【1049】 わくわくしながらGO  (いぬいぬ 2006-01-23 00:42:11)


『・・・・・・・・・から張り出す前線の影響で、関東地方にも15〜30cm程の積雪の恐れがあります。明日の朝までの各地の予想降雪量は・・・・・・』




 1月のとある日、リリアンのある武蔵野の地に、珍しく大雪が降った。それも、膝下まで雪に埋もれて歩くことになる程の量が。
「・・・・・・・・・寒い! 」
 祥子は、寒さに対する不機嫌さを隠す事無く、眉間にシワを寄せながら薔薇の館へと向かっていた。
「まったく・・・ 冬休みという物は、寒さで学業に支障をきたすから休む物なんだから、こういう日にこそ適用するべきじゃないの! 今度お父さまに言って文部科学省に圧力掛けてもらおうかしら? 」
 何も知らない山百合会ファンが聞いたら、耳を疑うようなセリフをブツブツと呟きながら、一刻も早く安息の地(薔薇の館)へとたどり着くべく、早足で歩いていた。
 その時、祥子は校庭の片隅に佇む少女の姿を見て足を止めた。
「あれは・・・・・・祐巳? 」
 それは、まぎれも無く祐巳だった。
 祐巳は、除雪の済んでない真っ白な一画を見つめたまま動かない。
( 何か悩み事でもあるのかしら? )
 祥子は姉バカである事を自覚しつつも、何か悩みがあるなら相談に乗ろうかと、祐巳のもとへと近付いて行く。
 しかし、祐巳まであと20m程の地点に来たところで、違和感に気付く。
( え? 笑ってる? )
 正確には、笑っていると言うよりも、ワクワクした顔であった。
 何かを期待して喜んでいる。そんな顔のまま、祐巳は尚も雪に覆われた一画を見つめている。
( 何がそんなに嬉しいのかしら・・・・・・ )
 祐巳が悩んでいる訳では無さそうだと気付き、祥子は思わず立ち止まり、祐巳を観察し始めた。
 すると、祐巳はキョロキョロと辺りを見回し始めた。祥子は何となく物陰に身を隠してしまう。
( 一体何を? )
 祥子が益々不信感を強めていると、祐巳はウンと一つうなずき・・・
「 せ〜の・・・ とうっ! 」
 両手を広げ、華麗に飛び立った。

 ひゅうぅぅぅぅん・・・・・・   ぼすっ!!

 そして見事に大の字になり、全身で着地。積もった雪に埋もれ、祐巳の姿が見えなくなる。
( ?! )
 祐巳の突然の行動が理解できず、祥子は固まってしまった。
 困惑する祥子をよそに、祐巳は何事も無かったかのように起き上がる。そして、自分の周りの雪を崩さないように、そ〜っと立ち上がる。
( 何? 何がしたかったの? あの子は )
 祥子が尚も観察を続けていると、起き上がった祐巳が自分の飛び込んだ雪原をみて、満足そうに“にへら”っと笑う。
「えへへへ・・・ 」
 まだ誰も足を踏み入れていない雪原に、自分の体で最初の痕跡(大の字)を残す。そんな子供のような達成感に、祐巳は大満足だった。
 祐巳は、自分の横に置いてあったゴミ箱を抱えると、笑顔のまま急いで校舎のほうへと戻って行った。どうやら、焼却炉にゴミを捨てに来て、真新しい雪原を見つけてしまい、我慢できずに飛び込んだらしい。
 後姿までもが嬉しそうな祐巳を見送り、祥子は祐巳の飛び込んだ辺りに歩み寄る。
「そういう事・・・・・・ まったく、子供なんだから」
 雪原に残された大の字を見て、祐巳が何をしていたのか理解した祥子は、思わず苦笑していた。
「こういう事は、初等部の頃にするものでしょうに・・・ 」
 祥子は、そんな子供じみた妹の行動に、何だか暖かい気持ちになっている自分に気付く。
 あの子の素直な行動には、本当に驚かされる。
 そして自分が忘れていた、いや、忘れようとしていた気持ちに気付かされたりする。
(まったく・・・ あなたを妹にしてから、私の知らなかった素敵な物を教えられてばかりね )
 先程まで苦痛に感じていた寒ささえ忘れ、祥子は微笑みながら雪原を見つめた。
( ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ )
 雪原には、祐巳の作った大の字の隣りに、まだ真新しい部分が残っている。
( ・・・・・・・・・・そんなに気持ち良いのかしら? )
 祥子は、辺りに人がいないかを確認しようと、キョロキョロと周りを見回し始めた。
 そして、誰もいない事を確認すると・・・
「 せ〜の・・・ とうっ! 」
 両手を広げ、華麗に飛び立った。

