【13】 ユミトーどすこい伝説  (柊雅史 2005-06-10 00:58:42)


「あ……」
ふと手を伸ばした拍子に、偶然瞳子の指先が祐巳さまの手に触れてしまった。
予想もしていなかった、不意打ちの接触。
誰もいない薔薇の館で、祐巳さまは黙々とお仕事を続けていて。
瞳子は乃梨子さんも祥子さまもいないなんてつまらないですわ、なんて。悪態をつきながら憮然と椅子に腰掛けていたのだ。
そのままどのくらい、気まずい沈黙が続いただろう。
瞳子が中々書類から顔を上げてくれない祐巳さまにイライラしつつ。テーブルに置かれた花瓶からひらりと舞い落ちた薔薇の花びらに気付いて手を伸ばした時だった。
不意に祐巳さまがこつん、と肘で消しゴムを転がして、慌てて手を伸ばしたのだ。
ちょうど、瞳子と同じ方向に。
いきなり触れ合った手に、互いに驚いたように顔をあげて、ばっちりと二人の視線がぶつかってしまった。
慌てて手を引っ込めていれば、まだ良かった。でもその機会は既に逸してしまっている。
瞳子の手は祐巳さまの手を押さえるように軽く触れていて。瞳子にはその手を離すことが出来なかった。
指先に感じる祐巳さまの手の温もり。
祐巳さまも祐巳さまで、手を引っ込めるつもりはないようで、瞳子のことをじっと見詰めている。
あまり見ないで欲しい、と思う。
でも、ここで視線を逸らさないで欲しい、とも思う。
「……瞳子、ちゃん……」
「祐巳、さま……」
なんとなく掠れた声でお互いの名前を呼び合う。
しん、と静まり返った薔薇の館に、小さな声が染み入るように消えて行く。
どちらからともなく、瞳子と祐巳さまが上体を、ぐっと前に乗り出して――
「……祐巳さま……」
「瞳子……」
二人の前髪が、さらりと触れ合った。


「ごっきげんようーーーーー!」


ばたん、と扉を開けて元気良く室内に飛び込んだ由乃の目に映ったのは、みょ〜に顔を寄せ合ったままこっちに目を向けている、祐巳さんと瞳子ちゃんの不自然な姿だった。
互いにテーブルの上に体を乗り出して、なんだか物凄い緊張感に満ちた空気をかもし出している。
なんだろう、と由乃は目を瞬いた。
「えっと……?」
「!!! ど、どすこーいっ!!」
「きゃあ!!」
何してるの、と聞こうとした由乃のセリフを遮るようにして、突如として瞳子ちゃんが机に置いていなかった方の手で、祐巳さんを突き飛ばした。
いきなりの展開に、由乃も「ひゃぁ!?」と小さい悲鳴を上げる。
「と、瞳子ちゃん、祐巳さんに何を!?」
「お、おほほほ! 油断しましたわね、祐巳さま! このどすこい勝負、瞳子の勝ちですわ、どすこーい!」
尋ねる由乃を無視して、瞳子ちゃんがなんか分からん勝利宣言をぶち立てた。
「う、うわー、瞳子ちゃん、強いよ! 私の負けだよ、どすこい勝負! どすこーい!」
ハテナマークを浮かべる由乃だが、どうやら瞳子ちゃんの意味不明な勝利宣言は、祐巳さんには通じている、らしい。
「ふふふ、これで私の13勝12敗ですわ!」
しかも既に25回もやってるらしい。
あははー、とどこか不自然に聞こえなくもない笑いを響かせる祐巳さんと瞳子ちゃんに、由乃は眉を寄せて思うのだった。
――この二人、なんて仲良しなんだろう、って。


『祐巳さまと瞳子ちゃんは放課後、どすこい勝負を繰り返すくらいにラブラブ』
そんなよく分からない噂が、由乃さまの口から広まったわけだけど、瞳子はきっとこれでよかったのだ、と思うことにした。無理矢理。
だってあと少し由乃さまが来るのが遅れていたら――二人の仲はどすこい勝負どころではなくラブラブ、なんて噂が流れていたかもしれないのだ。
放課後二人でキスしてるくらいにラブラブ、なんて噂が立つよりも、まだどすこい勝負の方が良い。
瞳子はそう、前向きに思うことにした。

「――って、思えますかっ!!」
どすこい勝負のルール――瞳子がでっち上げた――を紹介するリリアンかわら版を破り捨てながら、瞳子は澄んだ青空に吼えるのだった。


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