「う〜〜ん……」
祐巳さんは悩んでいた。
こんな時、祐巳さんの百面相はとても便利で、書類仕事を前にして一向にペンを進めようとしない祐巳さんを見ても、誰一人として文句を言おうとはしなかった。
それはそうだろう。あんな風に「私、悩んでます!」って顔をされてしまったら、少なくとも山百合会の人間は、何も言えなくなってしまう。
平々凡々を絵に描いたような祐巳さんだけど、困っているなら手助けしてあげたくなっちゃうし、悩んでいるなら話を聞いてあげたくなってしまう、稀有な雰囲気の持ち主。
実のところ山百合会の進行方向を舵取りしているのは、祐巳さんなのかもしれない。
「――ね、由乃さん」
「え、なに!?」
うんうん悩んでいた祐巳さんに呼ばれて、由乃は素早く反応した。視界の隅で祥子さまが「え、なんでそこで由乃ちゃんなの!?」みたいな表情を浮かべてがっくり来てたみたいだけど、気にしないことにする。祥子さまには悪いけど、祐巳さんの親友ナンバー1の座は、目下由乃の指定席で、譲る気はないのだ。
「あのね、ちょっと聞きたいんだけど……」
祐巳さんが体を寄せて、こそこそっと耳打ちしてくる。本人は内緒話のつもりなんだろうけれど、耳がすっかりダンボになっている一同には、きっちり聞こえているだろう。
祥子さまも志摩子さんも、乃梨子ちゃんや令ちゃんまで、意識をこっちに向けて適当に書類をめくっている。仕事になってない。
「瞳子ちゃんのことなんだけど」
「瞳子ちゃん。ふむ……瞳子ちゃんがどうかしたの?」
瞳子ちゃんの名前に、祥子さまと乃梨子ちゃんがピクッと肩を震わせる。この手の話題は特にこの二人の興味を引く話題だろう。
「なんだかねぇ、最近瞳子ちゃんの態度がよそよそしい、と言うか。変なんだよね」
「そうなの?」
「うん。今日も一緒にお昼でも、って誘ったのに、用事があるんですって断るし……」
はぁ、と溜息を吐く祐巳さん。聞いていた由乃は「え、それだけ?」って拍子抜けした思いだった。
だって瞳子ちゃんだって人の子だ。しかも部活動に所属していて、別に山百合会の人間でもない。そりゃ、忙しい日だってあるんじゃないだろうか。由乃だって令ちゃんの誘いを断ることはしょっちゅうだし、祐巳さんからの誘いを涙を飲んで断ることがある。
「最近、ってことは、ここのところずっとそうなの?」
「昨日は一緒したんだけど……もしかして私、昨日何かしたかなぁ?」
う〜んと首を捻る祐巳さんに、由乃は苦笑した。やっぱり、大したことはなかったようだ。
「大丈夫でしょ。たまたま今日は忙しかっただけなんじゃないの?」
「そうかなぁ?」
「そうよ。明日また誘ってみればいいじゃない」
「う、うーん……そうだね。うん、そうしてみる」
由乃のアドバイスに祐巳さんが頷いた。
「ルンルンルン、ランラン♪」
祐巳さんは浮かれていた。
こんな時、祐巳さんの百面相はとても便利で、書類仕事を前にして一向にペンを進めようとしない祐巳さんを見ても、誰一人として文句を言おうとはしなかった。
それはそうだろう。あんな風に「私、嬉しいんです!」って顔をされてしまったら、少なくとも山百合会の人間は、何も言えなくなってしまう。
平々凡々を絵に描いたような祐巳さんだけど、喜んでいるなら一緒に喜んであげたくなっちゃうし、楽しいことがあったなら是非とも話を聞いてあげたくなってしまう、稀有な雰囲気の持ち主。
実のところ山百合会の進行方向を舵取りしているのは、祐巳さんなのかもしれない。
「ねぇねぇ、由乃さん」
「ん、な〜に?」
くいくい、と袖を引っ張ってくる祐巳さんに、由乃は満面の笑みで振り返った。視界の隅で祥子さまが「え、なんでそこで由乃ちゃんなの!?」みたいな表情を浮かべてがっくり来てたみたいだけど、気にしないことにする。祥子さまには悪いけど、やっぱり祐巳さんの親友ナンバー1の座は、目下由乃の指定席で、譲る気はぜ〜ったいにないのだ。
浮き沈み激しい祐巳さんの気分。
それに振り回される、リリアン女学園最高権力機関、山百合会。
明日のテンションは果たしてどっちか――?
それはきっと、明日の天気を予想するより難しい。