祐巳は丁寧に蒸らしたお茶を入れ、瞳子ちゃんの前にカップを置いた。
「昨日はありがとうね。結局、見つかるまで付き合わせちゃって」
学園祭が一段落して、あまり薔薇の館を訪ねることのなくなった瞳子ちゃんを招いてのおもてなし。二人だけの薔薇の館はすごく静かで、瞳子ちゃんもなんとなくそわそわしている。
昨日、図書館で眠ってしまわれた祥子さまを探してくれた人のほとんどは、昨日のうちにお礼を言った。でも瞳子ちゃんだけは、気が付くといなくなっていた。わざわざ戻ってきてまで探すのを手伝ってくれたのに、お礼の言葉も言えなかったのはすごく残念だったから、こうして薔薇の館に招いたのだ。
お礼を兼ねてるわけだから、瞳子ちゃんの好みに合わせて、丁寧に入れたお茶を出す。
「いえ、祥子さまが心配でしたから」
「うん、私も心配だったから、瞳子ちゃんも一緒に探してくれて心強かったよ」
瞳子ちゃんの両手をぎゅっと掴む。瞳子ちゃんは一瞬びっくりしたように祐巳を見たが、すぐ視線をそらすと、そうですかと抑揚のない声で呟いた。
そうだよね。祐巳が勝手に心強く思ったからって、祥子さまが心配で探した瞳子ちゃんにとってはそう言われたって困るだけだろう。でもそれとお礼したいという気持ちは関係ない。瞳子ちゃんが一緒に探してくれて嬉しかったことは変わりないのだから。
「ええと、祐巳さま。……このままではお茶が飲めません」
「わ。ごめん。つい無意識に」
ぱっと握った手を離すと、強く握りすぎてたのか、瞳子ちゃんは祐巳に握られた手の甲を胸元でさすった。
「本当は私が出向くべきだったんだけど、乃梨子ちゃんが瞳子ちゃんを薔薇の館に呼んでお礼を言うように強く勧めてね」
あの後、瞳子ちゃんにお礼を言えず残念そうにしてたら、明日の放課後、絶対に瞳子を薔薇の館に行かせますと、なぜか乃梨子ちゃんが強硬に主張したのだ。
きっと、その方がお礼がゆっくり言えるし気持ちが伝わると考えてくれたのだろう。いずれにせよ、乃梨子ちゃんの言うことだから、その方が良いに違いない。
「祐巳さまじゃじゃなくて、乃梨子さんの発案ですか……」
あ、あれ? なんか少し元気がなくなった感じ。縦ロールも心なしか少ししんなりしている。な、何か拙いこと言ったかな……。
祐巳が不安でどきどきしてると、瞳子ちゃんはそんな祐巳に気付いたのか、わざとらしく意地悪な笑みを祐巳に向けた。
「でも、今度は要件をお忘れにならなかったようで、安心しましたわ」
「むー、昨日のことは悪かったって謝ったのに」
瞳子ちゃんが、もうそのことは怒ってないって何となく判ったから、祐巳も笑顔で謝った。
と、そこにビスケット扉をノックする音が聞こえた。
山百合会のメンバーならそのまま入ってくるので、どうやらお客さんらしい。誰だろうと疑問に思う間もなく、聞き慣れた声がかけられる。
「祐巳さん。いる?」
「あれ、その声は蔦子さん。どうぞ入って」
「それじゃ遠慮無く」
新たなお客さんを招く。蔦子さんは中の様子をひょいと見て苦笑を浮かべた。
「あら、お邪魔だったかな」
「邪魔なんて、そんなことあるわけないよ」
蔦子さんは祐巳の了解を得ると、瞳子ちゃんの方にも目を向けた。瞳子ちゃんがぶっきらぼうに、そんなことありませんわと応えると、蔦子さんは制服のポケットから数枚の写真を取りだした。
「それがね、いい写真が撮れてね。現像できたから、持ってきたんだ」
「わあ。昨日、三奈子さまと一緒に祥子さまを探してたときの写真だ」
歩きながらどこにいるのか考えていたり、三奈子さまと相談したりと、捜索の様子がよく判る組み合わせになっている。
それにしても、この写真を撮った時には撮影に夢中で声をかけられず、次に現れた時には、真美さんを伴って閲覧室に登場というのは、ある意味とても蔦子さんらしい。
「あ、そうそう。その直後の瞳子ちゃんの写真もあるわよ」
「え?」
興味ありませんとばかり黙々とお茶を飲んでいた瞳子ちゃんが顔を上げた。
蔦子さんが取りだした写真には、縦ロールを揺らし廊下を全力疾走してる瞳子ちゃんが写っていた。祥子さまを探して東奔西走してる感じが良く出ている。
瞳子ちゃんがその写真を見て硬直する。すると蔦子さんがにやっと笑って呟いた。
「誰のためか知らないけど、必死だよね」
「つ、蔦子さま!!」
あれ、蔦子さんは祥子さまのためって知ってるのに、どういう意味? それにそう言われて、瞳子ちゃん焦ってるみたいだし。
「それじゃ、私は用があるからこれで失礼!」
蔦子さんはさっと逃げるように、薔薇の館から出て行った。そんな蔦子さんを、握った拳をぷるぷる震わせ顔を耳まで真っ赤にして見送る瞳子ちゃん。
そんなにこの写真が恥ずかしいのかなあ?
スカートのプリーツとかばっさばっさしてるからちょっと恥ずかしいのは判るけど、祥子さまのために一生懸命で凄く可愛いと思うんだけどな。それに、さすがは蔦子さん、気持ちが伝わってくるほどよく撮れてるし。
「って、何見てるんです。人の写真をじろじろ見るなんて、失礼ですわ!」
瞳子ちゃんは首を傾げる祐巳の手から写真を奪い取ってしまった。
結局、そのあと斜めになってしまった瞳子ちゃんのご機嫌を祐巳が宥めるのに、かなりの時間を要したのは言うまでもない。