由乃さまは菜々ちゃんしか眼中にないらしい。
「それでわたしはますます追い込まれました、か」
剣道部の交流試合から数日後、薔薇の館でため息をつく祐巳さまの姿があった。
「そんな暗い顔してたら一年生が寄りつきませんよ。一服してください。」
「きついこと言うねえ、乃梨子ちゃん。」
薔薇の館には祐巳さまと乃梨子の二人。祐巳さまの好みに合わせて砂糖増量のダージリンのミルクティーを入れて、二人で飲みながら、休憩することにした。すったもんだの茶話会も終わって、山百合会は暇な季節。
外は12月の霧のような雨があたりをけむらせている。すぐ前にあるはずの校舎も見えなくなって、窓の外は在りし日の武蔵野の森のように白く霞んだ景色になっていた。
「なんだか学園祭の頃が懐かしいな。にぎやかで楽しくて。」
ことり、と祐巳さまはティーカップを置く。
「可南子ちゃんも瞳子ちゃんもなんだか遠くへ行ってしまったみたい。瞳子ちゃんも茶話会以来話そうとすると逃げちゃうんだな。」
瞳子は、と、のどまで出かかった言葉を乃梨子は飲み込む。まだ、祐巳さまにはなにも言えない。そう、瞳子が自分の意志で動き出すまでは。
突然ばたん、とビスケット扉が開く。その瞳子が立っていた。
「ごきげんよう。祐巳さま、乃梨子さん。」
「瞳子!」あいかわらず足音をさせないやつだ。
「ごきげんよう、瞳子ちゃん。ひさしぶり。」
ちょっと怒ったように見える瞳子は、正面から祐巳さまを見据えている。
「祐巳さま、お話がありますの。」
「あら、なにかしら。わたし、また瞳子ちゃんに怒られるようなことした?」
乃梨子は立ち上がる。
「私ははずしましょうか。」
「いいえ、乃梨子さんもいてくださいまし。」瞳子が言う。
「瞳子がそう言うなら。」
瞳子のためにもう一杯紅茶を入れることにする。
「さて、あらたまってなあに。」
「祐巳さま…あの…。」
話しづらそうな瞳子、ってついに素直になる気になったか。
「祐巳さまは瞳子のことを好き、ですか。」
「うん、大好きだよ。」
「妹にしてもいいくらいに好き、ですか。」
顔を真っ赤にして、ついに言った。がんばれ。
「え…。本気、なの?」
「本気です。本気と書いてマジと読むんです。」
そこでボケるな。
「瞳子ちゃん、わたしはお姉さまみたいな美しくて完璧な人じゃないんだよ。」
「そんなことはかまわないんです。」
いつになく静かに話す瞳子。
「祐巳さまはご自分がどんなに素敵な方かおわかりになっていないんですわ。」
「えっ!?」
目を見開いて絶句する祐巳さま。
「…それって…出会った頃に可南子ちゃんが言っていたのと同じセリフだよ。」
祐巳さまが絞り出すように言う。この展開は、まずい。
「可南子ちゃんはね、わたしに夕子さんの幻を重ね合わせていたわ。瞳子ちゃん、あなた…わたしにお姉さまを…」
「祐巳さまっ。それはあんまりです。」
真っ青になる瞳子。
「わたくしは夏休みに、西園寺さまの別荘でマリアさまのこころを歌う祐巳さまを見ていましたわ。西園寺の曾お祖母様が祐巳さまだけに心を開いて、あの時からわたくしは祥子お姉さまではなくて祐巳さまを見ていたんです。」
「あの時だって祥子さまのピアノがあったからあんなことができたんだよ。私にはないものを見ているんだよ、瞳子ちゃん。」
「それじゃあ、祐巳さまに励まされて薔薇の館に通っていた学園祭までの間、ずっとわたくしは紅薔薇さまの幻をみていたとおっしゃるのですか。うれしかったんですよ。うちにおいでとまで言っていただいて、ほんとにうれしかったんですから。」
涙声になる瞳子。いつも通るはずの声がかすれてる、これは演技じゃない。
「でも、来なかったじゃない、瞳子ちゃん。私に頼らなくたって瞳子ちゃんはやっていけるんだよ。」
「祐巳さま!」
「私は祥子お姉さまにはなれないよ。」
「どうして…どうしてわかって…」
突然くるりと振り返りビスケット扉を飛び出す瞳子。
一瞬固まる祐巳と乃梨子。
その間に、瞳子はもう薔薇の館を走り出て去っていく。
「瞳子ちゃんっ。」
「瞳子!」
祐巳さまが追いかけて外に出た時にはもう瞳子の姿は校舎の影に隠れるところ。もう追いつけない。霧が瞳子の背中を隠す。
雨が降る。枯れ葉を濡らして霧雨が降る。茫然と立ちつくす祐巳。
まだそんな勘違いをしてるのか祐巳さま。いえ、可南子と同じ言葉を偶然使ったのが不運。最悪のストーリーじゃないか。口をはさむ隙もなかった、いや私が口を出せることじゃない。
「祐巳さま。」
傘をさしかける。とにかく頭を冷やさなきゃ。志摩子さん、まだ来てくれないの?
