ここはリリアン女学園。
マリア様のお庭に集う少女たちが、心安らかに日々を過ごす地上の楽園。
けれど、そこに通う生徒たちは知らない。この平和な日々が誰かの手で守られているということを。
楽園にも、時にはその和を乱さんとする『闇』が現れる。
そしてこれは、その『闇』と戦う、決して表舞台には現れることのない、
二人の少女の物語である――
† † †
「ぅぇへへへ……祐巳さま、祐巳さま……はぁはぁ……」
「ドリドリィ〜☆ 祐巳さまステキですわドリドリィ〜☆」
夕暮れのキャンパスに、二つの不気味な影が存在していた。一方のシルエットは驚くほど背が高く、もう一方は頭の左右にくるくるの縦ロールがついている。
細川可南子と、松平瞳子。
リリアン女学園に通う二人の生徒――だが、どこか様子がおかしかった。
「あぁ……祐巳さま。祐巳さまを思い切り高い高いして差し上げたい……はぁはぁ」
「あぁ……祐巳さま。祐巳さまを思い切りドリルで貫きたい……ドリドリィ〜☆」
少し前を行く紅薔薇のつぼみこと、福沢祐巳。その姿を見詰める二人の目は、どこか危険な色を宿していた。普段とあまり変わらないよ〜な気もするけれど、はぁはぁぶりが普段の3倍増しである。
「くっふふふ……今日は邪魔な紅薔薇さまはお休み。チャンスですわよ、瞳子さん?」
「ええ、可南子さん。拉致って捕らえてドリドリィですわよ」
頷きあう二人の背後に、ずもももも、と黒いオーラが立ち上った。二人はそっと足音を忍ばせ、前方をのんびり歩く紅薔薇のつぼみに接近する。
「はぁはぁ……ゆ、祐巳さまぁ……」
「はぁはぁ……ゆ、祐巳さまぁ……ドリドリィ☆」
平和でボケボケっとした顔で歩く紅薔薇のつぼみまで、あと3歩。
正に二人が地面を蹴って襲いかかろうとした、正にその瞬間だった!
「お待ちなさい、かしら!」
「かしらかしら、そこまでかしら!」
鋭い制止の声が響き、可南子と瞳子の足元に、銀色に輝くロザリオが打ち込まれる。
「ぬぅ!」
「ドリィ☆」
慌てて後ろに飛びのく二人の前に、ふわりと音を立てずに二つの人影が舞い降りる!
「かしらかしら、見つけたかしら!」
「邪悪な存在、許さないかしら!」
リリアン女学園の制服に身を包み、ふわふわと重力を無視して浮かぶ、二つの影!
そう、その正体は――!
「マリア様のお庭で不埒な真似は許さないかしら!」
「癒し系魔法少女、敦子と美幸、参上かしら!」
正体バレバレ、敦子と美幸だった!
「可南子さんと瞳子さんの、祐巳さまを想う気持ちを誑かすなんて許さないかしら!」
「かしらかしら、許さないかしらー!」
ビシッと手にした聖書を突きつける二人に、可南子と瞳子は気圧されるようにじりっと一歩下がった。
「ドリドリィ☆ やはりあなたたちが癒し系魔法少女でしたのね、敦子さん、美幸さん!」
「聖書朗読クラブなら、常に聖書を携帯していてもおかしくない……そういうことね」
可南子がなるほどと頷いて、敦子と美幸を鋭く見据える。
「ぅあ……に、睨んでも怖くないかしら……」
「せ、聖書の調べを聴いて浄化されるかしらぁ……」
ちょっとへっぴり腰だが、敦子と美幸は素早く聖書を開いて身構える。
そう、リリアン女学園を守る癒し系魔法少女の武器は、リリアンっぽく聖書なのである。
「面白い……私の、祐巳さまを高い高いして差し上げたいと想う気持ちを、あなたたちに止められるかしら!?」
可南子が素早く地面を蹴った! 元々運動神経の高い可南子の運動能力は、邪悪な何かの影響で3倍増しだ! 残像すら残す勢いで突進する可南子に対して、敦子が素早く聖書をパタンと閉じた!
「聖書朗読・アタ〜〜〜〜〜ック!!」
ごずめり。
敦子が突き出した手に握られた聖書が!
突進した可南子の顔面にめり込んだ!!!
「ぶ、物理攻撃……!?」
空中で聖書に顔面から突進する形になった可南子が「それ反則ぅ」と呟きながら地面に落ちる。その隙を敦子も美幸も見逃さなかった。
「せ、聖書朗読アタックアタックアタックアタックアタックアタックアタック!」
「アタックかしらアタックかしらアタックかしらアタックかしらアタックかしら!」
ごず、めご、ごき、ごめ、ごりごり。
そんな擬音を発して、癒し系魔法少女の聖書朗読アタックが可南子の背中や後頭部に打ち下ろされる!
