【1160】 遠き理想郷  (ROM人 2006-02-22 03:33:47)


「申し訳ありませんが、私はセーラのようないい子じゃないんです。
 聖夜の施しをなさりたいなら、余所でなさってください」
 祐巳さまの顔から血の気が引いていくのがわかる。
「私が不用意な言葉をお聞かせしてしまったことで、祐巳さまに気の迷いを起こさせたことは謝ります。
 とにかく、そのロザリオは受け取れません。 戻してください」 
 それだけ言うと、私は祐巳さまに背を向けて歩き出した。
 祐巳さまは追いかけてくる様子も見せなかった。
 ただただその場に立ちつくして、私が見えなくなってもそこに立っているのだろう。
 ……これで、良かったんだ。
 私は祐巳さまの妹になれるようないい子じゃない。
 何も知らない無垢な祐巳さまは、私が作り上げた松平瞳子という名の幻を見ていただけ。
 それは、私であって私ではない。
 誰も、本当の私など知るはずもない。
 乃梨子さんだって、可南子さんだって、美幸さんだって敦子さんだって、祥子お姉さまだって……。

『私の妹にならない?』

 何も知らないくせに。

『私じゃ駄目?』

 うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、
うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、
うるさい、うるさい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 松平瞳子が、本当の松平瞳子がどんな醜い生き物か知らないくせに!
 見せかけの、作り物の松平瞳子しか見てなかったくせに!
 誰も、誰も、誰も!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!



『瞳子ちゃん♪』

 そんな笑顔で私を見ないでください。
 私は祐巳さまの妹になれるような子じゃないんです。

 そう、松平瞳子は自分の我が儘で自分の弟を殺してしまうような酷い人間なんですから!








「瞳子も、もうすぐお姉ちゃんになるのよ」
 膨らんだお母様のお腹。
 その中には私の弟か妹になる子が入っているという。
「ねえ、お母様。 妹? 弟? どっちなんですの?」
「どっちかしらね。 でも、どっちが産まれてきても立派なお姉さんになってあげるのよ」
 そう言って、お母様は私のことを優しく撫でてくれた。
 私はお母様のお腹に耳をあててみる。
 この中に、入っている子はどんな子なんだろう。
 幼稚舎のお友達の妹はとてもかわいい。
 できれば、妹が産まれてきたら嬉しい。
「ほら、うごいた」
 お母様は自分のお腹を瞳子を撫でるように愛おしげに撫でた。
 私も将来産まれてくる弟か妹に挨拶するかのように頬ずりした。


「そうか、お腹の子は男か、でかした!」
「おお、やっと松平にも」
「こうしてはおれんな、松平の嫡男にふさわしい名前を考えなくては」
「旦那様、おめでとうございます」
 大人達の会話。
 どうやら、お母様のお腹にいるのは私の弟らしかった。
 父や祖父達はその知らせを受けてから、ずっと嬉しくて仕方がないようだった。
「お父様、今日幼稚舎で絵を描きましたの」
 幼稚舎で描いて褒められた絵をお父様に見せた。
「おお、よく描けているな」
 そう言ったお父様は私の描いた絵を見ていなかった。

 お母様のお腹が前よりもずっと大きくなった。
 もうすぐ私の弟が出てくるらしい。
 この頃、私は一人で居ることが多くなった。
 元々、多忙なお父様は家にいることが少なかったが、それでも家にいるときは私に良く話しかけてくれた。
 お母様は、多忙で家を空けるお父様の分まで私を可愛がってくれていた。
 しかし、このところよく帰宅するお父様は私からお母様を取り上げるように家にいる間いつもお母様の側を離れない。
 私は寂しかった。
 同じお部屋にいるはずなのに、まるでひとりぼっちで閉じこめられているようだった。


 弟  な  ん  て  欲  し  く  な  い


 あの日、私は罪を犯した。
 お母様は階段を転げ落ちていった。
 救急車がやってきて、屋敷の中は大騒ぎになった。
 産まれてくるはずだった弟はどこかに消えてしまった。
 お母様はそれから随分病院にいた。
 お母様もお父様も私を叱らなかった。
 ただ、「ごめんね」と泣いていた。