 ひゅうぅぅぅぅん・・・・・・   ごすっ!!

 なんだか鈍い音が響き渡った。






「・・・・良く積もったわねぇ、センター試験に影響しなければ良いけど」
 憂鬱な顔で雪に覆われたリリアンを見ながら、蓉子は帰宅しようとしていた。
 すると、雪原に何やら黒っぽいモノが埋もれているのに気付いた。
「 ? 」
 何だろう? 疑問を放置できない性格の紅薔薇さまは、黒っぽいモノの正体を確かめるべく、それが横たわる方向へと歩み寄っていった。
「何だか人みたいな・・・・・・ 祥子?! 」
 黒っぽいモノの正体に気付いた蓉子は、ザクザクと雪をラッセルしながら、うつ伏せのまま大の字になっている祥子に近付く。
「祥子! どうしたのこんな所で! 祥子!! 」
 返事が無い。
 蓉子は慎重に祥子を抱き起こした。
「祥子!! 」
「・・・う〜ん」
 蓉子の呼びかけに、微かにうめく祥子。見れば、額に大きなタンコブが出来ている。
「祥子! どうしたの、そのコブは! 何があったの!? 」
「・・・う・・・・・・お姉さま? 」
「そうよ。どうしたの?祥子。何が・・・ 」
「鳥になったのれす」
「・・・・・・はい? 」
 祥子の目の焦点が合っていない。
「祐巳とわたひは、華麗に舞う鳥・・・・・・ みたいな? 」
「ちょっと祥子! しっかりしなさい! ・・・・・・・・・いったい何が? 」
 蓉子は祥子の身に何が起こったのか見極めるべく、辺りを見回す。すると、祥子の隣りにももう一つ、祥子よりも小さい大の字の人型があるのに気付いた。
「もしかして・・・・・・ あなたもやってみたくなったの? 真新しい雪原に大の字」
 祥子らしくない。そんな事を考えていると・・・
「ゆみぃ・・・ わたひも飛んだのよぉ」
「・・・・・・・・・なる程、こっちの人型は祐巳ちゃんか・・・ 影響力が強いのも考えものね」
 祥子の横たわっていた所を見ると、両手に少し余るくらいの大きさの石が、ちょうど人型の頭の部分に転がっていた。おそらく、全体重を乗せてダイビングヘッドバットをかます形になったと思われる。
 事態を正確に理解した蓉子は、とりあえず祥子を保健室に運ぶべく抱え挙げる。
「頭を打ってるから、病院で検査を・・・ 」
「ヴフフフフフ・・・ 天使がキラキラと舞い降りてくるぅ・・・ 」
「やばいわねコレ・・・ 祥子! 気をしっかり持ちなさい! 」
「ああ、そこで手招きしているのはお爺様。今、私もそこに行きますぅ」
「ちょっと! ダメよそっちに行っちゃ・・・ って、貴方のお爺様まだ生きてるでしょ! しっかりしなさい! 」
「アア祐巳、だめよそんな、服を脱いだりしちゃ・・・ え? 良いの? サービスタイム? ・・・じゃあ遠慮無く・・・・・・ 」
「どんな幻覚見てんのよ! しっかりしてよ! 色んな意味で! 」
 育て方間違えたかなぁ・・・ 蓉子がそんな事を考えつつ必死に祥子を抱えて歩いていると、進行方向に、もう一人うつ伏せに倒れている人影がある事に気付いた。
「え? ちょっと貴方、いったいどうしたの・・・って江利子?! 」
 倒れていたのは江利子だった。うつ伏せに倒れ伏し、お腹の辺りを押さえている。
「・・・う・・・・・・蓉子」
