【No:105】 柊雅史さま作 『アルバムを見せたらいつでもカメラ目線』 から繋いでみました。
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ぼとり。
気を取り直して、愛しい蔦子さまの写真整理のお手伝いに再度挑戦した笙子は、今度は手に持っていた写真の束を取り落とした。
白薔薇さまは怖いので、その他の面々の写真の事前仕分けに手を出してみたのだが…。
「っっつしゃこしゃみゃあ?」 咽に引っ掛って、巧く言葉に出来ない。囁き程にしかならない呼び掛けでは、再び写真の吟味に没入している蔦子の注意を引く事は出来なかった。 笙子はコクリとつばを飲み込んで咽を湿らせると悲鳴のような声を上げた。「蔦子さまぁ!!」
「うん?」 ようやく反応してくれた蔦子さまの口元がだらしなく緩み、ちょっぴり濡れたように光っているのは見なかった事にしよう。 大事なのは、笙子の表情に気がついた蔦子さまが血相を変えて心配してくれていると言う事実ですもの。 と、かろうじて稼動中の『蔦子さまラブ回路』が心の片隅でメモリを蓄えているのとは裏腹に、主演算装置はネズミ車のようにカラカラと空回りして手元がおぼつかない。
「これ」 震える指が示す先には、今まで整理していた写真の束が広がっている。 笙子が頼まれたのは、ピンが甘いのや、背景の写りこみが雑然としているもの。ハレーを起こしているものなど、所謂ミスカットをはじく作業である。いかな写真部のエースと言えども100枚撮って100枚がベストショットとは行かない。むしろ、100枚とってベストショットが1枚残れば上等。60枚は失敗作であり、39枚は少女たちの心をくすぐっても感動はさせない。そんな物である。 曲がりなりにもモデルをやっていた事のある笙子には、結局写真と言うのは体力と数、という真理を充分理解していた。
そうして「蔦子さまにお願いされちゃった♪」と楽しく整理していたのは。
「ああ、乃梨子ちゃん。白薔薇のつぼみだね。この子がどうかした?」
笙子の体調が悪いのでも、黒い羽の悪魔が出たわけでもないのを悟った蔦子が、やや緊張を緩めて問う。
「あの」 もちろん笙子とて白薔薇のつぼみの事は知っていた。 極北のクールビューティとか、白薔薇さま近衛騎士とか、最凶不敗の造型師とか、多くの二つ名ををもつ同じ学年の少女である。 クラスメイトの中にも、同学年にもかかわらず大人びた感じの彼女のことを、隠れてお姉さま付けで呼ぶ一派が存在する事も知っている。
「どれどれ」
蔦子が依頼したのは、ここ数ヶ月の未整理の分である。入学当初に目を付けた鉄壁の無表情。時々見せるやや家さぐれた拗ねた表情。白薔薇さまと出会った後に見せるようになったほんのりと暖かい笑み。写真を繰るごとに季節が下がってゆく。
「うん? これは」
ふと手を止めた蔦子がまじまじと1枚に見入る。次の1枚。次の1枚。ある1点だけを確認しながら次々に繰る手はやがて止まった。
「この写真など、とてもあからさまでしょう。」 ようやく言語機能が再起動を果たした笙子は、言葉すくなに指で押さえた。
白薔薇のつぼみの下校風景。 …秋の夕暮れ。 金色に染まる銀杏並木の中を、やや半身振り返って歩くすがた。 左手の指先に絡められた巻き毛。 隣はおそらく白薔薇さま。 愛しい人へ向ける飾らない好意の微笑み。これだけなら勇んでパネルにもするが。
「目線が来てる。」
その視線だけが、氷点下の鋭さでカメラレンズの中心を貫いていた。これは疑いようも無く、判って観ている。
「うぬ。さすがに白薔薇の近衛騎士と称される娘。姉も姉なら、妹も。 …白薔薇恐るべし。」
「蔦子さま〜。」 とうとう半泣きになってしまった笙子をやさしく抱き寄せ頭をなでて慰める。
「まあ、世の中には一筋縄では行かない相手も居るという事ね。」 ことさら明るく茶化して言うが。 そう言えば先代さまも殆んど撮らせてくれなかったなぁ。 対写真技術というのは、白薔薇一族の継承技(スキル)なのかしらん。 口の中だけでポソリと呟くと、今は頭を切り替えて、怯えてしまった愛しい笙子を慰める事に専念する蔦子だった。
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「まあ、でも。この位で敗北宣言するつもりも無いわよ。 何しろ私はエースだし。」