 
 私は、初等部の1年生になった。
 お母様もお父様も前にも増して私を可愛がってくれるようになった。
 でも、私は知っている。
 お父様もお母様も私に違う誰かを重ねてみている。
 お母様はあの時の事故で、子供が出来にくい体になってしまった。
 だから、きっとお父様もお母様もあの時産まれてくるはずだった弟を私に重ねて居るんだ。
 お父様とお母様の笑顔の向こうには何があるんだろう。

 初等部にもなると、私はいろんな習い事で多忙な日々を過ごすことになった。
 同じクラスの子供達が遊んでいる間も、私は様々な習い事をこなさなくてはならなかった。
 誘いを断るたび、私に声をかけてきてくれる子は減っていった。
 気がつくと、いつも教室の隅でひとりぼっちだった。
 私は、あの時と同じに世界から孤立していた。
 そんな時だった。

「うう…………」
 一人のクラスメイトがお腹を押さえてしゃがみ込んでいた。
「どうしましたの?」
「うう…………おなか………いたい」
「大変、保健室に行きましょう」
 私は、そのクラスメイトを立ち上がらせると、側にいたその子の友達と二人でその子を支え保健室に連れて行った。
「ありがとう、瞳子ちゃん」
 ベットに寝かされた友達を見届けると、その子は笑顔で言った。
 名札には『あつこ』と書いてあった。
「別に、具合の悪い人を助けるのは当然のことですわ」
「でも、ありがとう。 みゆきちゃんがお腹痛くなっちゃって私どうしたらいいかわからなくて」
 その子は、私の手を握って笑顔で言った。

 その日から、美幸さんと敦子さんは私の友達となった。
 二人のおかげで、少し孤立気味だった私はクラスの一員に戻ることが出来た。
 私はクラスの中から再び孤立しないよう、一生懸命みんなのためになることを考え、みんなに好かれる松平瞳子で居ようと誓った。





 夢=将来の夢。
 みんなに好かれる職業ってなんだろう。
 そんなことを考え始めたのはいつだっただろうか。
 それはたわいないクラスメイトとの雑談だったかもしれない。
 夕べ見たアニメの話。
 ご飯を食べた後、夜更かしして両親と見たドラマの話。
 綺麗な女優さんのことを目を輝かせて語る友人に、影響されたのかもしれない。
 自分を演じ、みんなに好かれる完璧な自分を作り上げるためには演技力が必要だと幼心に思ったのかもしれない。
 私は女優になりたいとはっきり思ったのはこの頃だった。
 何も知らない、他の子供より少しだけ多くの習い事をこなし、少しだけ大人の世界に触れただけの何もわからない子供だった。
 友達の前で好かれる自分を演じていた私は、それを大人達の前でもするようになっていた。
 立派なしっかりした子だと褒められるのが気持ちよかった。
 お父様もお母様も褒めてくれた。
 喜んでくれた。
 常によい子であり続けようと思った。
 だから、お父様もお母様も瞳子だけを見てください。
 瞳子はあの時産まれてくるはずだった弟よりもずっといい子になりますから。





「あの子にはまだ早いのではないかしら」
「しかし……瞳子は松平の跡継ぎだ」
「でも、あの子にも……」

 何となくぼんやりと屋敷の中を歩いていた。
 ふと、自分の名前が聞こえたような気がして声の聞こえたお父様の書斎の前までやってきた。
 久しぶりにお父様は帰宅しているらしい。
「仕方のないことだ、松平家にはそれにふさわしい婿を迎えなくてはならない」
「でも、あの子にお見合いなんて早すぎます」
「しかし……」
「先方は30代半ばじゃないですか、あの子はまだ高校一年生なんですよ?」
「だが、松平を背負っていけるだけの人材は他にないと思うのだが」
「二言目には『松平』『松平』、あなたは娘の幸せと家系とどちらが大切なのですか!」
「そんなことを言ってもだな、我が松平家は」
「瞳子の身にもなってあげてください。 自分の年齢の倍も離れた人と結婚させるなんてあんまりです」
「私だって、本当はそんなことをしたくない! しかし、我が家には男の子が居ないのだから仕方がないではないか! あの時、お前が!」
 
