それは、唐突に見付かった。
引継ぎも兼ねて、ブゥトンに仕事を任せ、受験勉強しつつものんべんだらりと過ごしている薔薇さまたち。
たまたま一階の物置で探し物をしていた黄薔薇さまこと鳥居江利子が、バサと音を立てて、自慢の凸に落っこちてきた布の塊を拾って開いてみたところ、それは、黄色い布地にデカデカと文字が書かれていた、大きな旗のような物だった。
その文字曰く、『蒼天已死黄天当立歳在甲子天下大吉』。
意味は良く分からなかった(メンドクサイので考えなかった)が、一点だけ、注目に値する場所がある。
そう、『黄天当に立つべし』の部分。
これを見た江利子、何を思ったのかスッポンモードフルパワーの笑みを浮かべて、探し物もそっちのけで、旗を引っ掴んだまま薔薇の館を後にした。
翌週の月曜日から、黄色いヘアバンドを身に付けた江利子は、友人や取り巻きを引き連れ、例の旗を掲げさせ、時間があれば校内を徘徊していた。
取り巻きと言っても、別に自分に媚びる連中を連れているわけではない。
単に面白そうだからついて来させているだけで、黄薔薇さまの権威を損ねるような、あるいは校内の秩序を乱すような行動さえ起こさなければ、勝手にしてくれていいわという態度だった。
江利子は、普段は滅多に見せない極上スマイルを振り撒きながら、一年生から三年生まで、目に付いた生徒片っ端から声をかけて回り、軽いスキンシップを交えつつ、どんどん江利子派とも言うべき生徒を拡充して行った。
その様は、まるで農作物を食い荒らすイナゴが際限なく増えるようだった。
江利子にしては珍しいことをするものね。
卒業する前の、思い出作りをしているのね。
と、軽い気持ちでいた山百合会関係者。
しかし、江利子にあまり良い感情を抱いていないクラスメイトの一人が、菊組で密かに行われている計画を、紅薔薇さまこと水野蓉子に密告してしまった。
その計画とは、
『せっかくだから、卒業するまでに、なんでもいいから面白いことをしてしまおう』
だった。
憂慮した山百合会、本気で江利子に暴走させては、簡単には収まるハズがない。
生徒会としての権限をもって押さえ込もうとしたが、計画が漏れたことを知った江利子に、先んじて行動に出られてしまった。
江利子は自身を『天光将軍』と名乗り、仲間の一人を『地光将軍』、もう一人を『人光将軍』と名乗らせ、校内に檄を飛ばした。
彼女の底抜けのヤル気と勢いに乗せられた生徒たち、特に声を掛けられた生徒は一斉に蜂起し、学園内のおよそ半数が騒ぎ立てる始末。
リリアン女学園高等部は、かつてない喧騒と混乱に包まれた。
蓉子は、この事態を収拾するため、山百合会を中心にして、各運動部、文化部の部長や実力者を招集し、各方面で押えにかかった。
所詮は江利子一人の思いつきによる決起だったので、一週間ほどで沈静化した。
『黄巾の乱』と呼ばれたこの騒動は、生徒たちの心に深く刻みこまれ、三国鼎立の要因の一つになるのは、また後の話…。