【120】 あまのじゃくそんなところも好き  (ますだのぶあつ 2005-06-28 13:21:57)


 学園祭の準備もそろそろ慌ただしさを増し、お昼休みにやることが多すぎて、みんながなかなか集まれなくなってくる。劇の練習はまだ始まってないから、凄く忙しいというわけではないけど、それでもお昼休みに全員集まれることは少ない。
 今日は祐巳も出し物にステージを使う部の部長に捕まり、少し遅れて薔薇の館に到着した。
 そして換気のためにわずかに開けられたビスケット扉から中に入ろうと思い、ドアノブにかけた手を祐巳はぴたりと止めてしまった。
「瞳子ちゃん、ひとりで何してるんだろう……」
 声に出さずに呟くと中の様子をそっと窺った。
 瞳子ちゃんはお弁当箱の包みも解かずにテーブルに突っ伏している。おでこを額にテーブルにつけたかと思えば、ころんと頬をテーブルに付け、悔しそうな切なそうな顔で眉を寄せる。
 そうしてぎゅっと目を瞑って、えいと気合いを入れるため小さくガッツポーズする。強気な表情が戻ったかと思えば、小さくはあとため息をついてしゅんとなる。お弁当の包みを人差し指でつついて物憂げな表情を浮かべる。
 なんだか今の瞳子ちゃん、すごく守ってあげたくなるような小動物のような感じがする。
「祐巳さん、どうかしたの?」
 急に後ろから声をかけられて、心臓が飛び上がった。叫ばなかった自分を褒めてあげたいぐらいだ。
「し、志摩子さんか……脅かさないでよ」
「ごめんなさい。何かに没頭してるみたいだから、なるべく静かに声をかけたんだけど、やっぱり脅かしてしまったみたいね」
 祐巳が小声で言ったので、志摩子さんも小声ですまなそうに謝る。どうやら瞳子ちゃんには気付かれてないらしい。
「あ、ごめん。そう言うことじゃなくて。祥子さまだと思ったものだから」
「そうね。祥子さまはあまり覗きとか歓迎しないと思うわ。でも、そんなに一生懸命何を見ていたの?」
 祐巳は志摩子さんに場所を譲った。志摩子さんは覗き込むなり、あぁと、納得したような顔で呟いた。そして祐巳を振り返り尋ねる。
「祐巳さん、ひょっとして今日、瞳子ちゃんに会わなかったかしら?」
「う、うん。2時間目の休み時間に、昨日やった書類のミスを指摘されてすっごく叱られた。でも、それがどうかしたの?」
 志摩子さんって何でもお見通しってぐらいにいろいろ判っちゃうから凄い。でも、なんで急にそんな話をしたんだろう。志摩子さんは部屋の中の瞳子ちゃんに視線を戻す。
「あれはね。乃梨子が言っていた、瞳子ちゃんの自己嫌悪の儀式ね」
「儀式?」
「なんでも、瞳子ちゃんは落ち込むと、いつもああいう仕草や表情を見せるんですって。もちろん他の人のいるところではしないそうだけど」
「そうか。瞳子ちゃん、落ち込んでるんだ……」
「祐巳さん、力になりたいと思ってるのね」
「よく判るね、志摩子さん」
「もちろんよ。でもそうね……お姉さまみたいに、抱きついたりしてはどうかしら」
「え、お姉さまって、聖さまみたいに? え、でも、瞳子ちゃん嫌がると思うよ」
「そんなことはないと思うけど。どちらにしても元気になってくれるんじゃないかしら?」
 そうだった。聖さまは私が祥子さまのことで落ち込んでたりすると、決まって抱きついては、いつのまにか元気を貰っていたんだった。
「そうだね。聖さまのように上手くやれるか判らないけどやってみる!」
 聖さまへの恩返しと可愛い後輩のために。

 ばたん。わざと足音を立てて、扉を大きく開く。
「遅くなっちゃった。ごきげんよう、瞳子ちゃん。もう昼食は食べた?」
「ごきげんよう、祐巳さま、志摩子さま。私もさっき来たところですからまだです。今お茶をお入れしますね」
 お願いと言うと瞳子ちゃんはそそくさと給湯室に向かった。
 それにしても瞳子ちゃんの演技は完璧だ。先ほどまでの表情など嘘のようにそっけない。でも今日の祐巳には、その仮面を取る切り札を持っているんだから。
 祐巳はそっと瞳子ちゃんの背後に回り込むとぎゅっと抱きつく。
「きゃ……」
 瞳子ちゃんは可愛い悲鳴をあげた。しかし瞳子ちゃんは、そのまま抵抗どころか顔さえも上げず、そのまま抱きしめられたままになっている。
 思っていたよりも小さな反応に祐巳は残念そうな声を出した。
「あ、あれ? それだけ?」
「……何を企んでるのかは存じませんが、ここで暴れても祐巳さまを喜ばせるだけなのでしょう?」
「うう、可愛くないなあ。あ、でも瞳子ちゃんには抵抗する気が無いわけね。それじゃ、ずっと抱きしめてよう」
「え……。そ、そういう意味じゃありません」
 急にもがきだす。必死に抵抗する瞳子ちゃんを、同じ体格の祐巳が押さえておけるわけもなくあっさりと振りほどかされてしまった。なんだか凄く名残惜しい。
「罰として祐巳さまの分のお茶は入れません!」
 暴れたせいか顔を少し上気させ、自分の分と志摩子さんの分だけお茶を入れて、瞳子ちゃんはさっとテーブルに戻ってしまった。
「ええ〜。そんなぁ」
 祐巳が情けない声で不満の声を漏らす。でも、とりあえずいつもの瞳子ちゃんだなと判って、ほっと安心した。
 聖さまのように上手くいかなかったけれど、これはこれでいいよね。
 志摩子さんが柔らかく微笑んでくれてることがきっと成功の証だろう。祐巳は志摩子さんに笑い返すと、自分の分のお茶を入れるためポットを手に取った。

 お茶を入れ終わって席に戻ると、瞳子ちゃんはお弁当に手をつけずに待っていてくれた。そして祐巳と一緒にいただきますを言ってくれた。


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