【1166】 背中押されて  (ROM人 2006-02-23 01:33:17)


▽【No:1160】の続きです。



「家に帰っていない!? ……それ、どういう事ですか!」
 受け取ってもらえなかったロザリオ。
 お姉さまに抱きしめられ、小さな子供のように泣きじゃくってしまった後、私はお姉さまに送られて自宅に帰り着いた。
 それからはよく覚えていない。
 着替えて、お風呂に入って、布団に入ったことだけは確かだった。
 翌朝、必死の形相で祐麒が私の部屋に飛び込んできた。
「松平さんが、居なくなった」
 祐麒が握りしめていた子機を渡される。
「もしもし、祐巳ちゃん。 瞳子が……」
 電話の相手は柏木さんだった。
 普段とは違った、余裕の感じられない声。
 ついこないだの瞳子ちゃん家出事件の時とも違い、はっきりと柏木さんの焦りのような物を感じる。
 リリアンでクリスマスパーティーに参加するからと自宅に連絡を入れた瞳子ちゃんは、それっきり消息を絶ってしまった。
「二条さんと細川さんには僕の方から確認した。 もしかしたら、君の所かと思って連絡したんだが」
「いいえ……うちには」
 そう、うちに来るはずなど無い。
 しかし、瞳子ちゃんが居なくなったとすればそれは私のせいかもしれない。
 いや、多分そうに違いない。
「瞳子の両親は心配して警察にも連絡した。 二条さんと細川さんも今瞳子を捜してくれている。 祐巳ちゃん、すまないが」
「はい、私も瞳子ちゃんを捜します」
 柏木さんの言葉を遮るように、私はそう告げ電話を切った。
 急いで壁にかけてあった服に着替えると祐麒に後を任せて家を飛び出した。





「………ん……んん………こ、ここは何処」
 頭が鉛のように重い。
 ぼやける視界が徐々にはっきりしてくると、そこは見知らぬ場所だった。
「!?」
 私は見知らぬ部屋のベッドの上にいた。
 そして……自分以外の誰かの体温。

 ……って。 まっ、まさか!!!!!!!!!

 隣に素肌の感触。
 男性!? そんな、身に覚えのない。
 
 




 …………よかった、私はパジャマを着ていた。




 でも、この横でほとんど裸のような格好で寝ているのは一体誰だ?


「ん? んぁぁぁぁぁぁ〜、目が覚めたんだ」
 むくりと起きあがったその人は眠そうに目を擦りながら私を見た。
 ……あの、その格好は……あまりに………そのξ(///_////)ξ
「な、なんで………そ、そんな格好で瞳子の隣で寝てるんですかっ!」
「ん? なーんだ、忘れちゃったの? 昨日はとってもかわいかったわよ」
 ちょ、ちょっと待ってください。 と、瞳子は一体何を………。


「はいはーい、お約束のコントはそこまでにして早く起きて朝ご飯食べちゃって」
 ドアが開くと、そこにはエプロン姿の景さまが立っていた。

 
「うーん、日本の朝はみそ汁よね〜」
「もう、とっくにお昼を回っているわ」
「細かいことは気にしない。 起きた時間は何時だろうが朝」
「あー、はいはい」
 テーブルの上に並べられている純和風の朝ご飯。
 私は、なぜか先代白薔薇様とそのご友人の景さまと朝食を共にしていた。
 だんだんと、昨夜の記憶が蘇ってくる。
 そうだ、祐巳さまのロザリオを断り、私はそこから逃げ出したんだった。
 闇雲に前も見ずに走っていたら、偶然にも先代白薔薇様の佐藤聖さまにぶつかってしまい、そのままなぜか景さまの下宿までお邪魔することになったのだ。
「どう、よく眠れた?」
「……はい」
「よろしい」
 聖さまは、焼き魚を口に運びながら笑顔で言った。
「君は素直になるとかわいい。 だから、もう少し力を抜いた方がいい。 君が思ってるより、世界はずっと生きやすい」
「……瞳子はかわいくなんて無いですよ」
「そう、だって祐巳ちゃんがロザリオあげたくなったんでしょ?」
「……祐巳さまは、瞳子に同情しただけなんです。 瞳子がお父様達と喧嘩して家を飛び出したりしたから」
「そっか、瞳子ちゃんは祐巳ちゃんが同情でロザリオをくれようとしたと思ったから受け取りたくなかったんだね」
「違うとでも言うんですか!」
「祐巳ちゃんは知ってるの? 詳しい事情」
「直接は言っていませんけど……祥子お姉さまや優お兄さまから聞いているはずです」
「祥子は多分言わない。 たとえ祐巳ちゃんに聞かれたとしても。 柏木も気にくわない奴だけどきっと言わないはずだよ」
「でも、だったら……どうして瞳子にロザリオなんて……瞳子は祐巳さまにいつだって酷いことばかり言って傷つけて……それなのに」
「祐巳ちゃんは瞳子ちゃんのこと嫌いだって言った?」
「……そんなこと、祐巳さまは誰にだってお優しい方ですから」
 そういう人だった。
 可南子さんにあんな酷いことを言われたときだって、あの人は。
「瞳子ちゃんは祐巳ちゃんのこと、嫌い?」
「……嫌いです」
 そう、大嫌い。
 いつだってありのままで誰からも好かれて、一生懸命で、仲の良い弟が居て。
 私が持ってない物を沢山持っていて。
 眩しすぎて大嫌い。
「そっか、でも祐巳ちゃんは瞳子ちゃんのこと多分好きだと思うよ」
「そんなはず、ありません」
「瞳子ちゃんは優しい子だから、だからきっと祐巳ちゃんも瞳子ちゃんのことを大好きだと思う」
「瞳子は優しくなんてありません! ずっと、酷いことばかり言って………えっ!?」

