まえがき。
カノ改め雪国カノです。またまた改名です(笑)
百合要素を含んでいますので苦手な方はスルーしてください。ではどうぞ〜
「お姉さま!早く早くっ」
動物園のゲートを潜ったと同時に駈けて行った彼女が満面の笑みを浮かべながら手を振っている。
私は正直驚いた。何でって…だって彼女がこんなにはしゃいでいるから。
「志摩子、そんなに慌てなくても動物さんたちは逃げやしないよ?」
そう。あの物静かで控えめな志摩子が、だ。姉の私でさえこんなに驚いてるんだから皆が知ったらさぞかし仰天だな、と山百合会のメンバーの顔を思い浮かべて苦笑した。
「もう!お姉さま…笑ってないで早く来てくださいっ!」
おや、珍しく怒ってる。眉根を寄せて頬をぷうっと膨らませてしかめっ面。でもそんな顔も堪らなく可愛いんだけどね…私もつくづく姉バカだな。
「ごめんごめん」
追いついて頭をいい子いい子してやると、頬を少し染めて嬉しそうに目を細める。マ、マズイ。食べてしまいたいっ!!
「早く行きましょう。私、キリンさんが見たいです!」
「キ、キリンさん…ね。わかった。行こうか」
内心の邪まな気持ちを押し隠し爽やかに笑って志摩子に手を差し出す。
おずおずと手を重ねた志摩子は金魚さんだった。
あ゙ぁ〜ホント可愛いってば!!
そもそも。何故、動物園にいるかというと……
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「……お姉…さま」
「んー?」
未だに息の整っていない志摩子は少しぼーっとしている。しまった…ちょっと無茶しすぎだったかな?
今日は土曜日。いつものように志摩子は私の部屋にお泊りで、いつものように私たちは甘い蜜事を交わしていた。
志摩子が私を呼んだのは、幸せな余韻に浸るように彼女を抱き締めていた、そんな時だった。
「どしたの?志摩子」
「明日、お出かけしたい…です」
ふむ。お出かけねぇ…つまりはデートしたいって訳か。でも志摩子が自分から言い出したのって初めてなんじゃない?
「ん、いーよ。どこ行きたい?」
「…つ…えん…です」
「何?もう一回言って」
聞き返すと志摩子は少し上目遣いで答えた。
「動物園…行きたいです」
甘えるような声。こ、これは破壊力抜群だ…
「動物園だね…でも何で?」
「………」
ありゃ?今度は俯いて沈黙しちゃったよ。
「志摩子」
指先でふわふわの髪をいじりながら優しく促す。
「………」
だが志摩子は答えてくれない。いつもは素直なのに、今日は中々に強情さんだ。まぁ、いいか。上目遣いなんて可愛い志摩子が見れただけでも十分だし。
――ちゅっ
「…っ」
額にキスを一つ落とすと志摩子が小さく息を飲んだ。ウサギのように肩を揺らす志摩子は可愛すぎ。
「…わかった。明日晴れたらいいね」
また上目遣いで、でも今度は顔を真っ赤にさせて見上げてくる志摩子にふっと笑って頬を撫でてやる。
顔を赤くして何故か目も潤んでいた志摩子の「はいっ」という嬉しそうな笑顔が印象的な夜だった。
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……という訳だ。
「可愛いですね、お姉さまっ!」
志摩子は私の袖を引っ張りながら無邪気に笑う。いや、あなたが可愛いです…
「志摩子、キリン好きなんだ?」
「はいっ!大好きです。あのクリクリッとした目がとても。お姉さまは?」
今までに無いくらいのはしゃぎよう。むぅ…可愛い。って昨日からこればっかだな。
「つぶらな瞳で可愛いよね。私も好きだよ」
キリンさんが好きです。でも志摩子さんの方がもーっと好きです!!
はい。某CMのキャッチフレーズ拝借しましたぁ〜
嬉しそうに楽しそうに、くるくる変わる表情。今日の志摩子はまるで祐巳ちゃんみたいだ。…はて?祐巳ちゃん、で何か引っ掛かるんだけど何だっけかな?
