クロスオーバーです。
翠星石って名前を聞いて反応できれば分かります。多分。
これ以上ないくらいに緊急事態です。
あと数分もしないうちに祐巳さまが私の部屋に遊びに来られるんです。
祐巳さまがここに来られるのは私達が姉妹になって数回目です。
実は既に玄関まで来られているんです。
いえ、祐巳さまが来られるのはいいんです。
それだけなら問題などありません。
むしろ大歓迎です。
いえ、今はそんな事を考えている場合ではありません。
お手伝いさんがここに連れてくる前に、なんとか問題を片付けなければならないんです。
その問題とは目の前にいる、
「あの辺りの棚の上に本物の人形のように座って、
ピクリとも動かないようにしていてくれるだけでいいですから」
「寝言は寝て言えですぅ」
「とにかく!お客様がここにいる間だけは、絶対におとなしくしていて下さい」
「納得いかねぇですっ」
「……」
彼女の事です。
天才人形師ローゼンによって生み出された『ローゼンメイデン』シリーズと呼ばれる、
生きた人形達。
その中の一体である、左右で違う色の瞳を持つ翠星石。
清楚でおしとやかな外見とは裏腹に、とても口が悪いドールなんです。
「納得いかなくても納得して貰わないと困ります」
「瞳子の我侭にも困ったものですぅ」
両手を肩の辺りに上げて、やれやれですぅと首を左右に振る翠星石。
「お願いですから!」
「まったく仕方ないですぅ。ところで、さっきから瞳子の後ろに観客がいるですよ?」
「え?」
言われて振り向くと、そこには驚いた顔をした祐巳さまがいました。
「えっと。やっほー、瞳子ちゃん?」
「な、なんでここにいるんですか!?」
掴みかからんばかりの勢いで祐巳さまに迫ります。
「なんでって、お手伝いさんに案内されて。ノックもしてたよ?」
「私は入っていいなんて許可は出していません!」
「なんだか中が騒がしかったから。何か大変な事でもあったのかと思って、
お手伝いさんに頼んで入れて貰ったんだけど……」
そう言って祐巳さまが私の後ろに視線を向ける。
「ああっ!見ては駄目です!」
そっちには翠星石がいるんです。
いくら、その……かわいいとはいえ……いえ、翠星石にはもちろん言ってませんよ?
意地でも言ってやるもんですか……って、それは今は関係ありません。
そうではなくて、祐巳さまはオカルト関係にはとことん弱い方なんですから、
失神でもされたら私はどうすればいいんですか!
案の定、祐巳さまは翠星石を見て、とても驚いた顔をして、
「翠星石ちゃん?」
「やっぱり祐巳ですぅ。そうじゃないかと思っていたですぅ」
お互いの名前を呼びます。
「なんで二人とも、お互いを知ってるんですかー!!」
なので、つい私は大きな声を上げてしまいました。
祐巳さまに事情を説明して貰いました。
祐巳さまのところには真紅という名前のドールがいるそうです。
翠星石はたまに真紅に会いに行っていたらしくて、そこで祐巳さまと知り合ったそうです。
「それにしても瞳子ちゃんが翠星石ちゃんのマスターだったとは思わなかったよ」
「なりたくてなった訳ではありません」
「翠星石は祐巳がマスターの方が良かったですぅ」
「な、なんですって!?」
「もう、駄目だよ翠星石ちゃん」
「祐巳が言うなら諦めるですぅ。瞳子、ありがたく思いやがれですぅ」
なんだか私の時と反応がすごく違うんですけど。
文句を言おうとしたところで、その雰囲気を察したのか、祐巳さまが口を挟んだ。
「と、瞳子ちゃんがマスターって事はあの質問に答えたって事だよね?」
「はい?あの質問……ですか?」
「うん。『まきますか、まきませんか?』って」
「なんですかそれは?」
いったいなんの事でしょうか。
全く覚えがありませんが。
「私の場合は電話が掛かってきて、そう聞かれたから、まきますって答えたんだけど」
「そんな電話はありませんでしたけど……」
「えー?でも答えてないと……あ!」
祐巳さまが何かを思い出したように声を上げます。
そして同時に顔に浮かべた表情が『しまった!やっちゃった』だったのです。
当然、祐巳さまには何か心当たりがあるのだと分かります。
「えっと。私、今日は早く帰らなきゃ……」
決定的です。
「祐巳さま、正直に仰ってください。今のうちでしたら、
もしかしたら許してあげる事ができるかもしれません」
「ほ、本当?」
「内容次第です」
なんだか泣きそうな顔をして私を見てきます。
う……なんてかわいい。ダメです。ここで、負けたらダメです。瞳子ガンバレ、おー!
