ある日の放課後、乃梨子が薔薇の館に行くとそこにはもう一人乃梨子がいた。
これが乃梨子の周辺に頻発しているパラレルワールド乃梨子時空交錯現象略してパラレル乃梨子もっと略すと『パラ乃梨』である。
「いやな略称だよ」
「え? なに?」
「いや、こっちの話」
まあ、何回目かの『パラ乃梨』なのでもう驚きもしないが、こっちに来たほうの乃梨子は慣れていないと思うので一応説明する。
「あなたはパラレルワールドの私ね?」
「そうなんですか?」
「そうだと思うよ」
驚いているんだと思うけど流石私、顔に出てない。
「まあ、そのうち戻るはずだからゆっくりしていきなよ」
「……なんか、慣れてるのね」
「うん、初めてじゃないから」
「はぁ……」
なんか困惑してる。
どうやら、あまり違いの無い世界から来た私のようだ。
彼女は平行世界に移行したことに気付かなかったようで、先にお湯を沸かしたりと、お茶の用意をしていた。
とりあえず紅茶を入れて席に着いて他のメンバーを待った。
「あの……」
「なに?」
「私、ここにいて大丈夫?」
「うん、さっき言った通り、初めてじゃないから」
「って、他のメンバーも?」
「うん、なんか二人居ても『また二人なのね』位で済むから」
「……なんか大変ね」
同情されてしまった。
さて、そんなことをしているうちに階段を登る足音が複数聞こえてきた。
この足音は志摩子さんと多分もう一人は祐巳さまだ。
「あ、お姉さまだ」
「え?」
ちょっと違いがあったようだ。
乃梨子は自分だけの時は志摩子さんと呼ぶから。(まあもう一人居るけど)
やがてビスケットの扉を開けて、志摩子さんと祐巳さまが入ってきた。
「ごきげんよう、あら?」
「あっ! 乃梨子ちゃん二人いるんだ」
それぞれの反応をするお二方。
乃梨子は挨拶を返した。
「ごきげんよう、志摩子さん、祐巳さま」
「ごきげんようお姉さま、志摩子さま」
「「え!?」」
二人の乃梨子の声が重なった。
「今、なんていった!?」
「そっちこそ!」
「もしかして、祐巳さまがお姉さま!?」
「なんで志摩子さまをさん付けで呼ぶの!?」
そういうことだった。
あまり違いがないなんてとんでもない。
この乃梨子は志摩子さんの妹にはならず、祐巳さまと姉妹になっていたのだ。
「えー、私の妹に乃梨子ちゃん?」
「はぁ。 やっぱり違う世界なんですね……」
なにやら暗くなってるあっちの乃梨子。
「ねえ、折角だから教えてよ?」
なんか祐巳さま、楽しそうにそんなこと言ってる。
なんでも、あっちの乃梨子は出会いは会ったものの、志摩子さんと姉妹にならなかったんだそうだ。
じゃあどうなったのかというと、蟹名静さまが志摩子さんのお姉さまだったりと白薔薇がかなりワイルドに違っていて、現時点でお姉さまの居る志摩子さんは別に不安定でもなく、まだ妹が居ないそうだ。
で、姉妹制度に興味が無かったあっちの乃梨子とはなから妹を持つつもりの無い志摩子さんは友達関係を続けていたのだけど、祐巳さまに山百合会に誘われて手伝いに来てるうちに、妹になれば志摩子さんとずっと一緒に仕事ができるなんて勧誘されてうっかりロザリオを受け取ってしまったのだそうだ。
あっちの乃梨子としては志摩子さんは友達で、姉妹制度にも山百合会にも興味は無かったというのに。
いや、祐巳さまに負けず劣らず庶民派な乃梨子のことは祐巳さまも気に入っているそうだけど。
それはともかく。
「この乃梨子ちゃんずっとここに居てくれないかな」
祐巳さまがあっちの乃梨子に張り付いてそんなことをいってる。
「祐巳さまそれは無理ですよ」
それに瞳子のことは良いのか?