「もう、やめてください!」
 私は思わず、声を上げてしまった。
「「瞳子」」
 お父様とお母様はまるで幽霊を見るかのような目で私を見た。
 私はお父様達に背を向け逃げるように屋敷を飛び出した。

 私が弟を殺してしまったから。

 弟が死んでいなければ。

 むしろ、いらなかったのは私の方。

 居なくなってしまえばいいのに。 





 気がつくと、私は祐巳さまの自宅の近くを彷徨いていたようだった。
 祐麒さんに発見された私は祐巳さまのお宅へ招かれてしまった。
 福沢家の方々はみんな優しく私を迎えてくれた。
 そこでいつもの松平瞳子を演じることで、本当の松平瞳子を少しだけ忘れることが出来た。
 でも、仲の良い祐巳さまと祐麒さんを見ていると胸が締め付けられるように苦しかった。
 祐巳さまが恐ろしい顔をして祐麒さんの首を絞める。
 やがてそれは私と顔の見えない男の子へと姿を変える。
 私は必死で浮かんでくるイメージを追いやり、松平瞳子を演じ続けた。
 そして私は優お兄さまの車で自宅へ強制送還されたのだった。

 お父様とお母様は何も言わず、飛び出した私を咎めることもせず、何処か不自然な、いつもの日常を親子で演じていた。


「クリスマスパーティー?」
 試験休みが明けた終業式。
 私は可南子さんと共に山百合会のクリスマスパーティーに誘われていた。
 出来ることなら、私は参加したくないと思っていた。
 いまだに両親との間は平行線だった。
 とてもそんな気分じゃない。
 それに、祐巳さまと一緒に過ごすのはなんとなく嫌だった。
 あの時から浮かんでは消えるイメージが、今この瞬間も浮かび上がってくる。
 私はその正体に気がついてしまったのだ。
 私は祐巳さまに醜い嫉妬をしている。
 ありのままで誰からも好かれ、祥子お姉さまの妹になり、私が殺して消してしまった弟も居て、いつもニコニコ心の底からの笑顔を讃えている。
 私がどんなに手を伸ばしても手に入れることのできない物を全て持っている祐巳さまが憎い。
 そんな祐巳さまと一緒の場所にいるのは辛い。
 だから、私は断ろうとしたのだが……。
 隣のこのでかい女は………。

 確かに私は彼女と和解した。
 しかし、和解したからと言って何故十年来の親友のようにベタベタしてくるのだこの女は。
 元々、人懐っこい性格なのだろうか。
 おまけに、なぜだか私はこの女細川可南子に逆らえない。
 何処か調子を崩されるのだ。 そう、例えるならば祐巳さまに似た感じがする。
 そんなこんなで、彼女はわざわざ予定があるらしいのに自分と私の参加を決めてしまった。
  


 ☆


「申し訳ありませんが、私はセーラのようないい子じゃないんです。 聖夜の施しをなさりたいなら、余所でなさってください」
 祐巳さまの顔から血の気が引いていくのがわかる。
「私が不用意な言葉をお聞かせしてしまったことで、祐巳さまに気の迷いを起こさせたことは謝ります。 とにかく、そのロザリオは受け取れません。 戻してください」 
 それだけ言うと、私は祐巳さまに背を向けて歩き出した。

 妹ですって?
 こんな私を?

 こんな突然に?

 祐巳さま、やっぱり貴女も私を見てくれなかったんですね。

 
「瞳子」
「お姉さま」
 薔薇の館でそう呼び合う私と祐巳さま。
 それは、いつか夢見た光景だったかもしれない。
 私の演じた、よい子の瞳子が見た夢。
 お姉さまのために尽くす妹。
 でも、それを私がぶち壊した。


「瞳子」
「乃梨子さん」
 薔薇の館で、ロサキネンシスと呼ばれ乃梨子さんと一緒に薔薇様になる。
 それは、いつか夢見た光景だったかもしれない。
 でも、それを私がぶち壊した。


