【1298】 二人だけの宝物二人のじゃれあい  (翠 2006-03-28 22:18:32)


【No:1286】→【No:1288】→【No:1291】→【No:1297】の続き
(そして、これが私が世に送り出した作品の60本目)




私が志摩子さんと張り合う理由?
……過去に一度、煮え湯を飲まされたの。
あれは私が財布をなくした時のこと。
うん、【No:1264】の投さんの書かれたあの事件。
ねぇ、翠さん。
今更だけど、名前を変えても、なんだかバレバレな感があったよ?
気にするな?
だいたい、翠って名前も翠星石から付けたんじゃないの?
え?違う?
翠星好き?なんの冗談?笑えないよ?
そう言えば、なんで名前を変えたの?
『なげる』って読むのか『とう』って読むのか、自分でも分からなくなった?
適当な名前を付けるからじゃないかな?
皆さんも気をつけようね。





遂に決戦の時が来た。
『悪魔』白薔薇さまと『狩人』黄薔薇さま。
二人を蹴落として、私がリリアンの頂点に立つ。
なーんてね、そんなモノに興味は無いよ。
私はね、今の薔薇の館が好き。
志摩子さんだって由乃さんだって、乃梨子ちゃんも菜々ちゃんも好き。もちろん瞳子だって。
皆だって同じだと思う。
ただ、私が他人とちょっと違うのは、好きだけど愉しみたいの。
普通に愉しむのではなくて、なんて言うか……、陥れて愉しむ?
うん、そう。これに限る。
と言うわけで、今日も愉しみたいと思います。


現在、薔薇の館には乃梨子ちゃんが一人お留守番をしています。
勿論、私がそうなるように仕向けました。
そっと扉を開いて、隙間から中の様子を見てみると……お、いたいた。
わお!
しかも、ちょうどいいタイミング!
実は志摩子さんの荷物をちょこちょこーっと弄って、体育着が一番上になるようにしておいたのです。
どうやら、乃梨子ちゃんがそれに気付いた模様。
部屋の中を行ったり来たり、でも志摩子さんの荷物の前で止まる時間がだんだん長くなっています。
チャンスだよ乃梨子ちゃん。今なら私しか見ていないから!
イケイケ乃梨子!
ゴーゴー乃梨子!
お姉さんがやさしく見守ってあげるからね。
あなたが特殊な趣味の持ち主だって事は、よ〜っく知ってるから。
躊躇い無くいっちゃえ!
キョロキョロして明らかに挙動不審な乃梨子ちゃん。
ゆっくりと体育着の袋に手を伸ばし始める。
なんだかもう、見てられないくらいに顔が真っ赤だ。
そして、ついに志摩子さんの体育着の入った袋の中身を覗いた乃梨子ちゃん。
プルプルと全身を感激に震わせている。
分かる分かる。よ〜っく分かる。
私も瞳子ちゃんの体育着を手に入れた時は感動で全身が震えた。
ちゃんと『後で』瞳子ちゃんの許可は貰ったけどね。
今も部屋に飾ってあって、家宝にしようかと思ってる。
最近、祐麒がちょっと不審な行動をしているけれど、祐麒なんてどうとでもできる。
ちなみにお姉さまは放っておいても体育着をくれた。
けど、私は着れないし使い道が無い。
だってスタイルが……、思い出したら腹が立ってきた。
と、そうだ。今は乃梨子ちゃんの方が大切だった……って乃梨子ちゃーん!?
慌てて扉を開いて部屋に駆け込む。
志摩子さんの体育着を手に持ったまま、乃梨子ちゃんは悶え(萌え)死んでいた。




