【1151】 フリフリレースの二条松平同盟  (砂森 月 2006-02-20 19:28:36)


「乃梨子さん、ごめんなさい」
「えっと、いきなり謝られても何の事か分からないんだけど」

 月曜日、登校して早々に瞳子に謝られた乃梨子は頭に3つくらい?マークを浮かべていた。

「それが……」



「乃梨子さん、今度の日曜日は何か予定がありまして?」
「いや、特にはないけど」
「よろしければお買い物に付き合ってもらえませんか?」
「ああ、いいよ」

 日曜日、買い物に誘われた乃梨子はM駅前で瞳子を待っていた。

(そういえば瞳子と2人で休みの日に出かける事って無かったよな)

 そんなことを考えながら数分待っていると、程なく待ち人は現れた。

「乃梨子さん、お待たせしました」
「ああ、おはよう瞳子、私もさっき来たところ……」
「どうしたのですか、乃梨子さん」

 そう、待ち人は現れた……ただし思い切り目立つ格好をして。

「瞳子、その格好は?」
「どこか変なところがありまして?」
「いや、似合ってるけど……」
(でも明らかに浮いてるよなぁ)

 まるでアンティークのフランス人形みたいな服装は瞳子によく似合っていたが、一人中世フランス状態の彼女は間違いなく周囲の注目を集めていた。

(そういえば健康診断の時の白ポンチョでもやってくれてたっけ……)
「さ、乃梨子さん行きますわよ」

 回想にふけっている乃梨子の腕を引いて瞳子はさっさと駅に向かっていった。



 JRのS駅で降りてすぐのショッピングビルに入ってエスカレーターで数階昇った場所が瞳子のお目当てのフロアだった。

「ああ、なんて表現すればいいのでせう」
「あんたは竜○崎桃子か」

 思わずそうツッコミながらも、乃梨子は緊張していた。なぜならこのフロアのショップはほとんどがロリータやパンクを中心に扱っていて、当然の事ながら周りの人もそういう人が多いわけで。さっきとは逆にカジュアルな服装の乃梨子が浮いているような気がして(決して他にいないわけではないのだが)もし瞳子と一緒でなければものすごく居辛かった事は想像に難くないだろう。と、その瞳子であるが……

「あんた、もしかして……」
「ええ、初めてですわ」

一見平然としているようだったが繋がれた手は震えていた。本人曰く普段は通販を利用しているらしい。

「こんな所で突っ立っているのも何だし、とりあえず行こうか」
「え、あ、そうですわね、そうしましょう」

 緊張した瞳子という珍しいモノを見た乃梨子は気を取り直してさっさとフロアを見て回る事にした。というよりさっさと済ませてここから出たかった……少しだけ興味はあったのだが。しかし緊張が解けた瞳子が目を輝かせて乃梨子を連れ回したのでそれは叶わなかった。

「あぁ、これも素敵ですわ。ねぇ乃梨子さん、これなんてどうでしょう?」
「うん、よく似合うと思うよ」
「乃梨子さん、さっきからそればっかりですわ」
「だって瞳子ってばどれも似合うんだもん。私も驚いたけど」

 生粋のお嬢様だからか舞台女優だからかはわからないが、ロリータな服は瞳子によく似合いそうな物ばかりだった。本人もそれを分かっているのかその系統の店を中心に見ていっているようで、特に気に入った物は幾つか購入していた。値段を見て乃梨子は少し驚いたが瞳子にとってはどうってことはないのかもしれない。そんなことを考えながらそろそろ一通り見て回ったなと思った頃、瞳子がこんな事を言いだした。

「そうだ、乃梨子さんも何か買われたらどうですか?」
「いや、私はいいよ。お金もそんなに持ってないし私には似合わないし」
「そんなこと無いですわ。メイクすれば私みたいなのも似合うと思いますし、乃梨子さんならゴシックやパンクテイストなんかも似合うと思いますわ」
「そうかなあ……」
「そうですよね?」
「そうですね……どちらかというとシックに黒を基調とした感じがいいでしょうか? お二人でと考えれば引き立て合うことにもなりますし」
「うんうん、私もそう思う」
「白薔薇の蕾って結構そういうの似合いそうですよね」
「んげっ!?」

 店員に尋ねた瞳子に(わざわざ訊かなくてもと乃梨子は思ったが)店員以外の知っている声まで返ってきた為思わずらしくない声をあげてしまった乃梨子。

「え、ちょっとなんで蔦子さまと笙子さんがいるんですか」
「あー心配しなくてもつけてきた訳じゃないよ。私達もプライベート」
「私が蔦子さまに付き合ってもらっているんです」
「偶然白薔薇の蕾と瞳子ちゃんが居て驚いたけどね」