「優しい子だ……。 こんなにも泣かせてしまったかもしれない祐巳ちゃんを思って心を痛めてる」
 立ち上がった聖さまは、私を後ろから優しく抱きしめた。
「大丈夫だから、祐巳ちゃんは一度ぐらい断られたってけして君のことを諦めたりしない」
「瞳子は祐巳さまの妹になんてなれません……瞳子はほんとは全然いい子なんかじゃありません。 いつも輝いてる祐巳さまに嫉妬して、酷い言葉を言って、自分をよく見せたくて友達を騙して、両親を騙して、ずるくて、臆病で、嫉妬深くて……産まれてくるはずだった弟を殺してしまうほど酷い人間なんです」
「わかるな……その気持ち」
 ずっと黙っていた景さまがそっと口を開いた。
「私もね、父が再婚するって言いだしたとき相手を殺してやるってずっと思ってた。 散々意地悪もしたっけ。 でもね、意地悪をされたはずの新しい母はいつもニコニコしていたわ。 それでずっと私に優しかったの。 そうしたら、何だか自分がどうしようもなく醜い物に思えてきて、自己嫌悪に陥ったわ。 気がついたら父にも甘えられなくなってた。 それでとうとう耐えきれなくなって新しい母に謝ったの。 そしたらね……『あれで意地悪していたつもりなの?』って笑われたわ。 それからは何となくうち解けて今じゃ父よりも話しやすい相手になった」
 景さまはそう言って笑う。
 でも、瞳子は……瞳子は………。

「さて、そろそろ瞳子ちゃんをお家に帰してあげないとご両親が心配するわね」
 後は自分で考えなさい。
 景さまはそう私に言っているような気がした。
「私の車で家まで送るよ」
 聖さまは指先で鍵の付いたキーホルダーをくるくる回しながら言った。
「……タクシー呼んだ方がいいかしらね」
「何よ、私の運転を信じられないわけ?」
「安全装置の無いジェットコースターに乗るような物だわ」
「酷いなぁ〜」
「優お兄さまの運転で慣れてますから」
 二人のやりとりを見ていたら、何だかおかしくてたまらなくなった。
「瞳子ちゃんまで……でも、笑顔とってもかわいいよ」





「警察だ!」
「ちょ、ちょっとまって、私達は」
「あの、その方達は………」
「誘拐の容疑で逮捕する」

「瞳子!?」
「瞳子さんっ!!」
 駆け寄ってきた乃梨子さんと可南子さんに力一杯抱きしめられる。
「心配したんだから、馬鹿!」
「本当に、無事でよかったです」
 少し苦しいけど、それがなぜか心地いい。

「ねえ、ちょっと……瞳子ちゃん、この人達に何か言って……」
「うるさい、大人しく署まで来なさい」
「瞳子ちゃ〜ん。 助けて〜」

 サイレンの音が遠ざかっていく。
 乃梨子さんも可南子さんも泣いていた。



「心配かけてごめんなさい」



 本当は、まだまだもっと謝らなくてはいけないことも沢山あるけれど。



「帰ろ、瞳子」



 いつか、勇気を出して。



「帰りましょう、瞳子さん」



 本当の自分で。



「はい」



 歩き出したい。



 
 その先には……



「瞳子ちゃん!!」


-おしまい-


■ROM人のいいわけ。
なんか、書きたいネタとか半分ぐらい吹っ飛んでますけど一応終わりです。
弟絡みで用意してた伏線とか未回収。
実は、瞳子母は弟を流産した日は体調が悪く自分で階段を踏み外してしまったという設定でした。
偶然その場に居合わせた瞳子ちゃんは、自分が母を階段から突き落として弟を殺してしまったと思いこんでしまったという。

実際の所、瞳子ちゃんって祐巳のことどう思ってるんだろう。
白地図読み返すとどんどんわからなくなってくる……。
今回の話は、白地図の「瞳子ちゃんの挿絵とその付近の描写が怖かった」が執筆の原動力でした。
そんなわけで「続き書いてください」とか言いつつ自分で書いてしまいました。


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