【1101】 静天然系二人きりで  (投 2006-02-09 18:08:04)


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火曜日、放課後。

学園祭もあと二週間足らず、となると合唱部も当然忙しい。
今日は掃除当番ではないから、早速音楽室に行って練習しないと。
リリアンで歌うのはもしかしたら、今度の学園祭で最後になるかもしれないから。

「あら?」
なぜか扉が半開きになっている。
まだ掃除が終ってないのかしら?
そう思って覗いてみたけれど、どうやら誰もいない様子。
閉めるのを忘れたのだろうか?
中に入って扉を閉める。
と、次に私が目にしたのはグランドピアノ。

……先客がいたのね

椅子に座って、ピアノに両腕を枕にして顔をこちらに向けている。
普通なら気付くはずだけど、こちらに気付かないのでどうやら眠っているようだ。
そっと、起こさないように近づいてみる。

少女、それもとびきりの美少女が眠っていた。
瞑っている眼から一筋の涙が零れている。

絵になるわね……。

眠っている美少女にグランドピアノ、更には涙。物悲しげな光景。
絵にして飾っておきたいくらいの神々しさが、そこにはあった。

まぁ、絵心はないけどね。
それにしても、こんな子がいるとは驚いたわね。
ああ、そう言えば少し前に噂があったような気がする。
『謎の美少女、突如現る』だったかしら?
知り合いの新聞部の方が、インタビューをしようとしたが、
断られたとか言ってたような記憶があるし。
この子のことかしら?

それよりも、まだ他の人は来ないから大丈夫だけど、起こした方がいいかしら?
そんな事を思っていたけど、それは少女が自分で起きた事で杞憂に終わる。

「ごきげんよう」

まだ寝ぼけているのか、ぽぅっとしている少女に挨拶してみるけれど返事はない。
しばらくそのまま見ていると、ばっと上体を起こし、あたふたと慌て始める。
こちらに気付き、ばつの悪そうな顔をした後に、笑顔でごきげんようと返してきた。

面白い子ね。

悪い意味ではなく、良い意味でそう思った。
百面相とでも言えばいいのだろうか?
表情がよく変わる様は、とても可愛らしい。
けど、その笑顔は少し曇って見えた。
私はポケットからハンカチを取り出し、少女に差し出す。
少女は首を傾げて、私とハンカチを不思議そうな表情で見比べる。

「目、赤いわよ」

え?と驚いた顔をしたあと、自分の頬を右手の人差し指で少しこすり、納得したようだ。

「あの、自分のハンカチがありますから」

そう言って、やんわりと私の申し出を断って、自分のハンカチを引っ張りだす。
涙の跡を拭いている少女に私は尋ねてみた。

「なにかあったの?」

本来なら聞くべき事ではないと思う。
でもこの時、私は何故か少女の事が妙に気になっていた。

「それは……」

少女は言いにくそうに口を閉ざしてしまった。

「ああ、ムリに言わなくてもいいのよ、私が勝手に気にしただけだから」

そう私が言うと、少女は少し安心したような表情をみせた。
だから続ける。

「ただ、何故かしらね?あなたのその笑顔が曇って見えたから……」

少女は驚いたような顔をして私を見つめてくる。
本当に表情のよく変わる子だ。
もし、あの人の事がなければ妹に選んでいたかもしれない。

「なんで……、そう見えたんですか?」

「泣いてたから。嬉し涙って訳ではなさそうだし、それに……、そうね。
 昔、と言ってもそんなに昔でもないんだけど、同じような顔をしていた人を知っているから……」

それは、あの人があの出来事から立ち直りかけていた頃に見た笑顔。
そして、かつての私がしたことのある笑顔。
悲しくて、でも表に出さないようにして、ムリに作った笑顔だからよく知っている。

少女は、知らないうちに私が出した信号のようなものを感じたのかもしれない。

「……悲しかったんです」

ぽつりと少女は零した。

「誰でも良かったのかなって、私じゃなくても。誰でも良かったのかなって、
 そう思ったらすごく悔しくって。でもそれよりもずっと悲しくて、
 その人に会ったのはまだ三回目だったんですけど、それでも大好きだったから……。
 ほとんど一目惚れだったんですよ」

どうやら少女は誰かに裏切られたか、それに近い事をされたようだ。
そして、そのせいで彼女の笑顔は空っぽになってしまった。

「悲しかったのね」

「……はい」

「たくさん泣いた?」

「……いいえ、泣きませんでした。終わったと認めたわけじゃありませんから」

え?

