気がつけばもう桜の季節。
薔薇様方は卒業され、晴れて祐巳も二年生へと無事進級できたのである。
そして、晴れて紅薔薇の蕾へと昇格したわけだ。今自分が去年の祥子様の地位にいるなんてちっとも実感が湧かない。
「まぁ、祐巳さんはそのままでいいんじゃない?」
こちらは黄薔薇の蕾、そして晴れてクラスメイトになれた由乃さん。
「そうかなぁ、あっ!志摩子さん!」
「ごきげんよう、祐巳さん。由乃さん」
「ごきげんよう、志摩子さんも薔薇の館に?」
「ええ」
そう言ってお弁当を掲げて見せた志摩子さん。こちらも晴れて白薔薇様に昇格。
「あっ、ちょっと待って」
「どうしたの由乃さん?」
「ミルクホールに寄っていいかしら?あそこのジュースに新しい種類が増えてたのよね」
そういうとすぐさま回れ右し、早足で逆戻りしていく由乃さん。由乃さんの青信号、本日も快調なり。
「いきましょうか」
「うん、待ってよ由乃さ〜ん」
「とまぁ来て見たものの、なんなのかしらこの人盛り」
ミルクホールに入るなり、信じられないといった感じで言う由乃さん。
「あれ?由乃さんミルクホール初めて来たの?」
「そんなわけないじゃない。ここに一年もいるんだから一度と言わず十回以上は来てるわよ」
じゃあ何で?って聞こうとしたが、祐巳にも異常さが分かった。たしかに今日に限って異様に人が多いのだ。
「見たところ一年生の方が多いようだわ」
「それにもう一つ。私と同じ新作ジュース狙いの群集もいるわけだ」
なるほど。高等部へ進学したての一年生には、ミルクホールの存在が珍しくてこぞって来ているようだ。たしかに祐巳もそうだったから。それによく見ると自販機の周りに異様に人盛りが出来ている。
「今日の所は諦めたほうが良さそうね」
「そうだね、並んでたらお弁当食べる時間がなくなっちゃうし」
「駄目!私は逃げない!行って来る」
帰ろうとした祐巳達に一瞥くれてから、由乃さんは戦場へと足を踏み入れた。
「しょうがない、行こうか」
「そうね」
仕方なく祐巳達も、戦場へと足を踏み入れた。
「思ったよりすぐ買えたわね。」
5分かそこらで、自販機から少し距離をとって待っていた祐巳達の元へ上機嫌な由乃さんが帰ってきた。
「良かったね」
「まぁ私が本気になればこんなもんよ」
別に列に並んで順番に買ってただけだけど。嬉しそうな由乃さんにそんなツッコミは出来なかった。
「ねぇ、せっかくだし今日はここで食べない?あそこ席が空いてるようだし薔薇の館に行ってたら食べる時間が短くなってしまうし」
ナイス志摩子さん。ということですぐさまその案は可決となり、本日はミルクホールでランチを頂く事となった。
「それにしても」
十分ぐらい経っただろうか。ほとんどお弁当の中身も無くなった頃、由乃さんが口にした。
「そっか、私達ももう蕾なわけね。それに薔薇様も加わればこうなるのも当たり前か」
「やっぱりまずかったかしら」
「そんな事ないわ。志摩子さんの案は適切だったわ」
あの、お二人さん?全く話が分からないんですけど。
「何祐巳さん?分からないの?まぁあれだけ近所の犬の話に夢中になってたら気づかないか」
由乃さんだって喜んで犬の話聞いてたくせに。
「ふぅ、周りを見てごらんなさいな」
「えっ?、、、ぎょえ!」
祐巳の目にした光景は、まさに鮮烈だった。祐巳達を囲む人、人、人。
「な、なんで、、」
と口にしたものの、すぐさま理由は分かった。答えは簡単。自分たちは山百合会幹部だったからだ。
おそらく周りにいる子達はほとんど一年生だろう。中には席が無く、立ちながらパンを食べている集団もある。
「さっ、早く食べて帰りましょう」
「そうね」
それからは終始無言で残りのお弁当を頂くことになった。動物園の動物達の気持ちが少し分かった気がする。
「まったく、私達は見世物しゃないんだから」
怒りながら教室へ向かう由乃さん。
「でもちょっと有名人になった気分で楽しかったな」
「ふふ、そうね。私のあそこまで見られたのは初めてだったわ」
「まぁこれで得られたものはただ一つ。私達も山百合会幹部として認識されてるってことね。だから祐巳さん、もっと自信持っていいんじゃない」
「でもこれで下手な行動は出来なくなったわね」
あぁ、そっか。私でも皆の注目を浴びる存在になったって事か。だったらちやほやしてはいられないな。
もしかして、歴代の薔薇様もこうして磨かれていったのかもしれない。
「リリアン名物、「山百合会動物園」だね」
「ぷっ、何それ祐巳さん?ネーミングセンス無さすぎ」
「祐巳さんったら、ふふふ」
「もう、そんな笑わなくてもいいじゃない」
でもこの三人なら来年薔薇様となってもきっとやっていける。誰もが認める薔薇様に成ってやるんだから。