【No:1054】、【No:1179】の続きです。
人は忘れる。
その記憶を。
その過去を。
その思いを。
その喜びを。
その悲しみを。
記憶は新しい物に塗り替えられ、古い記憶は忘れられる。
鮮烈な記憶があれば、それ以前の小さな幸せなど思い出す事もできないほど霞んでしまう。
十年、二十年たっても消えない記憶は、何度も思い出され、書き直された為。
思い出される事すらない記憶は、もう失われたもの。
それが・・・ホントウの幸せを知る前の記憶なら・・・なおさら。
9月。
学園全体が体育際、学園際と様々な行事を抱え、激しく動き出している。
まるで私は、独り取り残されたかのようにその喧騒に入り込めないで居た。
いや、それは当たっているんだ。
私は、実際に時間に取り残された存在なんだから。
私が生きるはずの時間は遠い未来(あした)。
ここに居る人たちは、私を知っている。
私も、彼女達を知っている。
でも、その記憶は過去(いま)から数えて約10年もたった後の彼女達。
過去(いま)の彼女達の記憶は、私の中では思い出になり、薄れてる。
だから、判らない。
私が何をするべきなのか。
私がここに居る意味が何なのか。
未来に進む(もどる)事もできない。
過去(いま)に生きる事もできない。
こんな私は・・・今本当に生きているんだろうか?
私は、ぼーっとすることが多くなった。
授業も身が入らず、色あせた白と黒の世界の校庭を眺める事が多くなった。
授業がつまらない訳ではなく、時間を潰したい訳でもない。
ただ、この刻を生きていない私に、色鮮やかなあの世界は合わないような気がした。
だから、私は何時も色を消した。
そのゆったり流れる世界は、周りと自分を隔てている。
私から見た周りの動きは酷く緩慢で・・・それでも、私はその世界の片隅に異物として存在する・・・
そんな自嘲的な考えが何度も浮かんだ。
木の葉が散る。
夏が終わる。
秋になる。
今を生きている人たちには、あっという間の出来事だろう。
むしろ、変わるまで変わった事に気付かないほど、鮮やかに再生されているはずだ。
季節が変わって、『もう秋だなぁ』と感じるような時間。
もうすぐ秋だと思ったら、もう秋になっている。
そんな感覚。
でも、私にはそれは無い。
小さな変化は、色の無い世界の中で、確りとその移り変わりを私に教えた。
小さな変化が重なって秋になり、人は秋を認識した。
私は・・・小さな変化一つ一つを見てしまい、秋になった。
小さな差異。
でも、私にはそれこそが決定的な違いだと。
ここはお前の居る場所ではないと。
世界そのものに言われているような気がした。
「学園祭の実行委員?」
私にその話が来たのは、体育祭が終わってすぐだった。
心の中にいろいろな事が渦巻きながらも、表面上は普段どおりの私を演じていた私に、唐突に降って湧いた話。
少し、不思議に思った。
今では殆ど思い出せない事だとは言え、流石に大きな行事の役員になるなら記憶に残るはず。
でも、私は学園祭の実行委員になんかなった覚えなんかない。
それどころか、高等部に入るまでは私は大きな責任の付きまとう仕事は何もしていなかったはずなんだ。
だから・・・不思議に思った。
同時に、面白そうだと思った。
無かったはずのこと。
なのに、今それは起きている。
過去のはずなのに、私に今降りかかっている。
不思議だった。
愉快だった。
その違いが。
ここは過去のはずなのに、私の未来(いま)じゃ無いはずなのに。
今、起こっている。
楽しかった。
今、が。
楽しかった。
だから。
その話を受ける事にした。
それが・・・私が現在(いま)を受け入れた、初めての事だった。
世界が、動き出した。
故意に失わせていた色は。
私に話しかけてくる人が増えるにつれてだんだんもとの色を取り戻していった。
話をするには、感覚に差が大きいと不便だから。
私の世界は、私の現在(いま)は、動き出した。
一度始まってしまえば、それは激しかった。
凍っていた時間が動き出すように。
過去(いま)でも未来(いま)でも無い、私の現在(いま)は廻っている。
今ではもう届かない、古いアルバム・・・
その忘れ去られていた頁は、現在(いま)という時を得て再び色付き始めていた・・・
今回(も?)、殆ど全て祐巳の独白です。
次回からは登場人物を増やしていく予定。
どうなるか判らないけど、このシリーズ評判は悪くないようなのでがんばって続けようと思います。