少し驚いた。
終わったと認めたわけじゃないって、
そんな言葉が出てくるとは思わなかったから。

「終わったって思ったけど、諦められないですから。嫌いって言ってしまったけど、
 それでも諦められないですから」

「そう、強いのね」

「強いんじゃないんです。ただ、弱くはなりたくなかったから」

弱くなりたくない……、か。

「それに、本当に弱いところを見せたいのは一人だけですから……」

「そう……」

だからこの子は泣かなかった。
きっと、傷ついた時もこの少女は泣いてない。
少女を傷つけてしまったのが、ただ一人弱いところを見せてもいい相手だから。
なるほど、十分強いと思うわよ?
この子にそこまで想われてる人が羨ましい……。

それにしても、私が心配する必要は無かったわね。
今はまだ笑顔は曇ってるけど、きっと晴れる。
だってこの子は諦めてない。
前に進もうとしてる。自分の力で、自分の意思で。
それに、この子が好きになった相手なら、きっとその人もこの子の事が好きだろう。
こんなに素敵な子が好きな人なんだもの。

けれど、もし、本当にありえない話だと思うけど、
それでもこの子の笑顔が曇ったままなら、そうね……。
留学を取り消して、この子の姉になるのもいいかも知れないわね。

「あの、すみません。こんな事……」

「いいのよ。それよりそろそろ行くんでしょ?」

「あ、はい。お手伝いの約束があるので」

「そう。頑張ってね」

はい……、そう言って少女は扉に向かいかけたところで、何かを思い出したように振り向く。

「あの……、私は一年『待って』……え?」

少女のセリフを遮って、私は続ける。

「名前はいいわ。少しだけだったけど弱みを私に見せちゃったでしょ?
 だから、そうね……。自己紹介はあなたの笑顔が元に戻った時にしましょうか。
 その時は、弱みを見せちゃった事なんて吹き飛ぶくらいの笑顔でお願いね」

少女は驚いたような顔をしていたけど、少し微笑んで、
はい……、と応えた。

「ごきげんよう」

「ごきげんよう」

少女は去った。お手伝いって言っていたけれど、そこにきっと一番好きな人がいるのだろう。
それでいい、応援してるわよ。

ふふふ、少し悪戯っぽく笑う。
本当の笑顔を取り戻して、次に会った時に私だって気付くかしら?
まだ二ヶ月近くあるけれど、冬休みにはずっと伸ばしてきた髪を切ろうと思う。
もしかしたら、気付いてくれないかも知れない。
その時はまた、お互い初対面で「初めまして」もいいと思う。


さぁ、学園祭まであと少し、私も頑張ろう。


あの少女の想いが、想い人に伝わりますように。
私の想いを、いつかあの人へ伝えることができますように。
私はそっと歌を紡ぎだす……。




 祈りをこめて、想いをのせて、歌ってみるのは素敵でしょう?




まだまだまだまだ続く……のか?


※設定2 「変わってる部分」のところ 思い込んでしまうこともあるけど、
    ちゃんと前を見て進む強さがある。

※設定4 ??(バレバレですw)
    祥子との連弾シーンは設定と話の都合上ありえないので登場。
    姿は見えずとも同じ学園内ですし…

※設定? 内緒♪
    設定1 あとは内緒、に連動。
    見つけても気にしちゃ駄目。間違いでは無いのであしからず

設定2の隠し部分は『レイニー』時ではないのでこれ位で落ち着くのがちょうどいいかな、
と最初から考えていたので。なので祐巳の立ち直り(?)が早めです。


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