【1121】 世界中の誰よりも嬉しい  (投 2006-02-13 21:24:06)


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友達とお別れしたくなかった。
マリア様なんて信じられなくなった。
この街を離れたくなかったのに、お願いを聞いてはくれなかったから。
桜の花の咲き誇る頃、この街を離れる前の最後の日曜日に、両親と弟の四人で遊園地に行った。



後夜祭。
音を立てながら炎が天に向かって伸びていく。
今日だけの為に準備された紙や板切れなどが集められ、思い出を炎に替える。
グラウンドの中央では、生徒達を中心にファイヤーストームが行われていた。
私のクラスの『十字架の道行』は、絵と解説文をセットにして学園に残される事となった。
私はシンデレラの台本を炎の中に投げ込んだ。
これで何も残らない。残らないから思い出はより鮮やかに心の中に焼き付けられる。
あの、お気に入りだった紅いリボンのように……。



両親は弟を連れてお手洗いに。
私はお手洗いから少し離れた場所で待っている。
道行く人達は楽しそうに笑いながら過ぎて行く。
今、迷子になったら、この街からいなくならなくて済むだろうか?
ムリ、迷子になったら両親は私を探すだろう。
お気に入りだった髪を括っている左右の紅いリボンを外した。
これならすぐに見つからないかも知れない。
と、風でリボンが一つ飛んだ。



「探したわよ」

炎の周辺で生徒達がフォークダンスを踊っているのを、
離れたところから眺めていた私に声が掛かった。
声だけで誰か分かったので、思わず微笑んでしまう。

「ちょっといい?」

「はい」

私は立ち上がった。

「閉幕してからバタバタしていて、祐巳とちゃんと話ができてなかったから」

微笑みを浮かべた祥子さまがそこにいた。






何年ぶりかで両親に連れられて行った遊園地。仲のいい親戚の子達も一緒に来ている。
両親が、偶然出会った仕事関係の方だと思われる家族連れの男の人と話をしている。
そこから少し離れたところで、親戚の子達と三人で待っていると紅いリボンが飛んできた。
あ、綺麗なリボン、と親戚の子が呟いたのが聞こえた。
そこへ一人の女の子が近寄ってくる。リボンを拾って、その子のものだと思って渡した。
その子は無言で受け取って、私の顔をじっと見てくる。
びっくりするくらい綺麗な女の子、でもなんだか悲しそうな顔をしていた。



後夜祭。
音を立てながら炎が天に向かって伸びていく。
今日だけの為に準備された紙や板切れなどが集められ、思い出を炎に替える。
グラウンドの中央では生徒達を中心にファイヤーストームが行われていた。
私は、一人の少女の姿を探してグラウンドを歩いている。
すれ違った生徒に『お疲れ様でした』と言われる。
返事を返して再び探してみるが、ここにはいないのか見つからない。
トラックの堤のように盛り上がった緩やかな土手を登ってみると、
探していた少女はそこにいた。



親戚のあの子が、こんな礼儀知らずな人は放っておけばいいと言った。
なんだかケンカになりそうだったので、
『ありがとうっていったらうれしくなるよ?』
咄嗟に思いついた事を言ってみる。
その子は迷ったあと、小さな声で、でも笑顔でありがとうと言ってくれた。



「探したわよ」

炎の周辺で生徒達がフォークダンスを踊っているのを、
離れたところから眺めていた少女に声を掛けた。
声だけで私が分かった様で、思わず微笑んでしまう。

「ちょっといい?」

「はい」

少女は立ち上がった。

「閉幕してからバタバタしていて、祐巳とちゃんと話ができてなかったから」

微笑みを浮かべた祐巳がそこにいた。






ありがとうって言ってみると、ちょっと幸せになった気がした。
だからお礼に大切なリボンをあげようとしたけど、この子はリボンを付けてなかったから、
もう一人の、今まで見たこともない髪型の子に自分のお気に入りの紅いリボンをあげた。
その子は嫌そうな顔しながらも受け取ってくれて、小さな声でありがとうって言ってくれた。
もっと幸せになった気がした。






「舞台成功おめでとう」

しばらく2人で歩いて、私と祥子さまは気付けばマリア像の前にいた。
祥子さまの手から、ミルクホールの自動販売機で売っているりんごジュースを受け取って、
乾杯、って紙パックの側面をくっつけてからストローに口を付けた。

