ごきげんよう、諸君。
私が松平家当主、スペシャル・ラブリー&グレート・プリティな瞳子の父である!
日頃から可愛い我が瞳子を可愛がって頂いて至極感謝である。が、しかし! 最近急増している可愛い瞳子を邪な目で見る輩は今度切りに行くので覚悟しておくが良い! 瞳子に近付く悪い虫は、私が切り捨ててくれる! こんなにも可愛い瞳子を思う気持ちは分かるが、出直して参れ、この虫けらどもがっ! ふんぬぬぬ……!!!
はっ……失礼、取り乱してしまったようだ。
今日は特別に、可愛くて可愛くてその可愛さは将来世界の社交界を席巻すること間違いなしの我が愛娘、瞳子と私の日常をお知らせしよう。ふっふっふ、親ばかと呼ぶなら呼ぶが良い、私は瞳子のためなら小笠原家にも口喧嘩までならする覚悟である! すげぇぜ、お父さん! 頼りになるぜ、お父さん! 瞳子、お父さんをもう少し誉めてくれても良いんじゃないかな!?
さて、本日は日曜日。今日ばかりは瞳子も少しお寝坊さんだ。すーすーと、可愛い寝息を立ててベッドに横になっている瞳子が、今、正に私の目の前にいる! ぬっはぁぁぁ! 可愛い、可愛すぎるよ、愛娘! お父さんは嬉しい! 今、無性に嬉しい! っくはぁー!!
「ふふふ、瞳子、朝だぞー。朝ごはんが出来てるぞー。さぁ、起きなさーい」
「すーすー」
優しく揺り動かした私に、瞳子は可愛らしい寝息で応える。はぁはぁ。
その白磁のような頬が、まるでアレだ。私のおはようのキスを待ち侘びているかのようではないかね!? そうだ、そうだとも! 思えば4歳の頃まで、瞳子のことは私がそうやって起こしてあげていたではないか! 5歳の時に照れて引っ叩かれて以来ご無沙汰ではあるが、瞳子だって照れてるだけだとも! 応、その通りだとも!!
「瞳子ちゃ〜ん、起きましょうね〜。んー……」
「何をしてるんですか旦那さまぁ!!」
ドン! ごろごろごろ……ごめし。
突如現れたメイドに横から突き倒されて、私はクローゼットにしこたま後頭部を強打した。
「ぬぅ、彩子くん、何をするのかね!」
「それはこちらのセリフですわ、旦那さま! 私の瞳子お嬢様に何をなさるおつもりですか!?」
「誰のだね、誰の! 瞳子は私の娘だよ、君ぃ! それに私はただ、瞳子におはようのキスをしようとだな……」
「おはようのキスですって!? 旦那さま、お嬢様はもう16歳なのですよ! もうそんなお年ではありません!」
「ぬ、ぬぅ……!」
メイドの癖に妙に迫力ある彩子くんに気圧された私の眼前で、彩子くんが瞳子を揺り動かす。
「おはようございます、お嬢様。朝ですよ」
「ん……彩子さん……おはよう、ですわ……」
もそもそと起き上がる瞳子は、ちょっとぼんやりしていてとても可愛い。うむ、瞳子可愛いよ、瞳子!!
「はい、おはようございます。――ちゅ☆」
「ぬぁあああああああああああああああああああああああ!?」
起き上がった瞳子のほっぺに、彩子くんがキスするのを見て、私は思わず叫んでいた。
「あ、彩子くぅん! 君は! 君は! 何をしているのかね!?」
「おはようのキスですわ、旦那さま」
「君は! 君は過去の自分の言動をお忘れかね!? にわとりでももう少し記憶力を持っていると私は愚考するのだがどうかね!?」
「まぁ、旦那さま。私と旦那さまは別ですわ。――ね、お嬢様?」
「ぬぅ、瞳子! 瞳子も何か言ってあげなさい! あ、彩子くんは瞳子に、おはようのききききき、キスなどをだねぇ!」
「き……」
詰め寄った私を見て、瞳子が目を丸くして言った。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
瞳子。
悲鳴を上げて私を追い出すとは、どういうことなのだね……?(涙)
そんな朝のスキンシップを終え、私は仕事に出掛ける。仮にも松平グループを束ねる身、悲しいかな瞳子と日曜日をエンジョイするなんて時間はそうそう取れないのである。
「――このように、我が社の製品は従来のものに比べて30%のコストダウンを実現しまして――」
そんなどこかの会社の営業トークを、私は不機嫌に聞き流していた。正直、私にとっては30%のコストダウンなどどうでも良い。それよりも、最近すっかり私のスキンシップを拒むようになってしまった瞳子のことの方が気がかりである。
(ぬぅ……瞳子、どうしておはようのキスをさせてくれないのだ……)
説明を終えた取引先の社長を睨みつつ、私は自問する。
まぁ、アレだな。きっと照れてるだけなのだろう。何しろ瞳子の将来の夢は、お父様と結婚すること(@3歳の頃)だからな!
