【1227】 2人の時間の結論  (沙貴 2006-03-05 21:17:28)


 山口真美には妹がいない。
 それは振られたのでも振ったのでも、作れなかったのでも作らなかったのでもない。
 ただ、山口真美には現実として妹がいない。
 
 それは偏に、真美がリリアンかわら版編集長という立場にあるが為で、また、そのお姉さまが彼の築山三奈子さまであった為でもある。
 真美はリリアンかわら版製作に日々尽力しなければならない。
 しかも、先代編集長三奈子さまのそれに勝らないでも、せめて比べて見劣りしないようなものには仕上げなければならない。
 誰に強制されているでもないそんな使命は、しかし真美が真美であるが故に無視できなかった。
 真美はリリアンかわら版に誇りを持っているから。妹探しに現を抜かす間などない。
 少しでも良いものを。
 一人でも多くの人に、一秒でも長く手に取っていて貰えるかわら版を。
 三奈子さまの想いを色濃く受け継いでしまった自覚のある真美の情熱は、今のリリアン新聞部の根底を担っている。
 
 けれど悲しいかな、真美は良くも悪くも編集者だった。
 一人で取材・執筆・校正して出版まで持ち込むという、恐るべき邁進力の持ち主だった三奈子さまが一線を退いて半年、かわら版の文章は大きく様変わりしている。
 そしてそれは決して良い方向ではない、真美はそれを誰よりも知っている。
 三奈子さまの文章は、女性週刊誌だのゴシップ記事だの揶揄されることも珍しくはなかったが、面白いかそうでないかの点においていえば無条件で面白かった。
 情報のぼかし方や展開の盛り上げ方など、(ある程度の嘘・誇張を混ぜた文書を)澱みなく綴り切るその文章力たるや絶後で、真美もそれに惹かれたファンの一人。
 それが学校新聞のあり方として問題がないとは、真美もいわない。
 でも、事実だけを書き記すのはただの年表だ。
 それでなければ、学校広報。
 学生が主となって作成する学校新聞の領域ではない。
 本当の意味で事実のみを綴るのなら、寧ろ学生が学生という立場と視点を持つことはデメリットでしかないだろう。
 
 しかし真美らはリリアンかわら版を発行する新聞部である。
 学校広報ではない。公的な事実、イベントを教師やシスターからの言伝に従って公布するだけのスピーカーではないのだ。
 だから程度の差はあれ三奈子さまのような文章、そして三奈子さまのような存在は必要だった。
 主観を適度に交えながら事実を公表し、読者の思考や行動に一石を投じる。それこそが学生主体の学校新聞であるべき。
 三奈子さまの受け売り(そしてこれは三奈子さまの先輩の受け売りだそうだが)とは言え、真美はそれに心の底から賛同する。
 ……程度の差は、まぁ、あるだろうけど。
 イエローローズ事件は今でも真美そして新聞部の背負う十字架だ。
 
 そんなこんなで、良くも悪くも”面白いリリアンかわら版”の中核を担っていた三奈子さまが取材も執筆も校正も行わなくなり。
 真美がその代わりとして部の中心に立って以降、かわら版は――徐々に。
 徐々に、リリアン広報に姿を変えつつある。
 ただの読者が読んでも気付くような差違ではないだろう、特に今年度の新入生は去年のかわら版を知らないから気付くこともできない。
 しかし去年のかわら版を知っており、且つ、かわら版に最も近い位置にいる真美にはその変遷が痛いほどに知れる。
 三奈子さまもそれを十分わかっているだろうけれど、何も言ってこない。
 全権を真美に委譲するという言葉を護っているだけなのか、それとも十字架に阻まれて口が挟めないのか。
 わからない。
 でも恐らく聞いても答えてはくれないだろう。
 
 だから真美はせめて自分の出来る事を精一杯にやるしかない。
 少しでも面白いネタを集めて、読みやすく、判りやすく、そして胸を打つような面白い文章を書く。
 その為には日々の努力が肝要だ。
 ネタがなければ兎に角歩いて風景を観察する、友人・知人の噂話に耳を欹てる。待っていてもネタは決して降ってこないから。
 面白く書けないなら多くの本を読み、何度も書き、更に読んでもう一度書く。その繰り返し。
 三奈子さまは天性の才も確かにあったけれど、それ以上に人知れず努力していたことを真美はすぐ傍で見てきている。
 その努力が時折変な方向に向くのには真美も閉口したが、それはその努力を全否定する類の感情では決してない。
 そんな暴走を含めて三奈子さまの記事は存在し得た。当時のかわら版は在った。
 
