【1028】 聖夜に我田引水心ここにあらず  (林 茉莉 2006-01-12 04:01:29)


 あんまりなお話です。最新刊 『マリア様がみてる 未来の白地図』 の余韻を台無しにされるおそれがありますのでご注意ください。
 あまり感情移入し過ぎずにネタと思って軽く読んで頂くことをお奨めします。


  ☆ ☆ ☆


 瞳子ちゃんは祐巳の申し出を断り、ロザリオを受け取ることなく去って行った。
「でも、切ないわよね」
 残された祐巳には、今はただ、お姉さまの優しさだけが心にしみる。
「はい。あの、やっぱりちょっと泣いていいですか」
「ええ」
 祥子さまは両手を広げて、胸をかしてくれた。
「ぅあああーー……」
 祐巳はお姉さまの腕にしがみついて、声をあげて泣いた。
 悲しいのか、悔しいのか、嘆かわしいのか、腹立たしいのか、苦しいのか、わからない。
 ……いや、それは嘘だ。本当はわかっている。でも認めてしまうのが怖かった。
 止めどない涙の訳、それは自分のせいで瞳子ちゃんを傷つけてしまったから。
 瞳子ちゃんが何に苦しみ、何に抗っているのか本当の心はわからない。
 しかし一つだけ言える確かなこと、それは自分が分かってあげようとしなかったことだ。

 偽りの仮面を付けて心を隠し人を寄せ付けようとしない瞳子ちゃんの繊細さを分かっていながら、何することもなくただ傍観していた。否、瞳子ちゃんの求めているのは祥子さまだから自分は一歩退いてあるべきだと決めつけて、瞳子ちゃんに歩み寄ることをしなかった。言い換えればそれは色眼鏡で見ること。自分は心ない周囲の目と同じ目で瞳子ちゃんを見ていたのだ。

 今までに瞳子ちゃんは祐巳にだけは祥子さまにさえ見せることのない素顔の一部を晒してきていた。今にして思えばきっとそれは無意識の内に救いの手を求めていたのだ。なのに祐巳はそれに気づかなかった。いや、本当にそうなのか。本当は気づいていたのに気づかない振りをしていただけではないのか。それによってまるで真綿で首を絞めるように少しずつ、少しずつ瞳子ちゃんを暗い淵へ追い込んでいたのではないのか。

 こんなことは祐巳の独りよがりの妄想に過ぎないのだ。それがわかっていても一端踏み込んでしまった負の螺旋は止まることを知らない。

「申し訳ありませんが、私はセーラのようないい子じゃないんです。聖夜の施しをなさりたいなら、余所でなさってください」
 別れ際にそう言った瞳子ちゃんの、光を宿さない暗く冷たい瞳が瞼の裏を離れない。
 違うの、瞳子ちゃん。施しなんかじゃない。私はただ瞳子ちゃんの側にいたいの、瞳子ちゃんに側にいて欲しいの!
 不意に色眼鏡が外れてみれば、自分はこんなにも瞳子ちゃんのことが気になっている。どうしても手放したくはない、そしてただ共にありたい。強くそう願っている自分がいる。
 だけど遅い。もう遅すぎる。何で今の今まで気づこうとしなかったのか。何で気づいてあげようとしなかったのか。
 祐巳は瞳子ちゃんの気持ちを汲んであげられなかった愚かな自分を悔やんでも悔やみきれなかった。

 メリークリスマス。
 どこか遠くで鐘の音が聞こえる。
 自分には辛い気持ちを受け止めてくれるやさしいお姉さまがいる。一緒に泣いてくれるお姉さまがいる。
 メリークリスマス。
 どうしたら瞳子ちゃんの『本当』に触れられるんだろうか。
 犯してしまった私の罪はいつか許されるんだろうか。
 メリークリスマス。
 震えているのは寒いだけのせいじゃない。
 気が付けばお姉さまも微かに震えている。
 それでもお姉さまは優しく抱きしめ冷え切った心を暖めてくれる。
 こんなにも幸せなはずなのに、なんで涙が止まらないんだろう。

 しかしまだその時の祐巳は知らなかったのだ。人の心が分からないことが、時として幸いであるということを。










(これでまだしばらく祐巳は私だけのモノね!

 瞳 子 ち ゃ ん グ ッ ジ ョ ブ !! )


 祥子さまは歓喜に震え、随喜の涙を流していたのだった。


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