「江利子、どうしたの? 具合が悪いの? 」
 蓉子が心配そうに聞くと、江利子は息も絶え絶えに答えた。
「苦しい・・・ 」
「苦しいって、お腹でも苦しいの? 」
 すると、江利子は顔を上げて答えた。
「笑い過ぎてお腹苦しい・・・ 」
 江利子はモノスゴイ笑顔だった。おまけに涙なんか流したりしていた。
「・・・江利子? 」
「だって・・・飛び込んだ瞬間“ごすっ”って音が・・・ あはは・・・は・・・く、苦しい、お腹痛い・・・」
「見てたんなら助けろよ!! 」
 どうやら江利子は、祥子のダイビングの一部始終を目撃していたらしい。そして、予想外のオチに今まで笑い転げて身動きがとれなかったようだ。
「お腹痛い・・・ 私も保健室に連れてって・・・ 」
「知るか!! むしろそのまま雪に埋まってなさい!! 」
 薄情な友人に雪よりも冷たい一言を投げかけて、蓉子は先を急いだ。
 すると、そんな蓉子に声をかけてくる人物がいた。
「紅薔薇さま・・・ 」
「由乃ちゃん? 」
 その人物は、由乃だった。蓉子とは反対側から祥子の脇に自分の頭を通し、肩で祥子を支える。
「私も手伝います」
「ありがとう。助かるわ」
(なかなか的確な行動をしてくれるわね。この子がいれば、来年の山百合会も安心だわ)
 そんな事を蓉子が考えていると、由乃がふと、祥子の額を見た。そして・・・
「・・・・・・ぶふっ! だ、ダメ! 我慢できない・・・ 」
 吹き出した。
「・・・・・・由乃ちゃん? 」
「だって・・・ “ごすっ”って・・・・・・“ごすっ”って音がぁ・・・ ぷふっ! 」
「オマエも見てたんかい!! 」
 由乃は、祥子を支えたまま笑い出してしまった。
「まったく、どいつもこいつも! 」
 蓉子は役に立たなくなった由乃を放置し、鬼の形相で先を急いだ。
 すると、校舎に入る所で、今度は志摩子に出くわした。
「紅薔薇さま? どうなさったんですか? 」
「志摩子・・・・・・ 」
 先程の黄薔薇家の事が頭をよぎり、なんとなく身構えてしまう。
(・・・・・・笑ってはいないわね。・・・って、さすがに志摩子はそんな子じゃないか)
 疑心暗鬼に陥っている自分に気付き、蓉子は溜息をつく。
 すると、志摩子は祥子の額のコブに気付き、じっと見つめた後、真剣な表情でこう言った。
「あの、私も手伝います! 」
「ありがとう、助かるわ」
 良かった。来年の山百合会も、志摩子がいてくれれば何とかなるだろう。
 蓉子がそんな事を思いながらほっとしていると、志摩子はニッコリと笑っておもむろにこう続けた。
「埋めるなら私、御聖堂の裏手に良い死角を知って・・・・・ 」
「誰が祥子を埋めると言ったぁぁぁぁぁっ!!! 」
 冬の校舎に、蓉子の絶叫が響き渡った。



(ダメだ。来年の山百合会はもうダメだ)
 まだ何やらブツブツと呟き続ける祥子を抱えたまま、絶望感に立ち尽くす紅薔薇さま。
(いっそもう全て雪に埋もれて、何もかも無かった事になんないかなぁ・・・ ) 
 どうやら紅薔薇さまには、卒業の瞬間まで気の休まるヒマは無さそうである。
 
 
 


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