※普通に考えればノーマルカップリングですが、人によっては意見が分かれるかもしれません。
日曜日の午後、M駅前の噴水の脇。
黄薔薇のつぼみ島津由乃が立っていた。
本来なら、リリアン生らしくつま先を揃え、手を体の前で重ね、背筋を伸ばして柔らかな微笑を浮かべつつ上品に立つところだが、心臓手術によって健康な身体を手に入れて以来、脚を肩幅に開き、腕を組んで仁王立ちするのが癖になっていた。
その様は、なんと言うか、妙に凛々しい。
どうやら誰かと待ち合わせらしく、時計をちらちらと窺っていた。
支倉令?
いいや、いくら姉とはいえ、このことは知られたくないので、何も言わずに家を出た。
有馬菜々?
いいや、待ち合わせの相手に相談したいことは、妹候補には尚のこと知られたくない。
鳥居江利子?
論外。
田沼ちさと?
クラブの同僚にも内緒にしたい。
桂?
…あー、そんなんも居ったね。
なんにせよ、そろそろかなと思って、辺りを見回したその時。
「お待たせ〜」
見ていた方向の反対側から、声をかけられた。
「ごきげんよう、アリ…う!?」
挨拶しながら相手の姿を見た途端、眉を顰め、口をへの字にしながら絶句した由乃。
待ち合わせの相手は、花寺学院生徒会役員の一人、アリスこと有栖川金太郎だった。
彼の姿は、由乃よりもよっぽど女の子らしい格好で、よっぽど女の子らしく見えた。
「どうしたの?変な顔して」
「え?あ、いや、何でもないのよ、何でも」
冷や汗を流しつつ、慌てて誤魔化す由乃。
改めて挨拶を交わし、近くの喫茶店に腰を落ち着けた。
奥まった隅っこの席を取り、軽く注文しつつ、雑談に耽る。
「それで、相談ってなぁに?」
「うん、実は…ね」
やはり躊躇いがあるのか、なかなか言い出せない由乃。
そんな由乃を急かすわけでもなく、黙って待ち続けるアリス。
「…私って、自分で言うのもなんだけど、小柄で色白で、儚い雰囲気の結構な美少女だと思うのよね」
同僚の祐巳や志摩子が聞いていれば、「何を好き勝手ほざきやがる」と突っ込まれそうだが、アリスはうんうんと黙って頷いた。
「そんな私にも、たった一つだけ足りないものがあるの」
「それはなぁに?」
「………胸」
真っ赤になって俯きながら、相手になんとか聞こえるような小声で言う。
「あぁ、判る判るわ由乃さん!私だって、欲しい胸はまっ平らなのに、いやいやぶら下げているモノは、やたらデカくって。聞いて由乃さん、私ってユキチやマサムーより大きいらしいのよ」
やたらハイな雰囲気で、我が意を得たりとばかりに答えるアリス。
「…はい?」
「だから、私には不要なはずのオチ…」
「ストップストップストップ〜!!」
両手でバッテンを作りながら、辺りも憚らず大声で制止する由乃。
「聞きたくない聞きたくない!清らかで汚れない私にそんなこと聞かせないで!」
「そう?」
残念そうな顔で、由乃の要求通りそれ以上言うのを止めたアリス。
「それで、胸がどうしたの?」
「ゴホン、つまり…、その…、大きくするには、揉んでもらうと良いって言うじゃない?」
「あぁ、良く言うわね」
「こんなこと令ちゃんに頼めないし、頼めるような彼氏なんているわけないし」
ましてや、祐巳や志摩子になんて頼める話でもない。
ふんふんと、いちいち相槌を打つアリス。
「そこで、恥を忍んでお願い。とりあえず試しに一ヶ月。アリス、協力して!?」
手を合わせて、アリスに頭を下げる。
頼まれた当のアリスは、目をキラキラさせて、感激の面持ちだ。
もし彼が祐麒や正念だったら、頬をだらしなく緩めて、ニヤケながら両手をワキワキさせていただろう。
「引き受けたわ由乃さん!この有栖川金太郎、全身全霊をうちこんで協力させていただくわ!」
女の子っぽいとはいえ、相手は紛れもなく男ということを、今更ながらに気付いた由乃。
ヤル気満々といった風情のアリスを見ながら、
(うう、早まったかなぁ…)
と、少し後悔。
そんな由乃の心境を知ってか知らずか、席を立ったアリスは、伝票と由乃の腕をひっ掴むと、
「善は急げ〜!」
支払いももどかしく、凄まじい勢いで駆け出して行ったのだった。
その後約一ヶ月、時間があればアリスと逢瀬を重ねた由乃だったが、結局胸がどうなったかは、本人しか知らない。
ただ、しばらくの間、由乃が不機嫌だったことを、ここに特に記しておく。