「そういうわけで祐巳、うちに来なさい」
冬休みに入ってすぐ、お姉さまから電話がかかってきた。
お姉さまのそばに居られるなら、祐巳はもちろん喜んでどこへでも行く。
だだ、なにが“そういうわけ”なのかは祥子さまのお宅に伺うまで祐巳にはわからなかった。
「いらっしゃい、祐巳」
玄関が開くとお姉さまとともに甘い香が漂ってきた。この香は・・・?
「さあ、祐巳。こっちよ」
質問する間も無く祐巳が案内されたのは広い部屋だった。その部屋にはテーブルがいくつも置いてあって、なぜか志摩子さんや由乃さんが別々に座っていた。いや、理由はすぐにわかった。脳が理解するのを拒否しているのだ。
「祐巳の席はここよ」
そう言われて当たり前のように祐巳も一つのテーブルに案内された。
「お、終わった」
隣のテーブルに座っていた令さま。テーブルには空の皿が10枚載っている。完食したらしい。
「あら令、まだノルマは終わってなくてよ」
祥子さまが合図すると、メイドさんが新しい皿を持ってきて令さまのテーブルに置いた。
「うそ!?まだあるの!?」
令さまはそれだけ言うとひっくりかえった。
お姉さまは親友が倒れても顔色一つ変えなかった。
「あ、もしもし菜々?」
令さまの隣のテーブルの由乃さん。令さまが倒れたのを見て菜々さんに電話している。ちなみに由乃さんの前には空の皿は3枚。食の細い由乃さんにしては頑張ったほうではなかろうか。というか、倒れた令さまの事を少しは心配したらどうだろう。
「ケーキ食べ放題なんだけど、今すぐ来ない?もちろん私のおごりよ」
由乃さん、菜々さんを巻きこむつもりらしい。ノルマ達成のためには手段は選ばないということだろうか。
「そうだ、お姉さんがいたよね、3人。せっかくだから全員連れてきてよ」
人海戦術にでた。軍師由乃らしい名案である。
「令ちゃん?居るよ。10個食べたわよ。あなた達もそれくらい食べられるわよね?」
由乃さん策士だ。敵にまわすと恐ろしいが味方にすればこれほど心強い事はない、というタイプだ。由乃さんと親友で良かった。祐巳はマリアさまに感謝した。
「もしもし、お兄さま。よろしかったらケーキを食べにいらっしゃいませんか?とてもおいしいんですよ、ここのケーキ」
反対側のテーブルの志摩子さん。志摩子さんはお兄さんを呼ぶことにしたらしい。
「そういえばお兄さま、保育園を手伝っているんですよね。保育園へお土産にできるほどありますから」
志摩子さんは自分のノルマをお兄さんに押し付けるつもりらしい。
「保育園冬休み?今忙しくて抜けられない?そんなことおっしゃらずに」
旗色の悪そうな志摩子さん。でもそんな素振は全く見せず、毅然としていた。まだアテがあるのだろうか。
その隣で黙々と箱に詰めている乃梨子ちゃん。どうするのか聞いたら、千葉の実家とタクヤ君に宅配便で送るのだという。乃梨子ちゃんはクールだ。どんな時も落ち着いて物事を処理する。というか乃梨子ちゃん、家族とボーイフレンド(?)に全部押し付けるんですか。ちなみに荷物はクール指定していた。
「さっちゃん」
皿の山に隠れて気付かなかったけど、柏木さんがいた。皿の山は・・・ざっと20枚はあるだろうか。さすが柏木さん、苦しそうな素振を全く見せていない。でもテーブルにはまだ皿がたくさん・・・
「なにかしら、優さん」
「僕のさっちゃんに対する愛情は無限だが、残念ながら僕の胃袋は有限なんだ」
それだけ言うと前のめりに倒れ伏した。さすが柏木さん、倒れる時もさわやかな笑顔で前向き。後ろ向きにひっくりかえった令さまとは大違いだ。
その向こうで優雅に紅茶を飲む瞳子ちゃん。前には皿が1枚だけ。
「ケーキは一度に1個と決めていますから」
ノルマとやらはどうしたんでしょうか。
「私の分は既に発送準備してあります、ほら」
そう言って足元に箱が山積み。もう箱に詰めた後なんですね。
ちなみに瞳子ちゃんは誰に送るんですか。
「敦子さんと美幸さんです。そして可南子さん。あと、先輩Aですわ」
アツコさんとミユキさんですか。ところでセンパイエイってなんですか?祐巳は聞こうかと思ったが、瞳子ちゃんの「先輩A」と言った時の表現しがたい表情を見て、瞳子ちゃんの台詞自体を聞かなかったことにした。
「そうだ祥子さま。お姉さまたちをお呼びしませんか?」
お兄さん召喚に失敗した志摩子さん。志摩子さんは自分のお姉さまを売る気ですか?
「それはいいけど志摩子、上手に理由を考えてね。お姉さまも聖さまも既に去年召し上がってるから」
お姉さまは既にお姉さまを売っていたんですね。
「それでは仕方ないですね」
志摩子さん、あきらめるんですか。
「乃梨子、手伝ってもらえないかしら」
そういって箱詰めを始める志摩子さん。誰に送るんですか?
「もちろん、お兄さまとお姉さまよ」
とても華やいだ志摩子さんの声を祐巳は忘れまいと思った。
「そうか、江利子さまがいたか」
お姉さまに田中四姉妹が来たら通してくれるよう頼んだ由乃さん。由乃さん、江利子さまも呼ぶつもりですか。
「しょうがないでしょ、令ちゃんの分が残ってるんだから」
由乃さん、令さま思いの良い妹です。
「今日こそ決着つけてやるわ」
由乃さん、いまだにそんな事考えていたですか。
「そういえば江利子さまにはシスコンのお兄さんが3人居たわね。ちょうどいい、まとめて呼びましょう」
由乃さんの知り合いには四人兄弟が多くてこういう時はとても便利だなと祐巳は思いました。
「ところで祐巳」
「なんですか、お姉さま」
「他人の実況中継をしていてもあなたの分は一つも減らないのよ」
しかたありません。こうなったらイチかバチか。
「お姉さま……」
駄目でもともと。祐巳は由乃さんに負けないような可愛らしい顔を努力で作って、助けを求めたはみたのだが。
「そういうことだから。覚悟を決めてね、祐巳」
見事に玉砕。
愛情の量や質の問題ではない。ただ単に、今日のお姉さまはいつものお姉さまというだけの話だ。
「返事は?」
「……はい」
というわけで、先週はあっという間に家族で平らげてしまったケーキを、今日はぶっちぎりでモノにしてしまった。
―――福沢祐巳、十七の冬。
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「祐巳のお母さまからも、お礼のお電話いただいたみたいね。かえって申し訳なかったわねって、母とも話をしていたのよ」
「見た目も綺麗だから、うちの母は最初、お菓子屋さんのケーキだと思ったみたいですよ」
「あまり褒めないで。母の耳に入ったら、気をよくしてまた大量のお菓子を焼いてしまうわ。そうしたら、責任をとって祐巳に食べに来てもらうわよ」
「喜んで!」
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そんな会話をしたなーと思い返しながら。
「ごちそうさまでした」
清子小母さまの手作り。
おいしかったです。