【1075】 最新式叫びながら大パニック  (朝生行幸 2006-02-04 11:43:54)


 夜の10時、小笠原邸。
 紅薔薇さま──リリアン女学園高等部では、ロサ・キネンシスとして崇め奉られている生徒代表の一人──小笠原祥子が、小さなライトが一つだけ灯った薄暗い自室で、だらしなく頬をニヤケさせながら、ほくそえんでいた。
 白磁のような白い肌、長く綺麗な髪、切れ長の目付き、高い鼻、薄赤い整った唇、そんな誰もが感嘆し嫉妬する美しい顔が、全て台無しだった。
「うっふっくっくっふっふっく……」
 はっきり言って、気持ち悪いことこの上ない。
 祥子の目の前には、ドアとしての機能を満たしてはいないが、誰がどこから見てもドアにしか見えないドアがある。
「うっふっく、小笠原グループが総力を結集して作り上げた、この『どこでもド…げふん、『自分が行きたいところに好きなように行けるドア』…。とても素晴らしいわ!と言っても、試作品なのでせいぜい半径50km以内が限度なのだけれど」
 見た目はまったく某漫画に出てくる便利な道具とそっくりなのだが、ドアノブの下に、パネルのようなものが付いているのが相違点と言えるだろう。
「ここに住所を入力すれば、行きたい場所にすぐ行けるって寸法よ!」
 不自然に一人で説明セリフだが、まぁそこは勘弁していただきたい。
「早速祐巳に…」
 最愛の妹、紅薔薇のつぼみ福沢祐巳に、真っ先に教えてあげたいとは思ったものの、他の皆に自慢したい気持ちもある。
「いえ、祐巳は最後にして、二人で存分に楽しむことにしましょう。まずは他の皆に教えてあげなければ…」
 祥子は、ドアを使う前に、いそいそと外出着を纏い、靴を小脇に抱えて、どこに行っても大丈夫な姿になっておいた。

 パネルに行きたい住所を入力し、『GO』ボタンをぽちっとなと押せば、ドアが一瞬白い光に包まれ、通行可能を示すグリーンのライトが点灯した。
「行くわよ令、この素晴らしい装置をあなたに見せてあげるわ〜」
 ガチャリと音を立て、ドアを潜り抜けた祥子。
 一歩踏み出したその先は、妙に白く霞んでいて、前がよく見えない。
「あら…?間違ったの…かしら」
 立ち込める、まるで煙のような湯気のような白いもやを手で振り払っていると…。
「祥子!?」
 聞き慣れた声が反響しながら、祥子の耳に届いた。
 声の方を見れば、そこには黄薔薇さま──ロサ・フェティダとして崇め奉られている生徒代表の一人──支倉令が立っていた。
 湯船の中、胸元を両手で隠した状態で。
 そう彼女は、入浴の真っ最中なのだった。
 健康的な肌に、少し広い肩幅、鍛えられているはずなのにまるで損なわれていないメリハリのあるスタイル。
 明るいショートヘアに、鋭くも優しい目付きの、まるで少年のようなその顔は、多少困惑気味ではあったが。
「令?令なのよね?」
 探るように、少しづつ前進する祥子。
「キャァ!」
 今更ながらに可愛い悲鳴を上げて、令は湯船にその身を隠した。
「ど、どうして祥子がここに?」
「ええ、あなたに見せたい物があって…。でもあなた、どうして裸なの?それに、ここはどこ?」
 まだ分かっていないようだ。
 檜で出来た、それは広くて立派な浴場だと言うのに。
「…いやあの私、入浴中なんだけど」
「ああ、それで…、え?」
「………」
「ご、ごめんなさい!」
 謝ると同時に、大慌てで扉をくぐる祥子だった。