ペチペチと誰かに頬を叩かれている。
「う……、なに?」
目を開くと、最初に飛び込んできたのは祐巳さまの顔だった。
「あ、目が覚めた?」
「なんで叩いているんですか?」
ゆっくりと起き上がる。
床に寝ていたからか、体のあちこちが痛い。
そう言えば、なんで寝ていたのだろう?
「って!」
思い出した!
最近、志摩子さんとのスキンシップが極端に少なくなった私は、それに耐えられず、
誘われるように志摩子さんの体育着に……。
「大丈夫?」
祐巳さまが掛けてくる心配そう声に、「はい」と言いかけて気が付いた。
見られたー!?
「大丈夫そうだね」
「あ、あの祐巳さま?」
「大丈夫、心配しないで」
そう言われて『終わった』と思った。
よりによって、この人に知られてしまうとは……。
「ち、違うんです!全ては体育着が悪いんです!」
「犯罪者は皆、同じ事を言うの。私も瞳子ちゃんにそう言った」
「あんたもかーーーー!」
「だから心配しないで」
「祐巳さま……」
見詰め合う私と祐巳さま。
特殊な趣味を持つ者にしか分かり得ない確かな何かが、今ここにある。
「ちゃんと志摩子さんだけには伝えておくから」
「それだけはやめてーーーー!」
「んふふー、どうしようかなー?」
ニヤニヤ笑いながら祐巳さまは私を見ている。
こうなったら刺し違えてでも……ん?
「なんで志摩子さんの体育着をあなたが着てるんですかー!」
改めて見ると、祐巳さまが志摩子さんの体育着を着ている事に気が付いた。
まだ私も着た事が無いのに!
「似合う?」
「似合いませんっ、今すぐ脱いで下さい」
「乃梨子ちゃんのエッチ……」
「な、なにを言って……」
言いかけて祐巳さまに思わず見とれた。
恥じらいの表情がとても……その、可愛らしくて。
瞳子が夢中なのも頷ける。
確かに黒い、というか真っ黒だけど、祐巳さまはとても可愛い。
「脱いだところ、見たい?」
ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだよね?
私には志摩子さんがいるもの、それに瞳子に悪いし。
「見たくありません」
理性を総動員させて、なんとかそう言えた。
祐巳さまは、途端につまらなそうな表情をした。
「脱げと言ったり、見たくないといったり、乃梨子ちゃんは我侭だね」
「別に見せなくても脱げるじゃないですか!」
と、私がそう言うと、何か思いついたのかにんまりと笑う。
「仕方ないなぁ。じゃ、ジャンケンしよ?」
「は?」
「二回勝負ね。乃梨子ちゃんが一回勝つごとに一枚脱いであげる。
 別に見なくてもいい。けど私が勝つごとに私の命令を聞く事。いいね?」
ものすごく嫌な予感がする。
そうだ、このまま放っておいて、皆が来るのを待つのはどうだろうか?
いや、ダメだ。
どうせ『乃梨子ちゃんがムリヤリ私に志摩子さんの体操着を着せて……』とか言われるに決まってる。
どうする?
何かいい手は……。
考えていると、祐巳さまが言った。
「ジャンケン、ポン」
しまった……、つい反射的に手を出してしまった。
でも、助かった事に私の勝ち。
「負けちゃったね」
祐巳さまは悔しそうに体育着に手をかけ……。
ちょっと待てー!
「ほ、本当に脱ぐんですか!?」
「私が言い出した事だからね」
祐巳さまは、そう言って躊躇い無く、着ている体育着の上側を脱いだ。
ごくっ。
思わず唾を飲み込んだ。
って、私は変態さんか?
まぁ、脱いだといっても、いきなり素肌が見えるわけではない。
とても残念な気がするのは何故なんだろう?
あ、でも祐巳さま、本当にあんまり胸が大きくない。
「なんだかとっても悪意のある嫌な視線を感じるんだけど?」
「いえ、別に」
これくらいなら、志摩子さんの方が……。
と、非常にマズイ事を考えかけて頭を振る。
祐巳さまが脱いで、私は逆に平常心を取り戻した。
「じゃ、次いくね。ジャンケン、ポン」
「あっ!」
「私の勝ちだね」
ま、負けてしまった……、いったい何をさせられる?
祐巳さまの表情から読み取ろうとするけど、全くダメだった。
「手を出して」
「手ですか?」
嫌々ながら手を差し出した。
そんな私の両手首を掴み、祐巳さまは私ごと後ろに倒れ……てー!?
二人して後ろにあった机の上にもたれかかるように倒れた。
しかも、私が祐巳さまを押し倒したような格好になっている。
慌てて起き上がろうとしたけど、祐巳さまは私の両手をしっかりと握って離さない。
「は、離して下さ……」
私を見つめる潤んだ眼差し。
桃色に上気した頬。
紅い唇……。
祐巳さまの匂いが私の鼻腔をくすぐる。
香水の匂いではなくて、祐巳さまらしいお日様のような匂い。
まるで干した布団のような匂い。
そして、とても暖かい。
本人は黒いけど……、でもすごく心地いい。
これを独り占めなんて、本当に瞳子が羨ましい。
「じゃ、続きをしよっか」
「つ、続き!?」
「ジャンケンの……、だよ?他に何か想像した?」
悪戯っぽい表情で祐巳さまにそう言われる。
はい、思いっきりしてました。
「でも残念。タイムオーバー」
祐巳さまが、そう言って扉の方へと顔を向ける。
私も同じように、そちらに視線を向けた。
「ふ、ふふふふふふふふふふ、楽しそうね乃梨子?」
「随分と楽しそうですね、乃梨子さん?」
ひいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?
お、鬼と悪魔がいる!!
瞳子によく似た鬼と、志摩子さんによく似た悪魔が!!
「ち、違うんです!これは……」
「乃梨子ちゃんがムリヤリ私に体育着を着せて……くすん」
えええええ?祐巳さまっ!?
「乃梨子、どういう事か」
「当然、聞かせて貰えますよね」
殺されるかもしれない……。
「待って!」
と、二人に迫られている時に祐巳さまの声が響いた。
「違うの。ううん、違わないんだけど、乃梨子ちゃんは寂しかったのよ」
はい?
いきなりワケの分からない事を言い出した祐巳さまに、私を含めた三人が視線を向ける。
「最近、志摩子さんとのスキンシップが極端に減っていたから、乃梨子ちゃんは寂しかったの」
「そうなの、乃梨子?」
「そ、それは……」
「そうなのね。……ごめんなさい。あれ以来(【No:1297】)あなたと触れ合う機会が少なかったわね」
それは、私が悪い。私が志摩子さんを見捨てて帰ったから……。
志摩子さんが、落ち込んでいる私を抱き締めてくれる。
祐巳さまと違う暖かさ、違う匂い。
でも、とても安心できる心地よさ。
志摩子さんに抱き締められている私の視界の隅に、祐巳さまと瞳子の二人の姿が入った。
祐巳さまが瞳子に何か言われている。
「ばかばかばかばかばかばかばかばかー!!お姉さまが無防備なのが大問題なんです!」
瞳子は私が襲ったと勘違いしているようだが、祐巳さまが怒られているので、いい気味だ、と思った。
すると、私が見ている事に気付いた祐巳さまが、何故か私に向かって微笑んだ。
なんだろう?と思って見ていると、
『よ・か・っ・た・ね』
と、音に出さずに祐巳さまの唇が動いたのが分かった。
ここで、ようやく気が付いた。
祐巳さまは、私と志摩子さんの事を心配してくれてたんだ。
だから、あんな事を……、まったく、お節介で傍迷惑な……。
そう思いつつ、私は祐巳さまに微笑み返した。