 私達も驚きましたとも。口にはしないがきっと瞳子も同じ事を思っているだろう。笙子さん(ちなみに彼女も人形のような服装だった)の話では、昔モデルをやっていた頃の知り合いがここで働いているとかで時々服を買うのも兼ねて遊びに来ているらしい。笙子さんと店員の方が親しげに雑談したり、蔦子さま(さすがに普通の格好だった)にはどんな服が似合うかという話になったりしながらも乃梨子の事はしっかり憶えていたらしく、みんなして(主に瞳子、笙子さん、店員さんが)次々と乃梨子に服を渡していった。幸か不幸かそのお店がセレクトショップだった事もあり、次々といろんな服を持たされては「あら、これもいいですわね」とか「とってもお似合いだと思いますわ」と言われるものだから乃梨子としては嬉しいやらこっぱずかしいやら少々複雑な気分だった。

「そうですわね……乃梨子さんならこんなのも似合うのではないかしら」
「へぇ、和服まで置いてるんだ」

 何着目かに瞳子が持ってきたのは一見普通の着物だった。ゴスロリや甘ロリにパンクと続いてたから意外だけど私には瞳子みたいなのよりこういう服の方が似合いそう、ほら、市松人形見たいって言われたりもするしと思っていたが、良く見るとしっかり袖口にはフリルがついていた。

「いいですわ」
「予想はしてましたけど、やはり和服がよく似合いますね」

 フリルの付いた着物を和服というのかどうかはともかく(少なくとも和風なのは確かだが)、周りの反応を見る限りはこれが一番似合っているらしい。蔦子さまなんかカメラを出したくてうずうずしているように見えたし。

 その蔦子さまだが、乃梨子の後に見事3人の餌食となっていた。流石に大人の雰囲気のある蔦子さまに甘々な服装を選ぶ事はなかったが、格好いいどころの服を次々と持たされる蔦子さまはやはり困惑顔だった(でも似合っていたと私も思う)。ファッションショー(?)が終わった蔦子さまと同じ経験をした者同士で雑談していると瞳子が笑顔で紙袋を渡してきた。

「瞳子、これは?」
「付き合っていただいたお礼ですわ」
「マジ!?」
「本音を言えば乃梨子さんに着て欲しいからですけど」
「いや、でもこんなに高いの……」
「でももう買ってしまいましたわ。それとも乃梨子さんは私からのプレゼントはお嫌ですか?」

 やられた。この状況で断れば確実に瞳子は泣き落としに来るだろう。そうなったらピンチなのは乃梨子だ。仕方がないのでありがたく受け取っておく事にしよう。菫子さんになんて言われるかは分からないが……。

「あ、そうですわ。せっかく蔦子さまもいることですし写真を撮ってもらいましょう」
「んなっ!?」

 さすがにそれは勘弁して欲しかった。が、今の瞳子には敵わないので仕方なく1枚だけという条件で(公開しないというのはプライベートだからという理由で蔦子さまから先に断ってきた)撮ってもらう事になった。この場で着替えるわけにはいかないので乃梨子は先程の和風な一着を私服の上から着るという少々変な格好で、瞳子と向かい合って顔だけカメラに向けた状態で(正面からだとさすがにおかしいと思ったので)撮ってもらった。

 その後蔦子さま達と別れて帰途についた2人。M駅に着いて今日は色々大変だったなぁ、でも新鮮だったなぁと乃梨子が思い返していると瞳子が話しかけてきた。

「乃梨子さん、今日はありがとうございました」
「いや、そんなに気を遣わなくてもいいよ、友達なんだしさ。私こそこんなの買ってもらったんだしお礼言わないと」
「いえ、それこそ結構ですわ。それにしても、乃梨子さんと友達になれて本当によかったですわ」
「え、瞳子……?」
「それでは、ごきげんよう」
「あ、ごきげんよう」

 瞳子がくれた別れ際の一言、その一言で乃梨子は今日はとても良い日だったなと思えたのであった。



「……で、その写真を受け取って教室で見ていたらクラスメイトに見られたと」
「そうなのですわ」
「しかもクラス中の話題になっていると」
「そうなのですわ」
「はぁ〜っ」

 乃梨子は盛大にため息をついた。あの場に居合わせた3人は仕方ないとして、クラス中にあの姿を見られたのはかなり恥ずかしい。が、見られてしまったものは仕方ない。そう思って乃梨子は教室の扉を開けた。

「ごきげんよう……って、あんたら何してるのよ」

 教室の扉を開けた乃梨子は思わず逃げ出したくなった。なぜならクラスの全員が輝いた目で二人の事を見つめていたから。そしてその額には一人の例外もなく鉢巻きがまかれ、その全てに同じ文字が記されていた。

『フリフリレースの二条松平同盟』と。


※この話はフィクションです。実在の人物や場所とは一切関係がありません。
 なお写真撮影時は必ず撮影可能な場所かを確認した上で被写体に許可を取りましょう。


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