「はーはー、まさかお風呂場に繋がっているなんて…」
 しばらくして、ようやく気を取り直した祥子は、パネルに行きたい住所を改めて入力し、『GO』ボタンをぽちっとなと押せば、ドアが一瞬白い光に包まれ、通行可能を示すグリーンのライトが点灯した。
「行くわよ志摩子、この素晴らしい装置をあなたにも見せてあげるわ〜」
 ガチャリと音を立て、ドアを潜り抜けた祥子。
 一歩踏み出したその先は、妙に白く霞んでいて、前がよく見えない。
「あらら…?また間違ったの…かしら」
 立ち込める、まるで煙のような湯気のような白いもやを手で振り払っていると…。
「祥子さま!?」
 聞き慣れた声が反響しながら、祥子の耳に届いた。
 声の方を見れば、そこには白薔薇さま──ロサ・ギガンティアとして崇め奉られている生徒代表の一人──藤堂志摩子が立っていた。
 湯船の中、胸元を両手で隠した状態で。
 そう彼女は、入浴の真っ最中なのだった。
 白く滑らかな肌に、ややなで肩、出るところは出て、引っ込むところは引っ込む、高校生には見えないグラマーな身体付き。
 フワフワ巻き毛に、静かな目付きの、まるで西洋人形のようなその顔は、多少困惑気味ではあったが。
「志摩子?志摩子なのよね?」
 探るように、少しづつ前進する祥子。
「きゃぁ!」
 今更ながらに可愛い悲鳴を上げて、志摩子は湯船にその身を隠した。
「ど、どうして祥子さまがここに?」
「ええ、あなたに見せたい物があって…。でもあなた、どうして裸なの?それに、ここはどこ?」
 まだ分かっていないようだ。
 古くはあるが、それでも大きくて清潔な浴場だと言うのに。
「…いえあの私、入浴中なんですけど」
「ああ、それで…、え?」
「………」
「ご、ごめんなさい!」
 謝ると同時に、大慌てで扉をくぐる祥子だった。

「はーはー、まさかまたお風呂場に繋がっているなんて…」
 しばらくして、ようやく気を取り直した祥子は、パネルに行きたい住所を改めて入力し、『GO』ボタンをぽちっとなと押せば、ドアが一瞬白い光に包まれ、通行可能を示すグリーンのライトが点灯した。
「行くわよ由乃ちゃん、この素晴らしい装置をあなたにも見せてあげるわ〜」
 ガチャリと音を立て、ドアを潜り抜けた祥子。
 一歩踏み出したその先は、妙に白く霞んでいて、前がよく見えない。
「あららら…?また間違ったの…かしら」
 立ち込める、まるで煙のような湯気のような白いもやを手で振り払っていると…。
「祥子さま!?」
 聞き慣れた声が反響しながら、祥子の耳に届いた。
 声の方を見れば、そこには黄薔薇のつぼみ──ロサ・フェティダ・アン・ブゥトンとして次代の薔薇さまがほぼ約束されている──島津由乃が立っていた。
 湯船の中、胸元を両手で隠した状態で。
 そう彼女は、入浴の真っ最中なのだった。
 透き通るような白い肌に、細い肩、凹凸があまり無い身体付き。
 波打った茶色い髪に、挑戦的な目付きの、まるで猫を彷彿とさせるその顔は、多少困惑気味ではあったが。
「由乃ちゃん?由乃ちゃんなのよね?」
 探るように、少しづつ前進する祥子。
「キャー!」
 今更ながらに可愛い悲鳴を上げて、由乃は湯船にその身を隠した。
「ど、どうして祥子さまがここに?」
「ええ、あなたに見せたい物があって…。でもあなた、どうして裸なの?それに、ここはどこ?」
 まだ分かっていないようだ。
 モダンではあるが、それでいて現代的な浴場だと言うのに。
「…いえあの私、入浴中なんですけど」
「ああ、それで…、え?」
「………」
「ご、ごめんなさい!」
 謝ると同時に、大慌てで扉をくぐる祥子だった。