「えっと……」
「どういう状況なんでしょうか?」
書類集めからようやく帰ってきた黄薔薇姉妹が、不思議そうな表情で私達を見ている。
抱き締めあう私達、白薔薇姉妹。
少し離れた所では、
「お姉さま、ちゃんと聞いているのですか?」
「分かったから、もう許してよ」
と、紅薔薇姉妹。
「何があったと思う?」
由乃さまが隣に立つ菜々さんに尋ねている。
「さぁ?」
当然、分かるはずがない。





数日後。
結局、祐巳さまを押し倒したのは私という事になってしまったが、
志摩子さんとの仲がより一層良くなったので、それについては不問にしておく事にした。
ついでに、志摩子さんの体育着を着ていた事も同じく不問に。
というか、この祐巳さまを相手にしても勝てる気がしないし。
とりあえず、それは置いといて、
「この間は、ありがとうございました」
「志摩子さんが元気じゃないと、私としても張り合いが無いから」
そうでしょうけど、それでもです。
確かに私が志摩子さんを見捨てて帰って以来、志摩子さんも私も多少、落ち込んでいた。
志摩子さんは私に見捨てられた事に。
私は、そのあとに志摩子さんに激怒された事に。
まぁ、見捨てたのは本当に私が悪かったと思う。
でも、あの日は通販で買った仏像写真集が届く日だった。
すっかり忘れていて、思い出した時には祐巳さまと志摩子さんがあんな状態だったから、
言い出せなくて……、でも、それももう済んだ事。
今の私にはそれよりも大切な問題があったりする。
「ですが、あれから瞳子が口を聞いてくれないんです」
この間から、私が名前を呼んでも瞳子は何も返さずに、ただ無表情のまま、
まるで道端に落ちているガムでも見るかのような目で私を見てくるようになった。
「それはつまり、次は瞳子ちゃんと?」
嬉々とした表情で祐巳さまが尋ねてきた。
「お願いですから、何もしないで下さい」
いや、本当に……。


一つ戻る   一つ進む