まえがき。
ちょこっとだけオリキャラが出てきます。ではどうぞー
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(どうしよう)
この気持ちに初めて気付いたとき祐巳はそう思った。
(こんな気持ち許されない…)
まだ恋なんてドラマの世界だと思っていた――それが祐巳の初恋。
◆◆◆
お昼休み。いつものように薔薇の館でお弁当を食べていたんだけど、今日は三年生も一年生もいなくて祐巳たち三人だけ。すると…
「私の初恋ってお姉さまなんだ」
唐突に由乃さんが言った。祐巳は志摩子さんとお弁当のおかず交換をしている真っ最中。
突然の由乃さんの言葉に、貰ったばかりの里芋を志摩子さんのお弁当箱の中におっことしてしまった。
「あ…ご、ごめん」
「祐巳さん、相変わらずドジねぇ〜」
「あは…ホント。このドジさ加減には嫌になっちゃうよ」
なるべく自然に笑い返す。気付かれたかもしれないって焦ったけど大丈夫だったようだ。里芋を摘み直して志摩子さんに言う。
「ごめんね。志摩子さん」
「気にしないで。里芋は滑りやすいものね」
そんなやり取りを横目で見つつ由乃さんが話を再開させた。
「ね、祐巳さんの初恋は祥子さまよね?やっぱりお姉さまよね!?」
アスパラとチーズのベーコン巻きを持つ手が一瞬止まった。が、すぐに何事もなかったかのように志摩子さんのお弁当箱に移す。
「はい」
「…ありがとう」
志摩子さんはちらっと祐巳を見てから言った。勘のいい彼女なら祐巳の動きで気付いたかもしれない。
「もぉー聞いてるの!?」
「うん。ちゃんと聞いてるよ」
和やかにおかず交換を続けていた祐巳に痺れを切らしたのか由乃さんが少しイラついたように聞いてくる。
「…由乃さん。初恋の相手が、必ずしもお姉さまだとは限らないんじゃないかしら?」
祐巳の代わりに志摩子さんがやんわりと答えた。
(あぁ…やっぱり志摩子さんには気付かれてる)
祐巳の初恋の相手が『お姉さまじゃない』ということに。そして…その『相手』が誰なのかも、きっと。
「そうかしら?じゃあ志摩子さんはお姉さまが初恋じゃないの?」
「私はまだ恋をしたことがないから…お姉さまへの気持ちが初恋なのかはわからないわ」
二人の会話にだんだん鼓動が早くなっていく。特に『お姉さま』『初恋』という言葉に心臓が跳ね上がる。
「うーん。で、祐巳さんはどうなの?」
「私も初恋を知らないからわかんないや。お姉さまが好きって気持ちが恋かどうかも…」
嘘をついた。だって祐巳は初恋を知ってるから。お姉さまが好きって気持ちは『恋』じゃないから。お姉さまじゃない人に『恋』してるから…
◆◆◆
帰り道、志摩子さんと二人でバスに揺られていた。今日は三年生が集まれないという理由で会議はない。
つくづく三年生と一年生に縁がない日だ。でも、今の祐巳には丁度良かった。こんな気持ちでお姉さまや瞳子には会えない。
「志摩子さん。今日はありがとうね」
「……少し寄り道して帰りましょうか」
祐巳がお礼を言うと何とも志摩子さんらしからぬ発言をしてくれた。
志摩子さんに連れられてM駅から少し歩いた路地を曲がると、そこにはレトロな感じの喫茶店があった。
当然のように中に入って行こうとする志摩子さんを慌てて引き止める。
「し、志摩子さんっ」
「ここは私の伯父のお店なの。だから寄り道とか、そんなこと気にしなくて大丈夫よ。それより寒いでしょう?中に入って」
確かに一月の風は冷たくて寒い。促されて祐巳も志摩子さんの後に続く。
中に入ると大柄で眼鏡をかけた男性がカウンターから声を掛けてくる。
「おや、しまちゃん。いらっしゃい」
「ごきげんよう伯父さま」
(この人が志摩子さんの伯父さん?大きいなぁ…てゆうか志摩子さん『しまちゃん』って呼ばれてるんだ。可愛い)