 築山三奈子は一日にして成らず。
 
 書道部に頼んで一筆書いてもらおうかと何度か考えているそんな格言は、真美の信条だ。
 だから。
 
 
「妹、オーディション?」
 そんな単語に飛びつかない訳にはいかないのだ。
 
 
 〜〜〜
 
 
 場所は新聞部室正面の廊下、窓際。曜日は火曜日、時刻は一時間目どころかHRも始まる前の早朝。
 何故その時間その場所かといえば、新聞部は良く有志で始業前に集まり、会議だったり雑談だったりに興じていた。
 これは他の多くの文化部でも見られる現象で、運動部で言うと朝練にも近い。
 そして今日は来週号のレイアウトを決める一応会議であったのだが、やはりそこは”一応の”会議。
 あっさりと打ち切られたレイアウト案の話が雑談に流れかけたところに、部室の扉をノックする音が響いた。
 そして取次ぎに行った一年生の正面に居られたのが――本年度の紅薔薇さま、小笠原祥子さま。
「ごきげんよう。朝早くに申し訳ないのだけれど、居られるなら部長さんに取り次いで下さらない」
 祥子さまは文字通り眼の覚めるような滑舌で仰ったが、その視線は眼前の一年生を過ぎ越して真美を直撃していた。
 
 
「妹、オーディション?」
 鸚鵡返しに問い返した真美に、祥子さまはその艶やかな黒髪を揺らして優雅に「ええ」と頷かれる。
 特殊なライトやレフ版が配置されている訳でもないのに、それだけで何故かキラキラと辺りの風景が輝いてみえた。
 真美は確信する。昨年度行ったアンケートで認定された祥子さまのミス・クイーン賞、同じことを今年も行えばやはり連覇は確定だろう。
 祥子さまのお姉さまであり前紅薔薇さまである水野蓉子さまが居られた時点でも奪取した賞だ。
 当代山百合会でそれを阻む存在は――居ないと断言できる。
 ちなみに支倉令さまのミスター・リリアン賞、志摩子さんのミス・プリンセス賞もそれぞれ連覇する確率が非常に高い。
 だからこそ今年度はそのアンケートを取りやめることとなったのだが。
 
「そ、それは公的に行うんでしょうか? それとも私的に目ぼしい人をつぼみの方々が引き連れて――」
「それを山百合会の幹部が全員で品定めをするって? ふふ、それなら正しくオーディションね」
 在籍一ヶ月ほどで叩き込まれる新聞部の習性、何かしらネタの匂いがしたなら先ずメモを取れ。
 殆ど脊髄反射レベルで刷り込まれているそれに従って、わたわたとネタ帳を取り出しながら言う真美を祥子さまが遮られた。
「まだ具体案が決まっている訳ではないの。でも、公的か私的かといわれれば公的ね。祐巳達に目ぼしい子が居るのなら、そもそもこんな話は持ち上がらないわ」
 はぁと悩ましげに息を吐く、そんな些細な所作ですら絵になる美貌に真美の肩が落ちる。
 世界は不公平で満ちている、祥子さまと話していてそんな劣等感に苛まれないのは恐らく山百合会幹部など一部の方々だけだろう。
 立場も容姿も品性も段違い。ミス・クイーンは本当、伊達ではない。
 
 まぁしかし、それはそれとして。
「公的。つまり、かわら版上で参加者を集いたいということでしょうか」
 真美はメモ帳に書いた「オーディション」の文字をぐるぐると丸で囲う。隣に「公的」と付け加えた。
「そうね、最終的にはそうなると思うわ。それに私情で申し訳ないのだけれど急ぎの用件でもあるから、もしかすれば号外の発行をお願いするかも知れないの」
 「急」と書いて二重下線。「号外?」とも書いて、ぐるっと囲む。
 しかし、それを書き終わってから真美は眉を寄せた。
「薔薇さま直々のお申し出とは言え……宣伝は兎も角、号外の発行は私の一存では決められません」
 勿論、と祥子さまは頷かれた。
「それも含めて、近日中に山百合会内で打ち合わせをするわ。だからその時、是非あなたにも参加して欲しいの。今日はそちらがメインの依頼ね」
 
