか切っ先を志摩子の顔の前に持って行くことが出来たが、寸での所で上にジャンプされてしまう、何かが当たった感触が二度あった、二度目は布が切れる感触だろう、一度目は……。
 着地音がした方に目を向けるとそこには幽鬼のような志摩子が立っていた。 膝丈のスカートが切れて腿までが露出している、二度目の布を切る感触はやはりこれだった。 すぐに目に飛び込んできた、ザックリと右の乳房が縦に切り開かれていた。 本来なら祐巳すら魅了するような美しく白い乳房なのだろうが、そこにあるのは死斑の浮いた青白い肌と黄色い脂肪、黒に近い粘度高い血がドロリと垂れ落ちている。 痛みなど当に感じなくなっているのだろう、濁った生気の無い目、不自然に上がっていた口角はさらに上がり、まるで口が裂けているように見える。

「くっくっくっくっ……逃げ回らずに…早く楽になりなさい……」

 ゆっくりと間合いを詰めてくる志摩子。 祐巳は逃げ出したい衝動を抑えて奥歯を噛締め、剣を構え直す。

 状況はかなり不利だった、志摩子の動きは肉食獣のように早い、このまま乃梨子を逃がそうとしても捕まってしまうだろう。 二人で逃げたとしても同じこと、先回り先回りされて体力を消耗してしまうだけ。 だいたい剣道すらしたことのない祐巳に、乃梨子を庇いつつ逃げるなどということが出来るのだろうか?
 志摩子は祐巳の施した結界の影響で外には出られない、仮にうまく校外に出ることが出来れば逃げられるが、しかし、その後どうなるのか? 次の犠牲者が出る、それも明日の朝、生徒達が登校してまもなくにでも。 たとえマリア様の前であったとしても、今の志摩子は犠牲者の腸を引きずり出して舌なめずりをするだろう。

 ここで決着をつける必要がある……でも、どうやって?

「さあ…いらっしゃい乃梨子……」
「し、志摩子さん」

 祐巳の陰から志摩子の方を窺う乃梨子。 状況がまるで分からない、志摩子に首を絞められたのもショックだが、祐巳がまるで銅矛のような赤金色に輝く剣を持って悪鬼のような志摩子と対峙していることも、乃梨子を混乱させている。

「…いらっしゃい……乃梨子…」
「だめよ乃梨子ちゃん! 死人の言っていることよ、耳を貸しちゃあだめ!!」
「……し…死人…しま…こさん…が……死ん…で…る……」

 乃梨子は信じられない物、信じたくない事実を突きつけられ大きく目を見開いた。 志摩子の顔色は土気色に近く所々に紫色の斑紋が見受けられる。 組み敷かれた時も、交錯したときも、香水では隠し切れない腐った肉の臭いがした。 
 
「どうやら…祐巳さんから……あなたを…メインにした方が…いいのかしら?……」

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *


「カット〜〜! OKで〜す。 ワイヤーの点検再度確認して!」
「あ、あんなのあり〜? 捉えきれないよ〜早すぎて」
「そ、そですね、びっくりしましたね」
「そう? うまく出来ていたわよ。 でも、裏方さんのおかげだと思うわ」
「…………ちょっと…」
「祐麒たちは……まだ点検中か〜、どうしよう軽くご飯食べておいた方がいいのかな?」
「そうですね、せっかく差し入れのおにぎりとかがあるんですし。 あ、私お茶を入れてきますね」
「………………ちょっと、ちょっと…」
「はい、お茶ならお持ちしましたわ。 菜々ちゃんが膝掛けを持っていますからそちらもどうぞ」
「わ〜〜い。 ありがと〜〜瞳子ちゃん」
「べ、別に祐巳さまのためにしたわけではありませんわ。 そ、その〜…出演者の方々のために……」
「うん、それでもうれしいよ」
「ちょっと!」
「……なにかしら由乃さん?」
「日本茶飲んでくつろいでないでよ志摩子さん。 私の出番は? 今回在ったはずの私の出番はどうなったのよ?!」
「おにぎりにはやっぱり日本茶でしょう?」
「由乃さん、瞳子ちゃんの入れたお茶に不満でもあるのかしら?」
「違う〜〜〜〜!! このシーンの終わりに私が颯爽と出てくる予定だったじゃない。 それがなんで無いのよ?!」
「あ〜〜……長くなりすぎるから次回に持ち越し……だって聞いたような気がする……」
「私は聞いてないわよ! やり直しを要求するわ!! 撮り直しよ、撮り直し!!」
「え〜〜〜? せっかくうまく撮れたと思ったのに〜」
「由乃さん……」
「な、なによ…志摩子さん……」
「あんまり我侭ばかり言っていると……Kさんみたいになってしまうかもしれないわよ?」
「……そ、それは…」
「そうだよ由乃さん、次回で活躍する時間が長くなると思えば…」
「たとえ転んじゃう描写があったとしても、次回の活躍は長くなるんじゃあないですか?」
「そこ〜〜〜〜〜!! 乃梨子ちゃん! ネタばらししちゃだめでしょ!!」
「ちなみに、今回は楽屋話もここまでです。 次回は私、由乃さんに『開き』にされる予定です」
「だ〜〜か〜〜〜ら〜〜〜〜!!」

                    * * * * * 続く・・・・・


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