【1226】 たとえ刹那の想いでも会いたくて  (Y. 2006-03-05 13:56:47)


自サイトでも加筆修正したものを公開しております。
シリーズタイトルは『どうかこの凍った薔薇を……』です。

【No:1187】→【No:1208】→今作





 全く、昨日は散々だった。
 撮られた写真一枚のために薔薇の館まで連行されて茶番劇に巻き込まれるとは、きっと昨日は仏滅だったのだろう。こんなキリスト教の学校で、と考えると笑いがこみ上げてくるけれど。
 いっそ数珠でも持ってきてあげようかしら。
 目の前のマリア像はいつもと変わらない。周りの生徒もいつもと変わらない祈りを捧げる。
 あなたは本当にこの学校の生徒全員を見守っているのか? ……あぁ、『見』守っているだけだったね、失礼したわ。
 そんなことを考えながら大して意味も無いマリア像に手を合わせる。

「ごきげんよう」

 立ち上がったところで流れるような黒髪が目にはいった。この無駄に金をかけていそうな髪の持ち主は知っている。
 その人と私は関わりあいになる気がさらさら無いので無視しようとするが、不幸にも目が合ってしまった。
 『典型的なリリアン生』である私が逃げ出してしまえば『典型的』ではなくなる。ゆえに私には不本意ながらも相手に言葉を返さなければならない。

「ごきげんよう。一体朝から何でしょう、紅薔薇のつぼみ」
「えぇ、あなたに昨日のことで一言謝りたくて」

 相手は私が反応したことに安堵の息を浮かべる。
 おめでたいことだ。
 でも、私はそんなことをこの人にされても嬉しくもなんともない。
 ここは早々に立ち去るに限る。

「用件はそれだけですか? では、忙しいので。ごきげんよう」
「あっ……ちょっと待って! 二人だけで話したいことがあるの、昼に温室で待ってるわ! あなたが来るまでずっと!」

 はっきり言って迷惑だ。
 このままでは本当に新聞部の餌食になってしまう。
 この件に関しては蔦子も敵だから、なおさらだ。
 ハンカチを握って必死に叫ぶ紅薔薇のつぼみに気付かないふりをして私は教室へ向かっていった。








 昼。私は教室の目に耐えられなくて一人屋上で食事をとっていた。
 今日は母親の弁当だ。冷たく、固くなった白飯を少しずつ口へはこぶ。
 弁当の中身も半分になり、甘く仕上げた玉子焼きをゆっくり味わっていると、ギィッという音と共に一人の生徒が入ってきた。

「あら? 祐巳さん、ここで食べてたのね」
「志摩子、か」

 彼女は中等部の頃はよく話していたが、今はもう昔の話となっている。
 あの頃は、私も彼女も周りから『外れて』いた。一人でいようとしていたし、リリアンを離れたがっていた。私の嫌いな美女と仲良くできたのはそういう意味で似ていたからかもしれない。逆に、彼女が美人でなかったのなら、きっと仲良くはならなかっただろう。……同属嫌悪、というやつだ。
 特に、彼女が人に物を頼まない性格をしていたことがあの時の私には衝撃だった。それが私の嫌う『美人』と一線を画していた。
 だから、……彼女が山百合会に入った今でも、彼女だけは、嫌いになれない。

「珍しいな、この時期はいつも時間が空いては好物の銀杏を拾っていたじゃない」
「覚えていてくれたのね、嬉しいわ」
「志摩子は、親友だから」

 志摩子はちょっとびっくりした顔をして、憑き物が落ちたような顔で笑う。
 山百合会の一員となったことで私に嫌われたのだと思ったのだろうか。

「ここ、いいかしら」

 近づいてきた彼女は私の左隣を指差す。
 私が頷くと、寄り添うようにして、今までの時間を埋めるようにして座る。

「汚れるよ?」
「祐巳さんもだから気にしないわ」
「「ふふ……」」

 自然と笑みがこぼれる。蔦子にも家族にすらめったに見せない表情が自然に出せることが自分でも驚きだ。
 それから、二人は何も喋らず、ただそこで時の流れに身を任せていた。
 秋の寒くなってきた風も、どこかホッとできるから不思議だ。

「そういえば、噂になってたわよ」
「何が?」
「祐巳さんのこと」

 志摩子が困ったような表情で口を開いた。

「昨日の、紅薔薇さまに呼び出されたこともだけど、朝、祥子さまと話して昼に会う約束をしていたということで色んな憶測がされているみたい。さっきかわら版も出ていたわ」

 予想はしていたが、最悪だ。頭が痛くなる。
 こめかみを手で押さえ、志摩子の言葉に耳を傾ける。

「幸いにも祐巳さんだと特定する文章は書かれていなかったけど、クラスでも見ていた人がいるから……新聞部の部長は、山百合会でも手を焼いているの」

 もう少し詳しく話を聞きたかったが、無情にも昼休みを終えるチャイムが鳴り響く。

「ごめんなさい、私も差し止めようとしたのだけど、私一人の力ではどうすることもできなかったの」

 泣きそうな志摩子を軽く抱きしめ、ポンポンと背中をたたいた。

「気にしないで。私は大丈夫だから。その気持ちだけで十分」

 そう落ち着かせて、間に合うかどうかギリギリの教室へと向かった。移動教室じゃなくて良かったと思う。














 放課後になった。
 音楽室の掃除を終え、ぼうっと窓から少し顔を出して外を見ると、端の方に温室が目に入った。
 人がいる。花壇に腰掛けてじっと俯いている。
 するとそこに人が近づいていく。逆端の方からやってきているから、音楽室の近くに来ると顔がはっきり見えた。紅薔薇だった。
 紅薔薇が俯く女性に話しかけるがその人は首を横に振る。紅薔薇もため息をついて(そのように見えただけだが)去っていった。
 すると、あれは紅薔薇のつぼみか。