「瞳子」
「瞳子さん」
「瞳子」
「瞳子ちゃん」
「瞳子さん」
「瞳子さん」
「瞳子さん」
 みんなに好かれるよい子の瞳子。
 でも、それを私がぶち壊した。


 みんなみんな消えて無くなってしまえ。
 あの時、消えてしまった弟のように。
 私の前から消えて無くなってしまえ。


 ……でも。


「瞳子ちゃん」


 なんでこんなに心が痛いんだろう。


「瞳子ちゃん」


 別れ際に見た、悲しそうな祐巳さまの顔が頭から離れない。

 私が壊したのに。

 全部、私が壊したのに。

 


 タ  ス  ケ  テ




 いつの間にか、雨が強く降っていた。


 視界が雨で見えなくなっていく。

 もう、自分が何処にいるかもわからない。

 でも、走るしかなかった。

 何処まで逃げれば、祐巳さまの泣き顔から逃げ切れるのだろう。

 あんな悲しそうな顔をした祐巳さまを忘れることが出来るのだろう。

 

「痛っ!! ゆ、祐巳ちゃん!?  ……って違うか」
 え?
 声がして初めて自分が目の前の人にぶつかってしまったことに気がついた。
「す、すいません」
 私は誰かも確認しないままぶつかってしまったことを謝罪した。
「あれ? 君は確か……電動ドリ」
「一年椿組、松平瞳子です」
「あらあら、サトーさんは下級生の女の子によく抱きつかれるのね」
 ぶつかってしまった女性とその隣にもう一人女性が居た。
 ぶつかってしまった女性をもう一度よく見ると、それはよく知った人物だった。
「いきなり雨の中、傘も差さずに私に抱きついてくるなんて、また祐巳ちゃんかと思ったんだけど違ったみたいね」
「えっと、失礼しました。 瞳子はこれで失礼しま…」
「私のね、友達がこの近くで下宿してるのよ。 よかったら寄って行きなさいよ」
「……でも、あの…瞳子は」
 そうこうしている内に、優しく……でもしっかりと抱きしめられてしまった。
「こんな濡れて居ちゃ、お家の方も心配するし。 ねっ」
「……はい」
 もう、どうにでもなれといった感じだった。
 目の前の女性、先代白薔薇様である佐藤聖さまは一緒にいたご友人の下宿先へ私を連れて行った。

「とりあえず、濡れたままだと風邪ひいちゃうからシャワーでも浴びておいで」
「……いえ、でも……そんな……ご迷惑じゃ」
 さっきからこの佐藤聖さまは、ご友人の方の家で我が物顔である。
 ご友人の方は何だか呆れ顔でそれを見ていた。
「まあ、遠慮しなくていいわよ。 2度目だし」
「そうそう、えっと………」
「ちょっと……まさか、また私の名前を忘れたわけじゃないでしょうね」
「あはは」
「加藤景。 よろしくね。」
「あ、そうだ。 私、大学に入って初めて」
 そこまで聖さまが言うと、景さまは聖さまにゴツンとゲンコツを落とした。
「あんたは、そこまで遡らないと私の名前を思いだせんのか!」
「まあまあ、とりあえず瞳子ちゃんを乾かさないと……」
「誤魔化したわね……まあ良いわ。 瞳子ちゃん、シャワー浴びちゃって。 制服は乾かしておいてあげるから」
「……でも」
「え? 一人じゃ脱げないのかな? じゃあ、お姉さんが脱がせてあげ……ぐへっ」
「やめんか!  ……とにかく、この変態に脱がされるより自分で脱いでシャワー浴びちゃった方がいいと思うわよ」
 聖さまの頭に特大のゲンコツが落ちた。

 聖さま沈黙。
 
「じゃ、じゃあ……お借りします」
 私は、覚悟を決めてシャワーを浴びさせてもらうことにした。
 体を伝わる温かいお湯が、冷え切った体を温めていく。
 少しだけ、こころも暖かくなっていくような気持ちになる。
 しかし、この人達は一体何なのだろう。
 でも、あまり知らない誰かというのが今の私には救いだった。



ROM人です。
新刊情報でたらしいので、書くなら今しかない未来の白地図ありがちパターン?
性さま登場編です。
とりあえず、未来の白地図を祐瞳のレイニーと考えると、
やっぱり、景さんの下宿でお風呂かなぁと。

そんなわけで、レイニー止めしてまたしばらくROMに戻るので
ハッピーエンドに出来る方、続きよろしくお願いします(ぉ


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