「はい、ごきげんよー。そちらの可愛らしいお嬢さんはお友達かな?」
「ええ。山百合会のお友達です」
「あ、リリアン女学園の福沢祐巳と言います!し、志摩子さんとは山百合会でご一緒させて頂いています」
急に祐巳の話になったのでしどろもどろになりながら挨拶した。
「祐巳ちゃんね。ごきげんよー僕は藤堂啓介です」
藤堂さんは笑った顔が少し…志摩子さんに似ていた。
◆◆◆
祐巳たちの目の前にウィンナーコーヒーとミルクティーが運ばれてきた。前者が志摩子さんで後者が祐巳だ。志摩子さんは上のクリームを混ぜないでそのまま飲むという正しいスタイルで飲んでいる。
「祐巳さんは…祥子さまが初恋じゃないのね」
(うっ…いきなりですか…)
「やっぱり気付いてたんだ?」
「ええ。少し前から何となく…でも今日のお昼ではっきりとわかったわ」
「そっかぁ」
少し前からだなんて…祐巳が意識し始めたときには、きっと志摩子さんは気付いてたんだろう。
「違う人に恋してるのでしょう?」
「うん」
(バレバレか。この分じゃ多分…)
「祐巳さんが恋してる相手って……聖さまよね?」
「……うん」
やっぱり。祐巳が誰だか告げる前に志摩子さんはズバリ言い当てた。
「ごめん」
「どうして祐巳さんが謝るの?」
「だって!聖さまは志摩子さんの―「お姉さまだから、かしら?」」
志摩子さんが祐巳の言葉を先取りした。
そう。聖さまは志摩子さんのお姉さま。祐巳だってお姉さまと妹がいるんだから、お互いにとっての存在の大きさはわかっている。だけど祐巳の恋の相手は聖さま…許されることじゃない。
「他の人のお姉さまに恋してはいけないの?」
「普通は…そうでしょう」
「確かに一般的には、と言ってもリリアンの中でだけれど…余り良くは思われないわね。でも、人を好きになることに誰のお姉さまか、なんて関係あるのかしら?」
(その通りだとは思う。でも…)
祐巳は何も言わなかったが志摩子さんは構わず続ける。
「聖さまを好きだという気持ちは祐巳さんのものでしょう?それとも…他の人のものなのかしら?」
「違うよっ!私が聖さまを好きなの…私の想いだよ」
他人の想いなのかと言われて、祐巳は思わず大きな声を出してしまっていた。
「なら…迷わないで」
志摩子さんは花も綻ぶような綺麗な微笑みを浮かべて言った。
「その気持ちは祐巳さんだけのものだから。誰に咎められるわけでもないわ。もちろん私にもよ」
「志…摩子さん」
祐巳は泣いていた。目の前のマリア様がこの気持ちを抱いていてもいいのだと、許されるのだと言ってくれたから。
「祥子さまのことも…同じではないかしら?祐巳さんがご自分を責めてしまうのは仕方のないことかもしれない」
志摩子さんの言う通り祐巳は自分を責めていた。だってお姉さまじゃない人を好きになってしまったのだ…
「祥子さまや瞳子ちゃんのことを考えると心苦しくなるでしょうけど…ご自分の気持ちを大切にして」
◆◆◆
お姉さまのこと、瞳子のこと。そして聖さまのこと……祐巳はベッドに寝転びながら考えていた。
―『迷わないで』『自分の気持ちを大切にして』―
志摩子さんの言葉が甦ってくる。
(祐巳は聖さまが好き…お姉さまと瞳子も…でも聖さまへの『好き』は二人への気持ちとは違うんだ…)
涙が溢れてきた。
「聖さまっ…」
お姉さまも瞳子も大好きなのに!祐巳の頭に浮かぶのは聖さまの顔ばかり…笑っている聖さま。怒っている聖さま。
聖さま…聖さま…聖さま…聖さまっ!!
―『迷わないで』『自分の気持ちを大切にして』―
「聖さま。明日の放課後、会ってくださいませんか?お話があります」
志摩子さんの言葉に後押しされるように、祐巳は電話をかけていた。
マリア様の笑顔に勇気を貰って…