「はーはー、まさか三度も風呂場に繋がっているなんて…」
 しばらくして、ようやく気を取り直した祥子は、パネルに行きたい住所を改めて入力し、『GO』ボタンをぽちっとなと押せば、ドアが一瞬白い光に包まれ、通行可能を示すグリーンのライトが点灯した。
「行くわよ乃梨子ちゃん、この素晴らしい装置をあなたにも見せてあげるわ〜」
 ガチャリと音を立て、ドアを潜り抜けた祥子。
 一歩踏み出したその先は、妙に白く霞んでいて、前がよく見えない。
「あらららら…?また間違ったの…かしら」
 立ち込める、まるで煙のような湯気のような白いもやを手で振り払っていると…。
「祥子さま!?」
 聞き慣れた声が反響しながら、祥子の耳に届いた。
 声の方を見れば、そこには白薔薇のつぼみ──ロサ・ギガンティア・アン・ブゥトンとして次代の薔薇さまがほぼ約束されている──二条乃梨子が立っていた。
 湯船の中、胸元を両手で隠した状態で。
 そう彼女は、入浴の真っ最中なのだった。
 きめ細かい肌に、なだらかな肩、着痩せするのか見た目よりはややふくよかな身体付き。
 肩口でバッサリ切り揃えられた黒髪に、達観したような目付きの、やや無表情とも思えるその顔は、多少困惑気味ではあったが。
「乃梨子ちゃん?乃梨子ちゃんなのよね?」
 探るように、少しづつ前進する祥子。
「キャァ!」
 今更ながらに可愛い悲鳴を上げて、乃梨子は湯船にその身を隠した。
「ど、どうして祥子さまがここに?」
「ええ、あなたに見せたい物があって…。でもあなた、どうして裸なの?それに、ここはどこ?」
 まだ分かっていないようだ。
 いかにもマンション風の、あまり大きくない浴場だと言うのに。
「…いえあの私、入浴中なんですが」
「ああ、それで…、え?」
「………」
「ご、ごめんなさい!」
 謝ると同時に、大慌てで扉をくぐる祥子だった。

「はーはー、それにしても、どうして風呂場に繋がるのかしら…」
 この手の道具は、入浴中の浴室に繋がるものと相場は決まっているものだが、漫画を殆ど読まない祥子には、知る由も無い。
 しばらくして、ようやく気を取り直した祥子は、もう他の人に見せるのは諦めて、パネルに一番最初に行きたかった場所、即ち福沢家の住所を入力した。
 これまで全て浴室だったのだから、今度もきっと祐巳の入浴中に繋がるに違いないと、かなりの下心で『GO』ボタンをぽちっとなと押せば、ドアが一瞬白い光に包まれ、通行可能を示すグリーンのライトが点灯した。
「行くわよ祐巳、この素晴らしい装置をあなたにも見せてあげるわ〜」
 ガチャリと音を立て、嬉々としてドアを潜り抜けた祥子。
 一歩踏み出したその先は、妙に白く霞んでいて、前がよく見えない。
「うふふ、予定通りね」
 立ち込める、まるで煙のような湯気のような白いもやを手で振り払っていると…。
「祥子さん!?」
 くぐもった声が反響しながら、祥子の耳に届いた。
 声の方を見れば、そこには紅薔薇のつぼみ──ロサ・キネンシス・アン・ブゥトンとして次代の薔薇さまがほぼ約束されている──福沢祐巳が立っていた。
 浴槽の外、泡立つタオルを持った状態で。
 そう彼女は、祥子の期待通り、入浴の真っ最中なのだった。
 女の子にしては妙にガッシリしており、広い肩、予想以上に胸が無い身体付き。
 やや茶がかった髪に、丸い目付きの、まるで狸のようなその顔は、多少困惑気味ではあったが。
「祐巳?祐巳なのよね?」
 探るように、少しづつ前進する祥子。
「ど、どうして祥子さんがここに?」
「ええ、あなたに見せたい物があって…。でもあなた、どうして裸なの?それに、ここはどこ?」
 分かっているのに、分かっていないように振舞う祥子。
「…いえあの、入浴中なんですけど」
「ああ、それで…、え?」
 その時、『自分が(省略)ドア』から吹き込んだ微かな風が、辺りのもやをサッと払う。
 次の瞬間、目の前の祐巳らしい人物の、その全貌が明らかになった。
 祐巳には絶対にあるハズの無い物を、曝け出した状態で。
「………」
「………」
 あまりの出来事に隠すのも忘れている花寺生徒会長──祐巳によく似ているが別人であり、実はその弟である福沢祐麒──と。
 ある一点を、微動だにせず凝視したままの祥子と。
 本来なら有り得ないシチュエーションで、そのまましばしの時が過ぎ…。
「キャァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
 祥子の絶叫が、福沢家の浴室に轟いた。

 ほうほうの体で、自室に逃げ帰った祥子。
 彼女は、二度と『自分が(省略)ドア』を使うことはなかった。


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