【119】 地雷を踏んだロサ……?  (柊雅史 2005-06-28 03:25:01)


薔薇の館を陰鬱とした空気が支配していた。
どのくらい陰鬱としているかといえば、どよ〜んというおどろおどろしい文字が、そこらじゅうに浮いているんじゃなかろうか、と思えるくらいに陰鬱としていた。
原因は明らかだ。
「…………」
黙々と書類にせっせと何かを書き込んでいる祐巳さん。
彼女こそがこの空気の発生源である。
別に祐巳さんが一生懸命仕事をしているのが悪いわけじゃない。問題はその表情。むすっとした表情で、お怒りオーラを発散させているその様は、普段が普段だけに一際薔薇の館を沈んだ空気に変貌させる。
「――え、えっと……」
堪えきれなくなったように、令ちゃんが立ち上がった。
「の、飲み物でも淹れようか?」
「私、手伝う!」
素早く立ち上がる由乃に、腰を浮かしかけた乃梨子ちゃんが無念そうな顔になった。
誰だってちょっとこの空気からは逃げ出したいと願うのだろう。由乃は令ちゃんの後に続いて給湯室に逃げ込み、はふぅと溜息を吐いた。
「参った……」
令ちゃんががっくりとしゃがみこんで頭を抱える。
「まさか、祐巳ちゃんがあんな風になるなんて――」
「私も予想外。祐巳さんって怒ると怖いのね……」
普段好い人が怒ると本当に怖い。祥子さまも志摩子さんも、みんながみんな現状を打破できずにいる。
「せめて、祐巳ちゃんが怒っている理由が分かれば――」
令ちゃんの呟きに、由乃はほんの5分前、祐巳さんが薔薇の館に来る直前のことを思い浮かべた。


「――最近、祐巳と瞳子ちゃんの仲はどうなのかしら?」
ふと思い出したように言い出したのは、祥子さま。優雅にカップを受け皿に戻しつつ視線を向けた先は、やはり乃梨子ちゃんで。
「どう、と言われましても。特に進展はないようです」
「そうなの。――あの子ったら、何をぐずぐずしているのかしら」
祥子さまがもどかしげに爪を噛む。
「祥子、そういうことは言わないの」
「大体、あの子は肝心なところでいつもそうなのよ。鈍感というか、変なところで遠慮しすぎだわ。どうしてあんな性格なのかしら?」
嗜める令ちゃんに対して、祥子さまはここぞとばかりに文句を垂れる。祐巳さんがいないと祥子さまは強気だ。
「そ、そういえば、祐巳ちゃんといえば。最近少し丸くなった感じするわよね?」
祥子さまがぐちぐち言い始めたので、令ちゃんが話題の転換を図る。
「言われてみれば。最近、祐巳さん食欲旺盛みたいだからね」
にやにやと笑いつつ応じる由乃。
「まぁ、注意する気は全然ないけど」
「そこは注意して差し上げた方が……」
乃梨子ちゃんが苦笑する。
「祐巳さん、甘いものも好きですものね。この間もぺろりとケーキを二つも食べてたわ。大丈夫かな、とは思ったのだけど……」
志摩子さんが笑いながら言う。なんだ、志摩子さんも由乃と同罪ではないか。
限度を越えるとアレだけど、友人がちょっとくらい太るのは、なんとなく嬉しいものだ。なんていうか……安心する、みたいな?
なんとも複雑な乙女心だと思う。
「祐巳ちゃん、麦茶にも砂糖入れるって言ってたもんね」
令ちゃんが笑いながら首を振る。
「あれはちょっと、私もどうかと思うのよ。紅茶とかならともかく、麦茶っていうのは」
「あ、でも、瞳子ちゃんも麦茶に砂糖を少し入れる、って言ってたわよ」
令ちゃんの意見に由乃は思い出す。
「この間、ちょっとミルクホールで一緒になったのよ。そこでそんなこと言ってた」
「一体どういう経緯でそんな話になったのよ?」
「ん? ミルクホールって夏場は麦茶置いてるじゃない。そんな話から発展して」
言いながら、確かになんて話をしていたんだろう、と由乃は苦笑する。でもまぁ、由乃が瞳子ちゃんと話をするとなれば、どうしてもそういう無難な世間話をするしかない。互いに大して相手に興味もないので、あまり話題がないのだ。
「……そういえば、私のいとこもそんな風にして飲んでました」
「あら、そうなの?」
「はい。――まだ5歳の子ですけど」
乃梨子ちゃんの答えに、一瞬一同が黙りこみ。
「……それって、祐巳の味覚が5歳児並ってことかしら?」
祥子さまの呟きに、薔薇の館は笑い声に包まれた。


そしてその直後に扉が開き。
むっつり顔の祐巳さんが、それはもうお怒りモード全開の声音で「ごきげんよう」と挨拶したのだった。



「容疑者は絞られるわね」
「そう?」
令ちゃんが紅茶を淹れる傍らで、由乃は推理する。

紅薔薇さまこと祥子さま――祐巳さんへの愚痴+5歳児並発言
黄薔薇さまこと令ちゃん――祐巳さん太った宣言+砂糖入り麦茶否定発言
白薔薇さまこと志摩子さん――祐巳さんケーキ二つ食い現場放置
白薔薇のつぼみこと乃梨子ちゃん――祐巳さん5歳児疑惑発端

間違いない、この中のどれかの発言が祐巳さんを怒らせてしまったのだ。
「犯人は山百合会の中にいる――!」
「そりゃそうでしょうよ」
令ちゃんが呆れたようにつっこみを入れた。
「で、由乃の推理はどうなったわけ?」
「そうね……やっぱり、この中で一番酷い発言をした人物と言えば……」





              リリアン女学園・祐巳さん激怒事件簿解決編へ続…かない


一つ戻る   一つ進む