「馬鹿馬鹿しい」

 そこで音楽室へ合唱部の部員達がやってきたので、鞄を持って音楽室を後にした。

 音楽室から玄関までは二年生の教室を通り抜けなければならない。
 だから、残っていた生徒の会話が自然と耳に入る。
 曰く、紅薔薇のつぼみは午後の授業をサボっただの、紅薔薇のつぼみはまた振られただの。
 それが事実だとしたら、まったくおめでたい。

 それから私は、どこに寄ることもなく帰宅した。









 宿題を終え、風呂に入って、くだらないTV番組で時間を潰していると突然電話が鳴り響いた。
 うちでは電話に一番近い者が出ることになっている。
 だから、祐麒は私の目線に気付くと、いやいやながらも電話の応対に出かけた。

「おい、祐巳、藤堂さんから」

 志摩子から? 何故こんな時間に……

 私は祐麒から受話器を受け取ると、目で祐麒を追い返す。
 男には聞かせられない話だってあるのだ、女には。

「もしもし、志摩子どうしたの? もう十時っていったらお寺じゃ就寝時間じゃない。何かあった?」

 まあ、何かなければ電話してくるような人間ではないことくらい知っている。
 どうやら志摩子にしては珍しく相当焦っているようだ。

「祐巳さん? あぁ、よかった。今さっきお姉さまから電話があって、祥子さまがまだ帰宅なされてないそうなの。それで、まさかとは思うけど、何か知らないかしら? 家には携帯から遅くなるって電話があったらしいのだけど、あまりにも遅いからって」

 はっ、まさか。まぁ、私にはどうでもいいことだが。

「ごめんなさい、知らないわ」
「そう、夜遅くにごめんなさいね。また明日、ごきげんよう」
「うん、ごきげんよう」

 受話器を置くと、私は歯を磨いた後で二階へと上がった。
 もう、寝よう。
 私は嫌なことを忘れるように、頭から布団をかぶって目を閉じた。














 目が覚めた。まだ外は暗い。
 時計を見るとまだ午前一時だった。
 しかし、何かもやもやするものが胸の中でくすぶっていて、妙に、風に当たりたくなった。
 何故だろう、自分でもよくわからないまま、何かに突き動かされるように着替えた私は気付いたら外へ飛び出していた。

 細い道を抜け国道へ出ると、そこは車もまばらで、道を照らす街灯も無駄なエネルギーを垂れ流している。
 夜の寒風は今が秋だということを実感させてくれた。
 その寒さに眠気を完全に覚まされた私は、歩くうちに見覚えのある道に出会う。
 いつも私が朝通っている道だ。
 ここから学校へはまさに目と鼻の先だった。

「まさか、まだいるわけない……よね」

 さすがにこの時間まで、と思いつつもその足はリリアンへと次第に早いものへなっていった。

 

「確か、ここら辺に崩れた塀があったはず……あった」

 そこは一昨日居眠り運転のトラックがぶつかった場所だ。丁度私程度の大きさの人間なら何とか通れるほどの穴が開いている。
 通行止めのロープが張ってあるが、もちろんそんなものは意味を成していない。
 私は、単純な夜の学校探検という子供っぽい興味も手伝って、何事も無いかのようにそこにある銀杏林を抜けていった。





 この角を曲がれば温室がある。
 いるかもしれないという不安と、いないかもしれないという希望、それが胸中でごちゃまぜになって得体の知れない感覚をもたらした。

――私は、心配しているのか、彼女を?

 私はそれを一笑に付した。確かに昔、志摩子に私は優しいなどと言われた気がするが、そんなことあるはずがない。
 あるはずがないのだ。

 いつの間にか角を曲がっていた。
 そこには一つの人影……人影!?

 私は急いでかけ寄った。
 確かにいる。

「紅薔薇のつぼみ! 何やっているんですかこんな時間まで!」

 彼女はコートも何も着ていなかった。お陰で唇は紫になり、がたがた震えている。

「私の約束なんてどうでもいいじゃないですか! 昼からずっとこんなになるまで! 死んだらどうするんですか!?」

 私は彼女が嫌いだとかそんなことを考えている余裕はなかった。
 着ていた上着を彼女に被せ、温めようとぎゅっと抱きしめる。
 ふと、彼女は私がいることに気付くと、嬉しそうな目で見つめた。



「やっと、……来てくれたのね……祐巳……」




 彼女はそう呟いて、気を失った。







  To Be Continued...


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