 断る理由は全く無い、真美は一切の迷いなく「判りました」と首を縦に振った。
「それじゃ、宜しく頼むわね。もし宣伝することが決まれば、山百合会の名前でも薔薇の名前でも何でも使って構わないから、大々的にお願いするわ」
 そして、祥子さまは楽しげにそう締め括る。
 それがどこか浮き足立っているようで、「ごきげんよう」と告げて背を向ける際に舞った黒髪も軽やか。
 朝日を受けて煌く緑の黒髪、ミス・クイーンの王冠。目を奪われる。
 ぽーっと見惚れかけた真美は、けれど慌てて「紅薔薇さま!」とその背に声を投げた。
 山百合会の一員として協力することは兎も角、新聞部としてはやはりボランティア精神だけでは動けない。
「もし決まれば……オーディションの仔細を、記事にしても?」
 全身をくるりと翻して正対し、祥子さまは改めて微笑まれた。
「面白い記事になると良いわね」
 
 
 部室の扉を開けると、黒い物体がどさどさと一斉に廊下へと雪崩れ込んだ。
 同時にきゃあ、うわぁ、と悲鳴が上がる。真美は頭を抱えて溜息一つ。
「あなた達、ねぇ」
 気になる話題は決して聞き逃すな、聞き耳を立てるなら存外に薄い教室の扉が良い。これも新聞部の習性である。
 連れ出された編集長と紅薔薇さまの会話。そりゃあ、気になる話題であろうとも。
 故にリリアン新聞部たる彼女達が、真美が帰ってくるまで席に付いて紅茶なりコーヒーなりを嗜んでいる方が確かに異常だ。
 確かに異常だが、実際に眼前にすると何ともいえない頭痛が真美を襲った。
 これも過去、そして現在の自分の姿であり、それを見てきた同志達の姿であるから。
 そんな新聞部精神旺盛な部員は、あはははー、と引き攣った笑いを浮かべ、頭痛を堪える真美を見上げていた。
 
 
 〜〜〜
 
 
 それからは正しく怒涛であった。
 火曜日の昼休みには、来週発行予定のリリアンかわら版の作業状況確認と、号外発行を見据えた作業の再割り振り会議。
 その放課後には薔薇の館において薔薇さま・つぼみ・その他での合同妹オーディション会議。
 翌水曜日、昼休みには会議の内容を元に号外内容と大まかなレイアウト案の裁定。
 放課後は記事の執筆と校正で、真美を含めた四人が下校指定時間を大きく割り込んだ。
 そして木曜日には通常の朝会より一時間ほど早く集まっての印刷作業。
 登校のラッシュ時間に合わせて正門配布を始め、各教室にも一部ずつ配った。
 そしてその木曜日以降、真美は薔薇の館に通いつめてポストの番や、細かい打ち合わせが続けている。

 勿論、かわら版本誌来週号記事の推敲やネタの整理なども必要なので、それはもうドタバタドタバタと気の休まる暇もない。
 とはいえ資料を薔薇の館に持ち込んで作業をしているため、環境的には決して劣悪な訳ではなかった。
 そればかりか、薔薇さま方や事実上の主催である祐巳さんや由乃さんの傍に居られることで非常に有意義な時間を過ごせている。
 
 
 しかし。
 
 
「部室の椅子が懐かしいわ……」
 やはり気疲れはするものだ。
 それは週明けて、かわら版と妹オーディション改め茶話会の準備で忙しさも絶頂期となっている木曜日の放課後。
 志摩子さんが出て行き、サロンに誰も居なくなった事を確認して机に伏した真美はそう呟く。
 有意義な時間とはいえ、相手は彼の薔薇さまだ。
 つぼみ達は同学年なのでまだ良いが、お姉さまであり薔薇さまである祥子さまや令さまとはただ接するだけでも異常に疲れる。
 それに薔薇の館となれば、山百合会員にとって羨望の場所。それは真美としても同じで、どうにも落ち着かなかった。
 部室で疲れればパイプ椅子を並べてぐたっと横になったりもするが、当然薔薇の館でそんな真似もできない。
 寝転がりたい。
 優雅さも品性も要らないから、ペンを握りっぱなしでこちこちに固まっている手をだらんと下ろして寛ぎたい。
 