「……そ、そういえば、ですね。松平社長」
「……なんだね?」
「いえ、その……ははは、最近、うちの娘がですねぇ……」
私の不機嫌な空気に耐えられなかったのか、その社長は引きつった笑いで世間話などを始める。
曰く、最近娘さんが冷たいだとか。
洗濯物を別にされるだとか。
なんと言うか……涙を誘う話である。
「そうか……苦労しているのだね、君も」
「はぁ……。松平社長のところも、お嬢様がいましたよね。とても可愛らしいと評判の」
「む……ま、まぁ、それほどでもあるがな」
「お嬢様はいかがですか? 洗濯物とか」
「はっはっは、私はそこまでは嫌われておらんよ。まぁ確かに、最近少し照れてスキンシップが減ってはいるがね」
「そうですか……いや、羨ましいですな。うちの娘もお嬢様のように、もう少し優しい子でしたら、良かったのですが」
はぁ、とため息を吐くその社長に、私は歩み寄って握手をしていた。
「まぁ元気を出したまえ! きっと娘さんも照れているだけだとも! おお、そうだ。ところでこの製品、コスト30%ダウンだそうだな! うむ、良かろう、早速契約しようではないか! はっはっは、きっとこれで君の娘さんも、君を尊敬するだろう!」
「は、はい! ありがとうございます!」
頭を下げる、娘に洗濯物を別にされている社長に、私はうむうむと頷いた。
そうだとも、確かに最近スキンシップは減っているが、なんの、優しい瞳子はそこまで私を嫌ってはいないではないか! ぬっはっはっは、いやむしろ、瞳子は私を愛しているに違いない! くぅぅ、照れ屋さんな瞳子もまた、可愛いではないかね、諸君!?
その日の帰宅は午前1時過ぎ。さすがに瞳子も既に寝ている時間だった。
「……仕方あるまい。寝る前に瞳子の寝顔でも見て寝るか……」
私は一日の疲れを引きずりながら、そっと瞳子の部屋のノブを回し――
「……ん?」
ドアには鍵でもかかっているのか、ノブは一向に回らなかった。
「あー、彩子くん、彩子くん」
ちょうど通りかかった彩子くんを呼び止める。
「なんだか、瞳子の部屋に鍵がかかっているようなのだが?」
「ええ、今日の昼間に業者の方に来ていただいて、中から鍵をかけられるようにしました」
「そうなのかね? まぁ、確かに最近は物騒だからな。しかし、それでは朝など、不便ではないかね?」
「あぁ、それなら大丈夫です、ここに鍵がありますから」
彩子くんがポケットから鍵を取り出す。
「一応、奥様や他のメイドも持っていますので、ご安心下さい」
「む、そうかね」
なるほど、と頷いて手を出した私に。
彩子くんはにっこり笑って言った。
「もちろん、旦那さまのはございません」
「…………………………………………………………………………………………」
呆然と立ち尽くす私に、彩子くんが立ち去り際に、声を掛ける。
「あ、それと。旦那さま、旦那さまの洗濯物は、今日から青い籠に入れてくださいませ」
「な、ななななななな、何故かね!?」
「お嬢様のリクエストです」
「…………………………………………………………………………………………」
サラッと言い残して立ち去る彩子くんを見送った私は……
私は……
「ぬ、ぬおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
固く閉じた瞳子の扉と、格闘を始めた。
瞳子、瞳子……可愛い私の瞳子!
照れているだけだよね、瞳子!
お父さんを嫌っていないよね、瞳子!?
バキッと音がして、ノブが壊れた。
父の愛は、たかが鍵一つくらいの障壁など、物ともしないのである!
「瞳子ー! 今、今お父さんが行くぞ! 瞳子ーーーーーーー!!」
ばりばりばりばりばりばり……!!
一歩部屋に踏み込んだ私を、おっそろしいほど強力な電撃が貫いた。
瞳子……。
いくらなんでも、電撃トラップまで仕掛けなくても……良いんじゃないかなぁ……。
薄れ行く意識の中――
私はまだ小さい瞳子の、可愛らしい笑顔を見たような気がしたのだった。