【1193】 この思いは・・・これが私の答え瞳を閉じれば  (気分屋 2006-02-27 18:14:28)


今日でこの日本ともお別れ……か。

それだけじゃない。
志摩子さん…由乃さん……祥子さん…令さん…蓉子さま…江利子さま………聖さま…そして…祐巳さん。

今日、日本を離れることを私は誰にも言っていなく、だから、誰も見送りなどはいない。
これでいいのかもしれない。

蟹名静として、いや、ロサ・カニーナとしての相応しい門出でもある。

そう、門出。人生で祝福する時だ。


なのにどうしてこんなに気持ちが沈むのだろう…
あの子ならこんな状況でもきっと、明るく振舞うだろう。

「…ぷっ…」
あの顔を思い出すだけでおかしくなってしまう。
ホントに不思議な人だったわね。
最後にあっておきたかったな。

そんなことを考えていると、後ろから声がした。

「静さま」

一瞬心臓が飛び跳ねた。
私の独りよがりな心が生み出した幻聴なのか。

それとも……それとも…本当に…

「こんにちは、静さま」

慌てて振り向くとそこには…

「祐巳さん?」

どうして?なんで?
頭の中にはそんな言葉が渦巻いていた。
いや、それよりもせっかく会えたんだ。ほかにいろいろ話すことがある。

「…どうして?」

けど、結局これになってしまった。

「蓉子様からきいたんです」
「えっ?」

蓉子様には言っていないはずなのに…

「山百合会の情報網は凄いんですよ」
「そ…そう」

そんな無駄なところでがんばらなくても…

「にしても…」
「え?」
「どうして、今日イタリアに行くって言ってくれなかったんですか!?」
「えっと…」
「もう会えなくなっちゃうかもしれないんですよ!」

そういうと、祐巳さんは見る見るうちに泣きそうな顔になっていった。

「ちょ…ご、ごめんなさい」
「静さま……行かないでください」
「え?」

祐巳さんはそう言って抱きついてきた。
なんだか妙にうれしいのはなぜだろう。そして、この心からあふれてくるような気持ちは何だろう?

そうか……私は彼女のことを…


「祐巳さん…これは私の夢でもあるの」

でも、この気持ちは私の心の奥にしまっておこう。
祐巳さんはあきらめたように、私から離れた。

「わかりました……もう…もう止めません。でも…」
「でも?」
「留学するからには絶対一番になってください。絶対手紙ください。絶対あきらめないでください。絶対………絶対………絶対帰ってきてください」
「…わかったわ」
「約束…ですよ」


視界が潤んで、祐巳さんの顔がよく見えない。
けど、きっといつもの様なまぶしい笑顔なのだろう。

「…約束するわ。…そうね……春風と共に私の歌が聞こえるなら……夏の蝉時雨の中私の声が聞こえたなら…秋の夜の名月をみて私の顔が浮かんだのなら……凍える雪に触れ私の感触を感じたのなら、それは私があなたを思っている証拠よ」


「静さま……」

「それじゃあ、行ってきます」




それから、一週間後私は手紙を書いた。

『こんにちは、祐巳さん。リリアンで妹の候補は見つかりましたか?
イタリアでは何もかもが新鮮で、トマトを使った料理が多く、とてもおいしいです。
音楽の方もうまくいっていて、この調子ならきっと首席で卒業できるかもしれません。
あの約束どうり私はくじけたりなんかしません。なぜなら、
今日もこのイタリアの空はつい口元が緩んでしまうほどの晴れ渡った青空なんです。
この青空の下、瞳を閉じるといつも明るく元気なあなたの笑顔が浮かんできて私に言うんです。
「あなたを愛しています」って。
ちょっと、調子に乗っていますか?
でも、あと数年は私に力をください。
そして、今は春です。
今日も私は歌の練習をします。けど、これはあなたのために歌う歌です。
もし、春風にのって私の歌が聞こえたのなら。



私があなたを思っているからです』











==了==



一つ戻る   一つ進む