「本当ですね」
 すると、独り言にも近いそんな先の一言に、背後から返答が飛ぶ。
 驚いた真美が顔を上げて振り返ると、両手一杯に何らかの紙資料を抱えた新聞部の一年生――高知日出美が苦笑いを浮かべていた。
 愚痴を聞かれたのが薔薇さま方でなくてほっとする。
「ご苦労様、それは何?」
 気を取り直し、両手が塞がっている彼女の為に隣の椅子を引いてやると、とさりと紙束を机に置いた日出美は「ありがとうございます」と先ず頭を下げた。
「今年度の今週号までのバックナンバーです。一々読み返すために部室まで戻るのが面倒なので、もう持ってきておこうと」
 上から一枚二枚をぺらぺら流し読みすると、それは確かに今週号と先週号のかわら版。
 画質が微妙に荒いところを見ると、部室のマスター紙をコピーしたものだろう。
 ふうん、と真美は息を吐いた。
「やっぱり過去紙から得るものは多いかしら?」
 それは何の気なしに言った軽口だったが、日出美は力強く「勿論です!」と断言した。
 過去紙に対する熱意の落差に驚いた真美が目を丸くすると、日出美は続けた。
「真美さまは編集をされているので全原稿を何度も読まれていると思いますが、私達部員はどうしても自分の記事とか調査結果を何度もチェックしちゃいますから」
 上から五枚目を選んで抜き取った日出美はそれを自分の前に置いた。
「他の方の文はちゃんと”読もう!”って思わないと読み流しちゃうんですよね。良い表現とか面白い書き方とかが隠れているかも知れないのに」
 だから時々時間を作って読むんです、と日出美は少し照れたように笑って言う。
 
 真美は素直に感心した。良い心がけだと思う、自筆の誤字脱字を気にすることは文責者に取って大事なことだが、それが全てではない。
 書き、そして読まなければ良い文などは書けないのだ。真美だって三奈子さまの同じ文章を何度読んだことか。
 今だって、提出される原稿はしっかり気合を入れて目を通している。
「偉いわね。その心がけがあればきっと良い記事が書けるようになるわ」
 そう言うと、日出美は記事から目を離してきょとんと真美の方を向いた。
 「お励みなさい」とでも続ければ良かっただろうか、でも柄じゃないわよね。
 などと微妙にずれた思考を始めかけていた真美に日出美は言う。
「というより、過去紙を読みなさいと先週くらいに仰ったのは真美さまですが」
 ぴしり。
 真美の思考が凍る。
「忘れちゃってました?」
 日出美がくすくす笑いながら言うと、数秒の間を持って再起動を果たした真美はごほんとわざとらしく咳き込んだ。
 
「それにしても、とうとう明後日になったわね。長いようで短かったわ」
 ぎっと背凭れを鳴らして、真美は古い椅子に身体を預ける。
 日出美は逆に身体を前のめりにして、机に置いたバックナンバーに視線を落とした。
「終わってからがまた大変ですよ。追跡取材もありますしね」
 そうなのだ。
 オーディションならその場で妹が決まったのだろうが、茶話会があくまで出会いの場として提供されるようになった以上、出会った後のエピソードというものが発生する。
 姉妹になったり、ならなかったり。
 或いは茶話会に参加することでまた別の視点を得られて――茶話会とは関係のない相手と姉妹になることもあり得る。
 茶話会前でも駆け込み姉妹が発生したのだから、その可能性はかなり高い。
 新聞部としてはつまり、当分はネタに事欠かないということ。
 即ち当分は取材・記事作成に追われるということで、日出美の言う通り終わってからが新聞部に取ってはある意味で本番だ。
「まぁそれは、ね」
 返した真美の言葉にも力はない。
 体力気力が減衰している時の話題としては辛かった。