「ほら、早く仰った方が身の為ですよ?」
「分かった。話すから怒らないでね」
ある日、私の家に電話がかかってきて、私が受話器を取ったら、
『まきますか、まきませんか?』
って、いきなり質問されたの。
普通ならいたずら電話かと疑ったりするんだけど、なんだか妙に惹かれるものがあって、
「まきます」
と、答えたの。
そうしたら、数日後に真紅ちゃんの入った鞄が私の部屋に届いていたの。
それで、『まく』がゼンマイを『巻く』事だと気付いたんだけど……。
「それだけなら祐巳さまがあんな表情をした意味が分からないのですが」
「えっとね……続きがあってね……」
実は、最初の電話が終わって受話器を置いたら、すぐにまた電話があってね。
慌てて受話器を取ったら、
『まきますか、まきませんか?』
また同じ電話だったの。
当然、『まく』がどの『まく』なのか、この時点では分かってなくて、
撒く?巻く?、さっきもそうだったけど、どっちなんだろ?
そう思いながら、私は今度はこう答えたの。
「瞳子ちゃんなら、すごくうまくまけますよ」
「あなたのせいですかー!!」
私が叫ぶと祐巳さまがその場で十センチほど飛び上がりました。
涙目になって私に言い訳を言ってきます。
「だ、だって、いつも縦ロールをうまく巻いてるから……」
「それについてはありがとうございます」
「いえ、どういたしまして」
「で・す・が!」
力を込めて一文字ごと区切って言うと、祐巳さまが翠星石に助けを求めました。
「た、助けて翠星石ちゃん!」
「仕方ないですぅ。助けてやるですぅ」
「翠星石は祐巳さまの味方をするんですか!?」
「瞳子はいつも翠星石に迷惑をかけるですぅ。少しは大人しくしやがれですぅ」
「な、私はあなたのせいで、毎日毎日しなくてもいい苦労をしているんです!」
「それはこっちのセリフですぅ!」
「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いて」
祐巳さまが私達の間に割って入ります。
ですが今更、お互いに落ち着く事などできません。
「翠星石は落ち着いてるですぅ。瞳子が煩いんですぅ」
「誰が煩いですって?翠星石の方が煩いじゃないですか!」
「やっぱり祐巳がマスターの方が良かったですぅ。瞳子にはもう愛想が尽きたですぅ」
「っ!……それなら祐巳さまの所へ行けばいいじゃないですか!もう勝手にして下さい」
「あ……」
翠星石の表情が曇ったのが見えました。
それでも翠星石は強がって言ってきます。
「ふ、ふん。何を言ってるですか?す、翠星石がいなくなったら瞳子が困るですよ?
し、仕方ないからここにいてやるですぅ」
「翠星石こそ何を言ってるんです?べ、別に翠星石がいなくなっても私は……」
「瞳子!!」
祐巳さまに怒鳴られて身体が震えました。
滅多に見せる事の無い、怒った表情で私を見ています。
「いい加減にしないと怒るよ」
「……」
「確かに電話で勝手に瞳子ちゃんの名前を出しちゃった私が悪かったけど、
それでも翠星石ちゃんは瞳子ちゃんにとって大切な存在でしょう?」
「……はい」
確かにそうです。
最初はあんまり好きではなかったけれど、今は放っておけない存在なんです。
それは素直になれない所が私によく似ているからかもしれません。
「す……翠星石も、……悪かったですぅ……」
翠星石が私に謝ってきます。
「ほら、仲直りの握手」
祐巳さまが私達にそう言います。
「仕方ありませんね」
私は右手を差し出しました。
翠星石は私の差し出した手の指先を、
「仲直りしてやるですぅ」
そう言って両手で握り返してきました。
祐巳さまがそんな私達のやり取りを見て笑い始めます。
翠星石も同じように笑います。
私も釣られて笑ってしまいました。
しばらくして笑いが収まり、祐巳さまが言います。
「さて。そろそろ帰らないと」
「残念ですがそれは無理です。そうですよね、翠星石」
「祐巳には色々やり返さねぇといけねーです!」
「……」
表情が笑顔のままで固まっている祐巳さま。
このまま何事も無かったかのように逃げようとしたって逃がしません。
確かに翠星石と出逢えたのは喜ばしい事ですが、
私の名前を勝手に怪しげな電話で出した事は話が別です。
「ふ、ふたりとも仲いいね……」
「お姉さまには覚悟して頂きます」
「覚悟しやがれですぅ」
にじり寄る私達に祐巳さまが悲鳴を上げました。
「助けてぇー、真紅ぅー!」
ドスン、ドスン……と、
私達が暴れる音が松平家に響きました。
福沢家。
真紅はリビングのソファーに腰掛けてテレビを見ていた。
見ている番組は当然『名探偵くんくん』。
その隣では祐麒が真紅のティーカップに紅茶を淹れている。
そして松平家で祐巳が悲鳴を上げながら真紅の名前を呼んだ時、真紅がピクリと眉を動かした。
一言、呟く。
「やはりくんくんは天才よ」
それと同時に隣の祐麒が、何処からか祐巳の悲鳴が聞こえたような気がして首を捻っていた。