「冗談だよ。 でもここにいる間だけでも手伝ってくれると嬉しいな」
「それはかまいませんけど……」
あっちの乃梨子はそう言った。
≪翌日、あっちの乃梨子視点≫
「祐巳さま、いったいこれは?」
「え、えっと……」
祐巳さまと廊下を歩いていて、瞳子と鉢合わせてしまった。
これが瞳子一人だったらよかったんだけど、困ったことに瞳子はこっちの乃梨子と一緒だった。
元の世界に帰れるまでとはいえ、しばらくは厄介になるので就学について学園長に掛け合ってこなければならないのだけど、昨日菫子さんは「面倒だから自分で行って」と言った。
もう何回も繰り返しててうんざりなんだそうだ。
でそのことを祐巳さま(一応お姉さまである祐巳さまとは違うのでこう呼んでいる)に話したら一緒に行ってくれるといい、今はその学園長に会いに行く途中だったのだ。
「乃梨子さんが時々増えるのは良いとして」
「いいのかよ」
絶妙のタイミングでこっちの乃梨子が突っ込みを入れる。
流石だ。
「……良いんです。 で、なんで祐巳さまと一緒に居るんですか?」
「あ、この乃梨子ちゃん、私専用なんだ」
「なっ!?」
「ちょ、おね、祐巳さま、専用だなんて……」
いや、お姉さまにも同じこと言われたことあるんだけどね。
やっぱり同じ祐巳さまだ。
「なにを赤くなってるんですか」
「え? べ、べつに……」
「それにいまいい間違えましたね?」
「な、何のこと?」
「いえ、確かに祐巳さまのことお姉さまって言いそうになりましたわ」
「うっ……」
「……」
「……」
うわぁ、気まずい雰囲気。
どうしよう。
「と……」
俯いていた祐巳さまが呟くように。
「なんですの? 言いたいことがおありなら仰ればいいのですわ」
「なんで瞳子ちゃんに理由を言わなきゃならないのよ」
「はぁ?」
「か、関係ないじゃない!」
「関係ないですって?」
「ちょっ、瞳子、やめなよ」
あ、こっちの乃梨子が心配して止めようとしてる。
「乃梨子さんは黙っててください! どうせ、乃梨子さんが祐巳さまの妹になった世界から来たってところでしょうに。 判ってらっしゃるんですか? それは祐巳さまの妹ではないんですよ?」
「わ、判ってるわよ。 でも帰るまでは一緒にいたって……」
「おめでたい。 おめでたすぎます、祐巳さまは……」
「ストップ、瞳子。 これ以上は私が許さないよ」
「……」
こっちでは瞳子って乃梨子には逆らえないのかな。
そっぽ向いてしまった。
瞳子さんはこっちの乃梨子に引っ張られて行ってしまった。
「あの、瞳子となにかあったんですか?」
「え、ううん別に……」
祐巳さまやっぱり嘘が付けませんね。
* * *
「ええ!? そっちでは志摩子さんに?」
祐巳さまが驚いて声を上げた。
「うん、いろいろあって志摩子さん、瞳子にアプローチしたんだけど」
「ロザリオ受け取ってもらえなかったんだ……」
ここでは祐巳さまが瞳子にアプローチしてロザリオを返されたんだそうだ。
あっちでは志摩子さんが同じことをしていた。
「うん、静さまは放っておいていいって言ってたけど、志摩子さま落ち込んじゃって」
「そうだったんだ……」
「でも、どうするつもりですか?」
「え?」
「諦めないんですよね?」
「う……、うん。判っちゃう?」
「だてに向うでお姉さまの妹やってませんよ。 自慢じゃないけどお姉さまの顔を見ればだいたい考えてること判りますし」
「う、凄い……。 やっぱ乃梨子ちゃんが妹じゃなくてよかったかな」
「まあ、お姉さまも判ってて顔だけ見せて何も言わないんですけどね」
「え? 言わないって?」
「『お茶おかわり』とか『ちょっと手伝って』とか『そろそろ帰ろうか』とか、殆どツーカーです。 由乃さまが気持ち悪いからもっと喋れって怒ったくらいで」
「はぁ……」
祐巳さま、お惚気ですかって顔して。
「なんか、おのろけちゃいましたね?」
「わぁ、読まれちゃった」
「うふふ……」
なんか大変なことになってるみたいだけど、こっちの祐巳さまは大丈夫そうだ。
まあ、瞳子のことは決着がつくときまで自分がここに居るかわからないけど。
≪祐巳視点に≫
学園長のところへ行った帰り、並んで歩きながら話をした。
「……頑張ってくださいね」
「え?」
「瞳子のこと」
「う、うん。 でも」
「事情までは私も判らないけど、祐巳さまなら大丈夫です」
「そ、そうかな」
「ええ、むこうで九ヶ月以上祐巳さまの妹をやってる私が言うんですから」
そういってあっちの乃梨子ちゃんはこっちの乃梨子ちゃんだったら志摩子さんにしか見せないような笑顔で笑ってくれた。
「そうだね、うん。 乃梨子ちゃんがそう言うんなら」
きっとそうなのだ。
『姉は包み込むもの、妹は支え』
向うの祐巳はしっかりお姉さまをしているんだろう。
この乃梨子ちゃんを見れば判る。
自分もそうなれると信じることが出来る。
この乃梨子ちゃんを通じて元気を届けてくれた向うの祐巳に感謝しよう。
「乃梨子ちゃん」
「はい?」
「ありがとう、帰れたらお姉さまにもよろしくって伝えて……」
そう言って振り向いたとき、一瞬、祐巳が見たのは乃梨子ちゃんがこの世界に残していった最後の笑顔だった。
「……乃梨子ちゃん?」
祐巳の隣には初めからそうだったかのように誰も居なくなっていた。
彼女の、「頑張って」と言う言葉がいつまでも耳に残っていた。
---------------------------------
題名キープして書いていたのですが、
なんか収まりがつかなくなって来たので変化球(ごめんなさい)