 それを最後に二人は口を閉ざし、薔薇の館に静かな時間が過ぎる。
 委員会や私用、茶話会以外の打ち合わせなどで珍しく、薔薇の館は本日は主要メンバーを欠いていた。
 先ほど志摩子さんを見送ったことで、今は一階ポストも含めて新聞部が完全に占拠しているのだろうか。肩がすっと軽くなった。
 ふと見上げた窓越しの冬空を、雲が流れている。
 速い。
 上空では風が強いのだろう。
 
「ねえ」
 何となく。
 もの寂しい空を見ていて思った。
「日出美ちゃんは、お姉さまを作らないの?」
 空を見上げたまま問うた真美。
 日出美は無反応だった。聞こえなかっただろうか。
 視線を窓から日出美に移すと、今尚バックナンバーの記事を目で追っている。
 もう一度問おうか止めようかで少し迷った。
 結論を出す前に、日出美が言う。
「判りません」
 背凭れから身体を戻し、机に片肘を置いて顎を乗せた真美はその横顔を覗き込んだ。
「お姉さまとか――姉妹とか。考えたことがないですね。そんな暇がないということもありますけど」
 記事の端をとんとんと叩きながら日出美は笑う。
 日出美の暇をなくしているのは間違いなく、今彼女が読んでいるかわら版の製作作業だろう。
 皮肉でも何でもなくて、そういう事実だ。真美は少し笑った。
「真美さまは作らないんですか? 妹」
 それは今まで何度となく聞かれてきた質問。
 同じクラスの友人にも、同じ部活の友人にも、そして全くクラスも部活も異なる友人にも。

 そして真美は今までこう答えてきた。
 日出美が持ち込んだバックナンバーの一番上をめくりあげながら、一言。
「正直言うと、考えたことがないわね。そんな暇がないということもあるけれど」
 
 あはははは、と日出美と真美の笑い声が重なった。
 
 
 〜〜〜
 
 
 茶話会は滞りなく進行し、終了した。
 その場で姉妹の契りを結んだ所謂”茶話会姉妹”は二組。
 参加者は一年生十五人と二年生十人だから、普通に考えれば最大で十組の可能性があった。
 その中で二組といえば五分の一、結構な確率だといえる。
 もしかすれば来年度以降も恒例になるかも知れないと真美は踏んでいた。
 
 その後の追跡取材でも複数組成立した姉妹の存在を真美達は掴んでいるが、どこまでが茶話会姉妹でどこまでが非茶話会姉妹かが大問題。
 茶話会姉妹なら契約上無条件で紙面に名前を出すことが出来るのだが、非茶話会姉妹の場合はそうもいかない。
 一例としては、茶話会姉妹として一組が成立した後、その妹側を狙っていた上級生がショックを受け、ずっと言い寄られていた幼なじみと姉妹の契りを結んだカップルなどが挙げられる。
 微妙である。
 きっかけは間違いなく茶話会なのだが、彼女らは姉側も妹側も茶話会に参加していないのだから。
 しかし全くの無関係とも、またいえない。
 部内会議の末、彼女らにはとりあえずで声をかけてみようという話になり、日出美が特派員としてその打診を任命された。
 そして先日、見事日出美は彼女らのツーショット写真と長々とした取材メモを携えて帰還したのだった。
 
 結果論ではあるが、切っ掛けは絶妙とはいえ幸せならそれで良いだろう。仲良きことは美しき哉、である。
 とは言え、狙いどころを取られる→ショックを受ける→慰められる→転ぶ、という判りやすい図式に関してはどう記事に書くかが腕の見せ所。
 言葉は悪いが久しぶりに発行・公布し甲斐のある面白いネタと掲載許可を仕入れてきてくれた、と真美は手を打って喜んだ。言葉は本当に悪いが。
 
 
 翌日、人のはけた放課後の新聞部室。日出美は慣れた手付きでキーを叩きながら言う。
「でも本当、仲が良さそうで良かったですよ。話だけを聞くとお姉さまの方はどよーんと暗くてもおかしくないですし」
 記事と赤ペンという校正二大アイテムを机に並べて、しかし目を伏せて思考する真美は「んー?」と声を挙げた。
 日出美は続ける。
「ほら、あの茶話会二次姉妹。ツーショット写真なんて貰った一枚の他にも別アングルで二枚持ってましたからね、お姉さまの方。多分あれは他にもありますよ」
 そしてもう一度聞こえた「んー」の声に、日出美はただ苦笑した。
 
