「〜♪」
特に意味もなく、気分だけで鼻歌を歌いながらクラブハウスの階段を上るのは、新聞部部長山口真美だった。
廊下に適当かつ無造作に並べられた、各クラブの荷物を軽快に避けながら、新聞部室に向かう。
扉を開けようと、取っ手に手をかけたその時。
『うわ〜!』
部屋の中から、部員たちのおそらくは感嘆の声が聞こえた。
何の話をしているのかちょっと気になり、取っ手からそっと手を離した真美は、音を立てないように、扉の前で耳を欹てた。
『どう?スッゴイで………これ』
なにやら自慢気に聞こえるその声は、真美の姉であり前部長、築山三奈子のものだった。
『大きい〜』
『こんなの入る……すか〜?』
所々が聞き取り難くく、話の内容を想像で補完するしかない状態。
『もち……よ。入るかどうか試し……る?』
『でも、私たち初め………ですし』
『大丈夫、一度……しまえばあとは……だから』
『じゃぁちょっと…』
『おっと、それはまた後でね。先に………くことがあるわ』
急に声音を変える三奈子。
何かを感じたのか、更に中に集中する真美。
『なんでしょうか?』
『いい?私たちがヤルことは、…に危険よね』
『はい』
『だから、万が一のために、コ…ド…ムを付けておく必要が…わ』
よく聞こえなかったが、何か聞き捨てならない単語を聞いたような気がする。
止めるべきか、それとも…?
「ごきげんよう真美さん。…何やってるの?」
「シィー!静かに!」
器用に小声で叫ぶ真美に、訝しげに眉を顰めたのは、声をかけた張本人、写真部のエースこと武嶋蔦子だった。
室内の音を盗み聞きしているのは、言われるまでもなく分かっているのだが、それが三奈子だというのならともかく、真美がしているとは、蔦子にも予想外の出来事。
なんとなく興味を惹かれ、蔦子も同じようにドアから聞こえる声に集中する。
『コ……ーム、ですか?』
『そう、これさえ付けていれば、もし……が漏れてしまっ…安全だから』
『そうですね』
『さぁ、好きな色…選び…』
『わたしはグリーン…』
『私は赤いのが…』
『じゃぁワタクシは青い…』
「なんで色なんて選ぶのかしら?」
訝しげに呟く蔦子。
途中からしか聞いていないため、どうも要領を得ていないようだ。
「………」
最初から聞いていた真美、漏れ聞こえてくるそれぞれセリフの、聞き取り難い部分を無理に補完すればするほど、変な方向に想像してしまい、顔が段々赤くなってくる。
『早速付けていいですか?』
『ええ、ちょっと待っ……。すぐに取り出……』
「ちょっと待ったぁ!!」
ドバムと扉を開けて、転がり込むように室内に足を踏み入れた真美は、大声で三奈子を制止した。
『!?』
イキナリ乱入した真美に、目を白黒させる三奈子と部員たち。
「お姉さま!部室でいったいナニをしているのですか!?」
「何って…。可愛い後輩たちに、部員としての心得と、元部長である私の輝かしい歴史の足跡を教えているだけなんだけど」
「へ?」
三奈子と部員たちの前には、今にも溢れそうなぐらいの、古新聞や原稿用紙、かわら版の準備稿、フロッピーディスク等が詰まったダンボールが置いてあった。
資料と称して、有名どころの新聞やトースポダイスポなども詰め込んでいるため、余計に嵩が増している。
「じゃぁ、スゴイとか大きいって…」
「このダンボールや、入ってる原稿の量よ」
「入るかどうかって話は?」
「みんなに渡したダンボール箱を置くスペースのこと」
「じゃぁ、危険なことって…」
「張り込みや潜入って危険よね。中には反発する相手もいるから」
「じゃぁその…コなんとかを付けるって話は…」
「コードネームよ。名前を知られると面倒だし、情報を漏らさないように、それぞれ決めておけば安全でしょ」
「それじゃ、色は何を…」
「それぞれの箱に、コードネームに含まれている色を貼っておけば、どれが誰のだか一目で分かるでしょ」
「じゃぁ、さっきまでの会話は…」
「だから、最初に言った通りよ」
ガックリと、その場で跪く真美。
自分が想像していたことを思い返すと、顔から火が出そうなくらいに恥ずかしい。
「どうしたの真美?大丈夫」
慌てて真美の元に駆け寄る三奈子。
真美は、三奈子の顔を見ることが出来ず、ひたすら俯きつづけるだけだった。
「真美さん、何を考えていたのかはあえて聞かないけど…」
蔦子が、真美の横にしゃがみつつ、その背中をポンポンと叩く。
「どうやら、想像が過ぎたみたいね」
その言葉に、更に顔を上げることが出来ない真美だった。
これ以降、部長が認めた正規の資料・原稿・版下以外、部室に置くのは禁止とされた。