2月のとある放課後、志摩子さんと待ち合わせをしていた公孫樹の中の桜に近づくと、そこには白ウサギを抱えた佐藤聖さまが居た。
黒のテンガロンハットに黒い革のジャケット&パンツ、真っ赤なシャツに白いスカーフ・・・って、何十年前の特撮ヒーローですかあなたは。
しかし、何故志摩子さんが居なくて聖さまがここに居るのか?
何か用事があって遅れているのかもしれない。聖さまがここに居るのは・・・志摩子さんと聖さまが出会ったというのも私達と同じこの桜の下だったらしいから、何か思うところがあったのか・・・。
とにかく、志摩子さんが来てなかったかどうか訊ねてみればわかることだ。
「・・・えっと、ごきげんよう、佐藤聖さま。志摩子さ・・・お姉さま見ませんでしたか?」
「反応薄いなぁ乃梨子ちゃんは。おばあちゃんは寂しいわ。ねぇ、志摩子」
は?聖さま、今なんとおっしゃいました?
ウサギに向かって志摩子と呼びかけられましたよね?
「・・・あぁ、もしかして、そのウサギにお姉さまの名前をつけて楽しんでいらっしゃる、と」
「うわっ、ひどっ。私がそんな情けない人みたいなことするわけないでしょ。
乃梨子ちゃんは志摩子のことが分からないみたいだよ。ひどいねぇ」
と腕の中のウサギを愛しげに撫でている。小さなしっぽを振って聖さまの手に鼻を擦り付けてる姿は可愛い。
よく見ると、ふわふわで頭の周りだけ薄い栗毛のそのウサギはたしかに志摩子さんっぽいけれど。
でも、さすがにそのウサギを志摩子さんと間違えるなんて・・・。
「ま、大学の科学研究部の薬がすごいんだけどね。人間を動物に変える薬なんて代物創っちゃうんだから」
・・・な、なんですとぉぉぉぉ!?嘘だ!そんなこと。
「でね、志摩子に実験台になってもらったんだ。いつ戻るか分かんないんだけどね」
なにぃぃぃ!?
「でもさ、やっぱ志摩子って可愛いとおもわ「殺す・・・あんたを殺して志摩子さんを助ける!!」
じゃららららっ!ポケットの中から数珠を取り出す。全長2mほどのこの数珠は護身用にとタングステンワイヤー&樫材に改良してある。
「おとなしく志摩子さんを渡して絞め殺されるのと、絞め殺されてから志摩子さんを渡すのと、どちらか選んでください」
「いや、それどっちも殺されるんじゃない、のぉっ!」
びゅっ!っと風を切る音を立てて数珠が聖さまの首へと伸びる、が紙一重で躱されてしまった。
さすが先代白薔薇の名前は伊達じゃないようですね。
「はははは、乃梨子ちゃんの冗談はキツイね」
足元を狙った数珠が地面をえぐる。軽やかなステップで躱されてしまう。
「志摩子さんを渡しなさい」
頭を狙い横薙ぎに払った数珠が髪の毛数本の隙間で見切られ掠めて行く。
それでも腕の中のウサギは暴れず、ふわふわとした尻尾を振って楽しんで居るかのようだ。
「やだよーん。志摩子と私はいつも片手をつないでいる姉妹だからね」
膝を突こうとした数珠も軽く飛んで躱されて行く。
「あなたよりも私と志摩子さんの絆の方が強いんだから!」
もう一度首を狙ったが、紙一重で見切られ、人差し指と中指を立てて『ちっちっち、その腕じゃ日本じゃ二番目だな』って・・・ムカつく〜。
「はっはっは、本当かなぁ?」
縦に鞭のように撓る数珠すらも躱され、聖さまの右手の指二本で受け止められてしまい、つい語気を荒げてしまう。
「私は志摩子さんの側に、一生くっついて離れないんだから!!」
「そんなこと大きな声で、恥ずかしいわ乃梨子」
「はぇ?」
公孫樹の陰から頬を赤らめた志摩子さんが出てきた。
・・・って、えぇぇぇ?こっちに志摩子さん、聖さまの腕の中にも志摩子さん、どういうこと?!
「あちゃー、志摩子もう出て来たの?もう少し乃梨子ちゃんを可愛がりたかったのになぁ」
「そのくらいにして下さい、お姉さま。乃梨子ごめんなさいね。
お姉さまがどうしても乃梨子と遊びたいと言って聞かれないものだから」
いや、”私で遊びたい”の間違いでは?
「んー、素直なのは良いけど、こんな簡単に騙されないようにしないとだめだよ乃梨子ちゃん」
えーっと、やっぱり嘘だったんですか?人間を動物に変える薬なんてある筈ないデスよね。
「うんうん、これだけ志摩子想いの乃梨子ちゃんなら安心安心。んじゃ、またね」
「はい、お姉さまもお元気で」
呆然と立ち尽くす私の頭をポンポンと撫でるように叩くと、聖さまは腕の中のウサギを優しく撫でながら歩いて行った。
「乃梨子、私達も行きましょうか・・・乃梨子?乃梨子!?」
そう言えば、由乃さまが『江利子さま?あいつは永遠のライバルよ!』とか、祐巳さまも『蓉子さまかぁ、一生勝てないおばあちゃんって感じだねぇ』って言ってたっけ。
ははははは・・・私もこの方には勝てそうな気がしないデスよ・・・。
聖さまが歩き去った方向を虚ろな目で見つめつつ、ただその場にへたり込むことしか出来ない乃梨子であった。