【1327】 歴史さえ超えて  (朝生行幸 2006-04-10 01:01:10)


「これからクイズを出すわ」
 祥子さまが、先に口を開いた。
 祐巳は、右に同じという風に、お姉さまに続いて頷く。
 すぐには言葉を出せなかったのだ。
 何がきっかけになって、答を言ってしまうかわからない、そんな感じだったから。
「どうってことない問題よ」
 いつもと変わらず凛々しいお姿の祥子さまは、まずそう前置きをしてから事情を説明した。
「袁本初が、魏武と官渡を挟んで対峙することになって」
 そこで一同が「えっ!?」と叫んだ。
 それは明らかに、「どうってない問題を聞いた人たち」がする反応ではなかった。
「負けたの」
「──」
 今度は叫び声は起こらなかった。
 しかし訪れたのは静寂ではなく、「すーっ」でもなく「ふーっ」でもない、何とも表記しづらい息をのむような音と音の重なりだった。
 赤ん坊でも幼児でもなく、高校生の女の子が二人で出題するわけだから、誰もがそれ相応の理由があるだろうと踏んでいたはずだけれど、実際耳にしてみればそれなりの驚きをもって受け止めるものらしい。
「そこで問題。魏武によって攻め落とされた、淳于瓊が守る袁本初の輜重集積地は何処でしょう?」
 祥子さまの問題の締めの後で、乃梨子ちゃんが小さく「烏巣」とつぶやいた。
「乃梨子、答に気をつけなさい」
 たしなめるように、志摩子さんが注意する。
「あ、すみません。答を知っていたので思わず」
 弁明する乃梨子ちゃんに、祥子さまがほほえんだ。
「わかっているわ。中国史に詳しいから、答が口に出ただけでしょう? でも、それは正解なのよ」
 正解。
 祐巳は目を閉じて、その言葉を噛みしめた。
 何はどうあれ、乃梨子ちゃんは答を言った。
 その「正解」は、どう繕ってももう揺るがない。

 こうして、二人して考えたクイズがあまりにもあっさりと乃梨子に答えられてしまったため、何のために外のクソ寒い中必死で考えたのだろうと、紅茶を飲みながら思う祥子と祐巳だった。


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