「リリアンの七不思議?」
またベタなことを突然言い出したのは、紅薔薇のつぼみ福沢祐巳さまだった。
放課後の薔薇の館にて、他愛ない雑談をしている時に、祐巳さまの口から飛び出したこの単語。
小学校、中学校では良く聞く話ではあるが、何故か高校ではあまり聞かなくなるのは、やはり生徒の精神年齢の違いによるものか。
ともあれ、小学生中学生と精神年齢が近い祐巳さまのことだから、こんなことを言い出したところで、不思議でもないのだが。
と、自分でもちょっと黒いかな?と思いつつ、あながち間違いでもないだろうとも思う私は、白薔薇のつぼみこと二条乃梨子。
「うん。中等部では結構聞いてたんだけど、高等部ではほとんど聞かないじゃない? でも、稀にそんな話が、思い出したように出てくるから、七つあるかどうかは分からないけど、どんなものがあるのか知りたくて」
「う〜ん…」
眉を顰め、天井を見つめながら考え込むのは、黄薔薇のつぼみこと島津由乃さま。
その横で、私のお姉さま、白薔薇さまこと藤堂志摩子さまも、記憶を辿るように斜め上に視線を向けている。
「私が知ってる話では…」
おっと、何かを思い出したのか、由乃さまが語り始めた。
「『笑うマリア像』ってのがあったわね」
「って、どんな風に笑うの?」
「いや、ただ単に微笑を浮かべてるだけなんだけど」
「笑ってないじゃない」
「微笑も笑いの一種じゃないのよ」
…期待した私がバカでした。
「そういえば…」
お、志摩子さんも、何か思い出したみたい。
「『笑うマリア様の絵』というのがあったわね」
「…まさか、微笑んでいるだけって言わないよね」
「………」
マリア様にも負けない素敵な笑顔で、さり気なく視線を逸らす志摩子さん。
「で、乃梨子ちゃんは聞かない?」
志摩子さんの微笑を堪能しているってぇのに、無粋に声をかけてきた由乃さま。
祐巳さまではなく由乃さまの方が積極的になってるのは、まぁいつものことか。
「いくつか耳にはしましたが、信憑性はゼロに近いですよ」
「それでもいいから、どんなのか教えてよ」
「はぁ…」
ほんと、どうでもいいことにはやたら積極的な人たちだ。
志摩子さんまで、期待に満ちた目で見てくるし。
「えーと、消えた山村先生というのが…」
「そんな内輪ネタはいらないの。他には?」
思わず舌打ちしそうになったけど、そこはグッと我慢。
何故か祐巳さまは青い顔してますが。
「あるトイレから、『るんるんるん』といった、今時アリかよ?な鼻歌が聞こえたことがあるそうです」
「あー、それは確かに怖いわね。七不思議に値するわ」
「ほんと、一度聞いてみたいわね」
お三方の同級生だってことは、既に裏が取れてるけど、それは黙っておくことにして。
「これで三つね。他には?」
あれあれ?笑うマリア像やマリア様の絵も含まれてますか?
何でもアリですか?
「他には…、『笑う福沢諭吉』とか」
「笑う福沢諭吉?笑う福沢祐巳なら毎日見てるけど」
「私なんて、笑う福沢祐麒を毎日見てるわよ」
お二人とも、まったく関係ない話で脱線しないでください。
「で、その『笑う福沢諭吉』ってどんなの?」
「残念ながら、今手元に諭吉が無いので、野口英世で我慢してください」
言いつつ背を向け、何をするかは言わずもがな。
「こんなのです」
『ブフッ!?』
案の定吹き出すお三方。
「それで、逆から見れば泣いた顔になります」
『ゲブッ!?』
机に突っ伏して痙攣している祐巳さまに由乃さま。
由乃さまの場合、手術前なら緊急入院してても不思議ではないくらい。
志摩子さんも、肩がビクビクしてるけど大丈夫かな。
「そ、それで、ほ、他には…?」
由乃さま、顔の造作が歪んでます。
黄薔薇さまが見たら、泣き出しそうなぐらいに。
「これがラストになりますが、『笑う生徒会長』ってのがあります」
「それってどんなの?」
落ち着いたのか、普通に聞いてくる祐巳さまですが、若干頬が引き攣ってます。
「ええ、まるで貴公子のように、気障で爽やかな笑みを浮かべてたって話です。これはこれで、嫌な話ですが」
「なんだ、柏木さんのことか」
「確かに嫌だけど、全然不思議じゃないわよ。他には?」
「だから、それで最後ですってば」
「何よ、使えないわね」
そう言うアンタは、『笑うマリア像』以外に何を挙げましたか?
「あ、そう言えば…」
祐巳さまが、何か思い出したようです。
「『笑う膝』って聞いたことがあるよ」
「走りすぎてそうなった、ってオチではありませんよね」
露骨に顔を背ける祐巳さま。
「なんだかさっきから、『笑うナントカ』ばっかりね」
苦笑いしながら志摩子さん。
「まぁ、定番ではあるけれど」
「何の話?」
「ごきげんよう黄薔薇さま」
姿を現したのは、黄薔薇さまこと支倉令さま。
「七不思議の話をしてたの」
「あぁ、結構聞くわね」
と言う事は、令さまはいくつかご存知であると。
「どんなのがありますか?」
「私が聞いた話では、『音楽室の連弾』というのがあるわね。なんでも、仲は良かったけど姉妹になれなかった二人の怨念によるものだとか。去年の学園祭前あたりから広まった話で」
「結構新しいのですね」
ん?そういやそうだ。
ほんの一年前の話が、七不思議になるのだろうか。
祐巳さまの、なんとなく気まずそうな表情が気になりますけど。
「他には、『どこからとも無く感じる視線』ってのがあったね。確か、由乃らが入学してきた頃から急に広まって、今年の春から更に視線を感じる人が増えてきたとか」
「えーと、まさかとは思いますけど…」
「まさかどころじゃないと思うな」
「あの人しかいないでしょう」
「…あー、そうか」
気付いていなかったらしく、ようやく合点の声をあげた令さま。
おまけに増えた視線ってのは、あのデッカイ人なんだろうけど。
「碌な不思議がありませんでしたね」
「ツマンナイ話ねー」
私の言葉に、あからさまに落胆する由乃さま。
「あーそうそう、もう一つあった!」
手の平をポンと叩きつつ、身を乗り出す祐巳さま。
「『怪奇!?ドリル女の恐怖』というのが…」
「どんなお話ですか?」
音もなく現れたのは、私のクラスメイトで演劇部所属の松平瞳子。
声のトーンがいつもより低く、ドンヨリとした目で祐巳さまを睨んでいた。
「ドリル女っていったい何なのでしょう?じっくりお聞かせ願いますわ…」
祐巳さまの襟首をガッシと掴んだ瞳子、そのままズルズル引っ張って、会議室から出て行った。
『………』
残された私たちは、『口は災いの元』という格言?を思い出しつつ、黙って見送るしかできなかった。
こうして、祐巳さまだけ、ドリル女の恐怖を嫌と言うほど味わうハメになったのでした。
それで結局、七不思議の話はどこに行ったんでしょうね?