「とにかく館に入りましょう。」
聞こえていないように祐巳さまがつぶやく。
「なんだかお姉さまと行った避暑地の朝の林みたいだわ。」
違うのはしん、と冷え込む寒さ。
「瞳子ちゃんと一緒に、いえお姉さまと三人であの景色を見るのがわたしの望みなのかしら。」
冷たい霧雨が降り続く。
「わからない。」
「祐巳さま。とにかく中へ。」
抱きかかえるように祐巳さまを連れて館へもどる。あたりはもう暗い。
「『つづく』と祐巳はつぶやいた。」
「もうっ、なんでシリアスなのにいきなり怪盗紅薔薇モードで乱入するかなあ。要するにあとがきが書きたいんですね。」
「そうよ、瞳子ちゃん。」
「わたくしが雨の中へ飛び出たところでつづくってレイニーブルーじゃありませんか。」
「うんっ。一度やってみたかったのよ。伝説のレイニー止めっての。」
「でも、でも、明日は新刊がでるんですよ。どうなっちゃうんですか。」
「それが『筋書きのない人生の変わり目』じゃない。がちゃS掲示板でしかありえない、出たとこ勝負のなりゆきまかせ企画よ。」
「まさか……。」
「名付けて、『レイニーブルーで止めておいて新刊が出てから後半を書いて感動させよう大作戦』」
「やっぱり……。それで収拾がつくとでも思ってるんですか。」
「思ってないわ(どきっぱり)。収拾がつかなかったら後半で笑いを取るのよ瞳子ちゃん。」
「ちょーおめでたいですっ。ネーミングセンスもおめでたいっ。」
「『略してレイ感大作戦(仮)』」
「あああああ」
「たとえ明日どんな運命が待ち受けていようとも、わたしたちは一味の仲間だからね。」
「マリア様、わたくしはこの方のプティスールになってもよいのでしょうか。」
「つづく」
[2006.3.7 加筆]
[2006.3.26 修正]
「と、いうことで始まってしまったこの企画、なんだかずいぶん昔の話みたいだわ。薔薇のミルフィーユの発売前日だったのよ」
「そうですわね、祐巳さま。結局、翌日に発売された新刊で、私たちの関係はな〜んにも進展なしでしたのよ。それどころか、瞳子出番なし!!」
「困り果てた私たちが逃走したところへ、琴吹さまが救いに入って続きを書いてしまわれたのね」
「そこからいきなりリレー連作になって、つながるつながる、えーと、80話越えたかな? 瞳子ちゃん?」
「投稿者も10人越えたあたりで数えるのをあきらめましたわ。それも分岐するわループするわ、投稿順に読んでもわからなくなってきましたのね」
「通称『がちゃSレイニーシリーズ』、もはやがちゃSの看板とも言える……」
「看板、なんでしょうか。まだやってたの? という話もちらほらと……」
「いいのよ、瞳子ちゃん。で、完結したの?」
「……まだです。途中で、私が祐巳さまのロザリオをいただいてしまった分岐もあるのですけど、全然終わりそうにないのですわ」
「うーん。ネバーエンディングパラレルストーリーになっちゃうかしら?」
「それもいいんじゃないかしら?」
物語のチャートは、まとめページ
http://homepage1.nifty.com/m-oka/rainyall.html
をごらんください。