「だーれだ?」
放課後、薔薇の館に続く道で、突然背中から抱き付かれ、両目を覆われた紅薔薇のつぼみこと福沢祐巳。
こんなことをするのは前白薔薇さま佐藤聖ぐらいしかいないと思ったけれど、それ以前に声が全然違うし、匂いも違う。
更に、背中に感じる二つの柔らかな感触が、かなり小さい。
そこから推測される人物はただ一人。
祐巳が導き出したその人物は、
「由乃さん?」
「あたりー。良く分かったわね」
黄薔薇のつぼみ、島津由乃だった。
「まぁね、声と匂いと感触で大体分かるから」
「そう?」
そのまま、二人して歩き出す。
他愛の無い会話で進んでいると、背後から音も無く近寄る影が一つ。
それに気付いた由乃が、そっと後に目をやれば、その影は、口元で人差し指を立てていた。
笑みを浮かべて小さく頷いた由乃は、そのまま何も無かったように歩きつづけた。
「だーれだ?」
謎の影が祐巳の背中から抱き付き、その両目を覆うと同時に、由乃が代わりに祐巳へ問い掛けた。
声は由乃だが、聞こえる方向が違うし、更に若干香る線香の匂い。
おまけに、背中に感じる二つの柔らかな感触が、かなり大きい。
そこから推測される人物はただ一人。
祐巳が導き出したその人物は、
「志摩子さん?」
「あたり。良く分かったわね」
白薔薇さま、藤堂志摩子だった。
「まぁね、匂いと感触で大体分かるから」
「そう?」
そのまま、三人して歩き出す。
他愛の無い会話で進んでいると、背後から音も無く近寄る影が一つ。
それに気付いた志摩子が、そっと後に目をやれば、その影は、口元で人差し指を立てていた。
笑みを浮かべて小さく頷いた志摩子は、そのまま何も無かったように歩きつづけた。
「だーれだ?」
謎の影が祐巳の背中から抱き付き、その両目を覆うと同時に、志摩子が代わりに祐巳へ問い掛けた。
声は志摩子だが、聞こえる方向が違うし、更に若干香る由乃と似たような匂い。
おまけに、背中に感じる二つの柔らかな感触が、割と大きい。
そこから推測される人物はただ一人。
祐巳が導き出したその人物は、
「令さま?」
「あたり。良く分かったね」
黄薔薇さま、支倉令だった。
「まぁ、匂いと感触で大体分かりますから」
「そう?」
そのまま、四人して歩き出す。
他愛の無い会話で進んでいると、背後から音も無く近寄る影が一つ。
それに気付いた令が、そっと後に目をやれば、その影は、口元で人差し指を立てていた。
笑みを浮かべて小さく頷いた令は、そのまま何も無かったように歩きつづけた。
「だーれだ?」
謎の影が祐巳の背中から抱き付き、その両目を覆うと同時に、令が代わりに祐巳へ問い掛けた。
声は令だが、聞こえる方向が違うし、更に若干香る柑橘系の匂い。
おまけに、背中に感じる二つの柔らかな感触が、そこそこ大きい。
そこから推測される人物はただ一人。
祐巳が導き出したその人物は、
「乃梨子ちゃん?」
「あたりです。良く分かりましたね」
白薔薇のつぼみ、二条乃梨子だった。
「まぁね、匂いと感触で大体分かるから」
「そうですか?」
そのまま、五人して歩き出す。
他愛の無い会話で進んでいると、背後から音も無く近寄る影が一つ。
それに気付いた乃梨子が、そっと後に目をやれば、その影は、口元で人差し指を立てていた。
笑みを浮かべて小さく頷いた乃梨子は、そのまま何も無かったように歩きつづけた。
「だーれだ?」
謎の影が祐巳の背中から抱き付き、その両目を覆うと同時に、乃梨子が代わりに祐巳へ問い掛けた。
声は乃梨子だが、聞こえる方向が違うし、更に若干香るミントのような匂い。
おまけに、背中に感じる二つの柔らかな感触が、割と小さい。
そこから推測される人物はただ一人。
祐巳が導き出したその人物は、
「瞳子ちゃん?」
「あたりです。良くお分かりですわね」
演劇部所属、松平瞳子だった。
「まぁね、匂いと感触で大体分かるから」
「そうですか?」
そのまま、六人して歩き出す。
他愛の無い会話で進んでいると、背後から音も無く近寄る影が一つ。
それに気付いた瞳子が、そっと後に目をやれば、その影は、口元で人差し指を立てていた。
笑みを浮かべて小さく頷いた瞳子は、そのまま何も無かったように歩きつづけた。
「だーれだ?」
謎の影が祐巳の背中から抱き付き、その両目を覆うと同時に、瞳子が代わりに祐巳へ問い掛けた。
声は瞳子だが、聞こえる方向が違うし、更には嗅ぎなれた大好きな匂い。
おまけに、背中に感じる二つの柔らかな感触が、とても大きい。
そこから推測される人物はただ一人。
祐巳が導き出したその人物は、姉である紅薔薇さま小笠原祥子だった。
しかし祐巳は、聖とは違って祥子に抱き締められると、異様に興奮してしまう因果な体質だった。
祥子に密着され、背中越しの感触と体温を感じ、その匂いを嗅いでいると、心臓ドギマギ、呼吸はハァハァ、背筋はゾクゾク、脚はガクガク。
「ちょっと祐巳、大丈夫?」
祐巳はそれには答えられず、思いっきり『はにゃん』とした、感極まったような表情で、名前を挙げることも忘れて、祥子にもたれ続けることしか出来なかった。
完全にのぼせてしまった祐巳、その後の仕事には、全然身が入らなかった。