「楽しかったわ」

「……私もです」

祥子さまが、手に持っていた飲みかけのジュースを倒れないように地面に置いた。



祥子さまの話してくれた不思議なお話。
不思議な話だと思った。
なぜ年上の子だと思われたのか。
それは……、多分だけど、
柏木さんも祥子さまも同じ記憶違いをしていると思う。
自分の言ったセリフだと思い込んでいるようだし。
だってあのセリフは私が言ったんだから。






自己紹介をした。
「ふーん、じゃあ、さっちゃんてよぶわね」 
一番気になった子の名前はすぐに覚えた。
その子はとてもおとなしく、けれど笑顔がとても素敵な女の子だった。
もう一人、リボンをあげた女の子は頬を紅く染めてチラチラと私を見ていた。
この二人は驚くことに、私と同じ学園に通っているらしい。
私はもう通うことはないだろうけど。
一人だけいた男の子は口調のきつい私が少し苦手なようだった。
面白くて睨むようにして見ると、やたらと慌てていた。
そして、すぐに別れが来る。
両親と弟がお手洗いから出てきたのが見えたから。
でも、もう少しお話がしたくて彼女達のことを訊いてみると、
さちこって女の子の方が私より年上だった。
もう少しだけ、もう少しだけ……、と思いながら三人と話していると私の名前が呼ばれた。
ああ、もう行かなきゃ……。
だから、三人にお別れを言った。
またいつか、どこかで会おうねって約束した。
叶うことはないだろうって想いながら。
でも……、

もう一度、会いたいと思う。
そうだ、マリア様に祈ってみよう。
今更また信じるなんて怒られてしまうかも知れないけど……。
でも、もし会えたら、マリア様にありがとうってたくさん言おう。






「このロザリオ受け取って貰えるかしら?」

「はい。あの……、ありがとうございます」

「…………」

「祥子さま?」

「ふつう、お受けします。って言うものなのよ」

少し呆れ気味に、でも嬉しそうに祥子は言った。
ロザリオが祐巳の首にかかった。

「嬉しいから、ありがとうでいいんです」

「そう。祐巳がいいならそれで構わないわ。
 じゃあ私からも。受け取ってくれてありがとう。……あら?そう言えば…………」

「祥子さま、どうしたんです?」

「何故かしら?またあの女の子の事思い出したのよ。
 ありがとうって言わない子だったの」

「きっと今はどこかで言えてますよ」

祐巳がやさしい微笑みを浮かべた。


家庭用の打ち上げ花火が、二人を祝福するように夜空に弾けた。
グラウンドの方から流れてきていた音楽が変わった。

「あ」

二人同時に気が付いた。

『マリア様の心』

「あら、このリズムならワルツで踊れるわね」

「……踊りませんか?」

二人互いに手を取った。




「祥子さま、祥子さま」


   ――あなた、おなまえは?


「大好きです、祥子さま」


   ――ふーん、じゃあ、さっちゃんてよぶわね


「私、祥子さまと出逢えて本当に幸せなんですよ」


   ――あなたのほうがとしうえだったの?わるかったわ





   ――ありがとうって、いってみるとなんだかうれしいわね


「ありがとうとか、おめでとうって言葉は人を幸せにできるんです」


   ――あなたがおしえてくれたのよ、さっちゃん


「それがたくさん紡がれて、人はたくさん幸せになるんです」


   ――またいつかあえたらいいわね?


「だから、きっと未来にはたくさんの幸せが溢れているんです」


      ほら、貴女に逢えました







 ―――あなたに百万の祝福を、その未来に百万の幸福を―――





  そして、たくさんの『ありがとう』がマリア様に届きますように……





  おしまい。






――設定等――
※設定1 あとは内緒
    あちこちにヒント(?)を書いておきました。

    パラレル美少女祐巳懐かしさと予感→『話したことも無いのに、知っている?』
                     『見た事もないのに、知っている気がする?』

    静天然系二人きりで→その人に会ったのはまだ『三』回目

    他にもたくさんあります。また、全くない話もあります。紹介はしないけど……

    ありきたりな、過去に会った事があるってオチでした……ただし、
    祐巳→過去が現在の祥子口調。そして礼儀知らず(笑 というかお姉口調。
    祥子→過去が現在の祐巳口調。
    柏木→少し明るい感じ?さすがに昔から今の口調は怖い。過去の祐巳が苦手。
    見たこともない髪型の子(笑)→この頃の祐巳に憧れました。紅いリボンが宝物。
    という恐ろしい裏設定が……


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