「お姉さま!次はゾウさん見に行きましょうっ」
志摩子は考え込んでいた私の手を取って軽やかに歩いていく。
◆◆◆
「ふふふ♪」
本当に今日の志摩子は機嫌がいい。ずっと笑顔だし、さっきのお弁当だって「あーん」してくれたしさっ♪恥ずかしがり屋の志摩子は中々してくれないんだよね。
でも何で動物園なんだろね?私はもう一度聞いてみることにした。
「ね、志摩子」
「何ですか?」
志摩子は笑顔のままふわっとスカートを翻しながら振り向く。一瞬見惚れてしまった。
「…何で動物園なの?」
「………」
黙り込んでしまった。私は志摩子の手を引いて人気のないベンチまで連れていく。
「別に責めてる訳じゃないよ。私も楽しいし。ただ志摩子の心が知りたいだけ」
ゆっくりと言った。
「……祐巳さんと」
「へ?祐巳ちゃん?」
ぽつりと呟いた志摩子の口からは思わぬ名前――祐巳ちゃん。ん?まただ…何だろう。この違和感…
「少し前、お姉さまと、祐巳さんが…動物園に出掛けた、と聞き、ました」
志摩子は一言一言、区切るように話す。祐巳ちゃんと動物園―――
「あぁ!」
そうかあの時…だから祐巳ちゃんが引っ掛かってたんだ。
「志摩子。あれは…「知ってます」」
珍しく志摩子が遮った。普段は人の話を遮るなんてしないのにね。
「冬休み明け…落ち込んでいた時に助けられた、と」
「…うん。あの時の祐巳ちゃん、すごく辛そうだったから放っとけなくて」
あの時――冬休みが明けて最初の日曜日。志摩子を家まで送った帰りに祐巳ちゃんに会った。何があったかは聞いていない。ただ、今にも泣きだしそうな祐巳ちゃんの顔を見ていると自然と体が動いていた。
そして気がついたら動物園に来ていたのだ。祐巳ちゃんの笑顔を見て安心したことを思い出す。
「はい。私もお姉さまの立場でしたらそうしていたと思います。でも…」
「でも?」
言いにくいことなのか志摩子は俯く。
「嫉妬…しているんです。祐巳さんに」
驚いた。本当に…だって今まで私がどんなに祐巳ちゃんに手を出しても志摩子は何も言わなかったから。
「みっともないってわかっているんです。嫉妬するなんて筋違いだってことも…でも!止まらないんです。子供みたいにムキになって対抗して動物園に行きたいだなんて…お姉さまを困らせるだけなのに」
「―――」
言葉が出なかった。まさか志摩子がそんなこと思っているなんて…
「ごめんなさい」
謝る声が僅かに震えている。とにかく顔上げさせなきゃ…
「志摩子。顔上げて」
志摩子は素直に顔を上げる。縋るような目で私を見上げてくる。その目には…涙が浮かんでいた。
あぁ…私は志摩子にこんな顔をさせてしまった。
「ごめん」
「お…姉さま?」
抱き寄せて静かに言葉を紡ぐ。
「志摩子が謝る必要なんかないよ。私が悪いんだから。辛い想い、させちゃったね。ごめん」
「……お姉さま」
そのまま力を込めてぎゅっと抱き締めると志摩子も私の背中にゆっくりと手を回した。
◆◆◆
「お姉さま。今日はありがとうございました」
車を止めると志摩子が小さく頭を下げた。
あれからしばらく私たちは抱き合ったままだったが、少し風が冷たくなってきたので帰ることにした。今は志摩子の自宅の前だ。
「うん。楽しかったよ」
身を乗り出して助手席の志摩子にキスをする。
「じゃあまた来週、迎えにくるから」
「…はい」
志摩子が車を降りて家に入るまで見届けるのが私の習慣。しかし…
「お姉さまっ!」
「――っ!」
今日もいつものように車を降りるものだと思っていた私は、突然振り返った志摩子に唇を奪われた。
「キリンさんが好きです」
「へ?」
「でも!聖さまのほうがもっと好きですっ」
そう言って顔を真っ赤にしながら家まで駆け込んでいった志摩子を私は茫然と見送った。
「C…M…のパクリ、じゃん」
自分のことを棚上げして私は車を発進させた。そして窓を少し開ける。何でって…だって。きっと耳まで赤くなっているから。冷まさなきゃ、でしょ?