 真美は考えている。
 これまで一度として考えた事のない命題に関して考えている。
 今まで考える必要はなかった、考える間もなかった。そう思っていた。
 しかし現実には、真美は今考えている。
 即ち。
 妹とは何ぞや。
 と。
 
 茶話会関連で多くの姉妹、そしてその成立に立ち会ってきた真美にとってそれは決して他人事ではない。
 いや、リリアンに通うものなら誰であれ他人事ではないだろう。
 妹とは何ぞや。姉とは、姉妹とは。
 妹が欲しいか、という問いには真美は答えるだろう。YES。
 しかしその理由は「二年の今頃にもなって一人身というのは勿体無い気がする」程度でしかなく、だからこそ今真美に妹が居ないのだ。
 積極的に妹を作ろうとはしなかった。
 具体的に妹が欲しいとは思わなかった。
 
 部活動を嗜むものにとって、姉妹は親しい先輩後輩の代名詞だ。それは運動部文化部で変わらない。
 でも――
「あら?」
 ふ、と。
 その時、微かに開いた真美の視界に一枚の原稿が飛び込んだ。
 文責・高知日出美。
 それは件の「茶話会二次姉妹、その起原と成立」と無闇に仰々しく題された記事だった。

 
 真美は呼ぶ。
「日出美ちゃん」
 するとモニタの影からひょこりと顔だけ覗かせた日出美は、真美が彼女の記事を手に取っているのを見ると「はい」と緊張した風に返事をして席を立った。
 真美が記事を手に筆者を呼ぶのは、基本的に校正後の指摘事項の為だ。
 日出美の顔が自然を引き締まる。
 
 しかし真美は緩めた表情のままで言った。
「面白いわね、良く書けているわ」
 それは不意を突いた賞賛、日出美の顔が僅かに火照る。
「少し誇張が過ぎると思うけれど、許容範囲内だと思う。このままで行くわよ」
 そんな真美の言葉に、日出美は大きな声で「はい!」と元気良く返事をした。
 
 
 茶話会二次姉妹、その起原と成立。
 記事を読んで真美は驚いた。
 日出美は元々しっかりとした礼儀正しい文章を書く子だったが、逆を言うと、堅苦しい文章を書く子だった。
 真美も昔はそうだった、だからこそ学校広報に近付いている現状を憂うくらいに格式張った文体を恐れる傾向にある。
 しかしその記事はそれまでの日出美の文とは打って変わって、活き活きと伸び伸びと書かれていた。
 題名もそうだが、所々に過ぎる程の慇懃な表現を用いてその違和感を際立たせていたり、括弧書きなどで筆者の意見が交じっていたり。
 実情を知っている真美からみれば、情景の誇張表現は幾つか目についたが些事だ。寧ろ、それらのお陰で記事自体にメリハリがついて、面白い。
 誰かの記事に似ていた。
 そしてまた誰の記事にも似ていなかった。
 文責・高知日出美。真美はその後付をもう一度確認した。間違いない。
 
 茶話会での経験。
 面白いネタ。
 この二週間程散々に読み返していたバックナンバー。
 それらを飲み込み、日出美は飛躍しようとしている。そしてそれはきっと。
「私と同じ、道か」
 真美と同じ道程を辿って、自分を高みに押し上げようとして。
 きっとそれは、より”面白いリリアンかわら版”という真美と同じ夢を見据えて。
 
 日出美は真美の後ろにいる。いつのまにか、ぴったりと背後についてきている。
 ついてきてくれているのだ。日出美は。
 前だけを向いていた真美の後ろを。

 褒められ嬉々として席に戻った日出美を眺めながら、真美は胸のロザリオを服越しにそっと掴んだ。
 
 
 〜〜〜
 
 
 山口真美には妹がいない。
 それは振られたのでも振ったのでも、作れなかったのでも作らなかったのでもない。
 ただ、山口真美には現実として妹がいない。
 
 
 今はまだ、でも。



「あなた。私の妹になりなさい」


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