「や、止めてぇーーーーーーーーー!」
聖書朗読アタックの聖なる力の波動に耐え切れなくなった邪悪な何かが、泣きながら可南子の体から飛び出していく。決して物理的にボコられて泣いているわけではないので、念のため!!
「はぁはぁ……やったかしら!」
「癒し系魔法の前に敵はないかしら!」
ふぅ、と爽やかな汗を拭って二人の魔法少女は爽やかな笑みを浮かべ、もう一人の邪悪なる者に視線を転じる。
「さぁ、瞳子さんに取り付いたアナタ! アナタも聖書の調べを聴いて癒されるかしら!」
「マリア様の御言葉に耳を傾けるかしら!」
ちょっぴり強気に宣言する二人に、残った瞳子が笑みを浮かべる。
「ふふふ……可南子さんを祓ったくらいで、調子にのらないで下さいませ、ドリドリィ☆ 私の祐巳さまをドリルで貫きたい願望は、その程度で怯むものではありませんことよ、ドリドリィ☆」
不敵に笑う瞳子の縦ロールがうにょうにょと動き、シャキンと音を立てて硬化する!
「喰らいなさいですわ……必殺、デモンズ・ドリル!」
瞳子が叫ぶと同時に地面を蹴る!
キランと鋭くドリルを輝かせながら、瞳子はえいやと敦子にキックをお見舞いした!
「あいた! ど、ドリルじゃないのかしら!?」
「う、嘘吐きは泥棒の始まりかしら!」
よろめく敦子をフォローするように、美幸は聖書を閉じて大きく振りかぶった!
「聖書朗読アターーーーーーーック!」
ガィィィン!
鋭く打ち下ろされた聖書の固い背表紙が、金属音を立てて何かに阻まれる!
「か、かしらぁ!?」
「盾ロール・モードの前に、聖書の背表紙など無力ですわドリィ☆」
ドリルから素早く盾ロールに変形した瞳子の髪に、必殺の聖書朗読アタックを封じられた美幸が、驚愕の表情で立ち尽くす。
「そして今度こそ……デモンズ・ドリルーーー! ですわドリィ☆」
「かしらかしらーーー!」
「きゃあー、かしらー!」
再びドリル形態になった瞳子の髪の一撃に、敦子と美幸は吹き飛ばされた。
「く……髪の毛だから痛くないけど、厄介かしら」
「かしらかしら」
必殺の聖書朗読アタックを破られ、ダメージを食らった(よ〜な気もする)二人は、焦りの色を滲ませる。
「おーほほほほ! 癒し系魔法少女、敗れたりですわ! ドリドリィ☆」
高笑いをする瞳子に、敦子と美幸は素早く視線を交錯させた。
「こうなったら、奥の手かしら! 美幸さん!」
「分かったかしら、敦子さん!」
二人は素早く手を握り合うと、それぞれもう一方の手に握った聖書を天高く掲げる。
「ブラック・バイブルーーー!」
「ホワイト・バイブルーーー!」
ドドーン、と落雷にも似た何かが、二人の聖書に降り注ぐ!
「ぬ……何事ですの!? ドリィ☆」
驚く瞳子の眼前で、光に包まれた敦子と美幸が、今正に必殺技を繰り出そうとする!
「マリア様の美しき魂が!」
「邪悪な心を打ち砕く!」
『癒し系魔法! ホーリーバイブル・スクリューーーーー!!』
七色に包まれた敦子と美幸は、手にした聖書を大きく後ろに引き絞り――
『マーーーーーーーーックス!!』
投擲した!!
ごめり。
鋭く投じられた聖書を顔面でキャッチし――
瞳子はぱたり、とその場に倒れたのだった……。
† † †
ここはリリアン女学園。
マリア様のお庭に集う少女たちが、心安らかに日々を過ごす地上の楽園。
けれど、そこに通う生徒たちは知らない。この平和な日々が誰かの手で守られているということを。
「かしらかしら、ごきげんようかしら〜」
「可南子さん、瞳子さん、ごきげんようかしら〜」
「ああ、敦子さん、美幸さん……」
「ごきげんようですわ……」
ふわふわと挨拶をする敦子と美幸に、可南子と瞳子はどこか元気なく挨拶を返した。
「かしらかしら、元気ないかしら?」
「どうかなさいましたかしら?」
「なんだか少し、頭が痛くて……」
「可南子さんもですの? 私も朝から頭痛が止まらないのですわ」
「まぁ、それは大変かしら」
「かしらかしら、大変かしら」
敦子と美幸はふわふわと首を捻りながらしばし考え――
「そんな時は、聖書朗読かしら」
「お二人とも、是非とも聖書朗読クラブへお入り下さいかしら」
ふわふわと笑みを浮かべて携帯サイズの聖書を差し出す二人に。
可南子と瞳子は揃って悪寒にも似た何かを感じ、謹んで二人の厚意を辞退するのであった。
ここはリリアン女学園。
その平和を守る二人の癒し系魔法少女の正体と存在を知る者は、今のところマリア様しかいない。