【1326】 最終戦争イニシャルG戦闘のプロ  (若杉奈留美 2006-04-10 00:49:01)


某月某日、薔薇の館が、地上から消えた。
発端は少し前の放課後にさかのぼる。

いつものとおり、薔薇の館でくつろぐ祐巳たち。

「あ〜…今日はあったかくて、いい天気〜」

祐巳はすでにうたたねモードに突入しかけている。

「いっそお昼寝したくなるわね」

きまじめな志摩子には珍しいセリフ。

「じゃあ、下の物置に毛布があったはずだから、とってくるね」

もう完全に寝る気マンマンな由乃。
どうやら青信号が灯ったらしいが、大切なことを忘れているのには気づいていなかった。

「いぃ〜やぁ〜!!!」
「由乃さん!?」
「何があったの!?」

あわてて駆けつけた二人が目にしたものは、怪しげな黒い光を放つ、6本足の生命体。
そう、俗に言う「イニシャルG」である。
それは一瞬動きを止めたかと思うと、次の瞬間3人の方へ向かって疾走してきた。

「「「ぎゃ〜!」」」



パニックのあまり、3人の足と思考回路は空回りしている。

「ちょっと由乃さん、何とかしてよ!」
「祐巳さん、私に振らないで!」

志摩子はショックで別世界に行ってしまっている。

「あら、私ってばどうしてこんなところにいるのかしら」

何やら意味不明な言葉を発しながら、志摩子は優雅に物置から出ていってしまった。

「ちょっと志摩子さん、逃げないでってば!」
「もう、冷静なのかと思ったら…!」

ガサガサガサガサ。

なんとヤツは単独ではなく、仲間を引き連れてきた。
ゆうに10匹近くはいそうである。
もはや祐巳たちはパニック状態。

「ちょ、ちょっと、殺虫剤か何かないの!?」
「ここにはそんなシャレたものはないよ〜…」
「じゃあどうすればいいのっ!?」

そのとき。

目の前を何か茶色い丸いものがかすめたかと思うと、一気に破裂した。
あわてて逃げるG軍団。

「ふ〜…まだいたんだね。先週業者呼んで退治したばっかりだったのに」

目の前にいたのは、彫刻顔の白い救世主。

「聖さま〜!」

祐巳はほっとすると同時に力が抜け、泣き出してしまった。

「ああよしよし、もう大丈夫だよ」

これぞ役得とばかりにニヤっと笑いながら、聖は祐巳を抱きしめた。

「あの…聖さま、いったい何を投げたんですか?」

(もう少し遅ければ、祐巳さんと抱き合うことができたのに…)

由乃は内心舌打ちしながらも、聖にたずねた。

「ああ、これ?タイムのエッセンシャルオイルの入ったボールだよ」

タイムとは、肉料理などの香り付けに使われ、店のスパイスコーナーでも売られている、シソ科のハーブの一種である。
シソ科独特のツンとした強い匂いを嫌う虫は多いため、料理以外には台所などの虫除けに使われることもある。
ちなみにボールの表面が茶色かったのは、クローブというスパイスをびっしり一面に刺していたからである。
このクローブも、Gよけには効果抜群。
しかも自然素材でできているから人体にも安心。
戦いすんで日が暮れて。
クローブの残骸が、この最終戦争のすさまじさを物語る。

「一時期アロマテラピーに凝っていたことがあってね…その手の本を探してたら見つかったんだ。
これはあくまでも応急処置だから、一度しっかりと防虫対策しないとね」

後日、小笠原グループ系列の害虫駆除業者がやってきた。
業者は物置を見て一言。

「こりゃあ一度リフォームしたほうがいいですね」

そう言うと、いきなり爆弾を物置に投げ込んだ。

「皆さん、すぐに避難してください!」

何が起こったのかわからず、業者の指示にただ従う4人。
ほどなくして、大音響。
なんと薔薇の館はG軍団ともども、地上から消えてしまった。
あまりのことに凍りつく4人に、業者は告げた。

「再建費用は小笠原グループが全額負担します」
「「「「当たり前だ〜!!!!」」」」

こんなはずじゃなかった。
こんなはずじゃなかったのに。
山百合会メンバーの心の中に、雨はいつまでも降り続いていた。


(あとがきという名の言い訳)
ごきげんよう、若杉です。
作中に出てくるボールのモデルは、ポマンダーと呼ばれる虫よけです。
昔読んだアロマテラピー関連の本に、オレンジの皮にクローブ(星のような形をした茶色のスパイスの一種)をびっしりと刺して、戸棚などに置いておくと、G軍団が近寄ってこないと書いてありました。
なにぶんうろ覚えのため、もしかしたら間違っているかもしれませんが…




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