「あー、あー」
放課後の薔薇の館でただ一人、発声練習に励んでいるのは、白薔薇のつぼみ二条乃梨子だった。
「なんでやねん、なんでやねん」
「んなアホな、んなアホな」
「んなワケないやん、んなワケないやん」
「んだとワレ!?、んだとワレ!?」
「んじゃコラ!?、んじゃコラ!?」
「いてまうどぁんダラァ!?、いてまうどぁんダラァ!?」
「しばくどオンドレくそったれ!、しばくどオンドレくそったれ!」
「ワレなーぬかしてけつかんねん!?、ワレなーぬかしてけつかんねん!?」
だんだん台詞の質が、険悪な方向にずれて行く。
『志摩子さん、どうする?』
『どうする?って聞かれても…』
ビスケット扉の前で、ひそひそ話をしている紅薔薇のつぼみ福沢祐巳と、白薔薇さま藤堂志摩子。
中から何かが聞こえてきたので、そっと聞き耳を立ててみれば、乃梨子がすげぇおっかないことを言いまくっているではないか。
志摩子自身たまに乃梨子の関西弁を聞くし、祐巳も乃梨子から関西弁を学んだことがあるので、何を言っているのか理解は出来るのだが、理解できるが故に、本場の関西弁が持つ恐ろしさを感じられずにはいられないのだった。
『誰か他にいるのかな』
『でも、乃梨子以外の声は聞こえないわね』
「息の根止めたろか!?、息の根止めたろか!?」
嫌でも聞こえる乃梨子の声だが、どうにも物騒極まりない。
『このまま放っておくわけにも行かないね』
『そうね。理由はさっぱりだけど、万一他の人に聞かれるのは問題ね』
『何してるの?』
『ってわぁ!? おおおおおお姉さま!?』
『ごきげんよう、祥子さま』
『こんなところでおしゃべりしてると、通行の邪魔よ』
言うが早いか、あっさり扉を開けて、中に入った紅薔薇さま小笠原祥子。
「ごきげんよう乃梨子ちゃん」
「やかましわお前は黙ぁっとれ!、やかましわお前は………え?」
背後から聞こえた声に、引き攣った顔で振り向いた乃梨子の前には、別の意味で顔を引き攣らせた祥子が立っている。
なんとも悪い台詞の時に、なんとも悪いタイミングで声をかけたものだ。
「う、えーと、その…ごきげんよう紅薔薇さま」
慌てて取り繕うように無理矢理笑みを作りながら、祥子に挨拶する乃梨子だったが…。
祐巳や志摩子のとりなしによって機嫌が直るまで、祥子は口を開かなかった。
乃梨子は誓った。
薔薇の館では、二度と関西弁を使うまいと。